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08_種を蒔く人after_第03話-1

Last-modified: 2013-12-23 (月) 16:45:47

第三話 嬉しい事 悲しい事

「パパ、煙草吸い過ぎよ。」
 灰皿に築かれた吸い殻の山を目にし、アイナは溜め息混じりにシローに注意する。
 建築業という仕事柄だからか、シローはこちらの世界に来てから煙草の味を覚えた。
 アイナはシローの健康が気掛かりではあったが、とやかく言うつもりは無い。
 妊娠している時は家で煙草を吸うのは控えてくれていたし、自分の小遣いの中でやりくりしているからだ。
 だが、今日は違う。アイナの目にはシローが手持ちぶたさで煙草を口にしている様にしか見えないのだ。
「……ん、そんなに吸っているつもりは無いよ、母ちゃん」
 口は悪びれずに言うものの、シローはテーブルの上にある煙草とライターをポケットにしまった。
 アイナはシローのそういう性格が好きだ。シローは口であれやこれやと言っても結局は行動で示してくれる。
「そうだ、今日は塩豆大福があるのよ。お茶を煎れて来ますね」
 アイナはキッチンへと向かった。煎れるのは熱いほうじ茶だ。塩豆大福は二つしかないので子供達には内緒だ。
 時計の針は九時をとっくに回っている。サンタは部屋で勉強、ヨツバとイツカは今頃夢を見ているだろう。
 ――九時を過ぎてる?
 アイナはシローの煙草の量の原因に思い当たった気がした。
 カズミだ。カレッジに上がってからカズミの門限は十時に設定してあるが、カズミは大体は八時前には家に帰って来ている。
 九時を過ぎる時には前もって家に電話をするし、朝の時点で解っていたら帰りが遅くなると告げる。カズミはそんな娘だ。
 ――門限は過ぎていないし、心配する程の事では無いと思うけれど。
 アイナはお茶の支度を済ませリビングへと戻った。シローの傍らに座りシローにお茶を煎れる。
 シローはと言うと一見テレビを見ているものの、貧乏ゆすりをしたりチラチラと時計に視線を走らせたりしてどことなく落ち着かない風だった。
「パパ、お茶が入りましたよ」
 部屋の中に芳ばしい香りが拡がる。だが、シローはそれには気付かずに肩を落とし深々と溜め息を吐いた。
「――なあ、母ちゃん。カズはどうしたんだ?」
 シローは重い口を開いた。
 カズミの事を信用して門限を十時にしたが、やっぱり駄目だ。
 年頃の娘なんだから何が起きるか判らない。何かが起きてからでは遅いのだ。
「今日はジローの月命日だから慰霊碑と名も無き兵士達の墓へ行っているんでしょう」
 アイナは何気なく答えて来たが、シローはアイナのその態度が信じられなかった。
「母ちゃんはカズが心配じゃないのか?年頃の娘がこんな時間まで帰って来ないなんておかしいだろう」
 シローは居ても立ってもいられなくなり、目の前にある塩豆大福を口に入れた。――それがまずかった。
 シローは胸が苦しくなった。大福を一口で食べようとした為喉に詰まらせたのだ。
 湯飲みを掴みほうじ茶を一気飲みし大福を流し込もうとしたが、それも不味かった。
 口の中が熱い。熱過ぎる。熱いほうじ茶を飲み干そうとしたのだから当たり前だ。
「母ちゃん、水だ。早く!」
 アイナはクスクス笑いながらキッチンから水を持ってきた。シローはアイナから水を受けとるや凄まじい早さで飲み干した。
 ――死ぬかと思った。
 シローは涙目になりながらコップを置くとアイナをじろりと睨んだ。
アイナはと言えばシローの姿が滑稽に見えたのか口に手を当てて笑い転げている。
「母ちゃん、笑ってばかりだと小皺が増えちまうぞ」
「年なんだから皺が増えるのは当たり前でしょう?」
 アイナは目尻に溢れた涙を人差し指で拭いながら笑いを噛み殺そうとしている。
 本当にけしからん。娘が娘なら母親は母親だ。旦那が苦しんでいる時に大笑いするなんて。
 シローは頬を膨らませて時計を睨んだ。九時四十三分――門限まで後少し。
 シローは我慢出来なくなりポケットから煙草を取り出そうとした。
「パパ、カズミはしっかりした娘です。何か理由があるんでしょう。帰って来たら頭ごなしに怒らずに話を聞いてあげましょうね。」
「それは解ってる。けれど、まだカズは子供だぞ!」
 アイナの言葉にシローは大声で怒鳴り返した。カズミはまだミドルティーンだ。親が心配するのは当たり前だ。
 カチカチと時計の針が時を刻む音がする。シローが煙草に火を付けようとしたその時はだった。
「ただいま。遅くなってごめんなさい」
 玄関の扉が開く音と共にカズミの声が聞こえた。
 シローは居ても立ってもいられなくなり玄関へと向かった。
「カズ、遅いじゃないか。何をしていたんだ!」
「ごめんなさい、パパ。事情があって」
 カズミは反省の素振りを見せずに玄関の扉の向こうへと視線をやった。
 けしからん。本当にけしからん。げんこつだ。シローは拳を握り小刻に震わせた。
「パパ、ママを呼んで来て。客間に布団の準備をして欲しいの」
 カズミの言葉と共に一人の少年が現れた。背が伸び表情も大人っぽくなっていていたが、面影はしっかり残っている。
 懐かしい姿だった。
「シン坊……」

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