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08MS-SEED_96_第04話4

Last-modified: 2013-12-23 (月) 19:50:23

「なんて馬鹿な事をするの!」
「たまたま犠牲者は出なかったが…一つ間違えば誰か死んでもおかしくねぇ状況だぞこの馬鹿野郎!」
「……すみません……」
 座り込んだままのサイを取り囲み、マリューとマードックは怒りの声を荒げた。
「…いったい何故こんな真似をしたのだ?」
 代わる代わる怒声を振りまいている2人では話も進まないとナタルが動機を尋ねる。
 サイはそれまで魂の抜けたような声ばかり返していたが、その問いにピクリと身体を震わせ、大きく息を吸い込むと内蔵まで吐き出すような深いため息をついた後に話し出した。
「……俺も…ストライクを動かせると証明したかったんです……」
「で、動かせたか?」
 それまで黙って話を聞いていたシローが、サイの死にそうな声での告白に周囲が押し黙ってしまった隙に問いかける。
 えっ…とマリューやナタルはシローを振り返った…尋ねるまでも無い、ストライクはメンテベッドから僅か数歩のこの場所で四つんばいに倒れているのだ。
 その言葉は2人には傷口に塩を塗りこんでいるようにしか見えない…だがマードックは腕組みしてその答えを待っているように見え、何か男同士にはこういったやり取りが必要なのかと視線を交わす2人。
「……いえ、無理でした……」
 長い沈黙――マリューはこの沈黙に耐えられずに何度も口を開こうとしたがその都度マードックに目で制されていた――を破ってサイはそう声を絞り出した。
「……そうか……」
 これだけ長い時間を掛けて答えさせてシローが発した言葉はそれだけであり、マードックもうんと頷いてそれ以上は何も言わない。
 その代わり2人はマリューに目をやって『どうぞお裁きを』と言うように今度は言葉を急かした。
『この状況で何を言えと!?』
 と心の中で叫んだマリュー、もう叱るような流れの場面ではなくこれは最後の審判ならぬ懲罰を与える時期であろうと考え、まぁ本人もまさしく死ねる程後悔している様だしいつぞやのように死刑を求刑すまでも無い…数日の独房入りで勘弁してもいっか。
「…ゴホン。
 アーガイル二等兵、今回あなたが起した騒動は人命も危うくしかねない危険な行為であり謝って許されるものではありません。
 本来であれば厳罰に処す所ではありますが本人も十分反省しているようですし、艦長として三日間懲罰房入りを命じます」
 横でナタルがまぁ妥当でしょうという顔をしている…後は任せて自分はブリッジへ戻ろうかとマリューが踵を返しかけた時、再びシローが口を開いた。
「ラミアス艦長…ちょっといいですか?」
「なに、アマダ少尉?
 私の科した罰が重過ぎるとでも言うの?」
「いえ、十分妥当な措置だと思います。
 しかし……自分も一緒に独房に入ります、これで刑期を一日半に出来ないでしょうか?」
「ちょっ…なにを言ってるのアマダ少尉!?」
「アーガイル二等兵は現在新兵訓練の最中ですからその監督責任は訓練の全権を持つ自分にあります。
 新兵訓練も疎かにしたくはないですし……」
「アマダ少尉、刑期を人数割するなど前例がありません」
「そうですよ少尉、そいつぁおかしいです」
 シローのとんでもない提案に生気を失っていたサイは目を見開いてシローを仰ぎ見、マリューとナタルとマードックは一斉に反論した。
 シローと気が合うマードック班長――とマリューは思っている――も反論した事にマリューはほっとしたのだったが――
「格納庫の管理責任者は自分です、アマダ少尉だけが監督責任を被るのはおかしいじゃありやせんか。
 艦長、自分も独房に入りますよ…そうすれば一人1日、キリもいい」
――マードックが発した言葉は予想と180度かけ離れていた。
「マードック班長まで…なんて無茶を言い出すの!?」
「艦長、ここは一つ曲げて飲んじゃくれませんか?
 …損はさせませんぜ」
 マードックはちらりと立ち尽くすキラを横目で見てそう発言する。
「ラミアス艦長、これが軍の秩序を乱す物とは重々承知していますが、少年兵達の精神的状態を……」
「もう、勝手にしなさい!
 その代わり食事はパンと水だけよ!」
「「ありがとうございます!」」
 踵を合わせ敬礼する2人に対して『もう知らない!』と言わんばかりに大股で歩を進め肩で風を切ってその場を離れるマリュー。
 自分も本当は反対だが…と言う目をしながら苦笑していたナタルはその場を締めくくるべく声を発した。
「ではアーガイル二等兵、マードック曹長、アマダ少尉の三名は今から三日間…一人分一日の独房入りです。
 逃亡の可能性は無いので拘束はしませんがおとなしく着いて来る様に。
 あ、その前にマードック曹長、この場を片付ける指示だけは出していってください」
「おお、それもそうだな……坊…少尉、ストライクを元に戻してください!
 整備班、今聞いた通りだ!
 俺ぁ一日独房に入ってるがストライクの点検と、三班は散らばったコンテナの整理をしとけ!
 俺が居ないからって手を抜いたら外に叩き出すぞ!
 ヤマト少尉、なにぼさっとしてんですか、チャッチャとやってください!」
 その場に立ち尽くしたまま出口の方を見据えていたキラにマードックは声をかけたが…立ち尽くすキラは2度目の呼びかけでようやくこちらを振り向く。
 そこでサイと目が合い、2人は気まずそうに目を逸らした。

「ではお入りください」
 兵科の一人に連れられて3人は独房に入る。
「何かありましたらあそこの監視カメラに叫んでください。
 食事はその都度運ばせます」
「判った、ありがとう」
「では失礼します」
 カードキーと暗証番号を押してその男は立ち去った…後には薄暗い独房に入れられた3人が残される。
「……スミマセン、俺のせいで少尉と班長にまでこんな……」
 しばし後、一番奥の隅にうずくまったサイが2人に話しかける。
「気にすんな、気が付かずにMSに乗り込まれたこっちも悪い」
 冷たいベッドに腰掛けて頭の上で手を組んだマードックは壁に背を預けながら目をつぶって答える。
「管理がザルだと言われればその通りだったさ。
 今回はどこも壊れなかったみてぇだが、戦闘もしてねぇのにMSを壊されるのはゴメンだけっどな」
「お前は十分反省した…同じような事はもうしないだろ?」
「……はい……俺にコーディネイターの真似事なんて無理だと…いろいろ思い知らされました……」
 抱えた両膝に顔を埋めるサイはそのまま消えてしまえばいいと思っているかのように小さく身体を窄める。
 そしてしばしの沈黙…あえてそれを破り去って独房の壁に寄りかかったままのシローはサイに質問をする。
「……で、何を思い知らされた?
 その口調じゃコーディネイターの真似事が無理な事を思い知っただけではあるまい」
 静かに話しかけるその口調は丁重で相手を気使うようではあるが、沈黙を許さない迫力があった。
「……自分が…自分がいかに醜くて汚い奴だったか思い知らされました。
 口ではコーディネイターとか関係ない、キラと俺達は仲間だって、そう言ってたのに……自分より優秀なキラに、コーディネイターの癖にって……嫉妬して、憎んで。
 自分がたいした事の無い奴ってよりもそっちの方がショック大きいです……こんなんじゃフレイも……」
「……他には?」
「……コクピットの中があんなに孤独で、一人でいるのが耐え難い物だったなんて……キラは良くあの中に一人で、命の危険に身を晒しながら戦ってられたなって……」
「おい、考えすぎじゃねぇのか?
 妬みや嫉妬なんざだれにだってある感情だ」
「それを汚い物だって思えるのが…青春時代の特権じゃないんですか?」
「ま、大人になりゃそんなの当たり前になっちまってなんとも感じなくなるがな」
 2人の大人が若者の青春時代特有の潔癖さに薄汚れてしまった己を振り返って苦笑する。
 だがそれを笑い飛ばしたりはしない……そういった時期が自分にもあったからだ。
 そういう意味で今のサイは過去の恥ずかしい自分を見ているようなそんな気分にさせられる、若者と言うのは大人達の若くて恥ずかしかった過去の自分を嫌でも思い出させてくれる鏡のようなものだ…いつでも数歩前の自分が居る。
「アーガイル二等兵…そういった嫉妬や憎みや妬みと言う感情は誰にでもある自然な感情だ。
 危険なのはそれを必要以上に恥じたり、自分の中に溜め込んで攻撃対象に先鋭化したり、気が付かないフリをして同じ事を繰り返す事だ。
 だがお前はそれに気付いた…だからお前は大丈夫、その感情はより上を目指す糧として自分を鍛えろ、それに気付いたお前なら出来る」
「自分が大ぇした事が無ぇと自覚できたなら…どん底気分を味わったなら丁度いい、挫折も自己嫌悪も味わうだけ味わえ、その経験は無駄にゃならんぞ!
 味わうだけ味わったなら……そしたら後は這い上がるだけだ、簡単だろ?」
 サイは下手な慰めではない、訓練時の怒声でもない、当たり障りのない懺悔室の神父の言葉でもない、自分らが同じような状況を乗り越えた経験からの言葉を……まるでサイに悩み苦しんでいた過去の自分を投影してアドバイスするような大人達の言葉に思わず顔を上げる。
 この人生の先輩達は今、後輩である自分に親身になって助言してくれているのだ…恥ずかしく思い出したく無いであろう自分の過去を思い出しながら。
 照れたような恥ずかしいような微妙な表情でそっぽを向いて頭を掻いているマードックと、目の前のサイではないその向こうに見える過去の自分に苦笑しているようなシローにそう感じ、サイは思わずたたずまいを正して一言も聞き逃さないように真剣に聞き入っていた。
「それにな……コクピットの中の孤独感、孤立感、何かあったときに一人で死ぬという絶望。
 これはパイロットにとって何事にも変えられない恐怖だ…これに負けたり必要以上に勝とうとした奴――ヤマト少尉は後者かな――は精神的に病むだけではなく、間違いなく戦死する。
 だがな……それでもパイロットは毎日コクピットに入って、そして戦うんだ…何故だか判るか?」
「えと……パイロットは皆優秀で、勇気と度胸と使命感に溢れていて……」
「そうなんですかい?」
「まさか!
 いいかアーガイル二等兵…確かにそういうパイロットも居るには居るだろうが…そんな奴はごく一部だし、居たとしたらそいつは英雄だ、是非お目にかかりたいよ。
 ……ああ、フラガ少佐はそうなのかもしれないな。
 まぁそんなパイロットも恐怖を感じるのは普通のパイロットと変わりない、恐怖は例え麻痺させる事はできても恐怖を恐怖と感じれない奴もまた、長生きできないのさ」
「じゃァどうして……」
「簡単だ、コクピットの中は孤独かもしれない……しかしコクピットから降りれば孤独ではないからさ!
 信頼する仲間の為、自分を支え信じてくれるメカニックやオペレーターや上位将校の信頼に答える為、護るべき人の為……その為にコクピットに座るんだ、
 そしてコクピットに座る以上は平常心にて恐怖に勝たなければいけない。
 狭く小さなコクピットの孤独を嘆くのではなく、自分を支えてくれる仲間と、スタッフと、そして上司や部下の為、なけなしの勇気を振り絞って自分の技量を最大限に発揮させる、それが出来て初めてパイロットと呼べるのさ」
「俺もたくさんのパイロット達を見送ってきたが…いつまでも自分の事に手一杯で周りが見えねぇ奴はだいたいそのうち帰ってこなくなるもんさ…」
「そうなんですか…でもそれじゃ、今のキラの状態は……」
「まぁ…危険な状態かもなぁ」
「えぇっ!? じゃ、じゃぁキラは……」
「そう心配するなアーガイル二等兵、だから俺達が新兵訓練をしてる」
「え…そうなんですか!? でもあのキツイ訓練と周りが見えない奴って……どんな関係が!?」
 ???が飛び交うサイ、シローを仰ぎ見るもシローは笑うだけで何も答えない。
『無意識なのか…ああいう事があってもアーガイル二等兵はヤマト少尉を心配している。
 予想通りこれなら大丈夫だろう……きっと……』
 暗い独房に差し込む窓からの月の光と同じように、シローも少年達に希望の光を見出していた。

「やぁねぇ〜なぁにぃ? 電気も点けないで?」
 キラに割り当てられた士官室に戻ったフレイは無人かと一瞬思ったが、ベッドに横たわって天井を見つめているキラに気付いた。 頭の周りではトリィがちょこちょこと本物の鳥がするように辺りをついばんでいる。
「……フレイ……」
 気ダルそうに上半身を起すキラ。
 電気のスイッチを入れたフレイは自分の部屋のように中へ入り込む…仮にも小尉なのだからと最近与えられた士官室は4人部屋と違ってベッドは一つしかなく、狭いながらも水道や電気調理器やトイレやシャワーも付いている軍艦の中の個室としては快適な空間であった。
 それが気に入ったのかフレイもキラがこの部屋に移った時から当然のようにここで寝起きを共にしている。
 最近はキラも訓練後の疲労ですぐに寝てしまうしフレイもオペレーターとして正式な訓練を受けるようになっているのですれ違いも多いが、フレイが持ち込んだのかフレイと同じ匂いのする化粧品の甘い香りが室内に移っていた。
 昨日までは例えフレイが居なくてもこの香りに包まれて安心して寝れたのではあるが、今は白いYシャツについた醤油染みのように気になって仕方がない…フレイの匂いを感じる度に別な考えが頭をもたげる。
「フレイ…さっきはどうしたの? 駆け出したりして……」
 つい口に出してしまったが何かいたたまれなくなって語尾の方は声が小さくなり…キラはうつむく。
 フレイがピクリと――見ようによってはギクリと――立ち止まって眉間にシワを寄せ顔をちょっと歪ませたような微妙な表情をしたのだがうつむいているキラには判らなかった……もっとも、フレイにも自分が何故このような反応をしたのかは判っていない。
 目をつぶりほっと息を吐くとフレイは、歪めた顔から最近キラに向ける笑顔を浮かべて上半身を起したキラに擦り寄るように自分の上半身を預けると、自分のおでこをこすり付けるように最近筋肉質になってきたキラの胸に顔をうずめた。
「サイ……馬鹿よね…」
「え?」
「貴方に敵う筈なんか無いのに…馬鹿なんだから…」
 本当に仕方ない人だとため息をつく中に、キラは相手を心配するニアンスが含まれている…と感じる。
「……そうか……」
「え?」
 キラの呟きとうずめていた胸筋と全身がピクリと硬直した事に、フレイが胸の中からキラを見上げた。
「キラ? どうしたの…キラ?」
 身体を起こしてキラと目線を合わせようとするフレイだったがふぃっとキラは顔を逸らし、その逸らした目線を合わせようとフレイが体をずらしキラがまた逸らす。
 数度それを繰り返した後、フレイが納得行ったというようにキラに胸を押し付けるようにして顎を肩に乗せ、やきもちを焼いている子供を甘やかすかのように抱きしめ、
「大丈夫よキラ…貴方には私が……」
 と耳元で囁く……途端に力の抜けたキラの頬を両手で挟んで顔を背けようとしたのを阻止した。
「フレ……んんっ!」
 何か言おうとしたキラの唇を奪ったフレイ。
 そのまま押し倒そうとして……微妙に動かせたものの押し倒せず、逆に押し戻されベッドの隅にまで突き放された。
「キラ……っ?」
「やめてよね…っ!」
 拒絶するように手を突き出し泣きそうな顔で叫ぶキラにフレイが目を見開き、次の瞬間呆然とするフレイを残してキラは部屋を飛び出した。
「キラ……っ!!」
 フレイの声を引き離すように全力で…全力疾走でキラは自室から逃げ出した。
 どう走ったかは判らない。 薄暗く人気の無い低い何かが呻る様な音がするだけの廊下の曲がり角にぶつかりそのまま拳を、膝を、頭を壁に叩きつけ、何の匂いもしない冷たく硬い壁に身体を預けてずるずると床に崩れた。
「……冷たい……」
 アレだけ欲しかった物とは真逆な感触の物に身をゆだね、キラは当たり前の感想を呟く。
『フレイは…フレイはまだサイが好きなんだ…!』
 目に映る壁と床が見る見る歪む…キラは自分が泣いている事にも気がつかずに嘆く。
『フレイは……身も心も僕の物、そう思ってた…そう思いたかった!
 暖かくて優しく僕を護ってくれるフレイがそうしてくれたのは僕を好きになってくれたからだと思ってた…でもそうじゃなかった…!
 フレイは優しい人だからきっと同情して…可哀想な僕を慰める為に自分を捨ててまで僕に抱かれたんだ…その為に好きな人を、サイを傷つけてまで!
 それなのに僕にフレイが惚れるのは当然みたいな態度を取って、僕を気遣ってくれていたサイにあんな酷い事を……!
 サイは僕があんな事をしたからストライクを動かそうとして独房に…みんな僕のせいじゃないか!』
 噛み締めた歯の隙間からうめき声が漏れる…次第にその声はキラの絶望を表すように慟哭に変わって行く。
『フレイが僕を好きになってくれる筈が無いじゃないか…僕はコーディネイター、頭脳・身体能力を上げるよう人工的に改良された気持ちの悪い、化け物みたいな存在なんだ……フレイの大嫌いな……!
 馬鹿みたいだ…有頂天になって…なんでもできるような気になって…全ては勘違いの夢、的外れの期待だったんだ…』
 血が滲むのも構わず叩きつけた拳の痛みは伝わってこない、心の痛みがそれを上回り痛覚を麻痺させる。
 傷つき打ちひしがれて涙で滲む目を見開いて顔を上げる…そうすれば救いの女神が現れて手を差し伸べてくれるかのように。
 例えフレイを思い出す事が自分を傷付けると判っていてもフレイを思い出さずにはいられない…フレイの笑顔、フレイの声、フレイの優しさ…これ無しでは生きていけないと思った温もりと癒しを……。
 戦争に巻き込まれ死と隣り合わせのコクピットの中、孤独と絶望に震えながら戦いそれでも護れなかった人達…そんな感情に押し潰されて立ち直れなかった時、ただ一人僕を護ってくれると言ってくれた人……。
 それが全て幻だったなんて…耐えられない……。
 フレイを欲する感情とフレイに癒してもらいたいという感情、そしてそれがつのる度にそれが同情という偽りだった事に心が張り裂けんばかりの痛みと、内蔵がひっくり返りそうな吐き気を催す。
 キラはそれでもフレイを思い出さずに居られない、それ程キラの自己嫌悪は深く苦痛を伴う……そしてそれはフレイの同情とサイへ取った自分の態度を思い出させ更なる激痛をキラにもたらす……。
 葛藤と後悔と絶望を無限ループのように繰り返す血を吐きながら続ける悲しいマラソンの中、キラはフレイを抱いた時を思い出そうとして…更なる驚愕に突き当たる。
『僕は…フレイを抱いた時を…フレイがどんな顔をしていたかを…思い出せない!?』
 見上げて見開いた瞳は涙で濡れていたがもう何も映していない、絶望に目の前は真っ暗に暗転する。
『なんてこった!
 自分を捨てて僕に抱かれたフレイに…いたわりも思いやりも優しさも無く、僕は自分の欲望をただぶつけていただけだったんだ!』
 カズイから借りたエロいメディアの中では女性の人は色っぽい声を上げ、何かに満たされたような顔をして満足げにしていた…だがフレイはそんな様子だったか!?
 否、身体を硬直させ、悲鳴をかみ殺ししたようなくぐもった声――と言うより咽を通過する空気の振動――をしていた……気がする。
 そしてどんなに思い出そうとしても…温もりや柔らかさは思い出せても顔は決して思い出せない……!
「アハ…アハハ…アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \!」
 身体を回して壁に背中を付け腹の底から湧き上がって来る乾いた笑いを止める事無く大声で吐き出し、そのままずるずると壁を滑って床に大の字になるキラ…虚ろな焦点の合わない瞳で天井を見つめ笑い続ける。
『……最低だ……キラ、お前はなんて最低で下劣で卑怯で馬鹿野郎なんだ…!
 優しさと同情で接してくれた人を力で押さえつけて蹂躙し、友達を暴力で踏みつけ、増長して有頂天になって何でも出来る気になって……っ!
 キラ=ヤマト、お前はカスだ、クソだ、ゴミ虫だ、両親が生んで失敗したと思うような人間だ、化け物で気持ち悪いコーディネイターのFNGだっ!!』
 ――ちなみに、少年時代の初体験など必死杉てその程度しか覚えていない事も多い(笑)。
 だがそこに思い至る程の経験も無く、自己嫌悪の海にたゆたうキラにはそんな事に気が付くゆとりも無い。
 もはやフレイを思い出す事もできずにだたひたすら自分を罵って行く……。
「もうダメだ……もう立てない、もう戦えない……っ!」
 絶望感に打ちひしがれ一人慟哭するキラ。
『もうMSから降りよう…アマダ少尉達がいるんだ、僕が戦わなくったっていいんだ……。
 …でも…それからどうする?
 MSから降りたコーディネイターの僕にどんな価値があるんだ!?
 フレイは僕がMSで戦っているから同情してくれたのであって、MSに乗っていなかったらどうなる?
 ……結果は火を見るより明らか、既に経験済だ…カレッジに居たときと同じく歯牙にもかけてもらえない!
 当たり前だ、こんな醜くて汚い奴なんかに誰かが振り向いてくれるもんか!』
 ――時は違えど同じ日、2人の少年は共に自分が世界で最も唾棄すべき存在である事を思い知った――

 ――その頃フレイは――
「あの子が私を拒絶するなんて……っ!」
 キラの部屋で苛立ちげに指を噛むフレイ、枕を蹴飛ばして八つ当たりしつつ声を荒げていた。
「なんて事…あの子には私の思う通り、戦って、戦って、戦い抜いて、コーディネイターをいっぱい殺して、そして死ななきゃいけないのに!
 私を否定するなんて……どこで間違えたのかしら…っ!」
 いらだって檻の中を歩き回る熊のように部屋の中をぐるぐると歩き回ると、全然判んない〜っ!と言わんばかりにベッドに身体を投げ出してうつぶせに転がる。
「……でも……」
 ――でもなんだろう、この胸の痛みは――
 キラが立ち去り間際に見せたあの泣き出しそうな顔……初めてキスをしたあの時よりも痛々しい顔を思い出して何か胸が痛い……気がする。
 自分はあの子を利用していただけ、初めからキラに感情は無く心を痛めるような事も無い筈だ。
 それに……なぜサイがMSから引き出された時自分は走り去ってしまったのだろう……。
 キラにもし自分の目論見がバレたとしたらその事のせいだ、何故そんなバレるような行動を取ってしまったのだろう…。
 あの時は…何故かそこに居る事がいたたまれなくなって……走り出してしまったのだ。
 キラを手玉に取る為にサイの事は捨てたのだ、今更何か思う感情ももう捨てた筈…。
 おかしい…どこで自分の思惑からズレてしまったのだろう……。
「……でも……」
 ――でも確かに、キラを思う感情も、サイを思う感情も……ある……のかもしれない――
「……もう、なんだか判らない……っ!」
 フレイはベッドに顔をうずめて考える事を止めた。

 ――そしてその頃カズイは――
「…まだまだだなぁ…」
「筋は悪くない。 射撃時は呼吸を止めるよりむしろ吐きながら撃った方が安定するぞ」
 昼間の射撃訓練で成績が最下位だったので、カレンに頼んで艦内の射撃場で自発的に射撃訓練をしていた。

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