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08MS-SEED_28_第02話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 21:12:30

 笑いさざめく家族や友人たち。
 突如として苦悶の表情を浮かべる彼ら。
 助けようと伸ばした手は届かない。
 焦燥にかられる彼に、誰かが言い放った。
『シロー・アマダ。お前は何者だ』
 その言葉になんと答えることもできないまま――

 シロー・アマダは夜中にふと目が醒めた。
 夢を見ていた気がするが中身はよく覚えていない。
 ただ、最後の言葉だけははっきりと覚えていた。
「おれは何者か、か」
 それはかつて故郷から救い出されたときの言葉だったか。
 士官学校で教官に言われた言葉だったような気もする。
(そんなに昔の話じゃないはずなんだがな……)
 自分はまったく何者なのだろう。暗い室内で、シローは天井を眺めて思う。
 故郷を奪われ、軍人となった。
 友軍を見捨てられず、無謀とも思える出撃を行って相打ちに持ち込んだ。
 敵パイロットと出会い、アイナを知った。
 隊長となり、部下の信を得た。
 アイナと偶然再会し、彼女を愛し、軍に疑われた。
 愛するもののために全てをなげうち――
 そして、どういうわけか異世界に来て、また戦争に関わっている。
 感傷と切り捨てるには、この世界のありようは元居た世界に似すぎていた。
 アースノイドとスペースノイド。
 ナチュラルとコーディネイター。
 地に住むものと宇宙に住むもの。
 旧人類と人類の革新を名乗る者。
 遺伝子操作や生得能力という差こそあれ、その本質は結局のところ無理解だ。
 そう。シロー自身がそれを目の当たりにしてきたように。
 やるせない思いにシローは眉をしかめた。
 ふと、柔らかく温かな重みが左腕にかかる。ついで視界の横からのびた青白い手が目をふさいだ。
「アイナ?」
「シロー……」
「起きてたのか」
「はい、少し前から。シローの横顔を見ていました」
 そうか、と頷くシロー。
「怖い目をしていました」
 そうか。ただ頷く彼の耳に、
「シロー、貴方がお嫌なのでしたら、……逃げませんか?」
 囁きが落とし込まれ、シローは口を噤んだ。
 逃げる。
 その選択肢が浮かんでいなかったといえば嘘になる。
 むしろ頭の片隅に常に浮かびながら、今まで考えないようにしてきた。

「私は、シロー。あなたさえ居てくれたら、それでいいのです」
 耳に落とし込まれるアイナの声は狂おしいまでの熱があった。
 彼女の愛を目眩がするほどに感じる。
「ああ。おれもだよ、アイナ」
 目をふさぐアイナの手に自分の手を重ねる。重ねた手が互いが確かにここにいることを教え、こうしているとこの宇宙に彼と彼女の二人だけのようだ。
 が、シローはしかし、と彼女の言葉を否定した。
「ここで逃げるのは、おれは違うと思う」
「ですが、シロー」
「聞いてくれアイナ。おれたちは一緒に生きるために互いにすべてを捨てた。
何の因果かこんな世界に居て二人とも無事だがそれだけは間違いない。
そんなおれが今また戦争に関わってるのは、ひょっとしたら罰なのかもしれないと思うことがある」
「そんな、いったい誰が私たちに罰を与えられるというのです」
「……おれ自身だ」
 アイナが息を飲む気配がした。それは最近彼がたびたび思うことだった。
 自虐癖は無いつもりだ。ただ、シロー・アマダという不器用な男は、ただ自分が辛いからという理由で再び人とのつながりをなげうつ事を赦せなかったのだった。
 目をふさぐアイナの手を取り顔を向ける。真摯だが思いつめたような硬い表情の彼女はそうしていてさえ美しいと思う。
「これはおれの我侭だ。アイナまで付き合う必要はない」
 こう言えば、この女性がどう答えるか分かった上で告げる。
 果たして彼女は慈しむように微笑んだ。
「いいえ、私はあなたについていきます。どこまでも、きっと」
「すまない」
 互いにわずかに顔を前に寄せ唇をふれあわせようとしたその時、無粋な電子音が部屋に鳴り響いて二人は反射的にびくりと体を離した。
 いつのまにか、セットした起床時間になっていたようだ。
 手を伸ばしてアラームを止めるとアイナは身を起こした。シーツがはらりと落ちて薄暗い部屋に真白い裸の背が浮かぶ。
「先にシャワーを使います。シローはいつもどおりですか?」
「ああ」
 同じく上体を起こしながらシローが答えた。リハビリが順調に終了し日常生活なら支障なくなった今も毎朝の日課としてのロードワークは欠かせない。
 素肌の上にローブを羽織ってシャワーへ向かうアイナを見送り、シローはベッドから降りてカーテンを引き開けた。途端に部屋を、赤道直下の国特有の強い日差しが満たす。
 今、彼ら二人はヘリオポリスへ向かう準備のためオーブ本国の地を踏んでいた。

「ウナト。いったい何を考えている」
「お言葉の意味、少々わかりかねますが」
 ウズミ・ナラ・アスハの非公式な会談の要請を受けて赴いたウナト・エマ・セイランは彼の性急ともいえる詰問をやんわりといなした。室内には彼ら二人だけ、という状況から非常に内々の会見であると分かる。
 ここはオーブ本島ヤラファスの郊外に建てられたアスハの私邸の一つ。
 眼下にオーブの美しい海をおさめ、海外からの公人を迎えるのにも使用される瀟洒かつセキュリティレベルの高い邸宅で、このような密談にはもってこいの場所といえた。
 ご丁寧にもカーテンまで締め切っている。
 狙撃避けという明目だが、ウナトには部屋の空気を重くするための演出にすら見えた。
「とぼけるでない。
スカンジナビア支社で何が行われているか、分からぬとでも思っているのか?」
 それに、と言葉を継ぐ。
「ユウナ・ロマが大学を休学してスカンジナビア支社に入り浸っていると聞く。
セイラン家が単独で資金を注入しているとの話も来ておる」
「あれには将来セイラン家の事業を背負ってもらわなければなりませんからな。
今から経験させておいて遅いということは――」
「私が問いたいのはそういうことではない」
 淡々と事情説明をはじめたところで遮られ、ウナトは眼鏡の奥の目をわずかに細めた。
「それでは、どういうことですかな」
 アスハとセイランでは確かに家格も権能も違うが、それでもふつう有力氏族の当主同士が相手の言う事を一方的に遮りはしない。それが温厚で知られるウズミとなればなおさらだ。声を荒らげられたわけではないがままあることではない。
 そのためウナトとしては珍しく内心のおどろきを率直に表してみせたのだが、ウズミはすぐには答えず閉ざされたカーテンの向こうを眺めやるかのような仕草を取った。
 しばらく、部屋に沈黙が下りる。
 普段温厚にみせてその実主張するべき場では相手を糾弾することを厭わぬさま、特にその獅子吼でもってときに論敵を粉砕するパフォーマンスからオーブの獅子と呼ばれた名政治家はたっぷりと間を取ってからおもむろに核心に触れた。
「……スカンジナビア支社がMSの開発をしていると、そう聞いた。
それもいずこかから技術の提供を受けているようだと」
「MSの開発についてはサハクがヘリオポリスで行うことを黙認されたのでは?」
「黙認したわけではない」
「結局見逃しているなら同じことではないのですかな?」
 語気を強めて否定したウズミをばっさりと切り捨てる裏でウナトはかつての友に老いの影を感じざるを得なかった。
 ウナトの切り返しを受けてオーブ代表首長は軽くため息を吐く。
 彼としては珍しく、微苦笑にも似たものを口の端に浮かべてウナトを眺めやった。
「この場には私とお前の二人しか居らん。かつてのように話せぬものかな、我が友」
「時が経ちすぎたのだよウズミ。
お前をしてわが子の将来のため、つまらん策を弄するほどにはな」
 思わぬタイミングで放たれた痛烈な皮肉にわずかに瞑目するウズミ。
 その間隙をついてウナトは今回の目的を果たすことにした。

「連合との軍事同盟について、いまだ考えは変わらんか?」
「くどい。オーブは理念を徹す、これは先の会議でも確認した話だ」
 先ほどのわずかに打ち解けた様子とは打って変わってウズミはにべもない。
「武装中立の一国平和主義が通る時代ではないぞ。
連合を、いや大西洋連邦を敵に回して、ではどこと貿易する?
ユーラシア? 遠すぎる。スカンジナビアも同じだな。
東アジアか? 奴らの領土的野心が伝統的にどこに向いているか忘れたわけでもあるまい。
赤道連合は貧乏国の集まりだ、市場たりえん。
大洋州連合? ザフトの膝下にある上に連合に大義名分を与えてしまう。論外だ。
……まさかプラントとか言うまいな?」
 矢継ぎ早に言葉を放つウナト。これに対しウズミも波涛を叩き付けられてなお揺るがぬ巌のような響きで応じた。
「理念なくしては国は成り立たん。オーブはこれまでもそうしてきた。
これからも永遠にそうであるべきだ」
「他国はそんな事は知らんよ。考えもするまい」
(理念を抱いて国民に餓えよというか? それは政治ではなく為政者の我侭なのだぞ!)
 そう言葉を叩きつけることができたら。そうウナトは一瞬夢想する。
 だが彼は論破しに来たわけではない。口に出しては相手の矛盾を速やかについた。
「そうであるならば、何故サハクのやることを黙認する?
ばれぬ秘密などない。もし暴露されれば、中立という理念も地に落ちよう」
「む……国を割るわけにもいくまい」
 痛いところをつかれ、苦しげになるウズミ。世界が戦争状態に突入したことでサハクの権能が強化され少なくともヘリオポリスとアメノミハシラで行われていることにアスハも黙認せざるを得ないという現状が、彼にとっては認めがたいが事実であることを如実に表していた。
 その様子を眺めて、やはり、とウナトは思う。
(やはり、ウズミは平時の能臣か)
 平時においてはカリスマ性を有し能く国を治める才人である。
 しかし刻一刻と情勢の変化する今この時においてはウズミの長所の一つであるその強い信念は頑迷な執念にたやすく転化し、国を誤らせる一因にもなりうるのだ。
 情勢を見るという一点のみにおいてははるかに若年であるサハク家のロンド姉弟に劣り、また今まさにそれが問題なのである。
 ウズミ、引いてはオーブ行政府の大部分が認識できてはいないが、オーブの立場は現在国際社会において非常に微妙な位置にあった。
 開戦以降連合は押しに押され反撃の糸口を掴もうと躍起であり、またザフトはザフトでその少ない戦力が仇となって連合を押し切ることができず、結果として今は双方ともにオーブに構っている余裕が無いだけなのだ。
 その間隙にあって、オーブは平和を謳歌しているにすぎない。
 世界がエイプリルフールクライシスの影響で混乱にある中、オーブ一国が平和を謳歌できたのはこの国の地勢と特性が原因だった。
 まず地熱発電等がエネルギー事業のメインだったためそれほどの痛手を受けなかった。
 次に島嶼国家であるため国土が狭く、また無資源国であったため当座の戦略的価値なしとしてプラントの攻略目標から外れた。
 これはカーペンタリアと大洋州連合の近くであったため、制圧の必要があればすぐに対処できるという判断と、連合とぶつかる前にわざわざ小国に兵力を割く余裕が無かったという純粋に物理的な理由に基づいている。プラントに余分に振る袖など無い。
 オーブは技術立国を国の基本とし高い技術力を有する国家だったがプラントから見れば所詮は地上のナチュラルが主権を握る国家に過ぎずその工業力の程度を過小評価されて結局実利なしと判断されたという面もあった。
 連合に関しては、自国内の復興に精一杯でそもそもオーブにかまける暇も人も居なかった。
 上記のような様々な理由からオーブは連合・ザフトの双方から丁重に無視されたのである。
 こうやって無視された形のオーブであったが、他方ではエネルギーに苦しむ他国の工業を後目に必要な消費財や物資を生産してそれを輸出し大きな利益を上げた。この数ヶ月で、そのシェアは飛躍的に伸びたとする報告もあるほどだ。
 そのおかげで世界が疲弊しつつある今の状況でもオーブは戦火も知らず、戦禍に遭わずにここまでやってきている。
 だが、この先この状態が長く続くことはありえない。今の状況は控えめに見ても歪すぎる。
 出る杭は打たれるのが運命でありそれが外交というものだ。
 この点に関してオーブは些か以上にやりすぎた、そうウナトは感じていた。
 こういった不満を逸らすには他国の復興援助が常道なのだが、しかし現在のオーブにはそれもできない。
 あらゆる地域に戦火が飛び火している現状ではオーブの理念の一柱である『他国の争いに介入せず』に抵触するためだ。
 それでも辛うじて赤道連合に対しては援助も可能だったところを理念を拡大解釈したアスハ派の反対で大幅に規模を縮小して実行され外交を預かる関係筋をして『焼け石に水』と称される結果に終わっていた。
 こうして、様々な国内外の様々な要因が絡み、オーブという国家に対する悪感情が好むと好まざるとに関わらず澱のように積もっていくという悪循環が発生しているのが実情だ。
 誰もがどうにかしなければ、と考えながら動けないでいる。
 ウナトはこれを機にセイラン家の力を伸長させ、事態を好転させようとしていた。
「ならば、セイラン家のみが掣肘される道理はない。そうではないか?」
「……平時に乱を起こす気か、ウナト」
 唸るウズミ。
「これはおかしなことを言うなウズミ。
ヘリオポリスでサハクがやっているのは技術提携による共同開発だ。戦力の供与ではない。
どこが理念に反する?
だいいちこれが理念に反すると言うのなら、国防軍は主要兵器を手放さなくてはならなくなるではないか」
 オーブ国防軍の主力は連合から輸入した兵器である。
「それとこれとは話が違う!」
「違わんさ。まぁ、いい。それと何かを勘違いしておるようだから訂正するがスカンジナビアで進めていたMS開発に連合は関わっておらん。サハクもな」
「何だと!?」
 ウナトはこれだけは、と持ち込んだブリーフケースを足元から取り上げた。
「さてウズミ。未来について話そうではないかね? 互いの愛する子供たちのためにな」

 その日、私邸には遅くまで灯りが付いていた。この数日後、モルゲンレーテ本社にてオーブ行政府の肝煎りで正式にMS開発が開始されスタッフ中核にはスカンジナビア支社より多くの人員が合流。ヘリオポリスからのフィードバックも得てオーブ独自のMS開発を加速させていく事になる。

――つづく

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