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Azrail_If_186_第14話

Last-modified: 2007-11-09 (金) 21:55:55

オーブに刻々とタイムリミットが迫りつつあった。

 大西洋連邦では、サザーランドたちが議会とマスコミへの工作に駆け回っていた。

 国策を決定する「白い家」が反ロゴスであるコープランド大統領の牙城だとすれば、
それを突き崩すためには議会とメディアを動かさなければならない。
 そのことを彼らはよく理解していた。

「オーブ大使館に連絡を取れ。それからPR会社にもだ。
捏造はするな、後々こちらが不利になる」

 サザーランドはブルーノ・アズラエルの人脈も駆使し、本国との連絡が途絶えて
立ち往生していたオーブ大使と接触した。
 この男を名代に、プロのPR会社を雇い――資金はブルーノが自主的に提供した。
寄付という形で――世論工作を仕掛けようとしたのだ。

 これが大きな反響を呼んだ。

 それまで、政府がどれだけアンチ・ロゴスの論調を煽ろうとも反応が鈍かった
メディアが、一斉に食いついてきたのだ。

「我が祖国、オーブは、2年前の『あやまち』とブレイク・ザ・ワールドによって、
大西洋連邦国民と同じく深い傷を負いました。
大津波により国土の80%は水没し、
オーブ固有の動植物も計り知れない打撃をこうむりました。
今、オーブ国民は飢え、そしてカーペンタリアとL5の脅威によって、
地上においても宇宙においても、明日の知れない身分であります。
どうか、どうか我々を助けてください。
我々は地球連合の一員としての責任を自覚し、今日まで誠意をもって活動してきました。
どうか、大西洋連邦の皆さん、お願いします」

 素人くさい、明らかに外国人が話す英語で、切々と母国の窮状を訴える大使の姿を、
新聞やテレビはこぞって書きたてた。
 テレビ映りもそこそこで、話題性も特にない大使の話を一面トップ扱いにする
マスコミの動きは、最近の世界情勢とあいまって不気味ですらあった。

 プラント側はこれに対し、「ロゴスを支持する『実質的テロ支援国家』を
擁護するとは何事だ」というような抗議を政府レベルで打診してきたが、
ほとんど相手にされなかった。

 経歴上、その手の圧力団体について知識のあるブルーノは、その理由をすぐに察した。

「ターミナルだな。よほどコープランドが怖いと見える」

 正確には、コープランドが推し進めようとしている政策がマスコミ、
ひいてはそれを牛耳るターミナルの反発を招いたのだろう、とブルーノは分析した。

 だが、サザーランドはこの現象に苦虫を噛み潰していた。

「事が事とはいえ、こうも世論操作がし易いのも考えものだな……
やはりターミナルは力を持ち過ぎている」

 そんなジレンマを抱えながら、彼は、
やはり後々ターミナルは潰すべきだ、と密かに考えていた。
 彼はナタルなどと比べると、政治的な上昇志向が非常に強いタイプだった。

 同様のマスコミ攻勢は、大西洋連邦以外の国々でも起こっていた。
 大西洋連邦に次いでそれが激しかったのが、ユウナたちオーブが頼みの綱とする赤道連合だ。

「マスコミが騒いでいるが、これは本当なのか? 本当に東アジアがオーブに侵攻すると?」
「あれだけの数を集めておいて、今更デモンストレーションもないでしょう」
「しかし、肝心の太平洋艦隊が出ていないというではありませんか?
我が国に地熱発電技術を提供するというオーブの言葉も、どうだか」
「いや、実際に太平洋艦隊の『たかなみ』を見たという情報もあるぞ」
「オーブのことなどどうでも良い! とにかく東亜の好きにさせる訳にはいかん」

 赤道連合の政治家たちはこのように揉めたが、
結局、非常事態に備えて当該地近海に戦力を派遣することで合意した。

 また、各国のオーブを助けるべきだと主張する一派からは、こんな意見が出始めていた。

「地球連合憲章によればオーブは我々の同盟国であり、このオーブを攻撃する
ことは明確な世界安全保障条約違反である。東アジアは侵略者である」

 無論、この短時間で、民衆に統一された世論が形成される訳はない。
 こういった意見の大半はターミナル系のメディアによるものだったが、
オーブにとっては追い風だった。

 以上のような内容を、アズラエルは足の治療が終わると同時にユウナから伝えられた。

「好ましい流れですね」

 端的に彼は状況を評した。

 「白い家」が沈黙している以上、最高と言う訳にはいかなかったが、
それでも事態はこちら側に都合良く動いている。

 しかし、とユウナは簡易ベッドの上のアズラエルに言った。

「しかし、もう、時間がありません。各国が動き出すとしても、間に合うかどうか」

 プラントが示した期限までの猶予は、もう24時間を切っていた。

 ――今更、気を揉んでいても仕方ないでしょうに。

 ユウナの、不幸を呼び込みそうな陰気な顔にも、慣れてきたアズラエルは特に何も感じなかった。

「カーペンタリアはどうなっているんですか?」
「分かりません。ただ艦隊はもう出撃したようで、オノゴロの北東にザフト艦を確認しています」
「そうですか……」

 アズラエルは口を閉ざし、これは来るな、と自らの予感を確信に変えた。

 もっとも、ザフト艦隊の行動自体は
オノゴロ北方の「ドミニオン」らを警戒してのものなのだが、彼らは知らなかった。

 そんな彼らを、ドアの横に控えて1人の男が見ていた。

 ――そろそろ、潮時だろうか。

 オーブ国防軍に所属する、ソガ1佐だ。
 彼はそう胸中で呟いた。

 彼は、名目上、ユウナの護衛ということでこの場に立っていたが、本心ではそうでなかった。

「そういえば、ジブリールはどうしていますか」

 不意に沈黙を破ってアズラエルは訊ねた。
 彼はソガがそこに立っていることを意識していなかった。

「彼なら、銃を没収して……その、そこの壁の向こうの部屋に拘束させていますよ」
「隣に居るんですか?」

 少なからずぎょっとしてアズラエルは問い返した。
 ユウナは少しばつの悪い気分で頷いた。

「ええ、何と言うか、ご不快かと思いますが、なにぶん部屋数が少ない建物でして」
「いえ、構いません。無駄がないのは良いことです」

 それは違う、とソガは無言のうちに思った。

 アズラエルとジブリールを隣室に入れたのは、
ソガの、正確にはソガ「たち」の意図があってのことだった。

 ――ウナト・エマのところは大丈夫だろうか。

 と、ソガは軍服の下に忍ばせた銃に手をかけた。

 何を隠そう、彼らは軍によるクーデターを計画しているのだった。

「……やはり落ち着いておられますね」

 ソガのことなど埒外であるユウナは、率直な感想を口にした。

 ソガたちの計画は、まずこのユウナを拘束もしくは射殺するところから始まる。
 それを合図に別室のウナトを、やはり拘束または射殺し、
アズラエルとジブリールの身柄を確保する。
 そして速やかに臨時政府の発足を宣言し、ロゴス2人をプラント側に引き渡して、
オーブは戦火を逃れるという筋書きだ。

「あなたも落ち着いておられるでしょう」

 無論、ソガたちとてそれが一時的な解決にしかならないことは理解している。

 ただ、彼ら2年前の「オーブ解放戦」の経験者には、大西洋連邦への根深い不信があった。
 どのみち戦場となるのなら、
まだプラント・東アジアの陣営についた方が良い、と彼らは考えたのだ。

 ソガはオーブを守ろうとする点においてユウナと志を同じくしたが、出した結論が異なった。

「…………」

 ユウナは、そんなことはない、僕は恐ろしくてたまらない、と言いかけて、止めた。

 代わりに、

「理事、あなたはご自分の潔白を確信していると仰られた。今でもそう思っておられますか?」

 と、問いかけた。彼はこれを、最終確認にするつもりだった。

「疑いようもありません」

 アズラエルは深く考えずに即答した。他に答えようもないことだった。

 ユウナは、分かりました、と頷ききびすを返そうとした。

 ソガは、ユウナがこちらを振り向いた瞬間に発砲しようと手に力を込めた。

 その時、ちょっとした奇跡が起こった。
 非常にささやかな奇跡だ。ただの幸運といっても良い。

「あの、アズラエル理事、一つよろしいですか?」
「はい?」

 ユウナは、その場に踏みとどまって、言葉を続けたのだ。
 ソガはじりじりしながら、ユウナの背中を凝視した。

「その、僕は、これでも政治家の端くれです。
政治家の仕事は、極論すれば自国の発展と安全のみだと考えています」

 アズラエルは無言で頷いた。ユウナは歯切れの悪い調子で続ける。

「でも、オーブ人はそれを傲慢でエゴイスティックな行いだと考えます」
「自国を守ることをですか?」
「自国だけなので駄目なんです。上手く言えません。とにかくそういうものなんです」

 ――訳が分からない。

 アズラエルは首をひねりながら、相手の言葉を噛み砕こうとした。
 やがてユウナの言わんとするところをおぼろげに理解した彼は、それを奇妙だ、と感じた。

「それは……あまりに政治家に完璧を求めすぎでしょう」

 若干呆れたようなアズラエルに苦笑して、ユウナは頷いた。

「だから、完璧な神が居ました。中立のアスハという神が。
オーブの政治家の仕事は完璧なアスハに代わって“必要悪”を行使することなんです」

 説明しながら、ユウナは自分の理解が深まっていくのを感じていた。

 そう、セイランにしろ、今はもう居ないサハクにしろ、
その役目はアスハの代わりに「悪行」に手を染めることだ。

 ユウナには青臭いとしか見えなかったカガリ・ユラ・アスハの理想主義も、
この意味においては全く結構なことなのだ。
 問題があったとすれば、いささか彼女と彼女の周囲の人間に
行動力がありすぎたことくらいだろう。

 ――狂っている。

 アズラエルはぞっとしながら思った。

 このようなことを、さも得心がいったとばかりに語るユウナの心が、
彼には全く分からなかった。
 仮にこれが「忠誠」というものならば、
なんと不気味で業深いものだろうか、としか彼には思えなかった。

 これでは、その「必要悪」とやらは、未来永劫に報われないからだ。

「失礼は承知です。
ユウナ・セイラン、伝統と悪習が異なるということは理解していますか?」
「いや、その……よくは分かりませんが」

 途端に弱気な様子になるユウナに、アズラエルは眉を寄せた。

「でも、それがオーブという国ですから。
公明正大をよしとして、不正を許さず、世界平和を望む。
僕だってこの国を愛してる。だからもう諦めることにしたんです」

 たった今、という言葉のみ呑み込んで、ユウナは語った。

 ソガは、何か強い衝撃を受けて、頭の中が真っ白になって硬直した。

 アズラエルは流石に返答に窮していた。

 ――これは、価値観の違いだ。

 そう思って彼が黙っているのを、ユウナは気分を害したと受け取った。

「す、すみません、おかしなことを言いました。忘れてください」
「いえ」

 そんなやり取りを交わして、ユウナは退室するべくきびすを返した。
 ソガは、撃たなかった。

「ミスタ・セイラン」

 ふと思いついて、アズラエルはその背中を呼び止めた。

「私は構いませんが、“あなたがた”はそれで満足するんですか」

 言いながら彼は、何故か、ナタル・バジルールの顔を思い出していた。
 ユウナは肩越しに振り返って、しばし難しい顔で考え込んだ後、ぽつりと答えた。

「分かりません……やってみないことには」

 失礼します、とそのままユウナは部屋を出て行った。

 ソガが少し遅れて続き、1人部屋に残されたアズラエルは、

「……『やってみないことには』」

 と、呟いた。

 部屋を出て、護衛を別の軍人に引き継がせてユウナと別れたソガは、
しばし廊下に立ち尽くしていた。

「ソガ!」

 そこへ、数人の軍人たちが駆け寄ってくる。
 そのうちの1人はやってくるなり、握り拳でソガの顔を殴りつけた。
 たまらずソガは廊下に倒れる。

「何をしていた。どうして失敗した!」
「……撃てなかった」

 ほとんど狂乱する同僚を前に、ソガは消え入りそうな声で答えた。
 それを聞いた軍人たちは、口々にソガへの罵倒を叫びだした。

「馬鹿野郎、馬鹿野郎、これでオーブは滅ぶぞ。お前がオーブを滅ぼすんだ、ソガ!」

 ソガはばっと立ち上がって、そう言った軍人の襟首を掴んだ。

「うるさい、撃てる訳があるか! あんなものを……」

 そこから先は、言葉にならなかった。