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BRAVE-SEED_660氏_子連れダイノガイスト_第14話

Last-modified: 2009-10-10 (土) 19:21:59
 

子連れダイノガイスト
第十四話  ヌーベルトキオシティへ

 
 

 無力化された巨大な人造の化け物が、破られた装甲から黒煙と火を噴きながら青い海に沈んで行く。大海は己が産んだものではない機械仕掛けの化け物も、慈悲深く受け止めていた。
 空は青く澄み渡り、風は潮の香りに中に濃い油の香りと、海面を彩る炎に炙られて熱を孕んでいた。寄せては返す白波には、微塵に砕けた金属の破片やMSの残骸から漏れだした推進剤、潤滑油が流れ出て醜く汚している。
 オーブ首長国連邦領海からわずかに外に出た外洋での、ミネルバと地球連合艦隊との戦闘の場である。
 両者の戦力比からして、さほど時間を必要とせずにグラディス隊の壊滅で終わるかと思われた戦闘は、第三勢力・宇宙海賊ガイスターの出現によって混沌とした様相を帯びている。
 地球連合が投入した切り札の新型MAザムザザーは、怪獣王の如く海中から出現したダイノガイストの前に敗れ、艦隊はサンダルフォンに不意をつかれて大幅に数を減らしている。
 MSもまた、上空から奇襲を仕掛けたシン・アスカのエールインパルスの正確な射撃によって、相当数が撃墜されていた。
 ガイスターが出現してからの行動だけを見るならば、あきらかにグラディス隊に利し、地球連合艦隊に害する行為であった。
 しかし、地球連合艦隊は無論のこと、グラディス隊に強力な味方が来たと言う安堵の雰囲気は薄靄ほども立ち込めてはいない。
 なぜなら、ガイスターはアーモリー・ワンで起きたセカンドステージMS強奪事件に居合わせて、ザフト、ひいてはプラント人民を守る財産であるインパルスを強奪した敵対存在だ。
 一方でユニウスセブン落下事件の際には、テロリスト掃討に協力し、首領ダイノガイストの、機動兵器としてはあり得ぬ破格の破壊力を誇る兵装によってユニウスセブンを分断し、落下阻止に大きく貢献、と言った活躍を見せている。
 また、その際にミネルバMS隊所属のルナマリア・ホークに対し、ガイスターのメンバーが協力を要請し、地球連合のパイロットもこれに応じて三者が力を合わせたという事実も報告されている。
 味方と断じるには不安要素が大きく、敵と決めてかかるにはあまりにも強大な力を持った存在であった。
 ザムザザーを倒し地球連合艦隊が残す戦力には興味が無いようで、ダイノガイストはバイザーの奥の瞳に、奮戦の後を灰銀の装甲のそここそに留めるミネルバを映している。  
 時が凍るような緊張感の中で、そんなこと知った事ではないと言った様子の少年が一人いた。
 シンだ。
 インパルスという機体の特徴であるシルエットシステムの一つ、フォースシルエットを奪取し損ねた為、代わりに手を加えたエールストライカーを装備したエールインパルスを駆って、果敢にミネルバにビームの矢を射かけていた。
 ザムザザーという切り札と、多くのウィンダム、艦艇を失った地球連合艦隊は、エールインパルスがグラディス隊に戦意を集中させた事を好機として、撤退の様子を見せている。
 背を向けて逃げ出す者に拘るダイノガイストではない(ただしカイザーズは別である)。艦長が一応、艦隊の動きを伝えてきたが、放っておけ、の一言で終わりだ。
 足裏や背中から白い炎を噴射してホバリングしていたダイノガイストは、右手握るダイノブレードの切っ先をミネルバの艦橋に差向け

 

『貴様らはこいつらよりはマシだろうな。もっともおれの敵ではない事は分かっているが、インパルスの装備を逃したままというのは決まりが悪いのでな。それだけ頂いてゆく』

 

 と、ふてぶてしく告げる。
 ダイノガイストの、お前達は弱い、おれの敵ではないと言われたも同然のグラディス隊の各員は、屈辱に臍を噛む者が多かったが、同時に命だけは助かるかもしれないと弱腰になる者もいた。
 そしてミネルバ艦長タリア・グラディスは前者であった。若くして最新鋭艦の艦長に抜擢されるだけあって、美貌の中に鋭い迫力を覗かせる顔が険しく引き締められるや、鋭い舌鋒が火を噴いた。

 

「全砲塔、敵艦に照準。MS隊は敵インパルスとダイノガイストを本艦に近づけさせるな」
「か、艦長、こちらから下手に刺激しない方が」
「アーサー!」
「は、はい!?」

 

 黒服の副長は後者のようだ。タリアの刃のように鋭い視線に胸を刺し貫かれて、びしりと体を硬直させる。

 

「敵はすでに撃って来ているのよ。このまま手を拱いて艦を撃沈させるつもり!?」
「そ、そのような事は」
「だったら、今は敵を落とす事に集中しなさい。貴方だって、ミネルバをみすみす宇宙海賊ごときに傷つけさせたくはないでしょう!? 本来プラントを守る剣であり、盾となる筈のこの艦を、こんな戦争でもない戦闘で沈めるわけには行かないのよ」
「……はい!!」
「全クルーに次ぐ、たかが宇宙海賊ごときに後れを取るな。ザフトの誇りに掛けて!」

 

 搭乗員の気迫が見えぬ陽炎となって立ち上っているミネルバを見て、ダイノガイストはどことなく面白げに息を吐いた。

 

『ふん。腰抜けが指揮を取ってはいないようだな』
「それで、ボス。どうしますか? 本艦とボスの戦闘能力なら、ミネルバを戦闘不能にするのに十分とかからないでしょう」
『沈める必要はないが、沈めぬ理由もない。シンの奴がミネルバのインパルスからフォースシルエットを奪い、おれがミネルバからソードシルエットを奪えばそれでよかろう。今さら、どうしても必要な装備というわけでもない』
「多少、ストライカーに手を加えればシルエット以上のモノになるのは、シンのエールインパルスで確認できましたからね」
『お前は適当に距離を置いておけ。それとオーブ艦隊への警戒も怠るな。今さら手を出してくる連中でもあるまいがな』
「了解です」

 

 ごう、と音を立ててダイノガイストがミネルバめがけて一気に突進する。ダイノブレードの切っ先は左右に流れて、さながら漆黒の魔鳥が死を告げる為に、月の女神の下へ舞い降りようとしているかの様。
 ミネルバ甲板上のトリスタン、イゾルデといった主砲・副砲、20mmCIWS、ミサイル発射管が一斉に蓋を開いてダイノガイストただ一人へと放たれる。
 時にダイノバスター、ダイノキャノンで迎撃し、ひらりひらりと左右に揺れては迫る攻撃をかわすダイノガイストの前に、レイ・ザ・バレルの乗るフォースインパルスが立ちはだかる。

 

『アルダの血縁の小僧か。はたして奴ほどおれと渡り合えるかな!?』
「プロヴィデンスはいないのか? だからといって気は抜けないがっ」

 

 レイ・ミネルバをダイノガイストが相手取る一方で、シンはルナマリアのフォースインパルスと激しく銃火を交えていた。
 ガイスターによる魔改造が施されたエールストライカーは、フォースシルエット以上の推進力と運動性、機動性でもって、Fインパルスを翻弄している。インパルスの素体それ自体の性能は互角だが、背に負った装備の差はそれなりにあった。
 たがいにある程度の距離を保ったまま、照準内に捉えた機影に向かってビームを射かけるも、シールドで防がれるか、あるいは回避され決定打を決められず、撃ったビームの本数ばかりが増えている。
 インパルス胸部の機関砲はVPS装甲機同士とあって、真正面を剥いた状態からではさしたる痛打にもならぬ。
 ルナマリアのFインパルスとシンのAインパルスとが互いの脇をすれ違いながら、ビームを二射。計四本のビームは、彼方の空や海面を穿つもどちらのインパルスに当たる事は無かった。
 互いが自分の機体に背後を振り返らせたのはほぼ同時だった。ルナマリアは再びAインパルス目掛けて機体を突っ込ませ、背のランドセルからビームサーベルを抜き、ビームライフルで牽制しつつ接近戦を挑む腹積もりのようだ。
シンもサーベルこそ抜かないが、再び何度目になるか分からぬ真正面から撃ちあいながら突っ込むと言う、無謀な行為へと移る。
ただまっすぐ進むだけではいい的だから、流石に両者と共機体を上下左右に振り、相手のロックオンを妨げる位の芸当はするが、見る見るうちに二機のインパルスの距離は縮まってゆく。

 

「いい加減に、落ちろぉ!」
「見えた!」

 

 擦れ違い様、ルナマリアの容赦ない横薙ぎの輝線が、シンのAインパルスの腹部へと走る。相手を完全に敵とみなし、殺気を伴う攻撃だ。
 二機が交錯する一秒にも満たない時間の間、シンのAインパルスは機体を直上方向に急上昇させる。
 慣性の法則を無視した直角の機動変更に、ルナマリアは目の前からAインパルスが消えた様な錯覚に囚われた。
 AインパルスがFインパルスのビームサーベルを回避した直後、Fインパルスの上を取ったシンは、素早く操縦かんのトリガーに添えた指を引いてビームライフルを連射した。この好機を見逃すほど、シンは甘くない。

 

「落ちろぉお!!」
「こんのぉっ!」

 

 咄嗟にルナマリアは操縦桿とフットペダルを操作し、Fインパルスは機体を大きく捻り、自機の上を取るAインパルスへ、ビームライフルの銃口を向けた。シンがトリガーを引くのに、数瞬遅れてルナマリアもトリガーを引いた。
 AインパルスのビームはFインパルスの左肩を貫き、Fインパルスの放ったビームは、Aインパルスの掲げたシールドに防がれて、光の粒となって霧散する。
 四肢の一つを失い、バランスを崩すFインパルスに、さらに追撃が加えられた。Fインパルスの戦闘力を奪うべく、両方の太ももと残っていた右腕をビームが貫き、ダルマにされたルナマリアのFインパルスが、水柱を上げて海面に落下する。
 その途中でシンのAインパルスがFインパルスを捉えて、左掌をFインパルスに押し当てる。
 シンの意図が読めず撃墜したくせに救助するつもりなのか、と悔しさ半分で訝しんでいたルナマリアだったが、Aインパルスの左掌が当てられた次の瞬間、自機のコントロールが奪われ始めた事に気付く。

 

「接触通信を利用したウィルス!? この機体も奪うつもりって事?」
「そーいう事、背中の荷物は頂く!」
「あんた、やっぱりユニウスの時の、男ね!?」
「っ、アンタか。まだブラストシルエットしか頂いてないんでね、こいつも貰ってくぞ」
「な、フォースシルエットが狙いって事、ガイスターって、案外細かい事に拘るのね! 器がちっちゃいんじゃないの!?」
「プロ根性って言え! よし、コントロールは掌握した」
「嘘、もう!?」
「悪いな。これも仕事なんでね」
「こら、まだ話は……」

 

 ルナマリアが抗議の声を上げる中、ガクン、とFインパルスがパワーダウンし、コクピット内のコンソールから光が消えて行く。慌てたルナマリアが各種のスイッチや操縦桿を動かすも、なんの反応もない。
 そうこうしている内に左脇にフォースシルエットを抱えたAインパルスの姿が、唯一外の様子を映していたモニターに映し出された。
 外部から見た場合、すでにルナマリアのインパルスはVPS装甲が機能停止し、頭から肺を被った様な色彩になり、背のシルエットが外されて、Aインパルスの手に渡っている。
 見事にシルエットを奪われてしまった姿がそこにあった。馬鹿丁寧に海面に下ろされたのが、とくにルナマリアの癪に障った。

 

「じゃあな!」

 

 器用にAインパルスにサムズアップさせて、サンダルフォンへと向かってゆく。
 ダイノガイストの援護などまるでする素振りさえもないのは、自分達のボスの力量を信じているからか、それともたまには火傷の一つでもすればいい、と思っているからなのか。
 ダイノガイストに対して心配するという行為それ自体が、無意味と言っていいものと、改めて実感したからだろう。
 なぜなら、シンのAインパルスが母艦へ戻る傍らで、ミネルバの船体からはごうごうと黒煙が噴き上がり、戦闘能力のほとんど奪われた無残な姿を晒していたからだ。
 アルダ・ジェ・ネーヨとプロヴィデンスガイストの組み合わせを持ってしても、全力全壊のダイノガイストの相手は、よくて10分しか持ちこたえる事は出来ない。
 それに比して、レイとFインパルスでは、パイロット・機体共に大きく見劣りしてしまう。それでもレイは奮戦して見せたが、今はミネルバの中央甲板の上に、ルナマリア機同様に四肢を失った状態で転がっていた。
 船体各所のCIWS砲座はほとんどが破壊され、トリスタン、イゾルデの砲塔も根元から斬り飛ばされ、叩き潰されて価値の無いガラクタ同然に変わっている。ダイノブレードを振りかぶれば、ミネルバの艦橋を簡単に切断できるだろう。
 ダイノガイストは悠々とミネルバの甲板を歩きだし、インパルスの各パーツを収納している格納庫めがけて、ダイノブレード二刀を突き刺して上下に動かして装甲に亀裂を切り開く。
 ダイノガイストはダイノブレードを背に戻し、斬り開いた穴に指を突っ込んで、バリバリと音を立てて装甲を引き剥がす。
 ザフトの威信をかけた戦艦に相応しい重装甲も、ダイノガイストの剛力を前にしては薄い板きれの様なものであった。
 ダイノガイストに柔肌を剥がされたミネルバの奥で、逃げ惑う搭乗員達を無視して、ダイノガイストは手を差し込み、鎮座していたソードシルエットを掴みだした。なんとも豪快な強奪方法だ。

 

『これで貴様らにはもう用は無い』

 

 左手に持ったソードシルエットを、ミネルバの艦橋と無様に転がるレイのインパルスへ見せびらかし、あからさまに侮蔑した声でダイノガイストは告げる。
 敗者にかける情けなどない。敗者を屈辱の泥濘に落とし込む事に躊躇はない。ミネルバのクルーと、レイとルナマリア達が悔しさに歯を軋る中を、ダイノガイストは勝者の風格と共に、サンダルフォンへと戻ってゆく。
 撤退している地球連合艦隊も、グラディス隊の各員も、それを見送る事しかできなかった。

 

 * * *

 

 高度7000メートルを、一機の戦闘機が飛行している。白くたなびく尾を引いている漆黒の大型戦闘機は、ガイスター首領ダイノガイストの三形態の一つである。
 オーブ海沖で地球連合軍とザフト艦ミネルバとの戦闘に介入し、連合艦隊に手痛い損害を与えてから一週間が経過していた。
 今、ダイノガイストははるか天空の高みを飛びながら、眼下に広がる雄大な大地を仔細に観察していた。
 新宇宙海賊ガイスター母艦の継ぎ接ぎ艦サンダルフォンおよびシン、マユのアスカ兄妹とは別行動を取っている。
 オーブ沖海戦後、しばらく休暇と言う事にしてマユ達に自由行動を許し、ダイノガイストもまた一人で地球のあちこちを飛び回っていた。
 ダイノガイストの眼下に広がるのは、途方もない規模の絵である。地上に居る者達だけでは到底描き得ない、それこそダイノガイストの様にはるか天空から俯瞰しない限りは描けないとされるナスカの地上絵だ。
 奇しくも、ダイノガイストがガイスター四将と共にカイザーズと死闘を繰り広げた地球に在ったのと、まったく同じ地上絵がこのC.E.の地球にも描かれており、ダイノガイストは折にふれてこの地上絵を調査していた。
 宇宙商人バイヤーにも、ダイノガイストが記録したこちらの地上絵のメモリーを渡し、調査させているが、目下芳しい成果は得られていない。
 あちらの地球では、ナスカの地上絵からエクスカイザーは新たな力を手にいれ、ダイノガイストはエネルギー生命体捕獲装置を手に入れるヒントを得た。
 その事からこちら側の地上絵にもなにがしかのヒントがあるかもしれない、とダイノガイストが判断したのも不思議ではない。
 C.E.の地球にはるかな古代、ダイノガイストの様なエネルギー生命体や、エイリアンが訪れて何かの技術や物品を残していった可能性は十分にある。
 カイザーズと争った地球とて、事前の調査で分かり得た範囲では、いかなる宇宙人も足を伸ばした事のない未知の辺境惑星の筈だった。
 ところが蓋を開けてみれば、エネルギー生体捕獲装置をはじめ記録に残っていないだけで、過去に宇宙人が地球に干渉した事実があったのである。同じ事がC.E.にも言えるのではないだろうか? というわけである。
 しかし、これまで何の成果や解読の結果が出ていない事から、ダイノガイストはC.E.の地球からエイリアン・テクやエイリアン・パーツの入手をなかば諦めている。
 さほど執着していないのは、海賊としての商売っ気を抜きにしても、ダイノガイストが自分の力が確実に強化されていることを実感しているせいもある。
 過去の自分のデータを用いたシミュレーションに置いて、現在のダイノガイストの勝率は百パーセントを誇っている。これならば、あのグレートエクスカイザーにも勝てると、満腔の自信と共に断言できる。
 だからといって、油断や嬌慢がダイノガイストの心に芽生えているわけではない。自分自身が変化し進歩したように、傷を癒していた間、エクスカイザーが過去のまま足踏みをしていたままではないだろう。
 あの好敵手もまた自分同様に進歩し、変化し、強くなっていると、ダイノガイストは考えていた。今の自分が勝てるのは過去のグレートエクスカイザーであって、現在のグレートエクスカイザーではないのだ。
 そろそろ見切りをつけるべきかもしれんな、とダイノガイストが思考の海に沈んでいるその後ろで、スクランブル出撃してきたスカイグラスパー二機が警告の連絡を入れて来た。

 

『ふん、このおれに付いてくる事もできんノロマが、生意気な』

 

 黄河は水溜りを叱りはしない、という諺通りにダイノガイストは、彼から見ればおもちゃじみた戦闘機二機を、わざわざ撃墜する様な真似はせず、ただ速度を上げた。
 スカイグラスパーのパイロット達が、見る見るうちに小さくなってゆくダイノガイストの姿を、悔しげに見つめる事になるのは、間もなくの事であった。

 

 * * *

 

「どりゃあああああ!!」

 

 シンの怒声と共に、きゅん、と甲高い音が一つし、分厚い岩盤を斜めに白線が横断した。白線の上側の岩盤がずるりとすべり、その奥からビームブレードを振り下ろした姿勢のシン・アスカの姿が陽の下に晒される。
 跳ねっ毛、癖っ毛の黒髪に、陽の光が焼く事を遠慮している様な白い肌、熱い感情のうねりを閉じ込めたルビーの瞳、ダイノガイスト不在でもなんら変わることのないシンの姿がそこにあった。
 シンが地球圏で唯一の個人携帯サイズのビームブレードで斬り開いた先に広がっているのは、鬱蒼とした森である。降り注ぐ太陽の光が、幾重にも折り重なった木々に遮られ、幾筋かの光明を差し込むだけに留まっている。
 鼻腔を満たすのは湿り気を帯びた緑の匂いだ。草いきれ、色とりどりの花、瑞々しい葉を生い茂らせる枝、大人が何人も腕を広げてようやく抱えられる太い幹、肥沃な腐葉土に支えられた森の匂いである。
 プラント育ちの人間にとっては、顔面を顰める到底耐えられない臭いかもしれないが、地球生まれ地球育ちのシンにとっては、生き返るような新鮮な気持ちになる匂いだ。
 ちちち、と小鳥のさえずりが耳に心地よい。
 残った下半分の岩盤も蹴り倒し、それを跨いでシンは外に出た。背後を振り返って空の左手を差しだし、それを握った小さな影が闇の抱擁から逃れて陽光の祝福を受ける。
 誰か言うまでもないかもしれないが、シンの妹マユ・アスカだ。ダイノガイストと出会ってから約二年。もっとも成長著しい年ごろながら、相変わらずのつるぺた体形な上に相変わらずの小柄で、この少女がとても宇宙海賊の一員とは思えない。
 二人とも爪先から首元までピッチリと体にフィットするラバースーツの様なものを身につけている。厚さ1ミリのスニーキングスーツだ。着用者の身体能力を二十倍前後に高め、リニアガン・タンクの装甲並の耐久力と衝撃吸収能力を持つ。
 その上に戦闘用のベストを着こんで、様々な手榴弾やリキッド・ボムのボトル、酸性スプレー缶などが吊るされていた。
 どうやらダイノガイスト抜きで海賊家業に精を出していたらしい。この場に姿は見えないが、艦長とテレビロボはサンダルフォンでバックアップに回っているのだろう。
 二人とも疲労の影が濃く、今すぐにも座り込みたいくらいにくたくたなのが一目で分かる。
 ビームブレードのスイッチをカットし、柄だけになったビームブレードを腰の戦闘用ベルトに差し込んだシンは、自分が斬り倒した岩盤に腰かけ、マユもつられて腰を下ろす。

 
 

 アスカ兄妹は、いま、日本に居た。
 ダイノガイストから自由行動の許しが出たのだが、自由行動の拠点を日本に指定されたのである。おそらく日本に出現すると言う謎の合体ロボに対し、ダイノガイストが興味を持ったからだと、シンは考えている。
 二人が狙ったのは、武田埋蔵金である。豊臣家や徳川家が残した埋蔵金が最もメジャーな埋蔵金伝説であろうが、この甲斐の武田信玄が残したとされる武田埋蔵金も比較的有名なものだ。
 今世紀に至るまでついに未発見に終わっていた武田埋蔵金の在りかを発見し、二人はガイスターのみが有する異星技術の粋を尽くした装備に身を固めて、巧妙に山中に隠蔽された埋蔵金にアタックを実行した。
 強欲な略奪者を待ち受けていた数百年前の罠は、その牙を情け容赦なく見せつけた。穴の底に竹槍を敷き詰めた落とし穴、吊り天井、隠された壁穴から発射される無数の毒矢、落石などといった古典的なもの。
 金以外の大抵の物を溶かす強い酸性の王酸を並々と湛えた落とし穴、数百数千匹の毒百足、巨大吸血蛭が蠢く回廊、肉食性の翼長一メートルを超す大型蝙蝠の群れが息を潜める暗闇の天井。
 どこから入手したのかピラニアに酷似した肉食魚が蠢く黒い沼の上に渡されていたのは、千切れる寸前の縄で結ばれ、板は腐って脆くなった小さな橋だけ。
 それらをクリアしたさきに広がっていた大空洞には、時価500億アースダラーに相当する金の山が鎮座していたが、金の重量が一匁(3.75グラム)でも減ると入口が全て閉ざされる仕組みだった。
 しかもはるか数十メートルの高みにある窪みからは何百年もの時を掛けて醸造された毒水が、流れ込んで盗掘者を水責め地獄と毒責め地獄の二つにたたき落とす。
 これらをどうにかこうにかクリアし、マユが持っていた亜空間ポケットに全ての金を詰め込んで、二人は外の世界に帰還したのであった。

 

「ん」

 

 シンが手渡したビタミンドリンクのボトルを受け取り、マユは音を立ててそれを飲んだ。ダイノガイストのサポートが無い盗掘行為は二人に強い緊張を強いて、喉はからからになっていた。

 

「ぷはぁ、疲れたねぇ、お兄ちゃん」

 

 こちらを向いて、言葉とは裏腹に体の内側から輝いている笑みを向けるマユに、シンも穏やかに微笑み返した。

 

「成果は上々だよ。おれ達が埋蔵金を頂いたって、置き手紙も残しておいたし、あとは船戻って、ダイノガイストと合流すればいい。それともどっか温泉でも行くか?」
「ん〜、それもいいなあ。でもやっぱりダイノガイスト様と合流しなきゃ」
「どこで合流すんだっけ? ネオ童美野シティだっけ?」
「え? Gアイランドじゃない?」
『ヌーベルトキオシティだ。シンはともかく、マユ、どうやったらそんな風に聞き間違えられる?』
「あ、艦長」

 

 兄妹そろってのとぼけた会話の応酬に呆れた艦長が、終止符を打った。二人の左腕に巻かれたガイスターブレスが反転し、恐竜形態のダイノガイストの顔があらわれて、その瞳から区中に光が放射されて、艦長のバストアップ画像を形作る。

 

『今、二人の真上だ。下方の光学迷彩を解除するから、はやく戻って来い。今、ボスから連絡があった。明日にはヌーベルトキオに到着するそうだ。我々は今日中にヌーベルトキオに行くぞ』
「じゃあ、今夜はヌーベルトキオのホテルで一泊だね。艦長も一緒にお泊りしようよ。たまには船じゃなくて外で過ごすのもいいと思うよ」
『兄妹水入らずに邪魔をするのは気が引ける』
「そんな事気にしなくていいのに。ね、お兄ちゃん」
「ああ、そうだよな。おれもたまにはいいと思いますよ、艦長。ダイノガイスト待ちなんだし、ロボに船を任せてホテルで豪勢にパーっとやりません?」
『分かった分かった。考えておくから、早く艦に戻れ』
「はーい」

 

 暢気な返事をしたマユの上空に、船体下部の光学迷彩を解除したサンダルフォンの姿が露わになった。

 
 

 埋蔵金を発見したその日の内にヌーベルトキオシティに入り、一番料金の高いホテルのスウィートルームで一泊した三人の内、艦長は早朝早々と艦が心配だからと、シティ近海の海底に潜んでいるサンダルフォンへ戻った。
 アスカ兄妹は朝食をホテルのレストランで済ませた後、ヌーベルトキオシティの街中をのんびりと練り歩き、ウィンドウショッピングを中心に観光を楽しんでいた。
 道を行き交う人々や、天を突く無数の摩天楼、二年前に勃発した戦争の影響が欠片も見られない整然とした街並みは、プラント住人は別として、地球上の荒廃した世界で生きる大多数の人々には別天地の如く映るだろう。
 エイプリルフールクライシスの影響が全世界を覆う中、この街はその被害を免れたごく稀な例外の一つであった。
 オーブが地熱発電を利用し、いち早くエネルギー危機から脱出に成功したように、旋風寺コンツェルンの私物とも言えるこの人工都市は、外部との交流が断絶しても、単独で生活者の生活を最低水準で維持できるよう設計されていた。
 海流、風力、太陽光と旧世紀から研究されてきたありとあらゆる発電設備が整えられており、地球上から核分裂発電の光が消えた夜も、この街には煌々と電子の灯りが灯っていたのである。
 ホテルの近くの公園の中の、芝生が延々と続くなだらかな丘で、シンとマユは目の前に広がる大海原を見ていた。
 故郷オーブによく似た光景だが、似ているからこそ些細な違いが克明に感じられ、自分達が異国にいる事を強く意識する。
 一抹の寂寥が二人の胸に冷たい風を吹かせたが、二人はそれを表に出す事はなく、大型ワンボックスカーを店舗代わりにしているクレープ屋を見つけて、それを買う事にした。
 サイドに大きな窓口が開いていて、ピンクとホワイトのストライプ模様の布地を張ったサンガードが設置されている。窓口の脇に置かれたメニューと睨めっこしていたマユが、ワゴンの中の、バイトの女の子にニコニコ笑顔を向ける。
 如何にもお愛想の、おしつけがましい笑みではない。向けられて機嫌の悪くなる人間は、この世に一人もいないだろうと心底思う様な、澄み切った笑みだった。
 年齢は多分、シンと同じか、違っても上下に一つか二つだろう。淡いクリーム色の長い髪を白い三角巾で纏め、クレープを模したキャラクターのアップリケ付きエプロンを着ている。
 本当に漫画がテレビの中にしかいないような、可愛らしさと美しさとを同時に持ち合せた美少女である。
 卵型の綺麗な顎の線や、穏やかだが意志の強さを覗かせる瞳、高い稜線を柔らかく描く鼻筋、雑誌の表紙を飾っていないのが不思議なくらいだ。

 

「すいませーん、このアーモンドキャラメルバナナのチョコミントアイス乗せの、ラズベリーソースがけひとつ下さい。お兄ちゃんは?」
「おれ? あんまり甘くないのがいいなあ」
「じゃあ、こっちのゴーヤクリームをください」

 

 甘くないのがいいとはいったけど、だからといってゴーヤという判断はどうなのよ、とシンは思わないでもなかったが、今さら言うのもカッコ悪いかな、とあえて口には出さなかった。
 丸い鉄板の上で均等に広げられたクレープ種から、甘い香りが漂い始める。バイトの女の子は手慣れた調子で均等に生地を均していき、生地をひっくりかえす作業も流れるような動きでこなして行く。
 焼き上がった皮の上に、ひんやりと冷たいアイスやクリームが手際よく乗せられ、シンの分のゴーヤクリーム(緑色)もたっぷりと乗せられてゆく。
 匂いは濃厚な甘いものだが、口に入れたらどんな苦みがするのか、シンは面白半分怖いもの見たさ半分で期待していた。
 綺麗に包み紙に巻かれたクレープを受取って、シンが代金を払った。

 

「ありがとうございました」

 

 にこやかな笑みを浮かべてバイトの女の子が紙幣を受け取り、レジを打ってお釣りをシンに手渡した。
 シンとマユは二人仲良く近くのベンチに腰掛けて、それぞれのクレープを口に運ぶ。まだ温かいクレープの生地に融け始めたアイスの甘さが絶妙にマッチし、マユは口元を綻ばせる。
 天使の様な笑みを浮かべるマユの横で、シンはなんとも言い難い表情を浮かべていた。
 初めて食べる人間にはいささかきつい苦みと、生クリームの甘さが全く同時に味覚に襲い掛かり、甘苦いといえばいいのかなんなのか妙な味で、かといってまずいのかと言われると別にまずくはなく、美味いのか、というと美味いわけでもない。
 モノを食べているとは思えない妙な表情でクレープを食べ進めるシンとは正反対に、マユはふっくらほっぺにクリームを付けたまま、小鳥が啄ばむみたいに少しずつクレープを食べ進めている。
 そんな兄妹の微笑ましい様子を、バイトの女の子も和やかな気持ちになって見守っていた。ユニウスセブン落下事件を契機に、プラントと地球連合の間で再度戦端が開かれたとは信じ難い。
 しかし、ヌーベルトキオシティにはこの街の発展の光に応じて、深く暗い影が存在し、それは人々の暮らしを脅かしていた。

 
 

 シンがクレープを食べ終えて、くしゃくしゃと丸めた包み紙をダストボックスに捨てようとした時、彼方で大きな爆発と黒煙が立ち上り、シン達を不可視の音の波が強かに打った。
 現在の地球上に存在する都市では五指に入る発展を見せるヌーベルトキオであったが、唯一、その治安に置いて大きな黒い影が掛かっていた。
 東アジア共和国内のギャングや、マフィア、単独犯とあらゆるタイプの犯罪者が、巨大なロボットを用いての犯罪行為を頻繁に行っている。時には最新の兵器であるMSさえも姿を現し、警察の武装では対処できない犯罪が多発している。
 いまも、その一つが発生したようだ。
 冷たい灰色の摩天楼の林の合間から、見え隠れしているのは、全高30メートルを越す巨大な人型のロボットだ。しかしMSとは似ても似つかない派手な外見をしている。
 人間を模したと思しい姿形だが、両眼の辺りには青や赤で縁取った隈があり、煌びやかな意匠が凝らされた装甲は、まるで舞台の上の歌舞伎役者かなにかのようだ。
 歌舞伎ロボの武装は、右手に40メートル近い朱塗りの槍、左手には20メートル近い大刀を握っている。
 背には雷神の太鼓の様なパーツを背負っている。おそらくはミサイルランチャーかビームランチャー辺りだろう。
 無作為にビームらやミサイルを撃っては、破壊行為を繰り返し、たちまちの内に街並みを瓦礫に変えて行く。逃げ惑う人々の悲鳴が、爆発の音や地響きを立てて歩くロボットの足音に混じって聞こえ始めてくる。

 

「なんて無茶苦茶な奴!! マユ、あんたも、早く避難するぞ」
「う、うん。お姉さんも早く」
「でも、お店が」
「命の方がバイトよりも大事だろ!?」

 

 有無を言わさず店舗の中に入ったシンは、バイトの女の子の手を握り、強引に連れ出す。パトカーのサイレンが早くも聞こえてきたが、警察の装備で対処できる範囲を大幅に超えている。

 

「犯罪者程度で、なんであんな強力なロボットを持っているんだよ! あれ、並のパイロットが乗ったMS程度じゃ、歯が立たないぞ!」
「大丈夫です!」
「?」

 

 思わず愚痴を零すシンに手を引かれていた女の子が、はっきりと言い切るのに、マユとシンが顔を見合わせて振り向いた。クレープ屋のバイトの女の子――吉永サリーは、暴れ狂うロボットを見つめながら、信頼に満ちた声で二人に告げた。

 

「あの人が、私達を守ってくれます」
「あの人達?」

 

 二人が揃って疑問の声を上げた時、空に何かのエンブレムが描かれ、高速で飛行する飛行機の風切り音が聞こえてくる。

 

「戦闘機か!?」
「ううん、お兄ちゃん、あれ、SLと新幹線だよ!」
「SLに新幹線? そうか、ここはアイツの本拠地か!?」

 

 シンが口にしたアイツが、動きを見せる。
 SLのお化け――ロコモライザーの車体後部が折れ曲がり、真ん中から二つに分かれて巨大な足へと変わる。
 シンとマユ達は名前を知らない新幹線――ガインとマイトウィングがそれぞれ列車部分の先頭を左右外側に向け、後部を巨大な腕と変わり、ロコモライザーの両側部へと連結される。
 ガインとマイトウィングの折れた車体後部からは蒸気と共に五指を備えた巨大な手が現れ、ロコモライザーの先頭車両上部の一か所の装甲が開き、MSを大きく上回るロボットの顔が現れる。
 左右からフェイスマスクが閉じる寸前、その頭部に誰かの影があったのを、シンの目がかろうじて認める。
 合体ロボットは拳を握り、頭の上でぶつけ合い散った火花が降り注ぐ。一度右腕を引いてから突き出し、ユニウスセブンでその姿を露わにした勇者が今一度、ヌーベルトキオシティでシン達の目の前に現れた。

 
 

『銀の翼に希望を乗せて、灯せ平和の青信号! 勇者特急マイトガイン、定刻通りにただいま到着!!』

 
 

 時代がかった口上を終えざま、マイトガインは暴れている犯罪者のロボットに飛び蹴りをかまし、敵の巨躯を海の方へと蹴り飛ばす。
 蹴った反動を使って着地したマイトガインの目の前で、下半身を海に没した歌舞伎ロボが体制を整え直し、朱槍と大刀を左右に開いて構えを取る。
 マイトガインと歌舞伎ロボが対峙する光景を見ていたシンは、ダイノガイストが合流地点をヌーベルトキオに指定した理由を、悟った。
 戦うつもりなのだ。あのマイトガインと!!

 
 

――つづく