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Azrail_If_186_第11話

Last-modified: 2007-11-09 (金) 21:54:55

時間は少し遡る。

 アズラエルが命懸けでユウナの説得を試みている一方、
大西洋連邦本国は非常事態に陥っていた。

 オーブのように、政府機関のみが騒いでいるのではない。
 国内各地で、文字通りのパニックが発生していたのだ。

 まずデュランダルの弾劾演説の直後、
各地でロゴス系列企業のビルや店舗、商品、そして社員を対象とした襲撃事件が相次いだ。
 これの鎮圧が即座に行われなかったため、
しばらくすると襲われた側が「反撃」を行い始めた。

 最悪だったのは、この時ぶつかったグループのいずれも、
組織的な動きをしていなかったということだ。

 ウナトの言った「サクラ」役が扇動するまま、衝突はすぐに誰が敵か味方か分からない
乱闘となり、終いには集団ヒステリーのような暴動へと変化した。

 最も悲惨だったのがアズラエル財閥の重工業が存在するデトロイトで、
数千人の工場従業員と暴徒、更には鎮圧に出動した警官隊が三つ巴となって激突し、
さながら内戦のような状況を呈した。

 これには流石の連邦政府も狼狽し、軍を動員して事態の収拾にあたったため、
ともかくにも死人が出るような騒ぎはおさまった。
 しかし、依然として個人による傷害事件や器物破損は続発しており、
治安の回復に手間取っているというのが現状だ。

「酷いことになりましたな」

 グリーンランド総司令部のウィリアム・サザーランドは、
自室に備え付けのモニターに向かって呟いた。

 彼と会話しているのは、ビジネススーツを着た老年の男だった。

 臨時にアズラエル財閥の代表者となっている、ブルーノ・アズラエルその人だ。

「いよいよ最期の時かと覚悟させられたよ。デトロイトはもう戦場だ」

 ブルーノは疲れたような笑みを浮かべて見せた。

 若い人間に後を任せて、早すぎる楽隠居を決め込んでいた彼に、
ここ最近の激務はそれなりに堪えていた。
 オーブのアズラエルが財閥の情報網を使えたのは別に偶然ではなく、
この男が踏ん張って建て直しを図ったおかげだ。

 何はなくとも、身内のこととくれば必死にもなる。
 彼にも情というものがあった。

「今はどちらに?」

 サザーランドは気遣わしげなふうに訊ねた。

「隣のウィンザーのホテルだ。軍が警護してくれてはいるが、
移動は危ないから禁止された」
「……まあ、仕方ありませんな」

 サザーランドは渋い顔をしたが、ブルーノは肩をすくめただけだった。

 実のところ彼は自分を守るという軍のことも、
その後ろに居る政府のことも信用していなかった。
 そもそもこの惨事自体、当局の初動対応の遅れが招いたに近いものであり、
ブルーノはそこに作為的なものを感じていた。

 つまり、政府は自分たちを見殺しにするつもりではないかと、彼は疑っていたのだ。

 ――何故そうする必要があるのか?

「将軍、私は情報が欲しい。軍部は今どうなっている?」

 ブルーノは包み隠さず問うた。

「賛同する者が半分、反対する者が半分というところです」
「意外と冷静だな。ベルリンやファントム・ペインの件で、嫌われていると思っていたが」
「我々は現状を直接見ておりますゆえ」

 そこまで言って、しかし、とサザーランドは言葉に詰まった。

 ――しかし、冷静に判断を下して、なお半分は賛成しているという訳だ。

 一時的な感情に流された訳ではない。
 サザーランドのように権力基盤との兼ね合いで身の振り方を決めた人間も少数派だ。

 経緯は多々あれ、それだけ多くの人間が
「ロゴス潰しは得になる」と判断したということだ。

 その筆頭が賛成派の首魁であるジョゼフ・コープランド大統領――彼は元々ロゴス、
つまり財界の支持を受けて政権を取った人物なので、
これはある種の政治的自殺と言えた――だが、
サザーランドは彼の狙いにおおよその見当がついていた。

「しかしコープランドは本気のようです。先日の特別教書をお聞きになられましたか?」
「『民間の武装に対する懸念』を表明したやつか?」

 ブルーノが問い返すと、サザーランドは頷いた。

 ジョゼフ・コープランドの特別教書の要約は、こうだ。

 いわく、「犯罪抑止と治安維持の為、
民間における武器の所有と使用を広範かつ厳格に禁ずる必要がある」と。

そうです、とサザーランドは首肯し、

「あれは銃の規制だとか、スタンガンの購入資格だとかの話ではない。
恐らく『ある種のミリシア』を撲滅するつもりです」

 と断言した。

 ミリシア――民兵といったり私兵といったり、
場合によってはゲリラといったりもする民間の武装組織。
 ジャンク屋ギルドやDSSDも広義にはミリシアに含まれ、
ファントム・ペインも実質的にはこれにあたる。

 大西洋連邦は憲法で民兵の存在を認めているため、ミリシア自体は別に犯罪ではない。
 犯罪ではないということになっている。

 だが、それを聞いたブルーノは顔色を変え、思わずモニターに詰め寄った。

「まさか、不可能だろう。護憲屋やジャンク屋が黙っていない」
「いえ、あくまでコープランドたちの考えです」

 サザーランドは無表情で釘を刺すと、

 ――まあ、個人的には気持ちは分からないでもないがな。

 と、心の中で付け加えた。

 彼に言わせれば現状、国内外に存在する一部のミリシアは、いささか力を持ち過ぎだ。

 ジャンク屋にしろ何にしろ、正規軍と正面装備で渡り合える武装勢力など、
厄介以外の何者でもない。
 ましてや規律を持たず、特定の組織や個人の利益の為に動く私兵集団ともなれば、
サザーランドにとっても抹殺の対象だ。

 あのザフトが元は黄道同盟の民兵組織だということを考えれば、
その危険性は推して知れる。

 このような危機意識は以前から各国政府や軍にあったものだが、
ここ数年の世界的な政情不安や、テロ組織化するミリシアの出現などが、
今回のような事態を招いたのだろうとサザーランドは考えていた。

 ユウナが引っかかりを覚えたのはまさにこの点で、
ロゴスが排撃されたのもこの為なのだった。

 しかし、とサザーランドは続けた。

「しかし、これではあまりに乱暴だ。
現に此度の騒動で、我が国の産業は打撃を被りました。
政府のやり方は強引すぎる――そろそろこの辺りで歯止めをかけねばならんと、
私個人としては思っております」
「……君にそう言ってもらえると心強い、サザーランド少将」

 と、ブルーノは恐縮して言った。

 ――別に、お前の為に言っているのではないわ。

 だが、裏腹にサザーランドはそんなふうに思っていた。

 彼は、あくまで国益を遂行することが第一なのであって、
そのために「ムルタ・アズラエルの」やり方に同調しているに過ぎない。
 むしろロード・ジブリールの専横や、
軍規を乱すファントム・ペインの存在は、彼にとっては害毒に等しい。

 全ては大西洋連邦のため。

 ――なれば、私は地獄の悪魔とでも手を結ぶぞ。

 昔の政治家の言葉を思い出しながら、
サザーランドは次なる交渉相手のことを考えようとした。

 その時、ブルーノは太腿に鋭い痛撃を感じて顔をしかめた。

「うん……? 何だ?」
「どうしました?」
「いや、急に足が痛んで」

 ブルーノは不思議に思って足をさすったが、特に怪我はなかった。

 もし彼に「虫の知らせ」という発想があったならば、
もっと思うことがあっただろうが、彼は迷信を信じない人間だった。

 ただ、攣ったのだろうか、などと思うばかりだった。