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第十四話 『正直者は馬鹿を見る』

Last-modified: 2014-08-12 (火) 22:06:08

ゴミ溜の宇宙(うみ)で
――正直者は馬鹿を見る――

 

「艦長、目標の速度依然上昇中! 相対位置現状グリーンセンター、コンタクトまで500」
「止まる気は無い。特攻か? ――大きさでひるむな! いずれデカブツ、小回りはきかない!」
 ――軌道修正取り舵20ピッチ+6。艦長が指示を出し始めた時、通信士の声が割って入る。
「艦長、シェットランド大隊長から至急電テキスト! そのまま回します!」
「捕まえたか……? 何! ――カエサル全砲門開け、目標ゴーストネスト! カエサル以外は
全力射撃しつつ全艦、敵予想進行ラインより回避運動開始! 射程? 構わん、撃ち方開始!!」

 

「何事だ、艦長。少佐はなんと?」
「ゴーストネストはカエサル直交コースを無人オートで進行中。目視で確認した限り巨大でかつ速度も
あるので既に回避は不能、砲撃にてこれを撃破されたい、以上です。――とは言え」
 体当たりしてくるものは、ほぼがらんどうでしかも巨大。なのである。エンジンですら一機では無い。
何処に当たろうが、一発で崩壊する場所などあり得ないのだ。
「こちらの動きに、つ、ついてきてます! 当艦との衝突コースに戻りました、あと六分四十秒!」
「……衝突は避けられん、そういう事か」

 

 艦長は、しかし帽子のつばを掴むとぐっと引き下げ、口元に笑みさえ浮かべる。
「……どうしたか、艦長」
「司令、少々揺れます。ベルトを。――艦長より総員。最下層より3層以内に居るものは現時を
持って作業を放棄、直ちに上層へ移動しろ。180秒以内だ。その後該当層全隔壁を閉鎖!」
 指示を出しながら立ち上がる。小柄な体が艦長の威厳を纏って二回りは大きく見える。
「接触はもはや不可避。……操舵、ピッチー15速力40%ダウン、接触15秒前から転倒180°」
 ――戦闘中の大型戦艦でバレルロールですか!? 操舵手からあがった声は無視する。
「弾の出し惜しみは無しだ! 全砲門全力射撃! ――バレルロールは要らん。横転だけだ。
貴様の腕ならたいしたことは無い。細かい角度的なものは任せる、被害を船底だけでとどめろ!」

 

「艦長、任せる」
 ラ・ルースのその言葉を聞いて参謀達も椅子や壁に体の固定を始める。
「はっ。お任せ下さい! ――艦長より総員、これよりバイザー遮蔽、衝撃等に備え防御姿勢をとれ」
 艦長の口元に張り付いているのは笑みでは無い。表情を失っただけなのだが、ブリッジ要員には
これは余裕の微笑み、命がけを楽しむ気持ちの余地と見えた。俄然気勢が上がる。
「該当箇所のクルー待避、隔壁の閉鎖完了を確認。――ブリッジ要員も全員バイザー遮蔽だ!』
『ミサイル発射管、衝撃が計算できない。接触時はどうせ撃てない、管制室からは一時退避しろ!』
『エンジンはあげておいて下さい、下げるのは速力だけです!』

 

 口元に笑みを浮かべたまま艦長もシートに戻るとベルトを締め、帽子のあごひもを下ろす。
インターホンの送話器は離さない。自身もここに来て口元の笑みに気付いたがどうしようも無い。
「只今より全艦載機は一時退避、全力射撃継続しつつ全速で当艦より100以上の距離をとれ。
――聞こえているか、上級大尉! 復唱どうしたか!?」
『……コピー。全力射撃継続しつつ、MS、MA隊は一時離脱します。――全機! 位置替えだっ!』
『接触まであと30秒! 水平角度ほぼ正対、上下角2!!』
 ブリッジ要員みなが艦長席の人物を見やる。命が危機に瀕して尚、緩く微笑みを浮かべる彼女。
その姿は誰にでも手を差し伸べる慈悲深い聖女にも、触れることの出来ない高貴な女神にも見えた。
「始める! 操舵、ロール開始!! 終了後ピッチアップ25! ……来るぞ、対ショック!!」

 
 

 地球連合籍の航宙戦艦の中でもアガメムノン改級は、MS運用用途の補機も相まって
ある程度量産されるうちでは、連合でも最大の艦船である。しかし、接触した機動要塞はその
アガメムノン改級であるカエサルがボートに見えるほどの巨大さだった。

 

『きゃぁあああ! ……っ!! さ、最下層、及び32層の複数箇所で、気密破壊、火災を検知!!』
『船底の副砲3番、4番、消失!! うわぁあ、ぐう、くそっ!! 発射管の複数も使用不能!!』
『も、もっとピッチをお、あげろ! まだ角度が浅い、押しつぶ、されるぞ! 頭上げだぁ!!』
 ぎりぎりで反転し潰されることを免れたブリッジは凄まじい衝撃で揺さぶられ、照明が明滅し、
金属がこすれ、ねじ曲がり、めくれ上がる音で満たされる。
『早く離れろ! 船底が無くなる!!』
『通過まであと10秒!!』
 そしてクルーのとにかくやり過ごすことに集中すれば、と言う思いは軽く微笑んで艦長席に座る
女性の発言で不意にされる。
「ぶれたか、ちょうど良い。――速度、方位そのまま。全力超信地転回取り舵168°ピッチ−15!」

 

『無茶です! 船が持ちません!!』
「ただ轟沈(おち)るよりは、あがいてキールが折れた方が100倍マシだ、やれ! 逆噴射用意!」
 巨大な塊との接触をやり過ごした大型戦艦は、前後を重々しく入れ替え始める。
「生きている砲座は全力射撃を再開! むこうは無人だ、Gなど構わず強引に方向を変えてくる!
いくらカエサルであっても2度目は無い! なんとしても撃沈(お)とせ!! ――逆噴射最大!」
 艦長が言い終わるより前には要塞各部から噴射炎が吹き出し、その巨大な図体には全く
見合わない速度で強引にターンを始める。
「ノズルがイカレても逆噴射全力、速度維持! 少しでも良い、相対速度を相殺(そうさい)しろ!」

 

 軍艦三隻分とその艦載機全機の全力射撃を受けて尚、意に介さないように見えるその要塞は、
完全に方向転換を終わらせ、スピードを上げようとする。
「く。駄目、なのか…………!」
 艦長が呟いた次の瞬間、増設したのでは無い、元からのメインブースターが突如爆走する。
それは増設した各ブースターにも伝播し、格納庫のハッチが炎に押されてめくれあがる。
 効果があると見えなかったミサイルや砲弾が、今度こそ外装に穴を開け、機関を破壊していく。
巨大なストーカーはその巨体を維持出来ずに崩壊を始めた。

 

『……た、助かった? ――もたもたするな、被害報告急げ!』
『艦長! 目標との彼我相対速度40、更に低下中』
 艦長の口元から微笑みが消える。
「操舵。速度そのまま、再度超信地転回面舵172°、ナスカ級を追う。――総員、再度耐ショック!」
『ラジャー。信地転回、おーもかーじ』

 

『アウグストゥスに通達、単縦陣形成しつつ前進、先頭に立てと伝えろ。破損箇所はできる限りで
応急処置、航走継続を最優先。――艦長、ダメコンデータの精査を急げ。全速は出せそうか?』
『艦長、友軍信号をキャッチ。……! 月軌道艦隊本部名で戦闘停止命令、並びに停船命令です』
 ――これからと言う時に。艦長はラ・ルースを見る。彼はゆっくりヘルメットを取る。
「……? 司令」
「終わり、だな。――戦闘は直ちに中止、全艦その場で速やかに停船。艦載機は全機呼び戻せ」

 
 

 暗礁宙域の中、マットブラックの船が3隻ずつ、正対してランプを明滅させている。
 その中の一隻。むしろ航宙艦のイメージを残す分、周りを囲むナスカ級の異様なシルエットからは
浮いて見えるエターナル改級メデューサ内、タチアナの隊長室。
「思ったより早かったな。――もう、ロリ専ハーレムは良いのか? 諦めが良いモノだな」
「諦めもつくさ。オーナーでは無く掃除係だからな。そのオーナーも死んだ。――それに
何度でも言うが、俺にはそう言う趣味は断固として無い」

 

 エターナル級の特徴である“羽根”はブリッジ、船腹とも一般的なレーダーアレイと装甲版、
ブリッジも直線基調のデザインに変更され、更に黒に塗りつぶされたメデューサは、ネームシップの
面影はみじんも感じさせない。
 その海賊船のごとき外観を呈する船の中。ウィルソンとタチアナがソファに収まっている。
「ターニャ。……本当なのか、その話」
「あぁ、勿論全員という訳にはいかんし、決断までの時間はあまりないがな。希望するものは
プラントへ帰れる。我らが総裁、ラクス嬢よりの伝言だ。……お前に、先ずは直接伝えたくてな」

 

 ――失礼します。未だ少年の面差しを残す制服がコーヒーのおかわりを手に入ってくる。
 ゴルゴーン隊は男女比率は8:2で圧倒的に男性、それも見た目がやや線の細い少年が多い為、
内情を知るものは、タチアナの趣味で集めたショタ専ハーレムなのだ。と噂するほどだが、
男女比率を逆転すればタチアナのしていることはウィルソンとさしたる変わりは無い。
「室長(キャップ)。自分も会談への立ち会いを……」
「ご苦労。気づかいは無用、客と言ってもデイブだ。……それとも、おばさんの思い出話に興味が?」
「30にもならない方が、おばさんを自称するのはどうかと。…………了解、しました」
 渋々、と言う表情を隠しもせずに下がる少年。――なるほど、こっちにもフゥやベッキーが居たか。
ウィルソンは少し気が緩む。不遇の境遇にあるものを引き取る。男女比率は双方とも実は偶々。
結果こちらは逆ハーレムだが、なまじターニャが美人なだけに、吊り橋効果もさぞ大きいことだろう。
 ウィルソンは不機嫌な顔を隠そうともせずに下がった少年が、持ってきたコーヒーカップを取る。

 

「暗礁宙域内と地上に拠点を用意する。当面そこへ。――我ら“ターミナル”は情勢観察、現状は
地味に情報収集だ。それと、“ファクトリー”の為にザフトから設計図を一式【貰って】こないとな」
 停戦合意からわずか数週間。“ターミナル”と“ファクトリー”双方、組織も人員も秘密組織の
イメージとはかけ離れ、とてつもなく巨大なものになっていた。
 ラクス・クラインの威光は勿論あるだろうが、お嬢さん一人の理想論だけではこうはいくまい。
「編成は相談に乗ってくれ。概要、詳細説明は後でいいだろ? ――なぁ、ところで一つ頼みがある」

 

「新参者の俺に話を振る。――誰か“救出奪還作戦”、をやりたいヤツが居る、と?」
「察しが良くて助かる。既に三件ほど救奪要請が来ているのだが、私らではな」
 ――ふぅ、やはりそうなるよな。あきらめの表情を浮かべるウィルソン。
「多分、今は情勢が大混乱のさなか、だろう? 諜報屋なら誰でも大抵いけるんじゃ無いか?」
「大西洋連邦内とユーラシア中枢だ。お前以外、誰も手は出せん。だから命令でなく要請だ」
 コトン。タチアナがカップを置く。

 

「まぁ、通称通り魔作戦。渋るのは先刻承知。なので当然ニンジンも用意してある。――オーブに
セーフハウスと、そして医者を準備した。……例の女の子。あのままにしておく気では無いだろう?」
「よく調べてあるよ。全く。――良いだろう。人が足りん、お前んとこで器用なヤツをリストアップ……」

 
 

 一旦部屋に戻る。そう言ってラ・ルースが居なくなったので、必然的にその後入った通信には
艦長が対応することになった。
『……ご協力を感謝します、艦長』
「一応司令にお伝えする必要がある。貴官の所属と官名、姓名を明らかにされたい」
『自分は第81独立機動軍所属、ネオ・ロアノーク少佐であります。地球軍統合参謀司令本部より
ラ・ルース司令に直接面会するよう命令を受けております。移乗許可を願います』
 艦長の問いに対してモニターに映った黒い制服に仮面の高級士官はそう答えた。

 

 ブリッジクルーが副長の近所に声を潜めて集まる。
「副長、データベースには第81独立機動軍に該当する部隊がありません。これっていったい……」
「俺もハチイチ機動軍って聞いたことねーな。副長、ヤツら、地球(した)のエリートさんですか?」
「大声は出すな。後で教える、今はちと不味い。――ま、当然。艦長も心当たりがあるよな……」
 副長に釣られてクルーも艦長席を見上げる。

 

 ――なるほど。ブルーコスモスお抱えの部隊が直接来るか。上層部は艦長の想像を遙かに超えて
憲兵隊などより、よほど面倒な部隊を派遣してきた。それが意味するところは一つ。
 その緊迫した雰囲気のブリッジに、青いパイロットスーツが入ってくる。
「艦長! いったい何が……。こりゃ失礼」
「ご苦労だった。少し待て、少佐。――自分が許可するまでもないでしょう。……ようこそカエサルへ」
 通信が切れると、艦長は自分の椅子の背もたれに掴まりにきたパイロットスーツに向き直る。
「少佐に厳命する。ファイントムペインの連中が船に居る間、絶対に誰とも口をきくな。良いな?」
「開口一番それかよ! いきなり意味がわからねぇよ。ファイントムペインがなんでここに来る!?」
「この期に及んで軽口が理由で貴様を失ったなら、自分は一生後悔を抱いて生きねばならん。頼む」

 
 

 黒い服にミニマントを翻した仮面の男を先頭に連合の制服がブリッジに入ってくる。
「地球軍参謀本部より特命を受けて参りました、ロアノーク少佐であります。……艦隊司令、
フェデラー・ド・ラ・ルース大佐はどちらにいらっしゃいますか?」
 自席より自然に立ち上がるとラ・ルースは仮面の男に鷹揚に敬礼してみせる。
「自分がラ・ルースだ。遠路ご苦労、少佐。――早速だが用事というのは?」
 用事は既に皆わかっている。後は誰かがそれを口にするだけ。そしてそれを伝える為に
選ばれたのがこのロアノークという若手将校、それだけのことではある。

 

 双方表情の見えない鉄面皮と鉄の仮面。まるで彫像が二体対峙しているようだ。と艦長は思う。
「ラ・ルース大佐。連合政府への反抗を準備した罪、他28件で貴官に逮捕状が出ています。既に
艦隊の諜報部隊は全員逮捕拘束いたしました。……閣下の逮捕、身柄確保が我らの命令です」
 だが、その宣告を聞いてもラ・ルースはいつも通り、ふむ。と言ったのみ。

 

「と言う訳で。……201特務艦隊ラ・ルース司令。僭越ながら貴官を逮捕拘束させて頂きます」
「私は間に合わなかったのだな。……どうせ船の中、何処に行ける訳でもない。着替えてくる。
――艦長、少佐。今まで済まなかったな。……悪いが後は頼む」
 言うが早いか。もうドアの方へきびすを返す。ロアノークの脇に控えていた中尉が慌てて叫ぶ。
「……! 司令、失礼ですが監視を付けます! ――おい、二人行け!!」
 下士官の階級章が二人、アサルトライフルを抱えてラ・ルースの後を追って走り出す。

 
 

 何かを言いたそうなシェットランドと目を合わせて、人差し指を自らの唇に当てる艦長。
シェットランドは黙るしかない。
「お願いネルス、今は黙ってて。――後を頼む? って、まさか司令は……」
 艦長のつぶやきが終わると同時にアサルトライフルを持った軍曹が慌ててブリッジへ戻る。
 ――軍曹、何事だ? 落ち着いたロアノーク少佐の声は、むしろ全てを見透かしているようで、
だから艦長には非道く不快に聞こえた。
 きっと彼は私と同じ結論に至ったのだ、と気がついたからだ。ならば軍曹の報告の内容は。

 

「し、司令閣下が。ラ・ルース大佐が、拳銃で、自害を!」
「状況は?」
「弾丸はこめかみから入り頭蓋に停留、即死であります。現状伍長が現場確保の為待機中!」

 

「各艦のブリッジ要員、並びに参謀団は全員その場を動くな! ――自室も含めて
全面強制調査開始、遺体は丁重に母艦へ移送、収容! 全員速やかに行動を開始せよ!」
「ラジャー」
 指示を出し終わったロアノーク少佐が艦長を向き直るのは、当然艦長の想定範囲内。
だからお互い正面で顔を合わせる事になった。
「艦長。はなはだ遺憾ですがあなたを含めた艦長全員と参謀全員についても重要参考人として
身柄確保の命令が出ています。個人的にはあなたが含まれるのが非常に残念ですが、ね」

 

 ――逃げたり自殺したりするなよ? か。だが艦長にはそんな気はさらさらなかった。
「宜しいでしょう。――艦隊全艦、全クルーに告ぐ。自分はカエサル艦長である。先ほどの戦闘で
ラ・ルース司令が名誉の戦死をなされた。依って暫定的に現在、自分が指揮を執っている」
 はじめから命がけはわかっていた。なくす物など何も無かったからこそ全力でここまで来た。
だがその艦長にも今では心残りがある。

 

「各艦艦長、並びに参謀全員は30分以内にカエサルブリッジへ集合。各艦の指揮は各副長、
艦隊指揮はシェットランド少佐が暫定的に執るものとする」
 勿論、本意ではない。連行される先は出所の当てのない政治犯収容所だ。行ってしまえば
生まれて初めて“守ってやる”と言ってくれた男性に、一目会うことさえ。もう叶わない。
「ちょっとまて、おい! 俺が艦隊指揮!? なに言ってんだよ艦長!?」
「黙れ! 口をきくなと言った! ――少佐の指揮の下、月本部へ帰投、我が201特務艦隊は
そこで解散となるだろう。各員のこれまでの奮闘に心より感謝する。……ありがとう。――そして」
 急に表情がなくなり、そして口元には微笑みが浮かぶ。クルーはその表情を見て後じさる。
笑いながら自らを深々と傷つけ、その痛みに血の涙を流す鬼神の姿がそこにあったからだ。
「各艦長、参謀には自ら死を選ぶような行為は、これを全面的に禁ずる。合理的かつ適当な判断に
基づき軍人、いや人間としての矜持をもって行動するよう期待する。……“元”艦長からは以上だ」

 

 ロアノーク少佐の好意で特に手錠も縄もうたれず、うなだれて格納庫を歩く一団の先頭、
一人顔を上げて歩く女性に、頭の上のキャットウォークから声がかかる。
「艦長!」
「少佐? ――あれ程口を開くなと……」
「うるっせぇ、そっちこそ黙れ! 必ず、どんな手を使ってでも会いに行く! 白馬に乗って
救い出しに行くからな! だから、馬を調達するまで。それまでは、ゆっくり寝ててくれ!!」

 
 

 ブルー・コスモス本体はムルタ・アズエル死亡の報の後も、表面上は冷静を装っている。
アズラエルの次に誰が来るかなど事前に決まっていた話である。と言う事だ。
 だが実際外から見えないブルーコスモス内部は、直接利害に関係する者同士、戦争など
そっちのけで蜂の巣をついたような大騒ぎである。
 ラ・ルースの読みは、だから間違っていなかったのだが、致命的な読み間違えがあった。
ブルーコスモスの抱える実働部隊ファントムペインが、この状況下で動けるとは思って
いなかった事だ。動けると言うならば盟主が誰でも関係ない。組織に反旗を翻す敵を撃つのみ。
 この読み違いが彼の野望を砕き、命を奪う結果になった。

 

「最悪の結果になったな、少佐」
 コトン。話しかけられた黒い制服の男は仮面を脱ぐとテーブルの上に置く。
「少佐って呼ぶな。階級で呼ぶなら大尉だ。――まぁ最悪って事もないだろう。多少仕事が
減ったぐらいだ。……ま、なにしろ今回は艦長が美人な上に物わかりが良くて助かった」
「艦長の容姿は関係があるのか? 今の話」
「物事何でも、関わるんなら美人な方が良いだろ? もしやお前は美少年派なのか?」
 ――結果的に誰も殺さずに済んじまったから地味になっちまったがな。上着のジッパーを下ろす。

 

 事前の行動予測ではパニックと艦隊幹部の保身から大混乱のさなか銃撃戦になる。
と言うシナリオが想定されていたし、だから彼らもそのように準備をしていた。
 混乱となれば、ラ・ルースも含め生かしておく必要が無いので、見せしめに逮捕予定者の半分
程度ならどさくさに紛れて殺しても良い。とまで言われていたのだ。ならば艦隊のクルーなど
彼らにとっては数の内にさえ、そもそも入らない。

 

 艦長がそれに気付いて、自分の我を捨ててまで取った言動は、各艦長や参謀達の自殺を止め、
艦隊内部の暴動を抑えた。ラ・ルースの自決もそれを艦長に促したことで意味合いは同じ。
 結果的にこの二人の行動は多数の部下の命が意味なく失われるのを防いだ。

 

 ラ・ルースの自決を戦死として各艦に通達されたうえ、自殺は禁止だと命令口調で言われて
しまえば暴動など起こるはずも無い。そして暴動が起こらなければ鎮圧する必要は当然無い。
 艦長の機転のおかげで彼らの仕事は激減し、反主流派の粛正も果たせず“最悪”の事態となった。
 但し、粛正は命令のおまけ。この二人にはその艦長の予想外の横やりさえ楽しむ余裕があった。

 

 ――いずれ。仮面で蒸れたのか男は髪をかき上げながら続ける。
「反逆罪を未然に防いだ、証拠も山盛り。かなり本部の点数は稼いだろう。“本物”が出来上がる前に
もっと功績が必要だ。……今回は人死にが出なかった分、却ってネオは高得点。昇進するかもな」
 彼らは“本物”が強化人間なのか、洗脳で作られるのか。その部分に興味はなかった。

 

「そのネオの件だがな。我々ファントムペインが直接全面に出るなど、あり得るのか?」
 ブルー・コスモスの実質私兵部隊であるファントムペインが前面に出るなら、それは停戦協定が
曲がりなりも結ばれたこの時代にあって、更に混乱が戦争という形を取って継続し、市井へと
広がることを意味する。戦う為に戦う。それが彼らの使命である。
「俺は知らん。興味もないが、餌付けして芸を仕込んでるガキ共も居るんだろ? だったらいずれ
地球軍はウチで仕切るんだろうよ。だったら表に出して良い顔が必要になる。多分それがネオだ」
 仮面の上に黒い上着を投げ捨てると、男はそのままシャワーへと向かった。

 
 

予告
戦争は止まった。心と体に大きな傷を残して。
戦いは続く。人々の生活を削り取りながら。
元の生活を取り戻そうとするもの、新しい生活をつかみ取ろうとするもの。
人々は、それぞれの立場で必死にもがく……。

 

 ゴミ溜の宇宙(うみ)で
 次回最終話 『変わらないもの』

 
 

【第十三話 『切り札』】 【戻】 【最終話 『変わらないもの』】

 
 

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