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第八話 『希望、羨望、渇望』

Last-modified: 2014-04-14 (月) 12:07:23

ゴミ溜の宇宙(うみ)で
――希望、羨望、渇望――

 
 

「……済まない、副長頼む。――少佐、例の12機、既に最終艤装まで完了、明日には
最初の機体のテスト開始だそうだ。……やはり形式を105ダガーに改ざんしたらしい」
 カエサルのブリッジ。定例艦長会議から帰ってきた艦長が、資料の類を副長に渡して
自席へ向かう。それを見て艦長席に収まっていたシェットランドはごく自然にすぅっ、と
浮き上がり、背もたれに手をかけて方向転換する。
「01Sp3ダガー改で通しゃ良いモノを。01A1は絶対数が少ない、目立つぜ?」
 とは言え、ダガー改のその型番も勝手にラ・ルースが付けたもので正式な名称はない。
最新鋭MSが12機。結局何をしようが目立つものは目立つ。

 

「ところがそうでもない」
 自分の後ろに陣取ったシェットランドに見える様、少し身体をずらしてモニターに灯を
入れる艦長。
「第2次ヤキン攻防戦10日前に太平洋連邦の工廠が35機のGAT01A1を急遽ロールアウト、
そのまま月の何処かへ配備している。……あくまで書類上の話で、本当に作ったのかどうか。
それさえ定かでないのだそうだ。問題はあるが数を誤魔化して突っ込むなら好都合この上ない」
 さすがはプロの情報屋だ。……なんで司令にくっついてんだろうな? シェットランドが呟く。
諜報筋にも派閥はあると言う事だ。きゃつ等なりに良い目は見たいんだろう? 艦長は続ける。
「今このときには、MSを配備された。と言う事実の方が重要だ。先日自分で言ったろう? 見に
来なければ判らんと。……ダガーLの配備が進めば再度の書類の改ざんは更に簡単だそうだ」

 

「で。何か調べていた様だが……、会議の間に何か判ったか? 少佐」
「大したことは何も。……以外に節約好きみたいだって事くらいだ。――軍曹、悪りぃ。いいか?」
 彼の言葉に反応して、ブリッジ中央に3Dスクリーンが立ち上がる。
「G−2、大隊長の命令でその後も監視を続行してますが、コロイド粒子を再散布する様子は
ありません。ついでに目に見えるエネルギーの流動も無くなりました。やはりこちらの陽動の為に
わざとやっていたと、そう思うのが妥当かと」
「大きさが露呈した以上、再度ミラージュコロイドを展開する必要もあるまいが、他の目標に
エネルギーを供給していた訳ではないのか……」
 ――それともう一つ。軍曹の話は続く。決して暇ではない彼は、半ば無理矢理にシェットランド
から解析を押しつけられたのである。せめて艦長に報告しなければ収まりが付かない。
「G−2の本体は元から見えていたあの小さい方です。それが証拠に戦闘終了後から大きい方は
G−2の軌道から完全に離脱。武装自体は使い捨てだった様で」

 

「……幾ら材料がそこら中にあるとは言え、奴ら工兵隊を何個大隊抱えてるんだよ」。
「――少佐、参謀達の計算に依れば奴らは全部隊で最大たった120人。信じられるか?」
「優秀な労働力、だからこそプラントを作ったんだろ? ナチュラルが仕事を取られない様に、
いや劣等感を感じない様に、か? ……勤勉で真面目。亡霊は以外と地味な奴なのかもな」
 チャン軍曹。例の移動法則の割り出し、頼むぜ? そう言うとシェットランドは艦長席の
背もたれから手を離し、崩れた敬礼をしてみせるとそのままブリッジ出口へと流れていく。
「今日中に艦長会議の議事録に目を通してサインをしておけよ!? 全く。――チャン軍曹、
少佐から他にも何か頼まれているのか? ……移動法則? 各目標の移動のこと。か」
「大隊長は絶対に完全ランダムじゃないって仰るんです。確かにそうは思いますが、解析には
そりゃもう大変な時間と労……。い、いや。やりますよ? もちろん。自分もそう思ってますので」

 

「で、今夜は何の用だ? 忙しいときばかり来やがって、絶対わざとだろ? 明日でレポート
締めるって自分で言った癖に。ついでにビンがまたしても違うな。何種類持ち込んでるんだ?」
 標準時は夜。相も変わらず、時間内に終わらなかった仕事をため込んで机に向かう
シェットランドの邪魔をする《劇薬/免許保持者以外開栓禁止》と書かれたビンを小脇に
抱えた小柄な女性。
「免許保持者、ね。開ける以上は免許がある、と言う事だな? キミはなんの免許持ちだ?」 
「排水量無制限船舶と航宙クルーザー級ならもってる。……あ。あと、一級会計士!」

 

 月面司令部艦隊付きが、一級会計士なんぞ何に使うつもりだ? シェットランドはいつも通り
ベッドに腰掛けた彼女の前にテーブルを用意し、透明なグラスを二つ取り出しながら言う。
「ハイスクールの初等科の時に、先生に取っておけって言われたの。おかげで暗算がかなり速く
なったし経費のちょろまかしは絶対に見逃した事無いわ。――ま、資格自体は使った事無いな」
 開栓禁止のビンの蓋を開けながら彼女が言う。
「当たり前だ。艦長職に会計士免許が必要だったら4/5は失業するぜ……」
 まともな金銭感覚など、職業軍人の艦長クラスならば持ち合わせていないのは、
彼はよく知っていた。知っているが故にわざわざ一緒に夜の街へ繰り出すのだから。
 だが彼女も酒飲みである部分は変わらないんだよなぁ。シェットランドは思う。船乗りを
まとめる一番大事な要(かなめ)たる艦長。免許はともかく、艦を統率するのに必要な能力
なのか、はたまた職業病か。

 

「ほぉ、今夜はブランデーか。なら食堂からガメて来たこのグラス。よく似合いそうだ」
 自分の椅子をテーブルの前に引きずりながら、ビンの口から立ち上るアルコールの臭気に
気づいてシェットランド。
「……? なんで宇宙戦艦にガラスのブランデーグラスなんか?」
「アガメムノン級はそもそも艦隊旗艦や司令座乗艦として使われることが多い。偉い人達は
カタチにも拘るのさ。オレぁ中身だけで良いと思ってたが、薬ビンからプラのカップじゃ興ざめ
だって事はここ何日かでわかったからな。――艦長なのに知らなかったのか?」
 ……私は戦艦の中でおおっぴらにお酒飲もうと思った事はないから。と言う彼女のグラスに
薬ビンから琥珀色の液体を注ぐ。
「偉い人達はそこまで仕事だろ。キミも艦長だから、まぁ良いさ。……ならば俺はどうだ?」
「宙間機械化機動大隊長は艦長と秘密会合。アルコールは舌の回りを良くする潤滑油。
艦の維持に必要なもの全てを用意する。それが艦長たるものの仕事。……と言う事でどう?」
「有り難いことで。――キミの詭弁に乾杯、だ……」 
 ――キン。グラスの澄んだ音が部屋に響く。

 

「で、ネルスは何を気にしてるの? わざわざ目標の解析指示まで出して」
「オレは真面目に仕事しちゃいけない様な口ぶりだな。――デコイだぞ。わざわざある程度
修復した拠点をキミならそんなモンに使うか? しかも巡洋艦までリモートが効く程に復旧
しといて、そんで使い捨てだ。気になるじゃねぇか。連中、補給はないんだぜ?」
 そう言うとシェットランドはグラスを傾け真顔になると、旨い酒だ、多分……。銘柄を告げる。
「わ、アタリ。判るんだ、さすがぁ。安売りはしないんだって。――彼らは長くあそこ(デブリ帯)に
留まるつもりは毛頭ない。と言う事、なのかしら。だからといって……」
 ――そう、そこだ。コトン。シェットランドはグラスをテーブルに置く。
「そうだとすれば、連中の行く先。それは……、何処だ?」

 

「司令はともかく、参謀達は此処に当面留まると言う見解だけど。まぁ、言われてみれば確かに」
 “劇薬”のビンを傾けながら艦長がシェットランドの言を引き取る。
「MSはじめ、こちらの機動兵器数については向こうも当然把握してるだろうし、ならば
本拠を割り出されれば掃海作業しながらでも、最大24時間で強襲できると言うのは完全に
予想の範囲内なのよね。ヤキンの亡霊が、あまりに無防備。そう言う事でしょ?」
「向こうから丸見えで、しかも丸一日かかる行軍が、成功するかどうかは別だがね。
――効くわ、こりゃあ。俺ももう一杯、もらっても良いかな?」

 

「どうぞ? 開けたら飲みきらなきゃ。――けれど、本国からも追われ、地球にも降りられない。
何処か行くあてが有る、のかしら?」
 プラントにはもう帰れない。彼らの排除命令が特務隊に出されているのだ。自分達の命の
安寧を願うならジャンク屋に身を寄せる訳にもいくまい。プラントや連合とぶつかることはあっても
そこは商売だ。組合上層部は当然各国政府とは繋がりがある。
 地球ならば受け入れ先として有力なのはオーブなのだが、ラクス・クラインがオーブの姫、
カガリ率いる亡命政権と同盟関係にあったのは周知の事実。ラクスを狙った彼らを簡単に
受け入れるとも思えない。普通に考えれば彼らにはゴミだめに留まる以外の選択肢はない。

 

「基本、奴らは諜報屋だ。もしかすると何かコネクションが有るのかも知れないし、それに……」
 彼はグラスの中身を一気に飲み干すと、もう、気にすることをやめた筈の盗聴器を気にする
かの様に周りを見渡す。 
「出来る限り生け捕りに。って言う司令の狙いはその辺にもあるんだろうな、多分」
 国を追われたほぼ諜報機関と言って良い部隊。それを丸ごと受け入れるコネクションが本当に
存在しているというならば、合法、非合法を問わず動きの幅は格段に広がる。
 そしてそれをフェデラー・ド・ラ・ルースが手にしたなら、もはやモラルも軍規も彼を縛れ無い。
自らの利益に反する者は排除。それが彼らの司令たるラ・ルースの普段からの指針である。

 

「さって、“クスリ”も飲み終わったし。……今夜は、おいとまとしましょうか、ね」
 言葉に多少含むところがある。いくら男女に疎いシェットランドでもそれはわかった。
軍人としては多少小柄で華奢だが、女性としての魅力にはそれは関係がないし、プロポーション
はむしろ良い。何より美人。唐変木の彼にとってはあり得ないチャンスなのではある。だが。
「……だな。明日はキミは早番だろ? いつもよりハイだぜ? 部屋まで気をつけて帰れよ」
 最前線のパイロットである以上、誰かと特別な関係になる訳には行かない。ましてや、せっかく
出来た飲み仲間。自分の最期の日まで無くす訳には行かない。と言うのが彼のいい訳である。
「…………うん、ありがと。――じゃあ、明日。ブリッジで」

 

「女に恥をかかせる、か。俺は最高のバカ、だな。何やってんだろう……」
 呟きながらグラスを片付ける彼の部屋の扉、チャイムがなる。
『リーダー、遅れました。今日締め切り分の書類でっす!』
「結果オーライ。――遅いっ、日付変わった。アウトだバカ! これからチェックさせんのか!」
「すいません。ところで今、酔っぱらったすげー美人とすれ違ったんですがありゃ誰ですかぃ?」
 どうやら軍服を脱いだ彼女の正体を見抜け無いのは、シェットランドのみではないらしい。 
「手を出すなよ? 恐ろしい目に遭うぞ。……それに俺の大事な飲み友達だからな」
「まさか司令室付きの秘書官とか……? 道理で見た事無い訳ですなぁ」 
 それに対してシェットランドは、似た様なもんだ。手ぇ出せばクビが飛ぶぞ。とだけ言った。

 

 数日後。上着を引っかけただけのシェットランドが帽子を片手にブリッジに飛び込む。
「こんな時間に何事だ、艦長! 敵襲か? 規模は? 副長、何でアラートが出ない?」
 ブリッジのクルーは全員、夜勤組。早番のクルーが来るまででも、あと1時間以上はある。
但し、司令付の参謀達は補佐官も含めほぼ全員そろっている。
「早くに済まない少佐。――間もなく司令もブリッジに上がってこられる。貴様もそれまで待て」
 そう言って艦長席ごと振り返った彼女には珍しく、帽子からはみ出した髪の毛がはねている。
どうやら彼女も叩き起こされたものらしい。

 

 そしてどうやら叩き起こした張本人は、夜勤組の中、昼間と変わらず自席で黙々と端末に
向かうチャン軍曹だろう。彼が何か掴んだのか。
「二度手間になっても無駄だ――司令が来られたら軍曹から直接説明させる。それまで……」
「……あぁ、待つ必要は無い。遅くなってしまった。朝は弱くてね。――さて、話を聞こうか」
 襟元が開いている以外、まったく通常通り。と言った風情のラ・ルース大佐がいつも通り
気配を感じさせずにブリッジにいた。その襟元もあっさりと通常通り閉まると、もういつもの
艦隊司令の顔になる。

 

「――では軍曹、始めてくれ」
「はっ。――4つの目標の移動法則、ほぼ特定が出来ました」
 ほぉ。とだけラ・ルースは言う。他の者はあまりにあっさりした報告にむしろ無言になる。
「事の発端は、大隊長が変なタイミングでおかしな場所の掃海作業を行う敵のMS。これに
気づかれたことでした」
 資源回収のゴミあさりにしては位置が変だったんだよ。それに目標にぶち当たるゴミは
ある程度ほうっておいてるしな。――目が一気に覚めたシェットランドが引き取る。
「そして各拠点間の距離、それも伸びたり縮んだりで完全ランダム軌道に見えるのですが……」
 ――なるほど、拠点間の最大距離、だな。既にラ・ルースは何かを察した様だ。
「その通りであります。距離の縛りと掃海作業が必要な理由、それは恐らくケーブルです」 

 

「ジェネレータは一機のみであとはスレイブ……。マスターコントローラの位置と言う事かね?」
「恐らくその通りです、司令。――使い捨てのインフォケーブルと違って、電源ケーブル損傷は
生命維持に直結します。掃海作業の頻度とMS発着数から見てマスターはG1と思われます」
 シュン。ラ・ルースの前に立体航宙図が表示される。
「観測の結果、自然に見せる為にあえてランダムではなく、人為的に軌道を変えていますね。
目視ならばきっと気づけません。提供されたデータを、ただ追ったからこそ気がついた訳です」
 ホログラフの中、線で結ばれた4つの点はねじくれた軌跡を描きながらくるくると回る。
「これは……。ここ一週間のデータ、だな? ――チャン軍曹。軌道予測、現在の精度は?」
「はい艦長。各拠点間の予想最大距離は約580、人為的軌道なので予測進路はシミュレートで
追えますが、精度は現在63%。データ追加、計算式再構築でこれを3日で80強まで上げます」

#br 
 ラ・ルースが何事か言うと、参謀達は姿勢を正して敬礼。本人も含め波が引く様に居なくなる。
「デッキに通達。MSはエール、MAはレールガン仕様で全機用意開始。イチマルマルマルから
実機で大隊全機で臨時演習! 整備も出てきた順に実戦を想定して配置する様伝えろ!」
「少佐、亡霊のデータは全て回す。……艦艇はどうする? つきあった方が良いのか?」
「マテウスのCICがつきあってくれればそれで良い。それよりも監視の手と目を増やしてくれ。
データの数が被害に直結するだろうからな。――Dナンバーズ総員に起こしをかけろ!」

 

「フゥ。吊り橋理論(※)は知っているな? 人類進化の象徴たる我らコーディネーターが、
旧世紀の心理学者の提唱した説さえ超えられずにいる。……面白いとは思わないか?」
「生理、認知の吊り橋実験。ですね? 人は生理的興奮を、自身の恋愛感情と誤認識する。
故に極限状態、もしくは一時的な緊張による興奮を発端とする異性への感情は通常、継続的な
恋愛には発展し難い……。確か提唱と同時になされた実証実験が、呼び名の由来だったかと」

 
 

 数時間前のヴァルハラ指揮所。浅黒い顔に緩くウェイブのかかった漆黒の髪の少女が
隊長席へ敬礼を送る。現場復帰を果たしたワチャラポン・セーナムアンである。
「キャップ。定期掃海作業完了、次回は7時間後にB2ケーブル。パメラの班が当たります」
「報告ご苦労。ワチャラ、身体はどうだ? まだ病み上がりだ、あまりムリは……」 
 実際、かなり痩せた感は否めない。彼女とて仮にも特殊部隊所属、只の少女ではない。
無駄な肉など端から何処にも付いていないのだ。
 ならば痩せて見えるなら、それは生き残る為に必要な分が減った。と言う事に他ならない。 
「MSにこれほど持久力が必要だとは意外でしたが、レベッカが居ますから。――良い拾いモノ
でしたね。指揮とMSは本物です、……彼女、特殊戦の服って。キャップ、ロリ好みでしたっけ?」
「アホ。アレは俺なりの贖罪のつもりだ。……ベッキーは今期、特殊戦の第一次選抜を受ける
予定だったんだ。二次までならば余裕でクリアできたはずだ。そのあいつを実戦配備するとは、
アカデミーの教官共の質も落ちたモンだ。いくら戦時下とは言え隊長に成れる器を……」

 

「彼女のレベルだからこそ生き残れた。そう思いましょ? キャップ。……実質彼女の指揮下に
あった訓練生以外は、部隊まるごと全滅した訳ですし。――ところで」
 ぐっと顔が近づき、小声になる。まだ18ではあるが、ウィルソン以外では最年長。妙に生々しく
感じたウィルソンだが、椅子の上では逃げる訳にも行かずあごを引くのみになる。
「……な、なんだね? ワチャラポン・セーナムアン君」
「復帰して思った事を二つ。多少小声で報告しようと思いますが?」

 

「一つ目。――ここ2,3日のセリアですが。彼女……、オカシくないですか?」
「フゥか? オカシイの定義にもよるだろうが、あいつはある意味、何時だってオカシいぞ?」
 ――そーゆー意味じゃないです! 気が付かないですか!? 耳元で突然怒鳴られて
椅子からずり落ちそうになるウィルソン。
「〜〜。オッサンには見えないことだってあるさ。……それと無く聞いてみるよ。あとは?」
「こっちのがキャップには重要です。……気づいてます? キャップが貞操の危機なんですけど」
 今度は完全にずっこける。――もう、誰かに手を出されちゃってたりして……。真顔で首を
かしげるワチャラポンに小声で怒鳴る。
「オレが仮にも部下に、しかも未成年に手なんか出すかっ! どーゆー意味だ!?」 
「手を出す必要がないから余計にキケンなの。隙あらば向こうからわらわら寄ってくるんだから」

 

「…………。なるほど。命の恩人、か。プラントに帰れなくした張本人だというのに?」
「死んでたらそんな事も思えません、レベッカさえそう言ってます。それに1/92なんですよ?」
 現在平均年齢15.7歳の少女が91人。その中たった一人の男が彼である。
「そのうち二人は除外して良いです。私はオッサン嫌い。レベッカはセンパイ一筋、百合の道」
「フゥも除外じゃないのか? アレは基本、男嫌いだろうが?」
「あの娘は何考えてるかわかんないもん。だいたい男に興味有るかどうかさえ良くわかんないし」

 

「いずれこの状況下で誰かと特別な関係になったりしたら、それこそ統制が効かなく……」
「……気を付けよう。教えてくれたことは感謝する。ただ、おまえなぁ。教え方っつーモンが……」

 

 小声でゴモゴモと話し続ける二人にオペレーターの張った声が割って入る。
「キャップ、連合の艦隊が動きました。進行角度変更、輸送艦中心に縦十文字に陣形変更」
「バラまいたカメラの正面か……せめて画質をもう少しあげ……。――進行角度がおかしい。
まさかヴァルハラの位置を特定したのでは無いだろうな。敵の予定航路は?」
 それが。数本伸びた矢印を表示したモニターから、当惑した表情のオペレーターが振り向く。
「50時間後にBg2エリアを掠ります。……ですが、現状ならばこちらの通過エリアはBd6、
距離は10,000以上。しかも敵の到着12時間後。万一戦闘展開で待ち伏せされたとしても、
それを確認した上でヴァルハラごと逃げることさえ可能です。時間も距離も十分です」 
「ふぅむ。統括機関士長に連絡、一応万一に備えて軌道角度を起こす。+6、左2。速度は維持」
 フゥと連絡は付くか? 数秒後、彼の前に開いたモニターにはレベッカ。
「――わかった。そっちが片づいてからで良い、ヴァルハラのオレの部屋に来る様に言ってくれ」

 
 

「吊り橋の上でアンケートなんざ取った覚えはないのだがな。因果なこった」
「アンケートは取りませんでしたね、確かに。……でも」
 コトン。コーヒーカップを置くとフジコはまっすぐにウィルソンを見つめる。
「落ちそうになった娘は引っ張り上げましたよ? 約100名程。――現状、効果は覿面。です」
「結論はそうなるか、やっぱり。ただワチャラが分室組まで数に入れたのはなんでだろうな」
「当然の帰結です。前提としてキャップの存在如何に関わらず、分室組は端からプラントには
帰れ無い。だったら“アンケート”は分室組にも対しても有効打になり得ます」

 

「やれやれ。モテるのは結構だが、一時的な勘違いじゃあ素直にゃ喜べ無いよなぁ……」
 目の前の隊長モードONの少女はいつもの通り。なのではある。だがこうして面と向かうと
何かしらの違和感はワチャラポンの言う通り、確かにある。
「コーヒーのおかわりはどうだ? 入れ直すが」
 人を“見る”事を商売にしてきた彼だ。その正体がわからないのは面白くない。
但し、わかったらもっと面白くない自体になることも、往々にしてある事なのだが。

 

「――。その、もう一杯、頂いて良いですか? えと、ミルク大盛りで……」
 通常のフジコなら、もう結構です。とピシャリと返事が返る。嫌いなコーヒーを飲むのも仕事。
そう捕らえる彼女である。それに返事の前、顔に躊躇する色を彼は視界の隅に一瞬捕らえた。
「何か悩み事か? ワチャラも戻ったし、パムも居る。オッサンで良ければオレも居るが」
「……30にもならない人がオッサンを気取らないで下さい」
 一度はうち捨てられ、人口重力エリアで息を吹き返したドリッパーの音だけが室内に響く。

 

「私も、……アンケートされた一人だと。その、言ったら。……やっぱり、オカシイ。ですか?」
「済まん、ミルクが切れた。砂糖だけだから少し多めに……。え゛?」
 手の中で踊るコーヒーカップをどうにかデスクに置くことに成功する。
「けれど、私の吊り橋はみんなのモノとは違います。……5年も前に倒壊したものです」
 ――フゥ、おまえ……。それ以上の台詞が出ない。
「そう、……全てを思い出しました。助けてくれた方の、お顔も言葉も。……ハッキリと」

 

予告

 

記憶を取り戻したフジコがウィルソンに伝える言葉は果たして。
そんな折、ウィルソンの元へ地上からの最終報告が届く。
時間の差し迫ったヴァルキリア隊92名に否応なしに決断の時が迫る。
そして201艦隊はデブリに身を隠し、静かに、しかし確実に亡霊への距離を詰める。

 

 ゴミ溜の宇宙(うみ)で
 次回第九話 『約束を結ぶ』

 
 

(作者注)
※有名な吊り橋理論です。
 “吊り橋理論”の実験は、18〜35歳までの独身男性を集め、揺れる吊り橋と揺れない橋
 双方でそれぞれ橋を渡らせ、橋の中央で同じ若い女性が突然アンケートと称して話しかけ、
 「この結果に関心があれば連絡を下さい」と電話番号を教える。と言う方法で行なわれた。
普通の橋からの反応は約1割だったが吊り橋側はほぼ全員から反応があったところから
 ほぼ正しいとされているらしい。……のですが。

 

 更に調べたところ “吊り橋理論”自体は実験のみで立証されたと言う訳ではない。
 ……とありまして、そのへん正直素人には良くわからない話ではあります。
 まぁ、上手く使えてるかどうかはともかく使ってみたかったんです、すいません。
 使ってみたいだけなら他にもシュレディンガーの猫ってのもありますが、これはもう
 無理矢理使う方向に持って行かないと、使うとき無いですね。

 
 

【7.5話 ―分岐点―】 【戻】 【第九話 『約束を結ぶ』】

 
 

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