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補完小説パトリック・コーラサワー検|司埔説カティ・マネキン 士官宿舎にて

Last-modified: 2014-03-07 (金) 13:59:03
 

 ◇    1    ◇

 

 帰宅してドアを開けると、エースパイロットが床に寝そべっていた。
地球連邦軍准将カティ・マネキンは、近頃しばしば目の当たりにするようになったその光景に、
いまだ戸惑いを禁じ得ないでいる。

 

 サバイバル精神旺盛な彼が、寝るのに場所を選ばないのには慣れていた。
生体認証を新たに登録して、彼が自由に出入りできるようにしたのも彼女自身である。
だが長く訪なう者とてなかった家に、他人が――部下の一人であり、すこぶる付きの問題児である
パトリック・コーラサワーが存在しているという事実に、人生の不可思議を感じずにはいられない
のであった。
自分を待ち詫びて玄関付近をうろついているうち、突如眠気に襲われたのか。
MSパイロットというのもなるほど激務には違いないが、横たわっているのが彼でなければ、
急病人と勘違いして通報しているところだ。
紛らわしいからベッドか、せめてソファで寝ていてはくれないものだろうか――と
彼女が彼の名を唇の端に乗せかけたところで、点きっぱなしの携帯端末が彼の手を離れ、
床に転がっていることに気づいた。
見るとはなしに目に入った画面には、驚くべきことに報告書の一部が映し出されていた。

 

 パトリックが諸文書の確認及び起草等、戦闘と直接関係のない軍務を放擲し、部下に丸投げ
しているのをカティが見咎め、今朝もきつく叱ったばかりだった。
――本件についての処分は報告の後、追って沙汰する。“直筆の”始末書を期日厳守で提出しろ!
叱責が功を奏して俄かに奮起したのか、単に彼女の機嫌を損ねたことを気にして、顔を合わせる
までに多少なりと目を通して良いところを見せ、怒りを鎮めようとしたのか――
残念だが天地が覆るようなことでもなければ、恐らくは後者であろうと彼女の経験が物語っている。
独立治安維持部隊アロウズが解体され、新生連邦政府の本格的始動を待つまでの僅かの間に、
既に何度目になるのだろう。

 

 ◇    2    ◇

 

 今日はたまたま先に帰宅したついでにと、報告書のデータファイルを開いたところまでは
褒めてやりたいところである。
しかし内容を再確認するに、ほとんど読み進めることなく早々に力尽きたようだ。
これではとても褒められたものではないが、そうした所も彼らしいといえば彼らしい。
「やれやれ、まったく……困ったものだ」
カティは彼を覚めさせるでもなしに、ぽつりと呟いた。
だがその口ぶりは、ドアの向こうで同じ言葉を聞き慣れた者たちからすれば、耳を疑うほど
柔らかであった。

 

 そもそもパトリック・コーラサワーという男は、エースパイロットとしてのプライドだけは
人後に落ちないけれども、社会における自分のありよう、例えば軍における階級などといった
ものには殆ど関心を払わないタイプの人間であった。
カティの昇進を無邪気に喜んではくれても、呼称は何度指摘しても改める様子がない。
間違いをそのままにしておけない生真面目さから、彼女が即座に「准将だ」と訂正しても、
彼は毎度毎度にこにこ笑いながら間延びした声で「すみません」と言い、頭をかくばかりである。
自分自身の大尉昇進に至っては、軍務も部下も増えた結果、公私共に彼女と過ごせる時間が
激減したと不満をかこった挙句、昇進後初の大々的な職務放棄に走った始末である。
呼ばれて部屋に入るなりカティに詰責され、初めのうちこそ縮こまっていたパトリックだったが、
徐々に渋面になり、終いにはすっかりむくれてしまった。
――褒美ってんなら、大佐の側にいさせてくれりゃいいのに。コレじゃあんまりです。
涙目で訴える部下兼恋人を前にして、軍人としての心構えを問い質す以前の問題に、どこに手をつけ
何から言い聞かせればよいのかと、彼女は頭を抱えた。
以前であればふざけるなと一喝して叩き出していたが、今となってはそればかりという訳にも
いかなかった。
厳格を以て知られる彼女もこれには完全にお手上げとなり、長い説教を切り上げ彼に退室を命ずると、
頭を垂れて思索の海に身を投じた。
そうして後日、処分を申し渡したのとは別に、自宅への出入りを提案する次第となったのである。
これで幾らかましになったものの、隙あらばデスクから逃亡する悪癖は、一朝一夕ではやみそうに
ない。

 

 ◇    3    ◇

 

 パトリックが現状の服務態度を通せば、彼女を除く彼周辺の上官連は揃って匙を投げ、
遠からずお鉢が回ってくるのは目に見えていた。
何せAEU時代まるきり同じ軌跡を辿って、彼女は彼と巡り合ったのだから。
AEUの上官連が彼を専らファーストネームで呼んでいたのも、彼への気安さ以上に、
階級呼びで反応が期待できないことを見越していたためであった。
AEUの威信をかけた最新鋭機のデモンストレーションに起用され、失敗後も事あるごとに
指揮官として新型機での出撃を命ぜられるなど、MSパイロットとしては優遇を受けていた
彼だったが、昇進に関して一様に難色を示したAEU司令部の対処は、今にして思えば
実に理に適っていた。
上官、部下、そして本人と、パトリック・コーラサワーの昇進は誰の益にもならない。

 

 カティのミッションプランを理解するだけの知能を持ち合わせ、戦況に応じて戦術を用いている
のだから、彼女が半ば口癖のように罵るほど、戦場での彼は馬鹿ではなかった。
パトリックは少人数の部隊を率いる指揮官としては、優秀な部類に属するのである。
腕前は言うに及ばず、囮役など危険を伴う任務も進んで買って出るゆえか、直属のパイロット達には
信頼されており、言葉は粗いが、迷いのなさが幸いして瞬時の状況判断にも優れている。
が、同時にそこが人の上に立つ者としての彼の限界なのかも知れないと、カティは心中に
ひとりごちて溜息をついた。
彼の物事にとらわれない奔放なところを、彼女は嫌いではなかった。
だがそれも時と場合によるのであって、文書を滞らせて徒に混乱を招き、カティ以外の人間の
呼びかけにろくろく応じないのでは、組織の一角を担う人間としては話にならない。
何より多くの人命を左右する軍にあって、その任に堪えぬ者をおく訳にはいかないのだった。
今のところ降格は免れているが、早いか遅いかの違いでしかないように思われた。
ならばいっそ被害が拡大しないうちに、彼の事務能力でも裁ききれる程度にまで階級を降して、
目の届く所へ配置した方がよいのか――
上官としては頭の痛い問題である。

 

 目下大戦の端緒となるほどの兆しは見当たらないものの、小規模な紛争は今なお各地で続いており、
カティは日々、対応に追われている。
新型機を盾にしたアロウズの残党も各所で根強い抵抗を見せており、鎮圧のためパトリックを
向かわせたことも一再ならずあった。
全てが新連邦政府の基本理念とする、対話を基調とした宥和策ではかたがつかなかったのである。
世界はゆっくりと平和的統一への歩みを始めたばかりで、全てが試行錯誤の連続で、多事多端だった。

 

 ◇    4    ◇

 

 かかる状況下でパトリックに向ける感情を一まず措き、事態への対応を優先させた結果、
上官としては彼への目配りを怠り、一個人としては思いやりが欠けていたことは否めない。
職務放棄に正当性など認めるつもりはさらさらないが、心情は理解の範囲内にあり、
そしてその原因はカティにもあった。
感情を後回しにし、表に出すことも抑えがちな彼女生来の性分が、致し方ない事情があったとはいえ、
子供のように装うことを知らぬ彼の心をも取り残していた。
命がけで守ったのに冷たい女だ、と逆に詰られたとしたら、あの時のカティには返す言葉がなかった。
それを他のことなどどうでもいいから側に居たいと言われた時には、公私混同はさておき、
彼女はこれからの自分のありようについて、戸惑いながらも考えざるを得なくなっていたのだった。

 

 彼の寝姿に、家人の帰りを待つ、赤茶色の毛足の長い大きな生き物を連想しかけたところで、
カティはおかしさに耐えかねて息を漏らした。
腰を下ろして耳の後ろ辺りにそっと手をさしいれ、長い髪をかきやる。
「……パトリック」
気ままにはねた赤い髪先を指で弄びながら、耳許で囁いた。
「今戻った。待たせたな」
いま一たび声をかけると、いつから覚めていたのか、パトリックは目を瞑ったまま半身をよじり、
「待ってましたぁ」
と、褒美でもねだるように頬を彼女の方に傾けた。
どこで寝ても風邪ひとつ引くことのない血色のよい頬は喜びに弾み、口許は緩いカーブを描いている。
心なしか口調が得意げであるのは、夢の中で報告書に目を通し終えたつもりでいるのかも知れない。

 

 頭を占める悩み事の何割かは、彼に原因があると頭では分かっている。
それでもなお、いつもながらのおどけたしぐさに、いつしか肩の力も抜けていた。
彼女はかつて心の中で、彼をこう評したことがあった。
――いるだけで役に立つ男。
世界の変革に何ら思うところなく薔薇の花束を捧げ持つ彼に、彼女はこうも言った。
「放っておけない男だ」と。
表向きの立場を意識する余り尤もらしく言い装い、また思い做してきたけれども、彼が思い描く
未来への答えは、彼女の中に既にあったといえよう。
それにしては随分と時間がかかってしまったが、さしあたって彼女に今できることがあるとすれば、
寝転がりながら期待に湧くパトリックの望みを、早急に叶えてやることである。
「まったく……」
お調子者め、とカティは苦笑混じりに耳打ちして、彼の温かい首筋に腕を回した。

 

〈短編小説カティ・マネキン 完〉(――文書係101127)

 

【ビリー・カタギリ 後編】 【戻】 【外宇宙航行型母艦ソレスタルビーイングにて】 

 

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