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武装運命_第19話

Last-modified: 2015-08-16 (日) 17:56:57

「…………革ジャン。お前、もしかしてボクに勝てる気でいる?」

 

 鉄球を無理矢理ハイネの支配下から引き剥がして自分の手に戻し、青年――クロト・ブエルは苛々を隠さぬ表情で頬だけ引き攣らせた。

 

「勿論」
「っハ、無理に決まってんじゃん!
 人間を超えたホムンクルスの力と、現代科学を超えた武装錬金の力! この二つの最強な組み合わせに、武装錬金一つで勝てるかァ!?」

 

 ハイネの間を空けぬ即答に、嘲り笑う調子を込めた声でクロトが八重歯を剥く。
 まぁ、その言葉も決して彼の自信過剰からでたものではない。
 常人を遥かに凌駕する身体能力を有した肉体。
 持ち主の闘争本能に拠り様々な武器となる超常の鋼こと核鉄。
 それが、人間型ホムンクルスの持つ真の力なのだ。
 錬金術における集大成が内の二を併せ持つ、敵とすらば真に恐るべき存在である。
 加えて彼は、人間であった頃に投薬/特殊訓練/心理操作を受けた一種の超人――ブーステッドマンに改造されていた。
 コーディネーターとナチュラルとの差どころではない隔絶が、健常人とホムンクルスには存在するのだ。
 斯様な肉体をホムンクルスへ変成させたとあらば、果たしてどれ程の力が生まれようか。
 それが、錬金の戦士の怨敵。
 無言で一歩前に出ようとするミーアを、しかしハイネが止める。

 

「なに?」
「無理すんな」

 

 虚を突かれた顔一瞬。

 

「…………気付いてた? もしかして」
「一目見てね」
「…………参ったわ。隠してたつもりなんだけど」

 

 肩を竦め、ミーアは進めかけた足を引いた。
 振り向いた瞬間にざらりと揺れる髪。
 その髪が隠していた、ざっくり開き紐で編み上げられた服の下の背中は、肌色にそぐわぬ程無惨な焼け爛れ方をしており。
 ラクス達を連れ出す折に後ろから暴火を浴びたせいだと、先日見た収容所のログでハイネは知っていた。

 

「ま、本職に任せとけ。お前も後で引っ捕えるから」

 

 軽口に苦笑を返し、今度こそ退くミーア。
 勿論大人しく引っ捕まる気は無いが、クロトの相手は丸っきり任せてしまうつもりだ。
 しかし、それでも不安に思う点はある。
 向こうは投薬強化・ホムンクルス化・武装錬金という空恐ろしい三本柱を持っているのだ。
 一体、そんな個体を武装錬金ひとつきりで倒す事が出来るのか?
 醜悪な顎が人々に差向けられるのを、阻む事が出来るのか?

 

  出来る。
  出来るのだ。

 

「勝つさ。そのために俺ら錬金の戦士は存在するんでな」

 

 ひゅ、橙色の腰切棒を構え直しハイネもまた笑う。
 戦士の本懐とは、ホムンクルスの脅威から無辜の人々を守る事。それを見せると言った手前、無様な姿は晒せやしない。
 勝利など、当然!

 

「ならやってみろよ! 圧殺!!」

 

 瞬間、クロトが咆える。
 大振りで降って来た一撃を鉄杖で横に弾いた。
 撥ねた球体が、有り得ない軌道で捻られ下から迫る。
 顎目掛けて迫る鉄塊を半身を引いて回避。
 前髪の数本が巻き込まれ千切れ飛ぶ。
 そのままわざと姿勢を崩し、後ろからの再急襲までをも避ける。
 青年が顔を顰めた。
 崩れた勢いでぐんと全身を地面すれすれまで下げ、屈めた脚で思い切り踏み出す。
 一瞬反応の遅れた鉄球が、一度床面を叩いてから蛇のように追い縋った。
 ハイネが二歩ステップを踏んで跳躍。
 くるりと回転しながら、すぐ傍まで寄っていた鉄球を踏み足と逆の足裏で蹴落とす。
 勢いを失った塊が力なく失墜。
 じんじん痺れが走るのを無表情で隠し、回ったまま青年目掛け鉄杖を薙ぎ込む。
 青年、舌打ち一つ。
 垂直に立てた鎖鉄球の握り柄と鉄杖が噛み合い、甲高い激突音を響かせた。
 その反動を用いて柄を引き、鉄球を後ろから寄せる。
 今度はハイネが舌打ち。
 真横の空間をぞりぞり削ぎながら接近する鋼鎖。
 スナップだけでそちらに杖の石突を向け、ハイネは逆サイドへ身を滑らせた。
 しかし青年自身が追う。
 グリップ内に鎖を巻き取りメイス状とした鉄球を、ハイネの頭目掛け思い切りフルスイング。
 げっ、呻きながら所謂マトリックス避けで無理矢理往なす。
 頭上を通り過ぎる鉄塊に肝を冷やしつつ、杖を支えにしてその姿勢から水面蹴り。
 しかし、脚に来た衝撃はまるで巌を打ったそれ。
 出した脛をより速く戻しながら、バックステップを3度踏む。
 右の弁慶の泣き所が死ぬほど痛かった。
 微妙に距離が開いたのをいい事に、クロトは蹴られた事を意にも介さず哂いながら鉄球を繰り出す。
 が。
 ――ゴィン! ゴキガコギチゲィン!!
 飛来する鉄球を、ハイネは先まで以上に手早く鉄杖で次々叩き落としていた。
 その捌き方は実に無駄が無く効率的。
 避けるべきを見切り。
 落とすべきを叩き。
 受けるべきを凌ぎ。
 最小限の動きで鉄球に対処する様は、確かに歴戦の士たる風格を感じさせる。
 真正面から突っ込んできた球をハスラーもかくやのマッセで床へ撃ち縫い付け、更に鎖の方まで石突で押さえ込み、ハイネはやっと色男然とした笑みを浮かべた。

 

「よぉ。楽しかったかい、球遊びは?」
「てっめぇ…………!」
「切った大見得も台無しだぜ、Kid!」
「足退けやがれよ、クソッ!」
「やだね」

 

 犬歯を剥き出し、力尽くで抜いてみろーなどと言いつつ愚弄全開で哄笑するハイネ。最早どちらが悪役かわかったものではない。
 が。
 ――ギリィン!
 思ったより強い力で鉄球を引かれ、思わずバランスを崩す。
 一応そんな簡単に抜けないような押さえ方をしていた筈だったのだが、少し甘かったか?
 そう考えふと下を見たハイネは、盛大に顔を顰めた。
 今の一抹で、鉄球の乗っていた床面がごっそり削がれている。
 束縛が解かれ主の元へ戻った鉄球。
 それを片手でキャッチし、クロトはぎちぎちと音が出るほど歯を噛み締めた。
 間違いなく、憤怒している。

 

「抹殺」

 

 ふつり、かさかさの唇が動く。

 

「滅殺」

 

 漏れ出たのは呪詛。

 

「撲殺」

 

 ルナマリアが怯えた声を零す。

 

「爆殺、轢殺、殴殺、行殺、」

 

 そのおぞましい害意に大気さえ揺らいだ気がして。

 

「殺、殺、殺、殺、殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺」

 

 壊れたレコーダのように殺すコロスと幾度も繰り返しながら、それまでとは打って変わって緩慢にグリップの収まった手を引いていくヒトガタ。
 言わばそれは、嵐の前の静けさか。
 ぴた、呟いていた呪詛が不意に止まり、
 ――じゃら。
 その直後、鎖の擦れる音が

 

「 完 ! 殺 ! 」

 
 

 ――ぐらり。
 黙々と書類を書き進めていたその青年は、突然校舎が揺れたのを感じて筆を一度止めた。
 椅子から立ち上がって窓へ歩み寄り、顔を出して周りを見回す。

 

「…………地震かな?」

 

 視界に入った校庭には、部活動に勤しむ生徒達の姿。
 しかし彼らに表立ったざわつきが無いのを見、青年は首を傾げつつ再び椅子に腰掛けた。
 長い折り畳みの机に転がるシャープペンシルとうず積まれた報告書類、それに勉強用と思しきノート。
 品行方正を絵に描いた様な優等生。
 そんな雰囲気の彼へ、不意に後ろから声が掛かる。

 

「おーい、生徒会長。仕事終わったかー」

 

 がら、戸を開け部屋に入ってきたのは、艶やかな金色の髪を持つ美丈夫。
 …………いや、正しくは女生徒であるのだ。余りに凛々しい雰囲気故に思わず美丈夫などという表現をしたけれど、良く見れば胴着の胸元に存外豊かな膨らみが見受けられるだろう。ノット鳩胸。
 部活動は剣道か。長物が収納されているだろう長袋と、諸々が詰め込まれた重げな鞄を両手に一つづつ持っている。

 

「やぁ、残念だけどまだ途中だよ。そっちは部活終わったの?」
「抜けて来たんだよ。って言うかお前が呼んだんだろ」
「あ、そうだっけ」
「お前ね、それは無いだろ」

 

 品格と鋭さを併せ持つやや中性的な顔立ちに、苦々しげな気配が混じった。

 

「冗談だよ冗談。剣道部の去年の戦績資料持ってない?」
「戦績資料? あー、ちょっと待って、確かこの中に入れといた筈だから」
「悪いねーって汗臭ッ!」

 

 歩み寄ろうとした足を窓へ反転させ、口で息をする青年。
 床面に置いた袋からは、剣道の面胴篭手に加えだいぶ洒落にならない熱気と汗の臭いが漏れ出していた。この分では戦績資料にも臭い移りしていると見て間違いなかろう。
 とはいえ、幾らなんでもその反応は酷い。
 窓の外で必死に呼吸する頭へ、右手の長袋をどすりと突き込む。
 手摺へでろりと垂れ下がった青年をえらく不機嫌な眼で睨み、美丈夫は盛大に溜息を吐いた。
 汗臭いと言われて喜ぶような女の子なんざ居やしない。蓼食う虫も好き好きなる俚諺もあるが、基本的には居ない筈だ。
 デリカシー無しはどんだけ顔良くても嫌われんぞ、地面へ滑り落ちた青年の背中を踏みつけながら一言。
 茶色い髪がぺちょりと床を撫でた。

 

「痛いよ」
「痛くしてるんだよ。ほら、見っけたからさっさと使え」

 

 蠢動しながら資料を受け取ると、青年はまるで何事も無かったかのごとく、すっと腰を上げた。

 

「君も大概だと思うな」
「ちっ、もうちょい強く踏めばよかったか」
「やめてよね! そんなされたら背骨どころか肋骨も腰骨も挙句には床まで踏み抜かれてこの学校が焦土と化しかねないよ!?」
「ふーんそうか私どんだけ化物だよじゃあ早速試してみようねいっぺんしんでしまえ」
「痛い痛い痛い」

 

 脇腹にぐりぐり長袋を抉り込みながら睨みつける。
 駄目押しといわんばかりにズンと一度深く袋を減り込ませ、彼女は開いた袋の紐を結び直し始めた。
 ぅぐふ、呻いて床に突っ伏す青年。
 ごつんとぶつけた頭に、突然、声が刺さった。
 冷たい、声が。

 

「で?」
「で、って何さ」
「上の大暴れ、見逃していいのか? 一応は仲間だろうに」
「…………相手は戦士長だよ。負けの見えた戦いに加わる気も、あれに手を貸す義理も無い」
「手札は隠しておくべき、ね」
「こっちのカードは少ないんだ。切るべき場所で切るべきカードが残ってなかったら如何し様もない」
「は、違いない」
「僕らは、ヤツらを利用してるだけ。向こうも承知の上だろうけど」
「だのに敢えて踊ってみせるのは、そうでもしないと生き残れないから…………改めて、狭い肩身を感じるなぁ?」
「独り生き残るだけなら、幾らだって方法はあるさ。でも」
「聞き飽きたよ。3人でなきゃ意味は無い、だろ? 第一アイツはこっちの助けを必要としてない」
「けど! それでも、僕は3人で居たいんだ! これがエゴだっていうのは解るけど、それでも僕は、これ以上キョウダイを喪いたくないんだよ」
「…………お前、優しすぎるよ」

 

 不意に声が止み。

 

「あちゃー、当たり所が悪かったかな。私は練習に戻るから、もしアレだったら保健室行けよ」

 

 伏したまま反応を返さない青年に首を傾げつつも、美丈夫は二つの袋を持ち上げて部屋を辞した。
 残された青年。

 

 と、その耳朶を再び戸の開く音が叩く。
 体を起こせば、立っていたのは浮ついた妖しさを全身から零す緑髪の青年。
 左目を前髪で隠した彼は、如何にも面倒臭そうに一言呟いた。

 

「…………クロト、きてる?」
「……屋上にいるんじゃないかな。戦士長と戦ってるよ」
「ん」

 

 眠いんだかなんだか、ぼんやりと上を見て黙考する謎の青年。
 学園の制服と違う服装を、しかし先程生徒会長と呼ばれた彼は別に咎め立てない。
 どうせ人の都合は気にしないし、すぐ居なくなるだろう者だ。何を言っても徒労に終わるなら黙ったままの方が精神衛生に良い。

 

「………………待つか」
「上が終わるまで? 処理を済ませるまで?」
「後」
「…………そう」
「はぁ…………うざい」

 

 本当にうざったそうな気配を醸し出しながら、壁に立て掛けてあったパイプ椅子を引っ張り出し腰掛ける。
 お互いにお互いを居ない者として扱う、微妙な空気。少なくとも緑髪の青年は完全に茶髪の青年をどうでも良い存在と認識していた。
 歪な雰囲気の中、生徒会長某は仕方なしに書類を書き始める。
 緑髪青年が耳に付けていたイヤホンから漏れ出る、かなり耳障りなノイズ系の音楽。
 はぁ、溜息は幸い誰にも聞きつけられなかった。

 
 

 反射的に振った杖で初手を外せたのは、完全に運が良かったためであろう。
 じん、手に今までで最も強烈な痺れが残る。
 彼がこの手の得物を用いる相手と戦っている間で、弾く角度を上手く取れなかったのは本当に久しぶりの事だった。
 舌打ちひとつ。
 しかし、弾いた鉄球の床に落ちる音が聞こえないのはどういったわけか?
 脳裏を過ぎった疑念は、しかし再思をする一握の暇さえ与えず再び起こった反射で彼を救った。
 轟とがなり叫んだ直感に任せ後ろへ飛び退く。
 その瞬間、豪速で回転する鉄塊が一瞬前まで彼の顎があった空間を下から抉り抜いていったのだ。
 背筋に寒気が走り、肝も冷える。
 しかし取り敢えずはやり過ごせた、反撃のひとつでもくれてやらねば。
 と、思ったら。
 ――ガクン!
 何の前触れも無く、鉄球がいきなり軌道をハイネの退いた方向へ変え突っ込んできたではないか!

 

「はァ!?」

 

 着地と同時に突き出し掛けていた杖を前へかざし、防御の姿勢を取る。
 ごぎ、鋼が押し退け合う異音。
 ぶしゅぶしゅと何かが抜ける様な爆ぜる様な響きが杖越しに伝わってきて、非常に気分やら神経やらが削がれていく。
 恐らく鉄球の後部にブースターか何かが存在するらしい、それならば投擲後の不自然な軌道変化も納得がいく。
 初見の相手、それも基本的な気質として応用性・柔軟性に欠ける者が多いコーディネーターでは、まず最初の数撃を捌ききれぬ内に撲殺されて終わりだろう。
 ここまでハイネが健闘出来ているのは、偏に踏んできた場数、経験の賜物だ。
 下手に動くと却って危険か。舌打ち一つして、ハイネは青杖を操ることに専念しだした。
 興奮冷めやらぬまま嗜虐の笑みを浮かべ、鉄球を振り回しながらクロトが嘲笑う。

 

「ひゃ――はっはっはっは!! 俺のレイダーズ・ハンマーはな、ブン投げた後でもブースター噴かしゃ幾らだって軌道が変えられるんだよ!
 さぁぁあ、何時まで持つかなァ!?」

 

 哄笑を極力耳に入れず、無言で杖を振り回すハイネ。
 びょうびょう風切り音。
 先も言った通り、通常のコーディーネーターは柔軟性に欠ける者が多い。
 しかしそれは裏を返せば、一度己の柔軟性が適応してしまえた事象への作業能率が常人以上になりうる可能性をも意味する。
 クロトは気付いていない。
 この戦い、長引けば長引いただけ自分の首を締めるのだ。
 小声で何かぷつぷつ呟きながら、ハイネは翠色の目をきりりと細める。
 一撃一撃捌く程に速く鋭く細やかになっていく動き。
 目だけで鉄球を追わず、五感全てを持ち迫る危機に応ずる。
 風切り音。鎖のがなり声。床を踏む響き。
 大気の鳴動。球が噛み千切る空の気配。
 踊る鋼の臭い。滲んだ鉄錆色の薫り。
 土埃の味。揺れ動く風に混じる違和感。
 知覚出来る情報全てを駆使し、襲い来る鉄球を先以上に避け、往なし、捌き、落とす。
 最早ハイネにとって、この武装錬金は恐れるに足らぬ存在と成り果てていた。
 次第にクロトの笑みが崩れ、再び苛々全開の表情へ逆戻りする。
 何故だ。
 何故だ。
 これ程攻撃を加えていながら、クリーンヒットは愚か掠る程度の一撃も与えられない!?
 焦りは不覚を生み、動きも単純なものにしてしまう。
 読み易ければ弾き易い。
 そして上手い事弾けば、再び読み易い位置へ使い手自身が振り直す。
 幾度も幾度も繰り返される激突。
 その度に鉄が踊っては、ハイネの思う通りに撥ね。
 鉄球の手綱は、とっくにクロトの掌中から離れてしまっていたのだ。
 ――ごぃん!
 背中側の死角から首を狙って飛んできた鉄球が、真下から掬い上げられる。
 ざらり、ざらり、鉄同士の衝突音に混じり鎖が擦れた。
 杖を縦横無尽に取り回し振り回すハイネの雄姿に、シンはただ見惚れる。
 凄まじい、その一言に尽きた。
 あらゆる角度から突っ込んでくる鉄球を見もせずに捌き抜くその偉容たるや、まさしく万夫不当の豪傑。
 戦士長の名は伊達でなかったと言う事か。
 じっと見詰めていたシンは、ふと、ハイネの握る青杖が物凄い撓り方をしているのに気付く。
 ただ普通に振り抜いただけでは、鋼鉄の棒を半円弧の形状にまで撓らせる事など出来やしなかろう。
 ざらり、ざらり、何時からか鎖の音も二重に聞こえ出し。
 蒼の残光が、次第に橙を交えていく。
 一振り。
 一振り。
 杖が踊るたびに強まる輝きは閃光の如くなり、闘争に疎いルナマリアですらハイネが繰る得物の有り様を捉える事が出来た。

 

 時には一本の長杖となって遠方を薙ぎ弾き。
 時には一対のヌンチャクに変じて球を叩き。
 時には一連の多節棍を模して鎖を巻き取り。
 そして。
 ――ギャララッ!
 突如垂直に撥ね上がった鉄球と鎖に、ハイネの武装錬金が追い縋る。
 思い切り振り抜かれる、鎖へ絡められた鉄。
 間接が外れそうな程の振撃に襲われ、反射的にクロトはグリップから手を離してしまった
 それこそ、失策。
 一瞬で鎖を這い上がった武装錬金が禍々しき黒紅球を縛り、主の下へ引き寄せる。
 あっ、ステラが息を漏らした。
 ぐんと引かれたハイネの腕に、長い長い影の一本線が従い。
 じゃららら、鉄鎖が虚空から二条滑り降りてハイネへと寄り添う。
 ――ごつ。
 堕ちて一度バウンドした鉄球は、再び床面に転がった時には鎖も一緒に核鉄へ戻っていた。
 それを、右手に握った杖――無数に集っていた極薄の六角形金属片が結合を解いてしまった今では、杖と呼ぶのも憚られる有様なのだが――で、軽々と捕まえて自分のもう片方の手へ収めたハイネ。
 シリアルナンバー『370』回収。
 蒼い六角の断面が陽光を反射して煌めく。

 

「さて」

 

 にこりともせず、ハイネはクロトの双眸を睨み据えた。

 

「この核鉄、戦団が持ってたナンバーだな。それも俺と同期してこっちに入った奴のだ」
「くそ、返しやがれテメェ!」
「返す? 馬鹿いうなやKid。これは戦団のモンだ」

 

 びっと中指を上に突き上げ、吐き捨てる。
 軽快な言葉であった。
 が、その横顔にシンは一瞬、途轍もなく深い寂寥を見取ってしまい。

 

「まぁ? 今のその状態で俺を張っ倒す事が出来たってんなら、貸してやってもいいかもなぁ」
「――――ッ!」

 

 技量の上で敗北と言っていい様を晒した事、武装錬金を引っ剥がされた事、思い切り舐めた態度を取られた事、全てが怒りの一点に集約する。
 物も言わず遮二無二突っ込んできた、否、突っ込もうとしたクロトの足目掛け、ハイネはぶんと腕を振った。
 しなる橙が鮮やかに奔り。
 ――ヅッパァァン!
 耳を塞ぎたくなる、小気味良くも痛々しさ溢れる破裂音が響く。
 飛び出した勢いのまま床に転がり、喉元を両手で抱えて喚き声を方々に散らすクロト。
 びゅ、凶器が赤黒い液体を中空で払って主の下に帰還した。
 鞭。
 それは、鞭。
 六角に中が抜けた青い外枠、その内側にある各頂点を橙の細い細い鋼線が繋いでいる。
 鋼線の長さを調整すれば如何様にも形を変える、捉え所無き兵装。線のバランスを変えれば青い六角で擬似的に長剣すら形作れる、恐るべき刃の群れ。
 鉄鞭(かなむち)の武装錬金――<<RAINY-BLUE>>
 これこそが、戦士長ハイネ・ヴェステンフルスの相棒にして鬼札なのだ!

 

「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」

 

 濁った悲鳴が、クロトの引っ裂かれた喉からごぼごぼと漏れ出る。

 

「て゛ん゛め゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛こ゛ろ゛し゛て゛や゛る゛ぅ゛ぅ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛」
「ひっでぇ声だな。顔ブッ叩かれた訳でも無いのによ」

 

 武装錬金で付けられた傷はホムンクルスの治癒力をしても簡単には直せない。
 足を苛む痛みは呼吸の度に増していき、同期して憤怒も募る。
 引き攣った頬の口角が皹割れ出した。
 みぎみぎと曝け出された乱杭歯は、ただひたすらにおぞましく痛ましい。

 

「…………打たれ弱いなぁ」
「ハイネ!」
「わーってる、油断なんかしてないさ。キチンと締めるよ」

 

 ステラの切羽詰った声に、片手を掲げて返事。
 鉄鞭を握った方の手に力を滾らせ、反対側の今しがた掲げた手は力を抜きだらりと垂らす。
 腕が長く長く伸びたような錯覚――いや、それは錯覚ではない。ハイネは鞭の先までを既に自分の手として認識していた。
 完全に主人の思い通り動かぬのが人体というもの。
 されど、普通ならば私生活に影響するある程度までを思い通り操れれば別に問題は無いのだ。
 落ちている物を拾い上げる程度、それが出来れば生きるには困らなかろう。
 肝心なのは、ハイネが鞭でそれを出来るという事実。
 ――パァン!
 撓らせた鞭で超音速の証たる破裂音を鳴らし、戦士長は犬歯を剥き出した。
 直後飛び掛ってきたクロトに牽制の横薙ぎ。
 しかしクロトは頓着せず、右腕を打たれた痛みに一層怒りを漲らせ突っ込んでくる。
 振り抜いた勢いが残ったままの鞭では、即座に切り返すなど不可能だ。
 …………普通ならば、の話であるが。
 ――ガジャン!
 伸び切っていた橙線が一瞬で縮み、蒼六角を連ねた剣へ変じた。
 クロトの伸びてきた左手に切っ先がかち合い、ざっくりと肉を裂く。
 刃が入った瞬間は極寒、続けて大気に触れた肉が灼熱に戦慄いた。
 怒りを痛みが凌駕する。
 反射的に引っ込めてしまった腕を追い掛ける蒼刃。
 橙線の収束を緩めると同時に、手首のスナップを利かせ六角刃を真っ直ぐ突き出す。
 縦に割れた傷口をぞりぞりと抉り削ぐ鉄片。
 傷付けられた骨格に駄目押しが食い込み、髄液を散らしてずたずたに引き裂いた。
 声にもならぬ叫びが耳を打つ。
 跳ね上げた刀身に鉄油を絡ませ、ハイネは思い切り腕を引いた。
 がちゃがちゃ擦れた音を立てて集う六角片。
 再び長杖の形を採った己が武装錬金に、一つの『パターン』を指示する。
 瞬間、六角の中空を結ぶ橙のラインがばらけた。
 一つの頂点から一つの六角が伸び、そして延びた六角の各頂点からも六つの六角が繋がる。
 見る間に大蛇の叢と化した鉄鞭をぐんと後ろに構え、体を捻り上げるハイネ。
 顔を上げたクロトが、ひきりと皹入った頬を引き攣らせた。
 最早体面も何もかなぐり捨てて逃げ出そうとしたヒトガタの脚に、鋭角な痛みが絡みつく。
 どういう事かと下を見れば、脚を縛り上げる鋼色の茨。

 

「ま、こんくらいの意趣返しはしても良いでしょ?」
「く゛っ゛そ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛て゛ん゛め゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛」

 

 ミーアが、差し出した指を茨に変え足止めしたようだ。
 裏を感じなくもないが、正直な所有難くはあったので、ハイネも笑っておく。
 今現在のクロトは痛みに対し極端な忌避を覚えてしまったらしく、脚をピクリとも動かさずただ濁った喚き声を上げるばかり。
 そんな所にコレはきっついかな、限界まで絞った体のトリガーを引きながら戦士長は僅かに哀れんだ。
 が、今更手心は加えてやるまい!

 

 全身を捻ったまま踏み出し、ステップ。
 躍らせた体が軋んだのを悟り、捻るベクトルを逆へ遷移。
 急激に元に戻っていく姿勢が腕を引き擦り、運動エネルギーを多頭の鞭へ流し込む。
 逆らわず、回転。
 回転。
 大回転。
 鋼線に連なった六角が、擦れた鎖のごとく大音声でがなった。
 回りながら軽く跳躍する。
 一瞬の静寂。
 空へ投げた身を操りながら、ハイネは手首にスナップを利かせて多頭鞭を開放した。
 蒼と橙の大瀑布が、鎌首もたげてクロトへ噛み付く。
 着撃のダメージを認識するより早く、次のダメージが体を抉る。
 痛みに次ぐ痛みの連続。
 されどハイネは止まらず、更に回転速度を上げ幾度も幾度も鞭を叩き付けた。
 破裂音が響く。
 凄烈極まる連撃を全身に叩き込まれ、クロトの体は一瞬にして襤褸屑にも劣る有様と化してしまった。わざと攻撃を中てなかった章印以外、傷が無い場所など存在しない。
 斬撃同然の痛みが残る空恐ろしき打撃。
 そのダメージたるや、常人ならまず途中でショック死。
 よしんば耐え切れたとしても、体を苛み続ける痛みに発狂しかねない程のものだ。
 要素を切り出せば拷問じみた行為である。
 だが、髪を振り乱しながら野生に還ったが如く戦うハイネの姿と、乱舞しては消える蒼と橙の閃光が余りにも鮮烈に映り。
 シンは、ただ無言で食い入るようにその光景を目に脳に焼き付けた。
 ――ギャララララ!
 六角群が結合を緩め、元の杖状へ戻る。
 ぐらり、既に脚の拘束が外れていたクロトは満身創痍で倒れ掛けた。
 その顎を下から撥ね上げた杖先で叩き、そのまま杖を振り上げながら腹腔からシャウトする。

 

  『猛き野性の奔走 : W I R D R U S H 』

 

 踏み込みながら叩き落とす形の一閃は、浮き上がったクロトの頭を見事強かに床へ打ち付けた。
 ――ごっしゃ。
 鈍い音を立て減り込んだ後頭部、白目がぐるりと裏返る。
 完全に気絶していた。
 この瞬間をフィナーレとし、激闘はここに終幕。
 鉄杖を核鉄へ戻し、ハイネがやっと息を衝く。

 

「と、こんなもんかね。武装錬金の力だけに寄りかかってちゃ、その内あの世逝きしても文句は言えないぜ?
 …………ま、俺も人の事をどうこう言えるかってーと、アレなんだが」

 

 いまいち締まらない言を笑いながらぶっちゃけるハイネ。
 何ともまぁ、戦士としての姿勢とそうでない時の姿勢の切り替えが早い男であった。

 

「動きの基礎は、いざって時にこそ如実な出方をする。あるとないとじゃ断然違うもんなんだ。
 お前もここの授業で戦闘術は習ってるだろうが、そんなん俺たちの世界にしてみりゃ準備体操くらいかね」
「じゅ、準備体操…………」
「不安になったろ? だから俺が居るのさ。
 死にたくなかったら、死なせたくなかったら、俺の特訓に死ぬ気で食らい付いてきな」

 

 絶対、後悔はさせない。
 その言葉に、シンは深く深く頷く。
 今日の朝までなら半信半疑であっただろう台詞が、今は心の底から信じられた。
 力は、時折何物以上に説得力を持つのだ。

 

「まーアレだ、今はコイツを踏ん縛っちまうのが先かね。アジトの在処聞きてぇし、逃げられちゃ元も子もない」

 

 そう言いからから笑うハイネに釣られ、シン達も相好を崩す。
 ただ、一人。
 ミーアだけは、険しい顔のまま何処か遠い所を見ていて――――
 ――ぎちり、
 風が、ひとつ哭いた。

 

                           第19話 了

 
 

 

 

後書き
 スレ立て本当に有難うございましたと>>1様に深々頭を下げつつ、19話投稿。
コーディネーターの性質くんだりは当方が勝手に考察したものであり、原作にある設定ではない事をここに明記します。
 名こそ伏せてますが、幾人か新規キャラが出ております。中身も立ち居地もバレバレっぽいですが、瑣末事なので気にしないキニシナイ。
 「夏休み? なにそれおいしーの」な状態なので次回更新は毎度の如くなりそうですが、御贔屓にして頂けると幸いにございます。ギギー。