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08_種を蒔く人after_第03話-4

Last-modified: 2013-12-23 (月) 16:48:30

「ジローはね、オーブにいないの。今はね、クレタ沖にいるわ。タケミカヅチって
知ってる?オーブの戦艦なんだけど、それに乗っていたのよ――戦死したの、ジロー」

 アマダ家に向かうバスの途中での事だった。シンがアマダ家の近況を尋ねた時に
ジローの名が出なかったのを疑問に思っていたら、思いがけない言葉が帰って来た。
 悲しみを吹っ切るかのような声色で、一抹の寂しさも含まずに穏やかな表情で告げた
カズミの姿はシンには却って哀しく見えた。そして、シンは自身の犯した罪の重さを知った。
「あの子はね、オーブを守りたかったんだって。戦争があって、色々な事に巻き込まれて、
人間ってものの弱さや狡さを見せつけられて、だから、強くなりたかったんだって。
パパやママに反対されたけど、自分の意見を押し通して、死に急いで。馬鹿みたいよね。
でもね、私は信じてるの。ジローは頑張ったんだって。一生懸命生きたんだって。
だからね、悲しまないの。泣いたりしないの。ジローはそんな事望んでいないのよ」
 カズミはシンに気を使いそう言ったのだろう。だがカズミは知らないのだ。タケミカヅチを落とした男が隣にいる事を。

 此処に来るべきでは無かったのかも知れない。シンは熱いシャワーに打たれながら
ぼんやりと自分の掌を見つめていた。一見綺麗には見えるが、沢山の命を奪ってきたそれは
シンには薄汚く思えて仕方が無かった。
 自分がジローを殺したと知ったらカズミは
どう反応するだろうか。シロー小父さんは、アイナ小母さんはどんな顔をするだろうか。
 鼓動がどんどんと速まる。締め付けられるような痛みはジローの受けた苦しみと
較べたら大した事はない。シンは唇をきつく噛み締めた。
「シンちゃん、着替えを置いておくから使ってね。遠慮はいらないわよ」
 不意にドアの向こうからアイナの声が聞こえた。シンは我に返りどもりながら返事をした。
 これ以上優しくされてしまったらきっとシンは罪悪感で満ち溢れて壊れてしまう
だろう。その方が都合が良いかも知れない。
 例えば――こうやって湯船に浸かって顔を湯に付け続ければ。
 苦しくなど無い。ジローはこういう風にクレタ沖の海深く眠り続けているのだ。
もがいたりなどしない。口や鼻が息が漏れて泡となる。泡一つ一つがシンには自分の奪った命の
ように思えた。そして息を吐き出し切った時、目の前が暗転した。

「まだ、生きてる……」
 目を開くと見知らぬ天井が視界に入った。線香の香りが鼻孔を擽る。体を起こそうと
力を入れたが、思うように力が入らずシンはなんだか自分が情けなく思えた。
 首を捻り線香の香りがする方へ顔を捻るとそこには仏壇があり、ジローの写真が幾つか飾られていた。
 シンが見覚えのある写真もある。みんなでキャンプに行った時に撮ったものもあれば、
ジローがジュニアハイに入学した時のものもある。真新しい制服に身を包んだジローの
隣にはカズミ、ジローの肩に手を置いているのはシンだ。みんな、笑顔でこちらを見つめている。
 そして、オーブの軍服を来て此方を見つめているジロー。緊張しているのか、眉間に
皺が寄っている。まだまだ子供らしさは残っているが、強い意志を感じさせる瞳だった。
 本来ならジローの時間は今もなお続いている筈だった。写真に閉じ込められる事は
無く、みんなで笑ったり泣いたりして大人になって行く筈だった。
――ごめん、ジロー。
 シンはぎゅっと拳を握り締めた。ごめん、本当にごめんなさい。
 枯れていたと思った筈の涙だったが、どんどんと溢れてシンの視界は歪んで行った。
 突然、シンは体に重みを感じた。涙を拭い視線を走らせると、小さな赤ちゃんが
シンの布団の上でハイハイをしていた。無邪気に笑いながらシンの顔を覗き込んでいる。
「こら、イツカ!シン坊はまだ寝ているんだから邪魔はしない!」
 シローの声が遠くから聞こえる。と、シローと視線が合った。
「あちゃー、起こしちゃったかな。シン坊、これがイツカ。イツカ、シン坊にご挨拶は?」
 イツカが笑顔でシンに向かって手を振ってくる。シンは今自分が作れる精一杯の笑顔を浮かべた。
「はい、良く出来ました。じゃ、母ちゃんのとこに行こうなー」
 シローはイツカを抱いて部屋から出て行った。新しい命がアマダ家の悲しみを癒やしたのだろう。
 やや時間が空いてからシローが戻って来た。
「おはよう、シン坊。体は大丈夫か?」
シローはシンの背中に手を入れ上半身を起こさせた。シンはもごもごと挨拶した。
「びっくりしただろ?イツカはハイハイが好きで家の中をあっちゃこっちゃ這い回るんだよ」
 シローは我が子が自慢のように大きな口を開けて笑った。シンはその笑顔を見るのが辛かった。
 曖昧に笑うしか出来ないシンにシローは言葉を続けた。
「溺れたんじゃない。死のうとしたよな、シン坊は」

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