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Azrail_If_74_第05話

Last-modified: 2007-11-09 (金) 21:59:47

国防総省統合作戦総司令部、AD時代には通称ペンタゴンと呼ばれた施設は現在、その本部機能をアラ
スカに移転している。
大西洋連邦大統領ゼーレン・アッシュと、東アジア共和国主席ナオコ・グールド、ユーラシア連邦大
統領レオニード・ユスーポフの三者において地球連合戦時下統合会議の定例会が開かれていた。
「アッシュ大統領。大洋州連邦の背信行為に対し、合同で懲罰的処置を取るべきでしょう? 電撃的
にプラントを攻略すべきです。わたくし達はこの戦争の長期化は望みませんわ」
「だが、太洋州連邦は以前から地球連合に加盟して居ない。どのような根拠で措置を取ると仰るの
ですかな」
歴史的に大洋州及び東南アジアに対し、領土的な野心を抱く東アジア共和国は対プラント戦役において、
常にその最右翼を占めていた。
しかも…と、内心アッシュは呟く。
東アジアではつい最近まで、民族紛争が絶える事無く、今現在も少数民族を弾圧する強硬姿勢により、
辛うじて国としての体をなしている。
大西洋連合の掲げるデモクラーシーには相容れない価値観を有し、彼女ナオコ・グールドも権力闘争の末、
漁夫の利的なスタンスでその地位を得た故に、国内向けの対プラント過激派とも言える存在である。
ユスーポフ大統領が水を一口飲み、コンソールに口元を近づけたとき、アッシュは正直助かると、そう
思った。
しかし、期待は裏切られる。
「我が国においても、エイプリル・フール・クライシスの被害は甚大です。ここは主席の仰る通り、こちら
からも打って出るべきです」
「しかし…今の航空宇宙戦力では…冒険主義は禁物というのがわが国の見解であり…」
アッシュは言葉を捜すように、水を口にしながら、彼らを見渡す。
前年までの顔ぶれは、彼、アッシュに取っても馴染みの相手であったが、ここ一年ほどで東アジア共和国と
ユーラシア連邦の首脳陣の顔ぶれは一気に変わってしまった。
まだ、30代半ばの…妙齢の女性であるナオコ主席は言うに及ばず、ユスーポフ大統領さえまだ40代半ばの
年齢である。
そういえば、うちのアズラエル氏も30代だったなと思い返し、溜息を付いた。
時代は変わっている、という事なのだろう。
年齢相応の疲労がアッシュ大統領の両肩に大きく圧し掛かったように感じた。

『蒼い血或いはノブレス・オブリュージュ5』

相変わらず、アズラエルはベットの上の住人であった。
少しづつ、よろめきながらも歩けるようにはなって来ているが、まだ完全とは言えない。
上手く歩けない苛立ちから、その日のアズラエルは荒れていた。
「はぁ…? たった2個艦隊でプラント本国に侵攻する…? 中佐、これは笑えない冗談ですよね」
サザーランドは見舞いの果実バスケットをサイドテーブルに載せながら、彼自身、肩を竦める。
「上の…地球連合としての総意という事です。アズラエル様、老人達に手を回し、今回のこの無謀な作戦
を廃棄出来ませんか…?」
地球連合の総意という事は、各国の首脳達の会談で決まった事項であり、それを覆す事は流石のロゴスに
おいても不可能事であった。
首を振りながら、諦めたようにアズラエルは吐息を漏らす。
「…無理ですよ中佐。どうせ、アッシュも老人達には図っているでしょうしね。ふん、僕は蚊帳の外って
わけです」
何と声をかけてよいのか分らず、サザーランドも吐息を漏らす。
「決定事項という事ですな…。核でも使うつもりでしょうか」
「忌々しいプラントの通商妨害により核は現在使用不可です。うちでも色々と研究を進めていますがまだ
対策法はありませんし、二個艦隊を芸も無くプラントに突入させる作戦なんでしょ、どうせ。資源と金
の無駄遣いも良い所ですよ、まったく」
「精々、我々の息のかかった将兵は無駄死にさせたくはありませんな」
病院での普段着である、パジャマの紐を苛々と伸ばし、アズラエルはその苛立ちを露にした。
「当然です。僕達はこの作戦には一切ノータッチです。冗談じゃない…糞ッ!」

後に第一次ヤキン・ドゥーエ攻防戦と呼ばれる戦いは、産まれる前から死産を予定された不吉な胎児の
ように、そのそもそもの作戦起案から準備、発動に至るまで、後手後手であり、誰もが始まる前から、
その死産で終る結果を知っていた不幸な作戦である。
嫌々のように月面プトレマイオスクレーターを出立した、第5と第6艦隊の総指揮を執る、ノーマン・ブ
ラッドレイ少将は、自らの不運を嘆かずにはおられなかった。
「司令…司令がそんな態度では兵に示しがつきません」
副官であるブラッド中佐はそう、言葉にしながらも、彼自身貧乏くじをひいたという意識を拭えずに
いたのだから、説得力に欠けていた。
それでも居住まいだけは正し、ブラッドレイ少将は指揮コンソールに視線を向ける。
何度見ても、その布陣は変わらず、それが彼の何度目かの溜息を誘った。
「そうは言うが中佐。君も私も…派閥を持たぬものの不運だな、これは」
と、力なく呟く。
ザフトの陣形は既に偵察用メビウス・ディープによりもたらされており、完全な縦横陣をひき、彼らを
待ち構えている。
勝敗は既に戦う前から定まっていた。
コンソールに視線を落し、ブラット中佐も溜息をついた。
「…これは酷いですな。後は如何に被害を最小限に留め、引くかです」
「そうだな。少なくとも私たちは艦のクルーの生命には責任を持つ立場だからな。やるだけやろうじゃ
ないか」
ザフトもプラントを背にし背水陣をひいていた影響もあり、深追いはしてこなかった事が、第5及び第6
艦隊にとっては幸運であった。
それでも出撃させたメビウス・ディープはMSジンや要塞砲により、次々と爆散し宇宙を一瞬だけ染め、
そして塵となっていった。
これも幸運な事に、メビウス・ディープはその初陣において、サヴァイヴァリティの高さを証明し、
アズラエルが目論んだ通り、母艦船さえ健在ならば多くの将兵の生命が救われ、そして次の戦場の為
に温存される。
撤退する地球連合の艦隊を見送りながら、プラント最高評議会議員であるエザリア・ジュールはこう宣
言したものである。
「既に地球連合は形骸であると」

「いや、それにしても先日はお騒がせしました」
何時ものように、リハビリ室の中をセレーネに支えられながら、とぼとぼとアズラエルは歩きつづける。
そして、ぽっりと軽い謝罪の言葉を口にした。
常に他者に対し、威嚇するような、見下すような、そして恐れるような言動を向けるアズラエルも、軍
や政府の後ろ盾が無い民間人に対しては、庶民のブルーコスモス構成員に話し掛けるようにその口調も
些かは和らぐ。

──ブルーコスモス盟主、主治医にコーディネーターを選ぶ。優秀性を買っての事と、アズラエル氏の
関係者は言明。専門職はやはりコーディネーターが優秀なのか? 各界に波紋──

セレーネの耳にもその話は入っており、そのお陰で病院内においても色々と不便な目にあって来た。
不思議とセレーネは全てを淡々と受け入れていた。
もし、患者であるアズラエルから解任を申し渡されれば、それに諾々と従った事だろう。
だけれども、まだその話は無く、アズラエルは一患者として日々リハビリに励んでいる現状、セレーネ
としてもこれ以上、どうすれば良いのか判断が尽きかねたのである。
「私は気にしておりません…Mrアズラエル。貴方が患者である以上、私は医者ですから」
「そうですか。それは助かります」
アズラエルも素っ気無く、それに答える。
こういう時、皮肉げな笑みを口元に浮かべるのが常の彼であったが、どうも上手く行かない。
素顔の表情を、アズラエルは忘れていた。
片手で手すりにつかまり、もう片方の手をセレーネの首に回しながら、アズラエルは兎も角歩く。
苛々するはずの作業であったが、放心したようにアズラエルの感情はフラットになっていた。
ふと、外に視線を向け「もう、春ですねえ」と呟いた。
セレーネも外のふっくらと芽をつけている樹木に目をやりながら、少しだけ微笑む。
「そうですね。Mrアズラエル…貴方ももう少しで春と共に外に出られますよ」
そうして外に出て、何をするのか…金儲けの算段か、効率良く人を殺す手段を講ずるのかは、セレーネ
には分らない。
まだ、少なくとも大西洋連合の都市部において、専門職として手に職を持つコーディネーターまで
迫害はされていない。
それも…時間の問題か。
アズラエルに聞こえないよう、吐息をついた。
何故、両親はブルーコスモスの賛同員でありながら、自分という存在を産みだしたのか。
何を願い、私という存在に希望をかけたのか。
聞こう、聞こうと思っているうちに、彼女の両親は事故で無くなり、その機会は永遠に失われた。
だからと、彼女は思う。
私はブルーコスモスに対しても、ナチュラルに大しても、そしてコーディネーターである事にも、何の
感情も浮かばない。
ただ…争いの耐えない地球圏より外の、より広い外の宇宙『そら』への祈りと憧憬いのようなものだけ
があった。

アズラエルはしきりに「出られますかねえ…」と呟いている。
ぽんと、軽くアズラエルの背中を叩き元気付ける。
「大丈夫ですよ、Mrアズラエル」
「ちょっと確認ですが、Drセレーネ、貴女はコーディネーターですよね?」
当然のようにセレーネは頷く。
「ええ。MRアズラエルが嫌いなコーディネーターですよ。そして現在は貴方の主治医です」
アズラエルは少しだけ眉を顰める。
「いえいえ、別にDrを非難しているわけじゃないんですよ…? 僕達はプラント施設を返してもらいたい
だけですから」
「Mrアズラエルの主張は知っています。ブルーコスモスの事も多少は」
「Dr…Drセレーネのご両親はブルーコスモスの賛同員だったんですよね。どうしてその両親が貴方みたい
な…あ、いや」
セレーネは微笑みながら続ける。
「無理はしないで下さい。そう…私も分らないんです。何故、両親が私をコーディネーターにしたのかが」
不意に、アズラエルはセレーネの顔を覗き込み、真剣な口調で問う。
「Drセレーネ。貴女の美しさ、そして微笑み、能力、献身…全て…コーディネートされたものなのですか…?」と。
アズラエルの真剣な口調に驚きながらも、セレーネはただ、彼女の気持ちを吐露するため首を振る。
「…どこまでが自然な私で、何処までがコーディネートされた私かは…私も分りません。私が私を分ける事は
不可能ですから」
「……」
「でも産まれて来て、生きてきたのは私であり、遺伝子ではありません。…それだけです。Mrアズラエルはこんな
話を聞いて不快ですね」
少しだけ悲しげに、セレーネは俯く。
「……」
アズラエルにも分らなかった。
自然である事、そして不自然な事の差違が。
そうして、ナチュラルとコーディネーターの本質的な違い、が。

西日が差す中、重い沈黙が部屋と二人を包み込んだ。