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00-W_土曜日氏_138

Last-modified: 2010-04-19 (月) 21:26:38
 

 時というものは、常に動いていく。
 よく時間を川の流れに例えることがあるが、これは実に言い得て妙である。
 歴史の大河、そこに人は放り出され、ぷかぷかと浮いている状態に過ぎず、その「流れ」に逆らうことは決して出来ない。
 遡行することも、また先へ飛ぶことも、現在の物理科学では不可能だし、おそらくこれから先、どのように人類が進化しようとも、叶えられることは無いであろう。
 そう、この世界に生きる以上は、どう足掻いても「時」は跨げない。
 超常の力を持つエスパーであっても。

 
 

「本格的に動くよ、皆」

 

 リボンズ・アルマーク。
 超人気アイドルグループ『イノベイター』のリーダーであり、同時に、特殊な能力を持つ特級の陰謀家である。
 彼の野望は、今まで誰も実現し得なかった、究極のものである。
 それは、人類の全てを統べること。
 過去、地球全てを支配しようと企んだ者は数多く居た。
 企みだけでなく、実際に実行に移そうとした者はそこからかなり減るだろうが、「世界征服」という四文字は、遥か昔から燦然と「野望の頂点」に君臨してきた。
 無論、現実にそこに辿り着いた者は皆無である。
 人種、思想、文化、宗教、風土……このちっぽけな惑星の上には、数え切れない程に「異なり」が存在する。
 これらを全部まとめてその上に立つこと、これは時を飛ぶことと同じく、物理的に可能ではないのだ。
 完璧な制度、完璧な統制があれば夢物語ではない、という意見もある。
 だが、その完璧も、万人にとっての完璧ではない。
 絶対的な「完璧」があれば、とっくの昔に地球は宗教か思想によって、または経済システムによって統一されているはずである。

 

「歴史は大きく区切られるはずだ、これまでと、そしてこれからとに」

 

 リボンズの野望は、一言で言ってしまえば、「世界征服」そのものである。
 だが、彼は旧来の野心家とはまったく別の方法で世界の頂点に立とうと考えている。
 今のよちよち歩きの統一政府を転覆し、新たに絶対的なリボンズ王朝を作ろうとは思ってはいない。
 それが不可能なのは、彼も十分承知している。

 

「我らイノベイターこそが、人類の頂点に立つ」

 

 完璧な制度も、思想も、宗教も必要ではない。
 ただ、「全てを見る眼」があれば、それで彼の野望は達成される。
 何処で誰が何を考えているか、何をしているか、その結果がどうなるのか。
 それらを見通すことが出来れば、過去の野心家が企んだものとは全く別の「世界征服」が出来る。

 

「それは、もうすぐだよ」

 

 薄暗い部屋の中、ゆったりとしたソファーに腰掛けつつ、リボンズは背後に立つ『同志』たちに声をかけた。
 ヒリング・ケア、リヴァイブ・リバイバル、ブリング・スタビティ、デヴァイン・ノヴァ、リジェネ・レジェッタ。
 リボンズと同じ能力、「脳量子波テレパシー」「老化の抑制」「強化された身体能力」を持つ者たち。

 

「さて、まずはあの男がかき集めた『道具』を、もとの持ち主に返すことにしようか」

 

 リボンズは、ソファーから音もなく立ち上がり、部屋の外へと歩き始めた。
 その背中に、五人の同志が続く。
 ただ一人、リジェネだけがやや歩きだすのが遅れたが、それを咎める者はいなかった。

 

「さあ、『これから』の始まりだ」

 

 外の光が、リボンズの身体を包みこんだ―――

 

 ◆ ◆ ◆

 

「お待たせ、と言うべきなのかな。新型MS(ミカンスーツ)、ようやく手渡せる状態になったよ」
「おおおおおおお」

 

 プリベンターのメンバー、パトリック・コーラサワー、ヒイロ・ユイ、デュオ・マックスウェル、トロワ・バートン、カトル・ラバーバ・ウィナー、張五飛、ヒルデ・シュバイカーの七人は、ビリー・カタギリの研究所を訪問の真っ最中。
 その目的が何か、最早説明はいらないであろう。
 そう、ネーブルバレンシアに代わる、エコドライブ『ミカンエンジン』で動く新型のMS(ミカンスーツ)がとうとう今日、完成したのだ。

 

「文字通りの新品、ピカピカだよ」
「おおおおおおお」

 

 実は、MSそのものはちょっと前に稼働可能にはなっていた。
 だが、何しろビリー・カタギリが一人で組み上げ、調整を施していたために、「最終的にオーケー」のサインがなかなか出せず、今日までかかったのだった。
 新型MSが全て同じ外観で同じ能力だったなら、もう少し早くプリベンターに届いていたかもしれない。
 しかし、そこは伊達に天才の冠をいただいてはいない男、ビリー・カタギリ。
 コーラサワーやデュオ、グラハムといった個人個人の特性を考えて、それぞれに合ったMS(ミカンスーツ)を造り上げた。
 つまりは、完全なる個人専用機となるわけだった。

 

「起動させるにはボタン一つで済む。一応、指紋認識と網膜パターン認識のチェックもつけてるけど」
「おおおおおおお」
「得物の方も、共通のものからそれぞれの特性に合わせたものまで、ちゃんと用意しておいた」
「おおおおおおお」

 

 研究所に着いて、地下の格納庫まで連れてこられてこっち、
 コーラサワーをはじめ、プリベンターのメンバーの口からは感嘆の「おおおお」という台詞以外が出てきていない。
 コーラサワーも、デュオも、五飛だって、素直に感心しているのである。
 つまりは、余計な茶々など挟む余地も無いくらいに、ビリー・カタギリの造ったMS(ミカンスーツ)が素晴らしいのだ。

 

「それぞれの操縦の癖なんかも、模擬戦やシミュレーションのデータを使って生かせるようにしてある」
「おおおおおおお」
「搭載したミカンエンジンはさらに改良を加えたバージョンで、『蜜柑エンジンEX』という」
「おおおおおおお」
「燃料はミカンの皮から精製したものだけど、さらに関節部にもミカンのオイルを使うようにしたんだ」
「おおおおおおお」
「フレームはミカンダニュウム合金ZZ(ダブルゼット)、衝撃吸収性、柔軟性、反発性は前のものに比べて約二倍」
「おおおおおおお」
「さらに関節とフレームの一部に、エネルギーを蓄える効果も付いている。メイン動力が切れても、一分位だけど動くことが出来る」
「おおおおおおお」
「色々と奮発して機能をつけちゃったから、一機ごとの予算が通常のMS(モビルスーツ)の数十倍になっちゃったのが問題点かな」
「おおおおおおお」

 

 凄いんだか凄くないんだか一瞬わからないが、実際は超凄い。
 プリベンターの面々としてはもう感謝感激大感心以外のナニモノでもないのだが、いずれ細かい能力はビリー・カタギリの説明の他、乗って動かしてから理解することになるであろう。
 ちなみに、『蜜柑エンジンEX』とミカンの部分が漢字なのは、「ハイカラでしょ?」というビリーの個人的な考えによるものである。

 

「しかし、こうして目の前にしてみると、何かこう、ムラムラしてくるな」

 

 コーラサワーにしたって、何だかんだで素直に喜んでいる。
 おもちゃを手にした子供ではないが、根がストレートな男だけに、側から見てるとむしろこういう時はわかりやすい。

 

「ドキドキの間違いだろ」
「メラメラじゃなですか?」
「ウキウキとか」
「ボロボロ、だな」
「ダメダメ、でしょ?」
「いや、バカマヌケアホトンマ、だ」

 

 ツッコミなんだかそうでないんだかわからないが、まあこれもプリベンター。
 言い様があまりにヒドイ、という意見はなかったりなかったりなかったり。

 

「さて、どのMS(ミカンスーツ)もすぐに動かせる状態だよ。どうだい、早速乗ってみるかい?」
「当たり前だのファイヤークラッカーだぜ!」

 

 ビリーの提案に、即座に返答するコーラサワー。
 もちろん、ガンダムパイロット達も異存はない。
 何しろ自分達の新たなる相棒なのだ、開発を知らされてから今日まで結構時間がかかったこともあり、誰もがウズウズしている。

 

「じゃあ、ここから運び出すのを手伝ってくれるかな。トレーラーはあるよね?」
「ええ、ちゃんと借りてきてあります」
「あと、場所の確保も出来ている」

 

 受領のサインも何もなく、こうしてあっさりと、新型MS(ミカンスーツ)はコーラサワー達のものとなった。
 あくまでビリー・カタギリの個人的な「支援」というカタチなので、現場においては複雑な事務処理は存在しない。
 無論、プリベンターは公的な組織であるから、レディ・アンが必要な手は全てうってある。

 

「よし、それじゃお前ら、とっととMS(ミカンスーツ)を運び出そうぜ!」
「お前が仕切るなよ。この場の責任者はカトルになってるんだぞ」
「関係ねえよ、そんなの」
「いや、気にしろよ一応」
「さあさあさあ、やろうぜ模擬戦!」
「聞いちゃいないな、まったく」

 

 デュオは溜め息をついた。
 その横で、カトルが苦笑しつつ頬を人差し指で掻いている。
 こういう時でも、コーラサワーはコーラサワーで、プリベンターもいつものプリベンターだ。

 

「ともかく、行くとしよう」
「ああ、これでやっとこちら側から打って出ることが出来る」
「そういうことだな」

 

 デュオ達は歩き出した。
 まずは、トレーラーを格納庫の出口に寄せなければならない。
 新型MS(ミカンスーツ)、それは戦うための、統一政府の安定と人類の平和を守るための盾であり、剣。
その出番は、近い。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 コーラサワー達がカタギリ研究所でワイワイとやっている頃、プリベンター本部では、残留したサリィ・ポォとミレイナ・ヴァスティが来客の応対をしていた。
 いや正確には、これからするところ、だった。

 

「……ミレイナ」
「はあい、何ですかあ」
「この件について、彼女は何か他に言ってた?」
「レディさんですかあ? いいえ、私は何も聞かされてないですぅ」

 

 プリベンターの応接室には現在、五人の人間がいる。
 彼らは肩書も違えば、社会的な地位も違う。
 本来なら、こうしてプリベンターの本部に同時に訪れることはまず無い面子である。

 

「他に、っていうことは、その前に何か言われたんですかあ?」
「そりゃあ事情説明はね。ただ……」
「ただ?」
「ただ……」

 

 サリィは言葉を止めると、湯呑みを手に取り、一口お茶を飲んだ。
 ミレイナが淹れてくれたばかりなので、十分な熱さがあり、喉が心地よい。

 

「彼女はともかく、私自身の判断が」
「?」
「どうすればいいのか、どうなってるのか、それがなかなか見えてこないのよ」

 

 サリィはプリベンターでは、ナンバー2にあたる。
 もっとも、ガチガチの上下関係があるわけではない。
 トップのレディ・アンが決めたことに、一応口を挟むこともある。
 過去にはメンバー構成(特にコーラサワーやグラハムの加入を認めた件)で、文句に近いことを言ったこともあった。
 しかし、きちんとした信頼、信用が二人の間にある。

 

「とにかく、会うしかないわね」

 

 レディから受けた説明は、納得に足りるものだったし、それについてはとやかくはサリィにはない。
 ただ、現場を預かる立場の人間として、どう扱っていけば良いかだけが、悩みどころなのだった。

 

「はぁい、じゃあ、誰からにしますですぅ?」
「……誰からにしたらいいと思う?」
「……乙女の勘はこういう時には働かないみたいですぅ」

 

 応接室にいる五人。
 人類革新重工の商品開発部、通称『開発超部』のソーマ・ピーリスと、アンドレイ・スミルノフ。
 マイスター運送の社長スメラギ・李・ノリエガと社員の刹那・F・セイエイ。
 そしてJNNTVの報道アナウンサー、絹江・クロスロード。

 

 ソーマとアンドレイはミカンエンジンの件やアザディスタンの件、マイスター運送は、グラハムやジョシュア・エドワーズを「持ってきた」ことがあり、絹江はアリーにさらわれた時、プリベンターが助け出した(また、レディが取材を受けたこともある)。
 それぞれ、かつてプリベンターと関わったことのある人物ばかりである。

 

「いっそのこと、全員まとめて会うってのも手かしら」
「お話が速く進むから、そっちの方がいいかもしれないですぅ」
「何にせよ、待たせっ放しには出来ないわね」

 

 サリィはもう一口、お茶を飲んだ。
 このお茶を飲みきるまでは、待たせてもいい。
 そう思いつつ。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「急げ、急げジョシュア! 急げと言った!」
「急げったって無茶ですよ、道なんでないでしょうが!」
「喝ッ! 我が進むところは全て道! 切り拓いて走れ! それが人生也!」
「アンタの人生はそれでいいかもしれませんけどね! 俺まで巻き込まんで下さい!」
「む、ジョシュア気をつけろ。右手の藪にマムシが見えた」
「ええええええ!? ちょ、ま」
「む、あの木の枝にぶらさがっているのはスズメバチの巣か?」
「のおおおおお!? おま、その、は、とっとと行きましょう! 降りましょう!」

 

 さて。
 新型MS(ミカンスーツ)がプリベンターにやってくるこの晴れの日に、カタギリ研究所にいなかったプリベンターのメンバーが、若干二名いる。

 

「おお何だ、速く走れるではないか」
「痛い痛い、何かトゲのある草に突っ込んだ」

 

 それは、グラハム・エーカーとジョシュア・エドワーズ。
 で、何故この二人が今日、MS(ミカンスーツ)の受け取りにいなかったのか。
 全ての原因は、グラハムの『我慢弱さ』にある。

 

「だいたい、アンタがじっと研究所で待ってりゃ良かったんですよ! 一晩くらい我慢出来るでしょうが!」
「ランニングをしていれば、すぐに朝になると思ったのだが」

 

 昨晩、グラハムは当然と言うか何と言うか、カタギリ研究所に詰めていた。
 MS(ミカンスーツ)の受け取りは明日、プリベンターとしてのスケジュールは守らなければならない。
 だがしかし、100%に近い状態の新型が手を伸ばせば届く距離にある。
 その現状に、とうとう彼は耐えきれなくなった。
 ので、走り出した。
 ランニングをすることによって、気持ちを落ち着かせようと考えたのだ。
 また、走っていれば、時間も経っていく。

 

「近くの公園でも河川敷でも、どこにだって適当な場所あるのに! 何だって山まで走ってくる必要が!?」
「それだけ抑えきれぬ力が身体にあった、というわけだ」
「つきあわされる方の身にもならんかーい! マジで背中を狙うぞ、アンタ!」

 

 研究所の仮眠室に寝ていたジョシュア(当然、グラハムが無理矢理連れてきていた)を叩き起こすと、行くあてもなく飛びだした。
 で、ジョシュアを引っ張りつつひたすら脚を動かし続けた結果、気付けばどっかの山奥にまで来てしまっていた、という次第であった。

 

「いかん、予定の時刻を過ぎてしまった」
「痛い痛い、岩にぶつかったあ」

 

 道を見失い、ふもとに向かって、藪の中やら林の中やらを真っすぐに走り降りていくグラハムとジョシュア。
 もう危険とか安全とか、そういうレベルを軽くぶっちぎっちゃっている。

 

「む、谷がある。飛べ! ジョシュア」
「飛べるかー! うわ、転ぶ! 落ちる! 死ぬー!」

 

 超常の力を操るエスパーならまだしも、普通の人間では、どう足掻いても生身で空を飛ぶことは出来はしない。

 

「飛べないなら止まれ! ゆっくりと岩を伝って谷を降りるぞ!」
「あああ、タイムマシーンくれ! 昨日に飛んで仮眠室から逃げ出すから!」
「過去を振り返るな、ジョシュア! 時は止まらん、ただ進むのみ! 我らもそうだ!」

 

 山岳救助隊なり警察なりに連絡を入れて助けてもらう、というアタリマエの発想が出ない二人であった。

 
 

 プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の旅は続く―――

 
 

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