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転移戦線_第05話4

Last-modified: 2013-12-23 (月) 20:03:50

 『転移戦線』 第五話 「宿敵の牙心」

 
 
 

「ほぉぅら、動け動け動け! 鉛の鞭を入れないと走れない駄馬なのか!? ワシはその方が楽しいがのぉ!」
「い〜〜〜や〜〜〜〜っ!」
「なんでこんな事を……っ!」
「ほら、がんばれミリィ!」
「これぐらい、俺達のしてきた地獄の新兵訓練に比べれば1/10だよ!」

 

 砂まみれになり有刺鉄線を張った溝の中をはいつくばっているミリアリアと、1.5mの板壁を乗り越えるのに難儀しているフレイは弱音を吐き、その横を装備を背負ったサイとトールとカズイが駆け抜けて行く。
 彼女たちは野戦服に身を包んでヘルメットをかぶってはいるものの、男性陣のような武器や装備は持っていない。
 それに壁が低かったり匍匐前進するコースが短い、新たに作られた初心者用コースを使っていても難儀しているようだ。
 地獄のような新兵訓練だったが人間の体とは不思議な物で、今では毎日ある程度体を動かさないと落ち着かない男性陣。
 それに引きずられるように、AAで行っていた病・怪我人への介助や子供達の無料診断等の世話が一段落した女性陣も任務に障害いが出ない程度に訓練に参加したが……その差は男女の違いを考慮しても歴然であった。

 

「アルスター二等兵、ハウ二等兵、へたばるのは早いぞ! もうちょっと頑張ってみろ!」
「「サーっ! イエス、サーっ!」」

 

 二人の黄色い声が砂漠の空に吸い込まれて行く、それでもサンダース軍曹の声はキラ達の新兵訓練の時よりは柔らかい。
 結局、予定の周回をさっさと終えた男性陣が、女性陣の超えられない障害を手伝う事でようやく終える事が出来た頃には2人ともぐったりと動けなくなっていた。

 

「はぁ…はぁ…はぁ……みんな良くこんな訓練してたわね……」
「ホント……髪が痛んじゃう……」

 

 手渡されたペットボトルのスポーツドリンクを飲んでようやく喋る元気も出てきたミリィと、三つ編みにした髪の先をいじくりながら呟くフレイ。

 

「なに言ってるんだよミリィ、俺達はこの10倍はやっていたよ」
「そーそー、他にも格闘訓練や射撃訓練もやってたし、訓練の前後はフル装備で砂漠をランニングしてたし」
「うひゃ〜、そんなんで良く死ななかったわね、あなた達」
「まぁね、僕達も男だし!」
「そーゆーカズイが一番死にそうだったじゃないか」
「あぁっ、それは言わない約束で……」

 

 やわらかな笑いが周囲を包む……サイはフレイから距離を置いた場所に立っていたが、みんなと共に笑うフレイを久々に見た気がした。
 もっとも、サイが久々に見たと思ったのはサイがフレイをなるべく避けていたからであり、実はそれ以前からフレイは女性陣の間では十分打ち解けていたのだが。
 父親を失い、文字通り身体を張ってキラを戦わせようとしていたフレイだったが、キラは新兵訓練や度重なるストレスからそれらフレイの行動を優しさから来る同情と思い込んで拒絶。
 サイもフレイを避けた事から、元々他人に依存する傾向の強かったフレイは強い孤独感やストレスを感じ、食欲不振や睡眠障害や低運動になって幸福を感じにくくなり怒りっぽく攻撃的になっていた。
 これはASDの兆候があると判断したシローは、孤立しがちなフレイを集団の中でコミュニケーションをより多く取らせるようマリューに進言、それは実行された。
 マリューはさっそくフレイにもオペレータをさせる事にし、またレジスタンスへの協力の一端として怪我人や病人をAAで診断したり子供達の無料健康診断を行う際、介助や子供達の世話をさせたのである。
 これにはフレイのみならずカガリやキキやミリィもやらされ、痛がる怪我人や頑なな病人、暴れて走り回ったりぐずる子供を世話したりあやしたり叱ったりするのは想像以上に重労働で、協力してこの難題に立ち向かった4人の親睦が深まったのは言うまでも無い。
 その際、ピンクの看護師服を着せられたのはマリューの趣味なのかシローの趣味なのかは未だに謎である。
 だがその苦労の――苦労したのは4人であるが――甲斐はあった。
 他人との適度なコミュニケーションはストレスを軽減させる物であり、また怪我人や病人や子供達に数多く頼られた事やオペレータと言う責任ある仕事を任された事で、自然と自分の居場所や認められたといった満足感や充実感をフレイに与えたのだ。
 こうしてフレイは父子家庭で甘やかされ父親に依存気味な事で隠れていた本来の母性本能を発芽させ、自然と笑顔が多くなり口数も増え、周囲に溶け込むようになっていたのである。
 ある時ぐずり疲れ腕の中ですやすやと眠る子供を抱っこしていたフレイは、訓練中の打ち身でシップをもらいに行ったキラと遭遇、それまでの介助の癖で笑顔で「どうかしましたか?」
 と言ってしまった所、真っ赤になったキラはダッシュでその場を去ったという。
 フレイは状況が飲み込めなくてポカンとしていたが、男子陣や08小隊の間ではキラがフレイの笑顔に欲情したのか、ピンクの看護師姿に欲情したのかで大いに盛り上がった(キラをいじり廻した)。
 こうして精神的に参っていて攻撃的で懐疑的だったフレイも、大分落ち着いて幾分か本来の性格を取り戻しつつあった……特にカガリがキラを手のかかる弟と認識していると聞かされた事は、フレイを妙に安心させたようであっだ。

 

「アルスター二等兵、ハウ二等兵、一休みしたら砂漠へランニングに行くが、一緒に行くか?」
「いえいえいえいえ、結構でございます、サー!」

 

 これ以上走ったら乾いて死ぬと言わんばかりに拒絶するミリィ、それを見たカレンも話に入ってくる。

 

「ハウ二等兵、女だからできないってのは理由にならんぞ、私だってキキだって普通にこなせるんだ」
「いえ、だって……従軍経験0なんですよ、私達は」
「男子諸君も従軍経験は無かった筈だが? 今じゃ立派にうちの小隊と同じ訓練をこなしているぞ」
「そっか……みんなそうよね……キラも……」

 

 フレイのそんな呟きに全員が注目する……ここしばらくキラと距離を取っていて、キラの話題も微妙に避けていた本人だけに、全員がはっきりと空気が代わるのを感じる。
 しばらく何かを考えていたフレイは、決意したような顔でカレンに尋ねていた。

 

「カレン曹長、コーディネイターってナチュラルより優れているんですか? そんなに違う物なんですか?」
「異世界(U.C.)の人間である私達より、この世界(C.E.)の人間であるお前達の方が判っているんじゃないか?」
「それが……僕達の世界じゃコーディネイターの資料を見る事も禁止されていますし、コーディネイターを見るのは多分キラが初めてなんです」
「多分とは?」
「会ってたかも知れませんけど外見じゃ判りませんからね、TVで見たとかならありますけど……実際にコーディネイターと自称する人に会った事はありません」

 

 カレンにカズイがそう説明し、皆が頷く。
 08小隊の面々は別世界の人間としてこの世界の人間と何か違う所があるのか……ひょっとしたらC.E.では危険な病原体やウィルスを持っているかもしれないと精密検査を受けていたが、その時にキラもコーディネイターの身体能力を調査すると検査を受けており、その時の結果をカレンは見ていたのだ。
 何か考え込むような表情をして腕を組んだカレンは、その腕を解きつつサンダース軍曹に横目で視線を投げかける。
 視線を感じ取ったサンダース軍曹が『今なら大丈夫でしょう』と言わんばかりに小さく頷くのを見ながら、元医大生だった経験からそれらを推察した考えをまとめつつ、カレンは口を開き始めた。

 

「……そうだな、ヤマト少尉以外のコーディネイターを知らないので、コーディネイター全般なのかは判らない…と言う前提で聞いてくれ。
 まず、一般人に比べヤマト少尉は神経伝達速度が速い。
 神経伝達度測定定規での測定――お前達もやったろ、定規みたいやつを相手が落してそれを掴むって言う測定――じゃ一般人の平均の反応は0.16〜0.20、エースパイロットやプロボクサーで0.13前後。
 だがヤマト少尉は0.10前後と一般人の倍近い反応速度を持ち、現役パイロットである我々やフラガ少佐よりも早い。
 情報を感覚器で受け取り、それを脳に伝え、その脳で判断してから、筋肉に命令を伝える。
 この四ステップが人間が物事を判断して行動に移す流れで、この速度が速ければ状況への反応も早く、また考える時間があるので正確になる。
 この辺は一般人に比べて確実に優れている、これこそがヤマト少尉がMSに乗れる根底だろうな。
 本来……というかU.C.のMSは行動の細かな部分の大部分はOSが判断して自動でやってくれるが、C.E.のOSはまだそこまでは完成していない。
 そこをパイロットがやってやる必要があるんだが、それができる反応速度や判断速度はコーディネイターでもないと間に合わない、というのがC.E.の現状だ」

 

 少年少女達に理解できるようにと配慮したのか言葉をしっかりと区切りつつ話すカレン。
 それを聞いて理解できたのかやっぱりといった感じで頷くフレイ達、キラだけがMSを動かせるのはコーディネイターのそういう辺りが必要と理解できたようだ。

 

「そして、神経伝達速度が速いって事にも関係するのか……記憶力も良い。
 複数の物品を一瞬見せてすぐ隠してそれが何かを当てさせるという瞬間記憶テストがあったが、長時間正確に覚えていた。
 瞬間記憶が正確ならば記憶力は高いと見て間違いないし、学習効率はいいだろう。
 自分でも知識として覚えようとした事は一度聞いたり読んだりすればあまり忘れないと言っていたからな。
 情報の整理とか、複数の別な事を同時に考える事も得意らしいが、それもMSを操縦できる資質の一つなんだろう」
「複数の情報を整理できて、並列に考えられる……」

 

 サイは妙に神妙に頷いていたが、以前MSを操縦できなかった事に重ね合わせているのであろう。
 MSが知らせる数々の情報に対し、サイ自身が反応と対応をしきれなかったのだから。

 

「そしてヤマト少尉は記憶力だけではなく、体を使う事に対しても物覚えがすごく良い。
 銃の撃ち方とか、格闘訓練での体の動かし方、そしてMSの操縦方法……本来であればそれなりの訓練時間が無ければ覚えられないような事でも、何回かやるだけですぐに覚えられるみたいだ」
「つまり……例えば踊りの振り付けとかでも、何回かやるだけですぐに覚えれるって事ですか?」
「そう言う事だな。 コーディネイター全員がそうなのなら、どんな訓練も短い時間で済むだろう」

 

 驚き顔のフレイとミリィに対し、男性陣はやっぱりといった表情だ。
 軍事訓練で銃の扱いとか分解組み立てとか、格闘やナイフコンバットの基本動作もキラはすぐに覚えていた……基本の体捌きを覚えるのと優秀な成績を残すのは違う事であり、未だにサンダース軍曹には投げ飛ばされているが。

 

「あと、外見を好み通りにいじれるらしい……どうやったらそんな事ができるか、私にはさっぱりだ。
 その割にヤマト少尉は背は低いが……これは遺伝子以外にも栄養状態とか、環境とか色々絡むから一概には言えないだろ。
 他の身体的特徴としてコーディネイターは怪我の治癒力も高いようだ、私らが合流する前に怪我をしたが回復も早かったそうじゃないか。
 それは筋肉を鍛えた時の強化速度も早い事に繋がる。
 元々トレーニングで筋肉が強化されるというのは……そうだな、極簡単に言えば、筋肉に負荷をかけるとそれに対応しようと、身体が元からある筋肉繊維を自ら破壊して、強化された筋肉繊維に作り直す事なんだ。
 筋肉繊維の再生も早ければ、鍛えればすぐに筋肉が強化される、という訳だ。
 それに、資料によると遺伝子で決められる身体能力は、高くなるよう調整されてるらしいじゃないか。
 例えば筋肉は誰でも鍛えればいくらでも付くと言う訳では無く、個人個人の遺伝子によって上限を決められている。
 遺伝子を調整したコーディネイターであれば当然これも調整していると思われるから、筋力の上限も当然高くなるよう調整しているだろう。
 他にも遺伝病は対応済だとか、色々なウィルスに免疫を持っているとかあるらしいが、それはすぐには判らないな」
「じゃぁ鍛えれば筋肉がすぐに付いて、その上限も高いって事ですか?」
「そう言う事になる」
「それって……なんだかズルイですね……」

 

 ミリィとフレイが素直な反応を示す。
 確かにキラは一週間の地獄の新兵訓練でかなり筋肉が強化された、全身が一回り筋肉の鎧で厚くなったと言っても間違いでは無い。
 同じような(重りの総重量は違うが)訓練をしてきたカズイやサイやトールも筋肉は付いてきたが、キラ程ではない……それでも3人もそれまでの自分に比べれば明らかに強化されているのであるが。

 

「そこだっ」

 

 発言した2人に指を突きつけ、カレンは声を荒げた。

 

「この世界の資料を一通り読ませてもらったが、恐らく全ての元凶はそこにある。
 一般人……この世界の言葉を使えばナチュラルだな、ナチュラルは生まれながらに頭が良く、肉体的にも優れているコーディネイターを“ズルイ”と考える。
 少ない労力でナチュラルの何倍も物覚えが良く、簡単に肉体を鍛えられるコーディネイターはズルイと……つまりは嫉妬だ。
 同時に、生まれながらにナチュラルより優れているコーディネイターはナチュラルを蔑む。
 これはあくまで例えばの話だが、人は猿を尊敬はしない。
 人の方が多くの部分で――人の言う文化的レベルと言う視点での話ではあるが――優れているからな。
 これと同じように、自分より劣っているナチュラルを見下すのは当然、という感情が多くのコーディネイター達に生まれるのは仕方が無いかもしれない。
 それはそうだろう。 彼らにとってナチュラルは、自分達の何倍も掛けないと物事を覚えられず、何倍も努力しないと肉体的にも強化されない、そしてその上限は自分達以下の可能性が高い。
 そんな種族――そうだな、もう別の種族や生物と認識しているのかもしれない――を人が猿を見下すと同じレベルで見下しているのかもしれないな。
 だからプラントと言う場所でナチュラルにこき使われるのはおかしい、独立するべきだ、いや、独立して当然、猿並のナチュラルは我々が支配して当然だ、とな」
「そんな……それじゃ、この戦争は、ナチュラルとコーディネイターの、お互いをズルイと思ったり見下したりしている感情が原因だって言うんですか?」
「国家間の戦争なんですよ!? いや、プラントにとっては独立戦争だって……」
「……我々は異世界の人間だ、だからこそ見える事柄もある。
 力を持った勢力が一方から独立しようというのは俺達の世界でもある事だ、実際U.C.もそうして戦争は起こった。
 だが一方の選民意識による敵意と、一方の劣等感による敵意……双方の敵意が戦争の引き金を引いて、未だに拡大しつつある。
 俺にはC.E.の戦争の構造はそう伺える。 そしてそれはU.C.より根が深く、もっとドロドロした感情が渦巻いているように見えるな……」

 

 ただの嫌悪感同士のぶつかり合いがこれだけの悲劇を生んだ。
 別世界の人間に『お前達の世界はそんな低レベルの問題で殺し合いをしている』と言われた感じがして、ミリィとトールはカレンに反論するも続くサンダース軍曹の言葉に反論を失った。

 

「って事はよ、あのキラって奴もお前らを見下してるんじゃネェか?」

 

 そんな荒々しい声に声の主を振り返ると、そこにはアフメドが汗を拭いながら立っていた。
 アフメドは若い衆を率いて勝手に出撃した罰をサイーブから下されていたが、それは1年間の出撃禁止、命を奪われた物とその家族への一生の謝罪と、その為に自分でできる事を精一杯する事、その為に自分を鍛える事、楽に死を選ばない事、の5か条であった。
 だからここしばらくは下働きをしつつ、自分を鍛える為に練兵場にもよく顔を出しており、丁度彼らの会話を聞きつけたのだ。

 

「猿並のナチュラルは尊敬できないって、コーディネイターは見下してるんだろ?
 それに、お前達だって内心“ズルイ”と思ってるんじゃねぇのか…コーディネイターは」

 

 そう断言する言葉に声を失うミリィ、フレイも難しい顔をしてうつむく。
 だがカズイ、サイ、トールは平然とした……否、鳩が豆鉄砲を喰らったというか、『なにおかしな話してるんだお前?』的な顔をしていた。

 

「……アフメド、だったっけ? お前キラに恨みがあるようだけど……そんな事、気にする必要があるのか?」
「確かにキラはコーディネイターで、俺達よりも過ぎれた頭脳や肉体を持っている……だから?」
「うん、キラは確かにコーディネイターだよね……でもそれがどうしたの?」

 

 3人は口々に答える、まるで太陽が東から昇る事を話すように、当たり前の事を語る口調だ。

 

「いや……何で内心お前らを見下しているかもしれない奴と仲間面してられるんだって聞いてるんだ!
 悔しいとか腹立つとか無いのか!?」

 

 今度は頭を捻る3人…しばし考えて口を揃えて発言した。

 

「「「無い」」」

 

 驚くアフメドとフレイとミリィ、対してカレンとサンダース軍曹の2人は優しい表情を零した。

 

「ねぇトール……本当にキラに嫉妬とか妬みとか、マイナスの感情は持って無いの?」
「そうだ、おかしいぜお前ら! コーディネイターに恐怖心とか嫉妬心とか持たない奴なんていねーよ!」
「本当に特に無いよミリィ。 他人が優秀だからって、僕自身の価値は変らないだろ」
「キラがコーディネイターなのは変えられないし、コーディネイターって言ったってキラなんだし」
「そうそう、あるがままのキラがいればそれでいい」
「絶対変だぜ! 内心そうは思って無いんじゃないのか!?
 それとも奴がMSに乗って戦えるから遠慮してるんじゃないのか!? 何か理由があるのか!?」
「何かって言われても……そうだな、強いて言えばキラが仲間、だからだよ」
「はぁ?」
「カズイの言う通り。
 どんな容姿や性格をしていようが……どんな遺伝子だろうが気にする必要は無い。 仲間だから」
「そうそう、きっとキラだってナチュラルだからって俺達を見下してたりなんてしてない。
 キラはコーディネイターだからって優越感を持つ奴じゃない、俺達と同じ、悩んで、挫折して、苦労して、努力して行く同じ人間だ!」

 

 カズイ、サイ、トールは口々にコーディネイターであるキラへの思いを口にする。
 アフメドはそんな言葉に唖然とし、ミリィは驚いたような顔でトールを見つめ、そしてフレイは……相変わらず複雑な顔をして考え込んでいた。

 

「それに、さ……嫉妬とか妬みとかは、ナチュラルとかコーディネイターとかとは関係無いよ」

 

 それまで自信満々で話していたカズイは、トーンを落として足元を見ながら口を開く。
 それまでと違う口調に全員がカズイを注目し、次の台詞を待つ。

 

「コーディネイターは優れてるとか、ズルイとか、不条理だとか言うけどさ……ナチュラルの中でも比較的劣った外見と頭脳と身体能力しか持たない僕にとっては、僕より優れて外見もいいナチュラルはいっぱい居る。
 それは、遺伝子のおかげで生まれながらに僕より優位に立っているという点では変わらない、コーディネイターが卑怯だというなら、優れた人物は例えナチュラルだって卑怯って事にならない?」

 

 それは、カズイの奥底にあって秘められていた劣等感。
 カレッジではそんな風に思っていたなんておくびにも出さなかったカズイの告白は、周囲に少なからぬ驚きと動揺を誘った。
 そんな事無いと何人かは言おうと思ったが、それこそ他人がカズイの劣等感を刺激する物と気が付いて何も言えない、そして言えない内にカズイは言葉を続けた。

 

「どうせなら遺伝子をいじって全ての人間を同じ能力に統一すればいいのに…それなら全ては本人の努力だけで決まるんだから不平不満は無くなる筈だよ。
 ……まぁそんな世界、面白くもなんとも無いと思うけどね……。
 生まれながらの能力が高いから出来る事があるなら、能力が低いからこそ努力して高める必要があって、そこにこそ面白味がある!
 それが人生って物だろ? 今更コーディネイターに何の嫉妬や妬みがあるっていうんだ!!」

 

 最後には立ち上がって拳を振り上げるカズイの演説に周囲がおおっと言った驚きの声を上げる。
 卑屈な皮肉屋で後ろ向きだったカズイが、ここまで内面の古傷を晒す事ができるほど図太く、前向きに、精神的に強くなっていたとは……。
 新兵訓練ではキラの尋常ならざぬ苦労が注目されてはいたが、同じ訓練で苦労を重ねていたカズイも色々と考える事があったのだ。

 

「バスカーク二等兵の言う通りだ。
 コーディネイターは確かに優れているかもしれん、だがそれを妬む奴ら、自ら努力しないで蔑む奴ら、何回かの挫折で憎む奴ら、そして理解しないで恐怖する奴ら、いたずらに傷付けようとする奴らが、戦争を続けている戦争犯罪人だとも言えるだろう」

 

 カズイに続くカレンの台詞は、各々の心に深く突き刺さった。
 誰しもの心にそんな気持ちはあった、無いと思っていても突きつけられれば確かにどこかにあったのかもしれない、知らずに掻いた汗がそれを示している。
 そして同時にそれを乗り越えたカズイに、驚きと尊敬と羨みをおぼえたのであった。
 特にカズイがカレンの言葉に頷いているのを見て、サイとトールはお互いに顔を見合わせる。
 キラは確かに仲間だからコーディネイターでも関係ない、だが全てのコーディネイターに対しての劣等感を払拭し、敵わないなら努力すれば言いと割り切ったカズイに、サイとトールは正直差をつけられたという感覚を感じ得なかったのだ。
 そして同時に、カズイに負けっぱなしでなるものかと言う気が沸き上がって来る……俺達は仲間だ、だがそれはぬるま湯のだけの傷を舐めあう関係では無い、キラも含めお互い切磋琢磨して共に上を目指す関係であると再認識したのである。

 

「それに、コーディネイターだからいい事ばかりでは無いぞ」
「いい事ばかりじゃないって……一体なんですか?」

 

 驚きから回復し、カズイの気持ちと成長に芽生えた少々の劣等感を払拭する為にか、ミリィがカレンの台詞に喰い付いた。
 それに、今まで完璧な存在と思っていたコーディネイターの欠点とは……頭を冷やすには丁度いい話題だ。

 

「そうだな……アルスター二等兵、ハウ二等兵、紫外線対策とかしてるか?」
「はぁ、してますが」
「は? ええまぁ、してますけど?」
「なぜ紫外線対策をするんだ?」
「それは……紫外線に当たってると日焼けしちゃいますし、シミとかソバカスとか……」
「日焼けし過ぎるとガンになるって言いますしね」
「だろうな、だがコーディネイターには日焼けしないような処理もあるそうだ」
「はぁ、便利ですネェ」
「……うらやましい」

 

 フレイの方がミリィよりも羨望のまなざしを向ける……その歳でそこまで気にする必要ないだろ、と突っ込みたい気分のカレンだったが、
話が進まないし、やっかみだと思われるのも癪なので返事だけ受け取った。

 

「果たしてそうかな?
 まぁ元々日焼けと言うものは、極簡単に言えば紫外線に対して皮膚や身体を守る為に表皮に色素が沈着する現象で、それがシミやソバカスを作り最悪は皮膚がんを助長する。
 その身体の反応は人種や個人差がありそれは遺伝子に書き込まれた情報だから、それを最低限か働かないように調整すれば日焼けやシミやソバカスができないコーディネイターの出来上がりだ」
「ああ、なるほど……」
「身体の働きも調整できるんでしたね、コーディネイターは」
「だがな、身体が自分を守る為の機能を見栄えが悪いからと勝手に止めてもいいのか?
 見た目はそれでいいかもしれんが、それは体に害をなすんじゃないのか?
 人類は数十万年をかけて現在の体を手に入れた、数十万年自然との切磋琢磨を繰り返した進化の結果が遺伝子に刻まれているんだ、どんな反応にもそれなりの意味と役割がある。
 だがコーディネイターの技術はたかが五十六年、問題が起こらなとは言い切れない、むしろ短絡的な調整は問題を起こす可能性が高い。
 さっきの話しで言えば、紫外線への対応力が低くなっていると言えないか?
 まぁ恐らく皮膚の紫外線対策能力を高めていたり、メラニン色素の防御反応を高めているのかもしれないがな……紫外線の透過を人間と言う土台の上でどう防ぐのか、そもそもそんな事ができるのかは判らん」
「そっか……人為的に遺伝子を書き換えてるんでしたよね」
「そういえばまだ五十六年なんだ……」

 

 生まれたときからコーディネイターが存在していた彼らにとっては大昔からそれがあったような気持ちであったが、考えてみればそうなのだ……遺伝子をコーディネイトする技術は半世紀ちょっとしか経っていない。

 

「ま、能力が高い事がいい事尽くめでも無いだろ。
 人は自分の足りないところを自覚するから自分を鍛えて進化して行く、しかし最初から能力が高過ぎると不自由を感じないからイビツな進化をしかねないし、どこか抜けた部分ができかねない。
 ヤマト少尉の場合、人とのコミュニケーションが上手とは言いかねない……それはコーディネイターである自分に原因があったんじゃないか」
「「「「「ああ……なるほど」」」」」

 

 なるほどと言った感じで納得する“ヘリオポリス”組の面々……ナチュラルの中にあって自分がコーディネイターとして目立たないように生活せざるを得なかったのなら、キラが気弱そうに見え、物事をはっきり言い出せなかった性格だったのも頷ける。
 きっとキラは物心付いてからは、控え目に、目立たないように、気を使って生きてきたのだろう……だから仲間内でも目立つ存在ではなく、どことなくいつも寂しげに笑っていた。
 自分の能力を常に抑えて生きるとはどういう事なのだろう……それは彼らには想像も付かないが、キラの儚げな表情が全てを物語っていたような気がする。

 

「でも今は俺達は仲間です! 共に笑って共に泣いて、共に苦労を乗り越えて行く仲間です!」
「キラに守られてるだけの俺達じゃない、能力が引くても、戦えなくてもキラを助ける事はできます!」
「そうだ、キラは自分がコーディネイターで、そんな自分で何をするかが大切なんだって言っていた。
 やっぱり俺はキラが自分をコーディネイターだからナチュラルの俺達を見下しているとは思えない。
 ナチュラルだってできる事もやれる事もたくさんある、アフメド、そう思ったからお前だって自分を鍛えてるんじゃないのか?」
「……まぁ、負けっぱなしは癪だからな」
「じゃぁ俺達と一緒だ。 俺達だってキラは仲間だけど……負けっぱなしじゃ居られない。
 ヤッカミとか嫉妬とかじゃなく、仲間ってのはお互い切磋琢磨して高め合える間柄なんだ」
「そうだな、その通りだよ。 アフメド、お前も一緒に鍛えないか? ライバルはいくらいても歓迎だ」
「……へっ、砂漠生まれで砂漠育ちの俺がお前らに負けるとでも思っているのか?」
「望む所だ、地獄の新兵訓練がだてじゃないって事を教えてやるぜ!」
「よし、気合入れて砂漠ランニングに行くか!」
「「「おおっ!」」」

 

 アフメドを加えた男性陣は、誰に言われる訳でもなく円陣を組んで準備運動を始める。
 その顔には負の感情ではなく、自らを高めて行こうとする意思が宿っているかのようだ。
 ミリィは少々呆れ顔で眺めているがそれでも悪い気はしていないようだし、フレイもカレンとの会話で何かを得たような表情をしていた。

 

「バケましたね、こいつら」
「ああ、少しは頼もしくなったな……だが、今はまだボーイスカウトレベルだ。
 彼らが戦闘で人を殺したと自覚した時……仲間が、味方が、軍がそういう組織だと気が付いた時、それこそが一番危ない時なんだが……」
「大丈夫ですよ、彼らなら。 それにその時を乗り越える為、我々が心身共に鍛え上げているんじゃありませんか。
 彼らを信じましょう、曹長。 隊長が鍛えた彼らです、きっと乗り越えてくれますよ」
「私はどっちかと言うとそこが不安だ……隊長の訓練メニューは、納得できる場所も多いが意味不明の部分もあるからな」
 円陣を組んで準備運動をする男性陣を少し離れた所から見ていたカレンは『青臭い事を言ってるな』と言わんばかりの顔をサンダース軍曹に向け、サンダース軍曹はそれでもいい光景だと言わんばかりの顔で男性陣を眺めていた。
「では曹長、自分は新兵達の引率に行ってきます」
「わーった、頼んだぞ軍曹。 残りの二人はこっちに任せろ」

 

 敬礼するサンダース軍曹に返礼し、カレンはフレイとミリィに歩を向けた……キラやシローが帰ってくるのはまだ数時間後、フレイとミリィの訓練はまだまだ始まったばかりである。

 
 
 

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