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08MS-SEED_96_第4話8

Last-modified: 2013-12-23 (月) 20:01:59

「エールの主翼を限界まで下げられる姿勢を……その状態をキープしつつ流量バランスを取るように……。
 モーメント制御のパラメーターを全て安定する方向に振って機動時の余剰モーメントの発生はスラスターで……ああ、脚もスタビライザー代わりに使えるかも。
 翼の翼端渦の誘導抵抗には翼端板がいい筈だけど……今更エールの羽根の形は変えられないからこの項目は無視して代わりに下方への推力で補って……」

 

 ムゥの作った煙幕回廊に隠れて、キラはストライクを離れた砂丘の影に屈ませて隠れ込んだ。
 その中で目にも止まらぬ速さでコンソールの上を動き回るキラの指がプログラムに命を吹き込んで行く。
 凄い速さで機体の各部の調整用ウィンドが開き、パラメータが修正され、また別なウインドが開く……常人には――そして工業系のコーディネイトをされていないコーディネイターにすら――何をしているのかすら判るまい。

 

「……よし……まずはテストだっ!」

 

 自分の組んだプログラム、自信はある。 だが初めて行う行為には常にそれなりの緊張と不安がある物だ……
それらを吹き飛ばすようにキラは大声を上げ、砂丘の陰から上空に推力を吹かして飛び上がらせる。
 一度高度を取った後そのまま砂漠に仰向けになるように降下、地面に着く前にスラスターを盛大に噴射して機体を空中に持ち上げると、地面効果翼機に必要な体制をストライクに取らせた。
 それは椅子に浅く腰掛けて両足を前に大きく投げ出し背もたれに体を倒したような状態で、エールの主翼は地面に水平に向け、両手で前方にビームライフルを保持している状態である。
 その状態を空中で保持して各部のバランス調整を終え、頷いたキラは水平方向にメインスラスターを噴射してストライクを前進させた。
 最初はゆっくりと……速度が上がると下方に噴射していた推進器も水平にして推力を後方へ集中させる。
 高度は予定通り翼端から翼端までの長さの半分以下でストライクの腰や足が砂漠に擦りそうな低さ……空を滑空するのと違いスレスレにある地面がものすごい速度で後ろに流れ、思わず唾を飲む。
 機体はシミュレートした通りに安定し、バランスが崩れそうな時は左右の脚部とそのふくらはぎのスラスターやエールの下部推進器のスラスターで取り……キラの指はキーボードを滑っていくつかの調整を終えた。
 既に速度は空中を滑空する時よりも出ていて更なる増速も可能な筈であるが、まだ直進しか試していない。

 

「次は……旋回を……」

 

 MSを地面効果翼機として使ったのはこの世界ではキラが始めてであろう…故に先人のデータは存在せず、全てがキラが一つ一つ手探りで確かめて行かなければならなかった……それは一種の恐怖を呼び起こす。
 この速度であればこのまま逃げても逃げ切れる、レジスタンスの脱出は終わっているのだから。
 ……だがそれでは“砂漠の虎”と戦った事にはならなずに逃げ出しただけになる、そして地面効果翼機として戦う方法を是が非にでも確立せねばあの“砂漠の虎”と戦えそうに無いのだ……キラは腹を括る事にした。

 

「基本は飛行機と同じなんだ……機体を傾けて左右の揚力バランスを変えれば……あぁっ!!」

 

 航空機では旋回は主に機体をロール(左右に傾け横転させる事、バンクとも言うがバンクと言うと悪いイメージがある(笑)為にロールに統一する)してピッチアップ(機首を上げる)する事で行う。
 しかしエールにはロールさせるエンロン(補助翼)はあってもヨーイング(左右の首振り運動)を制御するラダー(方向舵)に相当する物が無い。
 それは正常なロールの制御が出来ない事を意味し、旋回の度に危険を孕む事になる……キラは土壇場でその事に気が付き愕然となった……が。

 

「どうすれば………………そうか、ストライクはMSなんだ!」

 

 キラはエールのエンロンを操作しつつ、高速で砂漠スレスレを飛ぶストライクの体勢を曲がりたい方向に重心移動させて傾けた……言わばバイクのようにMSの肢体を体重移動させてヨーイングを制御したのだ。
 そうする事でゆっくりと……しかし確実に行きたい方向に旋回させる事が出来た。
 反対側を試してそれもうまく行くとロールや体重移動と旋回半径をいくつかプロットして記録、旋回時の基本動作としてバランスの調整等をしながらOSに登録する……これでとりあえず当面はMSを地面効果翼機として使う事ができるようになった筈だ。

 

「フラガ少佐、何とかなりました……これより反転して攻撃します!」
『よし、頼んだぞっ! MSの方はアマダ少尉とミケルが何とか抑えているが油断するな!』
「了解っ、エールストライク・WIG(=Wing In Grand Effect:地面効果翼機)モード……行きますっ!」

 
 

「なんだ、あれは?」
 ヒット&アウェイで攻撃しては飛び去るムゥのスカイグラスパーをあしらいながら、薄まりつつある煙幕の回廊を迂回してストライクを追ったバルトフェルドは逆に近づいてくる砂塵を目撃した。

 

「MAか? ……いや、あれはっ!」

 

 そう叫ぶや否や機体をサイドステップさせる……直前まで居た位置を通り抜ける光の残像、それはストライクから放たれたビームライフルだ。

 

「なんだあのスピードは…飛んでいるとでも言うのか!?」

 

 事前の情報や今までの交戦でストライクは飛翔程度か、せいぜいがスラスターを噴射しての移動はあってもこんな速度で飛行できると言う情報は無い。
 続いて放たれたもう一射をサイドステップで回避し、反撃を行おうとした……が、ストライクはラゴゥの目の前を高速ですり抜けあっと言う間にかなり離れた位置まで進み大きく旋回している。

 

「この速度が出せるなら最初から使うだろうし、煙幕を使った時に脱出していれば良い……。
 ……ならばあのパイロットはこの短時間で作ったというのか、飛行のプログラムをっ!」

 

 自分の推察を大声で叫びながらラゴゥを駆けさせ、旋回中で横を見せているストライクに迫る。
 椅子に浅く腰掛けて脚と上半身を前後に伸ばしたような姿勢で超低空を滑るように飛行するMS……ザフトにもディンという飛行可能なMSはあるが、あのような体勢で高速でMSが飛べると聞いた事は無い。
 だがストライクはその状態で砂漠に特化したラゴゥを上回る速度で飛行している……これは幻や見間違いではない、現実なのだ。

「確信したぞ連合のパイロット君……君はコーディネイターだ、それも、とびっきりスペシャルな!!」

 

 バルトフェルドの操縦でストライクに駆けながら2連装ビームキャノンを連射するラゴゥ。

 

「うわっ!」

 

 キラはエンロンの操作と体重移動でストライクをスラロームさせてそれを回避し、側面に居るラゴゥに両手でホールドしていたビームライフルを右手だけで向け灼熱の光線を放った。
 残像を残してまるで分身するような速度で左右にステップしてそれを避わすラゴゥとバルトフェルド。

 

「まるで分身しているみたいだ……っ!」

 

 キラはそのMS動きに慎重にストライクを操縦しつつ舌を巻く。
「ちっ……こっちは全く相手にされてないぜ……眼中に無いと言ってるのか!?」

 

 そして上空から<アグニ>で攻撃するムゥには興味が無いような敵の動き――その上攻撃は回避される――にさすがの“エンデュミオンの鷹”も攻めあぐねていた……実際、バルトフェルドには今はストライクしか眼中に無い。
 “砂漠の虎”はストライクを追っていた……久々に狩るに相応しい獲物を見つけた野生の虎のように。
 ストライクのWIGモードでは高速で飛行できる代わりに旋回性は良く無い、ラゴゥを速度で引き離せはするが旋回性能の良い4脚のMSであるラゴゥには後ろに回り込まれるのだ。

 

「いくら早くとも避けれまいっ!!」

 

 例えWIGモードの速度が速くても、真後ろから放たれたラゴゥの2連装ビームキャノンよりは遅い。
 速度を上げようが後ろから迫るるビームよりは遅く、そして先程のようなスラロームを取るという事は空気抵抗を増すと言う事であり速度が落ちる、落ちれば結局攻撃の機会を増やしてしまう事になる。
 高度を取れば飛翔に過ぎずただの的、シールドの無い今では歩行に戻して回避するにも危険が伴う……どっちにしろ後ろに突かれた時点で無防備に近い、バルトフェルドは一目でそれを見破っていた。

 

「く……っ、これでっ!」

 

 キラは咄嗟にストライクの左脚を下げ砂漠に接触させた……砂煙を上げ速度は落ちるがスラスターの噴射は止めない。
 さらに左脚を砂漠に突き刺し関節がぎしぎしと嫌な悲鳴を上げるが……ストライクは砂漠に刺した左脚を軸にくるりと方向を変えた。

 

「なっ!」

 

 バルトフェルドが未来予想位置に向けて撃った2連装ビームキャノンは外れ、突如として向きを変えたストライクはその高速で迫りながらビームライフルを放って来る……それは先程自分がやったと同じ機動。

 

「さっき見た行動まで真似できるかっ、どこまでも楽しませてくれるっ!!」

 

 跳ね回るように何とか回避し、その横を高速ですり抜けるストライク……“砂漠の虎”は再び獲物を追う。
 その様子はどこか楽しげだと、ムゥは思った。

 
 

 その頃、AAでは……。

 

「攻撃隊との連絡はまだ回復しないの!?」
「シロー、応答して! ミケル、なにやってんの!?」
「……艦長、通信システムにエラーはありません、攻撃隊……スカイグラスパー二号機に何か……」

 

 ヒステリックに叫ぶマリューと通信機に向かって名前を連呼するキキ。
 コパイロット兼索敵担当で今はCICに座るジャッキー=トノムラ軍曹がAAの通信システムに異常が無
い事を確認し、何かあるならNJ影響下でも通信を可能にしていた電子戦パックを搭載しているシローとミ
ケル機だ…と言おうとしてキキに睨まれ、咳払いしつつ台詞を修正する。

 

「……スカイグラスパー二号機の電子戦パックに何かあったものと思われます」
「どちらにせよ攻撃隊が無事じゃないって事は確かなのね……バジルール中尉の電話はどうなってるの!?」
「今レジスタンスの本部で回線を繋いでいるところです!」
『艦長、聞えやすかい?』
「マードック班長! 電話は繋がった!?」
『艦長、バジルールです、聞えますか?』
「バジルール中尉! 状況はどうなってるの!?」

 

 映像の出ないモニターのスピーカーからマードックと、そしてバジルールの声が聞こえて来る。
 キラ達攻撃隊が出た後、レジスタンスの本部にナタルからの有線通信…即ち電話が入っているとサイーブ
に伝令がやって来たのだ。
 この時代、NJのおかげで無線通信…軍民を問わず無線通信や携帯電話や衛星通信が使えなくなった。
 開戦より一年、生活インフラや通信網、交通網等はアズラエル財閥等の国防産業連合の積極的な支援によりほぼ復旧し、各都市等を結ぶ通信も有線によりほぼ戦前と同じレベルに復活――あくまで都市等の場所間であり個人携帯の通信網は復旧していない――している。
 それでも通信を賄うラインは細く、都市内の通信は情報量を少なくする為に画像を伴わない物が多い……昔ながらの電話と同じレベルに成り下がっていた。
 そして固定電話故にAAに気軽に転送する事もできず、指揮を執る以上マリューがレジスタンスの本部に行く訳にも行かない。
 それでも現地の情報を得るのはスカイグラスパー2号機の電子戦パックに頼ればいいのだが、万が一を考えてマリューはナタルと直接通話できるようにしたいと思い――この手に詳しいチャンドラ軍曹はナタルに同行していた為にマードック班長に頼んで――AAからケーブルを延ばして通話できるように細工してもらっていたのだが……これが幸いしたようだ。

 

『攻撃隊が敵と交戦しているようなんですが……』
「それは判ってる…攻撃隊とのリンケージが切れたから向こうの様子がこっちからまるで判らないのよ!
 全機無事なの? 敵はどうなってるの!?」
『それが……この電話のある市内からでは判りません、今部下を屋上に見に行かせているのですが』
「ところでそっちは無事?  タッシルに敵の歩兵が入ったって聞いたけど!?」

 

 ナタルからの電話があったという事で彼らは無事だと考えていたマリューであったが、実際に会話だけでも出来て安心していた。
 ナタルが無事だった事に安心したのは間違いないが、頼れる将校に何かあって自分一人になってしまった……という不安があったのも事実である。

 

『歩兵……確かに敵の兵士数名が我々を怪しんで来ましたがキサカ氏の機転で切り抜けましたし、街の外で
戦闘が始まったので臨検されずに彼らは離れてくれました』
「そう……サイーブからタッシルに歩兵が入ったって言うからてっきり師団単位で編成された部隊が占領し
たんじゃないかって思ってたけど……」
『いえ、あくまでAPC数両の規模でしたから……あ、待ってください艦長。
 どうだった、チャンドラ軍曹?』
『はっ、屋上からでも交戦状態は良く判りません…交戦している音と光、それに上空に航空機が飛んでいる
事ぐらいしか』
「チャンドラ軍曹、航空機はスカイグラスパーだった? 何機飛んでいるの!?」
『スカイグラスパーに間違いないと思われますが……数は、ランチャー装備と通常の二機だったと……』
「二機、二機に間違い無いの!?」
『自分が見た時は間違いなく二機です、状況に変化があれば報告が来る事になっていますから』
「そう……それじゃぁ二号機の電子戦パックに何かあったって事ね……。
 キキ、聞いた? 八小隊の二人は無事みたいよ!」
「よかった……」

 

 マリューが階下のCICルームに呼びかけると、隣のフレイがよかったねというように微笑みながらキキの肩を軽く叩き、ミリィが頷き……そしてキキは驚いたように目を見張って、そして胸を撫で下ろした。
 普段の振る舞いからしてみれば意外な行動であったが……異世界に飛ばされてきた数少ない同胞なのだ、心配するのは当たり前。
 つまりこの世界の人間となんら変わる事は無いのだ……マリューはシローら異邦人も自分達と同じ人間なのだと始めて思った気がした。
 今だ状況ははっきりしない、しかし少なくともスカイグラスパーの3人は無事。
 だが肝心のキラとストライクは……デュエルとバスターはどうなったのかはまだ判らない。

 

「オペレーター、各機への送信を続けて!
 トノムラ軍曹、電子戦パック無しでも攻撃隊と通信を回復できかどうかやってみて!
 バジルール中尉、状況に何か変化あったらすぐに伝えて……回線はこのまま、あなたも自分で状況を確かめて!
 警戒レベルは現状を維持、対空警戒と敵の通信傍受を!」
「「「『了解!』」」」

 

 マリューは鋭く指示を飛ばしてほっとした空気に包まれつつあったブリッジを引き締める。
 攻撃隊の交戦は続いており、それでも自分達に出切る事は無いのだ……せめて油断したりしないようにしよう、そう考えて。

 
 

「このままではお互い手詰まりだな、さてどうするか……」

 

 天と地から激しく降りかかる攻撃をGを物ともせずにラゴウを乗り回し、しかし頭の中では冷静に考える。
 空を舞うスカイグラスパーと地を飛ぶストライクからの攻撃はバルトフェルドをして時間感覚を失うような、お互い位置を変え必殺の攻撃を放ち飛び交うビームを避ける緊張感のある戦いであった。
 このまま戦い続ければ先にバッテリーが切れるのはストライク、だがその前にあの速度で逃げられる事は間違いない。
 倒すのなら奴が戦う意思を見せている今の内に、だ。
 とは言え速度と旋回性の鬼ごっこでは千日手。 ラゴゥがまともな状態であれば話は別だがこのままでは膠着状態が続いてしまい、最終的には奴らを逃がす事になるだろう。
 ではどうするか!?

 

「ここは一つ赤服少年パイロット達の力を借りるとするか……」

 

 一緒にフォーメーションを取った事も無い、それどころか砂漠に初めて出撃した味方と連携を取るのは不安と言えば不安だが……この状況を崩すには外部の要因を使う必要がある。
 問題は機体に損傷のある少年パイロット達がそれを出来るかだが……相手はエリート赤服、まぁやってみよう。
 どっちにしろ状況が変化する事に間違いは無いだろう……良い方と悪い方、どちらに変化するかは判らないが。
 バルトフェルドはMAからの攻撃を避わしつつストライクを追いながら、ノイズ交じりの通信を開いた。

 

「く……っ」

 

 キラの口から苦悶が洩れる……WIGモードでのスラロームは速度が速い分余計に左右に振り回され身体への負担も大きい。
 それでもやらなければ殺られてしまうのだ――とキラは思っている――速度を上げて一気に引き離したい所だが、その時の直線行動は当ててくれと言わんばかりの状況となってしまう。
 だから機体をスラロームさせて回避するしか無い……“砂漠の虎”は、WIGモードを作ったぐらいでは攻略できる相手ではなかったのだ。

 

「強い……ほんっと、強い!」

 

 左右に振られる横Gの中、噛み締めた奥歯から搾り出すように呟くキラ。
 WIGモードがあれば何とかなると思ってた、ところが実際にはようやくスタートラインに立てただけ……否、それすらもできていないのかもしれない。
 キラはこれまでにない焦り、敵エースパイロットから感じる重圧と言う物を感じていた。

 

「逃げてばかりじゃ……反撃しなきゃ!」
『ヤマト少尉、こっちには敵MSが居るぞ!』
『しまった! キラ、“砂漠の虎”に追い込まれちまったみたいだ! そっちの方角はヤバイ!』

 

 キラが反撃しようと腹を括った時、シローとムゥから同時に通信が入って始めてキラは状況に気が付いた。
 “砂漠の虎”と戦っているようでその実相手の思う通りに誘導されていた……キラは声も出せずに驚くと共
に嫌な汗が額ににじむのを感じたがバイザーを開けて拭っている余裕は今のキラには無い。
 ――今一瞬でも操作を怠れば殺られてしまうに違いない――
 それはもう重圧と言うより恐怖だった……しかしそれに飲み込まれれば生き残れ無いと今までの経験が囁く。
 僕は今腹を括ったんだ……脅威が増えたところでどって事無い!
 キラはそう考える事にしてシローとムゥに叫び返す。

 

『今から方向を変えれば狙い撃ちされます……それより突っ込んで活路を開けば!』
「おい、大丈夫かキラ!?」
『やります! やらないと殺られるのはこっちです!!』

 

 ラゴゥに攻撃をかける為に高度を上げつつ機体を捻ったGに顔をしかめ、ムゥは思いも寄らない積極的なキラの言動に声を掛け自分でも考える。
 ……確かに“砂漠の虎”を攻撃するよりは手傷を負っているGAT2機の方が攻し易いだろう。
 それにストライクのWIGモードとGATは初対面、初手で先制すれば行けるかも知れない。

 

『判ったヤマト少尉! ぎりぎりまでMSは牽制する!』

 

 それにアマダ少尉はキラの意見に賛成のようだ……あの速度で強襲すれば案外行けるかも知れない。
 だが『知れない』ばかりでは道は開けない……ここは確かに進むべき時だろう。

 

「どうやらそれしか無いな……よし、やっちまえキラ!」
『了解、援護お願いします!』

 
 

「おいイザーク、ストライクが来るぜ」
「判ってる…行くぞ!」

 

 時折ノイズの混じるバルトフェルドからの通信によりストライクをこっちに追い込むと言う作戦は聞いていた。
 上空をうるさく飛び回るMAの相手をしながらイザークとディアッカの立てた作戦は簡単だった……高速で地上すれすれを飛んでいるらしいストライクをディアッカのバスターが砲撃で追い込んでイザークのデュエルがビームサーベルで斬る、それだけだ。
 ……実際、武器がもうビームサーベルしかないデュエルと350mmガンランチャーしかないバスターではそれぐらいしか方法が残されていない。

 

「デュエルとバスター……」

 

 砂丘を越えて前方に見えた2機のMS、そして後方から迫り来る“砂漠の虎”……まさしく前門の虎、後門の狼ならぬ前門のデュエル&バスターに後門の虎。
 幸いタイミング的にスカイグラスパー2号機がヒット&アウェイで飛び去った直後に突っ込み、砂丘のおかげで後ろに居るラゴゥからはしばし攻撃されない……この好機にこそ前門の虎をキラ一人で何とかしなければいけないのだ。

 

「やるしかない、やってやるっ!」
「うぉぉぉぉぉっ!」

 

 両機へ高速で飛翔するストライクのキラに向かって右手のビームサーベルを発光させてスラスターで突っ込んで行くデュエルとイザーク、両者は声を上げて目標へと突っ込む。

 

「ファイエル!」

 

 そのデュエルの後方から左側に移動しつつ350mmガンランチャーから散弾を打ち込むバスターとディアッカ。
 なんでドイツ語なんだよと突っ込みたい所だがそういう気分だったとしか言いようが無い。
 ディアッカも残りの武器もバッテリーもプロペラントも少なく、バルトフェルド隊長がワザワザ敵を追い込
んでくれたことに対する感謝と重圧、もうそろそろ戦闘を勝利で終わらせたいと言う願望がそうさせたのだろう。
 イザークのデュエルは左腕を失っており、その方向から攻撃されたのでは都合が悪いと考えた2人はバスター
でデュエルの左側から攻撃する事でストライクをデュエルの右側へ誘導する作戦だ……あくまで左側に回ろうとすればバスターの正面から向かう事になる。
 そしてそれはキラにも理解できた……が。

 

「だぁぁぁぁぁっ!!」

 

 大きく気合を吐いてキラは更に出力を上げ、デュエルの左側……バスターの正面へ加速した。

 

「なに!?」
「馬鹿か、こいつはっ!」

 

 イザークが虚を突かれ、ディアッカが350mmガンランチャーを構えて至近距離から散弾を放つ。
 電磁レールガンから高電力で加速され射出された散弾は確かに実弾でありPS装甲を持つストライクには効果は無いかもしれないが、命中すれば榴散弾頭ミサイルの例を出すまでも無く電力を消費するし、なによりカメラや関節にある装甲の隙間等のPS装甲ではない部分は無い訳では無く、攻撃は避わすのにこした事は無いのだ。
 それでもキラはあえて左側に回った……PS装甲である事とWIGモードでは前方の投影面積が小さい事、それに賭けたのだ。

 

「うぐっ!」

 

 面を制圧する350mmガンランチャーからの散弾がストライクを揺らし、警告を示すアラームが鳴り響く……
だがまだストライクは飛んでた。 キラは賭に勝ったのだ。
 それは上記の2つの要因の他にもバスターの破損状態が酷かった事、ディアッカが読みを外されて一瞬戸惑った事、砂漠の熱対流のパラメータ入力が不完全だった事、そしてそれらの要因で十分な散弾の散布領域内にストライクを捕らえられなかった事が積み重なったのだが、一番の要因は勝利の女神がキラに微笑んだ事……つまり運が良かったに集約されるだろう。
 それでも無傷では済ま無い、何かの警告や破損情報がウィンドとしてメインモニタの隅に表示されたがストライクが飛んで、まだ動くのなら良いとキラはそれを無視。
 両手で握っていたビームライフルから左手を離し――その為バスターに放ったビームライフルが安定せず外れてしまったが――ビームサーベルを引き抜くと、デュエルの破壊された左腕側に潜り込んだ。

 

「ガッデム!」

 

 ディアッカが無念の叫びを上げる……こう2機が接近してしまってはバスターの攻撃は同士討ちになってしまうのでもう出来ない。

 

「こいつぅぅぅぅぅっ!」

 

 右手に持ったビームサーベルで左側に潜り込んだ敵に攻撃するのは難しい……出来たとしても機体の向きを変えなければ届かない。
 その時間があれば十分だった。
 キラは左手に持ったビームサーベルを斬るのでは無く突き出した、狙いはデュエルの左脚の膝関節。
 光の粒子が突き出した先からズブズブとデュエルの左脚の膝に突き刺さって行く……だがそれだけでは終わらせない。
 デュエルの脇を通り過ぎる時も、常にビームサーベルの切先がデュエルの左脚にあるようにキラは左腕動かし続け、さらに左脚の関節がまだ無事な内に砂漠に突き刺して猛烈に砂を巻き上げながらストライクの速度を落しつつターンさせたのだ。
 めしり、と言うような嫌な低く鈍い音がコクピット内部にまで聞こえ更にストライクの状態を監視するウインドが画面の中央下に赤い点滅を伴って開く……見なくても判る。 ストライクの左脚は今、死んだ。
 だがビームサーベルを長時間刺し続けられ、そのまま半回転されたデュエルも当然無事ではない。
 膝関節を完全に切断されバランスを保てなくなったデュエルは、そのままゆっくりとうつ伏せに砂漠に倒れる。
 ずしん、と重量のある機体が砂漠に伏っして砂塵が巻き上がり、機体のPSの部分が揺らいでゆっくりと灰色に変って行く……。
 砂漠に倒れた衝撃に使われたPS装甲の起動で、デュエルのPS装甲を起動するバッテリーの最低限を下回ったのだろう。

 

「グゥレイト ガンズ……っ!(Great guns! 訳:なんてこった!)」

 

 ターンしたストライクが飛び去った方向は、丁度バスター―デュエル―ストライクと一直線に並ぶ方角だった。
 散弾を装填したままの350mmガンランチャーでは、倒れたままでPS装甲が切れた状態のデュエルにも損害を確実に与える為に追撃もできず……そのまま砂丘を越えて見えなくなるストライクの後姿を睨んだままディアッカも唇を噛んだ。
 デュエルは動かない……いや、動けない。 一本足で立つのは危険な行為だ、だからそのままだった。

 

「…………っっっちっっっくしょーーーーっ!!!」

 

 一呼吸あってから響き渡るイザークの絶叫。
 MSの脚部は宇宙(そら)ではランディングギアや可動式のスラスター、そしてAMBAC用の肢体であり、失った場合運動性は悪くなるかもしれないがそれは致命的な損害では無い。
 しかし地上やコロニー内部等の1G影響下では違う、飛べでもしない限り両脚を大地に付けなければならないのだ。
 そして片方でも脚を失ったMSは立てない……機敏な運動性を発揮できない、つまりはもう機動兵器としての体を成さなくなった事を意味する。
 特にビームサーベルしか武装の無いデュエルはもう戦力として役に立たなくなったのだ。

 

「何故だ……何故この俺が、ストライクに勝てないっっっ!!」

 

 目の前のコンソールを拳で殴り付けるが答えは出ない。
 否、【ストライクの方が自分より強いから】という回答がちらほらと出かかっていたが、それを認める前にプライドがその可能性を否定した。
 それを認める事はイザークにとって死を選ぶより辛い事だ……だからどうあっても認める訳にはいかない。

 

『イザーク、敵だ!』
「!?」

 

 PS装甲が使えなくなっただけで、まだ生命維持装置も通信もデュエルを動かす事もできる。
 だから通信機からディアッカの警告が聞えてくるのは当たり前の事なのだが、イザークはひどく驚いた。

 

「ぐあぁぁっ!」

 

 敵からの攻撃の着弾と爆発にデュエルは激しく翻弄され、眼下のモニターには被害状況を伝える警告を伴ったウインドがアラームと共に開き、機体の状況が危機的である事を示した。

 

「くっ……どこから……」
『MAだ! お前を狙っている! 動けるか!?』
「いや、脚を無くしたし……今の攻撃で残り少ない推進剤が全部殺られた」
『脱出しろ、奴はお前に狙いを絞ってる!』

 

 ままならない照準で砂漠に伏したままのデュエルの前に立ち塞がり、350mmガンランチャーから散弾を打ち上げるディアッカのバスター。
 その上空では2機のスカイグラスパーがまるで猛禽類が負傷した小鹿を狙うように乱舞している、さながらバスターは立ち塞がる親鹿のよう。
 その心意気は良し、だが損害を受けた状態での攻撃はほとんど通用しない……近いうち小鹿は猛禽類に仕留められる事は火を見るより明らかだった。

 
 

『よぉしミケル、アマダ少尉、攻撃をデュエルに集中するんだ!』
「了解! 隊長、機関銃と大口径機関砲は弾切れです…攻撃頼みます!」
「任せとけ!」

 

 既にバスターの攻撃は大した障害にならない……ミケルのスカイグラスパー2号機に残された攻撃方法はチャージ時間が倍近くなったビーム砲塔だけだが、“砂漠の虎”をキラ一人に任せてムゥと2機で交互に攻撃する事でチャージ時間を稼いで相手に与える隙を減らしていた。

 

「こんな事になるなら了解しておけばよかった」
「何がです、隊長?」
「マリュー艦長の提案さ……少なくともデュエルはもう殺れるだろうからな」
「そうですね……こんなに上手く行くなんて!」

 

 2機のスカイグラスパーがそれぞれ別方向から攻撃を繰り返す事でバスターは効果的な対空射撃を行えない
でおり、起き上がろうともがくデュエルはプロペラントタンクを打ち抜かれ推進剤に引火したのか炎を上げていた。

 

「こいつで……もらいだっ!」

 

 上昇してチャージ時間を稼いだミケルはスカイグラスパーをバスターの後ろ側に回り込ませ、その側で倒れているデュエルに向かって降下を始めた。

 
 

「ちっ……もうダメか……」

 

 状況は最悪、しかしそれを改善する要因は無い、バルトフェルド隊長もストライクに抑えられてこっちには直に来れないらしい。
 狙われ続けているイザークのデュエルはさっきの攻撃でモーターかバッテリーを損傷したようだ……コクピットハッチを開ける為の隙間を作る事にも苦労している…あれでは脱出もできまい。
 もっとも、攻撃を受け続けている上に推進剤が炎上しているこの現状で脱出して無事で居られるかどうか……。

 

「仕方無い、切り札をここで切るか」

 

 本来ならもうちょっと先まで、しかも自分の為に使おうと思っていた手だが……イザークの命が掛かっているなら仕方が無い。
 元々賞味期限の短い手だ……イザークが死んだ後のリスクに比べればこのカードを切る方が被害は少ない。
 冷静にそう考え、ディアッカは全周波送信にするべく通信機を操作した。

 
 

「まずは一機……デュエル撃破だな」

 

 機体を捻って頭上に見える地上の光景でムゥはそう判断した。
 眼下の上空に目を向けるとミケル機が攻撃しようとしている、動けない敵ならビーム砲塔だけで片が付くだろう。
 “砂漠の虎”はキラが抑えている。 さっき左脚の膝関節を損傷したと連絡があったが、WIGモードを続けるには影響無いらしい。
 キラがWIGモードを土壇場で完成させたおかげで“砂漠の虎”に一方的に押される事は無くなった、だがバッテリーも推進剤も残りが厳しい筈だ。
 このままバスターや“砂漠の虎”も……と言うのは多分無理だ、ここはデュエル1機で引くべきだろう。
 ムゥがそこまで考えた時、多少ノイズが入る通信機がある声を伝えた。

 

『こちらバスターのパイロットだ……連合に告ぐ、攻撃を中止しろ。 でなければこちらも本気になる!』
「何を……」

 

 言っているんだ、このパイロットは?
 状況はどう見てもこちらが有利、手を引く要因は無い……奴がそう言い切れる根拠は、なんだ!?

 

『隊長!?』
『構うな、攻撃!』

 

 ミケル機がそのまま突っ込もうと機体をひるがえし、同時にバスターのパイロットが更に続ける。

 

『こちらが本気になれば街への流れ弾に配慮する余裕は無くなる……それでいいな!』
「!!!」
『『!!!』』

 
 

『おいディアッカ、にゃにを言ってるんだ!』

 

 自分がやられる以上に焦ったのかイザークからの隊内秘匿通信の声は噛んでいた……興奮すると良くやる事ではあるが。

 

「仕方ないだろイザーク、お前を死なす訳には行かない」
『だからってこんにゃ卑怯な真似を……っ!』
『確かに卑怯な手かもしれんが、それでも敵は何とかする方法もある。 それで攻撃を止められるのか?』

 

 バルトフェルド隊長からも通信が届く。 背景に見えるモニターでは地形が流れるように動いているので、
戦いを止めて話しているのでは無く戦いながら話しているのだろう……なんて腕だ。

 

「大丈夫ですよバルトフェルド隊長。 奴らはこれで引きます、引か無ければならない筈です」

 

 奴らには有効的な方法だ……あの時の奴らの行動から考えれば。

 

「忘れたかイザーク、これは奴らも使った手だ」

 

 口の端を釣り上げてニヤリと笑いながら、ディアッカは確信めいた表情で言い放った。

 
 

「ミケル、攻撃中止だ! 上昇しろ!」
『何故ですフラガ少佐、あと一撃で倒せるんですよ!』
『……ダメだミケル、ブレイクしろ!』
『隊長!』

 

 あっちは何とかアマダ少尉が抑えてくれたらしい……攻撃可能な範囲に入ったものの、攻撃はされずにミケル機は上昇した。

 

「こちら連合軍ムゥ=ラ=フラガ少佐だ……そちらの要求は受け入れる、まさか後ろからは撃たないだろうな?」
『このまま引けば、な。 俺達は撃たなかっただろ?』
「……了解した。 全機、これより帰投するぞ!」

 

 ムゥは用心し攻撃の届かない上空へ機体を巡らせ、ミケル機が付いてくるのを確認するとキラの状況を確認する。
 どうやらしばし“砂漠の虎”と旋回しながら睨み合った後に離脱したようだ。
 キラに一直線にAAに戻るのでは無く奴らの監視内では別方向に離脱するように指示した後、ムゥは隊内回線を開いた。

 

「いいかミケル、あの通信は全周波で送信していた。
 我々だけではなく当然タッシルでも受信できた人は居ただろう……。
 例え敵の攻撃だったとは言え敵は被害が出る可能性を示唆し、我々がそれを無視して攻撃を続け、そして街
に被害が出たら……タッシルの人が俺達を怨まないとは限らない。
 そしてタッシルに関係者が多いレジスタンスとの関係が悪くなる可能性がある……」

 

 シローはムゥが今回の攻撃中止の理由を言い淀んでいる内に自分の考えを述べる。

 

「なるほど……」
「……と言うのもあるでしょうが、本当はもっと別な理由がある、違いますか?」
「へっ!?」

 

 納得しかけたミケルが訳が判らないというような声を上げる。

 

『……どうして、そう思ったんだ?』
「ヤマト少尉です、あれだけ交戦意欲の高かったヤマト少尉が文句一つ言わず従った。
 それに敵のパイロットが“俺達は撃たなかっただろ?”と言ってました。
 これはあなた方が敵との間で自分達と合流する前に何かあった、そう考えるのが自然です」
『…………』

 

 画面の中のキラは顔をしかめ、ムゥは首を竦めてその通りと言うジェスチャーを返す。

 

『ああ、言うなれば因果応報、って奴だな。 俺達も似たような事を宇宙でしたんだ……プラントの民間人
――ラクスと言う政府高官の娘でプラントでは有名な歌手――の脱出ポットを拾って、AAを攻撃したらその娘も死ぬぞ、ってな……』
「とは言え、あの状況からならいくらでもやりようはあったと思うのですが……」
『言ったろミケル、因果応報って……確かに軍事作戦としてはあそこで引く事は無い、だがまぁこれは俺達の
ケジメみたいなもんだ……我慢してくれ』
「はぁ……」
「そういうことであれば仕方ありません。 ですが今後は……」
『ああ、判ってるよアマダ少尉。 これで貸し借りは無し、今後はこんな手には乗らない』
「ならば自分からこれ以上は言うことはありません」

 

 こうしてしばし沈黙が辺りを包む……。
 レジスタンスのアフメド達の生存者は撤退させた。 作戦的にはそれで成功ではあるが、GATの内1機を撃破寸前まで追い詰めておきながら敵の提案に乗っての帰投はミケルとシローにいまいち納得しきれない物を、キラとムゥに自分達の以前の行動によって状況を悪化させたと言う苦い思いを残したのだ。

 

『……ま』
『フラガ少佐……僕はまだ、弱いんでしょうか……』

 

 ムゥが何か言おうとした時キラが力無く呟く、そのキラの言葉に3人は驚いたように顔を上げる……キラの
声があまりに弱々しかったからだ。
 キラとムゥの脳裏にあの時の会話がリフレインする……ラクスを人質に取った事を『人質を取って脅して逃
げるのが連合軍のやり方か』と聞くキラに『情けない事をするのは俺達が弱いからだ』と諭した時が……(第10話「分かたれた道」を御回想ください)。

 

『いんや。 キラ、お前は随分と強くなった……デュエルとバスターを圧倒していただろ?』
「そうだヤマト少尉、俺の眼から見ても俺達が最初に出合った時より確実に強くなっている。
 あのバクゥは敵のエースパイロットなんだろ、だったら引き分けたって仕方ないさ」
『そうですけど…WIGモードができるまでは手玉に取られてましたし、できた後も踊らされっぱなしで……』
「焦るなヤマト少尉。 お前はまだ負けてない、そして生きている。
 ならば次に勝てばいいんだ……このままなにもしない訳じゃないんだろ?」
『勿論です!』
「ならいい。 生き延びろ、そして努力しろ。 お前ならきっと勝てる、そうなるように俺が鍛えてやる!」
『サー、イエッサー!』
『その粋だキラ、最初からエースだったパイロットなんか居ない、みんな努力して勝ち上がっていくもんだ』
「フラガ少佐も努力したんですか?」

 

 普段から自分のエースパイロットとしての腕を豪語して止まないムゥにミケルが尋ねる……ミケルとしても
ムゥがそう言う事を周囲の士気を盛り上げる手段として利用している事は判っている、しかし軟派な性格の彼
が本当はどう思っているか聞いてみたくなったのだ。

 

『ん、俺かミケル?
 そうだナァ……俺はほら天才だから、最初からエースだったかな!?』
『なんですかそれ、矛盾してるじゃないですか!』

 

 予想通りの答えにシローとミケルは思わず笑い出し……その笑いはムゥと、そしてキラにも移った。
 タッシルから離れて高度を落して編隊を組んだストライクとスカイグラスパー2機の間にようやく笑い声と笑顔が戻る。
 ストライクのWIGモードによりさほど速度を落さずに飛行する3機は、砂漠の地平線の向こうのAAの隠
れ家に向かって速度を上げたのだった。

 
 

「……っつ!」

 

 ようやく仰向けになれたデュエルの中からイザークは這い出し、ヘルメットを脱いだ。
 デュエルの生命維持装置はまだ動いていたが、アサルトシュラウドのコクピットハッチが開かなかった
――度重なる衝撃で故障したらしい――のだ。
 ハッチを爆破して開ける爆破ボルトはあるが、これ以上デュエルが傷付くのを良しと思わなかった。
 それで自分の力でハッチをこじ開け、ようやく這い出せたのだ……ハッチの上に立ち自分の愛機を見る。
 左手は無く、今ディアッカが拾いに行っている。
 左脚も無い、側に関節部分から切り落とされて側に転がっている。
 アサルトシュラウドもボロボロで<シヴァ>もなく、推進剤に引火して機体は黒く煤けていた。
 イザークの脳裏に今までの戦いが思い起こされる……コロニーに侵入してこの機体を奪い、連合に残った最後の一機であるストライクと戦い、被害を受けアサルトシュラウドに身を包んで再戦し、大気圏上で戦いそのまま地球へ奴を追った。
 あの時の屈辱を忘れぬ為…屈辱を返す為、顔の傷も消さずに戦って来た。
 だが……今日の結果はなんだ?
 いくつかの傷はストライクにも負わせた、右肩や上腕、脇腹にはビームサーベルで切り傷を付け、すれ違いざまの左脚を使った急旋回で可動方向以外の方向に曲がっていたから左脚も損傷しただろう(これは自爆だから果たして負わせた傷に数えていいのか……)。
 しかし自分とデュエルはここで動けなくなり回収を待つ事となり、ストライクは自力で脚付きへと帰った……差は歴然だ。
 認めたくは無い、だが認めなければならない……認めなければきっと、前に進はめない。

 

「俺は……俺は奴より、弱い、のか……?」

 

 誰でも無い、自分にそう呟き……イザークはようやくその事実を眼前に突きつけられた。
 戦士なら目を開け、見たく無い真実に目を閉じていては強くは成れない……そうだ、俺は負けた、負けたんだ!
 何故負けた? 機体の差か? 武器の差か? 状況か? 慣れない地上だからか? 僚機の差か?
 ……いや、違う。 そんなの関係無い。 敗北の原因は……奴が強いからだ。
 誰より奴は強い? そう、俺だ、俺より奴が強いんだ!
 俺 が 奴 よ り 弱 い ん だ ! !
 足から力が抜け、がっくりと機体に膝を付く。
 そのまま力無く上半身が倒れ両手を付いた……四つん這いになって見えるのは愛機の表面。
 だがその機体表面は彼が自分の手で磨き上げた出撃前とは違って黒く煤け、激しい戦いの後を連想させた……
まるで自分の惨めな敗北を知らしめるかのように。

 

「うっ………うぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおっっっ!!!」

 

 それまで風一つ無い砂漠にゆっくりと風が吹いてきた。
 地平線には黒く霞んだ物が漂っており、だんだんと接近してくる……砂嵐が近づいて来たようだ。
 砂漠には音を反射する物は無い、どんな音も砂に吸収され遠くまで届く事は無い。
 そしてイザークの慟哭も砂漠に吸い込まれて行く……誰にも聞かれる事は無く……。

 
 

「手間かけてすまネェマリュー艦長……どうやら若い奴の半分は助かったみてぇだ」
「……それでも半分犠牲になったわ……これからの力になるべき、若者達が……」

 

 タッシルの戦い――というか虐殺――はレジスタンスにとってはカガリがアフメド達を説得して引いた時点で既に終わっていた……キラやシローら攻撃部隊にとってGATや“砂漠の虎”との戦いがメインであったが。
 サイーブは負傷者の病院への手配や残存兵力の撤収や損害報告等、一通りの残務処理を終え再びマリューに詫びを入れに来たのだ。
 攻撃隊は既に戻っている……WIGモードを止めると左脚関節が動かないストライクは動けなかったが、カレンとサンダース軍曹の陸戦Gに両脇を抱えられようやくメンテベッドへ移動できていた。
 もしMSがストライクだけではAAの車両やパワーローダーだけでは――這いずって行けたであろうがそれではPS装甲でストライクは無傷でもAAの床が傷だらけになっただろうが――苦労したり後始末が大変だったろう。
 他にも右肩や脇腹の装甲が破壊され頭部のアンテナも片方切断されており、キラはマードック班長にほとんど平謝り状態だったがマードック班長は生きて帰れば良しと満足げだった。
 攻撃隊はストライクが左膝関節が思ったより修理に手間取りそうで中破、ムゥのスカイグラスパーは無傷であったがミケルのスカイグラスパーは電子戦パックを失いエンジンも被害が大きく中破判定。
 これに対して敵にはデュエル大破とバスター中破を与えたが、マリューやナタルは損害の割には戦果が少ない――実際にはイーブン以上――と思わない訳では無かったのである……多少は態度に出たかもしれない。
 それでもそれを口には出さなかった。 元々レジスタンスの救出作戦だったので目的は達成し、その後の戦闘は言わばオマケだが……それにしては被害が大きと言うのが両者の共通見解だったからだ。
 そして戦果では無い物……ストライクのWIGモードや新型MSラゴゥのデータ収集、そしてキラの気持ち等と得た物は多いが、それが判るのはもう少し後である。

 

「俺が言うのもなんだが……それは仕方ねェ、半分生き残っただけでも良しとしよう。
 俺達“明けの砂漠”はこの恩を忘れん、あんたらにこれまで以上の協力を約束しよう」
「止してよサイーブ、私達は十分あなた方に力に成ってもらった。
 恩とか貸し借りとかは無しにして……そんなんじゃ息が詰まっちゃうわ」

 

 今レジスタンスの頭目と連合軍の艦長という最高権力者の2人はAA艦長室で話していた。
 恐縮していつもの頭の被り物を取って頭を下げるサイーブに、マリューは困ったように頭を上げるように言うが……なかなか頭を上げようとしない。
 困ったように周囲に目線を向けるが誰も居ないこの部屋では助け舟を出してくれる者は居ないし……ついでにサイーブが持ち込んだ風呂敷に包まれたものがあからさまに酒瓶である事が気になって仕方が無い。
 しばし後、気が済んだサイーブがようやく頭を上げた頃にはマリューはすっかり気疲れしていたのだった。

 

「そうかい、それじゃ貸し借りは無しだがお互いの協力は今まで通りと言う事で……何かあったらすぐ言ってくれ、砂漠の民は一度受けた恩を忘れるほど薄情じゃねェからな!」
「判った、何か頼みたい事があればその時は頼んだわ。
 ところで……その包みの事なんだけど……」
「ああ、さすがに目敏いな……この前の酒を随分と気に入ったようだから差し入れだ。
 それと……こいつは民間人として、連合の将兵に渡す重要な情報提供だ」

 

 サイーブの目つきがそれまでと違って鋭くなったのを見て、酒の差し入れに目尻を緩めたマリューもハッとしたように指揮官の顔に戻る。
 サイーブは風呂敷の中から酒瓶を数本取り出してテーブルに並べ、最後に密閉されたメモリーケースを取り出した。
 これはこの時代の標準的なビデオカメラのメモリーを数十本入れておけるケースで、その金属製で堅牢な密閉された物は素人が使うようなものではなく、プロのカメラマンかジャーナリストが使うような品だ。
 そのケースは凹み、傷付き、焦げ、本人の物か“J・R”というイニシャルも掠れている……まるで戦場を潜り抜けてきたように。

 

「こいつは砂漠で怪我をして動けなくなっていたジャーナリストが持っていた物だ。 中身は……」

 

 そう言うとサイーブは歪んでいるのか苦労してケースを開いてメモリを取り出し、艦長室に備え付けに成っている映像機器で再生して映し出された物は……上空から降りて来るザフトの主力MSジンの群れ。

 

「これは……っ!?」
「ああ、こいつは持ち主だったジャーナリストが撮った戦闘の記録映像だ。
 第二次ビクトリア攻防戦開始から終了まで、命懸けで撮った物が記録されている……十分な価値があるだろ?」
「ええそうね、敵との克明な交戦記録なんて……詳しく話を聞きたいわ、これを撮ったジャーナリストは?」
「死んだよ。 俺達が拾った時には虫の息でな……ビクトリアから逃げ出す時に撃たれたんだ。
 それに……こっちを見てくれ」

 

 ケースから別なメモリを取り出して入れ替えたサイーブは、リモコンを使って最後の方へと画像を進めた。

 

「この辺りからだな」

 

 再生を再開すると戦いはもう終わったらしく、制圧したジンが周囲を威圧するように立つ中で建物や地下から降伏した連合の兵士や整備士や管制員とおぼしきが一箇所に集められて行く。
 大体集めきったのか銃を持ったザフトの兵士が周囲に立つと……発砲が始まった。

 

「!?」

 

 誰かが反抗して撃たれたのでも脱走しようとして撃たれたのでも無い、これは捕虜虐待……否、虐殺だ。
 それは一度では無い、いくつかの建物、施設や部隊毎に行われている……壁に並ばされた高級将校らしき人物達が順繰りに撃たれて行く射殺シーンを望遠で撮ったシーンや、降伏して手を上げている無抵抗の戦車に向かってジンのライフルが火を噴いて爆殺する……。
 これは……明確な虐殺だ。 ナチュラルの皆殺しを軍事行動として行っているとしか思えない程使用する武器や方法や指揮系統が理路整然としている。
 これは一部の部隊や個人の暴走では無い、それにコーディネイターは明確な指揮系統が必要無い程総じて聡明で優秀であり、兵士が勝手に暴走するような事は無いのではなかったのか!?
 だとしたら生き残ったナチュラルを皆殺しにせよと命令が出ているとしか思えない。
 プラントは独立を宣言した――連合は認めはしないが――法治国家ではないのか!?
 未開の文明との衝突では無い、人間の手で作られたコロニーに住んでいる言葉も通じる人間なのだ。
 だがこの国際法や戦時法……は批准してないかも知れないが、少なくとも人道を無視したザフトのやり方はなんだ?
 まるでナチュラルと言う人種を根絶やしにしようとしている民族浄化作戦ではないか!?

 

「これって……」
「見ての通りだ。 俺達レジスタンスは自らの独立を勝ち取る為の組織で連合もザフトも区別は無い。
 だがコーディネイターを特に嫌悪するのは……こうなる恐怖がどこかにあるからだ。
 タッシルやバナディーヤも今の所“虎”は民間人に手は出していない、それも状況に寄っちゃァどうなるかは判らん」
「こんな事って……これを私にどうしろって言うの?」
「好きなようにしてくれ。 ここ以外はただの戦闘記録だ、戦術研究の素材にするもいいし、ここだけを取り上げて反コーディネイター感情を煽る材料に使う事も出来る。
 ここに写っている事は事実だ……だがそれをどう見せるかで事実を捻じ曲げたり印象操作する事も可能だろう。
 実際に起こった出来事の一部だけを取り上げる。 それも事実には間違い無い、“全てでは無い”だけでな。
 何もしないで上層部に渡すも、握り潰すも、あんた次第だ……どっちにしろ俺には情報を渡す事しかできん」
「そんな……私にそんな判断……」

 

 見つめる問題の映像は、録画している本人がザフト兵に見つかったらしく指を刺されて発砲されていた。
 多数の銃声と本人の駆け足の音と息を切らす声に上下する砂漠の景色、そして車らしき物に飛び乗って発進させた後で低く呻る声が本人から洩れた……恐らく背中かどこかに弾が当たったのだろう。
 その後で得映像が途切れるが、マリューは画像の消えた黒いモニタを睨み続ける。
 そこに映るサイーブがすまなそうな顔をしているのを見て、マリューはサイーブが誰かとこの秘密を供用したかったのだろうと思った……確かにこれは一人の胸の中に止めるのはあまりにも重い。
 第二次ビクトリア攻防戦の記録。
 第二次ビクトリア攻防戦の記録。 それはマリューに新たな悩みの種を植えたのである……酒をもらった事で緩んだ目尻も再び釣り上がり眉間にはシワができていたが、気にする余裕は今のマリューには無かった。

 
 

 ―次回予告―

 

友達という他人、恋人という他人、敵という他人、判り合える者と判り合えない者。
それでも男は言う……たとえ敵であっても判り合える者は居る、と。
初めて出会う敵将に、キラの想いは大きく揺れる。
そしてシローは、敵将の口には出せない思いを察する。
戦場で見失った物、見つかった物……何を掛けるのか、何を捨てるのか、何を残すか。
次回、『転移戦線』第五話「宿敵の牙心」。
その影を、討て!ガンダム!

 
 
 

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