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00-W_土曜日氏_131

Last-modified: 2010-01-31 (日) 14:38:31
 

 極東の島国の、とある山沿い都市の外れ。
 かつて工業地区であり、多くの倉庫、工場が立ち並んでいるところである。
 工員で賑やかだったそこは、しかし、今はもう廃れて人影の一つも無い。
 都市そのものが山側から平地よりにその面積を伸ばしていったため、取り残されてしまった形である。
 道路整備事情が充実していれば住宅地として蘇っていたかもしれないが、誰もいなくなってから百年も経った現在では、それも今更であろう。
 かくして、買収と整地の計画だけがこの百年の間に出ては消えの繰り返しで、気づけば都市行政側もほとんど管理を放棄し、荒れ放題の雑草伸び放題になっている次第だった。
 この時代になっても、こういう所はあるのだ。

 

「おおらあ、ボスのご帰還だあ! お前ら、道を開けろお!」

 

 そんな場所だが、今日は事情が違っていた。
 複数のトラックが、アスファルトの剥げかかった道路を通り、ここに集ってきている。
 運転しているのは、どれも逞しい身体の持ち主で、明らかに一般人とは雰囲気が違っている。

 

「おい、外であんまり大袈裟に騒ぐんじゃねえよ、誰が聞いてるとも知れねえんだぜ?」
「へ、へい、すいません、ボス」
「まあ、こんなところにキャンプしにきている奴なぞいねぇだろうけどな」

 

 ボスと呼ばれた男は、蓄えた顎鬚は獅子を、鋭い眼光は鷹を思わせ、このゴツイ連中の中でも、特に醸し出す雰囲気が突出していた。
 群れの先頭を行く、リーダーの風格があるのだ。

 

「おう、C組はどうしたあ? まだ着いてねえみたいじゃねえか」
「さっき、30分程遅れると連絡がありやした。何でも事故渋滞に巻き込まれたとかで」
「ケッ、どこのどいつだ、事故なんてしやがったマヌケは……まあ、しょうがねえか」

 

 男はトラックから降りると、地面にペッと唾を吐いた。

 

「よーし、B、D、E、Fは全部揃ってるかあ?」

 

 彼の名前は、アリー・アル・サーシェス。
 かつて様々な組織で様々な活動を行い、裏社会に大きくその名を轟かせる人物である。

 
 

「へいボス! 誰も怪我も何もしちゃいませんぜ!」
「バァカ、人数の話じゃねえよ! 盗ってきたブツの数のことを言ってるんだ!」

 

 アリーをはじめとする彼の一党は、地区の中でも最も大きな廃工場の中に今、いる。
 遥か昔は千人規模の人員が汗水たらして機械と格闘していたであろうこの工場だが、今は機材も全て取り払われ、建物の壁の中には鉄筋の骨組みと、散乱した遺物があるだけである。

 

「B組は大丈夫ですぜ!」
「Dも問題無しでさあ!」
「Eも同じく!」
「F組はオマケまで持ってきましたぜ、帰る途中で閉店後の酒店から売り物をまるごといただいてきやした!」

 

 F組のリーダーの報告に、工場内にいる全員が「ひゅう!」「ヤッホウ!」と歓声を上げる。
 アリーも、計画外のことをしやがってと小さく呟いたが、顔にはニヤリとした笑いが張り付いている。
 今回、彼らがやってきたことに比べれば、深夜にシャッター閉めただけの無防備な店から品物をかっさらってくることなぞ、手で球を転がす程度の簡単さだ。

 

「よぉし、呑気なC組の連中のことは放っておいて、とりあえずその酒を全部運びこめ!」
「へい、ボス!」
「取りあえずは今回の計画はここで一段落だ、軽くだが、乾杯といこうじゃねえか!」

 

 先程に倍する歓声が、工場内に響き渡った。
 荒くれ者たちの手が、酒瓶が運び込まれるや否や、我も我もと伸びていく。

 

「おい、とりえあず俺にはビールをよこせ、銘柄は何でもいい」

 

 部下が彼に渡した缶ビールは、丁寧にも冷えていた。
 どうやら、F組が盗んできたのは酒だけでは無かったようである。

 

「全員に行き渡ったか?」

 

 アリーは錆びついた鉄階段を登ると、皆が見下ろせる位置に立った。
 大昔、工場の関係者が稼働する機械の群れを眺めていたであろうその場所は、今や数十人規模の部下を操る裏社会でも屈指の傭兵隊長のものである。

 

「……C組のアホウ共が遅れている以外は、ばっちり計画通りだ。お前ら、よくやった」

 

 アリーは今、彼が『大将』と呼ぶ男―――イノベイターのリーダー、リボンズ・アルマーク―――の下で動いている。
 今日に及ぶ二週間程の、全世界規模の集団窃盗事件の実行犯こそが、彼である。
 コンピュータ関連の機材からアミューズメント施設のキグルミまで、ありとあらゆる物を『集めて』きた。
 無論、今後の彼らの活動に役立てるために、だ。

 

「俺のA組の方も成果はスゲェぞ、各地の美術館や金持ちからかっぱらってきたお宝がわんさかだ!」

 

 アリーが直々に指揮を取ったA組は、芸術品を中心に荒らしまわった。
 繊細なそれらを傷つけないため、わざわざA組は振動対策、空調機能を強化した特別トラックを用意した程だ。

 

「ボッティチェリ、フェルメール、ゴッホ、ゴーギャン、ピカソ、スーラ、グレコ、雪舟、徽宗……」

 

 アリーが芸術家の名前を読み上げる度に、部下の間から「オゥ!」と合の手が入る。
 今、アリーが挙げた名前が、歴史的、美術的にどれほどの巨名かを、彼らも十分熟知している。

 

「秦の銅剣、アッカドの石碑、エジプトの死者の書、エトルリアの彫刻、ローマ帝国の象牙板……」

 

 合の手の声が、徐々にだが、確実に大きくなっていく。

 

「全部合わせて100とちょっとだ! これが今、俺たちの側にあるんだぜ! 世界中は今頃大騒ぎだってんだ!」

 

 合の手が歓声、いや暴声に変わる。
 うねりとなったそれは、天井にぶち当り、跳ね返り、工場そのものが吹き飛ばんばかりの勢いとなる。

 

「よっしゃ! 飲め! 飲んじまえお前ら!」

 

 アリーは缶ビールを開けると、乾杯の宣言も無しに口をつけ、一気に喉の奥に流し込んだ。
 目の前の部下達も、引き続き狂喜の叫び声を上げつつ、それぞれの酒を口の中へと放り込んでいく。

 

「へ、へへへ……大騒ぎな上に、コロリと騙されてやがるぜ、間違いなく。これからが楽しみだってんだ」

 

 空になった缶を、指の力だけでくしゃりと潰すと、アリーは不敵に笑った。

 

「本当は、美術品がメインじゃあねぇんだなあ、これが」

 

 そう、部下達が盗んできた物に比べれば、アリーが奪ってきた物の方が、遥かに価値は高い。
 だが、それはあくまで表面での話。
 今からアリーがリボンズの計画で動くに当たって、本当に必要なのは、部下達の成果の方なのだ。
 美術品は、所謂隠れ蓑であり、そして、更なる計画の下地作りの部品に過ぎない。
 あと数カ月もすれば、また元の美術館なり、持ち主なりの手元に戻ることになるであろう。
 リボンズの策によって……。

 

「C組のトラックのライトが見えましたあ!」

 

 宴が始まって十数分、酒盛りの間をぬって、遅れていたグループの到着が、アリーに届けられた。
 アリーは新たなビールの缶を部下からひったくると、大声で叫んだ。

 

「渋滞なんぞに巻き込まれた罰だ! C組の連中には、酒を冷やしていた氷水を頭から被せてやれ!」

 

 語尾に、今日最大の歓声が重なった―――

 

 ◆ ◆ ◆

 

「たいへんだな、おい」
「大変なんだよ」
「すげえたいへんだ、おい」
「凄く大変なんだよ」
「何の漫才なの、貴方達……」

 

 統一政府の首府の中心、議事堂内にあるプリベンターの本部は、今日は賑やかである。
 世界的な窃盗事件の捜査を完全に警察に引き継いだので、全てのメンバーがここに戻ってきているのだ。
 いや、いつも賑やかやんけというツッコミが入るかもしれませんが、それは全てパトリック・コーラサワーがいるせいです。
 彼一人で何時だって賑やかなんです、ハイ。
 賑やかというのは、人数的な意味で、声の大きさという意味ではございません、今回は。

 

「色々なモンがパクられたかと思えば、今度は美術品かよ。合計被害額はいくらくらいなんだ、みつあみおさげ」
「さあね、計算するのも嫌になるくらいの巨額ってのはわかるがね」
「何だよお前、知らねーのか?」
「知ってたとしても、お前には教えたくないけどな」

 

 やれコンピュータの部品だの、やれキグルミだのと、無節操極まりない窃盗事件だが、プリベンターは早くから、この事件がとある男の起こしたものではないかと睨んでいた。
 それは、盗まれた物の中に大量の靴下があったからで、プリベンターのメンバーの頭では、靴下はイコールで『あの男』に直結している。
 今まで幾度にも渡ってプリベンターの前に立ちはだかってきた傭兵、アリー・アル・サーシェス。
 時には改造潜水艦で海辺の魚介類を密漁し、時にはMS(ミカンスーツ)ソンナコト・アルケーでプリベンターに甚大なダメージを与えたあの男だ。
 だからこそ、今回の一連の事件において、世界各地にメンバーが飛んで調査をしてきたわけだが、同様の手法(地下に穴を掘ったり壁をぶちぬいたり)で有名美術館から一流の芸術品が盗まれた現在に至って、警察庁がプリベンターの協力を一切排した独力で捜査を行うことを決定してしまったのだ。
 このままでは面目まる潰れ、さらに内部協力とはいえプリベンターに解決でもされた日には、二重で顔が潰れるといった塩梅だったのだ。
 行政機関が体面を重視する気風は、この時代になっても、統一政府となっても、未だ変わっていないのであった。

 

「しかし、いいんですか?」
「何が? カトル」
「僕たち、このままで……」
「無論、良いわけがないわ。捜査は続けます」

 

 カトル・ラバーバ・ウィナーに尋ねられて、サリィ・ポォはピシャリと言い放った。
 サリィに言わせれば、これで迷宮入りにでもなったら、政府の大失態どころか人類の歴史上に残る汚点になるのに、何を下らないことにこだわっているのか、ということになる。
 盗まれた美術品は、どれも巨匠の作、歴史的名作ばかり。
 謂わば地球人類の宝なのだから、使える物は何でも使って、協力してくれる手は何でも握り返して捜査に当たるべきなのだ。

 

「窃盗団ではなく、プリベンターは『アリー・アル・サーシェスの追跡』を名目にして捜査を続行するわよ」

 

 ゲイリー・ビアッジ(つまりアリー)という男が怪しい、という情報は、すでにその根拠と共に警察に伝えてある。
 それをどう生かすかは、ここに至っては警察の勝手である。
 プリベンターにとってはアリーが主犯なのは最早確信であるからして、迷いなぞない。

 

「つまり、警察の邪魔はしていない、と」
「そういうこと。いずれ向こう側の焦点もあの男に絞られるでしょうけど、スタート位置が前な分だけこっちが有利だわ」
「ですけど、窃盗のやり方を見ていると、結構大人数が動いているようですよ。僕らだけじゃあ手が足りなくなるかも」
「その時は、思いっきり高値で売り付けてやるわよ、犯人を。巣に踏み込む直前の状態でね」

 

 目の前に餌がある状態では、いくら面子がどうのこうのと言っても、警察も手を伸ばさざるを得ない。
 表の手柄を押しつけることによって、今後同様の事件が起こった場合、警察は裏ではプリベンターに強く出ることは出来なくなるであろう。
 プリベンターとしても、それでアリーが逮捕されれば、悩みの種が一つ減ることになる。

 

「でも私は、アリー・アル・サーシェスの裏にまだ黒幕がいるんじゃないかって思うのよ」
「……そう考える、何かがあるんですね」
「いいえ、確証も何もないわ。むしろ勘に近いんだけれど……」

 

 サリィは、ヒルデが淹れてくれた湯呑みの玄米茶に視線を落とした。
 その表面では、写った彼女の顔と天井が、ゆらゆらと揺れている。
 そう、想像に過ぎない。
 だが、どうしても引っかかる。
 やれデパート襲撃だ、やれ密漁だと小悪党紛いのことをしてきたアリーだから、何かを盗むこと、対象が無節操なのは別におかしくはない。
 だが、今回はやたらとやり方が大胆過ぎる。
 今までも大胆と言えば大胆だったが、その中身というか質がちょっと違ってきているように、サリィには思えるのだ。

 

「んなこたあ悩んでても仕方がないだろ、ぶん殴ってふん縛ってとっ捕まえる! これ以外にあるか?」
「貴方ね……簡単に言うけど、そこに至るまでが大変なんじゃないの」

 

 能天気とも言えるコーラサワーの発言に、思わずサリィは頭痛を覚え、右の目尻を指で押さえた。
 あまり考えたくはないが、最近目尻にシワが増えたような気がする彼女である。
 まだ三十路にも数年届いてない若さなのに。

 

「とにかく、今は情報を集めていくしかないわ。幸いアリー・アル・サーシェスが犯人であることは明白なのだから、彼に集中すればいいわけだし」
「ですが、万が一彼が犯人でない場合は?」
「その時は、お偉い警察様が見事に事件を解決してくれるでしょう」

 

 口調がトゲトゲしいサリィだが、やんわりとなら兎も角、居丈高に協力を撥ねつけられたのだ。
 苦々しい気持ちにもなろうというものである。
 ちなみに、プリベンターのトップであるレディ・アンは、警察の独力捜査を告げられた時、鼻で笑っただけで何も言わなかった。
 別に警察が嫌いでも馬鹿にしているわけでもないが、今回については、サリィもレディも思っている。
 出来るもんならやってみろ、と。
 アリー・アル・サーシェスは並大抵の悪党ではない、馬鹿で何かと度が過ぎるが、それだけに一筋縄ではいかない強敵なのだ。
 海辺では追いつめながらも逃げ切りを許し、またアザディスタンでは壊滅直前にまで叩きのめされた。
 それらの事実は、組織の管理者として二人の心に強く悔恨として残っている。

 

「……だけど、馬鹿には馬鹿を、か」

 

 思えば、二度のどちらも、コーラサワーが局面打開の切り札になった。
 いや、なってしまった。
 もし、次にアリーと対することがあったら、またこの男が……。

 
 

「まあ、大船に乗ったつもりでとにかく俺に任せておけ! 模擬戦二千回不敗、AEUのスペシャルエースだった、このパトリック・コーラサワーに!」
「大船じゃなくて泥船に乗った気分だな」
「俺が出ればアリーだろうがキリンさんだろうが像さんだろうが、あっと言う間に刑務所にお引っ越しだぜ!」
「ほんまかいなーそうかいな、と」
「ポニテ博士の新型MSの調整が終われば、どんな敵でも俺が片づけてやらあ!」
「博士に言っておこうか、お前のだけ調整遅らせて下さい、って」

 

 いや、やっぱり綿密に作戦を練って、全員で勝負しよう。
 例え切り札になり得るとしても、最初からそれに頼るやり方は現場の指揮官として失格だ。
 それに、いくらスペシャル馬鹿パワーが土壇場で威力を発揮しようとも、コーラサワーに頼るのはちょっと複雑な気分になってしまう。
 デュオのツッコミを聞きつつ、そう思うサリィなのだった。

 
 

 プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の旅は続く―――

 

 

【あとがき】
 誤字脱字がありましたらすみませんコンバンハ。
 次回からは次スレになるでしょうかサヨウナラ。

 
 

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