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497氏_短編01

Last-modified: 2007-11-11 (日) 21:20:43

1

寝起きの頭が少し重い。原因は昨日の寝不足だとわかってはいる。
でもさすがに次の日超有名人と対面すると知ってて優雅に眠れるほど俺は大物じゃない。
なにせ今日会うのは・・・。

「シン・アスカ様、議長がお呼びです。お入りください。」
受付の女性の静かな声に案内される。
この先の角を曲がった突き当たりが応接間だ。

「キャッ!」
「う、うわっ!」
不意に角で何かにぶつかる、何だ?
目の前に広がるピンクの色、身体に流れてくる重みを俺はあわてて抱きとめた。
ん?何か手に柔らかな感触が・・・。
「あ、あの・・・すいません。」
この声は?どこかで聞いた覚えがあるような。
「ラ、ラクス様!」
角から出てきた女性の慌てた声が響く。ラクス様だって?
「あ、あの胸を・・・。」
抱きとめている女性からの声で俺はようやく自分の手がどこに触れていたのかに気づいた。
「す、すいません、俺そんなつもりじゃ・・・。」
慌てて身を離し謝罪する俺にその女性が身体を振り向ける。
「シン・アスカ様ですね?私はラクス・クラインと申します。」
「あ、あんたがラクス様!」
「はい♪」
明るく笑顔で答える彼女。ラクス様ってこんな人だったのか?随分イメージと違うな。
「さあさあ、議長がお待ちですわよ♪」
戸惑う俺は彼女に引っ張っられていった。

これが俺と妙に明るい『ラクス・クライン』の出会いだった。

2

「未来の為にも君達には今を頑張ってもらいたいのだよ。期待している。」
その言葉を最後に議長との対面は終わった。
かいつまんで話すと『ラクス様』を改めて紹介され、彼女が戦場に慰安に
行くときの護衛パイロットを俺に勤めてほしいという事らしい。

「よかったんですか?」
「ええ、もちろんですわ♪」
そして今俺とラクス様は夜のレストランにいる。
何でも親睦を深めたいという事で食事をご馳走してくれるらしい。
「これからよろしくお願いいたしますわね、シン・アスカ様。」
「は、はい。」
「そんなに固くならないでください、シン様。私、年の近い方とお話するのは久しぶりで。」
心底楽しげにいう彼女。令嬢と聞いていたけど随分フランクな印象だな。
しかし固くなるなといわれても一々様付けで呼ばれるのは妙な感じだ。
「ならその様付けはやめてもらえませんか?シン、でいいですよ。俺の事は。」
そういった瞬間彼女の表情がやたらと明るくなる。いきなりなんだ?
「よろしいのですか?」
「ええ、もちろん。」
「本当に?うれしいな〜。ならあたしの事も・・・」
口調が変わった?今あたしっていわなかったか?
そんな俺の表情を見て取ったのかあわてて彼女は表情を引き締める。
「ご、ごめんなさい。つい・・・。」
「い、いえ・・・。」
「さ、さあ乾杯をいたしましょう。これからよろしくお願いいたしますわね、シン。」
あわてて彼女はグラスを取り、俺もそれにあわせる。
コーディネイターである俺達はもう成人だ。飲酒は問題ない。
互いのグラスをあわせ、口をつける。ん?なんだこの強いにおいは?
「ちょっと・・・なんですか?この酒は・・・。」
俺が問おうとした瞬間、彼女が盛大にひっくり返った。お、おい。
「きゅう〜。」
あわてて助け起こすと彼女は顔を真っ赤にし眼を回している。
「おい、ちょっとあんた、この酒はひょっとして・・・」
「た、確かラムとかいったような・・・。」
「ラム!ラムを生のままで注文するなんて何考えてるんだよ、あんたは!」
「あたし、お酒の事よくわかんなくて・・・うう。」
その言葉を最後に彼女の意識は落ちた。まったく・・・。

結局俺の彼女の護衛としての最初の仕事は彼女をおぶって返しにいくことだった。

3

様々なイルミネーションが輝き、その中を喧騒と共に人々が行きかう夜の街。
その本道から外れた道を俺は一人歩く。頬をなでる夜風が心地いい。

とでも言えば少しは格好良く聞こえるだろうか?
実際には俺は一人ではなく背中に人をおぶっているし、本道を歩かないのは
人目につきたくないからだ。
なにせ背負っているのは『ラクス・クライン』夜の街を男におぶわれている
所なんか見られたらどんな誤解が生まれるかわかったもんじゃない。
俺、シン・アスカもこの年で浮名を流すようにはなりたくなかった。
そういうわけで俺は少々遠回りをしながら、『ラクス様』を運んでいる。

「この公園を大回りしてこういう方向に向かって進めば人目につかずに彼女を返しに
いけるはずだ・・・多分。」
夜の公園の一角を歩きながら呟き、自身の中の地図を確認する。
そんな俺の気苦労も知らずに背中の彼女はよく眠っている。
「まったく・・・。」
前払いのレストランだった事がせめてもの救いか、と思う。
「う、うん・・・。」
不意に背中の彼女の声がして途端に強くしがみつかれる。
「な、なんですか?」
起きたのか?いぶかしむ俺。
それと同時に背中に柔らかくて大きな何かが押し付けられてくる。こ、これは・・・。
彼女の柔らかく、熱い吐息が俺の首筋をなでる。
自分の背負っている『女性』の存在を俺は強く意識させられる。ま、まずい。
前にも2年前のラクス様の動画を見た事はあった。でもその時の彼女の体格は貧相・・・もとい
スレンダーという感じだった。だけど今俺の背中で強烈に存在を主張しているものはなんだ?
頬が紅潮していくのが自分でもわかる。取り留めのない想像が心をつかんで離さない。
気がつくと俺は先ほどから一歩も歩けていない事に気がついた。
まずい・・・身体が動かない。

「あれ、そこに誰かいるのー?」
近隣の住民と思しき女の声が響いた。
その声を聞いた瞬間俺の身体はバネのように反応した。
足を振り子のように動かしてひたすら走る!
こんな所で俺は浮名を流すわけにはいかないんだ!
そう思ったとき今までの金縛りが嘘のように消えて身体が起動し俺は力の限り走った。

軍の練習でさえ出した事の無い力で走りきり、なんとか彼女の事務所の前まで来た。
しかしそれでも彼女は相変わらず眠ったまま。さっきのあれはどうやら俺を抱き枕かなにかと
勘違いしていたらしい。心臓に悪い・・・。

ちなみに彼女を返し終えた後、自分が今までほぼ何も食べていなかった事を思い出し
宿舎で夜食を食べまくり、同室の金髪の同僚に嫌な顔をされたりした。

4

今は良い子はとっくに寝ているだろう時間帯。
宿舎の自室で俺は夢中で持ち込んだファーストフードの攻略に取り掛かっていた。
放り込むようにして口の中に運び、咀嚼し、ジュースで流し込むようにして
胃に収める。レストランのディナーは食べられなかったし、あの後人をおぶって
あれだけ走ったんだ。当然栄養補給が必要なわけだ。
夜食は身体に悪いとかいわれても、健全な若者に空腹のまま眠れというのも
酷な話だろう。
そういうわけで俺は夜中の暴飲暴食に精を出していた。
目の前には典型的な優等生であるレイがしかめっ面をしながらベットに腰掛けている。
「大変だったな、お前も。」
レイが声をかけてきた。なんだかんだいってレイは俺を気遣ってくれる。
「ああ、まっふぁく、えひゃいめにあっふぁよ。」
「・・・飲み込んでからしゃべれ。」
レイの呆れたような忠告に従い、一旦ジュースを飲み、食べ物を飲み込む。
「ああ、まったく酷い目にあったよ。ディナーは食べ損ねるし走り詰めにはなるし。」
「それにしては役得もあったみたいじゃないか。」
「べ、別に俺は胸がどうとかなんて・・・」
「・・・高名なラクス様とお近づきになれた事をいってるんだけどな。」
しまった!墓穴を掘ってしまったか。
「と、ともかく。俺は今日いろいろ驚いたよ。ラクス様って2年前の動画から受けた
印象とは随分違っててさ。しゃべり方とか雰囲気とか。」
胸とか・・・と言い掛けてさすがに自重する。
「そうだったのか・・・なら案外そうなのかもしれないな。」
「え?」
「お前の懸念は当たっているかもしれない、という事だ。だがそれが何の意味がある?
俺達は議長の意思に従うだけだ。そうだろう?」
軽く笑みを浮かべて静かにいうレイ。その眼に一点の迷いも無かった。
時たま議長の話題をするときレイはよくこういう眼をする。それが何故かはまだわからないが。
「当たっているかも知れない俺の懸念、か・・・。」
レイの言葉がやけに心に響いた。

翌日俺は再び『ラクス様』と会う事になった。案内されたホテルの一間で俺は
彼女とテーブル越しに向き合う。
「来てくれたんですのね、シン。」
明るい笑顔でいう彼女。
「昨日は本当に申し訳ありませんでした。私とした事が粗相を・・・。」
もっともらしい口調で言葉がつむがれる。だが俺が聞きたいのはそんな事じゃない。
「俺、聞きたい事があるんですよ。貴方に。」
「何ですの?」
真剣な俺の口調に柔らかく答える彼女。だがその声にわずかな動揺があるのを俺は見逃さない。
「昨日貴方とお話してて思ったんですよ。どうも貴方は動画で見た2年前の貴方と違うな、って。」
「え?ええ?な、何をおっしゃっているんですの?そんな事あるわけないじゃないの、

ないじゃありませんか。」
最後にか細く丁寧語で言い直す彼女。それは俺の疑念を確信に変えた。
「答えてくださいよ、正直に。俺達はこれからパートナーになるんですから。」
「ううう・・・。」
もはや呻くしかない彼女。
「単刀直入にお聞きしますよ、あんたは・・・」
「は、はい・・・。」
俺は疑念を叩きつける。心から。
「あんた本当はそのお嬢様口調じゃないんだろ?外面は演技して静かそうに装ってるだけで
内面は結構活発なお嬢様なんだろ?ラクス様。」
「はい?」
拍子抜けしたような声を上げる彼女。何かおかしな事いったかな?
俺はとりあえず、今の彼女の表情は一生忘れないだろうと思った。

5

「あんた本当はそのお嬢様口調じゃないんだろ?外面は演技して静かそうに装ってるだけで
内面は結構活発なお嬢様なんだろ?ラクス様。」
「はい?」
俺、シン・アスカの問いに彼女は間の抜けた声を上げた。なんだ?
俺は何か変なことをいったかな?
疑問を浮かべる俺とはよそに彼女の表情は呆け意識はどこかに飛んでいるようだ。
そういえば昔ルナマリアが射撃訓練で的を全部外した時似たような顔してたな。
「おい、あんた!大丈夫か?」
いつまでもこうしているわけにもいかないので俺は彼女に呼びかける。
「え、えーっとその・・・。」
しどろもどろに呟く彼女。どうやらこっちの世界に戻っては来たみたいだ。
「つ、つまりあたしはラクス・クラインなんだよね?」
上擦った声で変な事を言い出す彼女。少し錯乱しているみたいだ。
「なに言ってるんだよ、あんた。当たり前じゃないか。」
「そ、そうよね。・・・うん、そうよ!そうなのよ!実はあたしもいつもは
静かそうにしてるけど本当はこっちが素なの。ばれちゃった〜〜〜。」
最初は裏返った声だったが、急にやたらと明るい様子で喋る彼女。
ただそうしながらもその頬に汗が1滴垂れているのと、
口元で小さく何かを呟いているのはなんなんだ?
「ら・・・ま・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい」
最初の方が良く聞き取れなかったけど小さく謝罪の言葉を繰り返しているみたいだ。
「ごめんなさい?って素を隠してた事ですか?」
「え!?え、ええ!そうなのよ!ごめんなさいね!これからパートナーになるのに
黙っていて!もっと早く言うべきだったわよね!」
もはやサーカスの踊り子並みに明るい口調で喋る彼女。どことなく自棄になってるように
見えるのは気のせいだろう。
「気にしなくていいですよ。俺は気にしてませんから。」
「そ、そう!ありがとうね!」
「なんなら二人の時はその口調で構いませんよ。俺も堅苦しいのは嫌ですし。」
俺の提案に彼女は不意に息を飲む。
「・・・いいの?」
「ええ、もちろんですよ。」
「本当に?ならこれからはあたしは貴方の前では素で喋るようにするわ。
シン、これから本当の意味でよろしくね。」
喜びの色に顔を染めて眩しい笑顔を見せる彼女。こんなに喜んでもらえるとは
思わなかった。きっといろいろ押し込めていたんだろうな。
「それじゃあ俺は今日はそろそろ・・・。」
「うん。それじゃあまたね、シン。」
笑顔で別れる俺達。しかし俺がその部屋のドアを抜ける瞬間
「・・・単純な人でよかったあ〜。」
という呟きが聞こえたような気がした。まあ、いいか。

ちなみに俺が部屋に戻ってこの事をレイだけに話した時、
あいつはなんともいえない妙な表情を浮かべた。

6

「今度の休暇に街へ外出したい?」
「ええ♪」
またもホテルに呼ばれた俺、シン・アスカに彼女の突拍子もない申し出が降り注ぐ。
「すればいいじゃないですか。」
「わかってないわね〜。普通の一般人としてお出かけしてみたい、って言ってるのよ。」
立てた人差し指を振りながら能天気に答える彼女。何をいってるんだよ、この人は。
プラントの国民的アイドルがお忍びで街にって・・・。
「ああもう!それじゃあいつものスーツ着てサングラス掛けた女性とかと
行けばいいんじゃないですか?きっと俺よりうまくやってくれますよ。」
「サラさんとかの事?あの人達は駄目よ。堅苦しくて。」
俺の提案をあっさりと却下する彼女。この人は〜!
初日に酔いつぶれた彼女をおぶって暗い道を走り回った事はまだ記憶に新しい。
そんな事を繰り返していれば俺はやがて以前写真で見た前大戦の英雄みたく毛根に
危機が迫るかも知れない。
「ごめんなさいね、シン・・・。だって今私が気楽に話せる相手ってあなたしか
いなくて・・・。無理を言っちゃったわよね。ごめんなさい・・・。」
俺の危惧を他所に彼女は不意に俯き、先ほどまでとはうって変わってしおらしくなる。
「あたしには許されない事なのかな。気楽に話せる相手と街で楽しく過ごすのって・・・。」
彼女は俺に背を向けホテルのガラス窓の方を向く。表情を見せたくないと言う様に。
「うん、やっぱり無理だよね。もういいわ。今日は変な事言ってごめんなさ・・・。」
「うまくエスコートできるわけじゃないですけど、それでもいいなら付き合いますよ。」
彼女の言葉をさえぎって言う俺。まあ、アイドルにも休日くらいあったっていいだろ。
「ほ、本当にいいの?」
「ええ。」
彼女の問いに俺はなるべくぶっきら棒に聞こえるように答える。照れが出るのは嫌だった。
すると彼女はこちらに顔を向けないまま俯き肩を震わせた。ま、まさか泣いているのか?
「・・・ありがとう・・・本当にありがとうね・・・。」
背を向けたまま震える声で言う彼女。
「それじゃあ俺はこれで。」
「うん・・・。」
居た堪れない気持ちで俺がその部屋のドアをくぐり抜ける寸前
「・・・よしっ!この手は使えるわね!」
という声が聞こえた。・・・確かに聞こえた。

ちなみに俺はホテルから帰る途中でホラー映画の雑誌を購入した。
自室でその雑誌を見てどれが一番怖くて嫌がらせになるかを考えていると
渋面のレイに子供みたいな事はやめておけ、と注意された。

7

駅前広場の大きな時計の下で待ち合わせ。
そんな約束をした俺、シン・アスカは内心複雑な気持ちを抱えながら目当ての
人物を待っている。行き交う人々の雑踏が騒がしい。
自分の時計を確認すれば約束の時間はあと少し。彼女はちゃんとここまで来れるだろうか?
来れたとしてちゃんと正体がばれない様な格好をしているだろうか?
そんな懸念がよぎる。なにせ彼女はプラントの・・・。
「ごめんなさい、まった?」
不意に聞き覚えのある声が後ろから聞こえる。慌てて振り返る俺。
そこにいたのはピンクの髪をポニーテールでまとめ、明らかに伊達と思われるメガネを
かけフリルのワンピースを身にまとった女性。・・・彼女だよな?
「どう?中々うまく変装できてるでしょ?」
楽しげにいってその場で一回転する彼女。変装というより何かの仮装かと思った。
「変装というより何かの仮装みたいですよ、ラ・・・」
危うくラクス様といいかけて自重する。
「そういえばなんて呼んだらいいんですか?まさか街中でそのままというわけには・・・。」
「うーん。そうねえ・・・。」
俺に言われて彼女はしばらく上を向いて考える風を見せ、やがて明るい表情になり口を開いた。
「そうね・・・ここではミーア、そうよ!ミーアって呼んで。」
やたらとはしゃいで言う彼女。まあ、確かにいい名前だとは俺も思う。
「わかりましたよ。ミーアさん。」
「そのさん付けも丁寧口調もやめて。今日はお互いの立場を忘れて楽しみましょうよ。」
「・・・わかったよ。ミーア。」
「うん♪」
戸惑いながらも言い直した俺に彼女は明るい笑顔と声で答えた。

「じゃあミーア、まずは映画でも見ないか?」
「映画?いいわね!何を見るの?」
「調べておいたんだけどな、この『恐怖の怪人館』とか・・・」
「嫌!絶対に嫌!何考えているのよ。」
ちなみにこのようにして俺のささやかな復讐計画はあっさりと頓挫した。
レイの言うとおりにやめておけばよかったかも知れない、と俺は思った。

8

人が騒がしく行きかう日中の街。
彼女は俺の少し先を早足で歩いて行く。
俺、シン・アスカはその後をひたすらついて行く。
やっぱりホラー映画に誘ったのはまずかったか・・・。
自らの稚拙な復讐計画を後悔しては見るが、後悔は先にたたず。
とりあえず彼女の機嫌をとることが先決だ。
「なあ、ミーア。」
「何よ。」
振り返らず、足を止める事もせず冷たく答える彼女。・・・やっぱりご機嫌斜めか。
「ミーアはどんな映画が見たいんだよ?俺はそれに付き合うよ。」
俺のその言葉にミーアの足がぴたりと止まる。顔は向けられてないままだけど。
「本当?」
「ああ。」
俺の返事を受けて彼女はくるりとこちらを振り返る。顔にはご機嫌と書いてある。
「ならあたし恋愛映画がいい。」
「はあ?」
恋愛映画?正直俺は好きじゃない。まあ女ならやっぱりこういうのを見たがるものか?
「なあ、今日は面白いアクション映画も上映されてるらしいんだけ・・・。」
「恋愛映画がいいっ!」
拳を握り締めて力説する彼女。取り付く島もなさそうだ。
「・・・。」
「・・・。」
しばし無言で見詰め合う俺達。それは視線による戦い。
「・・・さっきはあたしの好きなのに付き合うって言ったじゃない。」
「そ、それはそうだけど・・・。」
「嘘つき。」
「くっ・・・。」
「う・そ・つ・き!」
そういってジト目で俺を見据えてくる彼女。
「わかった、わかったよ!」
軽はずみな事をいうもんじゃない、と俺は一つ学んだ気がした。

ちなみに恋愛映画はやっぱり俺にはたるかった。
途中で俺は何度も眠りかけたが、その度に彼女が
「ちゃんとしっかり見なさいよ。いいお話じゃない。」
と言って肩を叩いて起こした。
終盤になると彼女は涙まで流していたけど、俺はそこまで感情移入できなかった。

というより半分寝ていたというのが実情だった。
俺と彼女の感性の違いはやっぱり大きいものらしかった。

9

上映は終わり観客達が映画館から去っていく。
その中に紛れて俺、シン・アスカと彼女も映画館の入り口を出た。
「面白かったね♪シン。」
笑顔で言ってくる彼女。正直俺には睡魔との戦い以外の何者でも無かった。
まだ頭が重い……。
「あのラストシーンの台詞は良かったな〜。いつか言われてみたいな〜。
ね、シンもそう思わない?」
「そうですね。」
俺の言葉に投げやりな感じを読み取ったのか、彼女は不服げな表情を浮かべる。
正直その場面も台詞も覚えてないんだから他に答えようがないんだよ。
彼女は眉間にしわを寄せている。まずい、また機嫌を損ねちゃったか?
「……また敬語になってるじゃない。」
「え?」
「今日は敬語はやめて、って言ったでしょ?どうして忘れちゃうのよ。」
「なんだ、その事だったのかよ。」
「?なにを言ってるの?」
「……なんでもないさ。気をつけるよ、ミーア。」
俺は話を切り上げる。やぶ蛇になってもしょうがない。

歩きながら会話をしていた事もあって、俺達は気がつくと映画館から大分離れていた。
あたりは様々な店が立ち並ぶ繁華街の一角。
「あのお店。」
彼女が不意に呟いた。何だ?彼女の視線の先をたどるとしばらく先に一軒のアイス屋があった。
こじんまりとしていて感じの良さそうな店だな。
「アイス食べたいのか?ミーアは。」
「え?う、うん。」
「なら買って来るよ。何味がいいんだ?」
「ありがとうね、シン。…の味でお願い。」
「ああ、わかった。」
「あ、シン!」
行こうとする俺を彼女が引き止める。何なんだ?
「何?」
「あたし……向こうのベンチに座ってるから。」
そういってアイス屋とは逆方向に離れた所にあるベンチを彼女は指差す。
そしてそのまま小走りで行ってしまった。まるで何かから逃げたように俺には思えた。

「…の味のアイスを一つください。」
アイス屋でとりあえず彼女の分を注文する。俺はどれにしようかな?いろいろあるな。
「お、兄ちゃんお目が高いね。それはウチの自慢の一品だよ。」
人の良さそうな中年の店主が話しかけてきた。
「いえ、俺じゃなくてミーア……連れの分なんです。」
アイスを受け取りながら答える俺。
「ミーア?」
店主が俺の言った名前を復唱する。いきなりなんだ?
「なんですか?」
「いや、昔ここで働いていた子がいてね。その子もこの味が好きだったんだ。」
「そうなんですか。」
「その子の名前がミーアって言ってね。君の連れってひょっとしてこんな子じゃないかい?」
そういって店主が見せてくれた写真には一人の女性が写っていた。
黒髪の長髪で美人とはいえないだろうが優しそうな女性だ。
もちろん俺には見覚えがない。
「いえ、違いますね。」
そもそもミーアという名前自体彼女が即興で思いついた名前なのだし。
「そうかい……。歌手を目指していた子でね。明るい良い子だったんだ。
急にいなくなってしまってね。今はどうしているんだろうか……。」
店主が心配そうに言う。
「きっと元気でやってますよ。案外夢を叶えている途中とか。」
「だといいんだけどね。……おっと悪い。変な話を聞かせちゃったね。」
「いえ。あ、俺はこっちの味をください。」
「はい、まいどあり。」
店主から自分の分のアイスを受け取って俺はその店を後にした。
俺を待っている『ミーア』の元へ向かう為に。

ちなみに彼女の分のアイスはたどり着く前に途中で溶け出した。
店主と話しこんでいたのがまずかった。俺は急いでその場でそのアイスを食べて証拠を隠滅し
店に戻ってアイスを買いなおした。店主のおじさんはそんな俺を見て苦笑して代金をまけてくれた。
そこから急いで彼女の元へ向かったが、着いたら今度は「遅い」という彼女の不平が降り注いだ。
……とりあえずそのお店のアイスがとてもうまかったのがせめてもの救いか。

10

今は闇が世界を支配する時間帯。
夜の繁華街から離れた道を俺、シン・アスカと彼女は歩いている。
あたりは住宅もまばらに立つ静かな道だ。
少し遠回りでも夜風に当たってゆっくり帰りたい、そんな彼女の要望に従った結果だ。
空は満天に星が瞬いている。
今日はあれからいろいろな事があった。ランチを食べショッピングをしてまわり、
ついさっきはファミレスで夕食を済ませた。
どれもこれもが騒がしくて楽しい時間だったと思う。
ただ俺は、昼に俺が買って来たアイスを彼女が口にした時に一瞬見せた
切なげな表情をついに忘れられずにいる。
横を共に歩く彼女を見ると先ほどまでとはうって変わって静かだ。
「なあ、ミーア……。」
なんとはなしに呼びかける俺。
「ん?なに?シン。」
表情を切り替えて明るく聞いてくる彼女。俺は…なにを言おうとしていたんだ?
「いや、その……。」
「なによ、自分で呼んでおいて。」
歯切れの悪い俺にむくれる彼女。
「いいだろ、別に。」
「いいわけないじゃない。何をいっているのよ。」
そういって視線をぶつける俺達。少しの間をおいてどちらからともなく噴出した。

「今日はありがとうね、シン。」
「え?」
ひとしきり笑った後、彼女が俺に言ってきた。
「今日は本当に楽しかったよ。無理を言っちゃってごめんなさいね。」
やけにしおらしい彼女。まさかまた引っ掛けか?
俺がそう思った時、不意に彼女は小走りで先に行きはじめた。
「お、おい。待てよ。」
俺は彼女を引き止める。なぜかそのまま遠くに言ってしまいそうな気がした。
彼女は俺から少し先で立ち止まり振り返る。
「ねえ、シン。人魚姫のお話って知ってる?」
「人魚姫?ああ、一応は。」
「人魚姫はね、姿も素性も変えて大好きな王子様の側に行くの。
そして自分の心を明かせないまま過ごすの。」
知っている。有名な童話だ。
「やがて王子様も周りも人魚姫がした事を別の女性がした事だと信じるようになるの。
それは嘘なんだけど皆の中では事実になるの。だって彼女は『本物』だから。
姿も素性も変え、心も隠した人魚姫とは違って『本物』だから。」
何を言おうとしてるんだ?ただ童話のあらすじを語っている雰囲気じゃない。
「人魚姫は最後に消えるときに何を思ったのかな?
……愛する王子様を想って笑えていたのかな。」
そういって静かに微笑む彼女。その笑顔が俺にはやたらと悲しく感じられた。
何故だろう?言葉が出せない……。
「ほら、そこで主演男優が名台詞を言うところでしょ?」
不意に彼女が呆れたように妙な事を言ってくる。
「はぁ?」
「やっぱり映画を見てなかったんじゃない。あのラストシーンが良かったのに。」
映画?ひょっとして俺が睡魔と格闘していたあれの事か?
「せっかくその台詞をなぞってみたのに。肝心の男が台詞をいえなきゃ駄目じゃない。」
彼女がやれやれと首を振る。ひょっとしなくてもこれは……。
騙された、ひっかけられた、心配して損した、いくつもの言葉が俺を駆け巡る。
「あんたって人はあああ〜〜〜〜!覚えているわけないだろ、あんなたるいもの!」
「たるいって何よ!素敵なお話だったじゃない!」
「俺は半分寝てたよ、内容なんか知ったことじゃないさ!」
「ああ!やっぱり寝てたんじゃない!ひっどーーい!あんなに起こしてあげたのに!」
「……!」
「………!」

ちなみにこの不毛な言い争いは、付近の住民が騒がしさに気づいて動き始めた時まで続き
俺と彼女はあわててその場から退散する事になった。…またこんな感じかよ。
そうこうして彼女を送った後に俺は自分の部屋に戻った。
ベットに横たわり今日の事を振り返ったとき、人魚姫の話をしている彼女が
やけに思い出されて中々眠れなかった。

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