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Azrail_If_186_第12話

Last-modified: 2007-11-09 (金) 21:55:09

一方、足が攣ったでは済まなかったのが「ドミニオン」のナタル・バジルールだ。

 折悪しくも指揮座から立ち上がった瞬間、左太腿に走った激痛に、
彼女はバランスを崩して階段を転げ落ちる羽目になった。

 無論、狭苦しいブリッジの短い階段であるので、
転げ落ちるといっても大した距離ではないのだが、突然の惨事にクルーは仰天した。

「大佐、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……すまん、不注意だった」

 ナタルは目を白黒させたが、実際異常はどこにもない。

 ――何なんだ、一体。

 釈然としないまま、彼女は例によって仕事を再開することにした。

 自室に戻り、部下からの報告書に目を通していく。

 各艦の状態は、将兵、設備、物資や艦載機その他を含め、おおむね良好。
 強いて言うならトイレットペーパーが不足気味だが、次の寄港の際に補充の予定。

 内容を総括すると、こんなものだ。

 しかし、ナタルは軽い引っかかりを覚えていた。

 ――次の寄港か。いつになることやら。

 現在、「ドミニオン」を含む第62任務部隊はオーブの領海すれすれ、
オノゴロ島の北西に展開している。 
 地球連合軍としてではなく、大西洋連邦軍としての行動だ。

 ナタルに指示を伝えた将官は何も言わなかったが、これがカーペンタリアに
集結しつつあるザフトと東アジア軍への威圧であることは明白だ。

 いつまで続くか分からない任務であり、
相手の出方によっては南下して砲火を交える可能性もある。

 好意的な中立を保つことはありえない。

 ――問題は、どのタイミングで介入するかだが……。

 ワークデスクの上に肘をつき、じっと考えていたナタルは、
そこでふと顔をしかめた。

 そうして、

 ――いや、私の領分ではないか。

 と、思考をぶつ切りにする。

 戦時中としても異例のスピード出世を遂げた彼女だが、所詮はいち大佐。
 このように高度に政治的な決断は国家の仕事であり、
軍人が立ち入るべきではない、というのがナタルの考えだ。

 サザーランドが聞いたら鼻で笑いそうではあったが、
彼女は自分をそういう立場だと認識していた。

「大佐、今よろしいですか?」

 そこへ、ノックと共に廊下から声がかけられた。

「開いている。入れ」
「失礼します」

 入室してきたのは、ブリッジで通信設備を管轄している士官だった。
 彼は困り果てた様子で、重大な問題が発生しました、とナタルに報告を始めた。

「通信機が繋がらない? 壊れたのか?」

 ナタルがおうむ返しに呟くと、いえ、とその士官は否定した。

「それも分からないのです。装置自体からは何の異常も見つからないのです」
「厄介だな。全く動かないのか?」
「艦同士の連絡は可能です。しかし、基地との通信は完全に途絶しました」

 そこでナタルは、部下が何故ここまで深刻な顔をしているのか、
やや遅まきながら察した。

「待て。機械が壊れたのは我が艦だけではないのか?」

 士官は粛々と頷いた。

 彼が言うところによると、
現在、第62任務部隊は、全艦が通信機能をほぼ喪失しているとのことだった。

 最寄りの陸地とも連絡が取れない有様で、洋上で完全に孤立している。

 初めはすぐ復旧すると思われていたが、いつまで経っても直る様子がないので、
いよいよ青くなってナタルのところに駆け込んできたのだという。

 ――なんてことだ。

 自分こそが青くなりたいのを堪えて、ナタルは押し黙った。

 プラントが予告したタイムリミットまで、あと80時間ほどしかない。
 この非常時に、司令部との連絡が取れなくなるということが、何を意味するのか。

「……復旧を急げ。言えることはそれだけだ」

 感情を押し殺した声でナタルは命じた。

「最善を尽くします」

 士官は頷くと、さっと居ずまいを正して敬礼し、そのまま部屋を出て行った。

 次いでナタルは内線を取ると、格納庫に繋いだ。

『はい、こちら格納庫』

 電話口から滑り出たのは、ナタルのよく知る声だった。

 噂のブーステッドマンである、オルガ・サブナック少尉だ。

 軽い驚きを覚えつつ、ナタルは早口で訊ねた。

「サブナックか? ブエル少尉はまだ戻らないのか」
『バジルール艦長か、その声は?』

 オルガは若干ぎょっとして、いつも同僚の愛機が鎮座している辺りを見やった。 
 同じくブーステッドマンであるクロト・ブエル少尉は、数時間前にカーペンタリアへ
偵察に出たきりであり、そのハンガーは空だ。

『予定じゃあそろそろ帰ってくる筈だぜ。何かあったのかよ』
「戻り次第すぐ私の所へ来るよう伝えてくれ。状況が変わった。それと少尉、
言葉づかいに気をつけろ。次は減給では済まさん」
『……り、了解』

 冷ややかな上司の言葉に顔を引きつらせながら、彼は慌てて承諾した。

 そうしてオルガが受話器を戻した瞬間、格納庫に耳障りな金属音が響いた。
 艦載機の収容のために開いたハッチに、1機のMSが入ってきたのだ。

 ――あれって、レイダーじゃねえか。

「間の良いやつ」

 そう呟いた彼の前で、
そのMSことレイダーは、そのまま歩いて自身の格納スペースに収まった。
 念の為に整備班が近付こうとすると、その前にコクピットが開いて、
中からパイロットが顔を出す。

「ちょっと、何で誰も誘導してくれないのさ。緊急着艦訓練かよ?」

 そういって不満そうな声を上げたのは、クロト・ブエルだ。

 オルガはレイダーの足元に進み出ると、彼を見上げた。

「通信機が全部ぶっ壊れたんだとよ。誘導装置もついでに死んだんじゃねえのか?」
「え、何の話?」
「後で誰かに聞け。それより、どうだった」

 オルガは面倒くさがって説明を放棄した。

 クロトはむっとして顔をしかめたが、とりあえず質問に答えることにした。
 それくらい、彼が目にした光景は凄まじいものだったのだ。

「ああ、やばいね。マジでやばい」
「……そいつは大変だな」

 反応に困って、オルガは何となく間が抜けたように呟いた。

 クロトはキャットウォークから降りつつ、大袈裟な身振りで解説した。

「もう湾内が軍艦だらけなんだよ。2年前より多いぜ、ありゃあ」
「数は? 見えたか?」
「画像の解析待ちだけど、多分2桁じゃきかないね。やる気満々って感じ」

 と、クロトは舌を出す仕草をしてみせた。

 彼の言う2年前とは、前大戦の頃、連合軍がオーブに侵攻した際の話だ。

 オルガはその時の記憶を――あまり鮮明ではないが――を思い起こし、
あれ以上、と口の中で呟いて、舌打ちした。

「……ヘブンズベースをやったばっかりだってのに、よくそんな無茶ができたもんだな」

 クロトはさして愉快な気持ちにもならず、軽く肩をすくめた。

「ごもっとも。ああ、ヘブンズベースで思い出したけど、『ミネルバ』もきてるぜ」
「何だと? もうこっちに戻ってきやがったのか!」
「同型艦かも知れねえけどさ」

 これには流石にオルガも驚いた。

 ヘブンズベースのあるアイスランド島からカーペンタリア湾までは、
当たり前だが相当な遠距離だ。
 だというのに「ミネルバ」は現れたという。

 益体もない艦だ、とオルガは胸中で毒づいた。
 しかし、クロトはそこへ更なる驚きをもたらした。

「あと、確か、東亜の『イ・スンシン』と『アン・ジュングン』、
『アイシンギョロ・ヌルハチ』もいたね」

 オルガは思わず黙り込み、カーペンタリアの陣容を想像した。

 ぞっとしない想像だった。

「オーブも何日もつのやら」

 クロトはどこまでも淡々としていた。

 ブーステッドマンとはいえ、一介の少尉に過ぎない彼らにとって、
オーブの命運などどうでもいい話だ。

 彼らの関心はただ、そう遠くない日にあの大艦隊と戦うであろうことと、
どのようにそれを沈めれば良いかということに集約される。

 ――まあ、今回はそれだけ、とも言えないか。

 クロトはうっそりと思った。

 強いて言えば、浅からぬ因縁のあるあの男――ムルタ・アズラエルの行く末が、
やはり少しは気がかりではあった。

「ちょっと、あんたたち何してるの」

 唐突に、ちょうど「鈴を転がすような」声が闖入し、男2人は揃ってぱっと顔を上げた。

 いつの間にか近寄ってきていたらしい、
そこにはフレイ・アルスターが腰に手を当てて仁王立ちしていた。

「ああ、おまえか」

 オルガは何の気なしに口にしたが、その横柄な態度にフレイは少しばかり気分を害した。

「アルスター中尉よ。相変わらず階級ってものに馴染まないわね、あんた」
「……そりゃあ悪うございましたね」

 フレイの物言いに、どことなくナタルの影響を見て取って、
オルガは辟易しながら減らず口を叩いた。

 もう、とフレイは呆れて嘆息した。
 そうして、思い出したように本題に入る。

「というか、あんたたち、報告はどうしたのよ。すぐ来いって艦長に言われたでしょう」
「え、何それ。オルガ?」

 クロトはきょとんとして、フレイとオルガを交互に見比べた。

 オルガは思わず口を手で覆って顔色をなくしていた。

「……やべえ」

 クロトが顔を引きつらせ、フレイが二度目のため息をつく。

「こ、この……馬ァ鹿!」

 クロトの罵倒を皮切りに、彼らは脱兎のごとく艦長室に殺到した。

 再び報告書をさばく作業に戻っていたナタルは、随分な勢いで飛び込んできた
部下たちに一瞬呆気にとられ、それから深いため息をついた。

「……遅かったな」
「大変申し訳ありません大佐!」

 直立不動の姿勢でそんな声を張り上げる、オルガの姿は何とも言えず滑稽で、
ナタルは少々脱力感を覚えた。

 これは恐らく死んでもなおるまい。そう思ったのだ。

 そのうち2人を追ってきたフレイが現れ、ナタルは気を取り直すとクロトに訊ねた。

「ご苦労だったな、ブエル少尉。後で詳細を聞くが、かいつまんで説明してもらえるか」

 クロトは頷くと、つい先程オルガと話していたような内容を語った。

 ナタルは「ミネルバ」の名前が出たところで少し顔をしかめたが、
それ以外は黙って聞いていた。
 一通りの説明が終わってから、彼女は感心して言った。

「ふむ。よくそこまで分かったな」

 クロトは、大したことではない、と頭を振った。

「向こうの領空すれすれから高度取って撮影したんで、画質の保障はできませんよ」
「充分だ。よくやった」

 珍しく手放しで部下を褒めてから、しかし、とナタルは首をひねった。

「それにしても、そこまで近付いてよく迎撃されなかったな。
スクランブルされなかったのか?」
「それが全く。機影すら見かけませんでしたね」

 と、クロトは難しい顔をした。彼自身、そのことを不思議に思っていたのだ。

 意図的に無視されたのか、それとも単に発見されていなかったのか。

 ただ、なにぶん通信が完全に遮断された今の状況では、仮に意図があったとしても、
それを探ることはできない。

 ――ならば、次善策を取るしかないか。

 ナタルはしばらく無言で考え込んでから、フレイの方を見た。

「よし。アルスター、全艦に通達。これより第2種警戒態勢に入る」
「了解」

 フレイは短く答えると、きびすを返して部屋を出た。

 ナタルは残った2名にも退室を促すと、1人でもう何度目かの嘆息をした。

 そして、こんなことを考えた。

 ――なあ、ナタル・バジルールよ。私は何を恐れていると思う?

ドミニオン編。