Top > Azrail_If_186_第03話
HTML convert time to 0.005 sec.


Azrail_If_186_第03話

Last-modified: 2007-11-09 (金) 21:53:40

一方で、その「馬鹿」――

 本人に聞かせたら怒り出すであろう、アズラエルの思い描いた「馬鹿」の1人は、
ナタル・バジルール大佐その人だった。

 彼女は赤道連合はラバウル、
シンプソン湾に浮かぶ戦艦「ドミニオン」の通信室にあった。
 傍らに副官であるフレイ・アルスター中尉を従え、彼女はメインモニタに
映し出された男と睨み合っていた。

「もう一度おっしゃっていただけますか、少将」

 画面越しに彼女と相対しているのは、
グリーンランドに移転した連合軍総司令部のウィリアム・サザーランド少将だ。
 距離が遠い所為で、モニタの反応は時折数秒の遅れを生じた。

「第81独立機動軍が、本日付けでそちらに編入されることになった」
「不可能です。再考を願います」

 ナタルは即座に拒否した。
サザーランドは予期していたので、さして表情を変えなかった。

 だが、事情の飲み込めないフレイは混乱していた。

 ――第81って、ファントム・ペインじゃない。どこにどうやって編入しろっていうの?

 「ドミニオン」が旗艦を努める連合軍第62任務部隊は、海軍の所属だ。
 対するファントム・ペインは陸軍の2個師団。
航空隊や海兵隊として迎えるとしても、物理的に船に乗り切らない。

 無論、サザーランドもそのことは承知していた。

「第2艦隊から必要な艦艇を派遣している。指揮はイアン・リー少佐が。
詳細は追って通達しよう」
「……本当にファントム・ペインを海軍にしたのですか?」
「元々あそこはザフト型の全環境対応編成でな。
水の上での経験もある。やってやれないことはない、ということらしい」
「…………」

 ナタルは沈黙した。

 サザーランドの言葉を鵜呑みにするならば、
確かにファントム・ペインをこちらに入れること自体は出来るかも知れない。

 だが、軍が意味もなく部隊の再編を行うことなどありえない。
 戦力を投入するということは、近く、必ずそれが必要とされるということだ。

「少将……これは何の為の戦力なのですか? カーペンタリアへの牽制ですか?」
「いや、そうではなかろう。それなら赤道連合とうちの第7艦隊が既にある」
「ならばどうして……まさか対オーブ用ですか?」

 ナタルの問いに、サザーランドは微妙な表情でうなった。

 そこにどんな意図があるにせよ、
とにかく政府がロゴスを潰したがっているということを彼女は悟っていた。
事実、今やそれは世界的な潮流となりつつあるし、既に各国が行動を起こしている。
 その中で、大西洋連邦が動くというのは充分にありえる話だ。

 しかし、それにしてもどうして、とナタルはまだ首をひねっていた。

「いや……分からん。私はまだ軍事オプションの段階ではないと思うのだがな」

 サザーランドはサザーランドで、本国の意図をはかりかねていた。

 海洋国家であり、主に輸入と加工貿易により生計をたてているオーブは、
海を封じられると非常に弱い。

 わざわざ軍事侵攻などしなくとも、シーレーンを断ち切ってやるだけで
あの国は容易に崩壊する。そしてあの海域における制海権を握っているのは地球連合――
正確には大西洋連邦第7艦隊と、カーペンタリアのザフトに他ならない。

 この状況でザフトがオーブに組することはありえないだろうから、
あとは大西洋連邦が経済制裁に踏み切るだけで良い。

 それで終わりだ。

 ナタルもほぼ同様のことを考えていたが、彼女にはもう一つ疑問があった。

「……そのことなのですが、少将、一つお訊ねしてもよろしいですか?」
「何かね、大佐」

 ナタルは慎重に相手の表情をうかがった。

「少将は、本国がロゴスをどうするつもりだとお思いですか?」

 サザーランドは帽子の下で眉を寄せた。

「それを私に訊く意味が分からんのだが?」
「お気に障ったなら申し訳ありません。ただ、少将のご意見をうかがいたいと思いまして」

 2人はそこで揃って沈黙した。

 ――なに? 2人とも、何を言わせたがってるの?

 黙って様子を見ていたフレイは、ちりちりと空気を焦がすような緊張を感じていた。
 まだ若く、階級も低い彼女には、雲の上で上司たちが何を牽制し合っているのか、
理解できていなかった。

「……そうだな。組織としてのロゴスは、完全に解体してしまうつもりだろう」

 サザーランドが暫し考え込んでから、そう答えた。

「業界の再編が行われると?」
「そこまでは言わん。ただこの辺りでてこ入れをする気なのかも知れん」

 努めて客観的にサザーランドは語った。

「成功すると思われますか?」

 ナタルはそこから上司の本音を探ろうと目を光らせていた。

「さて、私は経済学者ではないのでな。先のことは分からん」
「失礼いたしました。では、成功すべきだと思われますか?」

 ナタルは試しに、思い切った言い方をしてみた。
 きたな、とサザーランドは思った。

 要するに、彼らは腹の探りあいをしていたのだ。

 サザーランドはアズラエルとの兼ね合い上ロゴス擁護派だったが、
ナタルは彼が変節するのではないかと疑っていた。
 サザーランドもナタルを信用してはいなかった。

 大西洋連邦全軍は、今やロゴスにつくか否かということで、
派閥が真っ二つに割れようとしていた。

「私の――」

 サザーランドは散々言葉を吟味した挙句、結局ぼかすことにした。

「私が何に寄って立ってここまできたのか、知っている君なら分かるのではないかね」

 ――分からないわよ!

 フレイは肩透かしをくらって落胆した。
彼女はサザーランドの支持基盤も人となりも知らなかった。

 だが、ナタルはその発言で、おおよそのところを察していた。
 密かに安堵して、彼女はほっと息をついた。

「そういう君はどうなのだ、バジルール大佐」

 サザーランドは切り返した。
多少とはいえ手の内を明かしたのだから、相手のものも知っておかなくてはならない。

 ナタルはもう大して心配していなかったが、念の為に言葉を選ぶことにした。

「私は……軍人ですので、国家の意向には従います」

 サザーランドの眼光が鋭くなる。

「ただ、敵国の言うことはまず疑うことにしております」
「……そうか。なるほど」

 サザーランドは得心して頷くと、頭の中で「安全」のゾーンにナタルを移動させた。

 それからいくらか連絡事項をやり取りし合った後、ナタルは通信を打ち切った。
 通信室に静寂が戻る。

「……何だったんですか、艦長?」

 嘆息して肩の力を抜いたナタルに、フレイはおずおずと声をかけた。
 そろそろ彼女も薄々感付いてはいたが、確認のためだ。

「意見の確認をしただけだよ。少将はロゴス狩りには反対でおられるようだ」
「はあ。まあ、あの人、
ブルーコスモスですし。プラントの言うことは聞かないでしょうけど」
「いや、そういう問題でもないのだが……」

 ――いや、そういう問題なのか?

 ナタルは思った。ブルーコスモスだからというのはともかくとして、
プラントの言うことを真に受けるべきでないというのは彼女の本音でもあった。

 理由は単純で、あのアジ演説の目的が不明瞭な内から、
下手に同調すべきではないと思ったからだ。

 彼女は「平和のためにロゴスと対決する」というデュランダルの言葉を
信じていなかった。もし彼が「プラントの平和のために」と言ったなら彼女も考えを
変えたかも知れないが、デュランダルが求めたのは「世界平和」である。

 嘘だ。

 彼女は聞いた瞬間にそう思った。

 そんなものは宗教家の妄言であり、政治家が本気で口にすることはありえない。

「しかし、困ったな。これでは本国の動きがまるで分からん」

 ナタルは難しい顔をして考え込んだ。問題はそこだった。

 暴動が起こるまではいい。
だが、それを取り締まらない軍や警察、そして政府の対応には果てしなく疑問が沸いた。

 政府がロゴス潰しに賛同しているということは分かる。
分かるのだが、とナタルは疑問符を浮かべていた。

「ロゴスを潰したいんじゃ?」

 フレイは単にそれだけのことだと思っていたが、
そんな単純な話ではないとナタルは首を振った。

「何故だ? 潰しても利益があるまい。
古めかしい陰謀論など、お前も信じてはいないだろう?」
「それはそうですけど……」

 フレイは口ごもった。

「国家のやることだ。何につけても、それが無意味だということはない。
必ずどこかに目的がある筈なんだ」

 ナタルはフレイにというより、自分に言って聞かせるように呟いた。

 軍の運用と同じで、国家が意味もなく何かをするということはない。
 デュランダルのように、政治家が「正義」や「自由」などという題目を掲げる場合は
常にポーズだとナタルは考えている。

 巨大資本であると同時に巨大企業でもあるロゴスに
著しいマイナスイメージをつけることで、株価その他の混乱を招いてまで、
プラントに同調した国家は何がしたいのか。

 険しい表情で思考の海に沈んでいる上官を、フレイは不思議に思って見ていた。

「あの……艦長? 珍しいですね、艦長がそんなふうに仰るのって」
「なに?」

 唐突に妙なことを言いだした部下に、ナタルは目を丸くした。
「だって、いつもは『政治のことにかかずらっている暇があったら仕事に集中しろ!』
って、そういう話はあまりなさらないから」
「……そうだったか?」
「そうですよ」

 フレイはあっさりと頷く。

 ナタルは記憶から心当たりを探ろうとしたが、
その前にフレイが困ったような顔で顔を覗き込んできたので、首を傾げた。

「その、やっぱり気になります? あの人のこと」

 あの人。

 誰のことを言っているのかはナタルにも分かった。
ムルタ・アズラエルのことだ。

 思えば彼女とはややこしい縁になる男だ。
前の戦争の末、新型の艦載機の運用アドバイザーという名目で、
この「ドミニオン」に乗り込んできた彼は。

 その戦争が終わり、
この度の戦争が始まってからも、彼は度々ナタルにコンタクトを取ってくることがあった。
 それは情報収集の意図が透けて見えていたので、ナタルは全て断った。

彼女はアズラエルが協力して欲しがっていることに気付いていたが、あえて無視していた。
 守秘義務を違える訳にはいかないから、と。

「……まあ、気にならないと言えば嘘になるな。全く知らない相手でもないし」

 軽く嘆息すると、ナタルは渋い表情で肯定した。
 ですよね、とフレイは似たような風情で肩を落とした。

「あの人、どうなるんですかね。やっぱり捕まって裁判所でしょうか」
「どうかな……冤罪を主張しそうだが」
「切り抜けられると思います?」

 フレイはまるで他人事のように言って、
それから自分たちも彼を追う身になるかも知れないということを思い出し、
奇妙な気分になった。

 あまり想像のつかない事態ではあった。

 ナタルは淡々と答えた。

「分からんさ、そんなことは私には」