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武装運命_第18話

Last-modified: 2015-08-16 (日) 17:39:11

「全く、忌々しい!!」

 

 強か鉄机を叩き、その男は苛々した様子を隠そうともせず吠えていた。
 禿頭に浮き出た青筋が怒りの濃密さを窺わせる。
 ぎりぎり歯軋りしながら見据えるその先は、卓上のCPUに映し出された各種データ。

 

「奴に指揮をさせたのが失敗だったのだ!好き勝手に暴れおって、段取りが滅茶苦茶だ!」
「はっ、そいつぁ悪かったな」

 

 と、そこに声が舞い込んだ。
 若さ故の傲慢さと酷薄さを帯びた振る舞いで男の前に歩み寄り、だむと机上へ足を乗せる。
 鷹を思わせる鋭角の緑瞳が嵌った眼窩。
 ぎろり、音が出るかと思うほど男を睨めるのは、先日ラクス達が居た施設を襲撃したホムンクルスの一人。
 ラクスに傷を負わせヒルダを破壊した、緑金髪の青年だった。

 

「サブナック…………!」
「よぅオッサン、こないだはありがとよ? あのクソ狭ぇ牢ぶっ壊してくれた上にメシまでくれるたぁ、感謝してもしきれねぇぜ」
「ふん、よくもまぁ心にも無い事を言えるものだな」
「円滑な人間関係にゃ言葉が必要らしいぜ」
「抜かしてくれる!」

 

 揶揄の気配を込めたサブナックなる青年の台詞に、男は青筋立てて立ち上がった。
 その怒りの根は、青年の横柄な態度だけでなく先日やらかしてくれた事にもあるのだろう。

 

「私の古き配下6人を戦団の人間どもと一緒くたにスクラップにした事も、ラクス・クラインを逃がした事も、その騒ぎの中であの替え玉に逃げられた事も、言葉を弄せば許されると思っているのか!?」
「あ? 雑魚なんざ何匹居たって雑魚だろ」
「命令に従わない者なぞ要らんわ、幾ら一騎当千の力を持っていようとな!」

 

 怒り心頭、言葉通りの姿で男は青年の鼻先にビッと指を突きつける。
 恰幅の良い腹を包む窮屈そうな白い服は、地球連合が一柱・ユーラシア連邦の士官用軍服そのもの。
 ふしゅ、一文字に結んだ口の端から息が漏れた。
 崩れ落ちるように再び椅子へ腰を下ろし、男は煙草を懐から取り出す

 

「お、良いタバコじゃんか。1本くれよ」
「馬鹿を言うな。命令も聞けぬ糞餓鬼にくれていい安物ではない」

 

 それなりに値が張るであろうオイルライターで火をつけ、紫煙を取り込む男。
 ホムンクルスの体には、この程度の刺激では最早毒にも薬にもならない。

 

「何にせよ、これ以降の独断は許さんぞ。事を起こすにも時期尚早だ」
「へーへー悪ぅございました」
「全く…………ん?」

 

 背もたれに深々寄り掛かったところで、彼はあることに気付いた。

 

「時にサブナック。いつも貴様とつるんでいるブエルとアンドラスはどうした?」
「あ? クロトもシャニもアレだ、街行ったぜ」

 

 ぴた、男の挙動が止まる。
 それに気付いているのか居ないのか、青年はけらけら楽しそうに笑いながらその事を報告した。
 最悪の、報告を。

 

「……………………は?」
「薔薇女逃がしたって事、アイツらもそれなりに気にしてたっぽいし。アレ持って探しに行ってら」
「――――」
「じゃ、俺ぁ部屋戻るわ。まだ読み終わってない本もある事だしな」

 

 お先、そう言い残し青年は男の前を辞する。十中十この後に男がどうするか読んだ上での行動だった。

 

 アレ。

 

 それが意味するところを知っていれば、男の反応にも得心が行こうものである。
 後ろへ向き直る直前、男が咥えていた煙草をほろりと落としたのを見たが、別にどうでも良いので無視する。
 して、案の定。

 

「言ぃぃぃぃぃってる傍からぁあンの糞餓鬼どもがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 怒声が『堕月之女神』本拠地を揺るがす。
 男、ジェラード・ガルシアは、今日もイライラが絶えなかった。

 

 シンがミーアからの電話を受けた、丁度同刻の事である。

 
 

翌日、放課後、ジンム学園・近市街区域駅。

 

 学園内に3つある駅のうち最も市街区域に近い駅の前で、シンとハイネはとある者を待っていた。

 

「しっかしこの駅、色気もへったくれも無い名前だな」
「この路線の駅は皆そんなようなモンですよ。プラントは違うんですか?」
「あー、まぁ似たり寄ったりではあるが」

 

 適当に話しながら、待つ事既に30分。
 向こうが時間を指定した癖に遅れるとは何事だ、血色の良い唇を軽く噛みながらハイネはぽりぽり頭を掻く。
 ダークブラウンの革ジャケットが陽に艶めいた。
 学校帰りで赤い制服を着たままのシンは、どこか落ち着かなげに視線を彷徨わせている。どんな顔をして会えば良いのか考えあぐねているのだろう。
 駅構内に電車が入り、さっきまでがなっていた踏切も鳴り止んだ。
 もういい加減に来るだろう、2人は振り向いて改札の方へ視線を向ける。
 どやどや押し寄せる人の波。
 通り道の邪魔にならぬポジションでしばし無言のまま待った彼らは、迫ってくる人の騒がしさがややベクトルを変化させたのを感じ取った。
 何事かと思った瞬間、ソレは姿を現す。
 腰まで届く銀灰の髪。
 西洋人形もかくやと言わんばかりの整いすぎた顔立ち。
 余所行きと称するにもまだ足りない黒のドレス。
 ふわりと膨らんだ裾から覗く白いフリル。
 太腿を覆い隠す長々としたブーツも黒。
 ざっくり開かれた豊かな胸元を隠すフリルには闇色の薔薇が一輪。
 胸元と同じ薔薇をあしらったカチューシャ。
 そして、顔には漆黒の羽根を束ね作られた覆面が。
 美しいことは美しいがナニカを致命的に間違えている、そんな格好であった。

 

「…………なんだい、ありゃ?」
「お、俺に聞かれても」
「それもそうか」

 

 呆然としたシンの言葉に、問うたハイネはあっさり頷く。
 たっぷりと膨らんだスカートを揺らしながら、間違った娘さんは視線を数度右往左往させ、しかしすぐにそれを固定した。
 2人の方へ。

 

「な、なんかめっちゃ見られてません?」
「そりゃそうだろーよ。向こうの目的は俺らだ」
「…………もしかして、アイツ、まさか!?」

 

 シンが悲鳴交じりの声を上げたのと、少女がニタリと頬を歪めたのは果たして全く同時であり。

 

「お兄様ぁ! あぁん、やぁっと見つけましたわぁ♪」

 

 思う存分周囲に撒き散らされてしまった、甘ったるい大声。
 辺り一面の人々の視線が、避ける事叶わぬ無数の刃となってシンにぶっすぶす突き刺さる。
 いい趣味した少年だなぁ。
 そう言われているかのような錯覚に、シンは崩れ落ちて目に袖を押し当てた。
 流れるのは涙じゃなく心の汗だと思い込む。必死に。

 

「お前、えっげつねーのな」
「意趣返しよ」
「心の回復呪文インリンオブジョイトイインリンオブジョイトイ」

 

 改札を抜けて2人の前に立ち、渋面のハイネに言われた少女は何やらブチブチ呟いているシンを哂う。
 最早言わずもがなとは思うが、改めて。
 ミーア・キャンベル、満を持しての登場であった。

 
 

「まぁったく、ヲンナノコに奢るご飯がハンバーガー? 安っちいったらないわ」
「うるさいやチクショウめ、気に入らないなら食うな!」
「あっは。冗談よじょ・お・だ・ん。正直不味くなけりゃなんでも良いわ」

 

 その台詞に、シンはえらく気分を害した様子でアイスコーヒーを啜り上げた。
 上背より高いフェンスに寄り掛かり、もっしゃもっしゃ肉4枚重ねのハンバーガーを貪る見目麗しい娘を睨む。
 彼の今月の小遣いを盛大に食い潰した、恐るべき存在だ。
 や、もっと驚異的な点はそれこそ腐るほどあるのだが、この場においては財布がだいぶぺったんこになった事実こそシンの精神を苛んでいるわけで。
 ジャンクフードが臓腑に沁みるぅ、嬉しそうな声を上げるミーア。
 そんな横顔を見詰めつつ、ステラは指に付いたナゲットのソースをぺろりと舐め上げる。
 留守番兼ルナマリアを初めとした生徒達の守護をしていた彼女である、ミーアの雰囲気が以前とやや異なっている事に気付くも理由がわからない。
 して、それは当然少し離れたところで剥れながらポテトをもそもそと食べているルナマリアも同じ。

 

「ルナ、ふきげん?」
「そりゃあねー、こないだからハブにされまくってる気がしてねー」

 

 その拗ねた物言いに、ステラは苦笑いを浮かべた。
 実際、ルナマリアの今現在の立ち居地はかなり難しいところにある。
 四六時中戦士が護衛を出来るわけでないのは以前と変わらず、更に此度は敵の戦力が完全に見切れていないという大きな不安がある。
 現状を伝えるかについて戦団から一存されたハイネは、彼女が望めば応えてやるスタンスを取る事にした。
 それは要するに、直接訊ねられない限りは何をも語ってはならないという事。
 もどかしげな赤髪の少女に気取られぬよう済まなげな一瞥をくれ、しかしすぐに視線を目の前の薔薇娘へ戻すハイネ。
 冷厳な戦士の目であった。

 

「不味くなけりゃ良い、か。随分殊勝な心がけだな?」
「そんな大層なモンじゃないわよ。ま、こんくらいの肉ですらあの頃のアタシには御馳走だったし」
「は、そーかい」

 

 やや揶揄するように放った言葉は、存外あっさり迎撃され咀嚼音とともに消える。
 ふん、鼻を鳴らす音。
 あの頃とやらが何を示すか、ハイネは特に興味なかった。
 ただ話のとっつきとしてはまぁまぁ上出来か、冷たく分析し続ける。
 戦士長として、今、聞くべきことがあった。

 

「ま、それはどーでも良いんだ。いい加減話してもらうぜ、お前さんが知ってる事をよ」

 

 細めた目で、じっとミーアを見るハイネ。
 それに同じような目を返しながら、口元だけは不適に微笑ませ娘も応じた。

 

「そーね。余裕有るフリしてたところで、結局時間が有限なのには変わりないわ」
「分かってんなら教えてくれ。ラクス・クラインの居場所、『堕月之女神』のメンバーの内訳、お前さんの狙い、その他諸々をよ」
「…………この場で答えられるのは、2つめと3つめかしら。てか、そもそもアタシに目的なんかないし」
「あ?」

 

 思わず間抜けた声。

 

「アタシが生きてた目的は、クラインへの復讐だった。それだって最初からそうする気はなかったと思うわ」
「復讐?」
「後押しされたのよ、誰かに。むしろ崖から蹴り落とされたって言った方が正しいかもだけどね」

 

 ミルクティーで口を湿し、ミーアは少し遠い目をする。
 以前にも語った、彼女の背を蹴り出した者。
 どうしてもその姿が思い出せない、呟くミーアの眉間にはきゅっと皺が寄っていた。
 まぁ尤も、それは仮面の下に隠れているため皆から窺えはしないのだが。

 

「自分の人生に思いっきり横槍入れた相手だろ、覚えてないって事があるのかよ?」
「うっさいわよ童貞」
「どッ!? おま、言うに事欠いてソレは」
「あの頃の事は忘れちゃいたい、思い出したくもない事ばかり。そこから何か引き摺り出そうとしても拒絶ばっかり起こるわ」
「………………悪かったよ」

 

 短慮な質問をしたと気に病んだか、シンは貝のように口を噤んでしまった。決して童貞の現に傷ついた訳ではない。決して。

 

「1つめは何でダメなの?」

 

 と、そこでルナマリアが不意に訊ねる。
 質問を予想していたか、ミーアからの答えはすぐに返ってきた。

 

「錬金の戦士ってヤツを信じきれないのよ。今回だってこーなってるし、完全に寄り掛かれやしないわ」
「うぇ? じゃなんで、向こうのこと教えてくれるの?」
「あ、そっちは単純。アイツ等が気に食わないから」

 

 言い、ミーアは黒い羽の仮面をひょいと取り外して見せた。
 現れたのは、染み一つない白磁の肌。
 誂えられたドレスに充分以上の映えを見せる、整い過ぎた顔。
 有機的な曲線を持ちながら人形然とした面。
 それは、彼らが知る以前のものとは骨格からして別のように変わってしまっていた。
 しかもその顔を彼らは知っている。捜している真っ最中の人だ。

 

「ら、ラクス・クライン…………!?」
「連中に掻っ攫われたときヤられたのよ。ホムンクルスの顔作り変えるとか、無駄に技術使ってんじゃないわよねぇ」

 

 言い、ミーアは典雅な佇まいの表情をギッと悪辣な形に歪める。
 ラクス・クラインが絶対に見せぬその表情は、ある意味で凄絶な力の片鱗を感じさせた。
 まぁ尤も、それを彼女自身が求めたりはしないだろうが。

 

「ほっほー…………パッと見じゃ違和感ないな。施術したヤツぁ大した腕だ」
「あんまりヒトの顔覗っ込まないでくんない?」
「おー悪い悪い。で、2つめは?」

 

 口だけで謝ったフリをし、ハイネはわざと不躾な声を上げる。
 先も言ったが、彼はミーアの身の上話に興味はない。
 必要な情報を一刻も早く手に入れたいという思いがある以上、余り話が右往左往するのは好ましからざる事なのだ。
 ジンジャーエールをぐいと呷り、再び仮面を着けた少女の双眸を見遣った。

 

 濁り在るアクアブルー。
 それに機嫌を損ねるでもなく、ミーアも再び不遜な笑みを浮かべる。

 

「2つめ、向こうの内訳ね。って言ってもアタシだって前葉(全容)は知らないわよ?」
「1匹でも分かりゃ御の字だ」

 

 その言に考える事数秒、ミーアは指を5本立てた。

 

「分かるのはそんだけ、と」
「下っ端も含めたら3桁弱ぐらいの数が居たと思うけど、アンタ等みたいなのと張り合えそうなヤツはコレだけの筈よ」
「ジェラード・ガルシアは込みでか?」
「勿論抜きで」

 

 ホムンクルスの癖に中年体系な男の姿を思い出し、2人して遠くに嘲笑。
 件の物を知らぬシンとステラとルナマリアはただ呆然とするのみ。
 一頻り哂った後、やっとミーアの口から情報が出た。
 2体は、彼女を閉じ込めていた施設への襲撃者。
 中世的な白髪のコーディネーター上がり。
 かなり調子のりで軽薄そうなナチュラル上がり
 そして3体は彼女と同じ施設に禁固されていた個体。解放後ラクスが居た施設への襲撃者となった連中で、こちらは核鉄を持っているらしい。
 暴火を秘めた超重火器へ変形するトランクを持った、ラクス達と既に出会っている緑金髪の青年。
 能力は分からぬものの巨大な鎌を使う、常にヘッドフォンを耳に当てたままの陰気な青年。
 示威的に過ぎる棘付きの鉄球を鎖で繋いだフレイルを手に、ゲームと同じ感覚で人を壊す青年。
 後述の3体は皆ナチュラル上がりのホムンクルスであるが、どうやら薬物による強化を嘗て施されていたらしく、単機の能力は一般のコーディネーター上がりよりも余程強い。
 尤も、その強化のせいで精神面に大きな問題が出ているという話もあるけれど。

 

「噂には聞いたことがあるな、ブーステッドマンだったか? 連合の軍部が重犯罪者に薬ブチ込んで兵士に仕立て上げようとか計画してたアレ。連中はソレの末路かもしれないってか」
「そんな事言ったって、どうせアンタ等の仕事は変わんないでしょうに」
「違いない」

 

 くくっと喉奥を鳴らし、ハイネは笑った。
 投薬やら実験やら、そういった過程には哀れみを感じないでもないが、彼奴等は自らの意思で手を紅く穢した。
 それは、シンが嘗て川縁にて凶鳥と対峙した時に覚えたものと同じ感情。
 言うなれば信賞必罰。その過程がどうあれ、行われた事には責任が付随する…………この考えは、シンもハイネもほぼ同じであるらしい。

 

「…………で。言わせるだけ言わせたんだから、今度はアタシの用も果たさせてもらうわよ?」

 

 不意に、ミーアがそんな事を言い出す。
 怪訝な顔をする一同の前で、やや芝居掛かった風に諸手を広げるミーア。

 

「まさか? まさか、アタシが何のギブ&テイクも考えずにここまで喋ったと思ってはないでしょ?」
「この場でブッ散らされないだけでも充分だとは考えねーのか」
「馬っ鹿言わないでよ」

 

 ハイネの質問はあっさり棄却。

 

「ま、別に誰か喰わせろとかそーゆー不躾な話じゃないから」
「…………ホントかよ」
「勿論。てゆーかね、他人事みたいな顔してるけど、アタシの用はアンタにあるんだから」
「へ? 俺?」

 

 小声で茶々入れしたのを聞き咎められた挙句に指まで突き付けられ、シンはえらく狼狽した。

 

 用、全く持って見当が付かない。
 眉根を寄せて考え込もうとしたシンに、ミーアが問いかける。
 とても、真剣な声で。

 

「アタシに生きろって、アンタ、そう言ったわよね」
「あ、あぁ…………言ったな。言ったよ」

 

 頷き、シンもまた一本ネジの抜けていたような顔を引き締めた。
 生きろ。
 生きて、苦しんで、悔いろ。
 確かに自分はそう言った覚えがある。

 

「だからね、考えたわ。生きる事も、後悔も、何をして償いにするかも」

 

 仮面の奥で目を伏せ、静かに語るミーア。
 そこに、先までの人を食ったような雰囲気は欠片もない。

 

「苦しい。すっごい、苦しい。どうすれば良いか、誰も教えてくれないもの。考えたって探したって、思いつきも見つかりもしない」
「…………でも、考えてくれてるんだな」
「アンタがそう言ったんでしょ」

 

 呆れ混じりの苦笑。
 それが、“だけど”の一言で突如鋭角に切り替わった。

 

「で? そう言った当のアンタは、今、何してるの?」

 

 静謐にシンを見据えるミーア。
 紡がれる一言一句に篭められたものは、須らく、糾弾の意思。
 シンの袂が射竦められたかのように冷える。

 

「他人様に偉ぶって生きろとか抜かした癖に、今のアンタは生きてない」
「生きてない、だって?」
「そーよ。何も示さないままダラダラ生きてるなんか、死んでないだけで生きてもないわ」

 

 それは恐らく、彼女が彼女なりに考えて見出した数少ない真理。
 ぎゅうっと、ミーアの唇が引き攣った。
 嘲笑でも呵々でもない、確実に、笑みではなかった。
 怒りか。
 失望か。
 はたまた……期待か。

 

「おいミーア・キャンベル、余り焚き付けてくれるな! 俺達には俺達のやり方があるっ」
「煩い。用事が済んでないんだから黙ってなさい」

 

 声を荒げたハイネに近い方の手の甲から極太の棘を生やし、ミーアは威嚇じみた声を出す。
 用事。
 そう、彼女の用事とはこれであった。
 ――――他でもない、シン・アスカの志を、己に示させる事。

 

「聞かせなさい、アンタの意志を。アタシに。そこの戦士に。あらゆるモノに。
 それが、アンタが今するべき事、義務よ」

 
 

 傲然と告げるミーアを、シンはただ見返していた。
 そこまで言う権利がお前にあるのかと思わなくもなかったが、何となくそれ以上の腑に落ちる感覚を覚える。
 彼女は今『堕月之女神』から追われている身。
 更に成り行きとはいえ戦団の施設から脱走した扱いにもなっている、ハイネにこの場で捕えられてもおかしくないのだ。
 だというのに、それを押してまでここへ来た。
 なれば、応える必要がある。
 応えなければ、あの日の言葉が嘘になる!
 揺らぎに揺らいでいた眼が、この瞬間、据わった。

 

「…………あぁ、そうだった」
「決めた?」
「いや、決まるのはとっくに決まってたよ。でも言わなきゃ、誰かに伝わらなきゃ意味はないんだよな」

 

 一度目を閉ざし、シンはハイネの正面に立つ。
 渋い顔のハイネであったが、溜息一つ付いて彼もシンに向き直った。

 

「………………良いんだな」
「勿論」
「死ぬほど痛い目に合うかもしれないぞ?」
「良い」
「物凄ぇ苦しい目にも合うだろうな?」
「構わない」
「力及ばず守りきれない事だってある」
「それでも、何もしないよりは、何も出来ないよりは良い」
「…………任務は容赦なく故郷とお前を引き剥がす。力があったって、その場に居られなきゃしょうがない。
 大事な連中の死に目にも会えない、戦士になるってなぁそういうモンだ」
「だからって、怯えたままじゃいられないんだ!」

 

 シンの拳がぎゅっと固められる。
 そのまま首を横に捻り、ルナマリア、ステラ、校庭、ミーアと順繰りに巡らせてハイネへ戻った視線。
 鮮血色の瞳は、決意に固まっていた。

 

「俺が手を出さなくったって結局はハイネやステラみたいな戦士が何とかするだろうし、むしろ俺が関わったせいで傷つく人が出るかも知れないさ。
 だけど、そんな根暗な想定は沢山だ! そんな他力本願は御免だ!!
 せめて手が届く範囲の人だけでも守りたいから。誰かに任せたまま、誰かを喪いたくないから」

 

 一気に言い切り、一度切る。
 すぅと肺に空気を取り込み、シンは、遂に――――

 

 「戦士長、ハイネ・ヴェステンフルス。俺を、錬金の戦士にしてくれ」

 

 ぞくり。
 ハイネの背を、何かが滑り落ちた。
 シン・アスカが持つ眼は、決して善性のみから構成されてはいない。父母と妹をホムンクルスに奪われた事が起因の復讐心も見受けられる。
 それでも、その輝きは眩しかった。
 紅蓮に燃え盛る大火を思わせる眼に、ハイネは昨日の己を思い出す。
 あの先延ばしは、果たして本当に少年を慮ってのものか。
 何だかんだと理由を付けつつ、こんな状況下で同胞を増やす事に腰が引けたのではないのか。
 また“ああ”なってしまったら、それを怖れただけだろう。
 思い至り、思考を止める。
 戦士長として、ハイネ個人として、出すべき答えは一つしかないのだから。

 

「………………わかったよ、シン・アスカ。今日、今この時より、お前は錬金戦団が一柱だ!
 つっても、まだ見習いだぜ。これからビシバシ鍛えてやる、覚悟しとけよっ!」

 

 初めて会った日以上に喜ばしげな笑顔で、ハイネは掌をずいと差し出す。
 一瞬それに惑うも、意味するところを悟りシンも手を出した。
 がっちり握手を交わす青年と少年。
 その光景を、ミーアは満足げな微笑で迎える。

 

「良いか? これで、さ」
「ええ。充分だわ」

 

 珍しい、いや初めてだろうミーアの毒気無い表情を見たシンは、少し気恥ずかしげに眼を逸らし頬を掻いた。
 ステラも喜ばしげな雰囲気。
 それだけに、どこか不安さを隠せぬ顔のルナマリアだけが一人浮いており。
 戦士長のみが、気付いていた。
 少女の哀切に。
 そしてもう一つの、無粋なモノに。

 

「出て来い」

 

 だから、一言放った。
 音が途絶えること二拍分、その者は貯水槽の陰からのっそりと姿を現す。
 先までの笑顔を消し、ミーアが憎々しげに舌打ちした。
 赤茶の髪を伸ばし放題にし、袖とヘソから下の胴回りを切り取った連合軍服を纏い、ニヤニヤと癇に障る笑みを浮かべる青年。
 その口から、高めに摩れた言葉がふつりと漏れる。

 

「 見 つ け た よ ?」

 

 奇しくも、ラクス・クラインが襲撃者と出くわした折に言われたものと意味合いの上で全く合致した台詞。
 ストンと天蓋から屋上に降り立ち、青年は痩身を震わせる。
 この場に居る全ての存在にとって、それは決してよろしいモノと言い難い感情だったろう。

 

「へへ、一番乗りはボクかぁ。ひのふのみー…………と、そこの灰色はもうお仲間だったっけ? じゃあ喰えないね」

 

 いきなり人数勘定を始める青年に、シンは少し面食らった。
 が、その目線を辿った先に居るのは皆女子ばかり。

 

「…………お前」
「ん? あぁ、そういや戦士やってるヤツもいるんだっけ。面倒だなぁ」

 

 言葉の一つ一つに紛れ込む、ヒトを見下した気配。
 シンは、それに酷くデジャビュを覚える。
 数日前そんな相手と直面した気がした、つまりは。
 無意識に拳を握ったシンの前に、すっとハイネが割り込んだ。
 途轍もなく無表情に近い、警戒。
 よく見れば、男の左胸には薄く光が滲んでいる。
 8の字を上下尖らせ、中央の交差点を円に置き換えた、得体の知れぬおぞましさを秘める証。
 ホムンクルスの、章印。

 

「お前、ホムンクルス!!」
「尾行されてた? まずったわ、一体何処から」
「良いから退いてれ! ぶそ――」

 

 吼えかけたシンの耳朶を、ソレが横から掻っ攫った。
 有り得ない筈の、咆哮が。

 

「 武 装 錬 金 ! ! 」

 

 鋼に火が点り、一気に姿を変じる。
 深紅と鉄黒とのツートンカラーで構成された、それは、見るからに示威的な無数の棘を生やした切頂二十面体。
 ――ぎゃら。
 人頭と同じ大きさの鉄球を青年が掴んだ瞬間、六角のみで構成された鎖が摩れて音を立てた。
 たった今ミーアが語ったうちの一つと見事に符合する、凶悪な有様。
 鉄球の武装錬金――<<Raiders-Hammer:襲撃者の戦鎚>>
 ニヤニヤ哂いが、獰猛な笑みに取って代わる。

 

「…………人型のホムンクルスには、動物型のそれと決定的に違う点がある」

 

 つと、ハイネが口を開いた。

 

「捕食の方法、人間体のままでも有する高出力、社会への融和性…………そんなもの、俺ら戦士にしちゃ大した問題じゃないんだ」
「ハイネ?」
「動物型が武器として用いれるのは、原則として爪や牙なんかを初めとした“自分自身”の延長。幾ら人間の知識を得ようと、ヤツらの本能に道具を使う機構は原則として存在しない」

 

 だが、人間型は違う。
 そう言い切り、ハイネはもう一歩前へ出た。
 空になったジンジャーエールのカップの中、残された氷の山が一歩の衝撃でざらりと崩れる。

 

「人間型は、いや人間型のみが、闘争本能の元に様々な道具を使いこなして戦う事が出来る」

 

 いまいち理解の及んでいないルナマリアが、こてんと首を横に倒した。
 愕然とするのはシンとステラ、ミーアに関しては青年を睨んだ姿勢が変わらぬ故に推し量れない。
 要するに、だ。
  人間型ホムンクルスは 核鉄さえその手にあれば 武装錬金を行使できる
 シンの顔から血の気が引いた。

 

「へへへ、弱ッちいヤツが相手じゃつまんないからね」

 

 青年が掌で玩んでいた鉄球をしっかと握る。
 一触即発の空気、滞ったそれを打ち抜いたのは、やはり、そうした張本人の青年だった。

 

「そこの革ジャン、お前に決めたァ!!」

 

 オーバーに振り被ったフォームで青年が鉄球を投げ放ったのと、シンが踏み出しながら武装錬金を解放したのとは全く同時で。
 ――がぎん!
 牽制程度の一投は、掬い上げる剛刃に軽々と跳ね飛ばされる。

 

「そうはさせるか! 行くぞ、アップライト・インパルス!」

 

 灼熱真紅の大剣を両手でぐっと構え、シンは初めて戦場で己が剣の名を呼んだ。
 ごしゅ、主人の気迫に応えるが如く白煙交じりの蒸気と衝撃を刀身から吐き出す剛刃インパルス。
 しかし、相対する青年の顔は何時の間にか不機嫌そのもの。
 手元に戻ってきた鉄球を鎖を持ってくるくると回しながら、溜息なぞ吐いている。

 

「弱ッちいヤツとやってもつまんないって言っただろぉ? 退いてろよ、瞬殺ッ!!」

 

 その回転が最高潮に達した瞬間、青年はぶすっくれた顔を嗜虐で歪めた。
 十分に遠心力が乗った鉄球は、先と比べ物にもならぬほど勢い付いている。直撃すればその部分だけでなく、そこから波及した衝撃に全身を砕き尽くされかねぬ。
 しかしその軌道は一直線。投擲という術によって放たれたがため、どうしても辿るラインは単純になるのだ。
 幾ら速くとも、見えていれば往なし様はある。
 先のように思い切り跳ね飛ばしてから本体を叩っ斬れば、そう判断してシンは紅蓮の剛剣を振り被り。
 ――ごめしゃ。
 鈍い音が、響いた。

 

 何が起こったのかを理解するより早く、シンの体が僅かだけ浮き上がってすぐコンクリートに折れる。
 ぎゃらぎゃらと大仰に鳴る鎖。
 鉄球は今確かにこちらへ一直線に迫っていた筈、しかしこの腹を苛む強烈な痛みは。
 見れば、右側の脇腹に黒鉄色が減り込んでいる。
 滲む鮮血。
 蹲って呻き声を上げるシンに、青年は鉄球を引き戻し容赦なく上からもう一撃を叩き込もうとした。
 遠心力に重力までもを乗せた一撃、今度食らえば確実に命が散ろう。
 しかし、腹腔を衝撃で思い切り撃ち抜かれたシンは、満足に対処できるような構えを取る事はおろか立ち上がりさえ出来ない。
 頭蓋を叩き潰さんと迫る鉄球。
 が、それより早く床面を踏み抜く音が走った。
 ざむと土埃を舞い上げシンの体を拾い上げながら横に逃げたのは、ステラ。

 

「シン! 大丈夫!?」
「ぅげ、おぇぇっ…………!」

 

 腹部を抉られたダメージで、シンの口から血混じりの苦悶が零れる。
 更に重ねて飛び退り、ステラは自分の核鉄を傷口に乗せた。
 慌ててその傍に走り寄るルナマリア。
 その場から一歩も動かずシンを下した青年に、ハイネはしかし一切動揺等の様子を見せず核鉄をポケットから抜く。
 眼だけ絶対零度の冷たさを持った、艶やかな微笑。

 

「さて。戦士見習い・シン、高くついたが良い授業にはなったろ?」
「ぅがふっ、じ、じゅぎょぅえっ!?」
「あーいうクラスのホムンクルスにゃ、策無しの先手必勝なんて楽観視は通用しない。盲滅法突っ込んだところでカウンター代わりに喰われて終わりだ」

 

 さり気に呼ばれ方が変わっているのに気付ける程今のシンは平常でなかったが、それでも言わんとしている事の概要くらいは解る。
 考え無しの行動は止めろ、という事だ。
 して。

 

「…………ま、努力は認めるよ」

 

 軽く振り向き、ハイネはシンへ本物の微笑を投げた。

 

「休んでな。昨日の詫びも合わせて、一丁戦士の本懐ってヤツを見せてやるからよ」
「なァにゴチャゴチャ言ってんの? 次はお前だ、滅殺!!」

 

 その様子に気分を害したか、青年が再度鉄球を思い切り投擲する。
 迫りくる鉄塊。
 それを、ハイネはただ黙って見据え。
 ――がぃんっ!!
 ルナマリアは、音だけを聞いた。シンは、橙色の残光を見た。ステラは、ハイネが何か握っているのを認めた。
 跳ね上がった鉄球が、間髪居れず何かで床面に押し付けられ固定される。
 それは、核鉄をそのまま掌で保持できるサイズに縮小し上下を引き伸ばして創ったような、のっぺりとした細身の六角柱。
 突然現れたそのロッドを用い右手一本で鉄球を押さえたまま、ハイネは左手で首を掻っ切るジェスチャーを魅せた。

 

「往くぜ。チェーンウェポンの使い方ぁ…………教えてやんよ!」

 

                           第18話 了

 
 

 

 

後書き
 もう下げる頭も見当たらないほど申し訳ない思いをしつつ、18話投稿。
 今月はリアルの立て込み具合が異常でした、一応当方も人間で御座いますゆえどうかご容赦を頂ければっ! お陰で普通免許取れましてん(ぉ
 嗚呼やっと15話辺りから書きたかったハイネさんのバトル突入。武装錬金も予想付かれると思いますが、それを裏切らぬ出来に仕上げますれば。ギギー。