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深淵_in_Shin_02_2

Last-modified: 2008-01-28 (月) 22:08:25

よお、良い子の皆、元気か!……いや、皆まで言うな、当然元気だな。
え?お兄さんは元気かって?ハハハ、いい質問だな。お兄さんはもちろん、元気だ。…元気すぎて、
仕事に追われているけどな!!

それにしても、全く。はあ〜、誰か、あのかわいくない方のジェイドに加減と言う物を教えてやっては
くれないだろうか。今日だって酷いんだぞ!?俺が少し口を出せば、即下級譜術時々中級で攻撃してくるわ
(ジェ:あなたが私をからかおうとしたからです)、人の襟を持ってズ〜ルズル軍本部まで引っ張ってくる
わ(ジェ:あなたが自分で歩こうとしないからでしょう?)、山どころか崩れて紙雪崩が起きそうなほど
仕事を回すわ(ジェ:二日間、あの捕虜の事が気になって仕事放棄した人が何を言いますか、なんなら側近
の処理したものを追加してもよろしいですが?)…etc.

あ〜…億劫だ。まったく、これならジェイドなんかと一緒に行くんじゃなかった。アスランかセルフィニス
なら、少なくとも医務室から追い出さない程度の寛容さは持っているだろうに。お陰で、その捕虜の起きて
いる時の顔をほとんど見れなかった。……まあ、この俺にさえ強烈な印象を植え付けた濃い血の色をした瞳
―――世にライガ・ブラッドと呼ばれる紅玉のそれよりもさらに濃い―――にはさすがに目を見張ったが。

でも、その瞳が少し癪に障ったと言うのも事実だ。ジェイドと同色(ジェイドよりかなり濃いが)の瞳を
持ちながら何だ、あの諦めきっている色は。普段、瞳で何も語る事の無い(悟らせない)ジェイド以上に
悪い。全く、面白くない。……少し活でも入れてやるか。俺の勘からいうと、少し焚きつければ―――
もとい、目標を与えてやれば、あの諦めきっている瞳に活を与えてやることが出来ると思っている。若者に
道を示すのも年長者の役割ってものだしな……

ん?それが理由か…って?はっはっは、それも理由の一つではある…とでも言っておこうか。一番の理由は
やっぱり、気に入ったって事だろうな。
それに加えて、これから面白くもなりそうだからな♪

「陛下、追加ですよvvくだらない戯言をほざいている暇があるのなら、さっさと消化して下さい♪」

…………まあ、今の労苦はその楽しみへの先行投資と思っておくとするか。ああ、愛しのブウサギたちよ。
今夜は徹夜になりそうだ。
寂しいだろうが、俺がいなくても泣く(鳴く)んじゃないぞ?

深淵 in Shin

第ニ話後編:「張られた糸と縋る希望」

……なんで、こんな事に?

前回からお馴染みどころか積まれたような疑問を脳裏に浮かべながら、何とか目の前の光景を理解しようと
努力する。しかし、そのような事がし得る訳が無い。……確かに試験だとか何とか言われて、自らそれを
望んだのは認めよう。だけど…

こんな奴を相手にするとは聞いていない!っていうか、モノローグも許してくれないのかよ!!俺に何か
恨みでもあるのか!?そう、こんな事態に自分を追い込んだ『誰か』に激昂しながら、反射的に右に跳んだ。

何か、硬い物が砕ける音。そして、それを砕いた金属的な音を真横に感じながら、今度は後方への一足飛び
で間合いを取る。その瞬間、間一髪―――とは言わないが、先程まで自分の胴体があった空間を、中々に
鋭い槍撃が通過した。それに安堵する間もなく、もう一本の短剣が彼の元へ迫り来る。……片方の剣が
地面にめり込み、もう片方の槍が未だ慣性の法則で何も無い虚空を薙いでいる状態で、だ。

それだけで、この『相手』が普通の相手ではない事に気付くであろう。なぜならば、軟体生物以外の生物体
の形状はその多くが左右対称となっているからだ。勿論、それに当てはまらない―――所謂『奇形』と呼ば
れる左右不対象な生物もまれに出現する事はするが、それが普通に成長するという事は非常に困難である。
つまり、それこそがその生物種の限界なのだ。しかし、恒常的な闘争心を持つヒトという種は考えた。

『腕が二本―――というか固定数だと、色々な事で不便だ。何とか、腕を増やす事は出来ないだろうか?』

……そんな事が考察され始めたのが、この世界での約300年前。旧サクシャーラ王国が発案した、周辺
各地の小国と同盟を結び、後世に『知恵の団結』と呼ばれる反キムラスカ同盟の盟主として、マルクト帝国
(当時は王国)が勢力を拡大している最中の事であった……。

まあ、そんな歴史講義はともかく。そうして発案された複数腕は、各腕の制御の困難さという最も基本的な
要素をクリアできないまま、長い年月が経過していった。この間に、数多くの学者・技術者がその開発に
励んで来たが、『譜業革命』と呼ばれる世界的な改革、そして創世暦時代に造られた類似物と見られる物の
設計図がマルクトで発見されても尚、技術の確立及び満足できる性能には程遠かった。しかし。300年間
ほとんどと言って良いほど進歩が無かったこの技術は、ある一人の天才によって急激に進歩する事となる。
そして、その結果が―――。

……現在の状況へと繋がるのである。

「ちぃっ」

短く舌打ちしながら、迫り来る短剣―――所謂ダガーと呼ばれる類の、少々刃部が湾曲した物―――を掌で
受け止める。後方に跳んだことによって体勢を崩したままだったので、避ける事は不可能だったのだ。だが、
ズブリとでも表現されるような音を伴って左手を貫くはずの刃は、その左手に弾かれた。左手に握られた、
その薄刃に。

目前の『相手』が予測にない状態に狼狽にも似た行動―――文字通り、最後の手に握られていた譜銃の照準
を一瞬だけ遅らせる。しかし、戦闘において一手の逸り、もしくは遅れが致命傷になり得る事は常道。
そしてそれは、この瞬間にも大いに反映された。

一発目。これは、照準合せが遅れたために当らない。次射までの少しの間隔に体勢を整え、『相手』に
向かって脱兎の如く駆ける。
二発目。足元に着弾、硬く踏みしめられた土が砕ける。実弾銃なら跳弾していたかもしれないな―――そう、
どうでもいいように考えながら、補助腕と見られる比較的長く、そして細い二つの腕の間に入り込む。

(よし!これで……!?)

カシュン

何かが弾けるような小さな音が背後から響き、反射的に頸を捻らせる。刹那、頸の真横を通り抜ける迅雷。
白い首筋から一筋の紅い線が生まれ、地面に滴り落ちた。しかし、体勢を崩す程ではない。それを予測して
か、二本の主腕―――剣と槍が、それぞれ左右より再度迫り来る。

「……甘いんだよ!」

そう叫ぶと同時に右手に持ち替えたナイフを投擲し、自身は槍に向けて跳躍する。剣は投げられたナイフを
弾くために真横に振られ、槍もまた、その矛先を鈍らせた。

「終わりだ…!!」

目測を誤り、斜めに突き刺さった槍の柄を踏み締める。ほぼ全体重(最低50kg以上…勢いを計算すると
確実にそれ以上)を掛けたにも関わらず、かなりの弾力性を持って跳ね上がる柄。が、もしそれが折れても
何ら変化はなかっただろう。次に『相手』が反応する瞬間には、明らかに生物ならぬその顔面にナイフが
深々と突き刺さっていたのだから……。

……あの、俺にとっては重大な事項の発覚から二日が過ぎた。とても信じられない話ではあるが、
どうやら俺が異世界に来たのは間違いないらしい。いや、納得が早すぎるだろう、とかご都合主義も
大概に、という批判なら作者に言ってくれ。所詮、主人公だ何だと言われていても俺たちは作者の意向
には逆らえないただの駒だ。……ゴホン、え〜っと…閑話休題閑話休題。

とにかく。そうやって簡単に納得できた理由には、この二日間の間に皇帝の懐刀と言われている某死霊使
い殿が(何故か)再度医務室を訪れ、その時聞いた俺の質問に明確な答えを示していった…と、いうのが
大きい。無論、奴の言うことを鵜呑みにする気はないが、理路整然と疑問を解答されてはそう簡単に疑う
事も出来ず。その後、聞けなかった疑問をリセンディさんに聞いたら補整という名の肯定意見が返って
きたので、少なくともここが異世界だという事は信じざるを得なかった。

だが。しかしだが。

「は?」
「ん、聞こえなかったか?軍に入る気はないか…と言ったんだ。いや、もういっそ入れ。」

ここが異世界だという事が納得できたとしても、忙しいはずの皇帝陛下にいきなり来られてこんな事を
言われる筋合いは、俺にはない。人が医務室の整理(=簡単な治療)に付き合っている時にいきなり何を
言ってるんですか。っていうか邪魔です、邪魔。

「シン君、そこのアルコールを取ってくれないかな。」
「あ、はい。これでいいんですよね?」
「ああ、ありがとう。」

第二医務室の主の言葉にあっさりと転進し、薬品棚からアルコールと思われる液体が入った瓶を取り出す。
例え文字が読めなくても(何故それで言葉が通じるのかは疑問だが)、同じ形状の瓶が大量に陳列してい
れば大抵の予測は付く。それを受け取って、テキパキと患部の処置をするリセンディさん。俺も極簡単な
打撲や骨折の治療なら出来るが、複雑骨折などといった文字通り複雑なものは無理だ。

俺が医務室の事を手伝っているのは、リセンディさんがあまりの多忙さに目を回しかねない状況だった
からだ。捕虜である俺にそんな事を言っていいのか…と聞き返したところ、皇帝の許可は貰っているとの
事で。……ちなみに、俺がその皇帝の事をあの金髪兄ちゃんだと理解したのは、その時だったりする。

「さ〜て、これで邪魔者(=患者)はいなくなった訳だ。それでは先程の返t「シン君。すまないけど、
 コーヒーを入れて来てくれないかな。四人分。」
「?……分かりました。」

今居る人数と合わない事に少し疑問に思ったが、先程からしつこく(とは言っても今日はまだ二度目だ
が)勧誘してくるとても皇帝とは思えない、金髪兄ちゃんから(例え一時的にでも)逃れられるなら
良しとしよう。リセンディさんの助け舟に感謝しながら即行でその場を離れ、無駄に入り組んだ廊下の先の角
にポツンと置かれたコーヒーメーカー(マルクト製)を起動させ、傍に置かれていた椅子に腰掛ける。

「………ふう。」

知らず知らずの内に、溜め息を吐いた。その事実に年寄りみたいだな…と若干苦笑しながら、給水タンク
を手持ち無沙汰に見物する。コポリ、コポリ…と不規則的に気泡を発する薄い琥珀色の液体の真下には、
少々複雑な模様(譜陣というらしい)が刻んである台座があって、それ自体がある条件を媒介として熱を
起こしている。俺にとってここが異世界であると一番実感するのは、こういった些細なところだった。

「陛下も懲りないなあ…俺みたいな脱け殻を軍に入れて何になるって言うんだ…?」

カチャリ、と音を立ててカップの用意(一つだけいやに豪華だ)をしながら、誰にでもない、自分自身へ
の皮肉を呟く。脱け殻。復讐の為にザフトに入り、そして復讐の為に敗れ、全てを失った自分に対する、
なんと痛烈な皮肉であろうか。敗戦国の『元』エースに並んで、これほど自嘲に満ちた表現も、俺の表現
力では中々無いに違いあるまい。

しかし。盆に言われた通り四人分のカップを載せて、その中にコーヒーを入れながら考える。あの皇帝が
何を考え、何を自分に期待しているのか。

「まさか、面白そうだから…とか言わないよな?」

ふと、思い浮かんだ答えが口を吐いたが、さすがにそれは有り得ないだろう。あれでもこの世界に君臨
する三大勢力―――キムラスカ王国、マルクト帝国、ローレライ教団…その内の一つであるマルクト帝国
のトップだ。そんなくだらない理由で軍の士気を下げる事は出来ない、と思うはずだ。普通なら。
…………あの皇帝ならやりかねないかもしれない、と思ってしまうのは何でだ?

嫌な予感をひしひしと感じながら、沸き上がったコーヒーを入れたカップ(一つだけいやに豪華だ)を
御盆に載せ、主治室への道のりを進む。無論、その速度をできるだけ落として、出来得る限りの時間を
稼ぐ事も忘れはしない。が、時間を稼いでもそう大した距離ではないため、直ぐについてしまった。

「はあ…」

プライバシー保護の為に、少し厚めに作られた扉の前で再度溜め息を吐く。あの皇帝の事だ。どうせ扉を
開けた瞬間に、それはもう無駄に素晴らしい笑顔で返答を迫ってくるに違いない。……その事を思うと
いっそ逃げ出してしまいたいが、捕獲の為に駆り出される兵士の皆さんに申し訳ないので考えだけに留め、
腹を括る事にした。

コーヒーが零れないように左手で器用に御盆を支え、右手で扉のタブを回す。キィィィィ…と僅かに軋む
音を立てながら、ゆっくりと開かれていく扉。ほら、角度が深くなるに連れて金色の髪が目に映る割合が
増え……ない。いや、それどころか。

はっきり言って、これは意外だった。部屋の中に居るのは、にこやかに笑いながら御盆の上よりカップを
貰っていく、第二医務室の責任者、そして皇帝の懐刀として、または研究者として、はたまた死霊使いと
言う異名で知られる茶髪軍人のみ。つい先程まで懸念していた某ブウサギ皇帝の姿は影も形も存在せず。

「陛下なら、フリングス大佐に連絡して引き取って貰いました。カーティス大佐の仰る事だと、山のよう 
 に仕事が溜まっているとの事なので。」

会った事も無い大佐GJ!!じゃなくて。………御丁寧な説明、ありがとうございます。ところで、何故
カーティス大佐がここに?

「ええ。その事についてですが、シン=アスカ…今日はあなたの『取るべき道』について、少しばかり
 参考になる物を持ってきました。もっとも…」

それを活かすかどうかはあなた次第ですが。

「賭けは、俺の勝ちだな。」

訓練場の真ん中で、少年が異型の何かを倒した、その瞬間、壁際に備えられた無駄に豪華な椅子に座って
いた男―――この国の皇帝が嬉々とした調子で宣言した。その様子に、他の立会人の面々が三者三様、
様々な表情で、感情を表している。……ある者は素直に驚き、ある者は苦虫を噛み潰したような表情で
少年を睨みつけ、またある者は楽しそうにその光景を見つめていた。

「では賭けの原則に則って。……以後、皇帝暗殺の容疑によって捕虜であったシン=アスカの拘束を賭け 
 の勝者、ピオニー=ウパラ=マルクト九世陛下の命によって無罪放免とし―――」

立会人の一人であったグレン=マクガヴァンが高々と声を掲げ、賭けの成果を隣りの訓練場にいた兵士にも
聞こえるように、共同の通信管を用いて宣言する。彼は父である元元帥:老マクガヴァンの後を継いだ
セントビナー駐屯軍の司令官であるが、国境付近で敵―――キムラスカ軍の活動が俄かに活発化してきた
ので、その報告の為に帝都:グランコクマに赴いたのだが。……まあ、報告を終えて帰ろうとした時期が
悪すぎたのだ。

「―――賭けの勝者、ピオニー=ウパラ=マルクト九世陛下の言に従い、マルクト軍第三師団に身柄を
 預けるものとする!!」

その宣言が終わった瞬間、二つの訓練場から限り無く音が消えた。そして。

………どおおおおおおおおっ

隣の訓練場から、凄まじい…まるで怒涛の如く、とでも言うような音声が濁流のように押し寄せる。隣に
いた兵士の大部分には誰の拘束が解除されたのかも分からないだろうに。しかし、一部の下士官や医務室
で既にシンを見知っている者、そして事情を知っている者には非常に衝撃的だったと思われる。

そんな風に周囲が異様に沸き立っている中、主役である少年は無感動に『何か』―――主腕と補助腕を
左右二つづつ兼ね揃え、肩部に『Neis』と記された譜業―――の顔面から、その薄刃を引き抜いた。
そのナイフによって何とか均衡を保っていたらしく、プシュゥゥ…と煙を上げて崩れ落ちる譜業。
哀れ、ある天才が開発した譜業はその天才と双璧を為すものによって造られた後、僅か一日でその役目を
終えたのだった。

「尚、この事について異議を申し出るものは身柄保有者であるマルクト軍第三師団長、ジェイド=カーテ 
 ィス大佐に申し出るように!以上!!」

……その名が出た瞬間、あれだけ響いていた声が余勢も残さずにピタッと止まるのもどうかと思うが。
まあ、これで不必要に彼に絡んでくる者もそうはいないだろう。

その様子を垣間見ながら、少年はあの言葉を思い出していた。あの、軍に入る決意を促した策略の推察を。

<これは、あなたが出現した時間帯にグランコクマ一帯で観測された、音素パターンです>
<そして、こちらが各地における過去の音素パターンに関するデータから酷似しているものを抜き出した 
 もの>
<二年前から観測が確認されたこのパターンは二年前、一年前、そして今年と、その観測数を増やして
 います。それが何を意味するのか……分かりますね?>

それは、確かに推測でしかない。でも、推測無くして仮説は存在しない。そして、俺が諦めない限り……
絶望は絶望ではない!!

<おや、少しはやる気になったようですね。ですが、どうするつもりです?今のあなたには『力』がない。……ほう。何でもやる、と?>
<ならば力を示しなさい、シン=アスカ。陛下の出す試験に合格する事が出来たのなら…あなたを私の
 出来得る限りで自由に動けるようにしてあげましょう>
<最も、命令と言う形ですが>

いつかはほどけるかもしれない、絡まるかもしれない。でも、今だけは張られた糸によって操られてやる。

「これから宜しくお願いしますね?シン。」
「……うまうまと嵌められましたよ。了解しました、カーティス大佐。そして―――」

「ピオニー九世陛下。」

―――この、張られた糸をまんまと引き上げた皇帝に。