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Azrail_If_74_第09話

Last-modified: 2007-11-09 (金) 22:00:17

「大統領閣下、お時間です」
主席秘書官の方に軽く頷き、アッシュ大統領は演説壇に立つ。
その瞬間、フラッシュが眩く、彼の目を射た。
彼は何時ものように、壇の上に置かれた聖書に手を載せた。
「地球の皆さん、大西洋連邦と致しまして今回の一連の騒乱による被害者に深い哀悼の念を捧げます」
言葉に呼応し、フラッシュの音が更に高まる。
表向きにはザフトの潜入工作員による、情報操作によるテロ行為と断定されていたが、地球中を席巻する形で起きた、コーディネーターと【目された】人々に対する暴動は当初、東アジアの一部で発生し、ネットやメディアを通じ、燎原の火の如く、世界中に広がった暴動を、大西洋連邦以外の国家当局は、それを黙認し、また故意に放置する事により、厭戦的な自らの敵対勢力へとその暴動の凶刃を向かわせ、自らは労する事無く、反対派の粛清に成功した。
アッシュは東アジアやユーラシアで行われている、反時代的な暴動行為に反対し、緊急閣議を開いたのだが、閣内は寧ろ冷ややかですらあった。

「しかし、市民の間で広がった厭戦気分もこれで一新する事でしょう」
ブルーコスモスの息が掛かった、とある国務大臣はそう言い放った。
アッシュは自らが孤立している事を、悟った。

【蒼い血或いはノブレスオブリュージュ9】

アッシュ大統領による今回の暴動に対する演説をモニタで見やりながら、アズラエルは苛々と自らの髪を掻き毟った。
これで政府首脳、アッシュ大統領やスミス副大統領に対する、ブルーコスモスの浸透運動は頓挫してしまった事になる。
彼らはこのような無思慮な行為を働いた団体であるブルーコスモスに対し、反発を募らせている事だろう。
なにせ、当のブルーコスモス盟主である、彼、ムルタ・アズラエルにさえ、これは腹立たしい愚挙でしかなかった。
ザフトによる通商破壊、即ちNJにより都市は荒廃し、暫時、発電を火力など旧時代のものに移行させていたが、大西洋連邦国民の市民生活は荒んでいた。
アズラエルは篤志家ではなかったが、国力の低下による内需の減少は彼とその眷属の資産を大幅に減少させた事に対し、苛立ちを募らせていた。

「これで政府に対する今までのロビー活動も水の泡です…」
呆然と、アズラエルは呟く。
小首を傾げ、セレーネは内心、肩を竦めていた。
今回の件は、明らかにブルーコスモス内部における権力闘争の結果…即ち、強硬派であるジブリールが企てた、反アズラエル暴動であり、それを薄々は察知しながらら、結局は止める事の出来なかった、アズラエルの明らかな失点であった。
アズラエルは歯が痛むかのように、不快な表情を浮かべている。
「…Mrアズラエル、関係各所からのメールが山積しています」
むっとした表情で、セレーネの方に向き直り、アズラエルは口を開く。
「重要度に応じてピックアップして下さい。その後、こちらで返信しときます」
「はい」
何か言いたそうに、アズラエルはセレーネの方をちらちらと覗っている。
何度か、躊躇った後、疲れたようにアズラエルは椅子に崩れ落ちた。
「セレーネさん…僕の認識が甘かったですかねぇ…」
「第一義的にはMrアズラエル、そう言わざるを得ません」
「そうでしょうね」
「気付かれていますか…? 本当に…」
些か気分を害した表情を浮かべ、アズラエルは頷く。
「ええ、ええ。今回の失点により僕は盟主の座を追われるでしょう。分っていますよ」
やはり、分っていない。
セレーネは、吐息を付いた。
アズラエルは大局的に物を見る事が出来る人間ではあるが、結局は大局にしか視点を向けていない。
セレーネ自身、自身をエゴイストと見なしていたが、それでも言わなくてはならない事は言わなくてはならない。
それは結局、誰かがしなくてはならない事だった。
「…まずはMr…これをご覧下さい」

「まずは乾杯…」
アッシュの演説より数時間後、高級仕官クラブに集ったハルバートンと彼と志を同じくする、仕官達はアズラエルの失点を祝い、杯を交わしていた。
「アズラエルの悔しがる顔が浮かぶようですな」
「然り。これでブルーコスモスも弱体化を余儀無くされるでしょう」
同僚の楽観的な言葉を聞きながら、ハルバートンは何処か上の空である。
G計画が最終段階に達したとの報が、コロニーヘリオポリスからの開発仕官から届いたのはつい先ほどであった。
これでアズラエル…彼の憎む死の商人に対し、優位に立つ事が出来る。
そう考えると、ハルバートンは高揚を押さえきれなかった。
この功績を元に、彼は何処までも上り詰めるつもりであった。
中将から大将へ…そして最終的には、この国の頂点まで。
その為に、派閥造りは怠るわけには行かない。
同僚に笑みを持って返し、ハルバートンはジブリールと連絡を取る事をその時、決意した。
敵の敵は味方…そうハルバートンは考え、会心の笑みを今度は、内心で浮かべた。
そうして、この夜のもう一人の主賓、オーブのセイラン出身である大使に対し、掌を差し伸べた。
「このたびは情報の提供に感謝します…大使閣下」

夜の帳が深々と落ちた中、デトロイトにあるアズラエルの主オフィスには灯りが灯っていた。
当然、その主であるアズラエルとセレーネを照らしながら。
数時間前。
突然、セレーネに促され目を通した資料は、彼やその出資者であるロゴス、そうして間接的には運命そのものを、怨嗟していた。
生身の息遣いに、アズラエルは畏れすら感じ、その瞬間、自らが手にしている権力の大きさとその責任感の大きさに、思わず圧倒された。
青褪めた表情で、アズラエルは呈示された資料に翻弄され続ける。
それは動画やデータ資料、報告文、現場レポートの複合体であり、そこには今回の暴動で命を落した人々の遺族の声すら、載せられている。
当然、こういう事態は想像出来てはいたのだが…。
いたのだが…。
今まで考えた事すら無かった方向からのアプローチに、アズラエルは吐き気すら覚えていた。
彼が一つ、決断を誤っただけでこの結果があり、結果という言葉の裏には数百万の人命が人生が控えている。

「…これが結果です、Mr…。言い辛い事ではありますが…貴方が下した決断の結果がこれです」
セレーネは自身の偽善性に辟易していた。
だけれども…青臭い理想論が彼女の背中を否応無しに促す。
一般市民として育った彼女は、当然一般人であり、政治やその結果に対し、自らの血を持って償うのは何時も一般市民であるとも、感じていた。
当然、市民の総体としての政府であり、民主主義を標榜する以上、全ての責任と結果は市民の上にある。
だからこそ、一部の特異的な権力による、横暴にはどうしても納得が行かなかった。
この人ならば理解出来るはず。
そういう、アズラエルに対する楽観視もあったがそれは医師として彼に付き添い、一時的にせよ【弱者】の側に立った事もあるアズラエルに対するこれは信頼であった。
「…こんなものを僕に見せて…セレーネさん、どういうつもりですか…?」
言葉は鋭いが、何時もの言葉に宿る力強さと言ったものに欠ける声あった。
深く、頭を下げ、セレーネはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「まずはお詫び致します。ビジネスの上での部下として失格です…私は。しかし…やはり私は医師であり、そうして…一人の人間として……」
上手く言葉が続かない。
「…セレーネさん、いや、Dr…続けて下さい」
「…一人の人間として政治に携わる人、そうしてMr…貴方のように貴方の意思で世界を動かす事が出来る人に知って貰いたかったのです…戦争、血の重み…そうして責任についてを」
それだけを言うと、セレーネは俯いたまま、沈黙した。
これ以上、偉そうな事は言えないし、セレーネ自身の自分を責める内心の声に耐えられなかった。
アズラエルは少しだけぎこちなく立ち上がり、後ろの全面窓に向き直り、夜の闇に視線を向けた。
夜闇は深く、星々が瞬いていた。
彼はふと、何時かの事を、即ち…この戦争が始まった際、サザーランドと眺めた夜景を思い出していた。
それは闇だけが深々と浮かび上がり、そのコントラストとしてアズラエルが立つ場の光を逆に浮かび上がらせていた。
思えばそれは一つの示唆であった。
多くの市民が貧窮する中での、富豪としてのアズラエルを、そうして政治的なオブザーバーとしての彼を。
沈黙が蟠る中、静かに時間だけが過ぎて行った。