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08MS-SEED_30_第09話

Last-modified: 2013-12-23 (月) 16:32:36

第九話 新しい明日

シンは一足先にプラントへと旅立っていった。
家族皆は泣いていたが、カズミは泣かなかった――泣けなかった。カズミは精一杯の笑顔を作った。
元気でね、頑張ってね、手紙書くねと叫びながら、大きく手を振ってシンを見送った。
シンは瞳に涙を湛えていたものの、気丈にもそれを溢さずに手を振り返していた。
「皆もお元気で。俺も手紙を書きます。お元気で」
当分聞く事のないであろうシンの声を刻んでおこうとカズミは誓った。
「シン君、シン君!」
カズミはいても立ってもいられず走り出した。船が見えなくなるまで手を振り続けた。
そして今、カズミ達はオーブ本島へと向かう避難船上にいた。潮風が優しく頬を撫で悲しみを癒そうとしてくれるものの、カズミの抱いている悲しみを根本から忘れさせてはくれなかった。
不意にオノゴロから火の手が上がった。カグヤのマスドライバーが音を立てて崩れ去った。
船上に緊張感が走った。怒号、そして悲鳴が響き渡った。カズミは訳が解らなくなり何も喋れなくなってしまった。
これが、戦争。嬉しい事も哀しい事もあった懐かしの故郷は儚く消え去ってしまった。
一粒、二粒と涙を溢し始めたカズミを見兼ねたのか、パパがハンカチを差し出した。
「哀しい時には泣いても構わないんだぞ。泣き方を忘れてはいけない」
パパの言葉を耳にして、カズミはパパの胸に顔を押し付けて赤子の様に泣き始めた。
――今日の事は絶対に忘れない。この先どんなに楽しい事が待っていたとしても、心の片隅にひっそりと置いて置きたい。
カズミはいつまでも泣き続けた。

案内された避難住居は粗末なプレハブだった。それらが沢山集まって避難キャンプを形成していた。
あり合わせであろう趣味の誉められた物ではない絨毯の敷かれた部屋が二つに合板ばりの手狭なキッチンと云う造りだった。
家具や電化製品は年代物の粗末な物だった。トイレと風呂は住居には備え付けられてはおらず、共同であった。
「取りあえずは一通りの物が揃っているだけでも嬉しいわ」
ママの言葉にパパは同意するかの様に頷いた。
「俺は小さかった頃を思い出すよ。家に引っ越す前は狭いアパート暮らしだったよな」
「そうね。あの時のアパートに似ているわね。サンタが産まれる前に引っ越したから、サンタやヨツバは知らないわね」
ジローの言葉にカズミは人差し指を頬に当てて幼い頃の思い出に浸った。
あの頃は一家に充分な蓄えがなく、非常に質素な生活だった。テレビは無かったものの、パパとママの聞かせてくれるお話があった。何より今と変わらぬ笑顔と朗らかな笑い声があった。
パパとママとカズミとジローで川の字のようになって寝ていたのを覚えている。
ママがサンタを身籠った時に家が手狭になるからと引っ越しをしたのだった。
事情の解らないキョトンとしているサンタやヨツバを尻目にママが窓を開けた。新鮮な空気が室内を満たした。
皆でテキパキと荷物を片付け終えた頃には日が暮れていた。
「さあ、今日はゆっくり休んで明日に備えよう。住めば都、ここを皆で都にするんだ!」
パパが元気良く声を出した。
日曜雑貨を揃えたり、カーテンを用意したりといった雑用は両手で抱えられる以上あるし、カズミはジローやサンタは新しい学校生活が待っている。
悲しみに心を捕われている暇は無いのだ。太陽はいつもと変わらずに昇るのだ。
明日に向かって生きとし生けるものは歩き続けなければならない。
家族皆がいれば生きて行ける。辛い事や哀しい事も手を取り合って乗り越えて行ける。
――そうよ。皆の為に私は生きるんだ。笑顔を絶やさずに歩き続けるんだ。
カズミは窓の向こうの空に旅立ったシンに心を這わせ、誓った。

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