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補完小説パトリック・コーラサワー掘|司埔説ビリー・カタギリ 戦士の休日 前編

Last-modified: 2014-03-07 (金) 14:00:26
 

 ◇    1    ◇

 

 その日ビリー・カタギリの身は、アロウズ大型海上空母の上にあった。
叔父ホーマー・カタギリ司令の強い勧めで出席した隊員慰労パーティーに、彼は5分と
経たないうちに嫌気がさして会場を後にした。
叔父は入隊以来、彼のために何かと世話を焼いてくれ、今回も非社交的な彼に、他者と交流を
深める機会を与えてくれているのだろう。
その点はビリーも重々承知していたけれども、見ず知らずに近い赤の他人と何を話題に
談笑してよいやらさっぱり見当がつかず、叔父のこのような配慮を、正直有難迷惑に感じていた。
――人には向き不向きというものがあるんです。
つい先日も、陸で催されたアロウズの支援者が集まるパーティーに半ば強制的に同行させられ、
嫌な思いをしたばかりだった。
――そんな暇があったら、試作機の性能実験の一つもしたいところなのに。もう懲り懲りですよ
叔父さん。
そう思ってもはっきりと口に出せないところが、彼の弱さであり、また人の好さでもあった。
気分直しに外の風に当たろうとデッキに辿り着くと、座り込み、酒を飲んでいる先客がいた。
「ああ、君は――」
「AEUのエース、パトリック・コーラサワー様ですよ〜」
先客の男は相当酒に飲まれているらしく、おどけた口調で名乗りを上げる。

 

 男は片膝を立てて側壁に身をもたせかけ、右手でワインボトルを鷲掴みにし、左手に空のグラスを
掲げ持ってビリーに向け、挨拶代わりに軽く揺らした。
濃い緑の軍服の襟は大きく開かれ、胸許がはだけている。
それでもだらしないというより随分と様になって見えるのは、その男が容姿に恵まれている
せいだろうとビリーは結論付けた。
――エースパイロットの要件には、ルックスも入っているのかな? まさかねえ。
ビリーも心の中で呟いて、仕返しに軽くおどけてみせる。
彼の盟友である元ユニオンのエース、グラハム・エーカーも、同性のビリーが見ても
惚れ惚れするような、金髪翠眼の美男子である。
近年顔を負傷したものの、その傷がかえって若者にありがちな青臭さを消し去り、
男としての凄味を増して古武士の如き風格を添えたようにさえ思うのは、長い付き合いからくる
贔屓目なのだろうか。
打って変わって、目の前にいるパトリックはといえば、分りやすくいえば女好きのする、
見るからに洒落た感じの色男であった。
異性に目もくれず、ただひたぶるに己を高め討つべき敵と向かい合う、ストイックな求道者である
グラハムを見慣れたビリーからすれば、ちゃらちゃらした容姿もおどけた態度も、
やや薄っぺらに映る。
初対面で薄っぺら、と決め付けてしまうのは聊か短慮のきらいがある。
ここでビリーの名誉の為に言うならば、パトリックは覚えていないようだが、ビリーは以前
彼に会ったことがあるのだった。

 

 ◇    2    ◇

 

 今を去ること5年前、南アフリカの軍事演習場において華々しく披露されたAEUの新型機、
イナクトのテストパイロットに起用されたパトリックに、グラハムとビリーは声をかけられた
ことがあった。
碧空の下、風に靡く波打つ赤毛に色鮮やかな浅葱色のパイロットスーツのコントラストが、
彼を戦場に不似合いなほど、粋に引き立てて見えた。
――どこの部隊よ?
少し偏屈なところのあるグラハムは、パトリックのぞんざいな言い方が単に気に食わなかったのか、
はたまた対立国家群のエースである自分の名と所属を知らないことを無礼と思ったのか、
――知らないなら、答えない。
挑戦的な笑みを浮かべて、けんもほろろに彼をあしらった。
――やめなよ、グラハム。
知らないから聞いているに決まってるじゃないか、と分りきった助言をしても仕方がないので、
ビリーは申し訳程度に制して口をつぐんだ。
どうせグラハムは人の忠告など聞く耳を持たないのだから。
ビリーはグラハムの背後で、いかにも勝気そうな二人が、一大イベントの前に盛大に喧嘩でも
やらかしたらどうしようかとヒヤヒヤしながら見守っていた。
幸い、パトリックは整備兵に呼ばれるままその場を後にし、ビリーはほっと一息ついたのだった。
しかしその後の完成披露演習において、観覧席にいるビリーがイナクトについて、
ユニオンフラッグの猿真似に過ぎないとグラハムを相手に酷評すると、
――そこの! 聞こえてっぞォ!
さっき耳にしたばかりのパトリックの声が、イナクトのスピーカーを通し演習場全体に響き渡った。
耳聡く聞きつけた点はイナクトの集音性を評価すべきだけれども、AEU幹部をはじめ軍関係者、
軍需産業のお偉方も列席している晴れの場なのだから、大人の対応で聞き流してはもらえない
ものだろうか。
ことを荒立てるのを好まないビリーはそう思ったが、パトリックはどうにも気が済まないらしく、
わざわざコクピットから姿を現し、ビリーとグラハムを指して直接怒鳴りつけた。
――今、何つった!? え? コラ!?
ビリーは冷や汗をかきつつ、涼しい顔のグラハムを横目に、ただ苦笑した。
容貌はまずまずだが、思慮の足りなさそうな血の気の多いパイロット。
それがビリー・カタギリにおける、パトリック・コーラサワーの第一印象だった。

 

 聞くところによればパトリックは以後、対ソレスタルビーイング戦に出撃しては派手に
撃墜されるのだが、いかなる過酷な戦況においても、何故かきまって彼だけが、毎回無傷で
生還するらしいのだった。
そして出撃の都度、彼が上官カティ・マネキンに奉げる、友軍全体に鳴り響くという赤面ものの
愛の告白は、余りにも有名である。
俗事に疎く、大西洋を隔て出身国家群を異にするビリーの耳にすら、面白おかしい噂話として
しばしば入るほどであった。
それらの意味で彼は連邦軍屈指の有名人であったが、ここ最近、先んじて転属したカティ・マネキン
の後を追い、志願してアロウズに入隊してきたらしかった。
――“不死身のコーラサワー”か……。

 

 ◇    3    ◇

 

 「随分飲んでいるみたいだね。大丈夫かい?」
ビリー・カタギリは長身の体をかがめ、相も変らぬ柔らかな物腰で尋ねながら、首を傾げた。
悲しいことだが、好むと好まざるに関わらず、酔っ払いの相手には慣れていた。
「ったりめえだ! フランス人なめんじゃねぇぞ、ワインなんて水と一緒なんだよ!」
水ならこんな醜態は晒さないよと苦笑いしつつ足許を見れば、パトリック・コーラサワーが
パーティー会場からボトルごと失敬して来たらしいワインは、彼の記憶に比較的新しいものであった。
それはフランス産の高級ワインで、陸でのパーティーにおいて饗されたものと同じだったのである。
――確かに、フランス人をなめちゃいけないみたいだ。
ワインラベルに印刷された絵柄と産地とに見覚えがあった。
彼にとってはどうでもいいことなのだが、どうやら先日の余り物を、こちらに回して寄越したらしい。
日夜研究に忙しく、会食以外では日常的に飲酒の習慣のないビリーが、酒の産地や銘柄に
詳しくなってしまった経緯に思いを馳せると、胸に刻まれた傷がまた疼いた。
――“S・A・I・N・T‐E・M・I・L・I・O・N”――
いとおしげにラベルの文字をなぞる白い指先の、死人のように生気のない女の横顔が脳裏をよぎる。
いっそ気付かぬままでいれば良かった忌々しくも苦い思い出に、彼はふと表情を翳らせたが、
眼前の酔っ払いは当然、彼の感傷など知る由もなく、またその変化にも気付く訳がなかったのだった。

 

 「やけ酒は、体に良くないと思うけど――今日は、マネキン大佐とは一緒じゃないんだね」
「ホント、ツいてねぇよなァ、ったく……誰が決めたんだこんなシケた面子はよォ! 野郎ばっかで
パーティーやってどーしろってんだ! ドちくしょうがぁっっ!!」
――ガラの悪さは、相変わらずだなあ。
5年経っても余り変わりがないように見受けられるパトリックの幼稚さに、ビリーはまた苦笑した。
男前が台無しだよと忠告してやろうかとも思ったが、これはこれでご愛嬌のような気もして、
彼は言葉を呑み込んだ。
「叔父さ……いや、司令の話だと、グッドマン准将がくじ引きで適当に――ああ、でも、
指揮官ばかりやパイロットばかりに偏らないよう、非常事態に備えて一応考えてはあるそうだよ」
全員が一同に会するパーティー、というのは治安維持部隊という組織の性質上不可能であるため、
パーティーは午前・午後・夕刻の3部制に分かたれていた。
メンバーの振り分けはグッドマン准将の気まぐれで、くじ引きの後に若干の調整を加えたものだと、
ビリーは叔父から伝え聞いていたのだった。
そういえば会場にグラハ――もとい、ミスター・ブシドーの姿はなかった。
午前か午後の部に出席していたかも知れないし、「興が乗らん!」の一言で無視をきめこんで
いるのかも知れない。
それともマイペースな彼のことだから、食事だけしてさっさと自室に籠ってしまったとしても
おかしくはないだろうと、ビリーはパーティー会場で黙々と好物をかきこむ友の姿を想像して、
少し可笑しくなった。
「男女比率は考えないのかよ。飲んで食うくらいしかすることねぇじゃねえか」
「パーティーって、そういうものじゃないかな」
「はぁ? テメェ、わかってねえだろ! イイ女との出会いの場に決まってるだろうが!
メシや酒なんてオマケだオマケ」
「そうなんだ」
ビリーは肩をすくめた。奥手の彼には思いつきもしない目的だが、本当にそんなものなのだろうか。
「あ〜、大佐と一緒に過ごせないなんて、つまんねーなぁ……」
「僕はここには時々顔を出すだけだけど、いつも一緒だって、皆噂してるよ」
「今一緒じゃねえだろうがよ! 野郎相手にヤケ酒なんて、この俺様が情けないったらないぜ。
あぁ、大佐ぁ〜」
それならやけ酒に付き合わされてばかりの僕の立場は、と言い返す代りに、ビリーは
深い溜息をついた。

 

 ◇    4    ◇

 

 「おや? 噂をすれば――マネキン大佐と、あれは――ジニン大尉じゃないかな」
そう言ってビリーは中腰のまま、双胴の形をなすアロウズ海上空母の、飛行甲板の一方に
視線を向けた。
パトリックはボトルとグラスをぽいと放り出すと、酔っ払いとは思えない敏捷さで立ち上がり、
カティ・マネキンの姿を探した。
中身をこぼしたりグラスを割ったりしたら後始末に骨が折れるじゃないかと、ビリーが
間一髪のところでそれらを受け止める。
「どこよ……あぁっ! 誰だアイツはぁ?!」
二人の後ろ姿を前部甲板に認めるや、パトリックは何故か憤慨して怒号を上げた。
「だからジニン大尉だって」
「クリスマスは絶っ対! 二人っっきりで過ごしましょうね大佐ぁ〜〜!!」
彼はカティ・マネキンに向け大声で叫びながら、力一杯手を振り、とどめに投げキッスを飛ばした。
無駄に通りの良いパトリックの声は確実に艦首近くまで到達したようで、二人は一瞬振り返ったが、
またすぐに彼らに背を向けたのだった。
「ちょ、ちょっと君っ……!」

 

 ――こりゃ参った。
ひどく酔っているとはいえ、投げキッスを映画でもドラマでもない、ましてや軍中でしている
素人を初めて見たビリーは、面食らって頬を朱に染めた。
本人はけろりとしているのだが、見ているこちらが恥ずかしくなってくる。
誰が見ていようが聞いていようが全くお構いなしの、噂に違わぬ大胆な愛情表現だ。
軍服の長い裾を海風に吹かれるままに翻し、カティ・マネキンの許へ駆け寄って行ってしまい
かねないパトリックに対し、ビリーはボトルとグラスを片手に抱え直して姿勢を正すと、
彼の上着を軽く引いて制した。
二人の身振り手振りから察するに作戦の打ち合わせ中だろうから、こんな酔っ払いに乱入されては
あちらも迷惑に違いない。
「構うかよ! クリスマスまでにゃ俺のお陰で世の中平和になって、大佐とは家族になってる
予定だからな!」
パトリックは特に悪びれる風もなく、まるで当然のことのように言い放った。
が、事情を察したのか、それとも単純に言いたいだけ言って気が済んだのか、再びデッキに
どかりと腰を下ろした。
「凄い自信だね。そういう根拠とか、具体的な計画とか――約束はあるのかい」
ビリーはふっと軽笑すると、パトリックが手を伸ばすのに応じてワイングラスを差し出した。
彼が甲板にグラスを支え置くのを待って、慎重に赤い液体を三分ばかり注ぐ。
我ながら実に手慣れたものだ。
「俺の辞書に不可能の文字はねえんだよ! あーあの困ったような顔して口許だけ笑ってるのも、
色っぽくて可愛いんだよなぁ、たまんねーなぁ……」
彼はいかにも恋する男らしく、悩ましげに溜息をつきつつ注がれたワインに口をつけた。
薄暮の中、遠距離であるにも関わらず、パトリックにはカティ・マネキンの表情から、
口許の細かな動きまではっきりと見て取れるらしかった。
パイロットだけに、遠目も利くようである。
「……本当に困ってるんじゃないかな」
視力が良いとは言えないビリーは彼のように見える訳もないので、推測で答えたものの、
――随分非常識だけど、そもそも君の頭に辞書なんてあるのかい?
と心中で痛烈に皮肉っていた。

 

 ◇    5    ◇

 

 「だからな、クリスマスの前祝いに一丁、恋の手ほどきならヒマだし特別にしてやっからよ」
パトリック・コーラサワーの唐突な申し出に、ビリー・カタギリは初め、何かの聞き間違いかと
耳を疑った。
脳内で彼の言葉を繰り返し、聞き違いでないことを確認したところで、どうにも胡乱げな
思い付きであるが。
「……前祝いに暇で特別、とはまた随分な手ほどきだねえ」
思わず吹き出しそうになるのを堪えて、ビリーはおおどかに相槌を打った。
「でも僕も正直パーティーなんて苦手で、暇だし――せっかくだから、何か質問させてもらおうかな」
とはいえすっかりでき上がったパトリックを、甲板に放置しておくのも気がかりで、ビリーは
彼の横に座を占めた。
海に落ちたりでもしたら後味が悪いことこの上ないし、恋多き男の恋愛理論というのも、
ひょっとすると傾聴に値するかもしれないし――と、最初はほんの気まぐれ、暇つぶしの
つもりだった。

 

 「おっと悪りぃ悪りぃ、お前も飲むかぁ?――つってもグラス俺のしかねぇから、お前直接いけ」
パトリックはそう言うと、ワインがまだ半分ほど入ったボトルを、ビリーの鼻先にずいと差し出した。
ラッパ飲みをしろと言うことらしいが、とてもそんな豪快な飲み方をする気にはなれず、
また飲みたい気分でもなかった。
「いやあ、僕はいいよ。……お酒は、もう」
たくさんさ、と両手を顔の前で大袈裟に振り、ビリーは丁重に辞退した。
やけ酒など苦く焼けつくばかりで、およそ美味かったためしがない。
「酔って君の話を聞き損ねても、勿体ないしね」
「おう、何でもこの俺に聞いてくれ!」
ビリーの社交辞令に気を良くしたのか、彼は屈託のない笑い顔を見せ、任せておけとばかりに
胸を叩いた。
彼も自分と似たような年頃のはずが、まるで小さな子供のような単純さであった。

 

 「――と、その前に」
ビリーは演台のベルを叩き鳴らすように、立てた膝頭を手でぽん、と小気味良く打って言葉を区切る。
「僕も悪いけど、君の講師としての資質を試させてもらうよ。例えば――そうだな、彼らを
見てどう思う?」
自分と同じようにパーティーの連続に倦んだのか、それとも示し合わせて抜け出してきたのか、
ビリーは今しがた甲板に現れた一組の若い男女を、パトリックに目配せで知らせた。
「あぁ、ルイスちゃんと子熊ね」
女性士官の名がルイスというのはいいとして、子熊の方は彼がつけたあだ名なのだろうか。
しかし男性士官はむくつけき熊男でもなければ、テディベアのようにふんわりとして愛嬌のある
顔立ちでもない。
むしろすっきりした風体の好青年である。
「仲が良さそうに見えるけど、どうかな。彼に見込みはありそうかい?」
テストである以上パトリックに教えるつもりはないが、ビリーは二人が親しげにしている様子を、
先だってのパーティーで既に目撃していたのだった。突然体調を崩したらしく苦しげに呻いている
彼女を、子熊と呼ばれる男性士官がさかんに気遣い、甲斐甲斐しく介抱していた。
ビリーはその光景を、見るとはなしに――いや、そんな生ぬるい状態ではなく――滅多に表に出す
ことのない憎悪の情を露わにし、普段の落ち着いた声音からかけ離れた、甲高い叫び声を上げながら
――視界の片隅に収めていたのであった。

 

 ◇    6    ◇

 

 パトリック・コーラサワーはワインを一息に飲み干すと、グラスの脚を指の間に挟み込み、
両手を胸の前で勢い良く打ち合わせた。
「全っ然ダメなんじゃねえの。脈ナシだありゃ」
硬質な雑音の交じる破裂音もろとも、男性士官が抱いていると思しき恋心も砕け散ってしまった
かのような錯覚に囚われて、ビリーは一瞬はっとなった。
「どうしてかい? できれば僕にも判るよう、客観的な根拠を具体的に挙げて欲しいな」
予測に反するパトリックの回答に、彼は戸惑いを隠して質疑を重ねた。
よしきたと得意気に頷いて、パトリックは指でグラスをもてあそびつつ、「恋の手ほどき」なる
講釈を始める。

 

 「直感とか雰囲気はナシってことか。じゃ一番分りやすい例な。あの娘の左手の薬指、今手袋で
見えねぇけど、金の指輪してんだよ。あそこに金の指輪するっつったら、俺たちAEUあたりじゃ
結婚してるか、売約済ってこった。相手が生きてるか死んじまったかまでは分んねえけど、
恋愛ビギナーの子熊のスキルでアレを外させるのは、至難のワザだぜ」
「なるほど。彼女には少なくとも、将来を約束した人がいる――若しくは過去にいた、という事だね。
しかし、それだけでは現在、子熊の彼に対して気持ちがないとまでは言い切れない」
――これじゃただの、下種の勘繰りだ。
女性士官に聊か申し訳なく思いながらも、ビリーは成り行き上やむを得ず、彼女の心変わりの
可能性を示唆した。
「確かにソレだけじゃ、な――見ろよ。時々手袋の上から、チラチラ見たりいじったりしてっだろ。
よっぽどソイツが気になんのね」
「指輪の付け心地が悪いとかじゃあなくてかい」
ここまでくるとさすがに穿ち過ぎだよと、眉唾物の彼の見解に目を丸くするビリーに、
「んなワケねぇだろ。貰ったにしたって、後からサイズの調整くらいするもんだぜ普通」
パトリックはせせら笑うかのように鼻を鳴らすと、ふざけ半分に肩をそびやかせた。
「ホカの男に話しかけられてる時ああすんのは、思い出してるからよ。つまりあの娘は今、
上の空ってコトさ。だいたい子熊にチョイとでも気がありゃ、ああいう物騒なシロモノは最初から
外すか、隠しとくもんだ」
「……無理してカタイ声作って、慣れない話し方なんかしてよ。どう見たって軍人向きじゃ
ねえっての! 指輪の男も生きてんならなぁ、とっとと攫いに来るぐらいの甲斐性がなくちゃなァ
……ったくよぉ……」
パトリックは講釈を垂れつつ次第に酩酊の度を増し、手酌をしながら管を巻き始めた。

 

 真偽のほどを女性士官に直接確かめる訳にはいかないものの、ビリーはパトリックが、
意外にも鋭い観察眼を有していることに素直に驚いていた。
初対面の強烈な印象から、てっきり思慮の足りない、子供が大人の外見を得ただけの男とばかり
思い込んでいたのだったが、どうやらそれだけでもないらしい。
と同時に、
――他人の色恋沙汰に気を取られている内に、足を掬われても知らないよ。
ビリーの中でなりを潜めていたある疑念が鎌首をもたげ始め、呑気なパトリックの喉元に
つきつけられようとしていた。

 

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