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武装運命_第06話

Last-modified: 2007-11-29 (木) 19:51:03

 春の陽気も、夜となれば静まって然るべきものである。

 ただ河が流れる音をのみBGMに、シンは一人の女と対峙していた。

 巨鳥のホムンクルス、サラ。

「ようやく来たわね。返事、聞かせてもらえる?」

 夕方会った時と同じ恰好で、夕方見せたのと同じ笑顔で問う。

 それに対し、シンが返したものは。

「武装錬金」

 低く、重く、澱んだ咆哮。

 胸中から飛び出した鋼が擦れ絡み、一本の剣を組み上げた。

 噛み合った二つの分厚い三角錐を思わせる、濃灰色の大きな外殻刃部。

 握り拳4つ分はある、中央でナックルガードと交わる形の柄。

 いまだ名無しの武装錬金。

 サラが目を細め、口許から微笑を消す。

 予想はしていたが、思い通りになったところで嬉しくも何とも無い。

 そんな、無為な表情。

「坊や。君、正気?」

「正気で、本気だ」

 大地に突き立った剣を両手で握り、シンは昏い瞳でサラを睨め付けた。

 この男、律儀にも本当に一人で来ただけでなく、ステラ達に今日この時間にこの場所へ訪れる事を伝えすらしていない。

 お互い助けが来る可能性はまず皆無。差は、シンが人間の範疇内であり、サラが人間の範疇外である事。

 バケモノは、人を蹂躙するからこそバケモノなのだ。

 それをまるで理解していないようなシンの態度に、さしものサラも呆れを隠さず言葉に出す。

「ホント早死にするタイプね、君。まさか、そのオモチャが在るからって思い上がってない?」

「オモチャでも、何でも良い。お前等みたいなバケモノを倒せるなら、これが尖った木の枝一本だって構わなかった」

「…………これは重症だわ。ヒロイズムと憎悪で埋められる程、人間とホムンクルスの差は小さくないのよ」

 困ったわねぇ、戯けた風に言いつつ両腕を広げるサラ。

 その体が、一気に金属の質感を帯び始める。

 ホムンクルスへの変身。大鷲をベースにした個体が彼女の本性だ。

 見る間に鋼の鳥と化し、サラは翼を打って空へ舞い上がった。

 地上で立ちん坊のシンでは、文字通り手も足も出ない。

「あはははは、捕えてごらんなさい! もし出来たなら我が創造主の事を教えてあげても良いわっ!」

 空を奔りながら、サラは哄笑する。

 シンは既にロドニア・ラボの屋上で大鳥(サラ)と、その帰り道で小蝿(タケダ)と一戦を交えていた。

 双方共に飛行が可能なホムンクルスである。

 その予想は、決して不可能なものでは無かった。それが出来なかったのは、偏に今のシンが冷静でないから。

 手の届かない場所まで飛び退られ、シンは憎悪に眦を焦がした。

 轟々、怨嗟の業火が瞳の奥で燃えて踊り狂う。

「畜生!」

「なに、寄って欲しい? いいわよ、抱いて上げる!」

 数十メートル上空を舞っていた巨鳥が、急に体を真下へ向けた。

 嘴が狙う先は、シン。

 ロドニアの時とは比べ物にならない、自分一人を狙った空圧(プレッシャー)が降ってくる!

 避けなければ、考えながらも足が動かない。

 まさかと思い下を見ると、膝はガクガク震えていた。

 ふと、我に帰る。

「…………俺、独りで戦うの、初めてだったんだっけな」

 余りにも状況と懸け離れた思考に苦笑し。

 次の瞬間、



 ――どんっ





「シン、いる? 入るよ」

 部屋の呼び鈴を叩く、ルナマリアとステラ。

 どこもそうであると思うが、この寮には防犯上外出や就寝の時間帯には鍵を掛けておく決まりがある。

 もっとも寮生が室内にいる場合はその限りでは無いので、大体の場合部屋の鍵は開けっ放しにしてしまっているのがここの常だったりするのだが。閑話休題。

 ノックしてもとんと返事が無いのに焦れて、ルナマリアは思いっきり戸をバシコーンと開いた。この娘、最初から戸が開いてるものとして動いている。

 がらり、しかして木製の板はあっさりと門戸を開いた。

「お、やっぱ開いてたわね。こらシン、なんですぐ開けないの…………よ?」

「だれもいない。おどるならいまのうち」

「無いから」

 ステラの言う通り、部屋の中は無人にして真っ暗。

 電気を付けると、男の部屋として見れば存外片付いた空間が浮かび上がる。床の上に紐で束ねられた雑誌が転がっているのは、一つの御愛嬌といったところか。

 壁にステラが目を向けてみれば、一枚のはり紙。

 太字のマジックで『訓練項目』と素っ気無く書かれた紙には、本職の戦士からすればかなり可愛らしいメニューが記されてあった。

 しかし、これはシンが独力でも強くなろうとした事の証。

 そう思ったら何となく嬉しさが込み上げ、ステラは頬を緩めた。

「シン、相談してくれれば良いのに……」

「へ?」

 独り言に思わず聞き返したルナマリアへ、件の訓練項目を見せる。

 一瞬怪訝な顔をするも、それが何かを理解したルナマリアはチェシャ猫のような顔をして笑い出した。弱味握っちゃったよフヒヒってな顔だ。

 ふぅと一息吐いて、笑顔を消すステラ。

 彼女は知っている。

 このやり方では、武装錬金は使いこなせない。

 ルナマリアがはり紙から顔を離した、丁度その拍子の事だった。



「Heyシンボーイ! 春のうららのガトチュ☆エロスタイムにピッタリなイイ物Getしたんだぜ、それもお前の好きな妹系をだッ!!」



 馬鹿、もといヨウラン参上。

 そんなヤツへ養豚場のブタでもみるかのように冷たい目を向けるルナマリア。

「――――って、ルナマリアとステラちゃん!!」

「アンタねぇ。別にそーゆーの見るなってまでは言わないけど、もーちょっとデリカシーとか持った方が良いわよ?」

「うぇーい、セクシャルハラスメンティスト」

「何という二つ名!?」

「ってか、シンって妹系好きなんだー…………なになに、『大好きッ子! お兄ちゃん』?」

 ふーんと鼻を鳴らし、ルナマリアはペラペラと本をめくる。

 ロリっぽい娘さんや庇護欲を掻き立てるような記述が目に付くものの、最終的にはどれもこれも粘膜を擦れ合わせるような展開に帰結しているようだ。

 きゃいきゃい言いながらアレな本を読む二人の美少女。

 凄く、シュールです。

 傍らのヨウランが灰化しつつ呻いた。

「…………シンの部屋で何をしているんだ、ヨウランにルナマリアと……」

「ステラちゃん?」

 と、そこに私服姿のレイとヴィーノが通りかかる。

 当然ながら詳しい事情までは話していないが、彼らも一応ステラの存在を知っている。ルナマリアの部屋にこっそり間借しているワケアリの女の子、それが共通認識だ。

「あ、二人とも丁度良いとこに。シンが何処にいるか知らない?」

「シン? そうだなぁ、ここ2・3日は夕飯の後にどっか行ってるみたいだけど」

「だが今日はまだ帰って来ていないぞ。夕食にも顔を出していなかったしな」

 ヴィーノの言葉に継ぎ足すレイ。

 きゅっとステラが眉根を寄せた。

「…………もしかして」

 携帯を取り出し、シンの番号へコールを送る。

 しかし、返って来たのは電源が入っていないか電波が届かない状態を示す自動応答。

 ベッドを踏み、窓を開け放って。

「ルナはここで待ってて!」

 言い残し、ステラは思いきり空へ身を投げ出した。

「ちょ、待っ!!」

「飛び降りたァァァ!?」

 絶叫三唱。

 ここは2階だが、それにしたところで相当の高さがある。

 すわ投身かと焦って窓の外へ顔を出すも、そこには。

「あ、あれ!?」

「いないぞ、あの子は何処へ行かれた!?」

「…………彼女は何者なんだろうな、ルナマリア?」

「さ、さあ? 話したくなったら話すでしょ」

 ピンポイントで攻めてくるレイに肝を冷やしながらも、ルナマリアは敢えて誤魔化す手を取った。

 人影すら近くにはない、ガイアを早々に展開したのだろう。

 乾いた笑いを浮かべ、そして嘆息。

 無茶しないでよ、ルナマリアは胸の中で祈る。

 二人に宛てての、祈り。





 生きてる。

 朦朧とした意識の中で、まずシンは自分が生存しているのを理解した。

 思いっきりアクセルを踏み抜いたトラックに突っ込まれたら、こんな気分が味わえるんじゃないか。

 考え、そんな例えが思い浮かぶ事に苦笑。

 あの瞬間、巨鳥に強烈な体当たりを喰らって都合数メートル近く吹っ飛ばされた筈。

 サラが心底哀れんだ目でこちらを見ている。その足下にはシンの大剣。

 何やら言っているようだが、耳は音を受け入れなかった。

 息をしようとし、何かが喉に詰まる。

 無理矢理に吐き出してみれば、それは、血の塊。

 今の体当たりによる衝撃が内臓を激しく痛めつけた結果であろう、血は赤黒く濁った色をしていた。

 手に力が入らない。

 痛い。

 全身が、痛い。

 四肢は千切られたかのように動かず、胴体はまさに血袋。

 満身創痍、臨死である。

 マーズの時とは違う。何処か自分でもあやふやに捉えていたあの時とは、明確に違う。

 このままでは、絶対、死ぬ。

 “死”は、痛い。

 シンは認識し、そして思った。

 こんな凄い痛みも耐えられるから、ステラは戦士になれたのかな。

 ルナマリアは強がりだから、もし痛い思いしても内緒にするんだろうな。

 レイだって顔顰めるくらいはするだろうし。

 ヨウランなんか痛ぇ痛ぇ喚き散らしそうだ。

 ヴィーノはあれでも結構我慢強いんだよな。

 でも。

 痛いのは、誰だって嫌だよな。特に、こんなヤバイのは。

 …………なら、止めるしかないだろ。



 大切な人を、こんな目に合わせるわけには、いかないんだ!



 虚ろい揺れていた瞳が、灼熱真紅に燃え上がる。

 力なき四肢に、有りっ丈の想いを流し込む。

 止め処なく血を零す臓物を、決意で押さえ込む。

 立ち上がる。

 ぼろぼろになりながらも、自分のためでなく、人のために立ち上がる。

 それこそが本当の、戦士たる資格。

「ごめんな、木の枝でも構わないなんて言って」

「…………あら、まだ生きてたの。まるでゴキブリ並みの生命力ね」

 くい、首をもたげ心底感心した風に言うサラ。

 その巨大な足が踏み付けていた筈の剣が、唐突に消失する。

 武装解除。

 展開した武装錬金を核鉄の状態に戻す術。

 癒しなす心臓が戻ってきた事に、シンの四肢五感五臓六腑は狂喜した。

 傷だらけになった肉体が、復讐の時来ませりと動き出す。

 今までの訓練で酷使した筋肉をも、核鉄の自然治癒力強化は覆い尽くし癒してしまおうとする。

 寿命を縮めかねぬ程に凄まじい超回復。

 身体中が、先程までの身を切る痛みとは違う“強くなる”痛みに悶える。

 サラが異変に気付き、目を見開いた。

 舌打ち一つ、再び上空へ飛び上がるホムンクルス。

 しかしそんな事は関係ない。

 燃える。

 大鳥が頂点へ達した。

 燃え上がる。

 ぐんと向きを変え降ってきた。

 闘争本能が燃え滾る。

 スピードを先より増し襲い掛かってきた。

 守る想いとともに燃え盛る。

 錬金の戦士とは、最後の一線で他者を守ろうとする意志を持つ者。

 そしてその意志に必ず、核鉄は応えるのだ!



「 武 装 錬 金 ッ ! !」



 掌握、決意、咆哮。

 再び動き出す鋼、それを阻まんと大鳥は一気呵成の突撃を打ち込んだ。

 どぅん、シンが居た場所を深々と抉る逆流の彗星。

 手応えは、なし。

 舞い上がった砂利がバラバラと落ちてくる。

「外した…………!?」

 愕然とサラは呟いた。

 あのタイミングで外すわけがない、自己への確信が裏切られたのである。

 体ごと振り向くと、果たしてシンは軽く一足飛び出来る程の位置に自然体で立っていた。

 離れ過ぎず、しかし今の一撃を確実に躱せる位置。

「被害者なんだよな、元々は」

「うそ…………有り得ない、有り得ないわ!」

 否定に首を震わせるサラへ、静かに告げる。

 その手が握るは、芯部たる紅の長剣。

 1メートル強の淡く輝く刃を、シンは体ごと仰け反らせ首の後ろへ持っていった。

 亡、背が揺らめく。

 まただ。

 ロドニアの時と同じように、また“本能”が怖れた。

 向こうは今満身創痍、戦く必要などあるものか。

 わずかにこびり着いた怖れを押しつぶし、巨鳥は翼をはためかせ。

 ――ゴキュゥン!

 がなる音と、続けて押し寄せる衝撃波。

 バランスを崩すサラ、浮上に失敗した事で否応無しに着地を余儀無くされる。

 降り立った途端に、違和感が。

 すわ何事かと下を見れば、あった筈のものが切断面もボロボロに千切り飛ばされていた。

 右足が、無い。

「あ…………あ、あああああアアアアアアア嗚呼嗚呼嗚呼ッ!?」

「だけど、お前等は加害者に回った」

「あし、あしがぁ、わたしのあしがぁ!!」

 大地に墜ち呻く巨鳥。

 その後ろに、少年戦士は立つ。

「いきなりバケモノにされちまった事は可哀想に思うよ。けど、だからって人を襲って良いわけじゃ無い」

 シンは、目も醒める深緑の大剣を両手で握っていた。

 ロドニアの屋上でこの大鳥に回避を取らせた、あの三叉鉾がごとき姿形を持つ剣。

 彼女の足を奪ったのは、芯核剣にゆるゆる纏わり付く衝撃波だ。

 それを背へ回し、瞑目。

「だから、止める」

 <<Change Force・Silhouette>>

 瞬間、響く合成音じみた音声。

 何時の間にか六角形の首輪が喉周りを囲うようにシンへ巻き付き、背面側頂点2ケ所からぞろりとコードが生えた。

 バシュゥ、大剣の外殻が煙を吹いて二つに割れ、コードと接続される。

 刃部は内側に収納され、代わりに無数の加速器が出現。

 深緑が濃灰へ戻り、そして蒼穹に染まった。

 まるで、首から羽根が一対生えた亜人のような姿。

 芯のみの状態に戻った紅剣を執るシン。

 その瞳は、憎悪や害意以上に熱く熱く決意を燃やしていた。

「っぐぅ…………!」

 “痛み”を堪えて翼を地面に打ち付け、反作用で持ち上がった体を一気に上空へ引き上げる。

 動くたびにジグジグと騒ぎ立てる瑕口。

「殺す! もう殺す! 噛み殺す裂き殺す啄み殺す潰し殺す轢き殺す殺す殺す殺す殺すッ!!」

 サラは、これ以上ないほどに怒り狂った。

 捕食する側たるホムンクルスの我が身が捕食される側たる人間のたかが一匹ごときを怖れるなど、決してあってはならない事なのだから。

 超々高度まで舞い上がり、今度は全身を回転させながら降下。

 破壊力と空圧をより一層高めた一撃、今度はすれすれで避けるわけにもいくまい。

 血走った眼で少年を見たサラは、見た。

 シンの背中が燃えている。

 ふ、思わず一つ瞬きをした刹那に、少年は姿を掻き消した。

 勢いは止まらない。

 そのまま砂利を抉り巻き上げながら着地するも、やはり手応えはなし。

 舌打ち一つ、もう一度天へ飛翔する。

 体が重い。最早この一撃で仕留め切れなければ、逃走も考える必要がある。

 幾分か冷静さを取り戻してそう考え、しかし違和感を感じた。

 これは倦怠の重みではない。

 もっとこう、つい先日創造主を乗せた時のような、物理的な重み――――?

 ――ごっ。

感覚が突然上から押し潰される。

「ぉぐぁ!?」

 予想外のタイミングで起こった予想外の衝撃に、大鳥は盛大な苦悶を漏らした。

 背を蹴られたのだと理解する頃には、もう手遅れ。

 月光遮る影一つ。

<<Change Sword・Silhouette>>

 またあの掠れた声がする。

 化物に絶望を、使い手に勝利をもたらす鋼の宣誓。

 それは、主の意志により三つの形態へ変型する機械仕掛けの剣。

 外殻を羽根とし、衝撃にて世界を奔る“蒼穹/フォース”

 外殻を軌条とし、衝撃にて遠方を撃つ“深緑/ブラスト”

 外殻を剣刃とし、衝撃にて万物を裂く“紅蓮/ソード”

 複雑な能力を有しているように見えながらも、その根幹は至ってシンプル。

 シンの武装錬金の特性は、闘志に呼応して衝撃波を放つ事である。

 刮目せよ。

 バケモノは、人を蹂躙するからこそバケモノと呼ばれる。

 それは何時の時代も揺るがぬ真理であろうが、しかしそのバケモノを打倒する存在もまた、時代がどう席巻しようと変わらない。

 最後に勝利するのは、いつもそう…………惨然と輝く意志を持った、ニンゲン!



「教えてもらうぞ――――お前らの事、全部だァッ!!」



 袈裟掛けに空を抉り抜く、真赤な剣閃。

 それが、噛み付く。

 そして、喰い千切る。

 鋼の羽根を、もぎ散らす。

 決然たる一撃が、遂に、人喰いの巨大な魔鳥を大地へ引き擦り墜としたのだ!







                           第6話 了