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武装運命_第16話

Last-modified: 2008-03-05 (水) 13:44:21

「閑静な住宅街、その最奥で起こった惨劇は未だにその痕跡を残したままです」
「プラント評議会元議長シーゲル・クライン氏の邸宅が謎の崩落に見舞われてから既に3日。しかし、原因究明は遅々として進んでおりません」
 朝から気の滅入るニュースを、キャスターが粛々と読み上げる。
 BGM代わりにそれを聞きながら、ステラは主のいない部屋で自分のPDAを操作していた。
 3日。
 あの戦いから、既に3日経った。
 流血と苦痛に彩られた“日常”が終わり、帰ってきた“非日常”は余りにも倦怠。
 それでも、いや、だからこそ、ステラは平和の大事さを思う。
 錬金戦団本隊への報告書は既に提出してある。彼女がこの場ですべきは、次の辞令を待つ事だけ。
 そして次の辞令が出れば、彼女はこの街から旅立たざるを得なくなる。
 戦士だから。
「シーゲル氏、並びにその娘のラクスさんの行方も、現在不明となっております」
「安否が気遣われますね…………」
「オーブ内で最近頻発する行方不明者事件と何らかの関連性があると見た行政府は、特別対策本部を設立する模様です」
「いやー、少し行動が遅すぎる嫌いがありませんか?」
「プラントから特に何もコメントがないのが逆に恐いものです」
 画面の向こうで不安げに右往左往するオトナ達。
 ビッ、ステラのPDAが鳴いた。
 そもそも秘匿されてこその錬金術、彼らが真実をお聞かせ願える機会など在りはしないのである。
 知ることが必ずしも是であるとは限らない。故に『知らぬが仏』なる言葉も生まれたわけで。
 戦団による緘口令は、どうやら今回も上手く機能しているようだ。
 名も顔も知らぬ同僚諸兄に感謝しつつ、ステラはPDAを操る。
 次の辞令はまだ出ていないが、この寮に留まる理由も既に3日前消えた。
 離れなければ、ならない。
 その事実がステラの心に影を落とす。
 シンにもルナマリアにも切り出せぬまま迎えた朝――つい先程、彼らが寮を出る直前である――、取り敢えず今日の午後8時にロドニア・ラボまで来て欲しいとは伝えた。
 それは、戦士長から掛かった招集。
 このタイミングを機会としなければ、彼女は踏ん切りをつける機会を失う。
 そう思うと、ステラの気持ちは真っ二つに割れた。
 8時の訪れを待望する、戦士の心。
 8時の訪れを拒絶する、少女の心。
 PDAを閉じてテレビも消してしまい、ステラは横向きにベッドへ倒れる。
 頬に掛かった髪がちくちく突くのは、決して顔だけではなかった。

 
 

 幾ら事件が起ころうと、それが我が身に降りかからなければ結局は対岸の火事。
 学生たちの心境は、そんな程度であった。
 プラントの元トップの家が崩落した、といっても、オーブ生まれオーブ育ちの民には話の種程度の扱い。
 当のプラントから来た留学生たちでさえ、お気の毒にぐらいしか思う事はない。
 建国の英雄も、世代が移り変わればただの市井の人へ成り下がる。それは在りし日の彼に憧れた者達を著しく落胆させた。
 だが、それとて知らぬ者の話。
 今授業している社会の教師が呻いているのも、単純にプラントとの外交展開に関係した授業内容が改訂されるであろう事を見やり嘆いているに過ぎず。
 誰だって、厄介なものは嫌だ。
 そんな情景を、“知っている”側のシンはほろ苦い思いで見ていた。
 彼が知る事実は、決して表に出ない。出せない。
 故に、犠牲者達が弔われる事もまずもってありえない。遺骨などの明確な物証が見付からない限り、犠牲者達は行方不明者の括りで纏められ放り出される。
 知っているがための痛み。
 遺された家族に真実を伝えられない重苦は、かつて自らも誰かに味合わせていただろうモノ。
 未だ切れ切れながら、シンには家族を喪った時の記憶が蘇っていた。父の、母の、妹の、無惨な最期が――――
 ふと、我に帰る。
 授業中に思い出す事じゃない、頭を振りシンは軽く身を捩った。
 ごきりと背骨が鳴く。
 思い返せば、シンは未だに事件後の顛末を知らない。
 ルナマリアは碌すっぽ知らぬと言うし、ステラはその事について話そうとするとタイミングを計ったかのごとく邪魔が入る。ラクスとは全く連絡が取れないし、ミーアに至っては行方不明者の仲間入り。
 聞くべき相手が女の子しかいないという現実に思う事がなくもないけれど、敢えて意識の埒外に配置。
 落ち着いた所で机にもたれ掛かろうとした拍子に、後ろから何かが飛んできた。
 頭を軽く叩いて床に落ちたのは、一枚のメモ書き。
 目線だけ後ろに向けると、クラスメイトが小声で一方的に「読んだら回せ」との旨を投げる。
 しょーがねーなーと苦笑しながらメモ書きを開くシン。
 その苦笑が、凍った。
『数学のシメオン入院のウワサ、嘘っぱちの可能性アリ ウワサの神隠しにヤられたらしーぜ』
 渡した者は、ただ何の気なしに噂話を回しているだけなのだろう。
 だが、シンにとっては致命的なまでにタイミングが悪い。
 見た瞬間、突発的にこの紙を引き千切ってしまいそうになった。
 そんな事知っている。己は、彼の最期を見たのだ。
 真実を叫んでしまいたい衝動。
 だが、言えない。
 ギリギリと精神を締め上げるストレス。
 動きの止まる事、数秒。
 薄笑みで衝動を取り繕い、シンはメモを前の席に投げる。
 その胸に去来するモノは一体なんなのだろうか。
 何にせよ、ルナマリアが心配そうな面持ちで見つめている事に彼が気付く様子はなかった。

 
 

 野次馬根性と言うものは対岸の火事に対して沸くのが常である。
 その顎が自らの周りに近づけば、大概の人間は嫌でも逃げ出したくなろう。
 して、ジンム学園高等学校の生徒達もまた、例の事件から次々明らかになっていく具体的な行方不明者の数字に不安を覚えだしていた。
 そんな中。
「…………マジできな臭くなってきたぜ」
「この寮からも幾人か行方不明者が出ている。少々情けなくはあるが、集団下校も仕方の無い話だな」
 寮にある学生用ガレージの中で、渋い顔をしながらヨウランとレイは語らっていた。
 暖房器具の奏でるごうごうという音。
 だだっ広いガレージ内には暖気も行き渡りきるはずが無く、二人はストーブの前で留まりっきりだ。
 ぎしりと腰掛けたパイプ椅子が鳴る。
 で、彼らが何故そんな事をしているのかと言えば。
「ヨウラーン」
 不意に二人とは違う声。
 それは、レイの丁度後ろに控える見慣れない車から聞こえてきた。
「んぁ?」
「そこの両口スパナ取ってー」
「ったく…………ほら、さっさと終わらせーよ」
「さんきゅー」
 呼ばれたヨウランが言われた通りに車体の下へスパナを投げ込むと、いまいち気の無い感謝が帰ってくる。
 ヴィーノだ。
 昨今の神隠し多発を受け、オーブ各地では夜中の一人歩きを大々的に禁じる風潮が強まっていた。
 それは寮とガレージとを行き来する僅かな距離にも該当し、ヴィーノが車弄りをするにも一人ではいかんという事で友人のヨウラン&レイが駆り出されたのだ。
 して、そんな彼が弄っている車は、先日シンに貸したユークリッドではない。
 カラーリングは薄暗いガレージ内でなお映える闇色。
 車体から生えた二対四本の脚に嵌められた大型のタイヤ、それを覆うカウルはユークリッドより鋭角的。
 人が乗る本体部分に車輪を持たぬ構造は、一般的な自動車のそれと大幅に乖離していた。
 どこか伏せた犬を思わせる佇まい。
 必要以上に機構を組み込んだ有様が、コーディネーターの技術力を否応に見せ付ける。
 プラントが誇る四大設計局が一つアジモフ設計局にて開発された高機動変型四足自動車、その名を『TMF/A-802W2バクゥハウンド』
 クライン邸からスクラップになって帰ってきたユークリッドに代わり、どこぞから送られてきた品だ。
 …………尤も、プラント生まれプラント育ちであるヴィーノにしてみれば、故郷を走っていたこれはかなり目に馴染んだ物。ユークリッド程には魅力を感じないのが正直な気持ちである。
 ちなみに送り主は、何故か設計局。
 要は戦団が車を壊した迷惑料代わりに送ったわけだ。
 ま、そんな事ヴィーノ達が知る由も無く。
「だー、暇だぜしかし」
「待つ側の時間は得てして長く感じるものだ…………とはいえ、こう何もないと流石に飽きるな」
「ごめんねー」
「謝るくらいならさっさと切り上げれ!」
「んー」
 返事はボルトを締める音。
 どちらともなくため息を吐き、ぶるりと身を震わせる。
 春先とはとても思えぬ冷え込み。
「ふぅ、心が寒い…………ん?」
 呻いたヨウランが、拍子に顔を捻り見た外。
 そこには、寮を出て行く人影ふたつ。
「シン、ステラちゃんも?」
「どうしたヨウラン」
「いや、今シンとステラちゃんが外に出てったんだけど」
 ついと腰を上げガレージのシャッターから顔を出すも、二人とも声を掛けるには遠すぎる所まで行ってしまっていた。
 訝しむ表情で再び椅子に腰掛け、首を傾げるヨウラン。
「シンの奇行にアクセル掛かったのが何時ごろか、レイ覚えてるか?」
「ああ。丁度あの子がルナマリアの部屋に住み込み始めた頃だ」
「…………こーゆー時、友達はどうするべきなんかね」
「余り踏み込むべきでない気はするが、無責任に信じてしまうのもどうかと思う」
「うわー、テンプレな優等生の答えだぜそれ」
「煩い」
 珍しく拗ねたような物言いをするレイに悪餓鬼のような笑みを返し、ヨウランは天を仰ぐ。
 そこには灰色の天井しかない。
 鈍磨したその色が、己の漠然とした不安と妙にマッチしていて。
「どうしたもんかねー、全く」
 誰にともなく嘯いたヨウランの台詞は、ヴィーノが作業箱の塔を盛大に倒したせいでぶっ散らされてしまった

 
 
 

 そして 時刻 8時

 
 
 

 ぼろぼろの研究施設をゆっくりと歩く、二人の少年少女。
 道中にステラがまず語ったのは、事件後の顛末であった。
 33人。これが公に発表された行方不明者の総数。
 その内の12人はクラインに従事していた者とその雇い主――要するにシーゲル・クライン並びにラクス・クラインである。
 残り20は警備員という事になっているが、正しくはミーアに唆された黒服だ。ちなみにこのカウントの中にはプラントへシーゲルと共に連れて行かれたヨップも含まれているが、元来表の戸籍を持たない彼にはさして気にする事でもないらしい。
 そして最後の一人が、首謀者――ミーア・キャンベル。
 シーゲル・クラインは、事件後すぐオーブを発ち秘密裏にプラント入りしている…………といっても、この件に関しての音頭をとる為ではない。
  錬金術の無断行使を糾弾する、戦団による裁判
 理由にどんな正当性や逼迫した思いがあれど、彼が私利私欲で錬金術を行使したことは事実。
 それは、罪。
 罪があるとあらば、戦団は相応の罰を与えねばならない。
 プラントが当事件に関して横槍を入れないのは、既に手元へ渦中の人物がいるから。それにお互い探られると痛い腹があるので、敢えて突っつき合わないのである。
 して、娘ラクスとその護衛ヒルダはというと、オーブの地底勾留施設に収容されている。
 どう言葉を取り繕おうと、既に彼女らがバケモノを身に宿しているのは事実。彼女らの解放は、街中に猛獣を解き放つ事と同義なのだ。
 ラクスもヒルダも人喰いなどしなかろう。が、何も知らぬ者の傍で“猛獣になりうる存在”を跋扈させるわけには行かぬのである。
 …………既に人を喰らったモノなれば、より厳格な拘束がなされるのも道理。
 ミーアは、ラクス達の勾留されている施設よりも圧倒的に堅固な警備のなされた牢獄へ収められていた。
 一糸さえ纏わせる事なく、枷で縛られた四肢全身。
 眼や耳や鼻などの感覚器官は、周囲の気配を感じ取らせぬためにガードで完全遮断。
 脱走された時の事を想定し、章印には炸薬がセット済み。
 そうまでした上、牢獄内には無数のトラップ及び警備ロボットが稼動中。慢性的人員不足のため駐在こそ出来ぬものの、異常を見咎めれば直ちに錬金の戦士が駆けつけるのだ。
 ホムンクルスにとっては地獄にも等しい、業苦しか存在しない世界。
 そんな場所に、あのミーアが、抵抗どころか一切物言わず入っていったのだという。
 以上。
 これが、クライン邸崩落における総勢33名の顛末だ。
 そこまで話し終え、ステラは息を深く吸う。
 シンの表情は浮かないまま。
 誰も、何も口にしない。
 無言のまましばらく歩くと、二人はやや広い空間へ出た。
 用途不明の巨大な機械がかつての威容の痕跡を残す、それだけの淋しい場所。
 床に張り付いた赤黒い染みが、一つ。
「……シンの血の跡、まだ残ってる」
 ステラが呟いた言葉に、シンはついと染みから目を外し彼女を見た。
「これ、俺の?」
「うん」
 こくりと首肯し、ステラは膝を折って染みに手を伸ばした。
 ざら、乾ききった血液の残滓が指に軽く付着する。
「10日前、ココで私はシンを“錬金術”と“戦い”の世界に巻き込んだ…………本当に、ごめんなさい」
「いや、そんな謝る必要なんか無いって。無理言って踏み込んだのは俺の方だし、逆に俺が足引っ張ってたんじゃないかな」
「ううん。シンがいてくれて、すっごく助かったことたくさんある――――」
 言い、下に向けていた顔を上げたステラ。
 その眼に映ったのは、シンの笑顔。
 今にも崩れて剥がれ落ちそうな、取り繕った仮面のスマイルだった。
 不均衡に歪んだ唇が。
 薄く細められた眼が。
 戦士という型に押し込められた、泣き出しそうな少年の顔。
「俺さ。力があれば皆を守れるって思ってたんだ」
「シ、ン?」
「けど、そうじゃなかった。全然違った。現実はもっとキツかった。
 戦士長って人が来なかったら、あのバラが今頃オーブ中を滅茶苦茶にしてたかもしれない。犠牲者だって30人近くも出してる。
 …………生きて苦しんで悔いろだなんて、アイツに言えた義理じゃなかったんだよ」
 薄笑んだまま、キリキリと胸中の混沌とした黒を零すシン。
 その目尻に、遂に、雫が浮かんだ、
 涙。
「みんなを、まもりきれなかったって、おもうと…………!」
 独白が夜陰を犯す。
 シンは生来の戦士ではない。決断し剣を執りはせども、それまではただの一市民であったのだ。
 それがいきなり戦いの世界へ放り込まれたとあれば、精神の均衡を保ち通せる方が度台おかしい話というもの。
 ステラは、その事を失念していた自分に気付いた。
 少年が膝を折り、ざらついた床へ崩れる。
 嗚咽と共に肩を震わせるシンの姿は、3日前の夜に見せた勇猛果敢な振る舞いと余りにも乖離していた。
 気まずい、沈黙。

 

「だ が ! お 前 は 良 く 戦 っ た ! ! 」

 

 それを破ったのは、良く伸び響く男の声だった。
 顔を跳ね上げるシン、振り向くステラ、眼を丸くするルナマリア。
 ラボの闇を割り、歩み寄る人。
 背は高く、脚もバランス良く長い。
 髪の色は鮮やかな橙。
 鋭く整った顔が浮かべるのは、不敵な笑み。
 真紅に艶めくジャケットを翻し、突然現れた美丈夫は右拳を一度懐に入れ力強くシンの前に突き出す。
 その襟首には、羽根を模した小さな徽章。
「ナイスファイトだったぜ。お前のお陰で、何とか最悪は免れた」
「あ…………アンタ、一体」
「通りすがりのいい男だ、なんてな?」
 さらりと冗句を投げ、突き出した拳の親指をビッと立てた青年。
 その掌中には、髪と同じ橙色の核鉄が絶妙な角度でバランスを保ち収まっていた。

 
 

 ――オーブ アカツキ島 ホムンクルス勾留施設――

 

 人が2人収まるにはやや手狭な部屋で、ラクスとヒルダは何をするでもなく静かにベッドへ腰掛けていた。
 地底にある施設と言うだけはあり、室内に窓の類など無い。
 こぉぉ、空調の無機質な呼吸ばかりが響く。
 外部からの情報をカットされた世界、嘗てクライン邸で味わったそれの数倍になろう疎外感は、人と人の繋がりに飢えたラクスを否応無く打ちのめしていた。
 ヒルダは右腕を、シンに切断された部分を反対の手で支えている。
 それに気付き、ラクスは非常に申し訳なさそうな表情でくっと俯いた。
「…………ヒルダさん、」
「ラクス様。ごめんなさいはもう要りませんよ」
「けれど、その腕は」
「これは私の未熟の証。ラクス様に非などございません」
 何度目になるかも分からぬ謝罪を言いかけたラクスの唇を、ヒルダは左人差し指で軽く押さえて微笑む。
 血の気が薄い肌色。
 錬金術による傷の癒着は遅い、ホムンクルスにとって常識だ。
 その上碌にエネルギーを摂取していないため、肉体を現状で維持するのが精一杯なのである。
 しかし、ヒルダは気丈な態度を崩さない。
 静かな微笑みは、己の未来を…………末期を見越しているようにも思え。
 じわ、ラクスの瞳に涙が浮かんだ。
 困ったように頬を掻き、その涙を拭おうとした刹那。
 ――ゴッ、シャァン!
 施設を、横殴りの衝撃が襲う。
 不測の振動にラクスは壁へ打ち付けられ、踏み止まった向かいのヒルダはすぐさま立ち上がって周囲への警戒を開始した。
 ここは一種の牢獄、それがために施設内の設備もそういう形で統一されている。
 実験を行うならそれ用の棟が別場所に建っているからして、態々ここで揺れが起こるほどの実験を行う必要性はない筈なのだ。
 なのに現状、このような揺れが発生したとあらば。
「…………やらかしたね、何か」
 舌打ちが残響。
「ラクス様、御怪我は?」
「大丈夫です、肩を打っただけで大したことはありません…………今のは、一体」
 呆然と呟くラクス。
 その部屋に、全身を軍用装備で固めた男が走ってきた。
 積層強化硝子製の透明な壁を前にし、無骨さと実直さが見て取れる顔立ちの男は横のコンソールを叩きながら早口で捲くし立てる。
「今すぐこの壁を解放する。一刻も早くこの施設から脱出してくれ」
「ババ、って言ったね? 一体どういう積もりさ」
「先程の振動で勘付いたとは思うが、謎の勢力から襲撃を受けた。入り口でラクス・クラインを出せと大声で叫んでいたからな、目的は貴女方だと思われる」
 コンソールの操作が終わり、空気の抜ける音と共に透明な壁が割れた。
 しかし、ヒルダはラクスの前に立ち部屋から一歩も出ない。
 警戒の表情。
「ヒルダさん?」
「良いのかい。ここから逃がしたが最後、その襲ってきたとか言う連中に迎合するかもしれないよ?
 それ以前にこの騒ぎ、こっちの差し金だとは――――」
「思わんさ」
「…………言い切るじゃないか」
 毒気を抜かれたヒルダに、ババと呼ばれた男は握っていたアサルトライフルを肩へ担ぎ直しながら笑う。
 ここ3日程の間彼女達の動向をチェックしていた観察官、それがババだ。
 彼は、ラクス達がそのような事をしない…………否、可能な状況にあったとしてもそう出来ない性質であると既に知っている。
 笑顔を消し、ババが真剣な表情でもう一度告げた。早く逃げろ、と。
「けれどババ様、その様なことをしたら貴方が」
「大問題になるだろうが、それは大事の前の小事だ。貴女方を彼奴らの手に落とした方が余程危険だと私は考える」
「小事って、そんな」
 ラクスの呻くような台詞に耳を貸さず、ババは腰のPDAを稼動させる。
 襲撃者達は彼女らの他にも幾体か勾留されているホムンクルス達を見境無く開放しているようで、本来ならば部屋に留まっていなければならないバイタルサインが施設中を右往左往していた。
 画面を動く光点の一つ一つが、凡人には出会うだけで致命となる化物。このアサルトライフルもどこまで通用するかは不明だ。
 ババは一種の確信を抱く…………自分は、もう二度と生きて陽を拝む事は出来ない。
 そもそも武装錬金無しで立ち向かってよい相手ではないのだ、観察官風情が銃を持っただけでどうこう出来るものか。
 恐ろしいとは思った。実際体の震えが止まらない。
 だが、それでも、男にはやらなければならない時がある!
 自分が持つそれより若干簡素なPDAを手渡すババ。
「それを見ながら進むと良い、紅い点が侵入者だから接触は極力避けろ。
 貴女方の勾留番号は私の観察官権限で凍結してある。万一敵方に私や仲間のPDAを奪取されたとしても、貴女方の居場所はそれと同じには割り出せなくなっている筈だ」
「…………ありがとうございます、ババ様。この御恩は絶対に忘れません」
 頭を下げる少女に背を向け、男は歩き出す。
 たった3日で情が移ったかと哂われてしまいそうではある、しかしそれでも構わなかった。
 多くの悪意が渦巻く化物だらけのこの地下で、彼女達だけが優しかったのだ。
 章印に全弾くれれば足止め程度は可能な筈だと思い込み、無骨な顔に薄笑みを浮かべて往く/逝く男。
 ふと、ヒルダは昔読んだ書の記述を思い出した。
“散り際に微笑まぬ者は生まれ変われぬ”
 なれば彼は、きっと、生まれ変われる者だ。何の気無くそう思い、果たして己もその様に在れるかと不安が過る。
 して、それも一瞬の事。
「ラクス様。あの男の心を無駄にしないためにも、行きましょう」
 主の手を取り、ヒルダは促す。
 異論ない様でラクスも頷き、ゆっくりとまず一歩を壁の向こうへ。
 ……踏んだ床に、異常は無い。
 僅かな安堵と上階から迫ってくるざわめきへの焦燥が走り、頭を振って思考する。
 蠢く紅色の光点と交錯しないルートはあるか。
 画面を見つめる事2秒、ラクスはも紅点と接触が少ないと思われるルートを幾つか見定めた。
 可能なら最短距離を行きたいが、そのルートは迂回路が少ない。
 多少遠回りでも敵を撒ける道の多いほうが良いか、そう二人は判断し駆け出した。
 ――――否、駆け出そうとしたのだが。

 

「 見 つ け た ぜ ェ ? 」

 

 真後ろから声。
 振り向くより早く、後ろの壁が爆音とともに吹き飛ぶ。
 頬を打つ強烈な衝撃波。
 大穴が開き、もうもう煙が立ち篭める。
 反射的にヒルダはラクスの前へ立ち、身を盾として構えた。
 いる。同属がいる。相容れぬ同属がいる。人喰いを是とした同属がいる。
 湧き上がる嫌悪に任せ、煙の向こうへヒルダは吼えた。
「誰だい!」
「は、テメェに用は無ぇよオバサン」
 返事はストレートな侮蔑。
 びきり、ヒルダの米神の血流が一気にオーバートップさえ突破する。
「そこのピンク色。さっさと来やがれ」
「…………お断りします。貴方はまず女性に対するマナーを学ぶべきです」
「は、そりゃ失礼。生憎ンな上等な生まれじゃなかったんでね」
 止まぬ嘲笑。
 煙が晴れた時、そこに立っていたのは一人の青年だった。
 緑の掛かった金髪を全て後ろに流し、青混じりの緑瞳が嵌った目は鷹のように鋭い。
 右手にやたら攻撃的な意匠が刻まれた巨大なトランクを携えている、これで壁を抜いたのだろうか。
 一度鼻を鳴らし、青年はトランクを地面に置く。
 瞬間、ヒルダの背筋をおぞましい悪寒が一気に駆け下りた。
 その警鐘に従いラクスの手を引いて横へ飛ぶ。
 直後。
 ――ギュゴガッ ダララララララララララララ!!
 劈く轟音が、二人の耳を蹂躙した。
 新たに煙を巻き起こした、それは無数の銃撃。
 トランクが上下にばっくりと割れ、その内側から円状に幾つもも束ねられた長い砲身を晒している。
 ガトリング・ガンだった。
 トランク自身の幅と釣り合わぬ長さの砲身を無理矢理に押し込み、ぎたりと禍々しく微笑。
「よっ……と。上手く避けたな、お陰でミンチを持って帰らずに済んだぜ」
「き、貴様、ラクス様を殺す気か!?」
「さてね? 俺らはそこのピンク、要するにテメェを持って来いっつわれただけだしよ」
「…………生殺問わずという事ですか」
「そういう事だ」
「ならば尚更ついて行くわけには参りません。この施設への侵攻、決して許されざるものだとお思いなさい!」
 眼に力を込め、ラクスは青年の青み掛かった緑瞳を見据える。
 しかし、その絶対的抵抗意思も青年には一抹の感慨さえ与える事なく。
「はん。ならそれはそれで良いやな」
 肩に担いでいたトランクを大きく振り薙ぎ、青年が笑みを濃くした。
 それは言うなれば、目の前に獲物を放された凶獣が歯を剥き出すのと同じ様。
 振り回したトランクが再び肩の上に乗った時、ラクスは眼を疑う。
 今度の兵装は、どう見てもトランク自体の容積を遥かにオーバーする大きさのバズーカ!
 砲身を二人に差し向け、青年は凶暴な笑みのまま一言。
「章印だけは残してやるよ」
 言い終えるか否かで引かれるトリガー。
 瞬間、眼蓋を閃光が射抜く。
 続いて今までで最も強烈な衝撃が全身を巡り、彼女の意識をあっさりと刈り取った。
 虚ろい始めた目が最後の最後に見たモノ。
 それは、無数絡みつく蔦と咲き誇り舞い踊る真紅の花弁――――

 
 

 橙色の髪の男は、自らをこう名乗った。
「錬金戦団プラント分党本部特務隊所属、ハイネ・ヴェステンフルス。分かりやすく言や、プラントから派遣された戦士長って事さ」
 なんとも軽妙な青年の言葉に、シンとルナマリアはただ呆けた顔をする。
 この仰々しい肩書きが彼らをそうさせているのだが、これも無理の無い話だ。
 錬金戦団には“本部”と明確に呼称出来る場所は存在しない。
 本部をプラントに置けば地球側から、地球の一国に置けばプラントだけでなく他国からも難癖を付けられるのだ。
 そういう所の兼ね合いを取り、一応情報管理だけは月に建てられた施設が行って、細かい点は各支部の繋がりで何とかしているのが現状である。
 当然、その命令系統に統一された規格は一切無しだ。
 ちなみに今ハイネが分党本部と言ったが、これは各地の支部を地域ごとに区切り統括する一際大きな支部の事だ。
  宇宙:『プラント・アプリリウス市』『マーズコロニー郡』『ジェネシスα』『アメノミハシラ』
  地球:『大西洋連邦』『ユーラシア連邦』『東アジア共和国』『大洋州連』『スカンジナビア王国』『ギガフロート』『オーブ連合首長国』
 これらの総計11箇所に分党本部は設立されているのである。
 ――――閑話休題。
「さて、俺から諸君らに幾つか報告しなきゃいけないことがあるわけだが……グッドな報告とバッドな報告、どっちを最初に聞きたい?」
「へ?」
 唐突に話を振られ、涙の跡も乾ききらないシンはかなり狼狽する。
「え、えと、じゃあ良い話で…………」
「OK、サクサク行くぜ。戦士・ステラ、お前さんは今後しばらくジンム学園に通ってもらう!」
「うぇっ!?」
「寄宿舎で生活は…………もうしてるんだったな。既に部屋は手配してあるからそっちに移る事」
 答えた瞬間矛先変更。
 いきなり指を向けられステラは僅かばかり動揺するも、直後言われた事を理解し喜びで顔を綻ばせた。
 が、それもすぐに曇る。
 戦士は一つの任務が終わればすぐざま次の任務のある所に赴かねばならない。だのに、わざわざそれを留まらせるという事は。
「分かった様だな。ただでさえ人手不足だ、戦団は戦士の無意味な采配なんかしない」
「次の任務、ここでまた何かが?」
「ご明察」
 笑みを消し、うむと頷くハイネ。
「そう、それがバッドな報告だ。で、加えて俺の任務でもある」
「ホムンクルスが、まだこの国に居るって言うのか!?」
「その通り」
「…………そん、な」
 断言に、シンの喉から擦れた絶望が漏れる。
 まだ終わりではなかったのか。
 まだあのバケモノどもはこの国を脅かそうというのか。
 ギリ、噛み締めた歯の軋る音。
 俯く少年に、青年が静謐な声で問いかけた。
「戦い続ける気はあるか?」
「え、」
「どちらにしろ俺も戦士・ステラも戦わにゃならん。だが如何せん同僚の数が少ない…………そこで!」
 言い終えるか否かの刹那で、びっと鼻先一寸に突き付けられる指。
 跳ね上がったシンの顔がハイネの目を捉える。
 紅蓮と翡翠。
 絡み合った視線の先、戦士長たる美丈夫が真剣な相好をぼろりと崩して笑う。
 その表情は、まるで悪戯を思いついた悪餓鬼のよう。
 なのに、か。
 だから、か。
 次に己へ向け放たれた言葉を、シンは一瞬理解できなかった。

 

「シン・アスカ! 俺の特務隊権限において、お前を錬金戦団にスカウトする!!」

 

 運命の加速は、止まらない。

 

                           第16話 了

 


 

後書き
 年3回発症するスランプに当たっちまいましたよと妄言吐きつつ第16話投稿。
 橙色の人の正体がさっくり割れてるのとミーアの人気っぷりに戦々恐々してます。あと戦団に関しての薀蓄はほぼ全て 捏 造 ですのでよろしく。
 できるだけ短期間に続きが上げられるよう努力致しますれば、どうぞ今後もヨロシク頂けると幸いです。ギギー。