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武装運命_第03話

Last-modified: 2007-11-29 (木) 19:38:54

「す・て・ら・るー・しぇ」

 ピンク色の携帯を右手で弄り回しながら、ヨウラン少年は軽く首を傾げた。

 そこに馴染みがない名前を見つけたのだ。

 首を傾げた拍子に、

「ふむ…………新しい女の影!」

「人のケータイに何してんのかな白雪丸(スノーボール)?」

「お?」

 がしっ、後頭部を引っ掴まれる感覚。

 キリキリと拘束がキツくなっていき、それと共にヨウランの脳味噌を激痛が駆け回りだした。

 俗称アイアンクローである。

「痛い痛い痛いいたいいたいいたたたたたたたぁぁぁっ!?」

「痛くしてんだよ! 早く携帯返せっ」

「ひぎぃぃぃぃぃぃらめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

「アスカブリーカー! 死ねぇ!!」

「程々にしておけよ」

 惨状を目にしながらも、フォローする気皆無なレイはとことん冷たい。傍でヴィーノが苦笑しているが、こちらも止めるつもりは無さそう。

 切り札は自分だけか、必死にもがきながら腕を外そうとするヨウラン。

 しかしシンも然る者。

 ――ギリリギチギチ……!

 拘束、一層強化。

 呻き声と邪笑が教室に反響する。

 頭に血が巡らないせいか、携帯を手離せば良いだけという事には気づいていないようだ。

「あふん」

 奇声一発、ヨウランが右手の力を弱めてしまう。

 そんな事すれば、手の中にあるものは当然。

 ――すぽん

「「あっ」」

 舞った。

 ピンクな携帯が、舞った。

 思わずクラス中が動きを止め、山形に空へ身を躍らせた携帯を見守る。

 果たして、大切なシンの思い出はどうなるのか!?

 息を呑む静寂の後、

「全く、何してんのよ」

 聞きなれた快活な少女の声。

 結局、携帯はルナマリアに見事キャッチされた。善哉善哉。

「あ、わ、悪ぃシン! おふざけが過ぎた」

「いや、俺もちょっとやりすぎた。ごめんヨウラン」

 あわあわしながら謝るヨウランに謝り返し、シンは携帯を救出してくれた恩人へ向き直る。

「助かったよ。サンキュ、ルナ」

「気をつけなさいね?」

「もうシンの携帯で遊んだりなんか絶対しないよ」

 いまいち信用ならぬヨウランの宣言。

 それを右から左へ受け流していると、不意に掌中が震えた。

 開かれた画面に映る名は、

「ステラからだ」

 クラスが静寂に包まれる。

「な、なんだよ?」

「いやべつに」

「どーぞおはなしくださいな」

「こっちはかまわずにー」

「…………すっげ釈然としない」

 いきなりホームがアウェイへ変わった風な排斥感を味わいつつ、シンは通話ボタンを押した。

 一瞬の通電雑音。

「あ、もしもし? ステラ?」

「――――」

「うん、大丈夫。少し疲れが抜けないけど、でも平気だよ」

「――――」

「何か脳内彼女じゃないっぽいねぇ」

「くっそぉ苺色なトークしやがってあの野郎、ここは教室だぞ? 学び舎だぞ!?」

「………………」

「どうしたルナマリうぉわ」

 さっきから黙りこくっている友人に不審を抱きレイが横を向くと、



  そ こ に は 修 羅 が い た



 笑顔である。笑顔であるけれども、目は全然笑っていない。むしろ血走り気味。

 口許を細く弓のように歪ませ、右手に集音用と思しきパラボラを握り、ヘッドホンでシンと電話の向こうにいる某との会話をがっつり聞いている。先程の配慮はどこに消えた。

 話が進むに連れ、口の歪みも目の充血具合も右肩上がり。

「…………ほうかご……ろどにあ…………………ま、ち、あ、わ、せ?」

 ぷち、少女の思考内でナニカが断裂する。

「まっ待てルナマリア! そのやけに尖った鉛筆を置くんだ!」

「シンが女の子相手に待ち合わせる柄だと思う!?」

「わかった、絶対行くから。うん、でももうちょっと待って」

「空気嫁ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「シン」

「え、どしたのルナうわなにをするやめくぁwせdrftgyふじこlp」

 昼休みは賑やかしく終わり、予鈴が鳴った。





――放課後――



 シャベルを自分の横に突き立て、息を吐く。

 小高く盛られた土。

 そこには、昨日見つけた数多の骸がひっそりと埋葬されていた。ホムンクルスに喰われてしまった者、その成れの果てだ。

 鬱蒼と繁る木々が幾重にも影を織る。

 道中で摘んだ花を添え、シンは無言で彼らの冥福を祈った。

 合わせた手を解き振り向くと、ラボの屋上からこちらを見つめる視線が。

 ステラ・ルーシェ。

 人食いのバケモノを駆逐するためにやってきた、錬金の戦士。

 こっちへ来いと言わんばかりのガン見に、シンは慌てて走り出す。

 ボロボロに腐食した屋根。

 瓦礫の散乱している廊下。

 ひび割れ砕けた窓ガラス。

 無残な廃屋の中を進み、やがて中央塔に辿り着いた。幸いにして階段は大した損壊がないようだ。

 靴のゴム底が床を踏む感覚。

 都合数分ほど掛かりながらも、何とか屋上まで足を運ぶ。

 ドアを開けた瞬間、眼前に広がる蒼穹。

 天蓋も手摺も見当たらぬ場所だ。足を持ち上げれば軽く越えてしまえる段差だけが、空とコンクリートを乖離していた。

 その中央にステラが立つ。

 物音でシンの方を向いた彼女は、何かを言いかけるも。

「…………ほっぺ、どうしたの?」

「え、と、友達とじゃれてただけだよ、うん」

 目を丸くして片側だけ真っ赤に染まった頬を見詰めるステラに、シンはごまかす手を取った。

 まぁ実際ルナマリアに思いっきり張られたわけだから、“友達”とじゃれた結果である事に違いは無い。何故そんなんされたのかは理解の範疇外であるが。

 ひりつく頬へ無意識に手を当て、話を切り替える。

「犠牲になった人達の亡骸、勝手に埋葬しちゃったけど良かったかな。それともやっぱり、警察に知らせるべき?」

「ん、警察はまだだめ」

 ぴしゃり、言い切られた。

「昨日も話したけど、ホムンクルスには錬金術でしか対抗出来ない。正直この件に関して警察は役立たず」

 身元確認とかならまだしもね、ステラはクロームの核鉄をきりりと握り絞める。

 超常の存在に、『人』は決して敵わない。ホムンクルスの前に何人警官が立ち塞がろうと、それは奴らにしてみれば恰好の『餌』なのだ。

 ステラは屋上の中心部へ向かい歩き出す。

 その足が止まった場所には、千切れた無数の配線を足がごとく生やす密閉フラスコの嵌り込んだ無骨な機械があった。

「シンが学校に行ってる間で調べた。ここはアジトじゃない、研究実験室」

「じゃ、それは?」

「地下で見付けた、ホムンクルス本体の培養器」

「ほんたい?」

 首を傾げるシンに、どこからともなく核鉄印の電子辞書を取り出すステラ。便利なものだ。

 その説明曰く、ホムンクルスの本体は生物の細胞をベースに作られる。

 サイズは約3cm、密閉フラスコなどの閉鎖空間外では一日と持たない脆弱な存在。念のためだが某ラノベは無関係である。

 だがその脆弱な本体は、人間に寄生するとその肉体を簒奪し精神を歪ませ、ベースとなった生物を模した強靱な人喰いモンスターへ変化するのだ。

 文章の意味を咀嚼し理解したシンは、目を剥いた。

「それ、じゃあ……!!」

「大蛇も大猿も、本人の成れの果て。一体につき一人の犠牲、それに喰われた人もいる」

「………………犠牲者だらけだ」

「そう。そうなる事を知っててなお、ココで化物を研究・製造してたヤツがいる」

 一度セリフを切り、目を鋭くする。

「それを食い止められるのは、私とシンの武装錬金だけ」





 大空。 

 細切れの雲が浮かぶ蒼天に、ソレは悠々と翼を広げていた。

 羽がある。尾がある。嘴がある。鈎爪が有る。

 フォルムは鳥だ。

 だが、大きい。巨大だ。巨大に過ぎる。

 ロック鳥、スィムルグ、ガルーダ、巨鳥に関しての神話は事欠かないが、ソレは前述の存在とは全く持って異質であった。

 纏う気配が、邪悪。

 かぱり、開かれた嘴の中に納まった女の顔が言葉を紡いだ。

「高校生が男女一人ずつ。女の方は見た事も無い制服、男の方は創造主(あるじ)が通っていらした学校の制服です」

 その報告に、巨鳥の背で直立していた者は緩く微笑む。

 可憐でありながらも、何処か危うさと妖しさが潜んでいる表情。

 太陽光を遮るように手をかざす人影。

 桃色の長い髪が、風に煽られ花を咲かせた。

「襲撃しますか? ここからでも仕留める自信はありますわ」

「いいえ、ここは一つ友好的にアプローチ致しましょう」

 笑んだまま、懐から何かを取り出す。

 密閉フラスコ。

 しかも、中には――――





「この近くに住んでる、錬金術と関わりを持つ誰か…………狙いを予想する事はできるけど、今の段階じゃただの決め付けになっちゃう可能性も有る」

 目線を培養器からシンに移し、ステラは断言した。

「でも、これだけは確実。この創造主は人の命を命と思っていないし、自分の研究の為なら手段を選ばない」

 命を命と思わない、その言葉にシンが煮え上がる。

 怒りで沸騰した頭が激情を叫びかけた刹那、

 ――ひゅぅ

 空より落ちてくる礫を、発見!

「ステラっ!!」

 瞬間的に核鉄発動。

 それの伸ばした触腕がステラの首筋を軽く抉るも、ガイアに跳ね飛ばされ何とか事無きを得た。

 ――パミィィィィィィィ……

 形容し難い怖気を喚起させる声が、ドップラー効果を帯びて遠ざかる。

「上空(うえ)!」

「武装錬金ッ!」

 首を跳ね上げたステラに続き、シンも己の核鉄を揺り動かした。

 軋る音と共に、無骨な大剣が現れる。

 心臓の合った部分がガランドウになってしまったような喪失感を味わいつつ、両手で剣を持ち上げるシン。

 その目に果たして、上空から振って来る巨鳥が映った。

 途轍も無い勢いで滑落する質量に、大気が哭く。

「来る…………シン、“剣”を空に撃って!」

「え!?」

「その武装錬金のパワーなら、アレより早く届く筈!」

 ステラは言った。

 武装錬金は闘争本能より発した己の分身。

 必ず扱える、信じろ。

 顔を見合わせるのも一瞬、シンは力強く頷き大剣の切先を蒼天へ突き付けた。

 迎撃。

 それだけをひたすらに考える。

 ――バシャッ!!

 雑念が消えた瞬間、大剣の外殻たる刃部が中央から真っ二つに分かたれ、芯に収められていた紅い長剣が顔を覗かせた。

 その姿、まるで三叉鉾。

 外殻が濃灰から深緑へ色彩を変じていき、バチバチと紫電を走らせる。

 一度だけ深呼吸し、シンは眼をカッと見開いた。



「穿ち抜け! 俺の武装錬金ッ!!」





「弾かれましたね」

「残念ですわ。お友達になれれば核鉄の研究も可能になると思ったのですが、仕方ありません」

 巨鳥の言葉に言う程残念そうな素振りも見せず、その者は軽く頬に手を当てる。

 きゅぅ、笑みが深まった。

 己を乗せ滞空している配下へ、一声。

「サラさん、攻撃を」

 待ち望んだ令を受け、巨鳥の顔が歓びに歪む。

 風を孕ませた翼を羽撃かせ一直線に滑落、狙うは二人の少年少女。

 ぎら、ターゲットの近くで何かが陽を反射し輝いた。

 大した事も為し、無視して突っ込もうとした理性に“本能”が警鐘を鳴らす。

 アレは、まずい!

 幸いにして軌道は一直線。ジグザグに動けば回避できる、サラと呼ばれた巨鳥はそう判断した。

 唸らせた翼で風に歪みを加え、移動軸を変更する。

 急下降。

 急上昇。

 擦れ違うも一瞬、凶烈な衝撃波が巻き起こり羽を盛大に軋ませた。

 ベクトルの歪んだ風圧が絡み合う。

 煽られて姿勢を崩す巨鳥にしっかりと身を寄せ、創造主は感嘆の息を零した。

 その、直後――――



「にがさない」



 空の上から、影が差す。

 ぐんと首を持ち上げた創造主が視界に捉えたのは、蒼穹を侵す鮮烈な鋼色だった。

 ステラの武装錬金、ハウンド・ガイア。

「やって、ガイア!」

 己に跨がった主の命を受け、鉄獣が口に銜えたものを振り払う。

 剛速で迫る塊。

 それに対し巨鳥は、航空力学を丸無視し直角降下の姿勢へ入った。

 ガクンと落ちたホムンクルスの直上で、風を斬り裂く音。

 手応え0、仕留め損ねたのである。

 桃色のラインだけを空に残し、化物と創造主は一気呵成にその場を離脱していった。

「うぇ…………でも、手掛かりは掴んだ」

 ガイアの首筋を撫でつつ、渋ったい表情でステラが呟く。

 あれ程に長い桃色の髪を生やした人間、この近隣には決して多く無かろう。ぱっと見の判断だが体のラインからして男とも考えにくい。

 それに、顔には天使の羽を模した覆面が付いていた。あんなもの被っていれば一目瞭然であろうよ。

 情報は十二分とこそ言えないが良い方だ、そんな思案にくれていると。

「ステラぁぁぁっ!」

 武装錬金を撃ち出した事で手持ち無沙汰になっていたシンが、叫び声を上げた。

 何故?

 そこで彼女は、自分の置かれた状態にやっとこさ気付く。

「大丈夫か、ステラぁっ!」

「そこあぶなーい」

 慌てふためくシンに対し、落ちている当の本人はあっさり言った。

 さもありなん。

 ――スタッ

 軽い音を立ててシンの鼻先数センチに着地する、黒犬獣。

 ガイアは自動人形式の武装錬金の中でもかなり優秀な存在である。故にこそ、着地の衝撃を跨がっている主に伝えぬようにする事も簡単なのだ。

 首を捻り、口に銜えていたものを床へ置くガイア。

 それはシンが空目掛け撃ち出した剣だった。

 超至近距離に降ってきた鉄塊の威圧感に心底震え上がった彼へ、ステラは痛ましげに声を掛ける。

「…………だいじょぶ?」

「ここ、あぶない」

 落下速度×(自分の武装錬金+ステラの武装錬金+ステラ自身)=ふぁんたじぃ。

 幾ら着地の音が静かでも、目の前を割ったスピードは本物。当っていたらミートソースになっていたかもしれない。

 まだ落ち着けないシンを余所に、ステラは仕方なげな感じで説明を開始した。

 曰く、地下にあった培養器は全部で20個。

 昨晩倒した個体が15、今さっき弾き飛ばした本体を加えれば、残るのは4体のホムンクルスと創造主だ。

 その顔には、天使の頭上に浮かぶ光輪と羽を模した覆面。

「天使覆面(エンジェルマスク)、かな」

 やっと安静を取り戻したシンは、そこで彼女の首元を見る。

 本体に寄生されかけた、今現在はバンドエイドに隠れてしまっている場所。

 噛み締めた唇から、鉄の味がした。

「その4体、きっと創造主の護衛。手強い」

「あぁ、でも絶対に勝たなきゃだろ」

「そうだよ。武装錬金は奴等をやっつけるために造られたの、ぜったい負けない」

 頷いて、シンは口を開く。

 その眼には、昨夜も見せた紅蓮の焔。

「必ず、倒す…………いや、倒すだけじゃなくて、もう犠牲者も出さない。それで初めて、俺達の勝ちだ!」

 強く、強く拳を握った。

 大蛇に喰われかけた瞬間覚醒したナニカが、ぐらぐらと煮える。

 ともすれば叫び出してしまいそうな激情を収めようと、シンは駆け出した。

「俺、もう一度お墓に手合わせてくる!」

 自身でもこれを引き合いに出すのはどうかと思ったが、咄嗟に言ってしまった言葉は消せない。

 バツの悪い思いを感じ取ったのか、苦味を混ぜ微笑む。

 一番難しい事を言うなぁ、そんな風に考えながらステラはシンの後を追った。

「ステラも行くよ、シン」





「驚きましたわ…………あれが、錬金の戦士」

「大事ありませんか、創造主?」

「少し髪を持っていかれたようですわね。帰ったら少し整える必要がありそう」

「申し訳ありません、見くびっていました」

「それは私も同じ事ですわ。今回は次を紡ぐ事が出来ました、ならその折にお返しを致しましょう――――苛烈に、熾烈に、猛烈に」

「はッ!」



(しかし、本当に侮れませんわね。“獣”の女の子に…………“剣を撃った”男の子)






                           第3話 了