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08_落穂拾い_第05話

Last-modified: 2013-12-23 (月) 16:38:24

第五話 義務と演技

 避難所には個々に風呂が設置されていない。その代わり公衆浴場が用意されている。
 シローの帰宅を待って公衆浴場を訪れるのがアマダ家の夜の日課だった。
 ジローは公衆浴場が気に入っていた。多くの人々が利用する為長風呂は出来ないが、家の風呂とは違って広々としていて思い切り足が伸ばせるからだ。利用客が少ない時にはサンタと一緒にお湯に潜って遊んだりもする。
 入口でアイナとカズミとヨツバと別れ、ジロー達は男湯へと足を進めた。
服を脱ぎ終えたジローはサンタと一緒にシローを支えながら浴場へと向かった。シローは入浴する為に義足を外さねばならなかったからだ。
 周りからは奇異な視線で見られたが、ジローは気にならなかった。変にウジウジするのは性に合わないし、後ろめたい事など何も無かった。
 シローの背中を流すのはジローの役目だ。シローの背中は広くてごつごつとしている。己の躯一つで家族を養うシローはジローに取って誇りだ。
 ゴシゴシと力を込めてシローの背中を洗いあげたジローは次に自分の体を洗った。
 髪は短く刈りあげているのでシャンプーだけで充分だ。ボディーソープを泡立て体を丹念に洗い、最後に顔を洗った。
 不意に隣のサンタに目をやると、サンタは何だか元気が無いように見えた。ジローはふざけて泡立てた洗顔フォームを口の周りに塗りたくった。
「サンタ、こっち見てみ?サンタクロースだぞ」
 サンタはジローの方を見ると力無く笑った。ジローは自分のギャグが滑ったかなと思いつつシャワーを浴びた。
「ジロー、騒ぐんじゃない。周りの人に迷惑になるだろう」
 ジローはシローに視線を走らせた。シローは鏡とにらめっこしながら髭を剃っている。ジローはその仕草がかっこいいなと思った。
「なあ、姉ちゃん。サンタがちょっと変なんだ。元気が無いと云うか何と云うか」
 銭湯からの帰り道、ジローは誰にも気付かれぬようにカズミに耳打ちをした。
「サンタがねえ。確かに学校から帰って来てから様子が可笑しいみたいだけれど、どうしたのかしら」
 カズミは深々と溜め息を吐いた。
「――あの子は真面目だからアレが堪えたんじゃない?アレが小学生にあればだけれど。……むしろ小学生だからアレをやらされたんじゃ無いかな」
 アレと云う言葉を聞き、ジローは何となく納得した。
「アレかあ。連合も子供に酷い事をやらせるよなあ。俺は割り切ってたけれど、サンタには酷だよなあ」
「私も割り切ってやったわよ。でも、何だか憂鬱な気分になったわ。嫌な世の中になったわよねえ」
 ジローは学校での出来事を思い出していた。
 配布された教科書。それを墨で黒く塗り潰していく。オーブの教科書は連合の教育方針にそぐわないと云う理由で。
 帰りのHRで青い秋桜の描かれたピンバッジを渡された。連合に忠誠を誓う証なのだそうだ。
 ――サンタもアレをやらされたのだろうか?サンタは真面目だから酷いショックを受けたんじゃ無いだろうか。
「パパやママには言わないでおきましょう。余計な心配は掛けたく無いわ」
 カズミが小声でポツリと呟いた。ジローには心なしかカズミも元気が無いように見えた。
「了解。サンタは後で俺がフォローしとくよ。――それにしても子供は辛いよなあ」
「大人だって辛いわよ、きっと。辛い出来事なんてチャンネルでも変えるみたいに幸せに変われば良いのにね」
 ジローは空を見上げた。流れ星を見付けたけれど、願い事が有りすぎて分からなかった。
 去年よりは背が延びたけれど空は遠いままで、大人になんて当分なれそうにもないとジローは思った。

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