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BRAVE-SEED_660氏_機動警察ジェイ種運命(仮)_03

Last-modified: 2009-04-23 (木) 19:00:12
 

機動警察ジェイ種運命(仮)
第3話

 
 

 目の前でパトカーに変形したデッカードに、今日何度目かになるか分からない驚きを覚えつつ、助手席に乗り込んでシートベルトを締めている勇太に促されて、シンとアスランの二人はデッカードに乗り込んだ・
 ムラサメやデストロイと可変機構を持ったMSを知ってはいたが、車に変形するロボットは初めて見た。それに超AIという技術もそうだが、ロボットと車に変形してもこれといって歪なデザインにならず、きちんと機能している事も驚きに値する。
 技術的にはC.E.の方が勝ると思っていたシンとアスランも、部分的には『こちらの地球』の方がはるかに勝っているのではないかと、考え始めた。
 法定速度を守った速度で、警視庁を出発したデッカードは、いつもの巡回のコースを回り、助手席の勇太が一つ一つ街並みを紹介し始めている。
 無人の運転席のハンドルやアクセルペダル、ブレーキペダルなどがデッカードの走行に合わせて動くのを見て、シンは内心で芸が細かいなあ、と感心していた。
 勇太が普段よく利用しているらしい本屋や、家族で時々買い物に出かけるデパートや、最近建設が進められている地上百階の巨大ビルなど話のタネは尽きない。
 時折勇太が説明する言葉が思いつかない時や、細かい説明に関してはデッカードが補い、ますます二人の関係を兄弟や友人めいたものだと、シン達に印象付けていた。
 賑やかな街並みを笑顔で歩いている人々の顔を見て、シンとアスランは複雑な顔色に変わる。ここには彼らの守ろうとしたものがある。闘って戦って、戦いたくないと言いながら銃を握り、引き金を引き、殺し合ってまでも守ろうとしたものが。
 偽善に塗れて迷いに満ちて、それでも縋るように求めたものが。
 それを彼らは、まだ幼い勇太やデッカードの仲間達であるブレイブポリスが守り続けてきたのだろう。

 
 

 ――こんな小さな子が――

 
 

 冴島を始めとした良き大人たちのサポートもあったろうが、それでも、今自分達に屈託なく爛漫な笑みを浮かべて話しかけてくる少年が守り抜いたという事実に、アスランは惜しみない賞讃を心中で感じていた。
 ある意味で、アスラン以上に平穏な世界を望み、全存在を賭けていたシンは無言のままデッカードの窓の外を流れる光景を一心に見つめている。
 中立を謳い、戦争から遠ざかり、戦争を遠ざけ、戦争に触れまいとした祖国を信じ続け、妹を失い、父を失い、母を失い、やがて得た新たな居場所でもまたいくつものモノを失った。
 守ると誓った人々。守るという呪いと強迫観念とが混ざり合った誓い。守れなかった事実が、誓いを果たせなかった自分自身への裏切りが、シンの心を苛まぬ筈がない。誰が許そうともシンが自分自身を許さない。
 かつての世界よりは軟化したとはいえ、アスランに対しても決して口にしなかった感傷と想いが、シンの胸の中で渦を巻いては問い続ける。あの時議長に着いた自分の行動を、それまで言われるがままに『敵』とされたものを討ってきた自分。
 何が正しく、どこを間違えて、どうしてこうなったのか。分からない。分からない。分からない。その時はそうすることが何よりも正しかったと思えたのに、今ではとてもそうは思えない事ばかり。
 ただ、窓の外を見た。
 幼子の手を握り微笑みあう夫婦の姿を、目に焼き付けた。
 腕を組んで手の中の雑誌に目をやりながら歩く恋人達の姿を、目に焼き付けた。
 小さな、勇太と同じくらいの兄に手をひかれた女の子の兄妹の姿に、ちくりと胸が痛んだ。自分が失った過去と未来が、この世界に溢れている。
 ギルバート・デュランダルの下で手に入れようとした争いの無い世界は、シンが失った過去と未来で満たされた世界だったかもしれない。
 デスティニープランの檻の中ででも構わぬと欲したのは、ただ、戦争の業火に脅かされることなく家族が幸せに過ごせる世界だったか。
 どこか痛々しいものを浮かべるシンの顔に指す翳に勇太は気づいたが、まだそれがどんな感情がもたらすものであるか分かるほど、人の心の機微には長けていなかった。代わりに、大きく声を張り上げた。

 

「ねえ、シンさんとアスランさんはどこから来たの? 外国の人なんでしょ?」
「ん? ああ、まあ、ね。田舎だから多分勇太君は聞いた事がない国だと思うよ。そうだな。あまり豊かな土地じゃなくてね。この日本みたいに、工業関係の技術とかを発達させて成り立った国かな?
 人口も、この国ほどはいないし、まあそれでも国民が食べるのに困ったりはしていないかな」
「へえ、シンさんはどこから来たの?」
「おれは……赤道の下にある国さ。一年中あったかいとこで、日系移民も多くてさ。ほら、おれの名前だって日本名っぽいだろ? 昔日本の植民地になってた国だよ。あんまり、いい思い出は、ないけどな」
「……そっか」

 

 どこか暗く沈んだシンの声に、勇太はこれ以上問いを重ねる事に躊躇いを覚えた。幼さゆえに経験は少ないが、人の喜びや悲しみを理解する事の出来る優しい子だ。まだ、自分がシンの心の深くに足を踏み入れられる立場ではない事は分かったのだろう。
 車中の空気が、わずかに重くなったのを感じ取ったのか、これまで余計な口を挟まなかったデッカードが口を開いた。

 

『そろそろ休憩にしようか。冴島総監から、シンさんとアスランさんが欲しいものがあったら購入するようにと、いくらかお金も預かっている』

 

 とりあえず手近なコンビニに停まり、勇太達三人を降ろした。ブレイブポリスの実戦配備からそれなりに時間が経ち、デッカードの姿も人々に広く認知されて久しく、否応にも注意を集めたが、それも仕方ない。
 勇太と二人が間もなく飲み物を買って戻り、タレントみたいに人々に囲まれて、携帯やデジカメで開かれた即席撮影会の中心にいるデッカードに、呆れた表情をした。
 デッカードからすれば邪険に扱うわけにもゆかず、対応にも困っていたところにようやく戻ってきた三人に(といってもほんの数分にすぎないが)、安堵の様子だ。
 こんなところでも発揮されるデッカードの人間臭さに、シンとアスランはもう苦笑を浮かべる他なかった。
 購入した飲料のペットボトルを片手に、川沿いの土手をのんびりとデッカードが走り、空けた窓から吹き込んでくる穏やかな風の心地よさに、アスランは眼を細めた。
 こちらの世界に来てから、C.E.では久しく感じられなかった穏やかな時間が続く。
 自然と、二度目のザフトからの脱走と、迷いを抱えたままにラクスの下でキラと共に戦い、短い時間とはいえ生死を共にしたミネルバとも敵対し、やはりアスランの心も疲弊し傷ついていたのだろう。
 それがゆっくりと癒されてゆくのを確かに実感していた。

 

(シンも、そうだといいが)

 

 心の中でポツリと呟いて、隣の席のシンの横面を見る。
 ぼんやりと頬杖を着いたシンは、川原でキャッチボールをして遊ぶ親子や、犬とフリスビーをしている家族の姿を見つめていた。
 そういえば、シンの家族はもういないんだったな、とアスランはかつてミネルバの船内で、カガリに対して憎悪と共に告げられたシンの事情を思い出す。
 思えば、自分もシンも肉親は誰一人生き残ってはいない天涯孤独の身だ。
 自分達がいなくなった事を悲しんでくれる友がいる事だけでも、まだ救いではあるが。
 本当に、今頃彼らはどうしているだろう? 助手席で陽気に誘われのかうつらうつらし始めていた勇太や、シン達の意識を、飛び込んできた通信が引いた。
 一見、シン達の残酷な世界と違い、やさしく温かな世界と思えるこの星も、決してそれだけがすべてではない事を告げる不吉な報せであった。
 通信機の向こうの男性はこう告げた。ロボットを用いた強盗団が銀行を襲い、金品を強奪して逃走中だというのだ。すかさず、勇太がデッカードに現場に駆けつける様に命じようとして、シンとアスランに気付いて、口を噤んだ。
 関係の無い二人を、武装したロボットを持っている強盗団のいる現場に連れて行って良いものか、逡巡、判断を迷わせたのだ。
 勇太の迷いを一目で見抜いたシンとアスランが同時に口を開いた。

 

「俺達の事は気にしなくていい」
「早く行こう。逃がしちゃうぜ」
「うん! デッカード、現場に急行して!」
『了解!』

 

   ▽   ▽   ▽

 

 銀行を襲い、厚さ一メートルの特殊合金製の金庫の扉をぶち破り、金品一〇〇億円相当を盗み出した強盗団は、重機を基に違法改造を施した、トラックに手足の生えたようなロボット三機に分乗して逃走していた。
 時速百キロほどで追走してくるパトカーに、重機関銃や小型ミサイルを乱射しながら逃げ続けている。
 赤、オレンジ、緑のロボットに全身をスウェットスーツのようなラバー製の服を着込み、腰に巻いたベルトに拳銃や手榴弾を詰め込んでいる。一見平和を謳歌する日本にも重機や、分解したロボットのパーツを不法に輸入する連中は後を絶たない。
 日本国内の暴力団同士の抗争や、近くは中国、遠くはヨーロッパ系のマフィアとの抗争は激化の一途をたどり、犯罪に手を染めた科学者や軍事企業のバックアップを受けた犯罪組織の横行も一役買っている。
 この強盗団もそれらの類からロボットを購入し、堂々と昼日中から犯罪に手を染めたのだろう。おそらく最も厄介な障害となりうるブレイブポリスのメンバーのほとんどがいない情報も、どこかから嗅ぎつけたのかもしれない。
 オレンジのロボットに乗った禿頭がリーダーで、右後方の赤ロボットにうるさい蠅を黙らせるように命じた。

 

「おい! 後ろの連中を黙らせてやれ!」
「へい」

 

 緑のロボットの右肩に搭載された六連奏のミサイルポッドから白煙の尾を引いて、小型のミサイルが飛びだし、先頭を走るパトカーの目の前に着弾し、ハンドル操作を誤ったパトカーをきっかけに、後続も前のパトカーに数珠つながりで激突してゆく。
 ガソリンに引火したのか、爆発はすぐさま起きた。市街のど真ん中で発生した逃走劇に驚いていた人々も、この爆発にようやく事態が自分の命にかかわりかねないと判断して、悲鳴を上げて逃げ出し始めた。
 左右を高層ビルに囲まれた道路のど真ん中を突っ走りながら、強盗達は身を隠す為に用意した倉庫群を目指してロボットたちを進める。
 すでに国外脱出の為の手筈は整えてあり、銀行を襲撃したロボットはすべて解体し、自分達も闇医者の手で整形手術を受けて顔を変え、南国でバカンスを決め込む予定だ。
 南の国の青い空と、半裸の美女たちに囲まれる夢想が既に強盗団のボスの思考を金とピンク色に染め上げていた。
 と、その視界に前方に立ちふさがる人影に気づき、このまま轢き殺してやろうかと、凶暴な思考のままに、車両を基にしたロボットのアクセルを踏み込み、すぐに自分の勘違いに気づいた。
 道路の真ん中に立ち、立ち塞がっているのは、決して人影ではなかった。それは五メートルはあろうかという巨人の勇姿。今回の銀行襲撃計画の最大の懸念そのものだ。
 唯一この街に残っていたブレイブポリスのリーダー的存在、デッカード!

 

「くそ、もう嗅ぎつけやがったか。警察の機械人形が!」
『ホールドアップ! ブレイブポリスだ。今すぐ武装解除し、ロボットから降りろ!』

 

 右手に鋼鉄製の警察手帳を握り、左手にはデッカードサイズのリボルバーが握られている。勇太達を近くで降ろし、ロボット形態に変形したデッカードだ。
 だが、この手の手合いがおとなしくデッカードの呼び掛けに応じるわけもなく、逆に鼻息を荒くして

 

「警察が怖くて犯罪が犯せるか! 合体される前にぶっ潰すぞ!!」
「へい、アニキ!!」

 

 息を巻く禿頭に応じて、赤ロボットと緑ロボットもそれぞれ手に持ったショットガンや火炎放射機の照準をデッカードに向ける。投降の意思なしと判断したデッカードは、自分めがけて放たれた銃弾を横っ飛びに飛んで回避する。
 デッカードに当たらなかった散弾がコンクリートに命中して破片を舞い散らせ、巨龍の舌のような炎が、デッカードめがけて襲いかかる。
 ゲル化油が三〇〇〇度の炎となって迫ってくるのを、デッカードは着地と同時に後方に飛んでかわした。あまりにスムーズなその動きは、厳しい訓練を耐えきった人間のように俊敏で淀みがない。
 単発的な動作において、機械制御のロボットよりも人間の方がまだ速度で勝るが、デッカードの動きはまるで人間そのものだ。心を持ったが故に予定されていたデータを遥かに上回る数値を叩きだしたブレイブポリスの面目躍如と言った所だろう。
 四メートルの後方への跳躍から着地に転じると同時に、狙いをつけたデッカードの指が引き金を引く。
 その巨大な口径故に、近くに人間がいたら耳を押さえずにはいられない轟音と共に、二発の銃弾が音の壁を越えて緑と赤のロボットの片腕の付け根を撃ち抜いていた。正確に装甲と装甲の継ぎ目を狙った精密射撃だ。
 硝煙が銃口より立ち上るよりも速く、デッカードが着地と同時に踏み込み、十メートルの距離を置いていたオレンジロボットめがけて走りだした。

 

 意外に肝が据わっているのか、禿頭は片腕を撃ち抜かれた衝撃であおむけに倒れた子分達のロボットに動揺する事もなく、操縦桿を握りなおして瞬く間に迫るデッカードを睨み付けた。
 ぺろりとぶ厚い舌がタラコ唇を舐めあげた。無意識に緊張をほぐそうとする仕草だ。デッカードとの距離を正確に計り、多量のつばを吐きだしながら叫んだ。

 

「往生せいぃやああああ!!」

 

 肩にあるミサイルポッドから三発のミサイルを撃った。デッカードに回避の選択肢はない。デッカードが回避しようものなら周囲のビルに命中し、市街に被害出るように計算してある。
 噂に名高いブレイブポリスだ。この程度で撃破できまいが、逃げだす為の時間稼ぎくらいはできるだろう。ミサイルの軌道を解析したデッカードも、自分が回避行動に移る事で発生する被害に気づき、その足を止めてしまう。
 デッカードから降車し、現場に到着した勇太達がその光景に気づき叫ぶ。

 

「デッカード!」
『!』

 

 引き絞られる引き金。細められたデッカードのカメラアイ。立て続けに重なった銃声は三度。
 回転する輪胴。弾頭の先端に銃弾を受け、間もなく空中で爆発するミサイル。 
 禿頭は事態を理解して叫んだ。

 

「ミサイルを狙撃しただとぅ? この距離でか!?」

 

 驚く間を惜しまねばならぬ状況だと理解した時には、既にデッカードが六発目の銃弾を放っていた。超音速で爆炎を貫いて飛翔した弾丸が、オレンジロボットの腰部にめり込み機体を前倒しにする。
 コックピットの中で額を画面に強かにぶつけた禿頭は、そのまま気絶してしまった。
 片付いた、と一息をついたデッカードと勇太達だったが、絹を裂くような悲鳴がそれを許さなかった。
悲鳴のした方に眼をやると、赤ロボットの中から這いずり出てきた大男が、逃げ損ねた小さな女の子を捕まえ、こめかみにオートマチックの拳銃を押しつけていた。

 

「その子を離せ!」
「うるせえ、動くと撃つぞ!」

 

 緑ロボットのパイロットの方はそのまま気を失っているのが見て取れた。大男の方も無傷とはいかず、左のこめかみから血を流し、時折目を瞬いている。ふら、と体を揺らすが、それでも女の子を掴んだ左腕と拳銃を握る右腕は動かない。

 

「そこのロボットもだ! 動くなよ……」
『くっ』

 

 身構える勇太とデッカードに気づき、男が牽制する様に女の子に押しつけた拳銃を誇示した。勇太よりいくらか幼い女の子は、涙眼で今にも大粒の涙がこぼれおちそうだ。
 母親や父親の姿はない。迷子になったか先に避難したのかはぐれたのか。

 

(まずいな……)

 

 その場を動けずにいるアスランは歯噛みしている勇太やデッカードに目をやってから改めて大男を睨む。
 打撲や出血、それと意識が朦朧としている様子から負傷はしているようだが、それがかえって暴走の引き金になりかねない。下手に刺激はできないか、と重心を落とし、いつでも飛び出せる様に構える。
 ビルの真下に立つ男の所まで七メートルほど。引き金を一度引くには十分だろう。なにか、大男の注意を引く切っ掛けでもあればいいのだが。
 そこで横にいるシンはどうしているか、と思って目をやろうと思えばそのシンはつかつかとアスランと勇太の横を通過して大男に向かって歩き出しているではないか。

 

「な、シン!」
「シンさん」
「なんだ、てめえ!?」
「……」

 

 一方で目を見開いたまま怒気を滾らせるシンは無言で大男を睨みつけていた。大男の左腕に捕らわれた女の子の姿を見た瞬間から、沸騰した怒りが火山の噴火のような勢いでシンの脳まで上り詰め突き動かしていた。
 髪の色も、顔立ちも違う。でも、シンにはその女の子がもうこの世にはいない妹マユの姿が重なって見えていた。自分の掌かこぼれ落ちた命の砂粒。シンの思い出と携帯電話の中にしか姿の残っていない家族。
 そのマユの幻の姿を、卑劣な犯罪者に捕まった少女の姿に重ねて見ていた。
 数多の戦場を潜り抜け、自覚なきままに数多の命を奪い、そうとは知らずに自分と同じ悲しみをまき散らしていたシンの視線に、大男は明らかにたじろいでいた。
 こんなガキに、と屈辱を感じたのか顔に朱を昇らせてシンを睨みつけて声を張り上げる。品性の欠片も無く、欲しいと思ったものを暴力で手にいれ、自分よりも力の弱い者達を平気で足蹴にする根性が露わの声だった。

 

「……その子を放せ」
「来るな!」
「放せって言ってるんだよ」

 

 ぐつぐつと解き放たれる瞬間を待つ溶岩のような怒りを潜め、シンの低く抑えられた声が静かに響いた。かつかつと足音を立てて無造作に歩み寄ってくるシンの何処に恐怖を覚えたのか、大男は銃口をシンへと向けた。
 シンはそれに構わず大男へと向かう足を止めない。六メートル……五メートル……。
 かすかに揺らぐ銃口。沈黙のまま息を呑み事態を見守るデッカードと勇太。ぴくり、と大男の人差し指が動く。シンの体が沈み込む。アスランが思い切り右足を振り上げた。
 五メートルの距離を見る間に縮めたシン。銃声はない。アスランが先ほどまで履いていた靴が、拳銃を握る大男の指を潰し、握れなくなった拳銃が大男の手から落ちる。
 大男に気づかれぬよう靴の踵を踏み潰し、足を振り上げる動作で正確に大男の右手を狙ったアスランの神業的な援護だ。
 取り落とされた拳銃が地面に落ちるよりも速く、大男の懐に飛び込んだシンが思い切り左腕を振り上げた。170センチ、60キロも無い少年が190センチ、100キロを超し、筋骨隆々とした大男の体を吹き飛ばせるものだろうか。
 だが、実際シンの左拳を下顎に受けた男は後方に二メートルほど吹き飛び、頭からコンクリの地面に激突した。一発でKOした事は明らかで、白目を剥いて泡を吹いている。
 大男の腕から解放された女の子は傍に立ったまま呆然とシンを見上げた。『妹』をまた失う――恐怖に似た怒りに突き動かされたシンの形相は険しい。地獄で罪人を責める鬼のそれだ。
 シンの場合は、責めるのも責められるのも自分自身と、いささか複雑ではあるが。
 立ち尽くす女の子に気づき、怖かっただろうな、と腰を落として視線を合せて不器用に微笑みかけ

 

「う、うう…………うわあぁあ〜〜〜〜んん!!!」
「え、あ、ええ!?」

 

 思い切り泣かれた。途端に、大男と対峙していた時とは違い、どうしていいか分からないと狼狽するシンの様子に、勇太とアスラン、デッカードは顔を見合せて苦笑した。拳銃を恐れなかったシンも、子供の涙には叶わないらしい。
 その後駆け付けた警官隊に犯人を引き渡し、人質にされた女の子の両親が駆けつけて女の子を抱きしめて子供の無事に涙を浮かべて安堵していた。その様子を、シンは宝物を見つめるよう優しく見守っていた。
 それからシンや勇太に礼を言いにきた両親が何度も頭を下げてくるのに、少しばかり照れ臭さを隠しながら応対した。優しい両親なのだろう。父と母に両手を握られた女の子は、シンを前にした時の泣きが嘘のように可愛らしい笑みを浮かべていた。
 女の子がシンの顔を見上げ、はにかんだ笑みを浮かべる。

 

「あの、助けてくれありがとう。お兄ちゃん」
「あ……」

 

 もう二度と聞く事が無いと思っていた妹の声が聞こえた気がした。シンは、呆けた自分を不思議そうに見つめる女の子の頭を、精一杯優しく撫でて笑い返した。

 

「今日は怖かったろう。お父さんとお母さんにうんと甘えるんだぞ」
「うん」

 

 そっと女の子の頭から手を放し、両親と共に背を向ける姿を見送りながら、シンは女の子の頭を撫でた自分の掌を見つめていた。

 

 お兄ちゃん。

 

 まだたったの九歳だったのに、右腕を残して消し炭に変えられた妹の笑顔がフラッシュバックする。父母に手を握られて笑う女の子の姿は、シンが二年前に失った家族そのものだった。
 あそこにあるぬくもりも、笑顔も、なにもかもがシンから奪われたものだった。それを、今、自分は

 

「守れたのか、おれ。う、く…………」

 

 それが、ただただ、胸を熱くした。込み上げてくる熱いものを抑えられず、シンは人目を憚ることなく涙を流し続けた。MSに乗って戦っていた時よりも、戦争を終わらせられると思った時よりも、はるかに勝る喜びがシンの心を満たした。
 守れた。自分の小さな掌に載った命を、今度は、ちゃんと。それが、ただただ嬉しくて、シンは固く瞼を閉じながら、声を押し殺して泣き続けた。
 止まる事を知らぬ涙を流し続けるシンに、デッカードや勇太は戸惑った様子だったが、アスランがそっと勇太の肩に手を置き、

 

「そっとしといてやってくれないか」

 

 どこか悲しみを帯びたアスランの言葉に、シンに声をかける事を思いとどまった。シンの涙は、もうしばらく止まりそうになかった。

 

 それから四人は警視庁に戻り、冴島にねぎらいの言葉を受けてから別れた。警察病院の個室を宛がわれているシンは、目下の住居と化した病室の明かりを着けず、窓から差し込む月光の下で、ぼんやりと自分の掌を見つめていた。
 ベッドの上であおむけに寝転び、じっと掌を見つける。そして、あの女の子の笑顔も。おれのこの手は何ができる? おれはこの血に濡れた手で何をしたい? 
 罪を償いたいのか? 償える罪とは限らぬのに? それとも破った誓いを今度こそ守りたいのか? 破ってしまった事実を無かった事にするために?
 なにを、どう、したいのか。ずっとずっと考え続ける。ずっとずっと悩み続ける。
 夜の帳が下された大地の彼方が、太陽の光で明るくなり始める頃、シンは自分の中で答えが決まっている事に、ようやく気付いた。
 一睡もしていないが、気分は悪くはなかった。今一度、この手に剣を握ろう。今度は、本当に守りたいものを守れるように。誰かの笑顔を、幸せを、守れるように。

 

   ▽   ▽   ▽

 

「警察官になりたい?」
「はい。元の世界に戻れるかわかりませんし、自分の出来る事を、と思いまして」

 

 翌日、冴島に会いたいというシンの要望は容易くかなえられ、警視庁の総監室でシンは冴島に自分の希望を伝えた。なお、アスランも同席している。冴島との面談を希望したシンの話を聞きつけて自分も、と希望したのだ。
 シンの申し出を、アスランは黙って聞いていた。腕を組み、ふーむと唸っていた冴島が、まっすぐにシンの赤い瞳を見つめた。シンの心の奥底まで見通せそうな力強い瞳であった。

 

「昨日の事件が理由かね?」
「……はい、切っ掛けになったのは確かです。自分は、本当の世界で軍人としてたくさんの敵と戦いました。国に命じられ、敵は撃つ事が当たり前だと思い、言われるままに何度も引き金を引きました。
 でも、それが本当に自分の望んだことだったのか。力を手に入れて自分がしたかった事だったのかと、悩みました。いえ、今も悩んでいます。そうした事が果たして正しかったのか、間違っていたのか。
 この世界に来た事は、ある意味でその答えを探す切っ掛けになりました。冴島総監、おれは戦争が憎い。平凡な日々を送る人達に不幸をまき散らす争いが憎い。笑顔で日々を過ごす家族が、身勝手な欲望で悲しむことなんてあってはならないと思っています。
 おれには戦うことしかできないけれど、それならおれは罪もない人達に襲いかかる不幸を斬り伏せる剣でいい。迫りくる業火から皆を守る盾でいい。いつかおれが、剣としても盾としても不要とされるような世界が来るんなら、どんなに傷ついたっていい。
 この手の届く範囲の人達さえも守れなかったおれだけど、そう願う事は止められないんです。だから、おれもこの世界で犯罪と戦わせてください。なんだってします! そのためになら、どんな無茶だって押し通して見せます! だから、お願いします!」

 

 その場で立ち上がり、深く腰を折って頭を下げるシンを、冴島は繊細なガラス細工を見る様に見つめた。この少年は、きっとぼろぼろに疲れ果て傷ついてもなお前に進み続けるだろう。
 詳しい生い立ちはまだ聞いてはいないが、この少年の心に深く打ち込まれた楔が彼の心に歪みを生んでいる事はすでに分かっていた。
 この少年はその歪みと正面から向かい合い、自分の力に変えようとしている。未来へ、前に進む力に。
 一秒が一時間にも感じられる長い長い時が経ち、冴島が口を開いた。その間、シンは頭を下げ続けていた。

 

「……分かった。私の方でできる限りの配慮はしよう」
「! ありがとうございます」
「だが、本当に良いのかね? 踏み出した一歩が引き返せぬ道を進む事になるかもしれんぞ?」
「はい。ホントのホントは躊躇が無いと言ったら嘘になるかもしれません。まだも説いた世界に未練はあるし、友達もいます。でも、今は自分ができる事を、そう考えています」
「うむ。私の方で関係各所には手配しておこう。何、勇太君を警察官に任命する時に一度警察官の採用基準を変えると宣言した前例があるからな。まあ、シン君の場合なら、も少し反発も緩いだろう」

 

 それから追って通達すると冴島から言われてシンは静かに部屋を後にした。去り際、深く頭を下げる姿が、いやに儚くて、冴島の脳裏に残った。部屋に残っているアスランに、自然に問いかけるように口を開いた。

 

「彼はいつ倒れてもおかしくないくらい繊細だが、その癖絶対に折れない芯のようなものを持っているな」
「……ええ。視野が狭くて人の意見を聞かなくて頑固で、自分の価値観にとらわれすぎる傾向はありますが、ホントはまっすぐでいい奴です」
「そうか。君は、彼とうまく付き合っているようだが?」
「自分が? そんな事はありません」

 

 アスランは自嘲するように笑い、端正な顔を後悔で歪めて力なく横に振った。

 

「おれはあいつとちゃんと向き合う事が出来なかった。シンがどんな思いで軍人になってMSに乗ったのか、どんな思いであの戦争を戦っていたのか。それを分かってやる事が出来なかった」
「だが、まだ手遅れではないのだろう? 少なくとも今の君たちはそう見えるよ」
「ありがとうございます。……総監、実は私もお願いがあるのですが」
「……」

 

 分かっているという風に冴島は頷き、アスランのお願いを黙って聞きいれた。

 

   ▽   ▽   ▽

 

 贅を尽くした屋敷の中に、ぐるりと周囲を様々な置物や絵画で囲まれた部屋があった。お茶くみ人形やモネやピカソの絵画に、小さな胸像、船や戦闘機の模型と共通項は見いだせない。
 その真ん中に置かれた椅子には、禿頭にモノクルをかけた老人が座っていた。爪先から手袋、ステッキに至るまで超高級の形容を必要とする品ばかりである。一見するとかなりの強面だが、落ち着き払った理知的な雰囲気を持っていた。

 

「私は、私達は世界から紛争を根絶するために組織を立ち上げ、世界に根を巡らし、計画を実行するその時を待ち続けた。あらゆる紛争、およびそれを幇助する国家、企業、宗教への武力介入を視野に入れて」

 

 老人に答える声があった。壁の中に埋め込まれ、ライトを浴びていた展示物達の主が、遠く離れた地ちから通信機越しに返答しているのだ。

 

『その為のガンダム。その為の太陽炉。その為のソレスタル・ビーイングではないかね? イオリア』
『そうだ。計画を進め世界が動き、そして変わる。その時の為にわれわれ監視者は君たちに協力している。資金、資材、技術、人材、軌道エレベーターの建設や二十年前の有人木星探査計画、すべてはこの計画の為のものだ』

 

 イオリアと呼ばれた老人は“監視者”達の言葉を遮り、口を開いた。

 

「だが、予想だにしない存在が現れた。ブレイブポリス、心を持った超AI搭載型のロボットたち」
『ハイジャス人との一件かね?』
「その通りだ。我々人類の潜在的な種族としての凶悪性や文明の発展を危惧したハイジャス人が行おうとしたという精神浄化を思いとどまらせたのは、ブレイブポリスと彼らのボスとなった、たった一人の少年だった」
『心を宿した超AIか。まるで映画や小説の中の存在のようだ。だが、それが紛れもない事実である事は、彼らの活動記録が証明している』

 

 それに答える様に室内にこれまでのブレイブポリスの活動記録が立体映像で投影された。

 

『彼らが人類の紛争根絶を担う存在となると言いたいのかね? 心を持ったとはいえ所詮は人造の機械。ましてや組織の一員として機能する以上、逆らえぬ命令や権限というものもある。彼らを縛る法は幾重にも重なって重い鎖となるぞ』
「だが、それでも彼ら心を持った新たな人類の隣人たる存在は軽視できるものではない。現段階での計画のスケジュールの変更も視野に入れるべきだろう。
 まだ数も少なく人間の論理に縛られる彼らが、われら人類に革命をもたらす存在であるかどうか、それを見極めねばなるまい。彼らが、ハイジャス人に精神浄化の決定を覆させたという事実がある以上は」
『ふむ。今しばらくは静観を決め込むか。よかろう、ソレスタル・ビーイングは紛争根絶を目的とした私設武装組織。その創始者たるイオリア・シュヘンベルグの意思を最大限に尊重する』

 

 手の中のステッキをこねると、空中の映像に新たなウィンドウが開かれる。およそ全高二十メートル前後の人型の機動兵器が四種。いずれにも《GUNDAM》のコードが振られている。

 

「私の理想を体現する存在“ガンダム”。そして、それを操るマイスター達。ブレイブポリスよ、君らは人間の世界に何をもたらすのだ。その結果いかんでは、我々ソレスタル・ビーイングは君たちの前に敵として立ち塞がるだろう」

 

 イオリアのモノクルの鏡面には各ガンダムのコードネームが映し出されていた。

 

 《エクシア》
 《デュナメス》
 《キュリオス》
 《ヴァーチェ》

 

 いずれも天使の名を与えられていた。そして、それを駆るガンダムマイスター達の名前も。

 

 《刹那・F・セイエイ》
 《ロックオン・ストラトス》
 《アレルヤ・パプティズム》
 《ティエリア・アーデ》

 

 だが、イオリアもガンダムマイスターもソレスタル・ビーイングも知らない。この星に彼ら以外のガンダムを持つものが訪れている事を。彼らと交差する運命がゆっくりと動き始めている事を。

 
 

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