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武装運命_第10話

Last-modified: 2007-11-29 (木) 20:08:01

 目を覚ますと、そこは一寸先も見えない真っ暗闇だった。

 屋敷に入ったあたりで意識が一度途絶えている事から、何らかの手立てで気絶させられこの部屋に押し込まれたと考えるのが妥当だろう。

 微妙に腰の辺りがチリチリする。スタンガンでも使われたか。

 溜息をつき、ラクス・クラインは目を閉じた。

 いつも傍にいてくれるヒルダがいないだけで、随分と心細くなってしまうものだ。

 足を撃たれたメイドの安否も気になるが、そちらはあの黒服が安全にすると言っていたのを信じるより他ない。

 立ち上がろうとし、しかし動きが止まる。

 後ろ手に縛られ、足首も拘束されていたのだ。これでは下手に姿勢を崩すと元に戻す事すらままならなくなる。

 若干浮きかけた腰を落とし、眉根を寄せて再び溜息。

 手持ち無沙汰だった。

 幸い猿グツワなどは噛まされていないので、口だけなら自由。

 とあらば、これくらいは許されよう。

 すぅと息を肺に詰め。

「静かな、この夜に…………貴方を…………待ってるの」

 歌う。

 それが、今の彼女に唯一出来る事。

 いつも歌だけは傍にあった。

 記憶の中にのみ生きる母と遊んだあの日も、父に連れられこのオーブへ降りたあの日も、ヒルダと愛犬が事故で生死の境を彷徨ったあの日も、ラクス・クラインは歌っていた。

 それしか知らなかったから。

 蝶よ花よと愛され生きてきた彼女は、過保護な父のせいで金銭などへ一切手を触れた事がなく、故に“力”ある声を韻律に乗せ捧げるだけしか他人に報いる術を持たなかった。

 しかし、ただでさえ心を動かす美声/魔声へ音が加われば、それは人の感情をダイレクトに揺さぶって余りある。

 何時ぞや言われた“洗脳効果”は、実の所強ち間違っていなかったのだ。

「あの時…………忘れた、微笑みを…………取りに来て」

 木霊する自分の声と息遣い。

 音は、それだけ。

 愛されていながらも孤独な少女の歌声が、狭い部屋に反響する。

 その歌を、聴く者はいない。





 小蝿の後を追い進む事数十分、ステラは森の中にいた。

 あっちへふらふらこっちへふらふら飛ぶ蝿はとても進みが悪く、苛々ばかり募る。

 しかしルナマリアが敵の手に落ちている以上、まだ下手な事は出来ない。

 機会を待て、己に言い聞かせながら進行。

 しばらく獣道すらない草むらを行くと、やがて視界が唐突に開けた。

 森は完全に途切れ、荒涼とした平野が広がっている。地面も岩盤を掘り起こし申し訳程度に土を掛けたような固さで、下手に叩き付けられれば相当痛そうだ。

 ふわり、案内していた蝿が体を上へ舞い上げる。

 空の黒に溶け込む鋼。

 訝しむステラの耳を、直後、無数の羽音が劈いた。

 発生源は見ず横っ跳びし、即座にガイア展開。

 瀑布に打ち続けられた滝壷のごとく、固い大地が罅割れる。

 蝿。

 蝿。

 見渡す限りの三次元空間全方位に、蝿。

 やはり罠を張っていたか。

 ガイアの装甲を外してナイフ付きのナックルダスターに変え、ステラは戦闘姿勢を取った。

 轟々と唸り狂う、最早羽音と呼ぶのも憚られる程の爆音。

 と、突然その蠢くカーテンが真っ二つに割れる。

 現れたのは一人の男だった。

 それもとびっきり怪しい、壮年。

 ちりちりパーマの髪、角張った顔、だらしなく着崩された黒いスーツ、胡散臭さ爆裂な眼鏡。

 何より、額に章印が浮かんでいる。

 雲霞の鉄蝿を統べる王――――キング・T@KED@。

「ルナを攫ったのは、お前?」

「せや」

 突っ込もうとし、しかし蝿の壁に阻まれる。

「おぉーっと、危ない危ない。あかんね、落ち着きぃ」

「ルナに何かしたら、壊す」

「はぁ…………。忘れとらん? あのお嬢ちゃんが何処におって、誰が生殺与奪握っとうか」

「っ!」

 射殺さんばかりの視線をぶつけるステラに、タケダは怖気の走る笑みを作った。

 高潔とはおおよそ縁無い、下衆の顔。

 体を巨大で醜悪な鉄の蝿に変えながら、腕の一本を空に向ける。

 つられて上を見たステラは、愕然とした。

 蝿のカーテンが退いた虚空に、ルナマリアが浮いている。

 両肩を2匹の蝿に掴まれ、ふらふらと。

「お前…………っ!」

「言うたったで、落ち着きぃて。大切な人質やさかい、そー簡単に手放しはせぇへん事くらい分かっとうよな」

 押し殺すような癪に触る笑い方で、タケダ。

 ルナマリアの高度は15m強、妨害無しの状態でガイアが一足跳びしてもまず届かない距離だ。

 どうしろと、いうのか。

「せやな…………じゃ、こーしよか。ここにおるウチの子供(ガキ)、あのお嬢ちゃん掴んどるの以外を全部一人で倒してみぃよ」

「なに?」

「それが出来たら解放したってもええわ。どーせそん頃にゃ、ウチもお役御免やろしね」

「どういう意味、ッ!!」

 問いへの返事は蝿の突撃。

 仕掛けてきたのはまだ一匹だが、この数百、ともすれば千を超える数の蟲に一度に集られた日には。

 百足のごとき悪寒が背筋を掛け抜けた。

 翅を唸らせ、一匹動く。続けて二匹、三匹、四匹。

 少しばかり勿体振るような素振りを見せ、しかし一瞬の後に全ての蝿が少女へ殺到する。

 ステラを覆い隠すカーテンが、球と化した。





 自室に戻ったシンは、何をするでもなくベッドに寝そべりぼっとしていた。

 する事が何も思い付かない。

 こう時間を無為に過ごすのは久しぶりかもなぁ、思って嘆息。

 退屈。

 左の胸に軽く掌を乗せると、肋骨の奥で脈動する鋼の心臓を感じた。

 いつまでも武装錬金が名無しのままでは締まらないか。

 ふと思い立って、やおら起き上がり机に向かいノートを開く。

 雑用を書き留めるための紙面に、ぐりぐり文字を書いては消し書いては消し。

 5分程そうし、手が止まった。

 適当に書き連ねた名前を見返して、渋い顔をする。

 良い名前が思い付かない。

「うーん、どうもダメだ…………」

 ぼやきながらシャープペンシルを筆箱に仕舞い、背を伸ばす。

 こき、軽く鳴る腰椎。

 と。

 ――Trrrr、Trrrr

 突然、机上で携帯がメール着信のコール音を立てた。

 特に疑問も持たず受信箱を開くシン。

 直後、気合の抜けた顔がピンと張り詰める。



 From:[email protected].jp

 Name:ラクス・クライン

 Sub :お話ししたい事があります

 Main:クライン邸にいらして下さい

    お待ちしております



 余りにも唐突で、余りにも不可解。

 確かに昨日ラクスへメールアドレスを教えはした。したが、まさかこのタイミングでこのような文を送ってくるとは。

 それとも、素で作る文面がコレなのか。

 液晶画面と睨めっこする事数秒、携帯を閉じる。

 なんとも罠っぽさ溢れるメールだが、万一という事もないとは言い切れない。

 ステラに相談しようと連絡を試みるも、電話口には誰も出ず。

 行くか、行かぬか。

「…………えぇい、ままよっ!」

 迷った揚げ句、シンは机の引き出しから自転車の鍵を引っ張り出した。

 その足で玄関を辞し、駐輪所へ向かう。

 歩いても2分とかからぬ距離、走れば実に数十秒程度で到着。

 しかして、そこには先客がいた。

「や。こんな遅くに外出なんて、同級生的には感心しないよー」

 スパナを片手に握る、ヴィーノ。

「まぁ、止めたって聞かなそうだしね」

「ヴィーノ? 何でここに」

「せめてアシくらいはとか思ってさ。ほらっ」

 苦笑らしきものを浮かべながら、ヴィーノはもう片方の手に持っていた物をシンへ投げ渡した。

 丸い大きな物体がチェストパスで受け取られる。

「…………お前、こいつは」

「取り敢えずは壊さないで返してくれれば良いよ。使われてこその道具だし」

 狼狽するシンに、笑って親指を立てる赤メッシュ入り茶髪の少年。

 渡されたのは、フルフェイスのヘルメットだった。それも、彼が先々月貯金を有るだけ全部崩して購入したバイク(三輪なので正確にはトライク)用の。

 エンジンに火を宿し、鋼鉄の唸りに銀灰の車体。

 大西洋連合はADUKURF社が誇る名機、名を『TS-MB1Bユークリッド』

「免許は必修で取らされてるよね。この子はクセないから、シンならすぐ慣れると思う」

「って、良いのか!? 大切なバイクじゃ、」

「良いも何も、必要じゃない?」

「いや、正直助かるけど」

「なら無問題。代わりっちゃ何だけど、死地へ赴く戦士みたいな顔は止めてよ」

 ハッと顔を触るシン。

「俺、そんな顔してたか?」

「してたね。そーゆー友達にこれくらいしか出来る事がないのって、結構悔しいし申し訳ないんだよ? 自分がそうさせてるワケでなくともさ」

 ヴィーノの笑顔に寂しさのようなものが混じる。

 友をただ案じる顔。

 それで、シンは腹を決めた。

「わかった。ヴィーノ、しばらく貸してくれ」

 ヘルメットを被り首肯。

 するとヴィーノが手を軽く掲げる。

「シン、グッドラック!」

「ああ!」

 ――パシッ!

 ハイタッチ一発、シンは思いっきりエンジンを吹かした。

 唸りが咆哮へ変わり、大地を裂く。

 烈風と化し、星空の下を駆け抜ける銀灰。

 その後ろ姿を見送り、ヴィーノは腰のポーチにスパナを捩じ込んだ。

 天に輝く月、ふと思う。

「…………あれ、明日って月曜?」





 蜂球、というものがある。

 現在は東アジア共和国に組み込まれている、旧国『日本』。その地域に住む蜜蜂が天敵たる大雀蜂に対抗するため編み出したそれは、大変理に叶っている恐るべきものだった。

 大雀蜂一匹を蜜蜂数百匹で覆い包み、そして熱し、向こうが耐えられぬ高温でもって蒸し殺す。

 中心部の温度が摂氏48度にもなる蜂球。蜜蜂達は50度の熱にも耐えるが、44度から46度で十分致死となる雀蜂に取ってはまさしく煉獄だろう。

 近くに天敵の危機を持たなかった西洋の蜜蜂は、こういう事が出来ない。東洋蜜蜂の、生存競争の中で磨かれた術である。

 しかして、現在。

 ステラを包み込んだ蝿もまた、蜂球と同じような事をしていた。

 ただ、与えるのは熱毒にあらざるモノ…………嫌悪。

 身体中を蝿に弄られるその末路たるや、並の者なら一分と経たず音を上げよう。もっとも、上げたところで解放されはしない。

 怒涛の勢いで瀑布のごとき羽音を響かせる蝿球。

 ステラが封じられてからかれこれ10分強、凡人であれば十中八九は精神崩壊している。

 錬金の戦士と言う割に存外呆気無い、タケダは鼻を鳴らした。

 無用意にのそのそ蝿球へ近付き、愚弄の言葉でも投げかけてやろうとした刹那。

 ――ぞぶッ!!

 蝿球が、突然真っ二つに割れた。

 裂け目から真上へ跳ね飛ぶ黒い塊、鋭角のフォルムはまるで甲冑。

 空中で2度跳ね、すらりと地に降り立つ。

 背に携えた一対の灰翼が、纏っていた真紅の光を消した

 モノクロームの黒犬獣、ハウンド・ガイア。

「ほぉ、アレで壊れへんか」

「ぬるい。あの程度がお前の恐怖なら、私達は10年前に通り過ぎた」

 鉄屑を散らばし解けた蝿球から、ステラも這い出てくる。

 ハウンド・ガイアの特性は、戦闘特化の各種武装。

 直接攻撃に長けた爪牙角の他、肩にマウントした銃やナックルダスターなど主人の戦闘を補助する道具も数々内蔵している。

 主人と己と、一対揃って初めて真の意味を為す武装錬金。それがハウンド・ガイアなのだ。

「往くよ、ガイア」

 呼び掛けに雄叫びで返事し、黒犬獣は大きく顎を開いた。

 第二幕、開始。





 生まれてこの方十余年、彼女は基本的に自己へコンプレックスを抱かなかった日というものがない。

 人当たりの良い笑顔は虚飾。

 心優しい立ち振る舞いは擬態。

 溜まりに溜まった淀みで捻れ歪み狂いドス黒く染まった意思は、最早洗い流す事も修正する事も不可能な程に彼女の一部として固着されていた。

 ハッキリしない小さな目。

 そばかすだらけな顔。

 男に性的な目で見られる胸。

 くすんだ灰色の髪。

 自分を構成する存在の何もかもが気に喰わない彼女。

 その中で何より一番嫌いなのは、声だった。

 精神に根付いたトラウマのせいである。

 物心付いた時、彼女はオーブの片隅に在る小村で立ち尽くしていた。所謂捨て子だ。

 運が良かったのだろう、村人達はそんな寄る辺ない彼女を仲間として受け入れ世話してくれた。

 この時の彼女は、まだ一般の範疇内。早すぎる絶頂期であったと言えよう、歌を愛するようになったのもここだ。

 それが崩れる始点となったのは、彼女が村に馴染んでしばらく経った在る日の事。

 遂に己の実父を知る機会に恵まれた彼女は、真実を受け驚愕した。

 シーゲル・クライン。高き天空に浮かぶプラントの王。

 そんな男が父親なのか、たただだ驚く彼女に母の知人と自己紹介した者は彼女が生まれた残酷な経緯を笑みながら語る。

 しかし、そこに当時の彼女は興味を持たなかった。

 ただ偉大な父へ憧憬を抱き、母と違い迎えに来てくれると信じ続けたのだ。

 そして、数年の間隙を置きそれは実現する――――半分だけ。

 確かにシーゲルはオーブにやってきた。彼女より若干歳上の少女を一人連れて。

 凛とした大きな瞳。

 シミ一つない整った顔。

 スレンダーな肢体。

 透明な桃色の髪。

 シーゲルの正式な妻が生んだ正式な娘、ラクス・クライン。

 希望は一瞬にして絶望へ貶められた。

 それからの数週間は、まさしく彼女にとって暗黒時代と呼ぶべきものだったであろう。何をする気力も涌かず、そのままでは朽ちて逝くのみの抜け殻になってしまったのだから。

 村の仲間による慰めや協力、そして大好きだった歌により一応人並み程度には持ち直したものの、最早彼女に以前の輝きは無かった。

 そして、彼女は再び経緯を知る。

 シーゲルの情婦がたまたま子を孕み、それを忌んだ彼が手切れ金を握らせ地球へ降ろした。

 情婦が母、孕んだ子は己。

 碌なコーディネートも出来なかったた命への代償か、手切れ金自体は相当な額があったらしい。母もある程度まで成長するのを見届けている辺り完全に非情ではなかったようだが、彼女にはどうでもいい話だ。

 羨望は失望に変わった。

 憧憬は軽蔑に変わった。

 それでも憎悪まで抱かなかったのは、彼女がまだ潜在的に優しさをもっていたから。

 しかし3年後。

 ラジオから流れてきた曲を耳にした彼女は、一瞬でその優しさを吹き飛ばされた。

 彼女の喉が紡ぐそれと同じ音程・波長・性質を持ちながら、しかし全く持って異質な“力”を持つ声。

 ラクス・クラインである。

 その日より、彼女は自分が歌姫のデッドコピーだという認識に囚われた。

 歌えば確かに人は寄る。

 しかし、そこに求められるのはラクスの代役。彼女自身では決してない。

 気を紛らわそうと明るい曲を口ずさんでみれば、返ってくるのは「ラクス・クラインはそんな曲を歌わない」という理不尽な罵声。

 もう、彼女は歌えなくなっていた。

 芽吹く憎悪、鬱屈する心。

 唯一優しくしてくれた村人達の気持ちすらも疎ましく、着の身着のまま村を飛び出す。

 宛てもなく勢いに任せて本土行きの船に飛び乗り、放浪する事数日間。

 捨て鉢になった彼女の前に、あの、母の知人と自らを称した男が現れたのだ。

 男は、言う。

「復讐…………するかい?」

 彼女は、頷いた。



 彼女、天使覆面ことミーア・キャンベルという女の、終点にして始点である。






                           第10話 了