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補完小説パトリック・コーラサワー機.▲蹈Ε再隊 後編

Last-modified: 2014-03-07 (金) 14:03:06
 

 ◇    5    ◇

 

 「お久しぶりですね。コーラサワー少尉」
深緑の軍服に身を包んだ長身痩躯の男が、連邦軍食堂内で飲みかけのコーヒーの入ったカップを
ぼーっと見つめている、パトリック・コーラサワーに声をかけた。
パトリックは口を半ば開いたままの間抜け面で、額にかかる長い前髪を面倒臭そうに掻き上げながら
声の主を探した。
目の前に居たのはシルバーグレイの短いおかっぱ頭に、青白い細面をした中年男だった。
彼にとっては何とも興のそそられないオッサンだが、AEU時代の上官の一人だったような気がして、
カップを置いてよっこらしょと立ち上がり、ごった煮状態の脳内データベースからそれらしい名前を
探しながら、反射のみの気のない敬礼をした。
「ええっと、確か……ミント少佐?」
敬礼の形のまま、パトリックは自信なさ気に小首を傾げる。
「リントです。アーバ・リント。上官の名を誤るなど失礼極まりない」
リントは神経質そうに語尾のトーンを上げた。
「すみませーん。男の名前覚えるの、苦手なんで」
パトリックは頭を掻きつつ投げやりに答えて適当に陳謝した。
今までに交際した数え切れないほどの女性のフルネームを、女好きを自認する彼は一度として
呼び間違えたことがない。
しかしながら男の名前となると、気が乗らないらしく一向、頭に入らなかった。
彼直属の部下のファーストネームか愉快なあだ名、あとは郷里の家族や友人の名が精一杯だった。
軍の組織図もあらかた頭に入ってはいるのだが、残念なことにこちらも全く興味が持てない。
現在彼の頭の大半を占めているのは、彼の上司だったカティ・マネキン大佐なのだが、
今は独立治安維持部隊アロウズに転属して彼の側にいなかった。

 

 「随分たるんでいるようですね。その根性、私が叩き直して差し上げましょうか」
「野郎にしばかれたってこれっぽっちも嬉しかないです。どうせなら大佐がいいです」
パトリックの伸びのある、よく通る声が昼下がりの食堂内に響き渡ると、どよめくような忍び笑いが
所々で立ち上った。
パトリックの話し相手が、陰険を以って知られ、怒らせたら何をされるか分らないアーバ・リント
でさえなければ、いつものように辺り一面、大爆笑に包まれていたはずであった。
彼らの笑いの対象は明らかにパトリックなのだが、リントには一緒に居る自分までも嘲笑されて
いるかに聞こえて、鋭い視線を周囲に這わせた。
居たたまれなくなった者たちが三々五々席を立ち、持ち場へと去っていく。
それでもリントの気はおさまらなかった。
「よほど元の飼い主――いや失礼、上官殿が恋しいご様子で」
「はあ。その通りっす」
リントは仕返しのつもりでわざと言い間違えたのだが、パトリックは気にも留めていないようである。
それどころか素直に同意されてしまった。
これでは嫌味が意味を成さない。
ぱっと見、いかにも頭の悪い二枚目俳優のような風貌をしたこの男は、上官の名をまともに
覚えられないばかりか、嫌味も解せないほど足りないらしかった。

 

 自分の知性に絶大なる信を置き、己が「知らない」あるいは「理解できない」ということを
他人に決して悟られたくないリントからすれば、パトリックのような馬鹿丸出しの男は、
理解の範疇を超えてもはや異星人である。
ましてやあの高慢な女戦術予報士カティ・マネキンにわざわざ殴られたいなどとは、全く以て
変質的で、論外と言うほかなかった。
実際つい先日、リントは彼女に掴みかかられ、すんでのところで殴られるところだった。
彼女の古傷を抉って挑発したのは彼の方だったが、それでもあのまま殴られたら
面白かろうはずがない。
「大佐のいない連邦軍なんて、気の抜けたシャンパンですよぉ……」
「それなら今のあなたはさしずめ、炭酸の抜けたコーラといったところですかね」
一体いつになったら、この馬鹿は嫌味を言われていることに気がつくのだろうか。
リントは徐々に苛立ち、更にあからさまな当てこすりを試みたのだが、それでもパトリックには
通じなかった。
「あー上手いこと言いますね少佐。ソレいただき! って言いたいトコですけど、スペシャルな
俺のイメージに傷がつくんで――ところで自分に何かご用ですか? 冗談言いにいらしただけなら、
これから腹ごなしに模擬戦行ってきたいんすけど」
リントは気色ばんで絶句した。

 

 ◇    6    ◇

 

 パトリックは飲み残しの冷えたコーヒーを一気に流し込むと、手持ち無沙汰らしくカップの
取っ手に指をかけて、くるくると回し始めた。
戦って勝つ、という行為自体が、血気盛んで負けず嫌いの自分の性分に合っていることを
パトリックは肌で知っていた。
それに加えて、今は怠りなく訓練に励み、いつでもカティの期待に応えられるようにして
おきたいのである。
部下や同僚の恋愛相談ぐらいなら聞いてやらないこともないが、正直どうでもいいオヤジのギャグに
つきあっている暇はなかった。

 

 カティ・マネキンが転属して、どれほどの月日が経ったのだろうか。
大雑把な彼はそれをいちいち数えてはいなかったが、既に永遠のような長さを感じ倦み始めていた。
彼女の姿を日常見ることのできない毎日は、ひどく精彩に欠け色褪せて見える。
カティが配属される以前は、出動要請があれば最前線にかけつけて自慢の腕を揮い、なければ
模擬戦に明け暮れた。
生きるという行為そのものに精力的な彼は、その合間に部下や同僚たちと度の過ぎた悪ふざけに
興じたり、なお飽き足らず女性たちとの邂逅に心を躍らせ、放恣な生活を送っていた。
現在もスクランブルと模擬戦をこなすかたわら、隊員たちと式典でもないのに演習場で曲芸飛行を
してみせたり、コクピット内を勝手に改造して整備兵に悲鳴を上げられたり、深夜に及ぶ
恋愛座談会に「ここは寄宿舎学校じゃないぞ!」と上官にどやされたりと、それなりに充実した
毎日を過ごしているつもりである。
ただ女性関係に至っては、カティに衝撃的な一目惚れをして以来、ぱったり途絶えてしまっていた。
無論、今でも目の前を「いい女」が通れば、彼のセンサーは本能的に発動し、瞬時に各データの
収集に入る。
だがその後不思議なことに、以前していたような獲得行動に続かないのだった。
――おいおい、ひょっとして俺は男として終わっちまったのか?
と、あるとき彼にしては珍しく立ち止まり、自問自答してみたのだった。

 

 足首から腰のくびれ、胸に続くラインはよく曲線の美を尽くしており、日焼けのない肌は
肌理細やかで、上質な陶器を思わせる温かみのある白さと滑らかさを湛えている。
きっちりと結い上げた深い色の髪から、細いうなじにわずかにこぼれる後れ毛が官能をそそり、
皓い喉元から顎にかけてのシルエットはすっきりとして潔い。
小さなホクロの寄り添った口許は固く引き結べば禁欲的だが、ふと開かれるとひときわ濃艶に映り、
発せられる声音は凛としてやや低く、自分の名を呼ぶとき最も心地よく耳朶をくすぐった。
すっと通った鼻筋は取り澄ました表情がよく似合い、切れ長のアメジストの瞳は人を蔑むとき、
当人も意図しないほどに妖しい輝きを放っていた。
カティが視界の内にある世界は、彼女を中心として、全てがまるで極彩色であるかのように
彼の瞳にまばゆく映る。
こうしたカティの一つ一つを思い出すだけで、彼はゾクゾクし、甘い痺れが脳下垂体を刺激し、
ひいてはパトリックという男の五体を支配するのだった。
これが男として「終わっている」状態ではよもやあるまい。
であるとすれば――
パトリックはそこではたと手を打った。
「どう考えても、愛だろ」
彼は本能と直感にこの上なく従順な男だった。

 

 カティは表向きの態度は厳格だが思いやりがあり、何より将兵の生命を重んじた。
戦術プランは綿密かつ合理的で、作戦が成功しても己の功を誇らず、また失敗に終わった場合も
原因を部下に押し付け、八つ当たりすることもなかった。
カティの側は居心地がよかった。
パトリックが彼女に魅かれてやまず、吸い寄せられる衝動のまま常に近侍していた尤もらしい
理由を探そうと思えばいくらでも探せるのだが、彼にとってそんな作業は不要だった。

 

いい女といると、自分もすこぶる気分が良い。
喜ぶ顔が見たい、でも怒った顔もたまらない。

 

それ以外のどんな理由が必要なのかも、彼は考えたことがなかった。

 

 ◇    7    ◇

 

 パトリック・コーラサワーが好き勝手に振舞っていても、有事の際には彼を主戦力に
据えざるを得ず、作戦の立案には穏健派であるカティ・マネキンのプランが優先されるAEUの
生ぬるい体質に、リントは兼ねてから業を煮やしていた。
更に腹立たしいことに、彼らはパトリックを「あの馬鹿」と揶揄しつつも面白がって野放しにし、
安全域にある司令部モニターから高みの見物をきめこんでいた。
そして戦闘中であるにも関わらず、酒杯を重ねては「コーラサワーの強酸が、鉄の女の心を
溶かすことができるか」などと金品を賭けあい、その珍言奇行を肴に盛り上がっていたのである。
今、仮に許されるとするなら、管理下にあるオートマトンをキルモードにして司令部に放ち、
彼らを一掃してしまいたいほどのどす黒い憎悪が、彼の中で長きにわたる間とぐろを巻いて
いたのだった。
掃討・殲滅を至上とするリントの作戦は、AEU司令部においては、20世紀のナチスの暴虐を
髣髴とさせるものとして忌避されがちであり、そのため彼は長く冷や飯を食わされてきた。
それはAEUが国連から連邦の一部となり、軍組織が再編成されてからも、基本的な姿勢は
変わらなかった。
名称や所属が変わったところで、面子はほぼ同じなのだから、それは当然のことといえた。
彼の軍略の才能は、アロウズに入ってやっと日の目を見たのである。

 

 だが今、彼の上に、ずっと目の上の瘤だった女、カティ・マネキンが再び座を占めた。
――大変勉強になりましたよ、少佐殿。
新型機トリロバイトを撃墜された際、彼の指揮の拙さを皮肉交じりに評し、傲然と自分を見下した
あの時の女の顔が、リントの脳裏に今も焼きついて離れない。
アーバ・リントはカティ・マネキンの思想も戦術プランも、人柄まで含めて全て、彼女が彼に対して
抱いている感情と同様、心底嫌っていた。
殲滅なき鎮圧、降伏勧告、敵味方共最小限の被害――どれも彼からすれば反吐が出るような
理想論であり、唾棄すべき綺麗事にすぎなかった。
敵の絶対数をゼロにしてしまえば全ての紛争は一度でかたがつくというのに、何を好き好んで
災禍の種を未来に残すのか。
こうした生ぬるいヒューマニズムこそが紛争を永遠のものにしていることに、
人類は何故気づかないのか。
優れた種が生き残り、力劣るものは根こそぎ滅びるのが生命の道理ではないのか。
彼はそう信じて疑わない。
今、リントがアロウズ上層部から特命を受け、極秘裏に進めている至上のプランは、そうした彼の
理想を実現に導くものであった。
これで彼女の鼻を明かせると思うと至極愉快だったが、惜しいかな二度と指揮を執る気を失くさせる
ほどの効力は持ち合わせていないのだった。
だがそれでは、リントの復讐は半ばしか成らない。
彼女の上に立ち、なおかつ再起不能のダメージを与え、ともすればこの世から葬り去らねば、
彼の本願は成就しないのである。
積年の屈辱を晴らし、カティ・マネキンを追い落とす策を講じる為、彼はわざわざ苦い思い出の
詰まった、古巣である連邦軍を訪れたのであった。

 

 カティ・マネキンが腹心の部下であるはずのパトリック・コーラサワーを伴わなかったことを、
リントは彼女の着任直後から訝しんでいた。
ある時それとなく探りをいれてみたが、
――あれはアロウズの厳格な気風には合わぬ男、貴官は軍紀を乱すことをお望みか?
と、パトリックの素行不良を口実に軽くかわされてしまった。
――読めた。
リントはほくそ笑んだ。
あの女が子飼いのパトリックをアロウズに随伴させなかった理由が、腹立たしいのをこらえて
この男と言葉を交わし、その反応をつぶさに観察しているうちに、透けて見えたのだった。
この男は自分の意志で連邦に留まっているのではないのだろう。
カティ・マネキンがどのように言い含めたのかは知る必要もないが、どうやら置いてけぼりを
食わされているらしかった。
残虐な行為を好まないカティ・マネキンは、反連邦分子の排除という目的の為には手段を選ばない、
アロウズの実行部隊としてパトリックを用いることを、恐らく快しとしなかったのだろう。
――どこまでも甘い女、聖女気取りが。化けの皮を剥がしてくれる。
となれば彼女に対する最も有効な報復は、アロウズによってこの男の手を血まみれにさせてやり、
更には文字通り犬死にさせてやることであった。

 

 ◇    8    ◇

 

 アーバ・リントはカティ・マネキンの弱みを探っていたが、彼女自身にはAEU友軍における
同士討ち、という過去の汚点をつつくくらいで、他につけ入る隙がなかった。
となれば周辺を――ということで嫌でも彼の目に留まったのが、隙だらけのエース、
パトリック・コーラサワーその人だったのである。
――この男をアロウズに入れてしまおう。
パトリックが華々しい戦果を上げれば、多少業腹ではあるものの推挙した自分の株は上がり、
彼を入隊させなかったカティ・マネキンの不見識をなじるくらいはできよう。
思慮の浅いパトリックには期待できないにしろ、彼女は彼がアロウズの名の下に行った残虐行為に、
少なからず精神的ダメージを負うはずである。
またいつものごとく撃墜され、生き恥を晒しおめおめと帰って来たのであれば、「是非にと少尉が
仰るので、やむなく転属のお手伝いをさせて頂きましたが、やはり彼にガンダムは荷が重かった
ようですね」と嫌味の一つも言い、指揮官である彼女の顔に泥を塗ってやればいい。
そしてリントの思う壺にはまりパトリックが戦死すれば、AEUの生ぬるい首脳陣の面目も
丸潰れとなり、またあわよくば、あの高潔ぶった女が無様に取り乱し、泣き崩れる様が
拝めるというものである。
いずれにしても、自分に損はなかった。
性格どころか知能にも大いに難有りの不良エース、年中発情期の空っぽ万年少尉め、とリントは
思いつく限りの悪口雑言を心中に並べ立てながら、さてこそ、この煮ても焼いても食えない赤犬を
いかにして地獄の門番に引き渡してやろうかと策をめぐらしていた。

 

 「――そうそう、マネキン大佐といえば」
その一言に、パトリックの指先で小気味よく旋回していたカップがふっ飛んだ。
「へぁっ」
リントは不覚にも小さな悲鳴を上げてのけぞった。
カップが彼の髪を掠め、壁に直撃する。
ゴン、カン、カラカランという硬質の音が人気のなくなった食堂に響き渡り、カップは床に転がった。
彼も肝を冷やしたが、案の定、パトリックは激しく動揺しているようだった。
「大佐は、大佐はどうしていらっしゃいますか?! 教えて下さい!」
カティ・マネキンの名がリントの口の端に上った途端、パトリックは態度を一変させた。
その空っぽ頭でまともな敬語が使えるなら、まず目の前にいる自分になぜ使わないのか。
いやそれ以前に名前を覚えろ。
そもそも上官との会話中に手遊びとはどういう料簡で、危険行為に対する謝罪はどうした、と
リントはまたもや苛立ちはじめた。
しかし都合の良いように解釈すれば、単細胞で反応が判り易く、御しやすいということだ。
リントは自分をそう納得させ、怒りの矛を理性でひとまず収めた。
手応えは十分である。

 

 「連邦の収監施設において拘束していたガンダムパイロット、被検体E−57とアザディスタンの
皇女をソレスタルビーイングに奪われた上、同施設に収監中のカタロン構成員の逃走を許し、
つい先頃も精鋭揃いのモビルスーツ部隊の大半を、対ガンダム作戦遂行中に失ったとか」
「え……?」
パトリックは口をぽかんと開け、目を大きく見開いたまま固まった。
「その作戦において、被検体E−57が逃走に使用したとみられる新型のガンダムが確認されて
います。貴方もパイロットなら、これがどれほど重大な意味を持つかお分かりですね?」
「……」
リントの口から次々に飛び出す上官の失態に、パトリックは愕然としているらしく言葉が出ない。
「二大テロ組織のメンバーの脱走と、それに伴う新型ガンダムの出現、国家元首の略取。
これによって世界は今、再びテロの脅威に晒されています。指揮官であったマネキン大佐が
その責を公に問われることになれば、降格どころでは済まされないでしょう。不問に付されたのは
ひとえに、グッドマン准将の温情によるところ」
「そんな! 大佐が――」
彼女の処遇に話が及んで慌てふためくパトリックに対し、リントは沈痛な面持ちでかぶりを
横に振った。
「いやはや、連邦きっての戦術予報士、カティ・マネキンとは思えぬ失策続き。余りのことに
この私が、彼女に代りその後の指揮を執らせていただいたほど。ですが私も忙しい身、いつまでも
地上には居られませんので、返上致しましたがね」
「今は人員補充に頭を悩ませていらっしゃるようです。何と言ってもアロウズは少数精鋭、
志願して誰もが入隊できる訳では、ありませんし――実を言えば私も、彼女に協力して差し上げたい
ところでしてね。今は人選中というところですよ」
パトリックが余分なことを考え、質問する隙を与えまいと、リントは性急に言葉を継いで
相手の出方を伺った。
しかしながら、さも彼女のために心を砕いているかのような自分の三文芝居の空々しさには、
たまらず心中で舌を出した。

 

 ◇    9    ◇

 

 パトリック・コーラサワーはカティ・マネキンがアロウズに転属してからも、何度となく
連絡を取ったが、いずれも二言三言、言葉を交わしただけで、「問題ない」「忙しい」と
一方的に回線を切られてしまっていた。
彼女はいつも多忙で、前々からこういったことはままあったため、言葉通り問題なく
やっているのだと、彼は単純に受け止めていた。
ただ、連邦の収監施設がガンダムの襲撃を受け、独立治安維持部隊アロウズがこれに対応したと
報道された際には、世界情勢に全く興味のない彼も、カティに何かあってはと見咎めて、
すぐさま安否を尋ねた。
が、返ってきた答えは普段通りで、まるで他人事のようでさえあった。
アロウズがいくら少数精鋭の組織とはいえ、指揮官が彼女一人のみではまさかあるまいから、
てっきり他の人間が指揮を執り、へまをやらかしたのだと彼は解釈していた。
――私がへまをするとでも思っているのか?
以前、カティはいつもの流し目でパトリックを一瞥して、そう言った。
あの自信に満ちた、彼を魅了して已まないアメジストの瞳を妖艶に輝かせて。
彼女の色香にくらりときて、パトリックはそのままうっかり丸め込まれ、結局連邦軍に
置いてけぼりを食らってしまった訳だったが、まさか今、彼女が自分の与り知らぬところで
大きなしくじりを重ね、あまつさえ指揮権を奪われていたとは思いも寄らなかったのである。

 

 パトリックは全身の血がふつふつと沸き立ち、逆流するような激しい怒りに身を委ねた。
震えが止まらない。
ソレスタルビーイングでもなければ、カタロンでも、目の前のうらなりマタンゴでもなく、
無論、カティにでもない。
それは自分に苦境を悟られまいと、彼女が平静を装っていたことを汲んでやれなかった、
自分自身への怒りに他ならなかった。
――いったいドコ見てんだよ?! 俺は!
自分がついていれば、4年前のように、相討ちとなってもガンダムを撃墜できたかも知れなかった。
捕虜パイロットの脱走も、阻止できたかも知れなかった。
少なくともカタロンのような旧式MSの寄せ集め武装集団にまで、彼女が苦杯を喫することは
なかったはずである。
――俺が、この俺が側に居れば!!
「ちくしょうッ!! 俺は――なんてこった! クソォっっ!!」
パトリックは羅刹の如き憤怒の形相で、燃えるように赤い髪を振り乱し、激情に駆られるまま
大音声で咆哮し、握り締めた拳で虚空を撃った。

 

 「ひぃっ」
リントは驚いて反射的に身を引いた。
カティ・マネキンの信じ難い失態に呆然としていたはずのパトリックが、身震いしたかと思うと
突然、至近距離で激昂し、悪鬼さながらに暴れだしたのである。
多少声を荒げるくらいはリントも予想していたし、また動じない自信もあったが、パトリックの
暴挙は彼の予想を遥かに超えていた。
「ど……どうしました少尉?」
再び姿勢を立て直し、軍服の襟を指で正しながら、リントはつとめて冷静に問いかけた。
パトリックは我に返り、髪と着衣の乱れをざっと整えると、猛然とリントに詰め寄った。
「俺――いえ、私を行かせて下さい!! 自分はAEUのエースパイロットです、ガンダムとの
交戦経験だって一度や二度じゃありません! これ以上の適任はないと考えます!」
「出撃しては撃墜されていると、聞いていますがね」
リントはここぞとばかりに鼻をふんと鳴らすと、鮮血で染め上げたような両の瞳で、
パトリックを冷然と見下した。
「それは自分に油断があり、ソレスタルビーイングに新兵器等、予想外の戦力があったからです!
次こそは必ず、ガンダムを!!」
「そうは言っても……ねえ。まあ、でも、貴方がそこまで言うなら」
予定していた筋書き通りに、リントは一応渋って見せたが、最後はパトリックの熱意に押し負ける、
といった形で承諾を与えた。
パトリックは「よっしゃあ!」と短い歓声を上げ拳を引いたかと思うと、流れるような仕草で
その手で髪を掻き上げ、そのまま敬礼した。
「サインでも血判状でも即! 書きますんで宜しくお願いします!! マーガリン少佐!」
「リントだって言ってるでしょうッ! アーバ・リ、ン、ト!!」
もう勘弁してくれといわんばかりの金切り声で叫ぶと、リントはくるりと踵を返し、
靴音も高くその場を後にしたのだった。

 

 ◇    10    ◇

 

 愚かなパトリックはまんまと策にかかったのだが、リントの気分は何故かすっきりしなかった。
良心の呵責などという大層なものでは、勿論ない。
思うさま嘲弄して罠にもはめてやり、あとは成果をご覧じろ、と本来なら快哉を叫びたいところで
あるのに、逆に相手の思う壺にはまってしまったような心持になるのは、何とも釈然としない。
気のせいだと思いたいが、あたかも親切心で恋の橋渡しをしてやったような気さえしてくる。
それでは忌々しい。
少々、芝居に熱が入り過ぎたのだろうか。
長々もったいぶった言い方などせずとも、単刀直入に、
――欠員が出ているのでアロウズに志願しませんか、少尉。
――はい!
とだけ言えば、無駄な苛立ちやわだかまりを抱えずに済んだのだろうか。
いやここは多少の嘘や誇張を交えても、カティ・マネキンの窮状をパトリックに強調して奮起を促し、
任務遂行に躍起になってもらわねばならないのである。
どうせ頭の悪い赤犬のこと、リントの微細な嘘を見破れようはずもない。
そして最新とはいえない機体を駆り、できればカティ・マネキンの指示を逸脱するほどの無茶をして、
是非とも死地に赴いてもらわねばならないのである。
過剰演技もけして無駄ではないはずだ。

 

 用が済んだ以上は一刻も早く宇宙(そら)に戻り、極秘任務を続行しよう。
そうすれば、このもやもやした気分もじきに払拭できるはずだ。
いやその前に、リントの慧眼によって魂胆を見透かされ、目論見を覆されたと悟った、
あの女の醜く引き攣った面だけは最後に見ておかなければならない。
あとは任務の片手間に残虐で魅力的な戦術プランを立案して、退屈嫌いのグッドマン准将の
了解をとりつけ、あの女に押し付けてやればいい。
あの女も軍人である以上、上官の命令に容易には逆らえまい。
今度は自分が文字通り、宇宙から高みの見物をきめこんでやろうではないか。
しかしパトリックとの会話は、リントにとって苦行でしかなかった。
見た目ほどは年齢の開きがない二人であるのに、全く話が噛み合わない。
彼が一言発するたび胃が軋むほどに苛立ち、疲労を覚えるのは、一体何に起因するのだろう。
アーバ・リントがわざわざ知略を用いるには値しないほど、パトリック・コーラサワーという男は、
愚かに過ぎたということなのだろうか。
これ以上パトリックに考えを及ぼしても時間の無駄と知りながら、リントは首をひねりつつ
帰還の途についた。

 

 リントが金切り声を上げるより早く、パトリックは敬礼もそこそこに、背を向け駆け出していた。
このまま走りに走ったら、海を越えカティの許に辿り着けそうな爽快な気分だ。
心なしか空まで輝いて見える。
もうすぐ彼女に会えるのだ。
カティの安否が気にかかって仕方ないが、今は惚れた女のずば抜けた知略と、痺れるような豪胆さを
信じよう。
時には弱音を吐いてくれても大歓迎なのにと、いつでも胸を貸せる準備は万全なのだが、
幸か不幸かこの4年余りというもの、彼の胸の空きスペースが彼女で埋まることはついぞなかった。
何せ気丈な彼女のこと、実際のところ、今回も彼の妄想の中だけで終ってしまう公算が大なのだが、
彼の不屈の精神はめげることを知らなかった。
言いつけを守らなかったパトリックを、カティは叱るかもしれない。
それでも構わなかった。
惚れた女が窮地にあると知った以上、男として、もはや一刻もじっとしてはいられなかったのである。
それに久しぶりに彼女の麗姿を拝し、美声に耳を傾けることができるのなら、長い説教も
けして悪くない。
ずっと二人でいられるのなら、むしろ永遠に続いても、一向に構わないくらいだ。
――大佐、あと少しだけ待っていて下さい。俺が必ず、貴女を守ります!!
「そうだ! 俺は愛の奴隷だぁーッ!!」
彼は今すぐにでもジンクスを駆って彼女の許に馳せ参じたいところであるが、辞令が下るまではと
思いとどまった。
目立つから来るなと何度も釘を刺されているのに、初っ端から規律違反で悪目立ちするのは
さすがにまずい。
はやる思いをひとまず模擬戦にぶつけるべく、パトリックは一吠えすると演習場へと疾走していった。

 

(作者注 リントがAEU出身というのは公式のソースによりません。文書係の想像です)

 

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