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武装運命_第23話

Last-modified: 2009-04-08 (水) 20:12:15

 何の変哲も無い竹刀。
 合成革と強化プラスチック製の喉鎧が付いた面。
 ベストの様な形をした面と同じ素材の胴。
 指一本まで独立して包む構造に作られた篭手。
 膝下を覆う緩衝材が仕込まれた脛当。
 黒一色のそれらを学校指定の青いジャージの上に装着し、シンは浮ついた様子で剣道場の外に立ちんぼになっていた。
 明らかに“剣道”をやる格好ではない。
 昨日の雨が微妙に残っているらしく、運動靴で踏みつけた砂利は湿り気と重みを感じさせる。
 剣道場から張り出した屋根の下には、ステラ。
 昨日突然「剣道部の部長に稽古つけて貰える事になった」とシンから告げられ、無茶しすぎるんじゃないかと心配し着いてきたのだ。
 ちなみに、稽古の許可自体はハイネから得ている。そういうのばかり根回しが早い。
 閑話休題。
 ざりざり足の裏で砂利を擦っていると。
「落ち着かないか、まぁ無理も無いよな」
 そこに、シンと同じ装備を纏った人が剣道場から出てきて声を掛けた。
 赤いジャージの上に白い鎧、面の向こうには黄金の髪と目。
 剣道部部長カガリ・ユラだ。
 運動靴をいそいそと履き、小走りでシンの傍に駆けてくる。
「…………あの」
「ん、皆まで言うな! 言いたい事は大体分かる」
 問おうとしたのを先んじられ、シンはちょっと鼻白んだ。
 そもそも、彼がこんな格好をしているのは昨日の剣道部見学が発端だった。
 あの突きが琴線に触れたシンは早速カガリへ指導をしてくれと頼み込み、カガリの方もそれを二つ返事で了承して、じゃあ明日ここへまた来いと言ったのだ。
 で、言われた通りに今日来てみれば、待っていたのは副部長(男子)。
 あれよあれよという間に引ん剥かれてこの剣道っぽくない各種装備を着せられ、「グッドラック!」の一言と共に外へ放り出されたのだ。
 確かに強くなりたいと願いはしたし、剣道を指南してくれと言ったわけでもない。
 だが、まさかこんな珍奇極まる異装を着せられるとは。
「お前も授業でやってるって言ってたから知ってるだろうけど、剣道の打突部位は面胴小手に喉だ」
「そうすね……でも、脛も打突部位に含むのって長刀じゃ?」
「その通り、しかしだ」
 竹刀の切っ先でぺちんと自分の脛当を叩き、カガリはにかりと笑う。
 そして、曰く。
 これからやる事は基本的に一つ。
 お互いの装備がある場所――即ち、面・胴・篭手・喉・脛――を竹刀で打つだけ。
 面・胴・喉に一撃が入った場合、入れた側に得点を一つ加えて仕切り直し。
 竹刀の振り方は自己流で構わない。しかし余りに危険だと判断した時は修正をさせて貰う。
 篭手や脛などを防御のために用いるのも可であるが、攻撃を阻んだ方の篭手や脛は仕切り直すまで防御や構えに使ってはいけない(篭手の場合は両手持ちを不可に、脛の場合は踏み込みに制約を掛ける)。
 両手または両足に攻撃を受けた場合、受けた側は戦闘続行不可能と見做して当てた側に加点し仕切り直す。
 あとは礼儀を大事に。
「…………と、ルールはこんな感じ」
「は、はぁ」
 そう言って長台詞を締め括ったカガリに、シンは生返事を出すのが精一杯だった。
 基本的には、剣道を下に敷き、更に自由度というか実戦じみた雰囲気を増したようなものなのだろう。
 まぁ、こんな装備をつけている時点で実戦もクソもない気はするが。
「まー実際やった方が早いよな! て事で構えろー」
 溜息を吐く間さえ無い。
 笑いながら正眼で構えたカガリに、納得しきれぬながらシンも続いて竹刀を両手で握った。
 実戦なら、この手に握っているのは我が心臓――<<Uplight-Impulse>>の名を冠した機械剣。
 それを握っているのだと思う。
 右拳を上に左拳を下に、両手の間隔はほとんど開けず握り柄を掴み、左半身を前方へ向ける。
 刀身は体に隠れ、切っ先の位置から狙いを読む事は普通なら不可能。
 深呼吸して気持ちを落ち着かせ、シンはやっと視線をカガリへ合わせた。

 

 ――――獅子が いる

 

 自失したのは果たしてどれ位だっただろうか。
「シン!!」
 焦り雑じったステラの声。
 はっと気付いた時、既にカガリは剣を振り下ろしていて。
 痛烈な衝撃が頭蓋を叩いた。
「ははっ、どうした? 腑抜けてる暇は無いぞ」
 獣のような獰猛極まる笑みはそのままに、正眼へ戻した竹刀を再び動かすカガリ。
 歯噛みしながらシンも竹刀を横へ薙ぐ。
 双弧を描く剣閃、しかし。
 ――スパァン!
 面を抉り致命足らしめたのはカガリの竹刀だけ、シンの竹刀は彼女が盾代わりとした篭手に阻まれている。
 するりと後ろへ退いて、カガリは再三正眼に構えた。
 剣先がひたりと中空で止まり、凄まじく息詰まる重圧を威掛けてくる。
 活路など何処にも見出せない。
 シンは、侮りと投げ遣りな気持ちに満ちていた数分前の自分をブン殴りたい気持ちで一杯だった。
「っかぁぁあ!」
 なけなしの闘志を振り絞り、吶喊。
 大きく後ろへ流れていた腕を引き寄せ、胴目掛け突く姿勢に入る。
 斬撃の描く軌跡が弧なら、刺突の描く軌跡は線。
 同じ地点を目指すとして単純に比較すれば、弧と線、どちらがより早く到達するかは自明の理であろう。
 線に並べるのは線だけである。
 ――――線と弧、描く速度が同じという前提の下ならば、だが。
「ふっ」
 短い呼気がやけに大きく聞こえた。
 気合一声、伸び来た竹刀を切っ先で絡め取り、横へ往なす。
 そも、相手の構えている前に無策で突っ込んだのが間違いなのだ。
 カガリの右側へ流れていくシンのベクトル。
 元の構えへ戻った直後、カガリはガラ空きの側頭部に容赦無く撫で斬り上げるような一撃を見舞う。
 姿勢を崩したところに後押しされる形で追撃を食らい、シンは無様に砂利へ転ばされた。
 全身余す所無くじゃりじゃりと擦られ、防具越しとはいえかなり響く。
 3度。
 この短い間だけで、シンが3度頭を割られた。
 戦士の顔となって動向を見守っていたステラは、カガリの戦い方に心底感嘆する。
 一対一の近接戦闘では、恐らく自分も勝てまい。戦士長ハイネならなんとかなるだろうが、純粋な剣士としての腕はカガリに軍配が上がるとみた。
 そう易々と勝てる相手でない、ステラの背に戦慄が落ちた。
「…………ぁ、ぇ」
「浮ついてるな。教えを乞うた側のする顔じゃないぞ」
 くくっと喉奥で笑うカガリ。
 起き上がるに起き上がれぬまま、シンは千々に乱れた思考を纏めようと奮起する。
 決して剣閃を見切れなかったわけではない。
 だのに何故、自分は今こうして地に這い蹲り、彼女は悠々と構えていられる?
「ぶちょーさん、凄いね」
「…………やけに冷静だなキミは」
 言うほど緊迫感がないステラの台詞に、君も違う意味で凄いぞとカガリは思った。言わないけれど。
 して、そんなやり取りもシンの耳に入ってはいなかった。
 この醜態、考えるまでもない。カガリの言った通り、全てはシンの心がこの場所に無かったせいだ。
 戯れにしか思えない装備であったり、それを熱心に説明するカガリの姿であったり、引いてはそんな事がしたいんじゃないというシン自身の鬱屈であったり。
 それらが心中そこかしこに引っ付いて、折角の機会を色褪せたもののように認識させていたのだろう。
 馬鹿な話だ、シンは自嘲した。
 自分から指南を頼んでおきながら、何という醜態。
 頭を振って立ち上がり、両足で確り砂利を踏む。
「もう良いか?」
「はい、大丈夫です。…………すいません、腑抜けてました」
「やる気が出たんなら、それに越した事はない」
 響かない鐘を打っても楽しくないからな、そう言って頷くカガリ。
 こちらに向けられた切っ先から、再び闘気がじわりと滲み出てきた。
 背筋を撫でる怖気、けれど。
「がんばってね、シン!」
「、頑張るよ…………往きます!」
 シンは改めて一歩を踏み出す。
 守るために。
 負けぬために。
 強くなるために。

 
 
 

 マルキオの孤児院地下。
 ミーアは、今、人喰いの衝動を必死に堪えていた。
 ジンム学園の屋上にて頭の軽そうなホムンクルスから襲撃を受けたのが一昨日辺り。実行犯を殺し情報隠滅した共犯者へ追い縋ろうとしたものの、余りにも腹が減っていたせいで追撃しきれなかった。
 物理的に物を食った食わないではない、ホムンクルスという種が抱えた業たる人喰いの空腹。
 何を食っても腹が満たされない、それは正しく餓鬼道の如し。
 これを、この耐え難い苦しみを、あの女は十年余りに渡って耐えてきたのか。
「っ…………ぐ、ふぅっ……!」
 腹を抱えて屈み込み、何をも見ぬよう固く固く目を閉じる。
 普段は小煩くて小憎たらしい子供達でさえ、今のミーアには極上の肉にしか見えない。
 それが、辛かった。
 あんなに焦がれたホムンクルスの体、いざ手に入れてみれば前以上の厄介に苛まされるではないか。
 否、第一この肉体とて想定していたモノとは違うのだ。もっと確りした人間型ホムンクルスへ成る積もりだったのに、少し取り違えた結果が、薔薇とヒトとの中途半端に雑じった植物人間。
 こっそりと手に取った核鉄さえ、武装錬金の声になんら反応を示さなかった。
 嗚呼、何という無様か!
 波のように荒々しく振幅していた衝動のボルテージが、じりじりと波引いていく。
 過呼吸も徐々に収まり、空腹こそ消えないものの人並み程度の平常を取り戻すことは出来た。
 畜生。
 あの女に出来て私に出来ない筈がない、今はその一心で衝動を押し殺せている。
 だが、それも何時まで持つか。
「はぁっ……はぁっ…………ぁ、はっ、」
 口の端を汚した涎を乱雑に拭い取り、ミーアは荒い息をそのままにのろのろ立ち上がった。
 ぐら、長い間屈み過ぎたせいか一瞬目が眩む。
 ぼんやりと網膜を撫でる淡い照明、薄暗い周囲に映り込む僅か濃い影。
「…………ミーアさん?」
 それは、半分だけ血を分けた憎むべき姉君ラクス・クラインであった。
 未だ目を覚まさぬヒルダの見舞いをした戻り路であろう。
 のっそり顔を上げたミーアに慌てて走り寄り、ラクスはその体を支えようとする。
 けれども。
「如何しましたミーアさん!?」
「っ!!」
 ――パシッ!
 差し出した手は、差し出された者の手で振り払われた。
 じん、乾いた痛みが手の甲を苛む。
 驚きと悲しみの入り混じった表情をするラクスに、ミーアは淀んだ眦を向けた。
 怒るような、泣き入るような目を。
「アタシを、助けようと、しないで」
「し、しかし、」
「お願い…………駄目なの」
 ずるずると背を預けた壁にしな垂れかかって崩れ落ち、とうとう床に腰を下ろしてしまうミーア。
 息は相変わらず落ち着かないまま、彼女の心を掻き乱す。
 ラクス・クライン。
 殺したいほど憎いヒト。
 だが、この身に薔薇が咲いたあの日から、憎しみがどんどん薄れていくのだ。
 ミーアにとって、嘗ての寄る辺であった憎しみを失う事は、ミーアをミーアたらしめていた根幹が消えるのに他ならなかった。
 自分が、全く違う“自分”に徐々に食い潰されていくような感覚。
 何より恐ろしいのは、それを己自身が何となく肯定している節さえ感じている事だ。
 このままでは、人喰い衝動が表面化するより先に、折り合いの付かない精神が壊れてしまう。
 一番恐ろしい事とは、なんだ。
 ただの人喰う化け物に成り下がる事か。
 己さえ認識できぬほど壊れ果てる事か。
 あれほど憎かった者に尻尾を振る事か。
 どれもこれも共通しているのは、今の自分が確実に“死ぬ”という事。
 そして。
 今の自分を今のまま生かし続ける術は、恐らく――――無い。
「何を、恐れていらっしゃいますの?」
「……………………」
 ふつりと呟いたラクスに、ミーアは思わず顔を背ける。
 それは彼女の言葉を言外に肯定しているのと変わらないのだが、果たしてミーアが気付いているわけもなく。
 ラクスは、返事代わりに示したミーアの反応に柳眉を寄せた。
 何らかの言葉を返してくれればこちらもそれなりに物が言えたけれど、このように黙ってそっぽを向かれてしまっては。
 明確なのは拒絶の意図だけ。
 だが、それでもラクスは、ミーアが突き放した手をそのままに出来なかった。
 力なく震える、か細い少女の手を。
 ――ぱさ。
 衣が擦れる音。
 目を固く閉ざしていたミーアは、冷え切った手が温かいもので包まれるのを感じた。
 ゆるゆる目を開くと、そこには相変わらず憎むべき姉君がいる。
 違うのは、スカートが汚れるのも気にせず跪いて、ミーアの握り締められた拳を己が双掌で包み込んでいる事。
「不安な時に誰かが手を握っていてくれると、安心しませんか?」
 私も昔こうして貰った事がありますの、そう言ってラクスは微笑む。
 びきり、と、封じ込めていた何かに罅が入った。
「…………放っといてって言ったわ」
「ごめんなさい、お節介な性分なのです」
「そんなだから嫌いなのよアンタの事」
「あらあら、困りましたわ」
 全然困っていない風にころころと笑うラクス。
 それを憎みきれないのがミーアには悔しく、そしてほんの少しだけ、嬉しかった。
 ――――嬉しかった、だと?
 気付いた瞬間、持て余していた感情が罅割れから漏れ出し一気に肥大化していく。
 嗚呼、触れ合う事はこれほどに嬉しいのか。
 記憶の奥底に封じ込めていた温もりが息巻いて溢れ出てくるのを、ミーアは堰き止められなかった。
「ホント、嫌いよ…………大っ嫌いなんだから」
「私は好きになりたいのですけれど」
「あんだけの事したのよ? 家壊したのも、メイド全員喰ったのも、アンタの平穏ブチ破ったのも、全部アタシが原因よ?」
「……過去は変えようがありません。けれど、未来を選ぶことは出来ます。憎しみ合うくらいなら、私は一方的でも貴女を好きになる未来を選びますわ」
「あぁ、そう…………やっぱ壊れてるわ、アンタ」
 開けていた薄目を閉ざしてそっぽ向き、ミーアはなにかを誤魔化す風に毒づく。
 手から伝わる温もりが毒素のように思考を侵していくのを、最早、彼女は止めようと思わない。
「ねぇ。アタシの事好きになる云々って言うんならさ、そのバカ丁寧な呼び方とか止めて頂戴よ。呼び捨てで良いわ呼び捨て」
「呼び捨て、ですか? むぅ、解りましたわ…………み、ミーア」
「なァに緊張してんのよ」
 おずおずと己の名を呼び捨てにしてみた姉に、ミーアは意地悪げな微笑を作る。
 本当に久しぶりに、少し、穏やかな気分だった。

 
 
 

 『堕月之女神』本拠地。
 無機質で無愛想な鉄色の廊下をのそのそ歩きながら、バルサム・アーレンドは如何にもかったるそうな気配で舌打ちした。
 報告が遅れていた一昨日の失態について先程ガルシアに呼び出され、小言を一頻り貰ったのだ。
 それはいい。まだいい。
 小言は言われど大して叱責されなかった事、それが逆に焦りを生んでいる。
 他者から色々と物を言われる場合は、往々にして理由が二つに分類されるという。ただ単に言う側がクレーマーであるか、あるいは言う側が言われる側へ何らかの成果を期待しているか、だ。
 で、大した事を言われなくなってくる時もまた、理由が二つに分類されるらしい。言わずともやってくれる筈だという信頼/希望的観測か、あるいは貴様にゃもう期待せぬという諦観か、だ。
 バルサムは今回ガルシアから貰った小言を、後者の意味で取った。
 何せ、あの粗探し大好きなガルシアが、折角のチャンスをみすみす棒に振るったという絶大な汚点があるのに。
「まぁいい、次は励め」
 とだけ言って碌に責めもせず報告を締め括らせてしまったのだ。
 実にヤバげな気配。
「堪んねーな、あぁくそっ」
 独りごち嘆息する。
 変な色気を出さずさっさとあの戦士を潰してしまっとけば良かったのだ、と、既に何度目かも分からぬ懊悩を反芻する。
 なんともはや、口惜しい。
 髪をごりりと掻きながら休憩室の扉を開け、そこでバルサムは面食らった。
 先客がいたのだ。
 このオーブで我等が『堕月之女神』に加わったコーディネーターの一人、バルサムに取っては遺憾ながら好敵手にして目の上のたんこぶでもある男――カナード・パルス。
 そいつが据え付けの長椅子に腰掛け、無言でコーヒーを啜っている。
 思わず足を止めてしまったバルサムに無遠慮な視線を投げ、しかし彼は直ぐ顔を逸らした。というか元の向きに戻した。
 目を閉ざし無言のままコーヒーをぐいと呷るカナード。
 妙な圧迫感に満ちた空間だった。
 うんともすんとも言えず、また髪に指を突っ込みながら自動販売機の前に立つバルサム。
 アイスとホットが一応選べるコーヒーの他には、クソ甘ったるいオレンジジュース(果汁1%)とクソ苦いグリーンティーしかない。あとは無味無臭の味気ない水。
 そのコーヒーとて泥水よりはマシな程度の味しかせず、しかも砂糖だのミルクだのといった上等な調味料もここには無い。
 バルサムは少しばかり悩み、結局コーヒーを選んだ。
 紙コップが受け台に落ち、僅か間を置いて茶褐色の液体に満たされる。
 ひょいと取り出すと匂いばかりはそれなりで、今日こそは味を変えてあるかと微妙に期待するも。
「…………不味ィ」
 やっぱりいつも通りだった。
 ふと首筋に視線を感じて、振り向くと、カナードがこちらを見ていた。
 眼が、やけにギラギラ光っていて。
「しくったらしいな、バルサム。蹴られた股間は平気か?」
「心配にゃ及ばねーよ。もう直った」
 そっけなく返すと、何が可笑しいのかカナードはくつくつ喉を鳴らす。
 “なおった”という言葉の意味する所を悟ったか。
 ホムンクルスでもないただのコーディネーターの筈なのに、その態度には彼らを恐れる様子など微塵も無い。
「…………毎度毎度思うんだがよ、お前も変わってんな。人間の癖に随分忌憚無く喋っけど、ホムンクルスが怖くないのか?」
「怖いのはヒトの欲望だ。何時の世も、どの場所でも。アイツを生み出す過程で築かれた屍山血河に比べりゃ、ホムンクルスの人喰いなんか可愛い方だ」
「アイツ、ねぇ? あのボンボンがそんな恐ろしいモンにゃ到底思えないけどよ」
「だろうな」
 嘯き、カナードは犬歯を剥き出してぎたりと笑った。
 下手な同属より余程凄みのある表情に、バルサムは穏やかならざる心中を隠して表向きは同意しておく。
 アイツ。
 カナードが頻りに話題に出す、とある青年を指す言葉。
 彼と共にこのコミュニティへやってきたその青年は、ホムンクルスの一般論からすれば余りにも貧相で頼りない存在だった。
 一応はコーディネーターらしいが、体力も精神面もかなり凡庸。下手をすると良く鍛えたナチュラルの方が余程有用に思える、そんな感じの男だ。
 過去に何があったかは知らないけれど、言う事の割にはカナードはその“アイツ”とやらを一応それなりに宛てにしているらしい。
 ――――時に。
 ホムンクルスが運営する組織に加わった人間は、ナチュラル・コーディネーター・ハーフを問わず“信奉者”というカテゴリーに分類される。
 その大半が、不老不死を得たい、強靭な肉体が欲しい、至る理由は様々でも最終的にはホムンクルスになりたいで集約されるような願望を持つ連中だ。
 様々な理由で組織に組み入っている彼らであるが、最終的に悲願を達成できる率は途轍もなく低い。
 与えられた任務の過酷さに膝を折った者、下手を踏んだ代償を己の命で払わされた者、上層部の機嫌を損ねてしまい消された者、何となく腹が減ったホムンクルスに間食として喰われた者。こちらも理由は様々、死ぬ時は死ぬのだ。
 実力、要領、何よりも運が良くなければ、己の望みを叶えさせる事は出来ない。
 そう。カナードは、信奉者の中でも頭三つは飛び抜けて強いのである――――それこそ、自前で持っていた核鉄を組織に献上させず、所有し続けるのを許すくらいに。
 力こそが全て、とは言わないが、『堕月之女神』ではやはり強い者が持て囃される傾向にあった。
 発足当時からこの『堕月之女神』に籍を持つバルサム、その立ち位置は一応幹部のようなところだ。
 しかしここにきて腕利きの新参が多く入ってきたため、内心ではお株を奪われやしないか戦々恐々としていたりする。
 その筆頭が、この、カナード。
「まぁ、雨風凌げて飯も食えるんだ。これ以上はそうそう望まないさ」
「だといいがね…………」
「不安か?」
 バルサムの呟きに、カナードが見透かしたような言葉を被せた。
 ちら、今まで意図的に外していた視線を合わせ、そしてバルサムは返す。
「人間風情が何匹歯向かってきたとこで、オレ達は敗けゃしない」
「ほぉ」
「あんま図に乗んなってんだよぞ」
 それは倣岸な人間を脅かす恫喝か、はたまた不遜な人間を抑える警告か。
 思わず零してしまった台詞に、カナードはさしたる反応も示さず薄く笑ったまま。
 甲斐が無ぇ、バルサムが溜息を吐くのも道理であった。
「まぁ、精々使い潰されないように上手くやるさ。俺とて死にたくは無い」
「どの口が抜かすんだか」
 しかめっ面してきりきり歯を擦り合わせるバルサムにしたり笑いを飛ばし、カナードはすっくと立ち上がった。
 すっかり空となった紙カップを所定のゴミ箱へ落とし、体を二、三度ほど捻る。
「そろそろアイツが中間報告を入れてくる頃だな、仕事するとしよう」
「さっさと行っちまえ、そんでメリオルに怒られちまえ」
「? どうしてそこでメリオルの名前が出るんだ?」
「…………なんでもねーよ」
 言い、バルサムは濁すようにぺっぺと手を動かす。
 思う事はあったが深く聞かず、カナードは首を傾げながら廊下へ出て行った。
 途端に落ちる沈黙の帳の中、バルサムは思い起こした。
 メリオル・ピスティス。数ヶ月ほど前に何処ぞのコミュニティから遣されて来た、気の強そうな顔立ちに眼鏡を掛けた怜悧な美貌を持つ“信奉者”の女性。
 派遣直後からカナードと組んでの仕事を回されていて、それが縁で彼を懸想するようになったらしい。当人に聞いたわけではないが振る舞いでわかる。
 しかし当のカナードが色恋に気を割くタマで無いため、その思いはほとんど報われていないのが現状だった。
「けっ、世間様の春もバケモノにゃ見向きしたくありませんってかねぇ」
 誰宛かも分からぬ心の澱を吐いて、バルサムは長椅子へごろりと寝転がった。

 

「…………あぁ、上手くやるとも。上手く、な」
 薄暗い廊下を往くカナードの独白も、また、闇に消え。

 
 

 同刻、『堕月之女神』司令個室。
 禿頭を片手で撫でながら、ジェラード・ガルシアは黙考していた。
 数日前、先に仕掛けたホムンクルス禁錮施設襲撃は大成功といって差し支えない結末だった。それなりに使えそうな手駒が幾つか手に入ったのも良い。
 しかしそこで欲を出したのがケチの付き始めだったのだろう。
 ブルーコスモス上層部のとある御仁からラクス・クラインをなるべく無傷で連れて来いとのお達しが下っていたのは、時間にしておよそ2ヶ月ほど前の話だったか。
 施設襲撃で仕入れた手駒のチェック中に件の方と同じ声の女がいた事で、ガルシアはそれを思い出したのだ。
 肉体を整形することが出来る武装錬金の使い手が禁錮施設にて見つかったので、無事成功したら釈放するという交換条件でそいつに施術させた。ホムンクルスに普通の品では歯が立たない。
 そこまでは良かった。
 顔だけをラクスそのものとする施術が見事完了したその直後、この女が禁錮施設に収容された経緯が部下の調査で判明。
 要するに、本物のラクス・クラインがこのオーブに存在すると知れてしまったのだ。
 用済みな上役立たずと成り下がった整形師(コーディネーターだった)を間食にしつつ、ガルシアはすぐさま彼女の身柄確保を部下に命じた。
 そしてまた誤算だったのが、禁錮施設で仕入れた連中の余りにも強すぎる我。
 命令には碌すっぽ従わない、制限されている人食いを勝手に行う、データを引き出す前に施設まで破壊する。
 堪ったものではなかった。
 なまじ一般のホムンクルスより腕があるため、以前から『堕月之女神』に所属していた者とも折り合わず。というか合わせる気が向こうにない。
 そういう訳で、最初に向かわせたアカツキ島の施設では残念ながらラクス・クラインの身柄確保は出来なかった。不幸中の幸いは、幾つか転がっていた端末の残骸から彼女の現在所在地が割り出せた事。
 なれば。
 今度は半分同じ血を継ぎ、そしてほとんど同じ顔となったあの女を当たらせてみよう。
 思いついてしまったガルシアは、早速あの女ことミーアを勾留牢から出し、他のもうちょっと忠実な部下と共にカグヤ島へ向かわせる。
 この時に少しばかり目を離したのが、最大の誤算だった。
 彼女らが出発してから1時間強、惰眠を貪っていたガルシアの所に恐るべき報告――例の凶悪ホムンクルス三体組が勝手に襲撃部隊へ加わっていたとの事――が飛び込んでくる。
 最後に部隊のメンバー確認を行った信奉者を腹癒せに喰らいつつ、ガルシアは禿げ上がった頭を抱えた。
 予断だが、この信奉者はチェックを怠ったわけではなく、ただホムンクルス3体に凄まれたせいで抗えなかったのだ。信奉者の命は実に安い。
 満ち満ちていた不安は、案の定的中する。
 またも大暴れしやがったホムンクルス3体組!
 結局捕まらなかったラクス・クライン!
 おまけに一緒して逃げ出した整形済み偽ラクス!
 次々舞い込むトラブル(その大半は自身の失態が原因なわけだが)に、ガルシアは頭から突っ伏した。
 今まで世界の裏にてコソコソと生き長らえていた、弱小と認識して差し支えない組織こと『堕月之女神』。それが、この短期間で禁錮施設三ヶ所を破壊する暴挙に出たのだ。
 最早向こうもいい加減此方を見縊りはしなかろうし、安穏に考えてはいられない。
 そんな事を思っていた矢先に、例の3体組の2人――クロト・ブエルとシャニ・アンドラスが独断専行したと、残りの一人オルガ・サブナックから報告されたのだ。
 クロト・ブエルは折角偽ラクスを発見した癖に、何故か錬金の戦士へ突っ掛かり、敗北。
 シャニ・アンドラスは近隣学園の学生寮を深夜に襲撃するも、錬金の戦士に発見され、敗北。
 双方とも撃滅され、挙句虎の子の核鉄まで奪還されてしまった。
 回収に向かって失敗したバルサムに思わず小言を一頻り投げてしまうのも無理ない話であろう。
 叱責しなかった理由は、まぁ、彼が割と長い事自分に忠実に付いて来てくれているから少しばかり甘い目が出たわけで。
 返す返すもラクス・クラインを取り逃がしたのは失敗だった、後悔の坩堝に嵌るガルシア。
 と。
 ――ヴィィ、ム
 来室を知らせるブザーが卓上で喚いた。
 相手の顔を確認したところ、歪んでいたガルシアの口元に少しばかり笑いが戻る。
「入りたまえ」
 なるたけ厳粛な雰囲気を作ってセンサーに呼び掛け、ドアに開くよう指示を出した。
 ふしゅ、エアロックから空気が抜けて、向こう側に立つ者の姿を直に晒す。
 軟弱そうな気配、癖のない茶髪、中性的な顔立ち、線の細い身体。
 つい先程こちらへ顔を出すように言っておいた者、見た目だけならおおよそ頼りない青年であった。
「君か。先日はご苦労だったね、お陰で一時ながらラクス・クラインの足取りがつかめたよ」
「恐縮です」
 ガルシアの形ばかりの世辞に、青年は陰を帯びた微笑で応じ一礼する。
 彼こそが、端末の残骸から情報を引き出しラクス・クラインの所在地特定に貢献した信奉者であった。
 情報は直接的な武器以上に役立つ事が多々あるのをガルシアも承知している、そのためにこの青年は信奉者でありながらかなり重宝されているのだ。
「しかし彼女はまたも我々の手からすり抜けた」
「…………由々しい事態ですね。では捜索を僕に?」
「あぁそれもある。だが、君にはもう一つ別の仕事も頼みたい」
「別の仕事、ですか」
 怪訝そうな顔をする青年に、ガルシアはにやりと笑った。
「このオーブに戦団が戦士を遣したのは、あの混ざり物についてを調べ上げた君なら知らない筈がないな。で、その戦士が誰であるかを特定して貰いたいわけだよ」
「成る程、わかりました。戦団の方に直接ハックを?」
「あぁ、直接はいかんよ直接は、もっとマイルドに行きたまえ。ただでさえ監視の目は厳しい、電脳上も同じだろう」
 ややオーバーに首を振るガルシアに、青年は心の中で溜息を吐いた。
 電脳上の事に関しては貴方より余程自分のほうが精通している、そんな釈迦に説法する真似などせずともヘマなんかしやしない。
 そう思いはしても口に出さぬ、処世術も初歩中の初歩だ。
 青年がそんな事を考えているなぞ露知らぬまま、ガルシアは腰掛けている椅子を回し青年に背を向けた。
「幸い、馬鹿2人がダイイング・メッセージを遺してくれた。暴れるしか能の無い連中だったが、最期ぐらいはそれなりの事をする」
「ダイイング・メッセージ…………彼らが消息を絶った近辺を洗えば良いんですね」
「理解が早くて助かるよ」
 背凭れの向こうでガルシアが笑っているのが、此方からでも何となく解る。
 実を言うと、青年にはこの時点で既に戦士達の所在地について一応ながら算段が付いていた。
 混ざり物――ミーア・キャンベルが起こしたクライン邸襲撃事件の調査や、施設に遺されていた端末の情報復元を行った身だ。その中で彼らが何処を拠点にしたか、これだけの情報でも場所は絞り込める。
 けれど、それを言う気は無かった。
 青年には目的があり、今ここで戦士達の情報を吐くと不都合が生じる。
 まだ、彼が来ていない。
 面従腹背、出来るだけ先延ばしして時間稼ぎを――――
「なぁ?」
「っ」
 考えを読まれたかのごときタイミングで、ガルシアが青年に声をかけた。
 ぐっと息を詰まらせた青年へ畳み掛けるように、後ろ向きの男は、威圧的な色を滲ませて問う。
「よもや、不埒な事は考えていないよなぁ」
「…………無論、です」
「それならば良いんだが」
 ぐるり、椅子が再び回り、ガルシアの姿をこちらに戻した。
 机へ両肘を突いて顔前で指組みし、ぎろりと見据える。
 ホムンクルスの一集団を率いるに相応しい、凄みを帯びたおぞましき兇眼で。
「解っているな? この『堕月之女神』の門戸を叩いた瞬間だ。その瞬間から、君は既に――――」

 

  裏 切 り 者 の コ ー デ ィ ネ ー タ ー だ 

 

 臓物を錆刀で抉り散らすような、そんな鈍くも鮮烈な闇が、青年の心に噛み付いた。
 そう。後でどう取り繕っても、自分がホムンクルスのコミュニティに所属していたことは変えようが無い事実。
 理由がどうあれ、その過程で自分は、人類を裏切った。
 自覚しないよう努めていた闇をガルシアに掘り返され、青年は顔を真っ青にしよろめいた。
「ふむ、まぁ今日は休んでおくといい。下がりたまえ、明日からは励めよ」
「……………………ぁ、ぃ」
 返事にもならぬほど小さい声で零し、青年はのったりと司令室から出て行く。
 半死人の足取りで廊下の向こうに消えていく背を一頻り眺め、ガルシアは無線を動かした。
 ガルシアもまた、青年をただ飼い馴らせていると思ってはいない。
 保険をもう少し強めておくか。
「……ワタシだ。っておい待て切るな、オレオレ詐欺をこの無線でやる馬鹿がいるか! 司令だ、ジェラード・ガルシアだ!!
 全く貴様は、あの男の下についてからヤケに反抗的だな? 別の者と組ませるぞいい加減!」
[――――――――]
「えぇい、それが嫌なら働け! あの男が連れてきたコーディネーター、彼奴に仕込んだモノの濃度を少し上げるだけだ」
[――――――――]
「その通り、彼奴自身よりも仕込んだモノの方が御しやすいのでな。解ったらさっさとやれぃ」
 言うだけ言って無線をブツッと切り、ガルシアは深く背凭れに寄り掛かる。
 やんちゃ者ばかりが増えて、上に立つ者は大変だ。
 言った奴は兎も角中身だけならそれなりに賛同者のいそうな言葉を心中に浮かべ、瞑目。
 しばしの間、ガルシアは休息を取る事にした。
 不死身でいるのも、中々大変なのである。

 

                           第23話 了

 
 

 

 

後書き
 23話投稿です。ミーアがデレ期の入り口にきました、そしてウチのとこのラクス嬢にブラックな他意は一切ありません。
 脇の視点が多すぎて中々話が進みません。どれもこれも主役より脇役が好きな性分のせいですごめんなさい。
 OOやら他の方のネタなど、俺も是非見たいです。自分だけだと煮詰まりかねませんし、皆様をお待たせする期間が長すぎて気が退けます故に……もっと早く書けりゃ一番なのですがorz
 それでは、本日はこの辺りにて失礼を致します。それではまた今度に、ギギー。