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Azrail_If_186_第10話

Last-modified: 2007-11-09 (金) 21:54:48

同じ階、それも恐らくごく近くの部屋からであろう発砲音が、ちょうど3発。
 にわかに室外も騒がしくなり、アズラエルとユウナは顔を見合わせた。

「……何だろう? 君、ちょっと見てきてくれ」

 ユウナが待機していた者の1人を偵察に行かせると、
ものの数分もしない内にその男は血相を変えて駆け戻ってきた。

「た、大変です。凄いことになってます!」
「な、何がだい。どうしたんだよ?」

 怪訝に思ってユウナが問うと、男は動揺のあまり要領を得ない答を返した。
 基本的にオーブの役人は突発的な事態に弱いのだ。

 とにかく来てくれ、と彼が言うので、ユウナはそれに従うことにした。
 アズラエルがユウナに同行を願い出ると、
彼は少し眉を寄せたが、帯銃した人間を側につけることにして、承諾した。

 果たして彼らが向かった先では、扉の前に人だかりができていた。

「何が起こったんだ? さっきのは銃声だよね」
「それが……あそこに」

 ユウナが手近に居た人間に訊ねると、彼は躊躇いがちに室内を指差した。
 だが、アズラエルは聞くまでもなかった。
 上背のある彼は、既に人垣を飛び越えて室内の様子が目に入っていたのだ。

「……何をしてるんです、彼は?」

 アズラエルはぽつりと呟いた。

 何を隠そうそこに居たのは、黒塗りの拳銃を手にしたロード・ジブリールだったのだ。

 ジブリールはぐったりした女の首に腕を回し、そのこめかみに銃口を押し付けていた。
 その足元には、同様に微動だにしないで倒れている男が2人。

 どちらも頭に銃創を受けており、明らかに死体だ。

「ユウナ・ロマを連れて来い! お前たちの元首だ、早くしろ」

 死体に囲まれながらジブリールは叫んでいた。

 今しがた彼が撃ち殺したのは、彼を尋問しにきた者たちだ。
 内容はアズラエルがユウナと交わしたものとほぼ同じだ。

 ロゴスについての情報を聞き出し、もはや用済みということで拘束しようとしたところ、
突如銃を取り出したジブリールに、彼らは遅れを取ったのだ。
 ボディチェックは行われていたので、まさか隠し持っているとは彼らも思わなかった。

 それが最悪の結果を招いたのだった。

「何だ? 僕を呼んでるのか?」
「お静かに。姿を見せないでください、撃ってくるかも知れない」

 中を覗き込もうとしたユウナを、隣に居た職員が押しとめる。

 しかし、ジブリールにはそんなつもりは毛頭なかった。

「ヘリか車を用意しろ。月に行けるシャトルの準備もだ。マスドライバーで打ち上げろ!」

 ――月? ダイダロスか?

 アズラエルは地球連合の月面基地の1つを思い浮かべた。

 それは正解であり、ジブリールも同じことを考えていた。
 正確には、ダイダロス基地に配属されている、ロゴスの息がかかった部隊――
ファントム・ペインの宇宙軍版だ――の存在が、彼の頭にはあった。

 そしてもう1つ、そこにあるはずの戦略兵器「レクイエム」の存在が、
ジブリールの強気を辛うじて支えていた。

「私を引き渡すだと……?
そんなことをしてみろ、ダイダロス基地のレクイエムがオーブを吹っ飛ばすぞ!
あれの威力はジェネシス砲に匹敵する。どういう意味か分かるだろう?
ユウナ・ロマを呼べ!」

 無論、こんなことを言い出した時点で、ジブリールの破滅は決まっている。

 殺人に、国家への脅迫。
 月へ脱出したところで、どのみち彼に連合軍や、諸国を動かす権利などない。
 遠からず逮捕されるだろう。

 法の裏打ちのない権力など、化けの皮がはがれてしまえば脆いものだ。
 ロゴスが崩壊した時点で、実質的に、彼に動かせる駒は無くなっていた。
 アズラエルには、まだ残っていた。

 それが2者の明暗を決定的に分けた。

「本当ですか?」

 ユウナは難しい顔でアズラエルに耳打ちした。

「……そういうものが開発中なのは本当です。うちも出資しましたし」
「ダイダロス基地が撃ってくるというのは?」
「分かりません。ただ、彼が何度かあそこに出向いていたとは聞いています」
「…………」

 ユウナは沈黙した。

 はっきり言ってしまえば、あまり呑む必要を感じない要求だった。

 ダイダロス基地がジブリールの傀儡になっている可能性は極めて低い。
 また、仮になっていたとしても、この状況で従うほど馬鹿でもあるまい。
 ユウナはそう考えたのだ。

 もっと直截な言葉を使うなら、

 ――ついに気が狂ったか。

 と、彼は若干の哀れみを込めて思っていた。

 冷めた様子でジブリールを見るユウナの視線に、アズラエルはふと感じるものがあった。

 ――見覚えのある目つきをしているな。

 またしてもデジャヴだ。それもあまり良い思い出ではない。
 ユウナの視線は、「ドミニオン」でアズラエルに銃を向けられたナタルが、
彼に見せたものとよく似ていたのだ。

 ドン!

「早くしろと言っている!」

 更に一発、ジブリールは天井目がけて撃って威嚇した。

 ユウナの所見とは裏腹に、彼は正気だった。
 そのため、自分が最悪の手段を取ったという自覚があった。

 ――もうお終いだ。私はもうお終いだ。

 態度とは逆に、彼の胸のうちは絶望でいっぱいだった。
 残っているのは、意地だけだ。

 アズラエルはそのジブリールと、ユウナを交互に見比べて、眉根を寄せた。

 ――参ったな。こんなふうに見えていたのか?

 複雑な心境で、彼はジブリールを眺めた。
 だが、それが良くなかった。

「……? アズラエル!?」

 頭1つ分、人垣を飛び抜けていたアズラエルを、ジブリールが見咎めた。

 しまった、と慌ててアズラエルは頭を引っ込めたが、もう遅い。

「そこの貴様、お前だ! そこで何をしている? 何故お前がそこに居る?」

 興奮した様子でジブリールが叫ぶ。

 アズラエルは吐き気を催すような仕草で嫌悪感をあらわにし、ユウナを振り返った。

「見つかってしまいました」
「大人しくしててください!」

 ドン!

 ユウナが裏返った声を上げるのに続いて、5発目の銃声が轟いた。

「答えろ! 姿を現せ、アズラエル」

 ジブリールがそうやってせつく。

「ここにいますよ。私に何か用ですか」
「姿を見せろと言った!」

 だが、ジブリールは更に注文をつけた。
 別に深い意味があったのではなく、彼はただ姿の見えない相手と話すのが不安だった。

 全員が固唾を呑んで見守る中、
アズラエルは入り口に築かれたバリケードの前に進み出た。

 銃を持った人間が扉の両脇に陣取り、
いざとなったら人質ごとジブリールを射殺するために待機する。

「…………」

 まずは沈黙。

 黙ったまま、ジブリールの血走った目を見つつ、アズラエルは考えた。
 彼には何となく、ジブリールの心境に察しがついていた。

 追い詰められ、動転している。

 彼にも身に覚えのある、無様で、滑稽な様子だ。

「そこを越えて、中へ入って来い」

 相手の手元が見えないことを警戒し、ジブリールは更にそう要求した。

 アズラエルは躊躇ったが、周りの人間と目配せして、慎重にバリケードを乗り越えた。
 何も遮るものがない状態で、彼らは相対した。

「そんな物を持ち出して、どうするつもりです。ここを乗っ取ろうとでもいうんですか」

 アズラエルは低い声で問いかけた。

「違う。私は月へ行くのだ」

 ジブリールは否定し、鬼気迫る表情でアズラエルを睨みつけた。

「レクイエムさえあれば、プラントなど敵ではない。奴らにおもねる必要もなくなる。
お前とてそれくらい理解しているだろう? だから金を出したのだろうが」

 ジブリールの中では、各国がロゴス狩りに走ったのは、プラントの力に恐れをなしてだということになっていた。
 そのため、レクイエムによってプラントを殲滅すれば、当然従わずとも良くなると考えたのだった。

 だが、アズラエルは、

「……何を言っているんです?」

 と、首をひねっていた。

 彼には抑止兵器であるレクイエムを実際に「撃つ」という発想がなかった。
 否、勿論「撃つつもりはある」が、この状況で撃つなどということは考えられなかった。

 しばらく考えてジブリールの言わんとするところを理解した彼は、
呆れて溜め息をついた。

「馬鹿なことを言わないでください。君の頭には殲滅戦しかないんですか?」
「お前とてそうしようとしただろう。核兵器を使って!」
「状況が全く違います。
あのジェネシスみたいな物を、連中がまだ隠し持っていたらどうするんですか?
返す刀で喉笛をかき切られる危険があります。
そんな博打に地球を巻き込まないでください」
「巻き込むだと?」

 ジブリールは引っかかりを覚えて顔をしかめた。

 彼が、自分があたかも地球全体の代弁者であるかのように
振る舞っていたのは、無意識のものだった。
 実際、彼はそれが可能な立場に長らくあったためだ。

 傲慢なやつだ、
とアズラエルは深い感慨もなく侮蔑し、それからジブリールの銃に目を向けた。

 ――確か、もう5発撃っていたな。

 そのまま更に黙考し、アズラエルはふっと皮肉げな笑みを浮かべてみせた。

「そうでしょう。今のあなたはただの銀行家じゃないですか。国家の代表でも何でもない。
あなたに国の生命財産を天秤にかける権利なんかありません」

 慇懃無礼とでも言うべき、挑戦的な声のトーンは、入国管理所でジブリールを激発させた時と同じものだ。

 そしてアズラエルは、ユウナが思い浮かべた場面と同じ、「とっておきの笑顔」を作った。

「たかが一個人が、そんな物騒な玩具を振りかざして粋がらないで欲しいですね」

 一瞬、奇妙な間があく。

「――!」

 ジブリールの二度目の激発は、本物の発砲を伴った。

 ドン!

 咄嗟にアズラエルは横っ飛びに跳んだが、銃弾は彼の太股を撃ち抜いた。
 痛みより衝撃で体勢を崩し、彼は肩から床に倒れ込んだ。

「死ね!!」

 追い討ちをかけるため、ジブリールは7発目を撃とうとした。

 帯銃して控えていた人間が一瞬遅れて飛び出し、ジブリールへ銃口を向ける。

 だが、ジブリールはそれに先んじて引き金を絞り――

 かちん、と乾いた音をたてるだけに終わった。

「え?」

 ぽかんとなって声を漏らしたのはユウナだ。

 呆然となるジブリールの銃口からは、何も出てこなかった。

 アズラエルは、激痛とそれに伴う脂汗に悶絶しながら、無理矢理口の端を吊り上げて笑った。

「その、銃……6発までしか撃てないんです」

 ジブリールが拳銃を取り落とし、人質の女が解放されて地面に倒れる。
 雪崩をうって人間が部屋に突入し、ジブリールはあっという間に取り押さえられた。

「我が社の製品をご愛用いただき、感謝していますよ」

 聞こえはしないだろうと思いながらアズラエルは呟いた。

 同時に、

 ――そういえば、途中でリロードされていたら命はなかったな。

 と思い至り、少し冷や汗をかいた。

「い、医者……医者を呼べ!」

 ユウナは誰彼構わず、そんなふうに絶叫していた。