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補完小説パトリック・コーラサワー供.▲蹈Ε採ッΑ|翳

Last-modified: 2014-03-07 (金) 14:01:31
 

 ◇    8    ◇

 

 アロウズのMS・MA総力を結集させ、カティ・マネキンは最終決戦の覚悟を以て、
ソレスタルビーイング掃討に臨んでいた。
その間隙を突き、連邦軍大佐パング・ハーキュリーが軍内の同志を率い、低軌道ステーションにいた
およそ6万の市民を擁してアフリカタワーを占拠した。
旧友セルゲイ・スミルノフが説得に赴くも決裂、アロウズ上層部は存在を秘匿していた衛星兵器、
メメントモリ2号基を稼動させステーションを攻撃したのだった。
その際、二個付きガンダムが超大型ビームサーベル様の新兵器を用いてメメントモリ破壊を試みたが、
破壊及び照射阻止には至らず、照準を僅かに逸らすに止まった。
結果、ステーション全壊は免れたものの、タワー外壁を直撃、オートパージされた無数のピラーが
次々と落下し始めた。
これによる甚大な被害をいち早く察知したソレスタルビーイングの戦術予報士、リーサ・クジョウの
要請の下、アフリカタワーに集結した各勢力が、敵味方を問わず一団となってピラー破壊に当たった。
その甲斐あって、タワー周辺の居住区域への被害を最小限に食い止めることができたのであった。

 

 考えるにこのクーデター自体、アロウズ上層部が情報統制の下、故意に隙を見せ、起こさせる
べくして起きたものではなかったろうか。
これに続くメメントモリによる低軌道ステーションの攻撃、人質に首謀者ハーキュリー、
使者セルゲイの死、そして事実隠蔽の情報操作に至るまで、クーデターの鎮圧という一義的な
目的に加え、カティのような軍内の不満分子に対する燻り出しと警告、見せしめをも兼ねている
ように思われてならない。
これらがアロウズの提唱する、人類意志の統一による恒久平和の実現に向け、連邦軍再編のため
仕組まれた筋書きであったとすれば、何と卑劣で安くない挑発だろう。
――こんなことが許されるのか! 衛星兵器で低軌道ステーションを攻撃しようなどと!
クーデター鎮圧の為には一般市民の犠牲もやむなし、とする司令部の通達に、海上空母で
待機を命ぜられていたカティは、艦長席のアームレストを強かに打って激昂した。
――それでもやるでしょうね。
彼女の側で一部始終を見守っていたホーマーの甥、ビリー・カタギリ技術大尉がおもむろに
口を開いた。
――司令は恒久和平実現の為、全ての罪を背負う覚悟でいます。
彼はあたかも自らの覚悟を語るかのように、静かに、しかし決然と言い放ったのだった。

 

 エミリオ・リビシ。
ホリー・スミルノフ。
ただ一人の人間の死さえ、遺された者の悲嘆は計り知れない。
リーサ・クジョウにセルゲイ、そしてアンドレイ・スミルノフも、本来なら共に歩み過ごすべき
人生を、大きく狂わされてしまっていた。
心の奥底に抱えたままの罪の意識がカティを縛り、苛み続けている。
カティがどれほど過去を悔い、己を厳しく律して努め、この先戦乱のうちに命を落としたとしても、
己の失策で喪った者たちと、遺された者たちへの償いになどなりようがない事を、
彼女は身を以て知っていた。
アロウズ司令ホーマー・カタギリに罪を負い、一命を擲つ覚悟があったところで、
喪われた数百万の命と、遺された者たちの未来の代償になど、なり得るはずがないのだった。
それは傲慢というものである。

 

 ◇    9    ◇

 

 「連邦政府は今回の一件を、反連邦勢力によるテロと発表した」
ややあってカティは、再び口を切った。
「アロウズの蛮行はこの一件のみをしても明白、また、これまでの非人道的行為の証拠は、
作戦指揮官である私と共にある。今、内応すべき外部抑止力であったスミルノフ大佐を
失ったからには、我々がここに留まる必要もなくなった」
胸中の積憤を心の眼で見つめながら、彼女はそれらを一つ一つ拾い上げは紡ぎ、言葉に換えてゆく。
「如何に世界の変革に興味のないお前とて、長く軍禄を食む身、軍隊が何の為に存在するかぐらいは
分っているだろう」
「え〜、地球連邦軍はー、地球唯一の平和維持軍としてー、ですね、善良なる……市民の利益及び
安全を維持し、平和……を、あれ?」
記憶が途切れたらしく、パトリックは虚空を見つめ陸に打ち上げられた魚のように、
口をぱくぱくさせた。
カティは唇をへの字に曲げ、呆れ顔で溜息をついた。
この期に及んで、緊張感の欠片もない体たらくである。
こうした潔いほどの無関心や思想と思考の欠如を、むしろ快しとして彼を重用してきた彼女だったが、
緊迫した状況下で目の当たりにしてみると、やはりこれはどうしたものかと、こめかみの辺りを
ひくつかせた。
「馬鹿者、誰が地球連邦憲章を暗誦しろと言った……。しかし軍とは本来かくあるべきもの。
恒久平和などという崇高な理想を掲げようとも、市民の平和と安全を恣に破壊し、事実を歪曲して
世論を誤つアロウズは、もはや軍隊ではない」

 

 反連邦勢力に対応するため、連邦の忠実なる番犬として発足したアロウズだったが、
超法規に情報統制、最新兵器という牙を得て急成長し、頭数でなく純粋な戦力についてのみ言えば、
今や連邦を凌ぐ勢力となってしまっていた。
既に指示系統は逆転し、連邦軍を併呑するのも時間の問題と言えた。
カティからすれば、このような事態は発足当初から予見できたことであり、不安を覚えたからこそ
アロウズに赴いたのだった。
けして与えてはならない権限を容易に与えてしまった連邦の自業自得とはいえ、飼い犬に
手を噛まれるどころか、取って代わられる異常事態に、連邦上層部もさすがに危機感を抱き、
穏健派の急先鋒である彼女に連携を求め始めていた。
また、アロウズの中にも、カタロンの協力員、更には連邦クーデター派の隊員達がいるという実情を、
彼女は内偵活動を通じ把握していた。
そしてソレスタルビーイングには、彼女のかつての同志であり、今は好敵手ともいえる後輩、
リーサ・クジョウがいる。
連邦上層部の一部とクーデター派、カタロン以下の反アロウズ・連邦勢力、ソレスタルビーイングと、
反アロウズ包囲網は目に見えないながらも、徐々に形成されつつあったのである。

 

 「たとえ罠であるにせよ、アロウズの暴虐をこれ以上、黙視する訳にはゆかん――我々はこれより
戦線を離脱し、私はアロウズを討つ」
説明したところでパトリックにどこまで理解できるのか、先程の彼の態度から察するに
甚だ怪しく思うものの、カティはそれでもと丁寧に言葉を選び、一つ一つ噛んで含めるように、
ゆっくりと言葉を継いだ。
「これに際し少尉、貴官を連邦に再転属させることも考えたが」
「今回の件を鑑みるに、パトリック、お前も謀殺される可能性がないとは言えなくなった」
「事ここに至っては、お前を連邦に突き返すことも叶うまい。少々厄介だが、つきあってもらうぞ」
パトリックを伴えば討伐に参加させざるを得ず、セルゲイを失った今、連邦に置いて行けば
後顧の憂いを残すこととなる。
どちらも彼にとって危険には違いないが、「来ちゃいましたぁ!」と心臓に悪いことを再度やられる
くらいなら、最初から連れて行く方がましである。
連邦上層部に掛け合い彼の身柄の保護を要請したところで、アロウズがもし本腰を入れて
彼に手を伸ばせば、その魔手から逃れられるとも思えない。
カティにとってパトリックは、あらゆる意味でまさしく「放っておけない男」なのであった。

 

 ◇    10    ◇

 

 「ああ、そういうことなら! むしろ大歓迎です!」
パトリック・コーラサワーはカティ・マネキンの予想に反して、さも安心したかのような
笑顔を見せると、胸を撫で下ろした。
「何っ!? ……馬鹿を言え!」
カティは危うく机を叩きそうになったが、夜間ということもあり、堪えて拳を置くに留める。
「お言葉ですが大佐、自分は大真面目です。俺が大佐を守るために来たって言ったの、
もう忘れちゃったんですか?」
パトリックは背を傾けて机の前端に取り付くと、彼女の顔を覗き込み「ひどいですよぉ」と
口を尖らせた。
こちらも彼の身を案じて誠心誠意説得したのに、うかうかリントの計に嵌りのこのこアロウズまで
やって来おって、ひどいのはどっちだ、と腹立たしく思わずにはいられない。
自分を守るために来たなどと、いじらしいことを言うので思い留まってはいるものの、
状況を全く飲み込めていないだろうパトリックの馬鹿さ加減と度を越えた能天気ぶりに、
カティは固く握り締めた拳を、気の抜けた向こうっ面に渾身の力を込めてぶつけ、目を覚まして
やりたくもなるのだった。
「解っているのか? パトリック」
「これまでのようにはゆかん。やられて帰る先などないぞ」
連邦上層部よりアロウズ討伐の内諾を取りつけたにせよ、クーデターであることに何ら変わりはなく、
一旦こちらの旗色が悪くなれば、彼らが素知らぬ顔でカティたちを見限り、再びアロウズに
尾を振らない確証はなかった。
そうなれば彼女たちも、セルゲイ等やカタロン、ソレスタルビーイング同様、反政府勢力の
レッテルを貼られ、排除対象となるだけである。
討伐成功の後は有効なカードになり得るとしても、現時点においては全面的に信用するには
足りなかった。

 

 「謀殺だの何だっつっても、戦場出りゃいつだって命、狙われてるじゃないすか。それとどっか
違うんですか? 俺は平気です」
パトリックは平然と言い切り、軽く反動をつけて机から手を離すと、不意に切なげな表情になり
カティを見つめた。
「そんなことより、俺の手の届かないトコで大佐が、危ない目に遭うかも知れないってのに――
また連邦で指くわえて待ってろなんて、あんまりじゃないですか」
彼は胸元を掻き毟り、苦しげに声を振り絞る。
「もう、蚊帳の外はゴメンです――置いていかないで下さい」
その双眸は潤みを帯びて一層色濃く、哀願の言葉と共に、縋るようにカティの瞳を捉えた。
「やられて帰る先なんて、どうだっていい。連邦だろうがアロウズだろうが、どこだっていい。
俺は大佐の側で、貴女と同じ方を見て戦う」
「だって俺は、貴女の――」
「パトリック」
思わず彼女が腰を浮かしかけたところで、
「俺は貴女のワンマンアーミー!! ドコまでもついていきますよ大佐ぁ!」
パトリックは一転、晴れやかな笑顔で誇らしげに胸を叩くと、高らかに豪語したのだった。
「そこで言うか」
戦闘と謀殺の区別もつかない愚かなパトリックの、愚かなだけに偽らざる真摯な言が彼女の胸を打ち、
ほんの一瞬、心に熱いものが注した。
と思いきや、最後の一言で腰が砕けるほどの脱力感を覚えて、カティは力無く椅子にくずおれた。

 

 ◇    11    ◇

 

 ワンマンアーミー――なんと忌々しく、腹立たしい響きだろう。
ミスター・ブシドーのほか、人類の上位種であるという、《イノベイター》と呼ばれる
ライセンサー達――秩序を第一とする軍隊において、本来ならばあるべからざる無秩序なこの存在に、
彼女は何度となく、やり場のない怒りを感じていた。
クーデター発生の報を受け、パトリックに命じ急遽V‐TOL機で海上空母に舞い戻った際にも、
ミスター・ブシドーは一人高笑いしながら、どこへと告げるでもなく勝手に出撃してしまっていた。
ホーマー・カタギリの肝煎りでアロウズ入りした彼に、腹を立てるだけ無駄と頭では分っていながら、
こんなことで軍隊が立ち行くものかと、カティは奥歯をぎりぎりと軋らせたのだった。
抜きん出て高い戦力を有しながら指揮官の命に従わず、リヴァイヴ・リバイバル大尉のような
一部の例外を除けば、戦術の一翼を担うでもなく、いつどこへ行って何をするかも関知できない。
戦術予報を生業とする彼女にとって、不確定要素に満ちた彼らは、敵味方という以前に
相容れぬ存在であった。
怒りに任せてパトリックに、愚痴の一つもこぼしてしまっていたのだろうか。
長い付き合いの気安さで、自室に駆け込むなり、怒鳴り散らすようなことがなかったとも言えない。

 

 しかし人の名前もうろ覚えで、締まりなくへらへらと笑い、話も聞いているのか聞いていないのか
分らないようなこの男が、よく憶えていたものだと彼女は驚いた。
――俺は貴女のワンマンアーミー!!
そしてこの男が口にした途端、この言葉が何と滑稽に響くことか。
――しかもこの私の、だと? ふざけるな!
ワンマンアーミーといえば、上官の命令等の制限を得ず、当人独自の意思で行動できる軍人
ということなのだが、彼の言わんとしているのは恐らく、彼女個人の意思で動かせる戦力、
ということなのだろう。
意味も若干取り違えているようだし、矛盾もしている。
腹立たしいはずが、不思議と痛快だ。
事態は急に瀕しており、笑っている場合ではとてもないのだが、口許がつい歪んでしまう。
話の前後からすれば、本人は大真面目で言っているつもりなのだろうけれども。
彼女はここまで、自分たちが置かれている状況を説明して、彼に覚悟の程を問い質すつもりだった。
だがこれをパトリックなりの覚悟と、受け取ってよいのだろうか。

 

 「……お前の気持ちは分った」
パトリックの頓狂な決め台詞に、毒気を抜かれた上に腰も抜かし、今は微苦笑を悟られぬため
顔を背けていたカティだったが、やおら立ち上がると向き直り、傲然たる面持ちで彼を見据えた。
「ではその覚悟とやらを、見せてもらおう」
彼女は美しく揃えた五指を己が胸に引き付け、彼に挑みかかった。
「私に引き金を引く覚悟があるならついて来い! パトリック!」
「へ?」

 

 ◇    12    ◇

 

 「いや〜はははははは! 参った参った!」
ライトグレーに彩色されたジンクス靴離灰ピット内に、緊張感のない笑い声が響き渡った。
「大佐を撃てと言われたときには、一瞬どうしちゃったのかと思ったんですけど、上手くいった
もんですね!」
パトリック・コーラサワーは上機嫌で操縦する傍ら、半ば振り返って上官を仰ぎ見る。
「現時点では離脱に成功したに過ぎん。油断するなよ少尉」
彼の上官、カティ・マネキン大佐は厳しい表情を崩すことなく、浮かれ気味の彼を叱咤して
一睨みする。
それをいま一たび斜め下からちらりと盗み見て、彼女と初めて会った時のことを思い起こした彼は、
更に相好を崩した。
アロウズからまず自分が、そして今、カティを無事連れ出すことに成功した。
確かに彼女が言う通り、二人が姿を消した事を不審に思う輩がいるかも知れず、追っ手が来れば即、
戦闘になるかも知れない。
カティの命を預かっている以上、パイロットとしてのパトリックに油断しているつもりはなかった。
だが彼女が確かに彼の側にいる。
その厳然たる事実が彼の頬を緩ませ、胸を熱いものが満たし、溢れ出すのを止められない。
「はい大佐ぁ! まっかしといて下さい!!」
ついつい漏れた分の情熱が笑声になり軽口になってしまうのだが、そのことに彼自身は
全く無自覚だった。

 

 パトリックは数日前、いつも通りカタロンの反乱に対応する形で、カティから出撃を命ぜられた。
ただいつもと違っていたのは、
――被弾の際、故意に機体をロストさせ、脱出せよ。
と前もって指図されていたことだった。
指示通り脱出すると、連邦軍クーデター派の生き残り士官が彼を待ち受けていた。
彼と共にクーデター派のアジトに向かい、あとはカティから連絡が入るのを、パトリックは
通信端末と睨めっこをしながら一日千秋の思いで待っていた。
彼が過去、ソレスタルビーイングとの戦いにおいて撃墜され、自力で帰還できなくなった場合には、
大抵、直属の上官であるカティの艦か、彼女の命を受けた同僚たちが彼を捜索し、
回収してくれるのが通例になっていた。
今回もその例に倣い、カティは海上空母を一時副艦長に預け、他の艦に乗り換え、彼の捜索に
出向いたのだった。
その間パトリックは、クーデター派から連邦正規軍の哨戒用ジンクスを借り受け、
以前対ソレスタルビーイング戦で使用した特殊な覆いを用いて熱源を遮断し、指定された
ポイントに潜伏していた。
カティの乗った艦が予定の時刻に現れたところで、彼はアンノウンを装い物陰から奇襲をかけた。
攻撃しても轟沈しない箇所を選び、威力を加減して艦に中破程度の被害を与える。
一方、艦内のカティは速やかに総員を退避させた後、一人別ルートで脱出し、合流ポイントにおいて
彼と落ち合ったのである。
模擬戦不敗の上に不死身を誇る自信家のパトリックは、戦闘時に神に祈りを奉げたことなど、
これまでただの一度もなかった。
けれども惚れた女に銃口を向けた、この一瞬ばかりは何かに縋り、祈らずにはいられなかった。
――大佐、俺に力を!
彼にとって神であり、世界にも等しい女の姿を脳裏に思い浮かべて叫ぶと、彼はビームライフルを
構えてカティの艦に照準を定め、トリガーを引いた。

 

 ◇    13    ◇

 

 ――MS部隊所属、パトリック・コーラサワー少尉のジンクスが、カタロンとの交戦中、
ロストしました。
この報せに接したアロウズ隊員たちの反応は、カティ・マネキンに言い表しようのない
身の置き所のなさを味わわせていた。
――不死身だエースだの言ってた割には、大したことなかったな。
――俺様が世界を平和にして、大佐にプロポーズするとかほざいてたけ……あっ。
このように囁き合う者たちは、カティの姿を認めると気まずそうに視線を逸らし、足早に去ってゆく。
他方、彼の長期不在に慣れたAEU出身の隊員たちは、
――大佐がいらっしゃれば、少尉のことです。「大佐ぁ〜」って叫びながら、どこからでも
這い上がってきますよ!
――少尉なら放っておいても自力で還ってくるんじゃないでしょうか。あの人、なんたって
不死身ですから。
まるで彼女を気遣うかのような言を、口々に吐いてゆくのであった。
パトリックの無事を一人知るカティは、これらの言に努めて冷静に対応しているつもりだった。
だが本音を言えば、心積もりはしていたものの、どれを聞いても決まり悪くてならなかった。
そして噂の張本人であるパトリックに対しても、
――あれこれ吹聴しおって、あの馬鹿者が!
嘘は言わない男であるが大言が過ぎ、何よりまず話し相手を選べと、無用の苛立ちまで抱えていた。

 

 うんざりしながら海上空母の艦長席に座し、アームレストに頬杖をつきながら溜息をついていると、
コツコツと控えめな軍靴の音が近づき、カティの前で止まった。
――少尉を……お捜しにならないのですか?
語り出しこそ遠慮がちであったものの、返答を待つ翡翠色の大きな瞳には、非難と同情の色が
ありありと見える。
若い――そして感傷が過ぎると、カティは口許に苦笑を浮かべつつ居ずまいを正した。
ルイス・ハレヴィは4年前ガンダムの襲撃に遭い、眷属と自身の左腕半分を失っていた。
毒性の強いGN粒子を浴びて細胞障害を患い、治療に用いたナノマシンの影響で、微量ながら
脳量子波を操ることができるとのことであった。
彼女はAEU屈指の富豪、ハレヴィ家の現当主であり、アロウズの有力な出資者の一人でもある。
アーバ・リントも彼女を特別扱いし、ソーマ・ピーリスなき後のアヘッド脳量子波対応型、
スマルトロンを上層部に上申して彼女の乗機とさせるなど、便宜を図っていた。
経歴によらず当人の意志によってアロウズ入隊を許され、准尉という階級にありながら優先的に
新型機を与えられるのも、そうした事情が働いていたのだった。
人の死に心を痛め、感傷を催すのは人情であり、カティにも同じ思いはある。
幸福で恵まれた日常から一転、悪夢の底に突き落とされたような彼女の境遇を思えば、
多感になるのも頷ける。
問題は彼女を出撃させ、ガンダムに遭遇するか僚機が撃墜されると、高確率で過呼吸発作、
もしくは錯乱状態で帰還することにあった。
ルイス・ハレヴィはそのパイロットとしての能力と、両親の仇であるソレスタルビーイングを
打倒するという意志は措くとしても、精神的に余りに脆く、繊細に過ぎるように見受けられた。
このまま彼女を戦火の中に置き、復讐の為の不毛な戦いを続けさせれば、いずれ精神に破綻を
きたすのではないかと、カティは危ぶんでいたのだった。

 

 ◇    14    ◇

 

 ――海上空母の艦長である私が、この非常時に、一士官のために席を空ける訳にもゆくまい。
カティ・マネキンは艦長席で悠然と構え、尤もらしい建前を述べて、パトリック・コーラサワー
捜索についての彼女への答えとした。
――前例があります。
それにルイス・ハレヴィは、臆することなくすぐさま反論を加えた。
――ソーマ・ピーリス中尉の機体がロストした際、上官であったセルゲイ・スミルノフ大佐は
一時的に地上空母の艦長席を離れ、捜索に出向かれたではありませんか。
――ほう。貴官はこの私に、反連邦分子の真似をしろと言うのか? 物騒なことだな。
恒久平和を阻む反政府勢力は理由を問わず叩き潰す、と日頃公言している若い女性士官に、
カティはわざとおどけて見せ、半ば皮肉を籠めて応酬した。
穏やかならぬ二人のやり取りに一瞬周囲が静まり返ったが、ルイス・ハレヴィはなおも食い下がった。
――スミルノフ大佐はクーデターに関与した嫌疑で罪に処せられたと聞いております。ですが、
ピーリス中尉の一件に際しては、お咎めはなかったはずです。
カティに意見する為に理論武装してきたのかと、彼女はルイス・ハレヴィのひたむきさに感心した。
その一方で、上官に人目も憚らず抗弁して気後れするところのない、怖いもの知らずな押しの強さは、
いかにも富豪の令嬢らしいと、腑に落ちるものもあった。
――異例といえば異例だが、准尉の言い分にも一理ある。私は随分と薄情な上官のようだ。
カティは自嘲気味に非を認めつつ、内心我が意を得たりと深く頷くと、周囲に言い聞かせるように
声高に告げた。
――パトリック・コーラサワー少尉の多年にわたる軍功に報い、最後の捜索には私自ら出向こう。
発見できなければ捜索を打ち切り、報告書を司令部に提出することとする。

 

 周囲からの進言がなければ、柄にも無い臭い芝居を打ち、取り乱した振りをして捜索を強行する
ことも、カティの考えの内にあった。
しかし実際は、AEU出身の隊員たちの後押しと、何よりセルゲイの先例に助けられた形で、
らしくもない下策を採るまでもなく、彼女はスムーズにパトリック捜索の途につくことが
出来たのだった。
感じやすいルイス・ハレヴィの心を徒に痛ましめ、利用したことに対して、カティは後味の悪さを
覚えていた。
だが今はアロウズを離脱し、主を失って動揺しているだろうクーデター派の立て直しを
図ることを最優先させなければならないと、様々な思いを振り捨てて艦内の同志を率い、
海上空母を後にしたのだった。
他人の死を喜ぶつもりこそないが、この場にアーバ・リントが居合わせないことは彼女たちにとって
幸いだった。
もし彼が存命であり、カティとパトリックを獲物に狙いを定めた蛇のような目で監視し続けて
いたなら、彼女らの不審な行動にいち早く感づいて離脱を全力で阻止し、歓喜に身を躍らせて
反逆の罪を暴き立てようとしたに相違なかった。
アロウズの中堅クラスの指揮官である、リントやジェジャンといった面々が櫛の歯が抜けるように
欠けた今となっては、彼女らの離脱を嗅ぎ付けるものも、もはや存在しなかったのであった。

 

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