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2nd PHASE The world in televisions, and the another world.

Last-modified: 2014-01-28 (火) 19:43:08
 

「ようこそ、“ベルベットルーム”へ」

 

 何一つ見えない、何一つ聞こえない。
 そんな静寂と闇の微睡の中に聞こえてきたその声に、意識を呼び起こされシンは目を開けた。
 視界中に蒼が広がった。
 奥行きの広い壁も、酒瓶やグラスが仕舞われた左右のガラスケースも、中央のテーブルとそれを囲うソファーも、
そこに座る妙齢の女性も、その全てを照らす光を放つ独特の模様が描かれた天面も、皆蒼かった。
 全てが深い蒼一色に染められたその部屋の一角に、シンは座っていた。

 

「ほう、世界を隔てる境界を抜けた迷い人とは……。これはまた珍しいお方が入らしたものだ」

 

 車の中なのだろうか。寝起きのせいかぼんやりする頭でシンはそう思った。
 エンジン音らしきくぐもった機械の駆動音が響き、微かな振動が体を揺らす。
そんな蒼だけの部屋の中に、幾つかの違う色が混ざっていた。
 一つはシン自身。
 もう一つは左右に並ぶ窓の奥から手前へ流れて行く白い霧の情景。
 そしてもう一つは、部屋の奥。テーブルを境としたシンの対象位置に座る
燕尾服らしき黒い服を着た老人。

 

「私の名はイゴール。お初にお目に掛かります」

 

 そう名乗り会釈する老人――イゴール。
 彼の特徴として目についたのは、蒼一色のその場で良く目立つ服の色と、
その独特の容姿。
 異様なまでに長く聳えるその鼻とギョロつく血走った目が激しく自己主張する
その人間離れした顔は、さながら何かの童話に出て来る妖精や妖怪の類を彷彿とさせるものだ。

 

「ここは夢と現実、精神と物質の狭間にある場所。本来は何かの形で“契約”を果たされた方のみが
訪れる場所」

 

 契約?
 そうシンが聞き返すと、何かを見極めんとするようにイゴールの血走った双眸が絞られる。

 

「さよう。……どうやら、貴方はすでに“契約”をなされているようだ。しかし、
その“契約”も、今は完全なものではないようですな」

 

「完全じゃ、ない?」

 

 老人が語る“契約”というのが何なのかは分からないが、それをした人間が
来ることが出来るのがこの“ベルベットルーム”とやらだということは分かった。
 だが、完全じゃない“契約”など、していないのと同じではないだろうか。
 というか、そんな“契約”とやらをいつ自分はしたというのだろうか。
 首を傾げるシンの疑問に答えるように、イゴールが言葉を続ける。

 

「恐らくは、貴方が自身の“影”を受け入れぬまま、“力”に目覚めたことがその理由かと。
とはいえ、ここに貴方がいる事を顧みれば、いずれは完全な“契約”を果たす時が来るやも知れませぬな。どれ――」

 

 そこで一端言葉を区切り、口元で組んでいた手の片方を促すようにイゴールが差し出した。

 

「まずはお名前を伺っておくと致しましょうか」

 
 
 

PERSONA DESTINY
2nd PHASE The world in televisions, and the another world.

 

「――うっ……」

 

 光が瞼の奥を照らした。
 その光の鋭さに耐えかね、ピクリとシンは眉を動かして呻く。

 

「――気付いたか」

 

「お、マジで?」

 

 すぐ傍から、そんな声が聞こえた。
 誰かいるのだろうか。
 ズシリと重い頭を鈍い痛みが走り、眉間に皺を寄せながら、シンは目を開けた。
 寝起きと視界の上側に映った光の眩しさのせいで最初は像が歪んで良く見えなかったが、
段々と目が慣れて来て、彼の眼前に広がる光景が鮮明になって来た。
 燦々と輝く太陽と、所々から色鮮やかなパラソルが開いて立っている周囲の景色。
視界全体に薄らと掛かる霧。
 そして、その下側で並ぶ、見慣れない人の顔が三つ。

 

「良かった〜、ちゃんと起きたよぉ」

 

「ホントだよ、ホント。見つけた時ゃ、マジで死んでるかと思ったもんな」

 

 左右の、茶髪の少年と短髪の少女が安堵の息を吐く。
 その中心で、

 

「それにしてもハイカラな格好だ」

 

と、シンの身体の方に興味深そうな視線を向けて、灰色髪の少年が一人頷いていた。

 

「……誰だ、お前ら? 民間人か?」

 

 一見すれば、アジア系の国に居そうな何の変哲もない黄色人種系の人間だ。
 だが先程のあの化け物の仲間という可能性もある。
 そういう考えから、眼前に並ぶ見覚えの無い顔に、シンは怪しむような視線を投げ掛けた。

 

「うわ、命の恩人に対する第一声がソレかよ。つか何よ、ミンカンジンって」

 

 その言葉に最初に反応したのは、左側からシンを覗きこんでいた少年だった。
 茶髪を左右に流し、首からオレンジ色のヘッドホンをぶら下げた端正な顔が、
面白く無さそうに唇を尖らせる。

 

「命の恩人?」

 

「そーよ。大変だったんだからね、怪我だらけのキミを“向こうの世界”からここまで運ぶの」

 

 ヘッドホンの少年の言葉に口を吐いて出たシンの疑問に、今度は右側にいる少女が答えた。
 胸に缶バッチを付けた緑色のジャージが特徴的で、うなじの辺りで切り揃えられた薄い茶髪の下の
幼さの残る顔が、これまた面白く無さそうに頬を膨らませていた。
 そしてその二人の真ん中で――。

 

「ハイカラだ」

 

「はぁ?」

 

 灰色の前髪を目の上で切り揃えた、落ち着いた雰囲気の少年が意味の分からない事を呟いていた。
 チェック柄の襟を立てた黒い服――ヘッドホンの少年も同じデザインの物を身に着けている。彼らの年恰好から見て
恐らく学生服の類だろう――を前開きにした彼の視線は、未だシンの身体、否、彼の身体を包む
ザフトレッド用パイロットスーツの方を向いていた。

 

「ホントに好きだよな、ハイカラ」

 

「エクスターミネートの方が良かったかな?」

 

「知らねーよ……」

 

 呆れたようにそう言うヘッドホンの少年に、真顔で問い返す灰色髪の少年。その対応に、
ヘッドホンは呆れ顔を更に険しいものにして、ガシガシと頭を掻く。
 その漫才のようなやり取りを眺めつつ上体を起こそうとして――ふと、シンは気付いた。
 自分の目が、“両方とも開いて、見えている”。

 

 それだけじゃない。今彼は、“問題無く動く腕”で、“傷の無い”パイロットスーツを着た
“傷の無い”身体を起こそうとした。
 あの“デスティニー”の姿をした化け物に襲われて、喋ろうとするだけで痛むような酷い傷を負わされ、
片目も潰された筈だ。なのに、そんな傷最初から無かったかのよう、身体はちっとも痛まず、
両の眼でちゃんと見る事が出来る。
 もちろん、完全に健常な状態に戻っているわけではない。大分治まっているとはいえ頭は
依然ボンヤリとしたままだし、寝起きのせいか、“心理的に”疲れたかのように身体がダルくて気分が悪い。
 それに、傷という傷が完全に治っているのは、一体どういうことだ? というか、
自分が気絶にしている間に何があったんだ?
 そもそも、あのオーブの港のような場所や、ここはどこなんだ? 
 アスランとの本当の勝敗や、戦況の経過は結局どうなっているんだ? 
それに“デスティニー”は、自分の乗機はどこにいった?
 唐突に目覚めたあの“ペルソナ”というのは? 自分の中の無意識の海とやらより生まれたという以外
何も分からないあの力。意識を集中すれば、脳裏にその絵が描かれたカードとして自分の中で息づいている様が
鮮明に浮かぶこれは、一体何なんだ?
 シンの頭に次々浮かんでくる疑問。
 それらの答えの内のどれか一つでも知る事は出来ないかと思考した彼の意識は、
目の前の少年達に向かった。
 彼らは自分の命の恩人だと言っていた。とすれば、あの場所で瀕死の状態にあったシンを目撃している筈。
何か知っているのではないか。
 そう考え、シンは上半身を起こして、

 

「おい」

 

最も手近な位置にいたヘッドホンの少年にシンは声を掛けた。
 あ、とヘッドホンの少年がシンの方に振り向き、それに続いて緑ジャージの少女と灰色髪の少年も
同様にシンの方に目を向けた。

 

「お前らに幾つか訊きたい事がある。いいか?」

 

「訊きたい事? あー、いーぜ。どーせ俺らも色々訊きたい事あるし」

 

 俺にも訊きたい事? 民間人――であるとハッキリ判明した訳ではないが、とりあえず敵意も無さそうなので
そう判断する――が俺に何の用が?
 少年の言葉を訝しむシン。
 その傍らで、後ろの少年少女と目を合わせて頷いてから、

 

「つっても、まずは自己紹介ってのが万国共通だよな。つーわけで――」

 

 立てた親指で自分の顔を指し示しながらヘッドホンの少年が名乗った。

 

「俺は花村 陽介(ハナムラ ヨウスケ)。で、こっちの女の皮を被った肉食獣が里中」

 

「おっす! 里中 千枝(サトナカ チエ)でーす! って、誰が女の皮を被った肉食獣だコラ!」

 

 ヘッドホンの少年――陽介にノリツッコミ、というには聊か痛そうな風切音を鳴らすミドルキックを
緑ジャージの少女――千枝が叩き込んだ。
 痛ェーッ、と悲鳴を上げ、吸い込まれるように蹴りが叩き込まれたケツの辺りを押さえて陽介が悶絶する。

 

「ったく。――あ。で、こっちの男の子がアタシらのリーダーやってる――」

 

「鳴上 悠(ナルカミ ユウ)だ」

 

 宜しく、と灰色髪の少年――悠が前に進み、右手を差し出してシンに握手を求めた。
その手を握り返そうと右手をすぐ近くまで動かして、シンはその手を止めた。
 ほんの少し前にも、こうやって差し出された誰かの手を握り返したような気がした。
 しかし、ここ最近握手した覚えがなく、それでも気になって誰だったろうかと思いだそうとするも、
やはり思い浮かばない。
 まるで、周囲を漂う霧が自分の記憶をも覆い隠しているような掴み所の無さを感じ、
寄せた眉間を悠の手の近くまで持ってきていた右手でシンは押える。

 

「――そっとしておこう」

 

 そう呟いて、差し出していた手を引っ込める悠に代わり、未だケツを押えたままの陽介が
シンの前に出た。
 その間も、シンは目当ての記憶を探して思考している。

 

「痛〜ぅ、ケツが割れたかと思った。んで、お前は?」

 

 そのせいで陽介のその問いにすぐに気付けず、え、と声を洩らして一瞬シンは戸惑った。

 

「――ああ、名前だっけ。えっと、シン・アスカ」

 

「シン・アスカ、ね。――アスカの方がファミリーネームで良いんだよな?」

 

 ふーん、と今し方耳にしたシンの名前を咀嚼するように何度か頷いてから、そう尋ねて来る陽介に、
頷きでシンは返す。
 すると、彼らの横から、えーっ、と声を上げて千枝が割り込んでくる。

 

「ファミリーネームって苗字の事だよね? てことは、キミってもしかして、ガイジン!?」

 

「あ、ああ。多分」

 

 そうなんのかな?
 つい勢いに押されて答えた後で、まだそれしか分かっていない彼らの名前を
思い出しながらシンは自問する。
 確か、ハナムラ ヨウスケに、サトナカ チエに、ナルカミ ユウだったか。
 何というか、いずれも独特な響きを持った名前だ。
 恐らくそう感じるのは、彼らのファミリーネーム――音的にそう思われた――がシンと違って
最初に来ているからだろう。そういえば、確かC.E.以前の旧世紀まで、こんな並び方の名前を使っていた国が
幾つかあったと、オーブのジュニアスクールで学んだ覚えがある。そのほとんどが東アジア共和国の属領に
なっている現在でも、一部の地域では変わらずその並び方で名乗る人々もいるとも聞いた覚えもあるが――。

 

「すっげー、ガイジンだよ、ガイジン!」

 

「んな事でいちいち騒ぐなっつの! 外国人なんて、都会行きゃ今時いくらでも見れるじゃねーか」

 

「都会ならって話じゃん。ここみたいな田舎じゃ、ガイジンどころか他の街の人だって滅多に見ないし」

 

 何やら珍しいものを見たように目を輝かせて燥ぎ上がる千枝を陽介が宥める傍らで、彼女の意見に悠が小さく頷く。
 そんな彼らの様子を不思議に思いながら眺めるシン。元より移民や旅行客の多かったオーブの生まれという事もあり、彼
にとってはむしろ外国人という言葉さえピンと来ない。
 とはいえ、今重要なのはそんな事で無い。
 とりあえず質問の内容を纏め、変わらず手近な位置にいる陽介の肩を叩く。

 

「あのさ。まだ何も訊いて無いんだけど、いいか?」

 

「ん、ああ、悪い。で、何?」

 

「俺の怪我が治ってるんだけど、誰が治した?」

 

 最初に訊く事を選んだのは怪我の事だ。
 本当はアスランとの勝敗やメサイア攻防戦の戦況、いつの間にかどこかに消えた
乗機“デスティニー”の在り処を真っ先に訊きたいところだが、彼らには恐らく分かるまい。
 そして同様に、“デスティニー”の化け物や“ペルソナ”等の超常現象も彼らには分からない可能性が高い。
何せ、そちらに精神を集中させた際に見える、カードの中で仮面に覆われた横顔を向けて佇む“カグツイザナギ”
という証拠が無ければ、シン自身とて夢か幻としか思っていなかっただろう代物だ。
 そうなれば選択肢は、跡も無くキレイさっぱり治癒し切っている怪我の事か、オーブの港に似た場所の事か、
そもそも現在彼がいるのはどこなのか、のいずれかになる。
 そういうわけで、文字通りの意味で目に見える怪我の問題から、まずは拭い取ることにしたのだ。
 だが、そう質問するや、陽介がバツの悪そうな表情を浮かべる。

 

「あ゛〜……それ訊いちゃう?」

 

「何だよ? そんなに言いづらい事なのか?」

 

「ちょっとなぁ……あ、俺と鳴上だよ。お前の傷治したのは」

 

「どうやって?」

 

 そう問うと、視線を明後日の方向に向けて陽介が逃れようとする。
 それを許すまいとシンが目を尖らせると、暫くしてから観念にしたように、

 

「…………“ペルソナ”で」

 

と陽介が呟く。
 そのやや口ごもりながらの陽介のその発言に、飛び上がるようにシンは立ち上がった。
 唐突に立ち上がった彼に驚いて陽介と千枝が仰け反るが、構わず詰め寄る。

 

「“ペルソナ”!? お前らも出せるのか、アレを!?」

 

 あまりに常識を逸脱してると自ら保留していた言葉を早速聞く事になろうとは、
これっぽちも予想していなかった。
 その驚愕を隠す事無く、シンは唾を飛ばした。

 

「ちょ、ちょっと待てって! そりゃ、一応俺ら全員出せっけど……」

 

 宥めるようにシンに掌を向け、聊か困惑した様子を見せる陽介。

 

「その、“こっちの世界”じゃ“ペルソナ”とか“シャドウ”の話はし難いっつーか、何つーか……」

 

 その発言の中に出てきた聞き慣れない言葉が、シンの耳に引っ掛かった。
 “シャドウ”? ――“影”? 何の事だ?
 何かの隠語だろうか、と思考を回して、不意にあの化け物がシンの姿をしていた時に
言った言葉を思い出した。

 

――言ったろ? 俺はお前――お前の“影”。

 

「――もしかして、あの“デスティニー”の化け物の事も、お前ら知ってるのか?」

 

 有り得る。
 “ペルソナ”を知っているということは、同様に常識を逸脱した存在であるあの“デスティニー”の化け物に
ついても知っているかもしれない。
 それに、あの化け物は確かカグツイザナギを見て「有り得ない」等とのたまっていた。それはつまり、“ペルソナ”に
ついてあの化け物も何かを知っていたという事ではないのか。
 ならば、“ペルソナ”とあの化け物には何らかの繋がりがある可能性が出て来る。
 “ペルソナ”の事を知る彼らがあの化け物についても何かを知っている可能性は、十二分に有り得た。

 

「へ? デスティニー? あ、それってもしかして、あのロボットみたいなお前の“影”の事? 
あー、あれはなかなかカッコよか――」

 

「知ってるんだな!?」

 

 思い出すように語り続ける陽介に構わず、その両肩をシンは掴んだ。

 

「あの化け物は何なんだ!? イキナリ俺の姿で出てきたと思ったら、急に“デスティニー”の姿になって
襲って来た、アイツは!?」

 

「だから待て、待てって! 落ち着けって!」

 

 慌てた様子で再び宥めようとする陽介を無視して、更にシンは畳みかける。
 同時に、陽介の肩を握る手に力が入る。

 

「さっき“シャドウ”とか言ってたな! アイツは自分の事を俺の“影”だとか言ってたけど、
何か関係あるのか!? それに何なんだよ、“ペルソナ”って!?」

 

「いやだから、その辺の話は“こっちの世界”じゃし難いんだって! つか、揺らすの止め――」

 

「はぐらかすな! 知ってんなら今ここで答えろ!」

 

 力任せに揺さぶりながら、シンは陽介に問い詰める。
 そのあまりの力に茶色掛かった目を宙に泳がせ始める陽介と、事態の把握を優先するあまり
そんな陽介の状態に気づかないシンを見兼ね、

 

「ちょ、ちょっとキミ、落ち着いてよ! ヤバイから、花村が何かヤバイことになってるから!」

 

慌てて千枝が彼らの間に割って入る。
 だが悲しいかな、恐らくは“ナチュラル”だろう民間人では“コーディネイター”で軍人のシンの腕力に適うわけも無く、
一瞬だけ彼の手を掴んだその手はアッサリと振り解かれ、彼女の体を巻き込んで弾かれた。
 尻餅をついて狼狽し出す千枝と、遂には顔から血の気が引き出した陽介にやはりシンは気づかない。
 それどころか、何も喋らない陽介達に業を煮やすあまり、彼らが知るまいと思い自分の中に留めていた戦況や
自分が搭乗していたMSの方の“デスティニー”の事まで訊き出そうする始末だ。

 

「あのオーブの港みたい場所もどこなんだ!? “デスティニー”は、俺が乗ってたMSはどこだ!? 
アスランは、メサイアはどうなったんだ!? そもそも、ここは一体何処なん――」

 

「落ち着け!!」

 

 短い、しかし力の込められた強い声が聞こえた。
 落雷に打たれたような衝撃を感じ、思わずシンは身体を硬直させる。
 見れば、腕を組んで仁王立ちし、髪よりやや濃い灰色の瞳で真直ぐにシンを見つめる悠の姿があった。
 飲み込まれるような、深い色合いを秘めた眼差しだった。
 その視線に、シンは無意識に陽介の両肩を掴む手を緩め、唾を飲み込んでいた。
 その傍らで、彼による肩の拘束が外れたことで目を回して尻餅を着く陽介を、千枝が寄り添って、
しっかりしろー、と呼び掛けていた。

 

「人が集まってきた」

 

 え、とシンは声を漏らして、周囲を見渡した。
 見れば、霧越しにこちらを訝しげな、或いは不安げな目を向ける人々の姿がそこら中にあった。
 それらの視線でようやく我に返り、気づかぬ内にヒートアップして、そのせいで周囲の目を引き寄せていた事を
シンは理解した。
 急激に冷めていく頭で自分がしていた事を思い返し、慌てて謝ろうとするシンに掌を向けて押し留め、

 

「“向こう”に行こう」

 

とだけ告げて、悠が踵を返した。

 

 その後、彼が寝かされていた長椅子から、彼らに奇異な目を向ける人々の間や立ち並ぶ露天、
パラソルや丸テーブルを縫って、その先にあった階段を連れられるままシンは降りた。
 そして、その先にあった出口を抜け、暫く移動した先にあった“ある場所”で彼らはその足を止めた。
 そこがどんな場所かと問われれば、

 

「家電品売り場?」

 

と、答えるのが適切だろうか。
 白と黒の二色のパネルで構成された床の上の棚で、大小様々な形のものが列を為して並んでいるテレビを筆頭に、
パソコンや携帯電話、果ては髭剃用シェーバー等が、それらを宣伝するためのポップと共に幾つか並べられている。
加えて、どこからか軽妙なBGMが聞こえて来る。

 

「てか、もしかしてデパートなのか? ここ」

 

 その有様に、家族が生きている時に何度か行ったオーブのデパートを思い起こしながら、
シンは問うた。
 それに、両の肩を回しながら、そうだよ、とやや不機嫌そうに陽介が答える。
 そういえば、まださっきの事を謝っていない。

 

「あ、その。さっきはゴメン。つい、取り乱したってか」

 

「いーよいーよ、コイツ日頃から行い悪いし。アタシの成龍伝説のDVD割ったりとか、
アタシの緑のたぬき食ったりとか」

 

 キミがキレた時はちょっとビビったけどね、と頭を下げ詫びるシンに、片手をヒラヒラと扇いで
千枝がそう言い宥める。

 

「お前まだソレ根に持ってんのかよ……。ま、いーわ。俺がはぐらかそうとしたのがそもそもの原因だし」

 

 千枝の言葉にバツの悪そうな顔をしつつも、お互い様だな、と溜め息を吐いて陽介が苦笑で返す。
 先程の事を気に留めていない彼らの様子に安心し、改めてシンは別の質問を切り出すことにした。

 

「それでさ、ここって結局ドコなんだ?」

 

 デパートである、ということは先程の陽介の返答で確定した。
 だが、何処の何というデパートなのか――突き詰めれば、ここがコロニーなのか、
地球なのか、それともそれ以外のどこかなのかまでは分かっていない。
 最も可能性が高いものとして考えられるのは“コペルニクス”だろうか。
月付近宙域で戦闘中だった事を考えると、地球やどこかのコロニーに流れ着いたと考えるよりも、
月面に存在するあの中立都市に拾われたというのが一番しっくり来る。
 しかし、かつてのオーブもそうだったのだが、中立の立場を取るコペルニクスは極力他国の情勢に
関与しようとしない筈。そのコペルニクスが目下戦闘中だったザフトの自分を回収したというのがどうも解せない。
それに、やはりコペルニクスに回収されていたとしても、あの赤と黒の空が広がるオーブの港のような場所は何だったのか
という問題が残っている。それに、あの戦闘とてそちらに被害が及ぶのを避ける目的から、コペルニクスから離れた
宙域で展開していた筈である。
 腑に落ちない部分が多々あるが、とりあえずそうコペルニクスに目星を付けた上でシンは返答を待った。
 だから、そこに陽介、千枝、悠の順に返って来た三人の答えに、彼は虚を突かれるハメとなった。

 

「ここか? 分かりゃ良いけどなぁ。――山梨県 稲羽(いなば)市 八十稲羽(やそいなば)の」

 

「JUNES(ジュネス) 八十稲羽店のー」

 

「――家電売り場のテレビの前だ」

 

「……ヤマナシケン?」

 

 思わず訊き返した現在地の、その独特な呼び方にある国がシンの頭に連想される。
 その国は、現在では東アジア共和国の一部として、大西洋連邦側に属領と化している。
また、故郷オーブを植民地としていた歴史があり、オーブの公用語としてその国で発祥した言語が
一部で使われているのもその名残であり、現在もその国からの移住者が多いと、
これまたジュニアスクール時代に習った覚えがある。
 その国の名は――。

 

「まさかここって、日本?」

 

 東アジアの小国。C.E.以前の旧世紀にその高い技術力と独特の文化で名を馳せていた地球圏国家の一つ。
 そしてそれが意味する事とは――。

 

「てか、地球なのかよここ!?」

 

「いやいや、どーいうボケだよソレ」

 

 驚愕の声を上げるシンに、何を当たり前の事を言っているんだと言わんばかりの顔で
悠と千枝が首を縦に振り、地球以外ねーだろ、と陽介が宙で手刀を振ってツッこむ。
 つまり、シンは何らかの理由で月周辺の戦闘宙域から地球の、日本の山梨県 稲羽市とやらの付近に
降下した可能性が高いということになる。それも、アスランとの戦闘で大気圏突入能力が失われた、
未だ行方不明の乗機で。
 とても信じられる話では無い。まだ宇宙漂流の果てにどこかのコロニーに辿りついたとでも言われた方が納得できた。

 
 

「い、いやだって! 俺、宇宙にいたんだぞ? オーブと、アスランと戦っていたんだぞ? それが、
気付いたら地球に降ちてたなんて……」

 

 あまりの内容に困惑しながら独白するシン。
 すると、今度は、ん、と陽介と千枝が声を重ねた。
 何故か、二人とも怪訝そうなに片眉を上げていた。声こそ上げなかったとはいえ、
悠も二人と同様の色を帯びた視線をシンに向けている。

 

「あ、あのー、アスカさん。今、変な事言わなかった?」

 

「何か、宇宙にいたとか聞こえた気がしたんだけど、気のせい?」

 

「? いや、言ったけど」

 

 今度はシンが彼らに怪訝な視線を返した。
 すると、一様に彼らは背を向けて、ヒソヒソとシンに聞かれないように何かを話合い出す。

 

「なぁ、どう思う?」

 

「格好もそうなんだけどさぁ、ちょっと変じゃない、彼」

 

「気になるな」

 

 そんな会話が漏れて来て、更にシンは不思議に思う。
 格好というのは、今彼が身に着けているパイロットスーツの事だろう。変と言われたのは気に入らないが、
普通の民間人がMSパイロットを目にする事等滅多に無いだろうし、デパートの中でその格好は確かにそう思われても仕方ない。
 だが、宇宙にいた事の何がおかしいのだろうか。シャトルを打ち上げる事すら一苦労だった旧世紀ならともかく、
今は“プラント”を筆頭に、宇宙にいくつものコロニーや宇宙ステーションが展開する時代。
MSによる空間戦闘こそ馴染み無いとしても、宇宙旅行程度なら珍しくも何とも無い筈だが。

 

「――ともかく。今は“向こう”に行こう」

 

 詳しい話はそれからだ、と、首を傾げていたシンに悠の視線が向けられる。

 
 

 そういえば、先程も彼は“向こう”と言っていた。それに思い出せば、陽介も“こっちの世界”が
どうのと言っていた気がする。
 てっきりこの家電品売り場が目的地なのかとばかり思っていたのだが、違うのだろうか。
 “向こう”とやらについてシンは思考を回してみる。
 その最中で、“デスティニー”の化け物が現れた、あの赤い霧に覆われたオーブの港に似た場所が
思い浮かんだ。
 そういえば、あの場所が結局どこなのかまだ分かっていない。
 眼前の少年少女はここが日本だといったが、赤と黒の斑模様の空が存在し、自分やMSの姿をした化け物が
現れる地域なんて日本はおろか、地球全土を探したとしても見つかるとは思えない。
 だが、もしかしたらあの場所と悠の言った“向こう”とは、何か関係があるのでは?
 そんな、ほとんど勘のような考えが、シンの頭に過った。
 そしてその勘が正しいかどうかを問おうと視線を戻して、

 

「仕様がねーか。“向こう”なら人目もねーし」

 

三人の目線がある一点を向いていることにシンは気付いた。
 そこにあったのは、一台の液晶テレビ。
 通路に並ぶテレビ群の中でもサイズも、\表示の値段も他より飛び抜けているそのテレビの
画面の横枠に、一番近い位置にいた陽介が徐に手を付けた。

 

「んじゃ、先行くわ」

 

 そう陽介が告げたのも束の間、目の前で起こった出来事にシンは絶句する事となった。
 テレビの前で少し身を屈めたかと思うや、上枠の下に移動した茶髪の頭が液晶画面の中に“入った”。
 比喩でも何でも無い。
 文字通りの意味でその画面の中に陽介の頭が“入った”のだ。

 
 

「んなっ……!?」

 

 目の前で起きた驚愕の現象に目を見開き、そのまま身体もテレビの画面の中へと消えて行く
陽介をシンは凝視する。
 彼が履いていたスニーカーまであっという間に入り切った後には、石を投げ入れた湖面のように
波打つ、電源の点いていない暗い灰色の画面だけが残っていた。

 

――な、なんだよコレ?

 

 何がどうなっているのかさっぱり分からず、波打ちの小さくなった液晶テレビの前でシンは立ち尽くす。
 その彼の前で、今度は千枝が、

 

「“こっちの世界”に戻って早々悪いけど、後の話は“向こうの世界”でするね」

 

たった今陽介が消えたテレビの画面に、戸惑う素振りも無く、んじゃ、と飛び込んで行った。
 再び波紋を打つ濃灰の液晶。
 二度も続けて目の前で起きたこの世のものとは思えない現象に、戦場で幾度か感じた死の恐怖とは
別種の恐ろしさを感じ、その場から後ずさろうとするシン。
 その肩に手が掛かった。
 反射的に振り向いた先に、いつの間にか自分の背後に移動していた無表情な面長の少年の顔があった。

 

「行くぞ」

 

 その一言だけ告げるや、有無を言わさず悠がシンの体を押し込んだ。
 抵抗する間も悲鳴を上げる間も無く、傍らの灰色髪の少年と共に音も無くシンの体は
テレビの中へと沈んでいった。

 
 

「うわあああああぁぁぁぁぁ〜〜!!」

 

 悲鳴がシンの口を抜けるたび、上方へと掻き消えていく。
 テレビの画面をその体が完全に潜り抜けた後、頭を下に向けて彼は落下していた。

 

「そろそろ着く」

 

 そんな彼とは対照的に、同じく落下中であるにも関わらず、慣れたように落ち着き払っている悠。
 彼がそう告げたところで、黄色っぽいだけだった下方に何かの模様が描かれた床が見えた。

 

「気をつけろ」

 

「今さら何言ってんだお前はあああぁぁぁぁぁ〜〜!!」

 

 呑気ともとれる彼の冷静な言葉に絶叫で返しつつも、すぐさまシンは足を下に向けて着地体制をとった。
 その一瞬の後、片手を着けてショックを和らげながら二人は着地した。

 

「はっ、はぁ……ど、どうなってんだよ一体?」

 

 膝に手を着いて、荒い息混じりにシンは問うた。
 先に立ち上がった悠が、悠然と腰に手を当ててその問いに返答を返した。

 

「“テレビの中の世界”に来た」

 

「はぁっ?」

 

 テレビの中の世界? 何言ってんだコイツ?
 怪訝な視線を向けるシン。テレビの中の世界などと、幼い子供ですら今時するかも分からないような
妄想の類を堂々と答えられては、誰だって彼と同じ反応を返さざるを得ないだろう。
 しかし、思い返してみれば、直前に自分達はジュネスとやらで売られていた大型テレビの画面を
潜り抜けている。
 となれば、テレビを潜り抜けた先にあったこの場所は、やはり悠の言う“テレビの中の世界”という事に
なるのではないか?
 というか、それを言ったらテレビの中に入れること自体がおかしいのだが。
 自らの常識に矛盾する結論に納得のいかないシン。
 そんな彼を横に、悠が服のポケットから何かを取りだした。

 

「もし気分が悪くなったら、すぐ言ってくれ」

 

 どうやら眼鏡らしい。

 

 テンプルの蝶番(ヒンジ)側に縦に虹模様が施された黒のセルフレームに、細長いスクウェアタイプの
レンズを嵌めたそれを開き、自らの顔に掛ける悠。
 その様をシンは奇妙に思った。
 近眼なのかとも思ったが、それなら始めから着けておけばいい。何故、今になって眼鏡など掛ける必要があるのか。

 

――まさか、霧を見通すため、とかじゃないよな?

 

 周囲は光化学スモッグのような黄色い濃い煙――というより霧が充満している。息苦しさや吐き気のような身体の異常こそ
感じられないものの、あまり体に良くなさそうなその霧のせいですぐそばにいる悠の顔すらどうにか判別できるという程に
視界は劣悪な状態だった。
 そんな周囲の状況のためにそんな考えが浮かんで、すぐにシンは首を振る。
 こんな深い霧を見通せる眼鏡って何だ? サーモセンサーでも付いてんのか?
 確かに、盲目の人間のために視覚情報を脳に直接送る眼鏡型のデバイスというのがあるのは知っているし、
過去にそれを着けた人間と仕事をした事もある。だが、サーモセンサーの類を内蔵した眼鏡というのは聞いた事も無いし、
そんなものを一介の民間人が所持しているというのは――。
 ないな、と自分で思い付いた事に失笑するシンだったが、すぐにその顔が真顔に戻る。
 あの化け物が現れた場所も、色こそ違ったが最初こんなふうに濃い霧に覆われていた。
 それに、先程千枝が、“向こうの世界”から戻って早々悪いけど、とか何とか言っていた覚えがある。
その“向こうの世界”とやらはこの場所、否、この世界の事ではないのか。
 だとすれば、自分はこの世界であの化け物に襲われ、その後、悠達が言っていたよう彼らに助けられて
現実の世界へと戻された、という結論が成り立つことになる。どちらも人間の常識を超越した事柄であるという
繋がりから見ても、その可能性は高いのでは?
 そこまでの推論を立てて、いや、とシンは首を振る。
 ここに来る方法が、テレビの中に入ることだというのは分かった。
 だが、直前まで“デスティニー”に乗っていた彼にテレビに入る機会など無かったはずだし、そもそもテレビの中に
入るなどと奇怪な真似が出来るようになった覚えなどシンには無い。
 そこまで考えて、ふと、気絶していた時に見た夢をシンは思い出した。

 
 

 思えば奇妙な夢だった。
 青一色の車の中で、その中にいた二人と自己紹介し合った。それからすぐ、
「おや。現実の貴方がお目覚めになろうとしているようですな。では、貴方が完全な“契約”を為された時にでもまたお会い致しましょう」
とか何とか一方的に言われ、それから暫く経って悠達の声に起こされるまで、また意識を失っていた。
 そういえば、あのイゴールという老人が最初に自分に何かを言っていた。確か、世界を隔てるだとか、
境界を抜けた迷い人だとか……。あれは一体どういう意味だ?

 

「おーい、鳴上ー!」

 

 どこから聞こえてきた陽介の声が、シンを思考の海から引き上げた。
 見れば、声のした方に肩腕を振る、二人の人間の影らしきものが霧越しに見えた。
 それが陽介と千枝だと理解して――ん、とシンは凝視した。

 

「何だアレ?」

 

 変わらずこちらに腕を振る陽介と千枝の影の、その隣に別の何かの影が映っていた。
 二人の影の胸の辺りくらいまでの大きさがあるその影は、一見して逆さにした卵のような形を
している。よく見ると陽介達と同じように腕らしきものを振り回し、

 

「おーい、センセイー! こっちクマよー!」

 

良く聞くと何やら喋っている。
 怪しい、近づくべきじゃないと、幾多の修羅場を潜り抜けたエースパイロットとしての
シンの勘が告げていた。

 

「行こう」

 

「って、お、おい! ちょっと待てよ」

 

 影の方へ先に歩き出す悠を咄嗟に止めようとしたが、構わずその足は歩を進める。
 あの妙な影に近づきたくないが、しかし置いてかれても困る。
 ほんの少しだけ逡巡し、シンは悠の後を追った。
 暫く進むと、何故か悠と同じように眼鏡を掛けている陽介と千枝の姿が見えてきた。
 そしてそれからすぐに、

 

「どったクマのみんな? “外の世界”に戻ったと思ったら、すぐこっちに戻ってきて」

 

と、親しげに悠達に話し掛ける、その“物体”がシンの視界に映った。

 
 

「はは〜ん。さてはクマが恋しくなって、みんな揃って寂しんボーイになっちゃったクマね? もぅ、クマったら!
 何てクマは罪作りなクマなんだクマ――」

 

「ハイハイ、違うから」

 

 霧越しに見えたそのシルエット同様、大まかな輪郭は逆さに置いた卵のような形をしており、
そこから短く太い四肢と丸く小さめな耳が生えている。真ん中より少し上の辺りで巨大なジッパーで
胴と頭部が区分けされており、胴は一昔前のノーマルスーツを連想させる赤い服――というよりは
模様か? ――に覆われている。一方で、頭部は紺色のフサフサとした毛の下に漫画のマスコットキャラか
何かのような大きな目と口、鼻が配置された薄い黄色の顔らしき部分があり、調子に乗った悪ガキのような表情を浮かべている。
 その何とも言えない姿を、敢えて一言で表わすならば、

 

「……何だ? この変な着ぐるみは?」

 

というのが適切だろうか。
 そういう訳で、その異様な姿を前にシンがそう呟くや、その変な着ぐるみが白と黒だけの単純な塗り分けの目を
尖らせて彼の方を振り向く。

 

「むむぅ! 誰だクマ!? このプリッチーなクマを捕まえて、変な着ぐるみだなんて言う不届きな輩は!」

 

 思いの外頭に来たのだろうか。手首の無い両腕を振り回して、あらん限りに着ぐるみがその怒りを表現する。

 

「ぷ、ぷりちー……って、てか何なんだよお前?」

 

「クマはクマだクマ! 助けてやったのに失礼な奴クマねチミ!」

 

「? 何、熊?」

 

 そう言われてみれば、まるい耳と尻の辺りから生える丸い尻尾らしき部分を持つその姿は、
確かに熊をモチーフにしているように見え無い事も無い。
 そう考察するシンの態度が気に食わないのか、荒く鼻息を立ててブツブツと愚痴りながら
口らしき部分を3の字に尖らせる着ぐるみ――クマ。

 

「またくモー、最近の若いモンはー。――ところでキミは誰クマ?」

 

「……シン・アスカ」

 

 かと思えば、あ、と今し方思い出したかのような声を上げるクマに、鈍痛がして来た額を
押さえながらシンは名乗った。
 ハイテンション、というよりはマイペースといった方が正しいようだ。

 
 

「あー、クマ吉は放っとけ。相手するだけ疲れっから」

 

 シンとクマのやり取りに、やや呆れたように横から入って来た陽介がそう言った。
その言葉を不満に思ったらしく、何を〜、と両腕を振り回して陽介に報復しようとするクマだったが、
彼に頭頂を押さえられてアッサリと止められる。
 その様に、毎度の事だと言わんばかりに溜め息を吐いた後、シンの方に向き直った陽介がニヤリと笑った。

 

「――さてと。こっちに来たからにゃ“ペルソナ”の事も“シャドウ”の事も何でも教えてやれる。だけど、
俺らもお前に訊きたい事があるし、さっきは俺が先にお前の質問に答えてやった。だから――」

 

「今度はこっちから質問させてもらうぞ」

 

 陽介の言葉の途中で、シンの前に出た悠がそう告げた。

 
 

――ハイカラな格好だ。

 

 瀕死の重傷で倒れていたその青年を見た時、彼はそう思った。
 その細身をピッチリと覆う、見た事も無い赤い服のその独特のデザインは、少し前に伯父に貰った海パンと同様、
彼の中での最上級の褒め言葉を贈るに相応しいものだった。
 そしてそれを身に纏う青年の口から出てきた発言の数々は、意味不明ながらも、興味と想像を湧かせるものだった。

 

「……つまり、何か。お前はそのザフトっつー軍隊のエリートで、モビルスーツっつーロボットで裏切った上司とドンパチやってて、
気付いたら“こっちの世界”にいた、と?」

 

「……あそこがこの“テレビの中の世界”とやらかどうかは知らないけどな」

 

 頷きつつそう返す青年――シン・アスカの言葉を、しかし半信半疑という感じで片眉を顰めて陽介が唸る。
 彼の後ろで額に指を当てて考え込む千枝も同じ様に信じられないらしい。
 クマに至ってはそもそも何を話しているのかすら分からないようで、ゴロゴロと彼らの足元で退屈そうに転がっていた。

 

「いや、つってもよー。プラントやオーブなんて国聞いた事ねーし、デスティニープランなんてのも全然知らねーし。えーと、
あと“ブレイク・ザ・ワールド”だっけ? 幾ら八十稲羽が田舎だっつってもなぁ……」

 
 

 “ブレイク・ザ・ワールド”――“ユニウス・セブン”という巨大な農業用コロニー――何でも宇宙に人が住んでいるらしく、
その居住地をコロニーというらしい――がテロリストによって地球に落とされた事件で、シンや彼の所属していた軍隊の人々が
必死の思いで防ごうとしたものの、結局細かな破片となった“ユニウス・セブン”が地球中に飛来して大きな被害を生んだ事件。
後に太平洋連邦を中心とした地球連合軍と、コロニー群を基として生まれたプラントという国が保有する武力組織ザフトとの――更にいえば、
何の手も加えず生まれた普通の人間“ナチュラル”と、遺伝子組換えにより高い能力を持った状態で生を受けたシン達“コーディネイター”との、
“およそ二年ぶりの”大戦の切欠となったとのことだが、どちらも全く身に覚えが無い。
 陽介の言う通り、八十稲羽のみならず稲羽市自体が山梨県の片田舎で情報に遅れている面は確かにあるが、だからといってそんな世界規模の重大な情報まで
遅れるとは考えにくい。むしろ、その被害を被っていたとて不思議では無い。というか、遺伝子組換えなど現在の技術では野菜が関の山と記憶していたが、
まさか“コーディネイター”とは――。

 

「――頭でも打った?」

 

 あまりに常軌を逸した発言には、陽介ならずともそう疑わざるを得ないだろう。
 しかし、その当然の疑惑の感情が気に入らないらしく、青年の赤い目が細まる。

 

「どういう意味だよ? 俺が嘘言ってるっていうのか?」

 

「いや、そうは言わねぇけどよ……」

 

「俺だって信じられないんだからな。ワケ分からない内に俺や“デスティニー”の
姿をした化け物に殺されかけたと思ったら、“ペルソナ”が使えるようになってて、
気付いたら地球だなんて……」

 
 

 シン自身も言ったように、彼が嘘を吐いているというわけでもなければ、また妄想の類や
頭がおかしい訳でも無いだろう。そう切り捨てるにはあまりに内容が込み入り過ぎているし、
それを証明する証拠もいくつかある。
 一つは彼の身に纏う服。当人がパイロットスーツというその服は独特の色合いと材質感、
構造が一目で見てとれる。それだけで特殊な素材を使っていると明確に分かるその服は、
それこそ軍人でも無ければ手に入る代物では無いだろう。
 もう一つは彼を発見した場所。ロボット、もといモビルスーツの残骸とガレキがそこら中に
放置されたあの場所は、“シンにとっての現実”であり、そのまま彼が話した事の証明に繋がる。
 そして最後は、恐らくは彼の“影”の基となったモビルスーツ“デスティニー”だ。
遠目から見ても明確で具体的な姿をしていたあの“シャドウ”を、妄想から生まれた抽象的な
イメージだけで形作るのは難しい。実際に彼が目にして、操縦したからこその再現ぶりなのだろう。
 それにしても、血涙を流すモビルスーツとは。
 傍から見ても強大で禍々しかったその姿に、一体シンがどんな彼自身を抑圧していたのかと、
つい邪推してしまうのを悠は我慢する。
 切り出すならば今が頃合いだろう。
 そう思い、自らの意識の奥へと悠は精神を集中した。
 脳裏に浮かび上がる数枚のカードの、その内一枚を選んでから、眼前に右手を翳す。
 何処からともなく蒼い燐光を伴って、くるくると選んだカードがその手の中に降りて来た。
 その丸まった角が掌に触れるや、

 

「――“ペルソナ”」

 

バキンという硬質な破壊音を伴って彼に握り砕かれたカードの破片一つ一つが蒼い火を纏って
悠の背後に寄り集まり、彼の後ろに一体の異形を作り上げる。
 その姿を目にしたシンが驚愕の声を上げる。

 

「“カグツイザナギ”!?」

 

 どうやら、それが彼の“ペルソナ”の名前らしい。

 

「“イザナギ”――俺が“こっちの世界”に来て、初めて呼び出した“ペルソナ”だ」

 

 自らの背後に立つ最初の“心の鎧”を悠は見上げた。

 
 

 蛇腹状の仮面の隙間から覗く金色の双眸だけではその感情は読み取れない。右手には鉄色の矛を持ち、
額には長く伸びた先端が棚引く鉢巻きを巻いている。その身を覆う黒衣は今ではさほど見られなくなった詰襟の
学生服――所謂学ランにどこか似ており、両の肩口に巻いた襷と合わせて、さながら昭和の応援団長の
如き井出達をしている。
 日本を創りし男神の名を冠すその姿は、確かにシンが呼び出していたペルソナ――“カグツイザナギ”と、
瓜二つと言ってもいい程似ていた。

 

「――そういえば、まだ訊いて無いよね? どうして“影”を受け入れて無いのに、
キミが“ペルソナ”使えんのか」

 

「何でセンセイの“ペルソナ”とそっくりなのかも訊いていないクマ!」

 

 およそ理解が及ばなかったのだろうシンの話に悠と陽介の後ろで熟考したり転がっていたりした時とは一転、
事前に共有していた疑問を切り出した途端ピラニアのように、千枝とクマが食らい付いてくる。
やや狼狽えた様子でシンがこう返した。

 

「し、知るかそんな事。何で“ペルソナ”が出せるようになったかなんて、俺が知りたいよ! 
――ってか、俺と、えとっ、ユウの“ペルソナ”が似てるのが、そんなに変な事なのかよ?」

 

「ああ、変だ」

 

 どうやら、彼はまだ“ペルソナ”というものがどういうものか、よく分かって無いらしい。
 頷き返しつつそう悟り、彼に噛み付こうとするシンを後目に、その理由を悠は説明する。

 

「神や悪魔、英雄の姿を模って現れたもう一つの人格。無意識の海より生まれた、
様々な困難に立ち向かうための心の鎧。覚悟の仮面」

 

 それが“ペルソナ”であると、以前“あの老人”から教わった。

 
 

 すなわち、“ペルソナ”とはその召喚者――“ペルソナ使い”の内に眠る、神のような慈悲深さを、
あるいは悪魔のような残忍さを持った“もう一人の自分”を使役する力。
 故に、“ペルソナ”は基本一人一体のみで、その姿はそれを使役する“ペルソナ使い”の影響を受ける事から、
ほとんどの場合において他人のものと似た姿で現れる事は無い。
 現に、陽介や千枝の“ペルソナ”はその基となった英雄像と二人の心理的姿勢・思考が
複雑に絡み合った姿をしており、他の誰にも持ち得ない彼らだけの“心の鎧”として存在している。
 だというのに、今日会ったばかりの“何の繋がりも無い”赤の他人である悠とシンの“ペルソナ”は、
極めて似通った姿形を持ち、共に“イザナギ”の名を冠している。これを、果たして
単なる偶然と片付けていいものか?

 

「――俺の“ペルソナ”がおかしいってのは、何となくだけど、分かった」

 

 説明を終え、腕を組んで考え込んでいた悠の耳に、半信半疑らしいシンの声が聞こえた。

 

「けど! だからって、俺が“ペルソナ”を使える事がおかしいって事にはならない筈だ!」

 

 そう叫び返すシンに、陽介が頭を振って否定する。

 

「俺や里中は自分の“影”を受け入れて“ペルソナ”を使えるようになったんだ。何でか分かるか?」

 

「さっき言ったろ! 何で“ペルソナ”が使えるようになったのかなんて、俺の方が知りたいって! 
お前らがどうやったかなんて、そんなの分かる訳無いだろ! ――てか」

 

 そこで、何か思い出したように一旦言葉を区切り、

 

「さっきから言ってる“影”だか“シャドウ”だかって、結局何なんだ!?」

 

とシンが言った事で、そういえばまだ説明していない事を悠は思い出した。

 
 

 幾らなんでもおかしいんじゃないか、と先程までシンは首を傾げていた。
 二度目の大戦の勝利国であり、最高評議会現議長ギルバート・デュランダルが“デスティニープラン”を提唱したプラントは、
今最も注目されている国の筈。いくら東アジア共和国の属領の、そのまた田舎の住民とはいえ、それを知らない。それどころか、
コロニーやMS、“ナチュラル”と“コーディネイター”といった現在の世界の常識さえ、まるで知らないという素振りさえ見せている。
頭を打ったか、と陽介に聞かれたが、それはお前らだろ、と内心反射せざるを得なかった。
 とはいえ、それはつい先程までの話。今、彼は別の疑問について注意が向いている。
 “ペルソナ”は基本的に一人一体。それを使う人間――“ペルソナ使い”の内面と、基となった神や悪魔等の神話・伝説上の存在の
イメージにより、その姿が決定される。そう悠は説明した。
 確かに“ペルソナ”がそういったものであるならば、偶然出会った“ナチュラル”の少年である悠とシンの“ペルソナ”が似た姿を
しているというのは、まず有り得ない話だ。彼らが“カグツイザナギ”の姿に疑念を持つのも致し方ないというものだ。
 だが、自分が“ペルソナ”を呼び出せるようになった、つまり“ペルソナ使い”になったことに関しては別に問題は無い筈だ。
そうなった理由こそ不明だが、そもそも“ペルソナ”自体が超常現象もいいとこなのだから、偶々発現したって別段おかしいことじゃない。
そうシンは思っていた。
 ところが、彼らによれば“ペルソナ”を手に入れる具体的な方法が存在するらしい。
 その方法は“影”を受け入れるということ。
 最初に陽介を問い詰めた時点で、“影”や“シャドウ”というのが“デスティニー”の化け物の事を指しているだろう事は目星が付いている。
その方法が正しいならば、“カグツイザナギ”を有り得ないと言ったあの化け物の発言も理解できる。

 
 

 だが、その“影”や“シャドウ”というのは一体何なのか。それが判明しない内に、
受け入れれば“ペルソナ”が手に入るなど何だのと言われても理解出来ない。そもそも、
ありもしない妄言しか言わなかったあの化け物は受け入れる受け入れない以前の問題だ。
あんな根も葉もない嘘っぱちなど、まず聞いてやる価値が無いのだから。
 そう心中で失笑するシンの前に、ハーイハーイ、と黒板に書かれた問題を解く役を得ようとする
小学生のように手を挙げ、赤と青の気ぐるみが少年少女を分け入って来た。

 

「“シャドウ”っていうのはねー、外の世界の人間が切り離した、認めたくない“自分”の事クマ」

 

「――認めたくない“自分”だと?」

 

 ウザイな、この着ぐるみ、等と心中で毒づいたのも束の間、聞き捨てならない発言にシンは眉を動かす。

 

「どういう事だよ?」

 

「どういうことって、そーゆー事クマ。受け入れられなかった自分の気持ちが“この世界”で形を持って、
自分の意思で動くようになったのが“シャドウ”クマ」

 

「じゃあ、アイツは――」

 

 俺だっていうのか?
 そう言い掛けた言葉を、無理やりシンは飲み込んだ。
 あの化け物が自分だと認めるという事は、その口が述べたシンの力、シンの本質が誰も守れない“復讐”である、
ということを認めるのと同義だ。
 つまり、今まで彼が戦ってきた理由が全て建前であり、自分が守ると誓った少女達を最初から裏切っていたという
あの化け物の妄言が、真実であると肯定する事になる。
 冗談では無い。

 

「違う。アイツは――あんな化け物は、俺じゃない!」

 

 腕を振ってシンは否定の言葉を叫んだ。
 卵形の単純な形の目を文字通り点にするクマを筆頭に驚く少年少女達に、更にシンは食ってかかる。

 
 

「アイツは有りもしないデタラメしか言わなかった! 俺がアスランに負けたとか、議長が死んだとか、
俺が復讐しかできないとか、そんな事しか言わなかった! それに、“デスティニー”に化けて、俺
を殺そうとしたんだぞ!」

 

 アイツが俺だっていうなら、何で俺を殺そうとした!? 何の得があって、
俺の戦ってきた理由を否定したんだ!?
 そうだ。あんな化け物、絶対に俺じゃない!
 頭の中に蘇る「俺はお前」という化け物の言葉を、クマの言葉ごと頭を振ってシンは否定する。
 その様を怖がり、そそくさとクマが千枝の後ろに回り込む。

 

「ど、怒鳴らないでよぉ……」

 

 何か変なこと言っちゃった、と彼らの顔を見やるクマに、悠達は首を左右に振る。
 その中で、またかよ、と頭を掻きながら陽介と、悠がシンの前に割って入る。

 

「何を受け入れろって言うんだ!? あんなデタラメをか!?」

 

「だから、落ち着けって! そりゃ、“影”を受け入れられねぇって気持ちは分かっけどよ」

 

「フザけんな! 何が切り離した自分だ! 俺はあんな奴知らない! あんな化け物が、俺なワケ――」

 

「あの“シャドウ”はお前だ」

 

 吐き捨てるシンの眼前に、悠が進み出る。

 

「あれはお前の“影”だ。お前を殺そうとしたのは、お前が“影”を否定して、暴走したからだ」

 

 臆するでも、慌てるでも、また嘲笑するでもなく、それが事実だとばかりに冷淡な声で悠が告げた。
 そのどこまでも冷静で無表情な顔から覗く灰色の深い視線に、再び飲み込まれそうになるのを抑えるために、

 

「――っ! お前らに何が分かるっていうんだ!?」

 

シンは悠の首元を掴んだ。
 そのまま力任せに、悠の体を持ち上げていく。

 
 

「ぐ、ぅ……!」

 

「「鳴上(クン)!?」」

 

「セ、センセイ!?」

 

 苦しそうな呻き声を洩らす悠に陽介達が声を上げるのも構わず、白いカッターシャツ越しに
その首をシンは力任せに締め上げる。

 

「アイツは俺が何も守れないって言ったんだぞ! ステラも、ルナも守れないって! 
誰が、そんな、事っ、認、め……!」

 

 突然、強烈な眩暈がシンを襲った。
 それまで怒りに昇っていた血が、頭だけでなく身体からも急激に引いていくような感じがした。
 全身が弛緩し、堪らず悠の首を放すと共にシンは床に手を着いた。

 

「ッハ……ハァ……何だ、急に……?」

 

 荒い息が絶え間なく口から出て、脂汗がジワジワと顔から滲んでは流れ落ちる。
 その原因が、起きた時より感じていた気分の悪さだというのはすぐに分かったが、それがタイミングを
見計らったかのように一気に悪化した理由まではシンには分からない。
 それに答えたのは、同様に膝を着いてシンの前で咳き込む悠だった

 

「“ペルソナ”に目覚めてすぐの内は体調を崩す。それに“こっちの世界”の霧は身体に良く無い」

 

 もう大丈夫だと思ったんだが……、と付け加える悠の傍に、彼を心配した陽介と千枝、クマが駆け寄る。
 大丈夫だ、と悠に告げられて彼らが一様に安堵の息を吐いた後、すぐに千枝がシンを睨み付け、
荒々しく床を踏んで彼に叱責を飛ばした。

 

「いい加減にしてよアンタ! 花村だけじゃなくて、鳴上クンにまで手を上げて! アタシらただ情報交換したい
だけなのよ! それなのに、“シャドウ”や“ペルソナ”の事教えたらまたキレるし! 宇宙だとか、モビルスーツだとか、
“違う世界から来た”んじゃねーのってくらい意味分かんない事しか言わないし! もー、ワケ分かんねーっつーの!!」

 

 よっぽど腹に据え兼ねたのだろうか。そう怒鳴り切った後、まだ治まらないらしい腹の虫からか、顔を真っ赤に上気して
千枝が肩で息をしていた。

 
 

 だが、そんな彼女の逆鱗も、その後ろで少女の迫力に呆気にとられる少年二人と着ぐるみの姿も、
今のシンにはさして気になる事では無かった。

 

「……違う、世界?」

 

「へ?」

 

 無意識の内に零れた呟きに間の抜けた声を返す千枝に気付かず、クラクラとする頭でシンは
再び夢の事を――イゴールの言葉を思い返す。

 

――ほう、世界を隔てる境界を抜けた迷い人とは……。

 

 先程よりも鮮明に再生されたその言葉と、直前の千枝の発言が組み合わさり、
ある可能性をシンの頭に閃かせる。
 もしそうならば、彼らがモビルスーツやプラント等といった、“C.Eの常識や現状”を
知らない事も頷ける。大気圏突入能力を失った上に、変わらず行方不明な“デスティニー”で
地球に降りたという矛盾も解消される。何より、この“テレビの中の世界”とやらが
――“テレビの中にさえ世界が存在する”という事実が、その可能性の最大の裏付けとなる。
 もちろん、そんな馬鹿げた話が有り得るものかと否定する気持ちはある。むしろ、
シン自身としてはほとんどの気持ちがそちらの方に傾いている。だが、SFやファンタジー物の
映画なんかでしか見られないようなその超常現象極まりないシチュエーションも、同様に
超常現象極まりない“ペルソナ”や“シャドウ”等の事象に触れた今となっては、まんざら
有り得ないとは言い切れなかった。
 とすると、やはり――。

 

「違う、世界に……」

 

「え、何? 今度は何?」

 

「……違う、世界に、来ちゃったのか……? 俺?」

 

 我ながら信じられない結論を茫然としつつ呟くシン。
 その言葉が上手く飲み込めず、暫し開口した後、彼以外の者が口を揃えて、ハイ、と訊き返したのは、
それから十数秒後の事だった。

 

1st PHASE I’m yourself, I’m your shadow. 

 
 

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