Top > 補完小説パトリック・コーラサワー后ヽ葦宙航行型母艦ソレスタルビーイングにて
HTML convert time to 0.004 sec.


補完小説パトリック・コーラサワー后ヽ葦宙航行型母艦ソレスタルビーイングにて

Last-modified: 2014-03-07 (金) 13:57:57

※作者注)映画本編の登場シーンで、小説及び漫画版双方で省略されている箇所の状況・心情補完となります。
      劇場版のセリフをそのまま用いているため、ネタバレを含みます。
      BD発売まで内容を知りたくない方は回避行動をおとりください。(文書係101130)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 ◇    1    ◇

 

 彼らの――表現に正確さを求めるとすれば――彼の妻である地球連邦軍准将カティ・マネキンの
居室として割り当てられた広大なリビングルームに、一足先にシャワーを済ませたパトリック・
コーラサワーは、晩酌用のビール両手に足を踏み入れた。
目の覚めるような浅葱色のパジャマに、白い玉房が先端にあしらわれた同色のナイトキャップを
かぶり、毛足の長いスリッパを履いて悠然と歩くさまは、ここが外宇宙航行型母艦ソレスタル
ビーイングの内部であること、そして遠くない過去、血みどろの惨劇が繰り広げられた舞台であった
ことを、忘却の彼方に追いやりかねないほどシュールな光景である。
無論、彼自身は知る由もない。
彼からすれば、日ごろ多忙な妻と計画した久々のバカンスを直前でおじゃんにされ、荷解きするのも
えい面倒だと、そのままの旅支度でくつろいでいるだけのことであった。
結婚に際して姓を改め、晴れてパトリック・マネキンとなった彼であったが、仕事中は紛らわしい
ため旧姓を通していた。
だから実際使う機会はそれほど多くはないし、彼が正式な書類にサインをするような機会は更に
少なかった。

 

 本日の軍務を片付け終えた(と彼自身は認識している)今、目の前には愛する妻の姿だけがあった。
だだっ広いリビングの中央に座を占める、これまたでかいローテーブルの前に、カティはいまだ
制服をキッチリ着込んだまま床に端座して、通信端末と睨み合っている。
それが貴族趣味丸出しの、宮殿の広間めかしたリビングでひときわ異彩を放っているわけだが、
本人はてんでお構いナシのようだ。
――よく働くねぇ、まったく。
パトリックは、妻の口癖を心の中で無意識のうちに呟きながら歩み寄った。
相も変わらず惚れ惚れするほどクールなたたずまいに、自然と頬が緩む。
かつては妄想を交えつつ、飽かず眺めた上官の横顔であった。
恋に落ちたその日から、なりふりかまわず後を追い、焦がれに焦がれること5年、やっとのことで
モノにした恋女房である。
生涯の伴侶を得たことでプレイボーイの称号は潔く返上したが、持って生まれた気儘な性分までは
矯正しようがないのだった。

 

 ◇    2    ◇

 

 今を去ること2年前、カティ率いる連邦軍クーデター派に加担したパトリックは、アロウズ討伐の
功績を認められ、いっとき大尉にまで昇進した。
しかしいつもの素行不良と職務怠慢とであれよあれよと降格を重ね、現在は人生何度目かの准尉に
舞い戻っている。
有事の際はMSを駆って最前線で獅子奮迅の活躍をし、平時はカティに付き従って護衛を勤める。
軍におけるそれ以外の大部分は、彼にとって「どうでもいいコト」でしかない。
先日初めて目にした、イノ何たらとかいう同じ顔ばかりが勢揃いした情報通のことも、
謎の禁欲生活を強いられている、やたら勘の鋭いネコ目のイノ何とかのことも、既に彼の念頭を去り、
無限の宇宙へ向け出立していた。
脳裏にわずかばかり形を留めていたのは、長い粒子ブラスターの砲身を中央に構え、大小百余の
GNファングを搭載し、五個小隊の戦力に匹敵するという戦艦クラスのバケモノMA、
ガデラーザの雄姿くらいであった。
左右それぞれの肩に大型のGNシールドを掛け、GNビームライフルをひっ提げた現在の乗機、
ジンクス犬瞭団Г△襯轡襯┘奪箸函▲肇薀鵐競爐可能になり格段に向上した機体性能とには、
彼はいたく満足している。
とはいえ新型を見れば、たとい自分のモノにはならずとも、ワクワクはするのだった。
ようは男のロマンなのである。

 

 「まーた考えゴトですか」
「考えずにいられるか。報告書の通り、探査船に未知なる金属生命体が紛れ込んでいるとすれば、
また同じような事が起こる可能性がある」
――報告書……って、どれだっけか?
妻が口外するからには、報告書はどうやら自分の所にも回ってきたものであるらしかった。
が、いつものごとくとんと覚えがない。
これが独身時代、狙った女の連絡先や彼宛ての心憎いメッセージが書かれた紙片であったならば、
瞬時に内容が脳深く刻み込まれていたわけだが、こと報告書のたぐいは、題目が視野に入っただけで
眠たくなる。
字面をなぞればまず眼が滑り、次に意味を成さない文字列が脳の表層を上滑りに滑ってゆき、
さっぱりわからないまま、気がつくと椅子から転がり落ちているのである。
彼の常人離れした視力も卓越した集中力も、気分次第で自動的に切り替わるのか、少なくとも
この分野で活かされることはなかった。

 

 探査船の、金属生命体――妻の話では人や車両を襲い、乗っ取るということなのだが――
それは実際MSで宇宙(そら)を翔ける彼にとってすら、B級SF映画ばりに現実味の薄いシロモノ
である。
ただ敵が宇宙金物であろうが怪獣だろうが、この俺がカティの矛となり、盾となるのだ――そうした
決意はいつからか彼と共にあり、彼女の愛を得て一層ゆるぎないものになっていた。

 

 ◇    3    ◇

 

 パトリックは自信の笑みを満面に浮かべながら、
「あんな偶然なんて、もうありませんよ!」
と、手に提げた缶ビールの一本を無造作にテーブルに置いた。
そして残りの一本を、注意を惹きつけるようにカティの目の前で軽く揺らすと、
「もし本当にそうなら、地球は完全に狙われています――ワルい宇宙人によって、ね」
連れ合いの頭を悩ませる“考えゴト”を軽い冗談に言い紛れさせ、にっと笑って隣に座を占めた。
「・・・・・・お前といると、真面目に考える事が愚かしく思えてくる」
妻が形のよい顎を傾げ、呆れたように溜息をついたところで、彼の手が柔らかな頬に触れる。
自分の冷えた手指の感触が、働きづめの身体に心地よく沁みればいいと思う。
どれほどキレる頭の持ち主だって、息抜きは必要なのだ。
忙しいのはわかっている。けれど、二人きりでいる時くらいは――

 

謹厳を絵に描いたような上官の顔がふと緩んで、彼の前で艶冶な微苦笑に変わる。
誰に教えてやるつもりもないが、こうしたギャップも男心をひどくくすぐるのだ。
「んー……」
パトリックは待ってましたとばかりに身を乗り出して顔を近づけた。
上唇がまさに触れたか触れないかの、内側からゾクリと湧き起こる感覚に身を委ねた、
そのときである。
――司令!
テーブルに置かれた端末から、緊急を告げる無粋な声がリビングに響き渡った。
「おわっ」
カティは目にも留まらぬ早業で彼を押しのけると、何事もなかったかのように画面にとりつき、
ウインドウの向こう側で彼女の指示を仰ぐ部下の言葉に耳を傾ける。
――施設の未確認地域が独自に稼動し……、
ナゾの宇宙人が攻撃をしかけて来たとか、危機が差し迫っているでもないらしい小難しい報告に、
彼はすぐうんざりして聴覚を鎖した。
彼の耳が最後に捉えたのは、画面を食い入るように見つめる妻から発せられた、驚きの言葉だった。
「トランザム……!?」

 

 ――ちぇっ、またかよぉ。
女の細腕とはいえ、爪の先までどっぷり甘い気分に浸り、油断しきっていたところである。
正面からカティ渾身の張り手を食らい、彼は呆気なく突き飛ばされ床に転がった。
少々手荒ではあるが、照れ隠しゆえコレも十分に可愛い。
けれども、痛みまでは可愛くならないのだ。
パトリックはじんじんと痺れる鼻に顔をしかめ、したたかに打った尻をさすりながら、先程よりも
険しく引き締まった表情の妻兼上官を見上げて、
――さすが嫁さん、ワザのキレも相変わらずシャープだぜ……
休暇のみならず、またしても直前でお預けを食らうハメに陥った理不尽の余り、悔し紛れの懐古に
心を遊ばせていたのだった。

 

〈外宇宙航行型母艦ソレスタルビーイングにて 完〉(――文書係101128)

 

【カティ・マネキン】 【戻】  

 

URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White