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Azrail_If_186_第01話

Last-modified: 2007-11-09 (金) 21:53:10

ギルバート・デュランダルは弾劾した。

「――なのにどうあってもそれを邪魔しようとする者がいるのです。
それも古の昔から。

自分たちの利益のために戦えと、戦えと!

戦わない者は臆病だ、従わない者は裏切りだ、
そう叫んで常に我等に武器を持たせ敵を創り上げて、討てと指し示してきた者達。
平和な世界にだけはさせまいとする者達。

このユーラシア西側の惨劇も彼等の仕業であることは明らかです!

間違った危険な存在とコーディネイター忌み嫌うあのブルーコスモスも、
彼等の創り上げたものに過ぎないことを皆さんは御存じでしょうか?

その背後にいる彼等、そうして常に敵を創り上げ、
常に世界に戦争をもたらそうとする軍需産業複合体、死の商人、ロゴス!
彼等こそが平和を望む私達全ての、真の敵です!

私が心から願うのはもう二度と戦争など起きない平和な世界です。

よってそれを阻害せんとする者、世界の真の敵、
ロゴスこそを滅ぼさんと戦うことを私はここに宣言します!」

 人々は驚愕し、暴かれた世界の秘密に熱狂した。

 この世に真の悪があったことに狂喜し、そして邪悪を狩ることに狂奔した。
 「死の商人」の手先とされた企業は襲撃され、暴動の中で社員は迫害され、
また殺されることもあった。

 組織としての「ロゴス」は壊滅し、主な構成員たるロード・ジブリールは逃走した。

 そして、あの男――前ブルーコスモスの盟主にして、国防産業連合理事、
ムルタ・アズラエルもまた、逃避行を余儀なくされ姿を消した。

 ヘブンズベースが陥落した。その知らせを受けた時、ユウナ・ロマ・セイランは
雷に打たれたような衝撃を受けた。
 それは彼の父、ウナト・エマ・セイランも同様だった。彼らはよく似た親子だったが、
これほど同じ感情を共有したことは、後にも先にもこの時きりだった。

 何しろ、青天の霹靂どころではない。かのエンデュミオンの鷹ではないが、
まさに不可能が可能になってしまったのだ。

「何の奇跡だよ、これは!」

 動転するあまり声を荒らげ、ユウナは机に両拳を打ちつけた。
 彼に報告を持ってきた男が、思わずぎょっとして身を震わせる。

 オーブ連合首長国、代表首長の政務室。
ユウナは代表代行としてそこの椅子におさまっていた。

思えばこの椅子に座った時から、彼の元には国難ばかりが相次いだ。
 国家元首の拉致。ダーダネルスでの敗北。『偽者』の介入による権威失墜に、空母の損失。
そして、終いにはプラント議長のロゴス弾劾演説と武力行使である。

 もういい加減にしてくれ。ユウナの本音はそれに尽きた。

「ユウナ、落ち着け。驚いている場合か」
「父さん……」

 苦々しく口を開いたのは、ウナト・エマ・セイランである。伊達に長く生きている
訳ではなく、彼は息子よりは先に平静を取り戻すことに成功していた。

 ユウナは喉まで出かかった言葉を飲み下すと、遅まきながらポーカーフェイスを装って、
報告した男に目を向けた。

「わ、分かった、ありがとう。すぐ閣議を開く。君、閣僚の招集を頼めるかい?」
「はい、ただちに」

 男は簡潔に答えると、そのまま一礼して部屋を飛び出していった。

 部屋にはユウナとウナトの二人が残される。

「……くそ、何がどうなってるんだ。ザフトには神様でもついてるの?」

 舌打ちし、ユウナは苛立ちまぎれに髪をかき乱した。

「縁起でもないことを言うな。そんな奴らにばかり都合の良い神が居てたまるか」
「でも父さん、普通じゃないよ、これは。
いつからザフトは連合の総本部を落とせるほどの大軍になったのさ」
「わしに分かる訳がなかろう!」

 半ば自棄を起こしてウナトは頭を振った。ユウナは肩を落として溜め息をついた。

 彼らが動揺するのも無理はない。
 彼らは、負ける筈がない賭けに負けたのだ。

 ギルバート・デュランダルの「暴露」が行われた時、オーブの国を預かる者として、
彼らはさして危機感を抱いてはいなかった。

 モルゲンレーテを国有するオーブは、デュランダルが言うところの死の商人に
他ならないが、だからどうというものではないと彼らは考えたのだ。
 戦争が特需を産んだのは遥か遠い昔の話であり、意図的に戦争を起こして儲ける勢力が
居るなどというのは馬鹿の妄想に過ぎない。

 ゆえに、彼らは思った。「ギルバート・デュランダルは気が狂ったのか」と。

 だが、世情は彼らの予想を完全に逆行した。

「今時、軍産複合体の陰謀説を信じるなんて……どうかしてるよ。
やらせじゃないの、あれ」
「当たり前だ、最初に暴れ出したのは皆サクラに決まっておる。
それに乗せられる奴が多すぎるのが問題なのだ!」

 ウナトは怒りに顔を紅潮させながら吐き捨てた。
 ユウナは青ざめて机に両手をつき、うなだれた。

「ああもう、勘弁してよ、本当に……ヘブンズベースがやられるなんて計算外だ」

 情けない声を上げる息子を、ウナトは複雑な面持ちで見やった。

 突拍子のない珍説に民衆がなびいたのも想定外だったが、
ヘブンズベースの陥落はもっと想定外だった。
 それこそユウナが言ったように、
奇跡でも起こらなければ、ザフトに勝ち目はなかったからだ。

 何しろ数が全く違う。人口からして5000万と数十億なのだ。圧倒的なキルレシオと
質の高い将兵をもって、電撃的に勝利をおさめていった前大戦とは状況が異なる。
 連合もまたMSを標準的に備えるようになった今、
正面から激突すればザフトは必ず敗北する。

 ブレイク・ザ・ワールド以降、セイランが迷わず連合に組することを推進したのも、
全てはこの確信があったからだ。

 しかしその確信は裏切られ続け、ついには連合軍の総司令部が
壊滅というところまできてしまった。

「とにかく、情報を集めないと! ザフトがどんな奥の手を使ったのか知らないけど、
場合によっちゃあ向こうにつく国が出てくるかも知れない」

 口早に呟きながら、ユウナはうろうろと部屋の中を歩き回った。

「しかし、いかんせん、あの中継映像だけでは何も分からんぞ。
どうせ編集がかけてあるだろうし……」

 それを目で追いながら、ウナトは言った。
 ユウナは立ち止まって父に向き直った。

「じゃあ、プラント本国の方にかけあってみるとか……とにかく状況が分からないと
動きようがないよ。勝ち馬に乗り損ねるのはもうごめんだ」
「旧日本時代の悲劇再びか……やむをえん、やるだけやってみよう」
「頼むよ、父さん」

 祈るようにユウナは言った。彼はほとんど藁にも縋る気持ちだった。

 オーブは小国だ。いくら経済大国といえど、小国であることには変わりない。
 だから、大国の機嫌を損ねることだけはしてはいけない。
どこが大国なのか見誤ることも許されない。

 そして今、プラントが連合に代わる最大勢力になろうとしているかも知れないのだ。
オーブがこれを見逃す訳にはいかなかった。

 僕にできるだろうか、とユウナは思った。

そして、できなければならない、とも思った。

 ユウナが密かに覚悟を決めていると、不意にばたばたと廊下の方が騒がしくなった。

「代行!」

 かと思えばドアが開いて、人間が1人飛び込んでくる。
 先程ユウナに言われて閣僚の招集に行った筈の、あの男である。

「あれ、君……もう皆こっちに着いたのかい?」
「い、いえ、そういう訳ではないのですが――とにかく、代行、これをご覧ください」
「うん……?」

 男が何か文字がタイプされた紙を差し出す。ユウナは背を屈めてそれを覗き込んだ。

 その途端、彼の顔色が一変する。

思わずウナトが、国家代表がみだりに感情を露にするべきではない、と思ったくらいに。

「どうした、何と書いてある」
「……」

 ウナトの問いに、ユウナはしばらく絶句して答えることができなかった。
 だがやがて肩の力を抜くと、忌々しい、と口の中で呟いて、顔を歪めた。

「……ジブリールだよ。生きてたらしい。オーブの領内に入れろと言っている」

「ジブリール!? ヘブンズベースから逃げ出してきたというのか。今どこに?」

 ウナトは驚きに目を丸くし、紙を持ってきた男に訊ねた。

「アカツキ島沖で、海保の巡視艇が拘束しているとのことですが……」
「手荒なことはしていないだろうね?」

 と、これはユウナ。
 男はとんでもない、とばかりに首を振った。

「まさか! でなければこんな伝言など受け取りません」
「……そうか。話の分かる職員で助かるよ」

 ユウナとウナトは、2人して安堵の息を吐いた。

 この紙の男もそうだが、
よくオーブのことを理解している巡視艇員の判断は賞賛に値した。

 ロゴスであり、ブルーコスモスの親玉でもあるロード・ジブリールは、
今や世界中の暴徒に付け狙われるお尋ね者だが、
オーブには迂闊に彼をないがしろにする訳にいかない理由があった。

 その微妙な立場を、彼らはよく分かっていたのだ。

「ああ、それから代行、こちらもご覧ください」

 そうだ、と呟いて、男は懐からもう一枚、別の紙を取り出した。

「まだあるのか?」

 ウナトは思わず眉を寄せた。
 ユウナは悪い知らせでないことを祈りつつ、無言で紙面に目を走らせた。

 そこに書かれた意外な人名に、彼は驚くより先に嫌悪感を露にする羽目になった。

「え――ち、ちょっと、何でこいつまでここに来るのさ!?」

 ウナトが横合いから同じように紙を覗き込み、同じように顔を引きつらせる。

 そこには、目下「世界の敵」であるロゴス1番の大物――
ムルタ・アズラエルの名前がタイプされていた。

 オーブ海上保安庁は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 初動対応こそ満点を付けられたものの、そこはやはり、伝統的に各省庁同士の連携が
不十分なオーブのお役所仕事だ。
とりあえず「言づて」を頼まれるままに首長代行に報告はしたものの、「すぐそちらへ
向かう」と答えたきり沈黙した行政府に、彼らはすっかり混乱してしまったのだ。

「代行はまだ来られないのか。本当に連絡をしたのか?」
「したさ。行政府の職員がすぐ来ると言ったんだ、文句ならそいつに言ってくれ」
「じゃあもう一度その取り次いだ奴に確認してこい! もう2時間も経つじゃないか!」

 恐ろしいことに、この時点で彼らは領海侵犯の不審船があったことを
軍部に連絡すらしていなかった。
幸いにしてこれが大事となることはなかったが、明らかな手落ちだ。

 無論それは、海保に報告されるまで、
不審船そのものに気付かなかった軍部の手落ちでもある。

 ともあれ、不運だったのは渦中の人――
すなわち「世界の敵」ロード・ジブリールを直接引き受けることになった職員たちだ。

「まだ待たされるのかね。すぐ来るのではなかったのか?」

 慌しく通された入国管理所の一室にあって、「世界の敵」はすこぶる不機嫌だった。

「は、はい……申し訳ございません。もうしばらくお待ちください」

 ソファでふんぞり返っているジブリールに、応対を任された職員は完全に萎縮していた。

 何しろジブリールは、傍目にもそうと分かるほど殺気立っていた。
いかにブルーコスモスの盟主とはいえ、突然世界中からの悪意に晒されれば怯むのも
無理はないが、彼はそれを表に出すまいと強烈に自制していた。その反動だ。

「……もうしばらくとはどれくらいだ。20分前にも同じことを聞いたが」

 可哀相なのは、その切迫したジブリールの話し相手にされた職員だ。

「その、セイラン代行は、もうだいぶ前に行政府を出られたそうなのですが……
わ、私どもにも、詳しいことはちょっと」

 必死で答える職員の顔はすっかり青ざめている。

 何せ目の前に座っているのは「世界の敵」なのだ。
彼はギルバート・デュランダルの演説を信じてはいなかったが、それでも中継で
流された西ユーラシアの惨状には恐怖を感じた。

 自分達はひょっとして、とてつもない悪党を匿おうとしているのではないか――

 彼はそう思っていたのだ。

 否、それは末端の人間である自分が考えることではない。
彼が冷や汗と共に思考を拭い去った時、唐突にドアが3度ノックされた。

「は、はい、ただいま!」

 天の助けだ、と顔を輝かせて職員はドアに飛びつき、ノックの主を迎え入れた。

「大変お待たせしました、申し訳ありません」

 ユウナ・ロマ・セイランだ。

 何故若造の方が来る、とジブリールは一瞬、眉をひそめたが、
流石に一国の代表を無下に扱う訳にはいかない。すぐに表情を取り繕うと、
彼はソファから立ち上がって両手を広げて見せた。

「いえ、受け入れていただき感謝しています」
「ご無事で何よりでした。この度は大変なことになってしまいましたね」

 苦笑を顔に貼り付けて相手に近付きながら、
ユウナは、あんたが来た所為で余計にね、と心の中で吐き捨てた。
 正直、どうしてヘブンズベースで死んでくれなかったのかと、
彼はかなり本気で思っていた。

 もっとも、ジブリールが死んだら死んだで、厄介事が尽きる訳ではないのだが。

「全くですな。まさかあの世迷言を真に受ける者がいるとは思いませんでした」
「あれには我々も驚いています。演説から暴動が起きるまで、あっという間でしたし」
「情けない限りです。流されていることに気付きもしていない」

 ユウナに頷きながら、ジブリールは各地で暴れていた集団の姿を思い出し、顔を歪めた。

「デュランダルも大した面の皮だ。ブレイク・ザ・ワールドを忘れたと見える」

 そう呟いて、大袈裟な仕草で肩をすくめて見せる。

 ジブリールは思っていた。
あの男の行った演説は、完全にアジテーションだ。

過剰なほど美しく飾り立てた言葉を用い、自分が「正義」であると演出する。
そのくせ、言っていることを要約すれば「ロゴスを滅ぼせ」という一言に尽きるのだ。
大した詭弁家だ、と彼はデュランダルを本気で軽蔑した。

「はあ……そうですね」

 しかし、曖昧に同意したユウナは、もっと冷静に事態を見ていた。

 デュランダルのあれがパフォーマンスに過ぎないということは彼も理解していた。
だが彼は、そこから一気に暴徒を生み出すまで相手国の内情を混乱させた手腕に、
むしろ一定の評価を下していたのだ。
それゆえに、プラントに取り入るという選択肢を残している。

 何より、今回のこと、その発端はそもそも――

「――もう少し黙っていようと思ったんですがね。
馬鹿なことを言うんじゃありませんよ、君」

 冷ややかな声が闖入し、ユウナの思考は中断された。

 ジブリールは顔色を変えて振り返った。一番聞きたくない類の声だった。

「アズラエル!?」
「やあ。しばらくぶりですね」

 腕組みして戸口に背をもたれていたムルタ・アズラエルは、
そこで皮肉っぽく唇を吊り上げた。