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08MS-SEED_96_第04話1

Last-modified: 2013-12-23 (月) 19:30:32

「予定時刻まであと300秒、現在上空はクリアー…レーザー通信行けます!」
 CIC電子戦席から一段上のブリッジに向けてチャンドラ軍曹が叫ぶ。
 それを受けてマリューとナタルの2人は緊張したおもむきで会話しながら手順を再確認する。
「やれやれ…予定外に降下した場所が砂漠で助かったわ」
「そうですね、この分だと問題無く行けそうです。
 それにしてもさすが知将ハルバートン准将ですね、万が一の場合を考えて手筈を整えて居てくれたとは」
 深夜のAAブリッジ…マリューとナタルとチャンドラの3名は迫り来る通信時間に向けて緊張の度を高めていた。
 今からしばし後、連合軍第8艦隊の航宙哨戒機がアフリカ大陸のAAが潜んでいる近辺上宙に強行侵入し数
十秒間AAと直接レーザー通信を行える空域を通過する事になっている……と、第8艦隊に合流した時に渡さ
れた航宙哨戒機の行動チャートには書いてある。
 レーザー通信は送信と受信の両者の間に障害物が無い事が求められるのだが指向性が高いので傍受は難しく、
媒体がレーザーなのでNJの電波障害も関係無い。
 そしてこの強行偵察は用意周到にも数日前から行われており、これを巡っての小規模な戦闘までも行われて
いた為これがAAとの通信とバレる可能性も地上に隠れているAAの位置が敵に発覚する恐れも無い…事実ザ
フトは宇宙の部隊と地上の部隊の情報交換も少なくそのやり取りに最後まで気が付くことは無かった。
 この第8艦隊の生き残りで行われている作戦は戦死したハルバートン准将がAAがアラスカ等連合軍の支配地
域に降下できなかった場合を考え念の為行っていた補助作戦であるが…残念ながら役に立ってしまったようだ。
 圧縮したレーザー通信でAAの現在位置やAAが必要とする補給物資やバクゥをほぼ無傷で鹵獲した事や戦
力となるMSが増えた事等を送信し、通信が正しく伝われば次回からはより通信し易い位置を航行したり可能
であれば補給物資を降下ポット等で投下しAAの行動を支援してくれる文字通りAAの生命線になる筈だ。
 ……その補給が可能かどうかはハルバートン准将無き第8艦隊の生き残りの働き如何によるのではあるが。
 だが地上に降りてMSが増え大量のMSの消耗品や部品が必要となってしまっている現在、AAは自前では
MSの関連物資の入手はほぼ不可能な為に補給はなんとしても受けなければならない。
 MSが増えたと言え単純に戦力が増えただけでは済まない、それを戦力化するのに必要とする物があるのだ。
 まだ今回は地上で戦力が増えた事しか報告してないが、これに対して説明しなければならないだろう。
『異世界カラ来タMSト遭遇シコレヲ指揮下ニ収メMSハ現在四機。
 尚異世界ノMSハ未知ノ核融合デ動作中、他ニモ未知ノ技術アリ』
 そんな次回の通信内容を考えて軽く頭痛を覚えるマリューはいっそナタルに丸投げしようかと考えていた。
「どうだい、上手く行きそう?」
 そんな事を考えていると軽い口調でムゥがブリッヂに入ってくる。
「どうしましたフラガ少佐、この作戦に少佐が行わなければならない事は無いと思いましたが」
「いや、今後の俺達にとって大切な事だから気になってね」
 自分の作業手順に何か勘違いがあったのかと眉をひそめるナタルにムゥはひらひらと手を振って答えた。
「心配しなくてもキッチリやるわよ、部外者は出ていて頂戴……陣中見舞いでも有るなら歓迎するけどね」
 ムゥのもう一方の手にドリンクが4つぶら下げられてるのを見ながら微笑みつつマリューはウインクした。
 この作戦はAAでも一部の人間しか知らされていない極秘扱いになっているが…それは防諜の点からではな
く、もし作戦が失敗した場合に乗組員の士気の低下を恐れてである。
 その為最低限の人数で進めていたので人手が足りず、例え咽が渇いても席を立つ事もできずにいたのだ。
「予定時刻まであと30秒!」
 ムゥが席を立てない全員にドリンクを渡して周りそれぞれが久しぶりに液体を渇いた咽に染み込ませた直後、
チャンドラの開始時刻間近かの声が響き渡る。
「いよいよね……お願い、届いて…!」
 チャンドラの下がり行くカウントダウンの元、マリューはそれが1になった1秒後に今後の自分達を左右し
かねないレーザー通信機の送信ボタンを祈るように押し込んだ。
 全員がレーザー通信送信中のウインドが表示されているそれぞれの画面を見守る中プログレッシブバーだけ
が音も無く伸びて行き、最後までいってから0に戻ってもう一度伸びる…念の為2度行われるのだ。
 行動チャートと目視により確認された航宙哨戒機の下に向けているであろうのレーザー通信の受信機に向け、
AAのレーザー通信の送信機が与えられたプログラム通りに自動的に首を振って行く様子を映し出すウィンド
の映像が旨く行っている事を示していたが、向こうでうまく受信しているのか…それを確かめる術は無い。
 そんなどうしようも無い長い数秒の中、チャンドラはもう一つの機器が何かを伝えていることに気が付いた。
「レーザー通信を受信…上空からのレーザー通信です…ただちに解読します!
 『ワレ、ガンビアベイ#3、貴艦ノ通信確カニ受信セリ、マタ来ル』
 以上です!」
 AAのブリッジが4名の歓声で包まれる…こちらの送信を向こうは受け取り、そして確かに受信したとメッ
セージを送ってきたのだ。
 もっと伝えたい事、話したい事はまだあった…だが既に相手はレーザー通信の届かない位置に去ってしまっていた。
 こうして第8艦隊の残存部隊と地球に降下したAAはお互いの生存を確認した…それは、第8艦隊残存部隊
が残された戦力で成さなければならない新たな作戦開始の瞬間でもあった。

 地球に向かって突き進む“ヘリオポリス”はデブリを蹴散らし阻止しようとする艦船を破壊して地球へと突き進む。
“ヘリオポリス”の速度を少しでも緩めようと打ち込まれる核ミサイルが次々と先頭の小惑星部分に命中し、
真っ赤な丸い光を放つ…それが内部の住人達にどのような影響を与えるかも知れずに。
 やがてそれらの艦隊も攻撃を諦めたのかいなくなり、何とかしようとするのは自分一人だ…だが直径6km、
長さ30kmの島3号型コロニーにMS一機で何ができようか。
 それでも何とかしようとランチャーパックの“アグニ”を乱射する自分の乗るランチャーストライク…だが
速度は少しも緩まることは無く、巨象に踏み潰されるねずみの如くぷちっとぶつかって小さな光球を放つのを
また違った自分が見ていた。
 そしてその自分はソードパックのソードストライクに乗っていた…止められないのであればせめて“ヘリオ
ポリス”を切り刻んで地球に落下する部分を減らして地球の被害を食い止めようと“シュベルトゲーベル”を
引き抜いて横に回って振り上げる…だが採光部分から見える“ヘリオポリス”には人が…慣れ親しんだカレッ
ジの中庭と、そこで恐怖に顔を歪める友達が…フレイが、サイが、カズイが、トールが、ミリィがいる。
 しかしそれに気がつかないように振り上げた“シュベルトゲーベル”を振り下ろすソードストライク。
「やめろーーーーっ!」
 エールストライクに乗っていた自分はビームライフルを放ち、爆散して小さな光球になるソードストライク。
 だが相変わらず“ヘリオポリス”は地球に落ちて行く…もう地球はすぐ後ろだ。
「こうなったら!」
 意を決した自分はエールストライクを“ヘリオポリス”の先頭に移動させ全推力を最大にして押し返す!
「ストライクは、伊達じゃ……!」
 だが再びエールストライクは巨象に踏み潰されるアリの如くメリメリと潰されて小さな光球を放つ…そして
それをまた違った自分が見ている。
 そんな事を何回か繰り返し…とうとうなにも出来ずに“ヘリオポリス”が地球に落ちて行くのを泣きながら見送った。
 フレイが、サイが、カズイが、トールが、ミリィが、そしてあの小さな女の子…エルが…見送る事しか出来
ない自分に助けてと叫ぶ…だがそんな姿ももう赤熱化するコロニーに隠れて見えない。
 直後地表に巨大な光球が発生して成層圏を越えるきのこ雲が生まれ、遅れてストライクを揺さぶる衝撃と人々
の悲鳴が、怒号が、怨み声が、自分を非難する声が響き渡ってキラは中で耳を押さえて外界を否定するように丸くなった。
 …もうどれくらい経ったのだろうか、恐る恐る目を開け頭を上げると…雲1つ無い青い地球が目の前にあり
オーストラリア大陸が見えていた……かつてシドニーと呼ばれていた部分に巨大な湾を作って。
 そこから広がる高さ数kmもの津波は大陸の…地上の全てを押し流して行き、再び始まる人々の悲鳴・怒号

怨み・自分を非難する声…もう目は閉じられない、脳内に惨劇がリアルに浮かび上がって閉じるだけ無駄なのだ。
 消せない地球の傷跡、瓦礫と化した地上、いつまでも止まない悲鳴…全ては自分が“ヘリオポリス”を止め
られなかった為に起こったのだ…でもどうやって止めろと言うのか!?
“ヘリオポリス”にはまだ友達が居たのだ、破壊などできる筈が無いしあの重量物をどうやって無傷で止める
事が出来ようか……いや、出来ない。
『キラ…もう泣かないで』
 紅く染まり行く地球を見つめて涙を流していたキラに、止まぬ声の中で密やかに優しく語りかけてくる声があった。
『私が居るわ…私が居るから…』
 その声にすがるように耳を澄ませると確かに聞こえてくる優しい声。
『大丈夫、私の想いが…貴方を守るから…』
「フレイ!?」
 …この酷い惨劇から目を離した所にフレイがいる…。
 …自分を責め立てる声に背を向けた所に非難する事無く優しく包み込んでくれるフレイがいる…。
 …この現実から目を背けた甘い逃げ場所には癒してくれるフレイがいる…!
「フレイ!!」
 もうフレイ無しでは生きていけない…優しく暖かく護り包んでくれる存在無しにはもう戦えない…。
 縋るように、甘えるように、ストライクを声の聞こえてくる方に振り向かせた…そこには。
 地球に…キラに向かって来る“ヘリオポリス”が再び猛スピードで迫ってきていた。
「うわぁぁぁぁぁっ!!!」
 絶叫を上げてキラは飛び起きる…汗が顎から滴り落ちて胸を滑る不快な感覚に顔をしかめつつまずは息を整
えようと大きく喘いだ。
 酷い寝汗を掻いている上に咽がカラカラだ…しかしそんな不快な感触もたった今見た悪夢に比べたら対した
事が無いように思える…そんな酷い悪夢だった。
 コロニー落しの夢…それに自分の悪夢までを重ねてより酷い悪夢になってしまった…昨日見せてもらったい
くつかの画像だけであんな夢を見るとは自分は繊細過ぎるのかもしれない、そう自傷気味に笑ってみてようや
く動き出そうという気が湧き上がってくる。
 まず全身を伝う汗をシーツを手繰り寄せて拭った…その拍子にシーツの下にあった赤毛が視界に入ってくる。
 あれだけ絶叫したにも関わらずフレイはまだ隣で丸まるようにして眠っていた…覗き込むと眉間に皺を寄せている。
 フレイもまた悪夢に苛まれているのかも知れない…そう思って優しく髪を梳くと少しだけ力が抜けたような
表情になり、キラはそれを見て優しい笑みを漏らすと起こさないように立ち上がってシャワーへと向かった。
 時刻はまだ5:04…集合時間には早いがシャワーを浴びて着替えて朝食を摂ればいい時間になるだろう。
 あのアマダ少尉に言われた事など守りたくはなかったが、あのあとラミアス艦長やムゥさんにまで念を押さ
れてしまっては行かずにはいられないだろう。
 キラは汗で湿った下着を脱ぎ捨て熱いシャワーを浴びた。

 格納庫の一部には妙な雰囲気が漂っていた。
 動きやすいTシャツと短パンに着替えたキラ、トール、カズイ、サイらがこの順番で格納庫の片隅に立って
いる…気マズイ雰囲気のキラとサイを両側に緩衝材のように挟まったトールとカズイは気が気ではなかったが、
一晩立って冷静さを取り戻したのか両者は取っ組み合いを始める様子は無い。
 それが犬社会のように序列を2人が身を持って知ったからなのか…トールとカズイには判らなかったが。
 彼らも昨晩何があったかはあれだけ大声で言い争っていたのだから気が付かない筈が無い。
 ただシローのように中に入り込んでアクションを起す程の度胸は持ち合わせていなかっただけだ。
 それにキラの叫び…恐らくずっと心の内に秘めていた思いの吐露である
『僕がどんな想いで戦ってきたか誰も気にしないくせに』
 との台詞はヘリオポリス組の心に深く刺さっていたのである…それは恐らくミリィも、そしてフレイも。
 言いたい事や聞きたい事はあるがそれを口に出すのははばかられる中、シローとサンダース軍曹が現れた時
には2人は密かにほっとしたのをキラとサイは気が付くことは無かった。
 シローとサンダース軍曹は迷彩の戦闘ズボンとランニングと言う出で立ちで何か張り詰めた雰囲気を漂わせ
ており、その雰囲気に呑まれたのか4名が姿勢を正すとシローは宣言するように声高らかに話し出した。
「只今よりヤマト少尉、ケーニッヒ二等兵、バスカーク二等兵、アーガイル二等兵の新兵訓練を始める!
 なお、ヤマト少尉は訓練時間中は他の新兵と同じ二等兵扱いする事を既にラミアス艦長より許可されている
からそのつもりでいろ。
 判ったか!?」
「ハイ」「判りました」「はぁ」「ハイ」
 4者3様にめいめい返事をしたが、サンダース軍曹がそれにダメ出しするように声を荒げた。
「よく聞け新兵!
 軍隊での返事はそんな抜けた言葉じゃない、返事は“YES”か“NO”かの2種類だけだ!
 訓練中は貴様らのそのクソッタレな口から出す言葉の前後には“サー”を付けろ!
 そして階級が上の者を呼ぶときには必ず“殿”を付けるんだ!
 解ったか新兵共!」
「「「「イエス」」」」
「馬鹿野郎! 言葉の前後には“サー”を付けろと言ったのが解らんのかこの低脳共!」
「「「「サー・イエス・サー」」」」
「声が小さい、もう一度!」
「「「「サー・イエス・サー!」」」」
「そんな蚊の鳴くような声じゃ聞こえんぞ、もっと声を出せ!」
「「「「サー・イエス・サー!!」」」」
「もっと大きく!」
「「「「サー・イエス・サー!!!」」」」
「咽で声を出するな咽を痛める、腹筋で声を出せ!」
「「「「サー・イエス・サー!!!!」」」」
 整備に当たる兵達が何が起こったのかと顔を向けるが、すぐになんだと言う顔をして元の作業に戻るのは似
たような新兵訓練を受けたからであろうか。
 4人は声を出せとサンダース軍曹とシローが交互に怒鳴るのを合いの手にひたすら『サー・イエス・サー』
を繰り返す…なにしろ4人よりシローとサンダース軍曹の交互の怒号の方が大きく格納庫に響き渡るのだ。
 いったいUCの軍人はどんな肺活量をしているのか疑問に思いながら繰り返し横隔膜を震わせて声を搾り出
し、そんな事を一体何回繰り返したのか半分酸欠で判らなくなって来た辺りでようやくお許しが出た。
「よし、まだまだだがそれぐらいでいいだろう」
「いいかお前ら、今の返事を忘れるな、いいな!」
「「「「サー・イエス・サー!」」」」
「よし、次は軍隊生活の基本である気を付けだ、総員気を付け!」
「踵を合わせろ、つま先は開け、背筋を伸ばせ、胸を張れ、顎を引け、指先を伸ばせ!」
 4人の間を歩き回ってシローとサンダース軍曹は気が付いた場所を直して行き、休めと気を付けを繰り返し
正しい姿勢を覚え込ませる。
「次は敬礼だ、こいつは軍隊生活における最も基本で一般的で重要な礼儀だ。
 その名の通り敬意を表わして礼をする挙手の礼であり、上官に対して、同僚に対して、敬礼された場合の返
礼として、正しい姿勢で出来ない奴は軍人として恥ずかしいだけではなく、相手に対して失礼に当たる。
 例えば上官と通路で合った時は道を開けて通り過ぎるか止めていいと言われるまで敬礼を続けるんだ」
「お前らはまだ敬礼の意味が判らないかもしれん、だがそのうち解る日が来る。
 その時の為に今からしっかり形を覚えこませておけ!」
「「「「サー・イエス・サー!」」」」
 こうして気を付けから敬礼をさせ、シローとサンダース軍曹は気が付いた所を直して回る。
 気を付けから敬礼も再び幾度と無く繰り返され、4人は既に軽い疲労感に包まれていた。
「よぉ、やっとるな!」
 シローとサンダース軍曹がマードックに振り返りピッとした敬礼をするのを見て4人もあわてて敬礼する。
 キラはサンダース軍曹はともかく、アマダ少尉が彼より階級が下のマードック曹長に先に敬礼するのは自分
らにさっき教えた事と反するのではないかと思った……が。
 それが自分の乗るMSを整備してくれる者に対して敬意を払っている事と、機体を預ける者にパイロットは
頭が上がらない――恨みを買っても何一ついい事は無い――と言う事に気が付くのはまだまだ先の話である。
「こりゃどうも…やってますな。 お前ら、しっかり鍛えてもらえよ!」
「しっかり鍛えて見せますよ、班長。 例の物は?」
「ええ、ようやく見つけやした…どっかで見たと思ってたんだが、医務室にありやしたよ!」
 そう言ってマードックは両手に持っていた物を見せるが…パイプ椅子に大きな布では4人には何がなんだか判らない。
「ヤマト少尉、一歩前へ!」
「サー・イエス・サー!」
「よし、一人目の志願ご苦労!」
 突然シローに一歩前と言われて反射的に返事をしたキラは、なんだか解らないうちに一歩前に出る。
 パイプ椅子に座れと言われて良く判らずに座ったキラだが、マードックが持っていた布が実は床屋とかで使
う髪を切る時に使う物で、それを首に巻かれた時はさすがに嫌な予感を消す事ができなかった。
「マードック班長、もしかして探してきた物って……」
「おうよ、このバリバリバルカンパンチならぬバリカンだ!」
「わ〜〜〜〜〜〜っ!」
「逃げるな少尉! 新兵訓練と言えばこれが当たり前だ!」
「止めてよね、僕が丸刈りになんかにされたら黙ってないよ!」
「誰が黙ってないんだ?
 ともかく、こいつは艦長から許可を受けてる新兵訓練…ともなれば丸刈りも命令の内だ!」
「そんな〜〜〜!!」
「暴れるな坊主、暴れると滑って眉毛まで剃っちまうぞ!!」
 シローとサンダース軍曹に押さえつけられたキラは、後ろのポケットからバリカンを取り出したマードック
のその台詞に眉毛までやられては叶わんとばかりにおとなしくせざるを得なかった。
 後は電動バリカンの動作音が響き渡り…数分後にはめでたく一分刈りにされたキラが呆然と立っていた。
「うん、似合うぞ少尉」
「………プッ」
 状況の推移に唖然としていたサイとトールとカズイだったが、想像もしなかった完成品の前に思わず誰かが笑いを漏らす。
「笑い事じゃないぞ、全員丸刈りだ」
「「「ええぇ〜〜っ!」」」
「新兵訓練と言った筈だぞクソッタレ共!
 安心しろ、お前らの髪が元に戻るまでには全員一人前の兵士に鍛え上げてやる!」
 そんなサンダース軍曹の言葉に、残された3人も従うしかなかった。

「うん、初めてにしてはいい感じで剃れたな」
「全員いい頭になった、新兵訓練に相応しいぞ」
「そうだなサンダース…まるで一休さんの集団だ」
 自分の仕事に満足して頷くマードックに対して、丸刈りにされた4人が情けない表情で整列していた。
「サー、 一休さんというとジャパンの歴史史上に残る殺人鬼の事ですか、サー!」
「え…この世界じゃ一休さんはとんち小僧じゃなくて殺人鬼なのか、バスカーク二等兵?」
「サー、そうであります、サー!」
『………』
 無言で視線を交わすシローとサンダース軍曹、平行世界とは言え奥が深い…と言っているようだ。
「(おいカズイ…一休さんってそんな話だったか?)」
「(…いや、デタラメだ)」
「(ええっ!?)」
 自分のうろ覚えな記憶とはまるで違うと思ったトールが小声で聞いたが…カズイは真顔でつらっと真実を吐いた。
「(いつか間違えて笑い者になると面白いね……フヒヒ…)」
「(………)」
 異世界の事だと納得したシローとサンダース軍曹だが…CEでは一休さんはメジャーな物ではない、この場
に居たほとんど――マードックやキラやサイも含め――がカズイのデタラメを信じてしまい後に大変な事に…
…なるかどうかは神のみぞ知る。
 その後、新兵訓練の本番だとシローに宣言され最初に行った事は…AAのトレーニングルームに場所を移し
てまずは身長体重肺活量等の身体測定と腕立て、腹筋、垂直跳び格筋力の測定や目隠ししての片足上げや1500
m走や反応力の測定等、ハイスクールで行われるような体力測定だった。
 そしてそれは反応力等の一部を除いてコーディネイターであるキラがナチュラルである他の3人と大した差
がないということを表したのである。
 丸刈りのショックも抜けきらぬ4人は訓練の本番と言われどのような恐ろしくキツイ訓練かと戦々恐々とし
ていたが少々拍子抜けし、サイがキラに対して対抗心を燃やすなどの余裕があった。
 …が、余裕があったのはそこまでであった。
「よし、全員それに着替えろ、着替えた後はそっちの装備を装着してもらうぞ」
「最初は装備のしかた自体知らないだろうから説明する、一度で覚えろ!」
 全員に迷彩の戦闘服上下と戦闘靴を支給し、片隅にはヘルメットやピストルベルトやサスペンダー、マガジ
ンラックにハンドガンに各種ポーチと連合正式のアサルトライフルが並べられていた。
 それを着て装備を取り付ける4人…CE世界の標準的な歩兵の装備でもフル装備で弾がしっかり入っていれ
ば10kg近くに達する。
 シローとサンダース軍曹も同じような装備だが武器は持たずに大型のリュックを背負っていた。
「ようやく訓練らしい訓練に入るぞ、まずはフル装備でのランニングだ」
「日々のトレーニングの最初は準備運動後にランニングから入る、軽く10km程度流すぞ!」
「「「「サー・イエス・サー!」」」」
 10kmと聞いて走れない距離ではないと4人は考えていたが…それは甘かった。
 着慣れないものを着た上に10kgの完全装備を身に付け炎天下の砂漠をランニングするのである。
 照りつける太陽は確実に彼らの体力を削り、砂は彼らの脚に絡み付くように脚運びを遅れさせる。
 しかもシローとサンダース軍曹が列の前後に立ち、一定のペースを崩さぬよう常に監視されていた。
「左、右、左、右……どうした、ペースが落ちてるぞ!」
「ヘタるのは早いぞ新兵共…まだ走れるな、返事はどうした!」
「「「「サー・イエス・サー!」」」」

「よくやるわネぇ…」
「艦長は新兵訓練や士官学校ではやらなかったんですか?」
「やったわヨ…だからもう二度とやりたく無い…例え教官役としてもネ」
 よろける様にAAが隠されている岩場から炎天下の砂漠に向かって駆け出して行く6人をブリッジの窓から
見下ろしながら、マリューとナタルは眠気覚ましのドリンクを飲みつつ話をしていた。
「それにしても全MSの指揮権と新兵訓練の全権…異世界に来てまで偉くなりたいのかしら?」
「自分はそうは思いません…あくまでMSの指揮権であって艦長やフラガ少佐の命令には従うと言ってます、
彼らも生き残るのに必死なのでしょう」
「あら、随分アマダ少尉の肩を持つのね……さてはああいうのがタイプとか?」
「馬鹿な事を言わないでください、軍務に忠実だと言っているだけです」
 おふざけに乗らないナタルと会話が途切れるマリュー…2人してしばし地平線を見つめつつ、さっきと同じ
ようにマリューはポツリとつぶやく。
「それにしてもPTSD(心的外傷後ストレス障害)…いえ、ASD(急性ストレス障害)とはね……」

「ヤマト少尉は新兵が良くかかる病気になっています」
 昨晩08小隊の面々を引き連れてやってきたシローは、焚き火を囲んでいたAAの首脳陣…マリューやナタ
ルやフラガやノイマンのいる場所へやって来てそう言い放った。
 驚く面々にシローは叩き込むように先程見知った事を話す…即ち『ヤマト少尉が友人の婚約者を寝取った』
と言う件だ。
 もっともこれは自分の意見を通す為にシローがAA首脳陣に女性の多い事からセンセーショナルな言葉を選
んだ為であるが、効果は絶大だったようでマリューとナタルは驚きに目を見開いていた。
「新兵が良くかかる病気って少尉、戦争病…ASDの事ですか?」
「そうですバジルール中尉、ヤマト少尉には間違いなくその兆候が現れています」
 そしてマリューの驚きは、人手が足りない事からパイロットの精神状態にまで考えを及ぼせなかった自分へ
の叱責にも繋がっている。
「迂闊だったわね…言えばやっちゃう子だからつい正規の軍人のように扱っちゃってたけど…」
「君だけの責任じゃないさ…俺も先任として気にかけるべきだったよ…」
 マリューとムゥはそう言って黙り込む。
 確かに“ヘリオポリス”からこっち戦闘に次ぐ戦闘で常にキラは出撃せざるをえなかった…なにせストライ
クは彼にしか動かせないのだ。
 そしてキラは常に期待以上の戦果を挙げてきた…それはストライクの優秀さやキラがコーディネイターであ
る事を除いたとしても十分以上の働きだ…コーディネイターと渡り合ってきたムゥはそれが実感できる、キラ
は只者ではない。
 だがそれはキラの精神を削り取り自分を限界まで――AAを…友達を護れるのは自分しか居ないと――追い
込んでようやくなされてきた戦果である事に気が付かなかった自分に、マリューやムゥは吐き気を及ぼすよう
な嫌悪感に見まわれる。
 なにが“エンデュミオンの鷹”か、コーディネイターとは言え16歳の少年の力に頼らなければAAを護る
事はできなかったのだ。
 そんなMSを唯一操縦できる16歳の少年のそのストレスはいかな物であるか…特にヤマト少尉、一枚皮を
剥げばキラ少年は同じ年頃の友人達と比べても繊細な部分が見え隠れする少年だ。
 パイロット、特にエースにかかる重圧と言うものは自分も十分感じていたし理解していた…だが一度他人の
事になってしまえば、これまでムゥに同じような期待をかけてきた連中と同じように自分も期待し重圧をかけ
るだけかけ、かけられた本人を気遣おうともしない。
 その事に気がつかない訳ではなかったがつい目先の忙しさに後回しに…否、目を背けてきた。
 それを昨日今日船に乗り込んできたアマダ少尉は眼前に突きつけてきたのだ。
 こうなった以上対策を採らねば恥の上塗りというか自分を自分で許せなくなりそうだ…ムゥはそう思う。
 だが立派な大人として少年達をいい方向に導いてやりたいと思うものの、自分が導けるのは軍人としての行
く先であって果たしてそれがいい方向なのかは判ら無かったが。
「さて、それじゃぁどうしようとするかね。
 AAに医者は乗り込んできたけどカウンセラーは居なかったよなぁ…俺がやってみようか?」
「それについては自分に策があります」
「アマダ少尉、それはどんな策なの?」
「ヤマト少尉は現地志願兵で新兵訓練は受けてないんですよね」
「ええ、そうだけど…」
「ラミアス艦長、自分らに新兵訓練を任せてもらえませんか?
 ヤマト少尉だけではなく彼の友人達現地志願兵全員まとめて。
 彼らに軍人としての気構えと自分自身に対する自信を新兵訓練を通じて叩き込んでやれば自ずと軽い病気な
ら治りますし、これから戦って行くのであればそれを乗り越えるだけの精神的な土台を作ってやれると思います。
 どっちにしろ――我々もですが――この世界の戦時法や軍人的常識を教えなければ軍人としての常識を知ら
ない行動をとって、せっかくラミアス艦長が現地志願兵扱いにして民間人が兵器を使用しての殺人罪や殺人未
遂から彼らを護った事が無駄になりかねません。
 それに、仮にも少尉を名乗る者が尉官教育を受けていないのは今後友軍と合流した時に何かと問題になる事
も考えられますし……」
「…それもそうね…フラガ少佐、あなたも協力してあげてくれる?」
「ん、どうせ朝晩はトレーニングしてるから構わないけど…」
「その事でもご相談が、あの航空機…確かスカイグラスランナー…」
「スカイグラスパーよ、“空飛ぶ草原の走者”って名前としておかしいんじゃなくて?」
「自分もそう思いましたが……まぁそのスカイグラスパーは複数機あるとマードック班長から聞きました。
 そこで、うちのミケルをスカイグラスパー配備してはどうでしょうか」
「僕が…ですか!?」
「機種転換だミケル。 ミケルもMSや航宙機の訓練は終了しています、指揮車はこの艦に乗っている限り使
わないですから…パイロットを余らせるよりは戦力として運用するべきだと思うのですが」
「そうね…使える機数が増えるのはいい事だし、フラガ少佐一人の負担は減るワね…よろしい、許可します」
「そうなるとAAもMS四機に航空機二機を運用できる強襲機動特装艦に…ちょっとした艦隊戦力ですね」
「ようやく本当の戦力に戻ったと言う事だ、ノイマン少尉」
「それでなんですが…指揮に付いてどうなさるおつもりですか?」
「シキ? シキって…morale(モラル)の方の士気じゃなくって、command(コマンド)の方の指揮?」
「はい、失礼ですがフラガ少佐はMSについてはその戦術や部隊運用は経験がありませんよね」
「まぁね…俺はMA専門で、連合初のMSがストライクだからな」
「それで8小隊は今まで通り自分が指揮を執るとして…ヤマト少尉のストライクも自分の指揮下に置きたいのですが」
「はぁ!? 指揮権をあなたに集めろと?」
「戦闘の全指揮権を、という事ではありません…MSの指揮を自分にやらせて欲しいのです。
 もちろん艦長やCIC、フラガ少佐の命令には従います。
 MSの指揮や戦術の経験や実績があるのは自分だけですし、四機のMSとなると専門の訓練を受けていなけ
れば戦闘と同時に指揮するのは難しいかと…」
「いいんじゃない?」
「フラガ少佐!?」
「俺に四機のMSを指揮しろって言われてもね、MSの事は良く判んないし。
 今までは俺とヤマト少尉一人だったから指揮らしい指揮もしてこなかった――それも酷い話だが――けど、
これからはもうそれじゃ通用しない…だろ。
 餅は餅屋、なにもAAの指揮を寄こせって言ってる訳でも無いし、上官やCICの命令は聞くんだろ?」
「もちろんです、後方支援を無視するなんて死にに行くような物です…こちらもミケルをよろしくお願いします」
「じゃァ決まりだ。
 艦長、今朝会ったばかりの…しかも異世界の人間をすぐ信用できないのも判るが……彼らも軍人だよ」
「艦長、自分もその案には賛成します。
 彼らも生き残りたいのは一緒です、自分の持っているスキルの中で最善を尽くそうとしているんですよ」
「バジルール中尉まで…ノイマン少尉はどう?」
「はぁ…フラガ少佐とバジルール中尉がいいならいいと思います…AAが沈んで困るのはアマダ少尉も一緒ですし」
「でも彼らも人手不足の現在欠かせない要員だし…」
「当面はケーニッヒ二等兵、バスカーク二等兵、アーガイル二等兵の男子だけで十分です。
 足りない人手はアルスター二等兵と…キキ、お前も手伝ってやれ」
「えぇ〜、あたいもかい!?」
「通信管制なら出来るだろ…俺達8小隊との通信でも顔見知りの方が安心するし」
「まぁそう言われると仕方ないね、手伝うよ」
「それでカバーした方が絶対に後々の問題が減ります。
 民間人なのが問題であればキキはこっちの世界で自分が現地徴用した事にします」
「ん〜〜〜〜……仕方ないわネェ……じゃMSの指揮はあなたが取って、アマダ少尉」
「了解しました、では新兵訓練の件も合わせて自分が全責任を持って任務を遂行します!」
「あ…うん、よろしくお願いするわね」
「そう言う訳だサンダース、明日から俺と一緒に新兵訓練だ…俺が見れないときは一人で頼むぞ。
 思いっきり鍛えてやれ」
「構いませんが…自分が専属ですか?」
「ああ、カレンにはMSのパーツ周りを調整してもらわなくてはならないし、ミケルは機種転換がある。
 それに……新兵をしごくのは軍曹の役目だろ?」
「はぁ…兵士に怨まれるのは下士官の役目でもありますが…どこからそんな偏った知識を…」
「キャプテン・ジョーでも新兵を鍛える鬼軍曹って定番だったからな……ああっ!」
「どうしました隊長!?」
「キャプテン・ジョーのディスクを宿舎に置いたままだ…こっちじゃもう手に入らないじゃないか…」
「「「「「「……………」」」」」」

「…あの時はなんとなく勢いに呑まれて了承したけど…あれでASDが治るのかしらネ?」
「判りません、ですがMSの戦術や戦略が確立されてる世界の方法なんですから……」
「特別な事があるとして別世界の方法がこっちの世界の…しかもコーディネイターにも通用すればいいんだけど。
 ……どっちにしろ、MSに関しては今はアマダ少尉に任せるしかないのよネぇ……」
 違う世界の人間にこちらのエースを任せると言うのはどうも不安が消えないマリューであったが、機械なら
ともかく人間相手は自分も門外漢で、しかも一度新兵訓練の全権を与えると言ってしまった以上『なんとなく
不安だから』で口出しするのも艦の最高指揮官としてはどうかと思うと何も言えない。
「はぁぁ〜〜〜……」
 ため息を吐いて見上げた青空には、2機のスカグラが飛行機雲を引いて高空を飛行していた。

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