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補完小説パトリック・コーラサワー供.▲蹈Ε採ッΑ〜以

Last-modified: 2014-03-07 (金) 14:02:01
 

 ◇    1    ◇

 

 「まったく、何という間抜け面だ」
カティ・マネキンが長い会議を終え士官室に戻ると、パトリック・コーラサワーが
ドアの横の壁にもたれた形で、立ったまま居眠りをしていた。
彼女の呟きにも全く反応がないので、こんな姿勢でよく熟睡できるものだと感心する。
尤も、これくらいの図太さがなければ歴戦の軍人など務まらないのかも知れない。
そして彼が立ったまま熟睡するだけの十分な理由を、彼女はこの身に痛いほど知っている。
ライセンサーを筆頭とする、パトリックより高位のパイロット達は、ソレスタルビーイング掃討を
目的とした戦闘に常時対応できるようにと、司令部の命により戦力を極力温存していた。
そのため、カタロン等のソレスタルビーイング以下とみなされる反連邦勢力への対応には、
専ら彼らより下位にあたる、パトリックのような下っ端士官が派遣されていたのだった。
しかもカティからの密命によって、相手へのダメージは可能な限り機体損傷にとどめるよう
彼は言い渡されていた。
「ガンダムのヤツをギッタギタに」したいという元々の希望からすれば、非常に不本意で不毛な、
彼の好みにおよそそぐわない地味な戦いを余分に強いられているのだが、それでも不満一つ
他人に漏らさないのは、彼女の立場を彼なりに慮ってのことだとすれば申し訳なくもあった。
彼女にだけこぼす愚痴も「俺にも新型下さいよぉ」か「敵さんに手心加えて撃つってのも、鹵獲と
同じ要領と思えば簡単っすけど、妙なモンですねぇ」というくらいなのだが。
――よくやっている。
と、目覚めたらねぎらいの言葉の一つもかけてやるべきだろうか。

 

 間抜け面とは言ってみたものの、うつむき加減で目を閉じ、腕を組んで沈黙を保っている
パトリックの横顔は、いつもより三割は男ぶりが増して見える。
覚めていて気合いが入っている時よりも、本人が気を抜いて寝ている時の方がまともに
見えるというのも、何ともおかしな話だった。
毎朝整えているのかそれとも起きたままなのか、持ち主の性格をそのまま反映したような
ぴょこぴょこと外にはねたくせのある赤毛が、今日も日替わりのスタイルを形作っている。
間近で見ると思いの外やわらかに見え、触れたら心地良いかも知れないという思いつきと、
彼への労りの気持ちから、頭でも撫でてやろうかとカティは手を伸ばしかけた。
が、それではまるで子供か飼い犬にするようではないかと気づくや、彼女は慌てて手を引いて
咳払いし、いつもの厳しい口調で一喝した。
「起きろ、パトリック!」
パトリックはびくりと肩を震わせるとはっと顔を上げた。
当然のことながら、いつもの間抜け面に戻っている。
「……んぁあ大佐! すいません寝ちゃってました!」
「まあいい。待たせたな、入れ」

 

 パトリックは入室すると、いつものように手際よくコーヒーを淹れはじめた。
こんな日常的なことからMSの操縦まで、自ら「何でもできる!」と豪語しているように、
何をやらせても器用に、しかも嬉々としてこなしてしまうところが、彼が劣等感というものを
微塵も感じさせない所以なのかと彼女は思う。
また女性の為には労をいとわず、相手に心理的負担を感じさせずスマートにやってのけてしまう
ところは、さすがプレイボーイの面目躍如たるところだった。
アロウズの過密な訓練スケジュールと実戦の合間の僅かな隙を縫って、「お食事をお持ちしました!」
をはじめ、仕事前のコーヒーだのカフェオレだのティータイムだの夜食だのと、何かと口実を
設けては、彼は足繁く彼女の許を訪れていた。
この熱心さを戦闘以外の軍務にも振り向けてくれればとうに大尉くらいには昇進して、
アロウズに転属しても、新型とはいかないまでもアヘッドは難なく与えられたはずであるのにと、
彼の力量に対しては惜しく思い、また自分の指導が及ばなかったことを彼女は猛省している。
力量があれば階級によらず新型を支給されると普通に考えているあたりが、彼に政治感覚が
甚だしく欠如している証左でもある。
同じ軍隊とはいえ、比較的規律の緩慢なAEUに長く在籍していたことと、厳しくするつもりが
つい彼を甘やかしてしまい、しまいには振り回されている彼女にも責任の一端はあるのだった。

 

 ◇    2    ◇

 

 パトリック・コーラサワーがカティ・マネキンに熱烈な好意を寄せ、ガンダムから彼女を守る
という理由でアロウズに志願してきたことは、アロウズに籍を置く者なら上層部や士官たちはおろか、
食堂や事務方の職員でさえ知らぬ者はない。
アロウズに来てこのかた、作戦行動中の公開ラブコールは自粛してなくなったものの、
普段の言動までは彼女といえど制しようがないのであった。
だが彼女はその艶聞を逆手にとり、彼の入室を公然と許していた。
放って置けば一日中寝食を忘れ考えに耽ってしまう彼女にとって、むしろ彼のような存在は
気分転換になり、考えようによっては有難いのかも知れない。
しばしば彼が前触れもなく突然部屋に飛び込んでくることと、彼女の黙想が妨げられるのが
難点といえば難点だが、自分の目の届かぬところで彼が生命の危機に晒されることだけは
何としても避けたかった。
作戦行動中も彼女の権限の及ぶ限りにおいて、尤もらしい理由をつけて側近く置き、残虐な作戦に
加わらせないよう腐心していたのもそのためである。
これがエゴでなくて何なのだろう。
彼女を清廉高潔と称える者があっても、その賞賛は痛烈な皮肉の刃となって、カティの胸を
刺すばかりだった。
世界中の紛争を早期解決に導くという信念に嘘偽りはないが、目の前で屈託なく笑う、
愚かしいほどに無邪気で純粋すぎる男の命も無下にはできないのも、また彼女にとって
真実なのであった。

 

 パトリックはそんなカティの思惑に気付く由もなく、鼻歌交じりにコーヒーを淹れている。
――非常時だというのに、呑気な奴め。だが、この声は悪くない。
最初は聴くとはなしに聴いていたのだが、少し鼻にかかった、甘さのあるパトリックの声は、
彼の母国語で囁くように歌うと、実にしっくりと耳にくるのだった。

 

 Ange d'or, fruit d'ivresse,          金色(こんじき)の天使 陶酔の果実
 Charme des yeux,               魅惑のまなざし
 Donne-toi, je te veux,            許しておくれ お前が欲しい
 Tu seras ma maitresse,           俺の恋人になっておくれ
 Pour calmer ma detresse.          俺の悲嘆を和らげるため
 Viens, o deesse,                  おいで おお 女神よ
 J'aspire a l'instant precieux         俺は憧れる 二人幸せな
 Ou nous serons heureux: je te veux  大切なひとときを お前が欲しい

 

カティに聴かせるつもりがあるのかないのか、恐らくはその日その時の気分で歌っている
だけなのだろう。
歌い出しも冒頭からであったり途中からであったり、同じフレーズを繰り返していたりと、
気ままそのものである。
しかしながら口ずさむのはきまって、恋の歌だった。
この辺りは彼自身の嗜好と、民族性とによるのだろう。
普段伊達男を気取っているこの男も、それでも一旦戦闘となれば、時として狂戦士に変貌するの
だから、人というものは分らない。
そういう時の彼は、まるで別人のようであった。

 

 ◇    3    ◇

 

 ――別人、か……。
5年前のソレスタルビーイング殲滅作戦において、カティの部隊が捕えた羽根付きガンダムの
パイロット、被検体E−57は、二十歳前後の若い男だった。
アンドレイ・スミルノフの報告によれば、被検体E−57は超兵ソーマ・ピーリスの姿を認めると、
親しげに「マリー」と呼びかけ、自分を「ホームでずっと話をしていた、アレルヤ」だと名乗った
らしい。
収監中いかなる尋問や拷問にも一度として動じず、口を割らなかった男が笑顔さえ見せたという。
対するピーリスは、男の呼びかけに強い拒否反応を示し、逃れるようにその場を去ったという
ことだった。
ピーリスには超兵となる以前の記憶がなく、後日セルゲイ・スミルノフに「マリー」という名が
超兵機関の残存データにあるか照合を求めていた。
これらの事実を考え合わせるに、セルゲイの告白した「人革連の咎」とは、人間の尊厳を無視した
人体強化実験の中に、記憶や人格の操作を含んだものであったと推定できる。
既に超兵機関が消滅し、データも大部分が隠滅された今となっては、確かめようがないのであるが。

 

 ソーマ・ピーリスと被検体E−57――「マリー」と「アレルヤ」――聖母の名と神への賛辞と、
神聖な因縁で繋がれた二人の名を、カティは思い返した。
二人の乗ったMSは戦闘の末、もつれ合うように落下し消息を絶った。
そしてピーリスの乗機スマルトロンだけが主のない帰還を遂げたが、死を裏付けるような痕跡を
コクピット内に認めることはできなかった。
また、セルゲイからの報告書に、不審な点は見当たらなかった。
あえて言うならば、彼女の死を悼みつつ作成されたものであるとすれば、それは些か
そつのなさすぎる出来栄えであった。

 

――戦う以外に己の存在意義を見出せぬ乙女を、我々人革連は創り出してしまった。
あれには人としてあるべきはずの家族も、朋友も、過去の記憶すらない――
――あれが……人革連の咎なのだよ――あれが過去に失ったものを取り戻してやることが
叶わぬのなら、せめて今、この手にある未来は……と思うのだ。一体何の罪滅ぼしのつもりかと
後ろ指をさされ、あざ笑われようがな。

 

自分の娘にと望み、人並みの幸せを与えてやりたいと願うほどに慈しんでいたピーリスを、
セルゲイが軍に背き死を偽装してまで手放した理由を、カティは彼の遺した言葉を手がかりに、
頭の片隅で考え続けていた。
しかし何という偶然の符合か、その疑問が彼女の中で氷解した。


 J'ai compris ta detresse,           あなたの悲嘆はわかったわ
 Cher amoureux,                 愛しい恋人よ
 Et je cede a tes voeux,            だからあなたの切なる願いに負けたの
 Fait de moi ta maitresse.           わたしをあなたの恋人にして
 Loin de nous la sagesse.           思慮分別は遠く押しやり
 Plus de tristesse,                もう寂しさなんてない
 J'aspire a l'instant precieux         わたしは憧れる 二人幸せな
 Ou nous serons heureux: je te veux.  大切なひとときを あなたが欲しい


 Je n'ai pas de regrets              わたしは後悔していない
 Et je n'ai qu'une envie:             だから願いは一つだけ
 Pres de toi, la, tout pres,            あなたの側で すぐそばのそこで
 Vivre toute ma vie…               一生涯生きること・・・・・・
(Eric Satie,Je te veux,Paroles de Henry Pacory,1900)


 ◇    4    ◇

 

 ――面白い男だ。
パトリック・コーラサワーをジンクスのパイロット候補に加えるか否か、カティ・マネキンが
思案している奇しくもその折も折、彼は玄関の呼び鈴を鳴らし、彼女が大規模作戦を控えた
緊張状態にある横で、締まりのない笑顔を晒していた。
あたかも彼女のパズルの欠けたピースを、ひょっこり持って現れるような間の良さを、
彼は持ち合わせているのだった。
大体においてそれは彼の意図しない内に、また彼女にも思いもかけぬ形で僥倖をもたらしていた。
パトリックの破天荒な言動が、彼女の勘気を蒙ることもままあるのだが、彼のしょぼくれた
間抜け面を見ている内に滑稽になり、腹を立てているのもじき馬鹿らしくなり許してしまう。
見ていなければ何をしでかすか分らんと、危なっかしくて放っておけず、今日この時に至っている。

 

 今は彼岸の人となった戦友、セルゲイ・スミルノフが見せた不可解な行動の真意が、徐々に
カティの中で輪郭を現し、浮かび上がって来ていた。
思慮が服を着、分別が眼鏡をかけているような彼女には思いも寄らない仮説であったが、
彼らに当てはめてみると、なるほど全ての辻褄が合う。
父親が娘を手放すとすれば、娘が一人の男を生涯の伴侶に選び、女としての幸せを掴もうとする時に
他ならない。
「マリー」と「アレルヤ」は「ホーム」と呼ばれる超人機関において親密な間柄であったが――
人格操作によってマリーの記憶は封印され――アレルヤはホームを脱走してソレスタルビーイングに
接触し、羽根付きのパイロットとなった。
アレルヤは国連軍に捕えられ――連邦軍収監施設において二人は再会を果たした。
同胞アレルヤの呼びかけがピーリスの封印された記憶を徐々に呼び覚まし――やがて完全に覚醒した
彼女は、旧知の男の許へ奔った。
セルゲイは、マリーの人格を取り戻したピーリスを捜索の末発見したが、アロウズに連れ戻して
戦わせるにも、男と引き離して手許に置くにも忍びず、マリーとしての彼女の幸福を尊重して、
離別を選び死を偽装した、ということになる。
彼ら――マリーとアレルヤ――は今、幸福なひとときを過ごしているのだろうか。
二人の身は恐らくソレスタルビーイングにあり、今後敵として相対する可能性が皆無でないことを
思うと、カティは手放しで二人を祝福してやる気持ちにはなれなかった。
ただセルゲイの父親としての想いは叶えられ、果たされた――それをせめてもの慰めにするしかない。
妻を戦場に見捨て、我が子に討たれた男が、その手で最期に護ったものは、全てを失った少女の
未来だったのか。

 

 思えば殲滅作戦の後、国連軍が蒙った壊滅的被害の収拾にカティが追われている中、
ピーリスは負傷したセルゲイに人目も憚らず取り縋り、呼びかけを繰り返し、金色の瞳から
大粒の涙をこぼしていた。
彼女と世界を結ぶたった一人のよすがであったセルゲイを失うかも知れない恐怖と悲しみに、
軍人然とした平素を忘れ、途方にくれた子供のように泣きじゃくるピーリスの姿に、カティも
少なからず心を打たれたのだった。
セルゲイはあの時、何を見、何を想ったのだろう。
死に顔すら見ることの叶わなかった妻の、決別の涙をそこに見ただろうか。
戦場に母を喪った、アンドレイ少年の慟哭を、少女の嗚咽の中に聴いただろうか。
あの時、彼はひとりの人間として犯した過ちを、少女によって改めて気付かされたのかも
知れなかった。
己が身を顧みず、単身、朋友を諫め、軍人としての功績を擲って少女に未来を与えたのは、
その償いであったのだろうか。
人としての禍福と功罪とをないまぜにしたセルゲイの最期に、運命の皮肉を感じて
カティは長嘆息した。
だが逝った戦友と年若い恋人たちに思いを馳せ、感傷に浸ることが許される時間は、
もう残されてはいなかった。

 

 ◇    5    ◇

 

 物思う女は美しい。
パトリック・コーラサワーは、アロウズ大型海上空母の士官室で、今日も至福のひとときを
過ごしていた。
椅子に深く身を預けた彼の上官、カティ・マネキン大佐は、自室に戻ってよりこのかた、
一人思索に耽っている。
親指で形の良いおとがいを支え、人差し指を微かに開いた唇に添えて、眉根を寄せ、あるいは瞑目し、
時には僅かに瞳を潤ませて、ここではないどこかを見ていた。
爪は形を整えてあるものの彩りはなく、化粧も身だしなみ程度に薄く施されただけではあるけれども、
それがかえって、彼女の天性の麗質を際立たせていた。
無論、彼にとっては、華やかに着飾り念入りに化粧した女性も、十分に好ましいのであるが。
加えて彼女を一層、魅力的にしているのは、日常の何気ない仕草、立ち居振る舞いといった
ものだった。
指揮を執るとき、真っ直ぐに差し延べられる細腕の力強く優美なさま、彼の前を歩く後姿の
颯爽として迷いなく、それでいて抱き締めたくなるような、うなじや腰つきのなまめいた風情も、
彼の心を捉え、もう幾年も彼女の側を去らせようとしなかった。
ただ厳格で慎み深いだけの女ならありきたりだが、色事にかけては百戦錬磨の彼をも時折どきりと
させるほど、大胆で挑発的な言辞を吐いてのけるところもたまらなかった。
――お前を男にしてやる。
――面白い女だ。それでこそ、落とし甲斐もあるってもんだぜ!
女はまさに神の造形の最たるものだと、自分で淹れたコーヒーを飲みながら、いつものように
彼はひとしきり感嘆する。
また、こうしたカティの姿を思う存分堪能できるのは、彼女の副官を自任する(勝手に立候補して
勝手に随伴しているだけなのだが)彼の特権だと、パトリックは勝手に思っていた。

 

 ただ惜しむらくはアロウズに転属して以来、彼女の愁眉が滅多に開かれないことだった。
彼女の物思いの種が世界云々でなく、自分のことであってくれれば嬉しい。
唇に触れ、肌を重ねることを許してくれるのなら、無上の悦びであるに違いない。
だがそこに至るまでの彼の恋路は、未だかつてないほどに峻険だった。
――人の恋路を邪魔するヤツはっ!!
カティの憂いを打ち払い、彼女の心を獲得するため、パトリックは奮戦に奮戦を重ねていた。
カティ戦術予報は実に正確なのだが、こちらの勝利まであと一歩というところまで肉迫すると、
必ずと言っていいほどソレスタルビーイングから、新型や新装備などの新兵器が現れるのだ。
そしてあっという間に戦況を覆され、パトリックが彼我の性能差を測りかねているうちに隙を突かれ、
あえなく撃墜されてしまう。
連邦やアロウズのように巨大国家群をバックにしている訳でもなしに、一体どうして
次から次へと隠し玉を繰り出せるだけのカネとウデがあるのか、パトリックは不思議であり、
正直羨ましくもあった。
これまではガンダムを目の敵にし、付け狙っていればよかったのだが、ここにきて
ややこしいことにもなってきたのである。
アロウズの上つ方がコソコソおっ建てた衛星兵器とやらが中東のあちこちを攻撃し、
民間人を含めた何百万もの人間を、一瞬にしてふっ飛ばしてしまった。
さらに旧AEUの建造したアフリカタワーまで、連邦軍のクーデター派が擁した6万の人質ごと、
ダメにされてしまったのだ。
しかも被害の拡大を防ぐ為に、崩落したタワーのピラーを破壊することを主導したのは、
よりによって彼が敵視していたソレスタルビーイングらしいのである。
――ちっ!! これじゃ、どっちが敵だか味方だか、分りゃしねぇじゃねえか!
惚れた女を守るため、どこに向けて引き金を引けばいいのか分らない。
それとも周り全てが敵なのか。
事態は混迷を極めていた。

 

 ◇    6    ◇

 

 手にしていたコーヒーカップはいつの間にか空になっており、歌も止んでいた。
話しかけられないのをいいことに、思いの外時を過ごしてしまったらしい。
カティ・マネキンはかぶりをひと降りして気持ちを切り替えると、向かいの簡易ソファに
腰掛けているパトリック・コーラサワーに視線を移した。
そういえばこの男は自分が考えこんでいる間、いつも何をしているのだろう。
部屋に飛び込んでくるなり、たわいもないことを矢継ぎ早に話してくることもあれば、
食事や差し入れを持って現れることもあり、今夜のようにただにこにこと締りのない笑顔を
浮かべていることもある。
いずれにせよ毎度飽きもせず、楽しげに過ごしているようなので、カティは忙しさに紛れて
余り気に留めいなかったのだった。

 

 「――お前があえて旧型の機体を選んで乗るとしたら、どのような理由が考えられる?」
「何ですか突然?そうっすねえ……」
長い沈黙を破るカティの唐突な問いかけに答えて、パトリックはソファから身を離した。
歩み寄りがてら思案しているらしく、視線をきょろきょろと彷徨わせていたが、カティの机の前で
ぴたりと立ち止まると、
「まず、新型壊しちまったときです」
正面に向き直り、いささかも悪びれず言った。
「お前の場合は殆どそれだな」
ふてぶてしい態度にカティがちくりと刺すと、
「ははは! やだなあ大佐ったら、もう」
パトリックは片手で後ろ頭を掻き、もう一方の手を上下に振りつつ、照れ笑いにごまかした。
「他にはないのか」
彼女の求める答えは、それではないのだった。
「あとは――わざわざ新型乗るまでもない場合ですかね。カタロン相手ならイナクトの装備で
十分ですし、ほらたまにはあの機体にも、いい目見せてやらないと!」
新型機体で出撃しては大破させ、他の不品行も含め年中始末書ばかり書かされている姿からは
想像もつかないが、このような発言から推し量るに、自分の乗機には彼なりに愛着もあるらしい。
「地形や相手の得物があらかじめ分ってんなら、相性で選ぶってのもアリかと思います――
ただ得物の方は模擬戦でもない限り、ほとんど出たトコ勝負ですがねぇ」

 

 この手の話をしている分には、パトリックが一パイロットとしてそれ相応の見識を有して
いることが窺える。
如何せんそれらしく見えないのは、その他の平生の言動に問題があり過ぎるせいなのだろう。
毎回無傷で生還するエースパイロットというのも、軍からすれば有難い存在のはずであるのに、
有難がられるどころか不死身とあてこすられ、生還を果たしたにも関わらず、まず新型を
ロストさせた件で司令部のお目玉を食う破目に陥るのは、彼の人徳ゆえとしか言いようがない。
それでも何となく憎めず、周囲の失笑を買いながらも重宝がられている点も含めて、であるのだが。

 

 ◇    7    ◇

 

 「――では聞こう。スミルノフ大佐の乗機がジンクス靴任覆、ティエレン全領域対応型であった
理由を。貴官はどう見る?」
カティ・マネキンは椅子に掛けたまま両肘をもたせかけ、組んだ両手の間に顎を埋めた姿勢で、
まるで面接官がするように、部下であるパトリック・コーラサワーに次々と問いを投げかけていた。
「ええと――」
パトリックは後ろ髪を掻きやっていた手を下ろし、人差し指を口許に添える。
「反乱に加担するのに、わざわざ機体性能の劣るMSに乗る馬鹿があるか?」
「ないですね」
カティの問いに彼が即答するのも当然だった。
ティエレン全領域対応型はGNドライヴを搭載していない、今となっては旧式のMSに属する。
セルゲイ専用にカスタマイズされ、非太陽炉搭載機用のGNビームライフルを装備しているとはいえ、
現在連邦軍の主力機に採用されている、ジンクス靴箸寮能差は歴然であった。
「スミルノフ大佐は、慎重で思慮深い方だった。そしてクーデターの首謀者は連邦軍大佐
パング・ハーキュリー、大佐の旧知の友人にあたる」
「えー、ってことは――」
脳裏に閃くものがあったのか、パトリックは口許に置いた指を離すと、何かを指し示すような
仕草に変えた。
「あの機体、連邦の人間なら一目で、熊オヤジのと判ります――オヤジさん、俺は戦うつもりで
来たんじゃねえって、示したかったんですかね?」
「警戒心を抱かせず、説得に赴くつもりだったと私も考える。同じ連邦軍とはいえ人質を
擁している以上、配慮は必要だろう」
パトリックはここに至ってセルゲイ離反の真相に考えが及んだらしく、途端に眉を曇らせた。
「じゃあオヤジさん、クーデターに助太刀するつもりも、戦う気もはなからなかったって
コトじゃないですか」
「全て状況証拠に過ぎないがな。だが私の知る限りでは、あの方は無関係な市民を巻き込むような
手段は決して採らないはずだ」
「ダチ説得し損ねた挙句、カン違いしたせがれにやられるなんざ――オヤジさん、浮かばれねえなあ」
腕組みしながら独り言のように呟くと、彼は瞼を半ば伏せて溜息をついた。

 

 「だが、仮に存命であったにせよ、ハーキュリーとの共謀を疑われ、断罪は免れなかったろう」
クーデター直前、二人が接触していたという形跡を残していたとすれば、セルゲイが知らぬ存ぜぬを
通したところで、言い逃れをするのは難しかった。
また以前、彼はカタロンとソレスタルビーイング双方に関わりを持つ青年を、その身の上の安全を
慮り独断で逃がしていた。
その際アーバ・リントは直々にセルゲイの許に出向き、少佐の身で格上の彼を叱責したという。
リントに目をつけられていたのなら、その場限りの嫌がらせで当然、済む訳がない。
「セルゲイ・スミルノフに不穏な動きあり」という旨の上層部への報告も済んでいる筈だ。
更に超兵ソーマ・ピーリスの死の偽装、及びソレスタルビーイングへの身柄の引き渡しまでも
いずれ何らかの形で明るみに出るとすれば、離反と受け取られない方が不自然である。
「今、アロウズは――衛星兵器を用いた強行的中東再編に並行して、アロウズの方針に与せぬ
連邦軍の実力者を燻り出し、粛清しようとしている――人類意志の統一による、恒久平和の
実現のために。ホーマー・カタギリを筆頭とする旧ユニオンの勢力は大方、アロウズに吸収されたと
言っていい。旧人革連についてはもはや言を費やすまい。となれば、残るは――」
返答を促すように、カティは皓い顎をついと上に傾け、アメジストの瞳を、同じ色をした
パトリックのそれに巡らせた。
ややあって彼女の意を察した彼は、伏し目がちだった両の目を見張って、驚愕を表した。
「AEUは――大佐と、俺!?」
「離反すればな」

 

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