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497氏_短編02

Last-modified: 2007-12-17 (月) 11:16:37

11

「そんな台詞無い、だって? 何をいってるんだよ、ルナ。」
 宿舎の食堂のテーブルで俺、シン・アスカは相手を問い詰めた。
「何を言ってるも何も本当にそんな台詞ないんだから仕方ないじゃない。」
 呆れたように俺に言い返すのはルナマリア・ホーク。赤毛のショートヘアと
ミニスカが特徴の女パイロットで俺の同僚だ。
「あんたが見た映画って、…っていう映画でしょ? 私も見たもの。
ラストシーンは感動的だったかよく覚えてるわよ。」
「本当なのかよ?」
「なによ、疑うわけ?ならいいわよ。ラストシーンはね……」
 そういってルナがややオーバーなリアクションをしながら教えてくれた
ラストシーンの顛末は確かに人魚姫の「に」の字も出なかった。

 夜に暗い部屋の中でベットに横たわる。同室のレイはすでに眠りについている。
 俺はルナの言った事が引っかかって眠れなかった。俺が『ミーア』と見た映画には
人魚姫の話が出てこない? なら彼女はなんであんな事を言ったんだ?
『人魚姫は最後に消えるときに何を想ったのかな?』
 悲しげな笑顔浮かべて俺にそう聞いた彼女。その表情、声が俺の中で鮮明によみがえる。
 俺は彼女に何にも言えなかった。……言えなかったんだ。
 その事実が俺にはやけに悔しかった。

「あら、シン。よく来てくれたわね。」
 翌日ホテルの一部屋で会った彼女はまた屈託の無い明るい笑顔で俺を迎えた。
 今俺の前で明るく笑う彼女。それがあの時何故悲しげな表情をして
あんな話をしたのか俺にはまだわからない。今は改めて問いただす気もない。
 それを聞くのはそう、俺が彼女のあの時の問いに対する答えを見つけてからに
しようと思った。

12

「シン、今度の休日空いてる?」
 いつものようにホテルの一部屋に呼ばれた俺、シン・アスカにまたも彼女の
唐突な言葉が降り注ぐ。
 俺とテーブルを挟んで座る彼女は、スプーンで紅茶をかき混ぜながらなにやら含みのある
笑みを浮かべている。
「いきなりどうしたんですか?」
 今度は一体なんなんだ?この前引っ掛けられた事を考慮し、多少慎重に聞く俺。
 すると不意にむくれた表情になる彼女。あれ、なにか変な事をいったか?
「また敬語になってるじゃない。この前散々言ったのに。」
 口を尖らせて彼女は言う。
「あれはこの前だけじゃなかったんですか?」
「なによ、それ。ひっどーい!この前の事で随分打ち解けられたと思ったのに。」
 なにやら不平を訴える彼女。なんなんだよ、この人は。
「シン、あたし達はパートナーじゃない。もっと気軽に話せるべきだと思うのよ。」
「そんな事いわれても、俺だってそうそうプラントの歌姫様を呼び捨てになんかできませんよ。」
 呆れていう俺の言葉を聞いて彼女は不意に俯く。握っていたスプーンは手放され、
その手はテーブル下に入る。
「そうなんだ。……そうだよね。」
 声のトーンも下がり暗い口調になる彼女。お、おい。
 ん?待てよ。前もそういえばこんな事があったはずだ。慎重にならないと。
「あたしは結局そうなんだよね。皆いつも様付けで距離を置いて。
シンならあたしと気安く話をしてくれると思ったんだけどな……。」
 そう言って彼女は両手で自身の顔を抑える。な、泣いてるのかよ。
 待て!シン・アスカ。前にも同じような事があったじゃないか。
 俺は自らに自制を促す。
 やがて彼女が不意に顔を覆っていた手を離す。

 やや伏せられ目元は見えない彼女の顔。その頬を伝う滴が確かに俺には見えた。
「実は俺も堅苦しいのはあんまり好きじゃないんだ。人目が無い時なら……。」
「本当?」
「ああ、本当だよ。」
 たったこれだけの事なのに妙に気恥ずかしい。やや自分の頬が上気しているのを感じる。
 こういう時、口調がついつい投げやりみたいになってしまうのは性分だろうか。
「……ありがとうね、シン。」
「そ、それはそうと用件ってなんだったんだよ?休日がどうとか。」
 なんとか雰囲気を変えたくて俺は話題を最初に引き戻す。
「うん。実はね、私今度コンサートがあるの。だからシンには来てほしいな、って。」
 片手で目頭をぬぐい、笑っていう彼女。
「ここにチケットがあるの。来てくれるかしら?」
「ああ、その日なら問題はないよ。ちゃんと行くから。」
「本当に?」
「ああ、本当だよ。」
 俺の答えに彼女は嬉しそうに笑いをこぼす。
「フフ……。ありがとうね、シン。ちゃんと来なさいよ?待ってるんだから。」
「もちろん行くさ。じゃあ俺はこれで……」
 そして笑顔で別れる俺達。そしてその部屋のドアを俺がくぐり抜ける寸前
「……手のひらに目薬を仕込んでおくのって中々使えるわね。」
 という声が確かに聞こえた。

 俺はそれから彼女の頭に手刀を叩き込みたい衝動に駆られ、それを抑えるのに
随分と苦労した。もらったチケットの予定はすっぽかしてやろうかとも思ったが
逡巡を繰り返した挙句、結局処分は出来なかった。……まあ、勿体ないしな。
 決して彼女の『待ってるんだから』という言葉が引っかかっていたわけじゃない。
 きっと違うはずだ。

13

 コンサートの上演が間近に迫る時間帯。
 俺、シン・アスカはコンサート会場の指定席に座っている。
 今日はプラントの歌姫である彼女のコンサート。
「そろそろか。」
 俺は呟く。正直ここに座っている自分に大してわだかまりがないわけじゃない。
 何度と無く引っ掛けられている事に不満は無論ある。
 ただそれでも来てしまうのは俺と彼女がパートナーだからだ。
 そう、これもまた仕事の一環だ。
『フフ……。ありがとうね、シン。ちゃんと来なさいよ?待ってるんだから。』
 自分の心が納得しかけた時、不意にこの前の彼女の顔と言葉がよぎった。
 今日ここに来るまで、行くかどうか迷った時はなぜか決まってこれが心によぎっている。
 なんなんだよ、これは?開演前の薄暗い中でポップコーンをつまんで口に入れる。
 乾いた音を立ててコーンが口の中で潰れる。
「あんまりうまくないな、このコーン。」
 とりあえず俺は不満を口にした。この胸のもやもやもきっとコーンの味のせいだろう。
 
 会場が不意に暗くなり、アナウンスが開演を告げる。いよいよか。
 俺は思わず居住まいを正す。プラントに名高い歌姫の歌。
 いつも能天気な彼女がどんな風に歌うのか。
 彼女を知っている俺にとっては何か不安がよぎって落ち着かない。
「うまくやれよ……。」
 我知らず口に出していた言葉に自身が驚いた。

 ステージの中央に向け、舞台の奥の方から一つの影が歩んで来る。
 やがて中央でその影は立ち止まり俺達の視線を集める。
 不意にいくつものスポットライトがステージの中央に光を集中しその人物を照らし出す。
 今日この場所の主役たる彼女を。
「ミーア……。」
 俺は呟く。かって街中でのみ呼んだ彼女の偽名を。
 ハイレグレオタードに開けたスカートを着け、ドレスアップした彼女。
 指定席である分よく見えるが無論距離はある。
 だがそれでも俺は彼女を綺麗だと感じた。会場の熱気が増したのを肌で感じる。
「みなさーん!ラクス・クラインでーす!」
 ステージ中央の彼女が両手を広げて会場に呼びかける。
 その声に会場全体が歓声をあげる。
 それに対し彼女は手を振って応え、声を張り上げる。
「それじゃあ皆、いっくよーーー!」
 そして彼女はその場の全てを支配した。

「ミーア。」
 歓声がこだまする会場の中で俺は彼女を小さく呼ぶ。
 周囲のようにラクス様、とは呼びたくなかった。
 俺だけの呼び名で彼女を呼びたかった。

14

「ユニウス7で追悼慰霊?」
「ええ、そうよ。」
 例によってホテルの一部屋に呼ばれている俺、シン・アスカに彼女の口から
またも唐突な話が伝えられる。
 俺自身がこういう展開に大分慣れてしまっている為、大分精神的な衝撃は低くなっているが。
 互いにテーブルを隔てて椅子に座る俺と彼女。
 向かいの彼女は紅茶を気楽な感じで紅茶を口にする。
「ユニウス7っていうとあの血のバレンタインの……。」
「そう、それよ。そこにあたしが今度行く事になったの。慰霊団の人達と一緒に。
平和の歌姫として追悼慰霊で歌う事にもなってるのよ。」
 さすがに話が話だけに、彼女の口調はいつもの軽いそれよりもやや重みがある。
 でも確かユニウス7って……。
「2年前あんたが連合軍に襲われた場所じゃないのかよ。そこは。」
 我知らず俺の口調が険しくなる。
 俺の知っている歴史では2年前ラクス・クラインはユニウス7の追悼慰霊準備の視察に行った所で
連合の船と遭遇し争いになったという。
 彼女自身は救命ポッドで逃げのびたが連合軍の戦艦に拿捕され一時的に拘束されたと聞いている。

「なんだってそんな場所に!しかも前と同じような目的で!」
 俺の中から感情が言葉となって流れ出る。
 彼女はそんな俺の言葉に対して困ったような顔を浮かべている。
「ええっと……」
 なにやらしどろもどろになる彼女。戸惑いながら紅茶のカップをテーブルに置く。
「嫌な思い出なんだろ?それなのにまた行くのかよ。」
「それはその……あたしは……。」
 彼女は俯いてなにやら言葉を探す。その様子はどこか落ち着いていない。
「そんなに嫌なら断ることだって」
「駄目よ!」
 言いかけた俺を彼女の強い言葉がさえぎる。
「あたしは行かなきゃ行けないの。あたしは、あたしはラクス・クラインだから!」
 声を張り上げ強い口調で言う彼女。その瞳には揺らがぬ意思が輝く。
 なんなんだよ?なんでそんなにあんたは……。
「それにあたしが危なくならない為にシンがいるんじゃない。」
 喉につかえている言葉を吐き出せないでいる俺に彼女は言う。
 その口調はいつものように明るい。
「え?」
「なにを驚いているのよ。シンはあたしの護衛パイロットじゃない。
当然一緒に行くのよ。」
 間の抜けた声を上げる俺に彼女はさらに言葉を重ねる。
「つまり……」
「そうよ、これがあたし達二人の最初のお仕事っていうわけなのよ。
よろしく頼むわね、シン。正式な辞令は直に届くはずだから。」
 そういう事か。不意に俺の中に熱い何かが芽生えるのを感じる。
「ああ、せいぜい頑張るよ。」
 口をとがらせどことなくぶっきらぼうに答える俺。
 こういう時にこんな風にしか答えられない俺がもどかしくもある。
 彼女はそんな俺を見て小さく笑みをこぼした。見透かされているのかよ?
「頼りにしてるからね、シン。」
 そういって彼女は優しい笑顔を浮かべる。
 それがどこか照れくさくて思わず俺は少し顔を背け、また彼女に笑われた。
 

15

 無限に近い星の輝きが支配する宙空。
 その中を進む一つの民間船。
 それを窓から眺めつつ俺、シン・アスカはため息をついた。
 なんなんだよ、これは。そう胸中で呟く。
 今俺が乗り込んでいるのはナスカ級の艦船だ。
 今回俺はユニウスセブンの追悼慰霊団代表を務める彼女の護衛パイロット
としてこの船に乗り込んでいる。だが肝心の彼女はあの民間船に乗っている。
 考えて見れば当然の話で彼女は追悼慰霊団の代表として民間船に乗り込む必要があり
俺は護衛パイロットとして何かあればすぐに出られるように軍用艦に乗っている
必要があるだけだ。特別仕立ての追悼慰霊団用の船といえどもMS発進はさすがに出来ない。
 そんなわけで俺は護衛用のナスカ級に乗りこみ、彼女自身の警護は
例のホテル等で時たま見かけるサングラスにスーツの女性(確かサラとかいったか。)
を始めとする数人が務めている。
「どうしてるかな、あいつ……。」
 なんでか気持ちが落ち着かない。
 しっかりとした理由があるからこそ余計に胸に釈然としないものが残る。
  2年前の事を繰り返すまいとザフトは今回の彼女と追悼慰霊団の護衛に2隻のナスカ級を
よこしてくれている。
 だったら俺が彼女と行ってもいいんじゃないか?などとも考えてもしまう。
 今頃彼女はあの民間船の中で明るく笑って……はいないだろうな。
 静かで清楚な外向けの「ラクス・クライン」をやっているのだろう。
 俺と外出していた時の「ミーア」とのギャップに思わず小さく噴出した。
「ん?」
 突如としてけたたましい警報が鳴り響く。何があったんだ?
『コンディションレッド発令。コンディションレッド発令。
前方に所属不明機体を数機確認。こちらの哨戒MSが撃破されました。
パイロットは直ちに発進準備を。』
「なんだって!」
 アナウンスが伝える状況に俺は思わず叫んでいた。一体どこの機体なんだ?
「くそっ!」
 俺はとりあえずブリーフィングルームに向かう。パイロットに出撃命令が出ているが
俺はあくまでも彼女の護衛パイロットなのでまずは状況を確認し、彼女の動向に
あわせて動かねばならない。

「ですからラクス様……。」
 ブリーフィングルームに飛び込んだ俺が最初に聞いたのは中年艦長の困りきった声だった。
 モニターには彼女が写っている。むこうの船と通信をしているところのようだ。
「なんなんですか?これは。」
「ああ、ラクス様の護衛パイロット君か。君からもラクス様を説得してくれ。
こちらの船に移るようにと。」
 弱った艦長の言葉を受けて俺は戸惑う。なんだって?
『私はそちらの船には移らないと言っているのです。』
「どういうつもりなんだよ、あんたは!」
 モニターから伝えられる彼女の声に思わず俺は敬語を忘れて怒鳴る。
 周囲が眉をひそめるがそんな事を気にしている場合じゃない。
『この船にいる方々を放置して私だけそちらの船に移る事は出来ないのです。』
 よどみなくはっきりと伝えられる彼女の意思。
「なにを言っているんだよ、なんでそんな事を……」
『それは私がラクス・クラインだからです。』
 俺に見せる明るい普段とはまるで違う威厳のある口調で彼女はそう言葉をつむいだ。
 不意に俺の中でこの前の彼女が言っていた言葉がよみがえる。

「あたしは行かなきゃ行けないの。あたしは、あたしはラクス・クラインだから!」

 ああ、そうかよ。そうやって責任感で自分を縛って、皆から求められる期待に応えて。
 皆に幸せを与えようとする癖に自分の事はほったらかしなのかよ、あんたって人は!
 それで悲しむ人間がいるとか思わないのかよ。
 言葉に出せない感情が自分の中で渦を巻く。だが不思議と彼女の事が嫌いには
なれなかった。むしろそんな彼女を誇らしく思っている自分がいる。
『後方より所属不明機体3機を確認!まっすぐにこちらに向かっています!』
 不意に響いたアナウンスがまたも状況の急変を告げる。

「なんだと! いつの間に後ろに回られた? 今ここのMSはほとんど前方の敵の掃討に向かって
しまったのだぞ!」
 慌てた艦長の声が響く。
「ラクス様、もはや一刻の猶予もありません。今すぐ退避を……」
「その必要はないですよ。」
 艦長の言葉をさえぎって俺の口から意思が流れ出る。
「俺が出ます。」
『シン!』
 俺の言葉を受けてモニターに写る彼女の顔に動揺が走る。
「当然でしょう?俺は護衛パイロットなんですから。」
 そういって俺はブリーフィングルームを飛び出す。
『シン!』
 再度聞こえる彼女の声を背に受けながら。
 
 俺は廊下を走り続ける。自分の愛機が待つ場所に向かってひたすらに。
 今俺は彼女の身勝手な意地を無理にでもかなえてやりたい気分だった。
 それは彼女を狙った敵に対する怒りとあいまって激情を俺の中に生み出している。
「なぎ払ってやるさ! 俺が全部!」
 胸に宿った感情のままに叫んで俺は愛機の元へ急いだ。

16

「ここだっ!」
 俺は勢いのままに格納庫の扉を開ける。
「あった……。」
 目の前にあるのは俺の愛機。ZGMF-X56Sインパルス。
 特殊な機体で、本来はコア・スプレンダーで発進し空中で各パーツと合体して
戦闘形態になる分離構造のMSだ。
 ただし専用運用艦である「あれ」はまだ進水式を迎えていない。
 その為今回はあらかじめ合体した状態で格納されている。
 昇降機を使ってコクピットへ乗り込む。ヘルメットをつけシステムを起動させる。
 実を言うとこいつで戦うのはこれが初めてだ。
 だけど恐れはない。誰よりもこいつをうまく使ってみせる自信が俺にはある。
 不意に映像が俺の中をよぎる。地面から天に向けて伸びるか細い手。
 全てを失ったあの時から求め続けて来たもの。大切なものを守る為の俺の力。
 それは今MSという形で俺の前にある。
「守りたい人がいるんだ。」
 想いが口をついて出る。操作をする手に我知らず力がこもった。
 
 議長に会いに行く途中の廊下で初めて会った時の彼女。
 ディナーにラムを生で飲んでひっくり返っていた彼女。
 帰り道に俺におぶわれていた彼女。
 ホテルで俺に疑念を突きつけられて妙な顔をしていた彼女。
 二人の時は素の口調でいいと言った時無邪気に喜んでくれた彼女。
 俯いて悲しげな口調で俺を見事にひっかけた彼女。
 ミーアの名前で呼んだときまぶしい笑顔を見せた彼女。
 恋愛映画に行くのを渋った俺をジト目で見据えた彼女。
 街中で俺が買って来たアイスを口にした時、切なげな顔を浮かべた彼女。
 夜の帰り道で人魚姫についての問いを俺に投げかけた彼女。
 目薬を使って俺を引っ掛けてコンサートに行く約束をさせた彼女。
 コンサート会場で輝いていた彼女。
 そしてさっき避難要請を突っぱねた彼女。

 いくつもの彼女が俺の中をよぎる。
 強引で、明るくて、能天気で、小ずるくて、ひたむきな彼女。
 周りの事ばかり考えて自分の事が見えない彼女。
 そんな彼女が俺にはもどかしくもあって……嬉しくもある。
 胸に宿る熱い気持ちを改めて感じる。
 彼女の輝きは誰にも消させはしない。
 どんな敵だろうと俺がなぎ払ってやるさ! 
「だから力を貸してくれ、インパルス。」
 俺は愛機に呼びかける。もう大切な人を失いたくないんだ。

「シン・アスカ、インパルス、行きます!」
 叫んで俺は機体を星屑の世界へと発進させた。

17

 無限に近い星が瞬く星屑の世界。
 その中を俺、シン・アスカとインパルスは駆け抜けていく。
「……あれか。」
 レーダーに表示される所属不明の3機。前方からまっすぐこちらに向けて機動している。
 一旦機体を止め、敵機と状況の確認に努める。
「これは……ジン!」
 カメラによって映し出されたその姿に俺は思わず声を上げる。
 トサカのように頭部から伸びる多機能センサーアレイに単眼カメラ、
 そして後背に付いた翼のような形の背部スラスターカバー。
 そこにあるのは確かに前大戦においてザフトの主力であったMSだ。
 ただ通常と違い、全体を黒く塗装し胸と肩に特徴的な紫の装甲を取り付けたジン。
 ZGMF-1017M2ジン・ハイマニューパ2型。
「なんだってザフトの機体が彼女を?」
 動揺と疑問が思わず俺の口を突いて出る。
「一体何が起きているんだよ!」
 苛立ちながらも俺は公共の回線で前方の3機に向かって呼びかける。
「こちらザフト軍所属、シン・アスカ。そこの3機、交戦の意思が無いならそこで止まれ!」
 こちらからの警告にも関わらず、前方の3機は止まる気配を見せず機動を続ける。
「くそっ! やっぱりこいつらはっ!」
 叫んで俺は機体を再び機動させる。
 こちらが放ったビームライフルの射撃に3機が散開する。
 それが戦闘開始の合図となった。
 
 散開した3機のジンHM2型が持つビームカービンから、大量のビームが乱れ飛ぶ。
 狙いが荒い。機体を滑らせてかわしながらそう感じる。
 敵は3機といっても、インパルスの機動性は
 前大戦の機体であるジンHM2型をはるかに凌ぐ。
 機体を左右に滑らせながら、タイミングを捉えて出力を上げ上昇させる。
 散開した敵機のうち一機を斜め下方に捉えて照準、ロックする。
 まだ敵機はこちらの動きに反応出来ていない。取った!
 そう確信しながらビームライフルを放とうとしたその時、不意に背筋を冷たいものが走る。
 こちらがロックオンされた事を示す警告音が鳴り響き、俺は反射的に機体を後方にそらす。
「なっ!」
 俺が機体を後方にそらした瞬間、先ほどまで俺がいた空間の、
しかもコクピットがあった辺りを正確に一筋のビームが駆け抜けていった。
 俺は機体をビームが放たれた方に向ける。
 そこにいたのは銃をこちらに向ける一機のジンHM2型。
 そこから放たれる射撃。数は少ないものの正確なそれを俺は機体をそらして外す。
 他の敵2機もこちらに向けて射撃を再開し、俺はそれらをなんとかかわし続ける。
 先ほどの数を絞った正確な射撃、あれだけでわかる。あいつはベテランだ。
「くっそーーー!なんなんだよ、こいつらはーーーっ!」
 ビームの雨をかいくぐりながら俺は叫ぶ。その時不意に向こうから通信が入る
『惰弱なクライン派の犬が……。』
 怨念をこめたような厳しい男の声。
 それが不意にコクピットに響き、即座に通信は途切れた。

18

 閃光が驟雨となって俺の機体目掛けて飛び交う宙空。
 自機に追いすがる3機のジンHM2型が持つ銃口から立て続けに放たれる破壊の光。
 それを俺、シン・アスカは自機をすべらせ、ひねらせなんとか回避を続ける。
「くそっ! こいつらぁ!」
 苛立ちが口をついて出る。かわすのに手一杯で反撃の糸口がつかめない。
 敵3機のうち、2機が放つ狙いは荒いが大量の閃光。
 それをかわして反撃に出ようとするが、そこで決まって敵の一機から
少ないが正確な射撃が放たれる。それを回避する事で反撃のタイミングが潰され、
そこへ他の敵2機による大量の射撃がまた始まる。
 先ほどから何度かこの流れを繰り返し、苛立ちが俺の胸を焼く。
 猟師に追い立てられる獣はこんな気分なんだろうか?
「いつまでもこんなやり方に……付き合っていられるかよ!」
 敵の戦術の核になるのは正確な少数の射撃をしてくる一機。
 おそらく先程俺に通信を送ってきた奴だ。
 他2機が牽制と撹乱を行い、あいつが仕留める。そんな所だろう。
「だけど手口がわかれば……。」
 俺は機体を下方に向けてブースター出力を上げ、急降下させる。
 そしてそのまま機体を横にすべらせ、すぐさま反転し逆方向に上昇させる。
 カメラの端に写るのは1機のジンHM2型。
 それに向かって進路を調整し、俺は機体を突撃させる。
 そう、この『仕留め役』は常に俺の死角から射撃を行っていた。
 他の2機が俺を撹乱している間にこいつが優位なポジションを取ることに専念し、
こちらが動きを止めた時に狙撃する、これがこいつらの戦術だった。
 急に反転し自分の方に向かってきたこちらに対し、敵機は急いで迎撃しようとする。
「遅いんだよ!」
 敵機が放った一発の閃光を速度を落とさぬままかわし、そのまま一気に距離をつめる。
 自機の脚部を振り上げ、敵機の胴部に加速の勢いを載せた蹴りを思いっきり叩きつけた。
 後方に向かって派手に吹っ飛んでいく『仕留め役』の敵機。
 俺はすぐさまその場所から離れ、反転する。
 他の敵2機は向かってきたこちらに対し慌てて射撃を開始する。
 それらをかわしてビームライフルを一射、放たれた閃光が敵の一機を撃ち抜く。
 そのまま機体を滑らせて残るもう一機の射撃をかわし、側面から敵機をロック。
 自機が放った閃光は狙いをたがわず標的を貫いた。
「ふう……。」
 俺は思わず息をもらす。だがまだ油断は出来ない。あの手強い相手がまだ残っている。
 俺は先程『仕留め役』の敵機を蹴り飛ばした方向に自機インパルスを向ける。
 あれだけの衝撃をたたきつけた以上、敵の機体にダメージはないはずはないが。
「あいつは……レーダーに反応は無い。くそ、逃げたのか?」
 周辺にそれらしい機影はない。まさかあれで死んだとは思えないが。
「なんなんだよ、本当に!」
 やり切れない気持ちを抱えたまま、とりあえず俺は一旦帰還すべく進路をとった。
「あいつどうしてるかな。」
 不意に言葉が口をついて出た。
 一人の少女の影が心によぎり、それが容易に離れない。
 俺は周囲を警戒しつつ母艦のある場所へと機体を急がせた。

19

 周囲を警戒しつつ機体を星屑の世界に機動させ、
 目的とする座標を俺、シン・アスカは目指す。
「そろそろだよな。」
 期待と不安、両方を気持ちに織り交ぜながら俺は呟く。
 レーダーが前方に存在を探知する。3隻の艦の存在を。
 そのうち2隻はナスカ級戦艦、1隻は民間船―――彼女の乗る船だ。
「無事だったのか。」
 メインカメラで捉えられる距離まで来て確認、俺の胸の中を安堵が満たした。
「こちらザフト軍所属、インパルス、シン・アスカ。後方の敵機の撃退に成功しました。
これより帰投します。」
 簡潔に報告を終えて通信を切り、帰投するためにもといたナスカ級へ近づく。
 カメラの映像では前方の敵迎撃から戻ってきたと思われるザフト製MS達が
反対側からやってくるのが見える。
 その機体群の中に一機、やけに目立つオレンジ色に塗装された機体が俺の印象に残った。
 
 結局襲撃してきたテロリスト達の正体は不明。目的も不明。
 艦の前方から襲撃してきた敵MS部隊も大打撃を受けて無事撃退されたそうだ。
 ちなみにそれにはオレンジ色のブレイズ・ザクファントムの活躍が大きかったとか。
 これらの情報を戦艦の中で聞き、俺は控え室でベンチに座りドリンクを補給する。
 MS操縦と戦闘で消耗した身体に補給される水分と養分が心地いい。
「結局なんだったんだよ、あいつら……。」
 息をつき、先程までの戦闘を振り返る。何が起きていたんだ?
 ザフト製MSを使用した集団がなんでこんな事をしたんだ?
 わからない事が多すぎてそれが苛ただしい。
 そもそも何が目的だったんだ?彼女ではなくザフト軍自体を敵視していたのか?

『惰弱なクライン派の犬が……。』

 いや、違う。俺は先程の戦闘で敵から入った通信を思い出し、胸中でかぶりを振る。
 あの怨念をこめたような声、あれは明らかに『クライン派』に対して執着を持っていた。
 だから『ラクス・クライン』である彼女を狙ったっていうのかよ?
「くそっ!彼女が何をしたって言うんだよっ!」
 我知らずドリンクの容器を持つ手に力がこもる。
 皆の為に、ってあれだけ彼女は頑張っているのに!
 先程戦った敵機の姿が思い浮かぶ。
 あいつは今度会ったら必ず俺が倒してやる。
 心の中で決意が熱を帯びた。

 当然の事ながらこのような騒ぎの後で追悼慰霊のイベントが続行されるわけもなく
中止の運びとなった。
 彼女は多少不満気ではあったけど、民間人その他の安全を考慮するように言われて陥落した。
 それならせめて、という事で本来ならユニウスセブンに着いて歌うはずだった歌を
帰還中の船内で歌う事になった。
 コンサート会場で歌ったときは明るい感じで歌う事が多かった彼女だけど、今は打って変わって
静かに歌を奏でている。その様は俺のいるナスカ級戦艦の控え室にも中継されている。
 静かな曲調でも良く響く彼女の声。それは優しくて、柔らかく、心に染み渡る天使の旋律。
 心の奥底が不意に揺さぶられる。思い出されるのは小さな少女の後ろ姿。
 黒い髪を振り、小さくて華奢な体つきでただひたすらに俺の前を走っていく。
 追いかけっこをして捕まえた時、振り返って見せたはにかんだ笑顔。
 何故かそれが思い出されてしまった。
「マユ……。」
 心なし声を震わせ、俺は呟く。
 今俺がいるはるか彼方に地球が、そしてオーブがある。マユが眠るオーブが。
 今中継されている歌はユニウスセブンに眠る人達に届いているだろうか?
「地球まで届けばいいのにな、この歌。」
 この優しい歌がオーブのマユにも届いて欲しい、
 俺はそう思わずにいられなかった。

20

 高級そうな造りのソファに俺、シン・アスカは座っている。
 手に持った缶コーヒーの缶をわずかに振り、
その残量を意味も無く確認する作業を先程から何度となく続けていた。
 俺はそれが無意味だっていう事はわかりきっている。
 ここは何度となく彼女に呼ばれて来た事のあるホテルで、今俺がいるのはその待合フロアー。
 それなのに今日は彼女の部屋に向かおうとすると何故か戸惑ってしまう。
 俺はその原因を探るために少しこの前の事件から今にいたるまでの流れを
 振り返って見る事にした。

 結局あの襲撃事件の後、特に何事も無く俺達はプラントに戻った。
 プラントに着くなり彼女はすぐさま護衛やらなんやらに取り囲まれて
連れて行かれてしまった。その為ろくに話をしていない。
 結局今回彼女と話をしたのは襲撃事件の時の通信だけだった。
 パートナーとは言われてもこういう所で否応無く立場の違いを認識させられる。
 それから数日が過ぎた。襲ってきたテロリストの目的も正体も明らかになってはいない。
 テレビや新聞その他のメディアで『ラクス様』に今回起きた災難について様々な憶測が飛び交い、
それはまた新たな憶測を呼んだ。
 そんな中で俺は彼女自身の様子についてはメディアから流される情報をただ拾い集めるしかない。
 総合して見ると特に今は問題無いそうだ。その事にひとまず安堵する。
 日々流れる彼女についての情報に、俺は改めてプラントにおける彼女の存在の大きさを感じた。
 もし彼女が姿をくらませたらどうなるんだろうか?
 政治家の人達は彼女の代役でも立てるんだろうか?
 まあ、彼女の代わりになるような人がそうそういるとは思えないけど。
 そこまで思案して、突拍子も無い事を考えている自分に苦笑したりした。
 そんなある日、俺に久しぶりに彼女からの連絡が来た。
 日時が指定され、いつものホテルで会いたいという趣旨だった

 そういうわけで今日俺は今、彼女といつも会うホテルの待合フロアーにいる。
 会いたくなかったと言えば嘘になる。
 でも今の俺は何故か彼女の部屋に行く事に躊躇いを感じてしまっている。
 今まであまり感じてこなかった俺と彼女の距離。今回の事件以来それがやたらと意識させられる。
 最初にここに来た時はこんな事感じなかったのに。
 ……最初? 最初ここに来たとき確か俺は―――
 不意にいくつかの場面が心をよぎり、それが俺に大切な事を思い出させた。
「ああ、もうっ!なにやってるんだよ、俺は!」
 最初にここに来た時俺は彼女になんて言った?
『俺達はこれからパートナーになるんですから。』
 そういったのは俺だったんじゃないのかよっ!
『なんなら二人の時はその口調で構いませんよ。俺も堅苦しいのは嫌ですし。』
 偉そうにこんな事言ったのは誰だったんだよ!
『本当に?ならこれからはあたしは貴方の前では素で喋るようにするわ。
シン、これから本当の意味でよろしくね。』
 俺の言葉に彼女はこう言ってあんなにも喜んでくれたじゃないかよ!
「くそっ!」
 こんな事している場合じゃない。もうすぐ待ち合わせの時間だ。
 俺は急いで立ち上がり缶コーヒーの残りを一気に飲み干す。
 そして缶をゴミ箱に放り投げ、目的の部屋に向かって急いだ。

21

 何度も訪れた事のある彼女の部屋のドア。
 それを前に俺、シン・アスカは立っている。
 部屋のドアをノックし自分の名前を告げて来訪を知らせる。
 ドアが半分開き彼女が出てきた。その顔がやけに懐かしく感じる。
「シン! 来てくれたのね。」
 久しぶりに聞く彼女の明るい声と笑顔。それが俺の心を暖かくする。
「まぁ、来ないわけには行きませんから。」
 思わずそっぽを向いてぶっきらぼうに答える。心とは裏腹に出てしまう態度と言葉。
 そんな俺を見て彼女は屈託無く笑う。
 態度も言葉も見透かされている感じがしてやりきれない。
「入って。」
 その言葉と共に俺は室内に導かれた。

 テーブルを挟んで椅子に座り俺と彼女は向き合う。
 ピンクのティーポットから彼女の手で二つのティーカップに紅茶が注がれる。
 この部屋で、俺と彼女がいて、紅茶を飲む。
 それは慣れた場所、慣れた雰囲気、慣れた味。
 遠く離れたように感じたものが今当たり前のように俺を包み、心を安らげる。
「今回はありがとうね。」
 彼女が不意に切り出した。
「いきなり何の事だよ。」
 俺の問いに彼女はやや顔を伏せ、ティーカップを置く。
「今回の襲撃事件の事よ。あたしの我が儘に付き合ってくれたでしょ?」
 ああ、その事か。
「まあ、仕事だから。」
 俺は簡潔に答える。
 人からすれば彼女のあの時の決断は幼稚な価値観や正義感の賜物、とでもいうかもしれない。
 自分の重要性を認識していない、と。
 でも俺はあの状況で他の乗員と共にあろうとした彼女の心が純粋に嬉しかったりもした。
 ……不満もあるし、口に出して言う気はないけど。
「しかしあんたも無茶をするよな、本当に。」
「うん……。そうだよね。」
 俺の言葉に彼女は目線をやや伏せたまま静かに答える。
 その口調は明るい普段と違い儚げだ。
「あたしもね、不思議に思っているの。昔のあたしだったらあんな事出来たかな、って。」
 不意に彼女は自身を抱きしめた。肩を始めとしてその身が小刻みに震えている。
「今でも思い出すとこうなるの。ひょっとしたら…ううん。きっと昔のあたしだったら
逃げ出していたと思うの。」
 それは一人の少女として極当たり前の事だった。
 皆が求める『ラクス・クライン』ではなく、一人の自然な少女の姿がそこにはあった。
「でもね。今のあたしは昔よりほんの少し変われたんだと思う。」
 ここで彼女は顔を上げ、穏やかな表情を浮かべる。
「あたしの心を支えてくれる人がいたから。」
 彼女の口から流れる言葉。それは静かだがはっきりとした意思を感じさせた。
「その人はひたむきで、単純で、根は優しくて、でも素直じゃなくて、
普段は弟みたいだけど……大切な時にはとても強い意志を見せる人。」
 彼女の心が、声が、言葉の一つ一つがまるで俺の中に浸透していくような錯覚を覚える。
「その人と接してきた事で、あたしにひたむきに向き合ってくれるその人といた事で
 あたしは変われたんだと思う。皆が戦ってた時も本当はあたし怖くて仕方無かった。
 でもその人の事を考えると勇気を出せたの。」
 ここで彼女はひどく穏やかで優しい笑顔を見せた。
「だから……ありがとうね、シン。」
 その言葉も、笑顔も優しいのに何故だろう? 胸が苦しい。
 なんであんたは時々、今みたいにどこかへ消えてしまいそうな雰囲気をするんだ?
 まるでいづれは消え行く運命の人魚姫みたいに……。
 その思いが俺に口を開かせる。
「なあ、あんた人魚姫のお話を知ってるか?」
「え?」
 俺の問いに彼女は驚いた声を上げる。馬鹿らしい問いだっていうのはわかっている。
 前に俺に同じ事を聞いたのは他でもない彼女なんだから。
「人魚姫は最後に消えてしまうけど、その結末は変えられたんじゃないかな。」
 俺の言葉に彼女の顔が戸惑いの色を浮かべる。
「人魚姫一人では運命に抗えなかったけど、側に彼女を大切に思う人間がいたなら
きっと結末を変えられたと思うんだ。」
 悲しくて美しい童話、それでも可能性を信じる事は出来るから。
「虚構にされてしまう真実も、二人でならきっと『本当』にしていけるさ。」
 その言葉に彼女は一瞬押し黙り、やがてその表情が明るい感情の色で満ちていく。
「……うん。きっとそうよね。」
 彼女が輝くような笑顔を浮かべた。
 それに満たされていく自分の心を感じる。俺はずっとこの笑顔が見たかったんだな。
 彼女と過ごす何気ない時間。
 こんな時間がいつまでも続けばいいのに、そう思っている自分がいる事にようやく俺は気がついた。

第一部完

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