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武装運命_第07話

Last-modified: 2007-11-29 (木) 19:57:13

「創造主。たった今、サラはんがやられましたわ」

「…………そうですか」

 暗い部屋に、声が残響。

 椅子に腰掛けたその者は、報告者ことタケダに一瞥をくれる。

「いや、まさか彼女が独断専行に走るやなんてなぁ…………そない事するとは思わへんかったんやけど」

「タケダさん」

「はい?」

「私が、知らぬと思ってらっしゃいますの?」

「…………何の事かしらん、よぅわかりまへんわ」

 冷厳な瞳でタケダを見据える天使覆面。

 一点の虚偽も許さぬ威圧を投げかけるも、向こうは柳に風といった様子だ。

 交錯する視線。

 それを先に切り上げたのは、創造主であった。

「まぁ、構いませんわ。あと二日で私の勝ちは決まりますもの」

「さいで」

「あちらの方がどう動くか、憂慮すべきはそれだけ…………これから先、余り勝手は許しませんわよ?」

 有無を言わせぬ創造主の口調に、タケダは鼻を鳴らす。

 彼女は言葉通り、サラを焚き付けた存在が自分である事などとっくに見抜いているのであろう。

 だが、追求が緩すぎる。それでは“創造主”ではあっても“統制者”にはなれない。

 潜在的な刷り込みだけで、完全にホムンクルスが操れるわけではないのだ。それをこの女は実感していない、あるのは理解だけ。

 ちょろいものだ。

 くくっと喉奥で嘲笑を奏でながら、タケダは小蝿との視覚リンクを再開した。

 その先には、少年と鳥。





 羽根をもがれ、足を失った魔鳥。

 最早その身が再び大空を舞う事は叶わず、己の意義を彼女は失った。

 敗北より、その事実こそが苦しい。

 身体中に無数の罅を刻まれ、ホムンクルス・サラは力なく地面に伏す。

 戦うための力など、もう彼女には存在しない。

「坊や…………なんて言えないわね、もう」

 びき、額の章印に薄く線が走った。

 ホムンクルスとしての体を維持するには、欠如ない完全な形の章印が必要不可欠。そこへ傷が入るという事は則ち、死を意味する。

 シンが砂利を踏みしだきながら近付く。

 その手には、大剣。

 巨大な頭の付近で足を止めて、彼は一つ息を零した。

 落ち着きを取り戻した心が、再び澱み始める。

 ホムンクルスといえど、これだけ傷付いてしまえば動く事もままなるまい。

 ――――殺すなら、今。

 ぐん、ソレが首をもたげた。

 相手は人喰い、一刻も早くここで討たねば被害が出る。

 構う事などなかろう、これも人のため。

 モタモタすればする程に、己と同じ目を見る者が出てしまうぞ?

 思考の中を縦横無尽に飛び交う、捻れ曲った正当性。

 しかし根幹は違う。そんな複雑に取り繕った偽善ではない。

 もっと単純な、これは…………復讐心。

 父を。母を。妹を。

 『シン・アスカ』を奪い去った存在、それと同じバケモノに憎悪と断罪の鉄槌を叩き付けてやらねば!

 剣を振りかぶる。

 唐竹にせんとしたところで、大鳥の額にある罅割れた正六角形が、鏡のようにシンを映し出した。

 血走る眼。

 険しい顔。

 歪んだ唇。

 それは、これ以上ない程禍々しい狂笑を浮かべて、バケモノの死に歓喜する自分の姿だった。

「――――ッ!!」

 制動。

 切先が止まった、サラの額からは数センチ離れている。

 剣を引き、シンは自分が仕出かしそうになった事を鑑みて背筋を震わせた。

 確かに、怒りは簡単に力へと変換されうる。しかしそれを宥めるのは決して容易な事ではないのだ。

 武装解除し核鉄を胸へ納めるシンを見、女は口を開く。

「…………止め、刺さないの? もしかしたら復活するかも知れないわよ」

「思い出したんだよ。まだいいコトってやつを聞いてない」

「……ええ、そうだったわね。約束だもの。私は律儀なのよ」

 揶揄する風でもなく、静かに肯定するサラ。

 呟くような言葉は、まるで自らに言い聞かせているようだ。

 ぎし、壊れた羽根の付け根が軋む。

「最初から学校を探す辺り、目の付け所は悪くなかったわ…………ただ、学生さんが使うのは校舎だけじゃないでしょ?」

「学生? お前らの主人はウチの学校の生徒なのか?」

「まぁ、決して無関係じゃないけどね…………世の中にはOBなりOGなりって存在もいる事だし」

 勿体振っている感のある口調に、シンは眉根を寄せる。

「おい、もうちょっとストレートに言えないのかよ」

「…………言えるなら言ってるわ。肝心な部分を喋ろうとすると、頭に負荷が掛かるのよ」

「なに?」

「創造主の命令は絶対、ホムンクルスはそう刷り込まれる…………でもね、サラっていう“人間”は、あの女がきっと嫌いだった」

「おいアンタ、一体なにを」

「私をこんな体にしたあの女が、して下さったあのお方が、したあのおんなが、おんなが、おおおおんなながががががががが」

 サラの瞳から、ゆっくりと知性が抜け落ちだした。

 ギシギシと身体中を擦れ合わせながら、能面にも勝る無表情で壊れた蓄音機のように無意味な韻律を奏で始める。

 章印が壊されかけた事で“人間・サラ”の意識が浮上し、肉体と衝突を起こしたのだ。

 健全な精神は健全な肉体に宿る、との言が在る。ならばバケモノの体に押し込められた精神が、どうして歪まずにいられようか。

 望まぬ服従を強いられた女。

 シンは、それに一抹の寂寥を感じた。

 改めて剣を振りかぶる。

 憎しみではなく、哀悼を込めて。

「………………必ず創造主は止める。止めてみせるから」

 言っても分からぬ、とは思わなかった。

 踏み出し、額のみを狙って真直ぐに突き刺す。

 ――ぞん

 元からボロボロに罅割れていた章印は、紅い刃をあっさりと受け入れた。

 瑕口から虚空に溶け、散っていく大鳥の亡骸。

 その顔が安堵を浮かべていた事に、シンの胸中が騒ぐ。

 救いをくれてやりたかった、そんな気持ちがなかったと言えば嘘になろう。しかし復讐心もいまだに燻り続けている。

 シンは、複雑な思いを抱きながらただ河原に立ち尽くすのだった。



 数分程間を置き駆け付けたステラにこっぴどく叱られたのは、自業自得と言うより他なかろう。





 ――5日目――





 土曜日。

 英語でいうところのサタディ。ナイトフィーバーは時代遅れですかそうですか。

 そんな日の学生寮を、シン初め3人はほてほて歩いていた。

 午前様の太陽光がなんとも爽やか。

「いやー、良い天気だなー。思わず歌い出したくなっちゃうよー、こぼれおちるーすなーみたーいn」

「かなしみーをーおしえてー」

 無理してテンションを上げようとしたシンに、わざとキー2つくらい下げつつ被せる感じで諳んじるステラ。

 ぶすっくれた表情は、昨日の独断専行をまだ許していないせいか。

「…………ごめんなさいステラさんルナマリアさん」

「ぶー」

「え、アタシは別に心配してないわよー?」

 ルナマリア、アホ毛をひよひよ揺すりながら嘘八百。

 やいのやいの騒ぎながら歩けども、注意の声は上がらない。

 土日はほとんどの生徒が実家へ帰ってしまうため、この寮内にはそれ程人数がいないのである。

 この状態では聞き込みもはかどらぬが、しないよりはした方が良い。

 昨日シンがサラから聞き出せた情報からするに、彼女らの創造主は学校の敷地内に潜んでいると思われる。そしてここ4日間の捜索で引っ掛かっていない以上、学校そのものには登校していない。

「体育館、武道場、プール、旧校舎、それと学生寮。学校以外に隠れられそうな場所が在るのはこの辺りねー」

「でもアイツは、OBとかOGみたいな事を言ってたんだよな」

「卒業生までフォローするのはちょっと厳しい。本隊に連絡を取るのも手だけど…………余りのんびりじゃ駄目」

「一応出席簿とかチェックしてみたら? 卒業生だったとしても、アルバムに顔と名前くらいは乗ってるでしょうし」

「うぇい、ルナ頭いいね! じゃあステラが職員室に忍び込んで見てくる」

「うむ。気を付けろよスネーク」

「似てないにも程があるぞ」

「せーよくをm「「それはダメッ!!」」うぇーい」

 と言う事で、ステラは学校に潜入。シンとルナマリアは地道な聞き込みを続ける事に相成ったわけである。

 ちなみに似顔絵は描かない。何故なら3人とも絵心が無いから!



 知らない。

 いない。

 わからない。

 寮内に残っていた3年生ほぼ全員へ聞いてみたものの、帰って来たのはそんな同級生ないし先輩は知らないという答えばかりだった。

 昔の歌手にこんな感じの人が居たかもなんて言もあったが、余り関係なさそうなので棄却。

 巡り巡って2年生の友人一同にも聞き込みを試みる2人。

 途中で昨日の痴態を聞かされシン&ヨウランが膝を折るなどのトラブルもあったものの、結局実りはろくすっぽなかった。とっぺんぱらりのぷう。

「あーあ、簡単には行かないわねー」

「最初から上手く進む事なんかそうそうありゃしないさ」

 ぶつくさ言いながらも歩いていると、水場に一人の女生徒を見付ける。

 まっすぐな灰色の髪を腰近くまで伸ばした、そばかすのある目が小さめな人。

 腕章の色は緑、3年生だ。

「あの人は、まだ聞いてなかったよな。すいませーん、ちょっと良いですかー」

「え?」

 振り向いたその人について、良くも悪くも記憶に残らないタイプの人間であるようにシンは思った。

 まぁ失礼な事をわざわざ口に出す必要もないし黙っておく。

「私に何か用かな?」

「ちょっと探してる人がいて、それで色々話しを聞いてるんです」

「大体こんな感じなんですけどー」

「ん、ちょっと見せて?」

 特徴が書かれた紙をルナマリアから受け取り、僅かの間注視する上級生。

 しかし、芳しくはないようだ。

 すまなそうにメモ用紙を返して、上級生はそばかすを掻きながら言う。

「ごめんね、見覚えはないかな」

「そうですか…………すいません、時間取らせちゃって」

 やっぱりなと思いつつも微妙に落胆を抑え切れず、二人は溜息をつく。

 と、ルナマリアの持つ携帯が震え出した。ステラからの連絡だ。

「…………あれ、でも、もしかして?」

 彼女が離れたのと同期し、上級生が何かを思い出したかのように呟く。

「何か知ってるんですか!?」

「えっと、こんな感じの歌手が昔いたような気がするなーって思ったんだけど」

「歌手? さっきもそんな事言ってた人がいたな」

「探してるのがその人かはわかんないけど、噂だとその歌手、この街の住宅街に住んでるんだって。

 最後の曲出したのは2年くらい前かな。歌番組とか全然出ない人だったから、覚えてないのが普通かもね」

 記憶を探りながらといった様子の言葉に、首肯するシン。

 もしかすると、これは“当たり”かもしれない。

 二人は頷きあい、女生徒に感謝の意を伝えてから走り出した。

「すいません、助かりました! ルナっ」

「ステラから連絡来たわよ、旧校舎へ直行だって! あ、ありがとうございました!」

「ううん、どういたしましてー」

 遠くでひらひら手を振る彼女に一礼し、再び疾走。

 ステラが情報を探した結果だが、卒業生の所に該当者はなかった。ただ全校が集まる行事を撮った写真には幾つかの姿が見受けるあたり、在校した事はあるようだ。

 なので今度は昔の名簿を漁ったところ、中途退学者の中にそれと思しき人物を発見。

 そして一応確認くらいのつもりで学校訪問者欄を見たところ、なんともはや律儀な事に件の人物の名前があったのだ。

 行き先は旧校舎、理由は私用。学校側も良く受理したものである、警備がザルってレベルではない。

 だがチャンスはチャンスである。

 歩いても数分程度の距離、走れば早々に到着出来るのは自明の理だ。

 玄関先で待っていたステラと合流し3人で突入。

 盛大に音を立てて踏み込んだ瞬間、積もっていた埃が軽く舞い上がり視界を微妙に遮った。

 手で扇ぎ散らし下を見れば、真新しい足跡が幾つか。

 頷きあい、駆け出す。

 もう入る時点でかなりの大音を立ててしまった、今更静かにする由縁はない。とにかく速く進む。

 木造の廊下を抜け、階段を2階層分昇り、ひとつの教室へ到着。

 他に並ぶ部屋は日射しが差し込んでいるのに、ここだけはカーテンでも閉ざしてあるのか非常に暗い。注意して見ていれば外からでも怪しいのがわかった筈。

 シンが掌を開いた。カウント5で部屋へ突っ込もうという意味だ。

 5。

 4。

 3。

 2。

 1。

 ――――0



「行くぞッ!!」



 気合の篭った声で扉を蹴破り室内に入れば、案の定彼女はそこにいた。

 三日月を2枚重ねた髪飾りに彩られた、腰まで届く桃色の髪。

 澄んだ湖を思わせる水色の瞳。

 精緻な人形もかくやという程に整った、美しい顔立ち。

 細身にドレスを纏う姿はまるで深窓の令嬢。

 くすり、不粋な闖入者を前にしても揺るがぬ微笑みで、その少女は彼らを迎えた。

「あらあら、見付かってしまいましたわ」

 暢気なその姿を見て、少なからずルナマリアは辟易する。

 だが、シンとステラは動かない。

 少女の傍らに立つ女が、途轍も無く強烈なプレッシャーを2人だけに放っているのだ。

 橙の短髪を後ろへ撫で付け、漆黒のスーツを着た、右目に眼帯を帯びる者。

 それだけなら完成された大人の女という印象を受けるも、やはり全てを打ち消すのが、鋭すぎる肉食獣のごとき眼光である。

 正しく守護者。

 ぎしり、空気が軋んだ。

「お前が、ホムンクルスの創造主」

「…………ほむんくるす?」

「恍ける気か、これだけ犠牲者を出しておきながら!」

 “犠牲者”という言葉に、少女の笑みが消える。

 しかしそれに気付かず、怒りに任せてシンは腕を振り薙ぎ叫んだ。



「答えろ! ラクス・クライン!!」






                           第7話 了