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BRAVE-SEED_660氏_子連れダイノガイスト_第16話

Last-modified: 2010-07-05 (月) 14:03:44
 

子連れダイノガイスト
第十六話  真の敵

 
 

『さあ、このダイノガイストと戦ってもらうぞ、マイトガイン!!』

 

 闘争を前に高らかに名乗りを上げる武将にも似て、ダイノガイストは廃棄物が大地と山を為す世界で、目の前に立つ鋼の勇者に高らかに戦を挑む。
 その様子を海底に潜む継ぎ接ぎ戦艦サンダルフォンで待つ新生ガイスターの面々と、勇者特急隊を支える旋風寺コンツェルン本社ビルの司令室の面々、そしてヌーベルトキオからはるか遠い地にも居た。
 北アメリカ大陸デトロイトにあるアズラエル財団が持つ、軍事関連の大規模工廠内部にある一室で、その男は知己の両者が争わんとする光景を実に楽しげに見つめている。
 くすんだ金色のやや色素の薄れた髪に、人、情報、物資とあらゆるものに経済的付加価値を見出す強欲の瞳。対峙する相手に不快感を与え判断力を鈍らせる皮肉気に歪められた口元。
 新しい血液を全身に送り出す心臓の代わりに、エネルギーボックスを新たな生命の源とし、半人半機として新生した前ブルーコスモス盟主にしてアズラエル財団総帥ムルタ・アズラエルその人である。
 天使の名を冠するにはあまりに人間的な欲望を滲ませる冷徹な商人でもあるこの男は、宇宙から地球と神出鬼没のダイノガイストにやや呆れた様子であった。

 

「ユニウス・セブンで暴れたかと思えばオーブ沖でザフトの泥舟と連合の艦隊とMAを弄び、そして今度はヌーベルトキオですか。いやはや、流石は外宇宙生命体。ぼくら地球人の規格に収まらぬ活躍ぶりです」

 

 かろうじて賞賛と取れるアズラエルの言葉ではあったが、口元に浮かぶものが嘲笑の意図を隠さぬ笑みでは、額面通りに言葉を受け取る者はまずいまい。
 アズラエルは一辺百メートルを超す巨大モニターに目線を釘づけにしたまま、背後に控える四つの人影に声をかけた。

 

「ユニウスの墓標の上で直にダイノガイストを見た感想はどうです? 二年ぶりで懐かしかったでしょう?」

 

 有無を言わさず同意を求めているようにも、答えを分かった上で聞いているようにも聞こえる。照明の陰に隠れ、それぞれの顔が見えぬ立ち位置から微動だにせず、四つの人影の内、男性らしい三人が反応を見せた。

 

「るせえよ」
「こんど敵になったら倒すのはぼくらさ」
「……」

 

 不機嫌と不快と傲慢と敵意と、『負』と称される感情をそれぞれに滲ませる三者三様の態度に、アズラエルはくく、と喉の奥で低い笑い声を洩らした。
 ダイノガイストに対し敵意を隠さぬ三人の心情が分かりやすすぎる事と、敵意の炎を胸の内に宿してなお、絶対といっても過言ではない宇宙最強の猛者に対する畏怖を、本人達は否定するだろうが抱いている事も容易に察っせられた。
 かつては嫌というほどダイノガイストの力をその身体に叩きこまれ、ダイノガイストを敵とする事の恐怖と愚かしさを心底から刻み込まれた三人達だ。
 おまけに自分と同様にダイノガイストの手によって新たな体と力を手に入れている。本来なら問答無用でガイスターの配下とされてもおかしくないところを、あの宇宙海賊の気まぐれか深謀深慮によって自由まで与えられている。
 意図の見えぬダイノガイストの行為に対する不信もあろうが、好悪混じり合った感情を抱いているのだろう。もっとも悪意の方がだいぶ強いのは間違いない。

 

「ま、君らのガオーモビルスーツは単機でも核動力機を上回るスペックですが、流石にダイノガイストを相手にするのは性能的に厳しい。もし彼と戦う気があるのなら、ぼくのファントムが完成するのを待つ事です」
「アレに合体したら機体の主導権を握るのはてめえじゃねえかよ」

 

 男達の人影の内、もっとも背が高く比較的理知的であることからリーダー格を務める男が口答えをする。
 かつての名はオルガ・サブナック。
 二十歳にもならぬ年齢で死刑囚として収監されていた所を、人体実験の材料として軍に連れ去られ、強化人間としての人生を強制的に歩かされた青年である。
 ヤキン・ドゥーエ戦役にて後期GATシリーズの一機、カラミティを駆って数多のザフトMSを破壊したものの、最後にはフリーダムガンダムとジャスティスガンダムのコンビネーションによって殺害されたはずの彼もまた、新たな生を得ていた。
 雇主と労働力という立場それ自体は変わらぬものの、ガイスターサイボーグ化したことで薬物の摂取なしでも生命維持が可能となった影響もあるだろうが、多少オルガとアズラエル間でのやりとりが、二年前とは異なるものになっている。
 より対等に近い関係になっている、と言えばよいだろうか。
 アズラエルはあくまで不遜とも傲慢ともとれる、トップに立つ人間の目線と口調でオルガの意見を真っ向から切り捨てた。

 

「当然です。君らの生活を保障しているのはぼく。君らの機体も含めガオーシリーズを作ったのもぼく。さらに言えばエネルギーボックスとの同調率が最も高いのもぼく。よってメインパイロットはぼく以外にあり得ません」
「MSひとつろくに操縦した事のないおっさんがかよ?」
「サイボーグ化していますのでね。直接機体の制御系と神経系コネクタを接続すればそれだけで機体はぼくの肉体の延長上ですよ。
だいいち、この体になった時点でリニアガン・タンクくらいなら素手で解体できる事を、きみらも実感しているでしょうに。フル装備の海兵隊一個大隊を相手にしても、君らかぼく一人で皆殺しにするのに一時間もかからないってこと、わかってるでしょう?」
「けっ」

 

 オルガ自身、アズラエルがメインパイロットを務めても戦闘に支障がない事は十重に承知したうえでの抗議だ。つまるところ選択肢がないという事を認められず、嫌がらせ的にアズラエルに噛みついているにすぎない。

 

「ぼくらのアレがダイノガイストを相手にどこまで戦えるのかは非常に興味のあるところですが、今は我が盟友旋風寺舞人くんとマイトガインの活躍を楽しもうじゃありませんか」
「活躍も何も、戦力差がありすぎだろ」
「ですから、その戦力差を覆す何かを、あるいはいずれそうなるであろう何かを期待しているんですよ。たぶんダイノガイストもそれが目当てで、今回でいきなり自分と互角に戦えるとは思っていないでしょう」

 

 ふふん、とアズラエルは楽しげに鼻を鳴らして椅子に腰かけなおし、湯気の立つコーヒーカップを改めて手に取る。気分は楽しみにしていた映画を鑑賞しに来た観客とそう変わらない。

 

「さて、魅せてくださいよ、舞人くん。あんまり無様なようなら、その場で殺されちゃいますからネ?」

 

 それならそれで、旋風寺コンツェルンの買収を進め、その先端技術のすべてを取り込むまでの事と、アズラエルは真黒い腹の内で愉快気な笑い声を抑えなければならなかった。

 
 

 
 

 組んでいた両腕を解き、ゆるやかに五指を開いて自然体に垂らしたダイノガイストを前にして、動輪剣の切っ先を八双の構えに流すマイトガイン――つまりはパイロットである舞人と機体であるガインは双方ともに息さえ忘れる緊張に体を縛されていた。
 頬を流れた一筋の汗の冷たさに、舞人は忘れていた呼吸を思い出し、浅く細く息を吸う。コックピット内の空調によって適温に調節された空気が肺を満たす。
 呼吸を整え思考をフラットに切り替え、血流と共に流れる緊張という名の不可視の粒子を吸いこんだ息と共に吐き出してゆく。
 目の前に在る強敵の姿を改めてその瞳に映す。

 

――強い。

 

 外見から判断できる武装や戦闘方法よりもまず、根拠も何もない感想が頭の中に浮かび上がる。強い。間違いなく。恐ろしく、と付け加えるべきであろう。
 舞人はガインと共にこれまで両手足の指では足りぬ数だけ、犯罪者たちの繰りだしてきた巨大なロボットを相手にし、その全てに勝利を収めてきた。
 勝利の星に飾られた戦歴ではあるが、決して楽に勝てたとは言えない。旋風寺コンツェルンの最新技術と莫大な資金を惜しみなく投じたマイトガインをしても、運の善し悪しで勝敗が変わっていた様な辛勝もある。
 こちらの命を奪いにかかってくる凶悪な犯罪者達との戦いの中で培われ、ユニウス・セブンの上で我が身を省みず命を捨てて戦うテロリストたちの気迫を浴びた練磨された舞人の、戦士としての直感が告げる。

 

――戦うな、アレを敵にするな、背を向けて逃げ出せ。

 

 それを舞人の矜持が、誇りが、誓いがねじ伏せる。
 我知らず、舌で唇を舐めていた。皮膚に痛みを覚えるほどの緊張に乾いていた唇が、かすかに湿り気を取り戻し、わずかに緊張が解れる。

 

『舞人』
「大丈夫だ、ガイン」

 

 常に戦場で共にあった相棒が、名前を呼んできた。人工的に知性と人格を与えられたガインの声は、既に耳に親しんで長い時間が経っていたが、ここまで緊張に強張った響きを耳にするのは初めてであった。
 生物としての本能を有する舞人と違い、0と1の羅列から成るガインにさえ分かるほどの強敵。
 おそらくそれも、感知できるエネルギー量や過去の戦いのデータから推測できるダイノガイストの戦闘能力だけが原因ではない。
 ユニウスでわずかとはいえ対峙した時とは違い、今度ははっきりと敵と認識された上での対峙。そして、ダイノガイストに敵と認められたがゆえに全身で受け止めなばならぬ、ダイノガイストの闘争の気配。
 それのなんと強大である事よ。山を覆う木々を根こそぎ吹き飛ばす嵐のごとき激しさが、波一つない湖面のように抑え込まれている。
 今は理性の鎖に繋がれて抑えられたその力が、ダイノガイストの明確な戦闘の意思のもと振るわれたなら、それはどれほどの破壊を齎すだろうか。
 それを受け止めねばならぬのが、自分達であるのだと、舞人は静かに受け入れた。ともすれば恐怖に囚われかねぬ緊張に襲われている舞人であったが、その胸の奥には確かな高揚の灯火が煌々と燃えていた。
 旋風寺舞人。
 十五歳という若輩ながら地球圏有数の超巨大財団の総帥を務め、父祖が築いた一大帝国をさらに巨大なものにした天才というほかない経営の天才。
 容姿端麗、学問は言うに及ばず、武道も幼いころから嗜みプロの格闘家複数を相手にしても容易くいなす文武両道の逸材。
 幾百万、幾千万の社員達の頂点に君臨するにふさわしい風格を既に持ち、輝かんばかりのカリスマ性を持つ。
 おおよそほとんどの全人類がその経歴を知れば、欠点のない完璧な人間と称するだろう少年であるが、舞人とて所詮は一個の人間。恐怖を覚える事はある。足がすくむ事もある。抱えた責任に押しつぶされそうになる事もある。
 そうであるだけならば、舞人は凡百の人間よりも多く天賦の才能と環境に恵まれただけの人間であったろう。
 しかし彼は舞人がそのような一般的な富裕層の人間や天才と呼ばれる人種と一線を画すのは、心を萎縮させる負の感情すべてを乗り越える資質と心の強さを併せ持った人間であったことだ。
 生まれながらにそうだったのか、そうならなければならぬから、そうなったのかは分からぬが、いまダイノガイストの前に居る旋風寺舞人という少年は、敵がかつてないほど強大であるからという理由で背を向ける男では断じてない。
 強大であるという点において前例のない敵と戦うという現実を前に、舞人の背をひと押ししたのは、全力を尽くして戦える敵との遭遇に歓喜する戦士としての本能であった。
 巨大ロボを一機投入してまで自分をおびき寄せたダイノガイストが、この場から離脱するのをおめおめと見逃すわけもない。

 

 マイトガインよりも一回り以上巨大なダイノガイストの鋼鉄の体から、目に見えぬはずの闘気が宇宙の暗黒色に染まった炎となって噴き出しているのを、舞人は幻視する。
 はるかな太古から地球を照らしてきた太陽が、その膨大な力を破壊に使う事を決め、ダイノガイストの姿を取って降り立ったのではないかと言われれば、思わずそう信じてしまいそうなほど、眼前の巨人はそこに在るだけで途方もない存在感を放つ。
 背に交差させているダイノブレードの柄に手を伸ばす様子はない。舞人とガインはダイノガイストの一挙手一投足、バイザーの奥のカメラアイの光の明滅にさえ細心の注意を払い、動くべき時を見計らう。
 舞人は幼少のころから旋風寺コンツェルン後継者として、帝王学や経済学は言うに及ばす武術の類もおよそ考えうる最高の最新設備とコーチたちの下で学んでいる。
 十年を優に超えて武道を嗜んだものとして、舞人はダイノガイストのあまりに堂に入った立ち姿に、砂漠の悪魔に惑わされた旅人のように咽喉が渇いてゆくのを覚える。
 待つばかりでは埒が明かないが……どうするか。

 

『待っていても始まらないな』
「ふっ、そうみたいだ。敵は手強いが、行けるな?」
『ああ、私と舞人ならば!』
「ならっ!!!」

 

 切っ先を下段に流した動輪剣の構えはそのままに、マイトガインは人機一体の心持で一挙にダイノガイストへと斬りかかる。
 踏み込むマイトガインの足元が爆発が生じたように弾け飛ぶ。旋風寺コンツェルンの保有するテクノロジーの結晶体、マイトガインの既存のMSをはるかに凌駕する脚力が、時速数百キロ単位の速度を巨体の勇者に与えていた。
 漆黒の暴君へと迫る勇者の姿はまさに疾風。動輪剣が陽光を銀の雨に変えて切り裂きながら、ダイノガイストの左腰へ飛燕の軌跡を描いて襲いかかる。ひょう、と斬られた風の断末魔が笛の音の様な音を立てて尾を引いた。
 動輪剣の刃が迫る中もダイノガイストは微動だにせず、立ち尽くしたまま斬られるかと思われた。
 ぎん、と大気の軋む、あるいは切り裂かれるような甲高い音が一つ、滾る陽光降り注ぐ廃墟の世界に大きく響き渡る。

 

『思い切りのいいことだな』

 

 ついで音になったのはどこか感心した調子のダイノガイストの一声。
 コーディネイターの反応速度でも反応しきれないと見えた動輪剣の一撃は、余裕をたたえるダイノガイストの左腕によって阻まれていた。
 ダイノシールドを構えるまでもなく、翳したダイノガイストの左腕にわずかに切り込む事も出来ずに、動輪剣の刃は止められているではないか。

 

「真っ向から受けて、傷一つ!?」
『ふん、小手先の一撃でおれに傷一つ付けられるとでも思ったか……愚か者め!!』
「ぐ、がぁああ!?」

 

 動輪剣による一刀を受け止められた体勢のマイトガインの胴体へ、小型の陸戦艇ならば軽く吹き飛ばすダイノガイストの右ひざが吸い込まれるように叩きこまれた。
 ダイノガイストからすればさして技巧を駆使する事もない他愛のない一撃である。だが、受ける側からすれば、マイトガイン級の巨体でも、中世時代に閉ざされた城塞の城門を破砕する破城槌の一撃を真っ向から受けるのに等しい。
 大気を抉り抜く凶悪なまでの破壊力を秘めた膝蹴りは、PS装甲装備のMSでもパイロットがそのまま衝撃で死にかねない一撃であったが、とっさにバックステップを行ったマイトガインは、ダメージの幾分かを軽減することに成功する。
 舞人は後方に飛びのいて衝撃を散らしてダメージを軽減させたとはいえ、全身を揺らす衝撃によって、胃の腑から食道へと込み上げてくるものをかろうじて抑え込む。
 舞人は変わらず強い意志の光を輝かせる瞳の先に、ゆっくりと右膝を下ろすダイノガイストの姿を映す。マイトガインと姿を変えたガインもまた舞人と同様に機体ステータスの調整に努めながら、敵への警戒を怠らない。
 飛び退いたとはいえ殺しきれなかった分の衝撃に、そのまま百メートル近く吹き飛ばされたマイトガインが、爪先をジャンクの大地に押しつけて勢いを殺そうとするも、そのままジャンクの破片を散らしてゆく。
 マイトガインの爪先から踵と順次に着地し、動輪剣の切っ先を突き刺してようやくマイトガインの動きが止まる。再び動輪剣を引き抜き、今度は片手一刀、切っ先は右に流れる。
 右膝を受けた胴体の装甲はかろうじて無事といえた。ただしもう一撃同等以上の打撃を同ヶ所に受ければ、マイトガインの装甲といえども耐えきれずに罅が盛大に入る。

 

「ガイン、躯体に支障は有るか?」
『なにも問題はない。舞人の方こそどうだ?』
「まさか」

 

 涼しげかつ不敵な舞人の返事に、ガインはそれでこそ、と頼もしき相棒にほくそ笑む思いであったろう。

 

『待ってばかりいるのは性に合わぬのでな。次はおれ様から行くぞ!』

 

 耳にするものの心臓を内側から握りしめるような力強さを持つダイノガイストの一声と共に、三十メートルを超す漆黒の武巨人は膝を曲げたかと思った瞬間には、舞人とガインの視界をその巨躯で埋め尽くしていた。
 跳躍の過程がコマ送りでもされたかのように視認できない、常識外の挙動に、しかし、舞人とガインの戦闘意識は揺るがない。

 

「それくらいは、するだろうな、お前なら!!」

 

 振り抜く拳の圧力でジャンクの大地を抉りながら、ダイノガイストの左アッパーがマイトガインの首から上を吹き飛ばしにかかった。巨大合体した勇者クラスならばともかく、MSなら頭どころか上半身が粉微塵に打ち砕かれかねない。
 半身を左に一歩ずらし、ダイノガイストの左を躱すマイトガイン。至近の距離を流れてゆくダイノガイストの拳がぶつけてくる拳圧は、マイトガインの装甲を透過して頬を抉る錯覚を、舞人はこの時明確に感じた。
 背筋に冷や汗が流れ、体の奥底から体内が氷に変わってゆくようなおぞましさと恐怖。
 いますぐにでもこの場から逃げ出したくなるような感情の動きを、しかし、舞人はねじ伏せる。

 

「お、お、おおおおおおおーーーーー!!!!!!」

 

 拳を振り抜く至近距離にまで踏み込まれたものの、両者の機体サイズの差を考えれば、ダイノガイストの拳の間合いは、マイトガインにとって剣を振るう間合いに近い。
 両手で握り切っ先を右後方に流して、横に倒していた動輪剣をマイトガインは全霊を込めてダイノガイストの左腰に振り抜く。重心の移動、機体フレームを通じて動輪剣に流れ込む力の流れ、巨体を支える両足に位置取り。
 一瞬とさえいぬ短い時間の間に数十を超す舞人の神業的操作入力と、最新技術の集大成である超AIガインの補助が可能とする一刀!
 亜音速に達した動輪剣の刃なれば、いかにダイノガイストの超規格外の硬度を誇る装甲といえども耐えきることは叶うまい。

 

『反応するのか、この距離で!?』

 

 驚愕の声はガインが挙げた。ミシリ、と嫌な予感を伴う音はマイトガインの右手首から。
 マイトガインの右手首を上下に挟み込み魔物の牙のごとく噛み止めていたのは、振り抜かれたはずのダイノガイストの左肘と、振り上げられた左膝。
 空手にある挟み受けの技法だ。来るべきグレートエクスカイザーとの雪辱戦に備え、人間の培ってきた武術を貪欲に学習し、量子コンピューターをはるかに超える演算能力を持つダイノガイストの頭脳がアレンジを加えた武技であろう。

 

『ぬん!!』

 

 遠雷のごとく轟くダイノガイストの声と共にマイトガインに襲い来るのは、ダイノガイストの右拳。マイトガインの頭部めがけ、最短距離を予備動作の全くない無駄を削ぎ落とした軌道で放たれる。
 世界ランカークラスのプロボクサーが、ほう、と感嘆の声を洩らしかねない一撃を、マイトガインは咄嗟に動輪剣の柄から左手を離し、ダイノガイストの右ストレートの内側へ左腕を滑り込ませる。
 時間にすればわずかにコンマ一秒にさえ満たない刹那と刹那を積み重ねる濃縮された攻防。
 ダイノガイストの右腕の内側をなぞるように滑りこんだマイトガインの左腕が『く』の字に曲がる。内側からの圧力によってストレートの軌道を曲げられ、ダイノガイストの右半身にわずかな隙が生まれる。
 それを逃す舞人やガインであったなら、ダイノガイストはそもそも戦いを挑む意欲をかけらも抱かなかっただろう。
 ダイノガイストの右ストレートを阻んだマイトガインの左腕はそのまま鉄槌と化してダイノガイストの右胸を叩く。大質量をもった金属質の物体同士が高速で衝突する大音量は、それに相応しい破壊の光景を聞く者に連想させる。
 ダイノガイストの胸部に叩きつけられたマイトガインの左拳。しかし打たれたダイノガイストも打ったマイトガインのどちらにも傷の跡はひとつとてない。
 両者にダメージがない事は明白であった。しかし精神的な動揺はマイトガインの方がわずかに大きい。百トンを超すマイトガインの重量を存分に乗せた一撃には、生身の手で巨木を叩いたのと同じ手応えが返ってきた。

 

 人間に換算すればヘビー級とストロー級ほどにも差が在る事を考えれば、その結果は当然であったが、そのような経験が舞人とガインには欠乏していた。これまでの戦いで圧倒的な勝利を重ねてきた弊害と言える。
 賞賛すべきはその動揺を戦闘に反映させなかった一人と一機の心構えだろう。
 一撃に効果がない、と悟った瞬間に、マイトガインは左方向に飛び去る。マイトガインが居た空間を、黒い風が鉈の様に薙いでいた。ダイノガイストの左回し蹴りである。
 マイトガインの一撃を受けて微動だにせぬと見えたダイノガイストは、その実、マイトガインの右手首を挟み止めていた左の足を解放し、マイトガインの首を刈るべく動いていたのだ。
 飛び退いた先で体勢を整え直し、舞人は額から鼻筋に沿って流れる汗の冷たさを感じていた。かろうじてダイノガイストの動きは目で追えている。加えてガインの正確精密極まる動作予測のサポートもある。
 ダイノガイストとマイトガインの両機の間に厳然と存在する根本的な性能差を、人機一体となることでかろうじて補えている。
 この三者の中で唯一疲労を覚える舞人が居るマイトガインが大きく不利である事は否めない。この均衡が崩れるとしたならば、いずれ舞人の体力と集中力が切れた瞬間であろう。

 

「スピードとパワー、どちらもおれ達よりも上だな。一撃で思い知らされたよ」
『ユニウス・セブンの時やそれ以外の戦闘での映像やデータも入手していたが、どうやら彼が底を見せた事はこれまでなかった、ということだな。なんとも厄介な話だが』
「だが、おれたちだってユニウスの時と同じってわけじゃない。まずはそれをあいつに教えるぞ!」
『応!!』

 

 マイトガインの再びの爆発的踏み込みに合わせ、ダイノガイストの両膝の砲身が起きて容赦ない砲撃を加える。ダイノキャノンの連射だ。マイトガインの装甲をもってすれば、例え全開のダイノキャノンといえど数発は耐えて見せる。
 しかし、受ければ確実に動きが鈍り生まれた隙を突かれるのは間違いない。さらに言えばユニウス・セブンを斬り砕いたあの恐るべき魔剣技が、牙を研いで待ち受けている。
 それなりにモーションの大きな技ではあるが、それに反応するだけの余裕がこちらになければ回避も防御もできまい。十分に耐えきれる攻撃ではあるが、それに続く連続攻撃を考えれば一発でも受けるのは避けなければならない。
 ずっしりとした重量感に溢れるマイトガインの機体が、軽やかなまでのステップを刻んでダイノキャノンを連続してかわしてゆく。マイトガインの一歩一歩に遅れて、ダイノキャノンの爆花が鋼の大地に咲き続ける。
 マイトガインにも多少は射撃武装があるものの、動輪剣の刃をもってしても傷を与えられなかったダイノガイスト相手には、水鉄砲に近い効果くらいしか期待できないだろう。
 牽制程度にはなると分かってはいたが、下手に撃ってこちらの機動に支障が生じればむしろこちらにとってつけ入れられる隙になってしまう目算の方が大きい。
 ダイノガイストがその戦闘能力を最大に発揮できる近接戦の距離で戦いを挑まねば、マイトガイン側にも勝ち目はないこの状況は、どう考えても舞人とガインに大きく不利なものであろう。
 虎中に入らずんば虎児を得ず、されど舞人とガインが挑まねばならぬのは虎の巣穴に入り込むよりも、はるかに恐怖に満ちたダイノガイストの武力の届く場所であった。が、行かねばならぬ時を過つ一人と一機ではない。
 刃の突き立てられた地面の上に渡された綱の上を走り抜けるような危険なマイトガインの吶喊行為は、遂に結実する。ずん、と屑鉄の大地にめり込むマイトガインの足。
 生存のために開いた距離を、今度は勝利の道を見出すために詰めたマイトガインの動輪剣が清冽な唸り声をあげてダイノガイストへ!
 弓弦を引き絞るように、地面と平行に倒された動輪剣を引き込み、十分に為を作った構えからマイトガインが放つのは、紫電の煌めきのごとき必殺の突き。
 刀身から不可視の闘気を迸らせ、ダイノガイストの鋼の臓腑を貫くために放たれる動輪剣を、左右からダイノガイストの手が挟み止める。

 

「白羽刃取りっ!?」
『……ほう!』

 

 圧倒的な左右からの圧力によって完全に動輪剣を挟み止めたかと見えたダイノガイストの白刃取り。しかし、舞人とガインの気迫がダイノガイストのそれを上回ったか、動輪剣の切っ先が、たしかにダイノガイストの腹部に浅くではあるが突き刺さっている。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役以降、完全に借り物の肉体の調子が完全な状態に戻ってから、損傷を負わされたのは、叢雲劾の操るアストレイブルーフレームセカンドとの戦い以来の事。
 四十五万馬力を誇るマイトガインのフルパワーを完全に受け止めるダイノガイストの力に、改めて戦慄を覚えながら力の流れをコントロールして拘束された刃を自由にしようと足掻くが、そう簡単には行かせてくれない。
 動輪剣の拘束を解いたのはマイトガインではなく、ダイノガイストであった。ふん、と短く息を吐いて挟み込んだ刃を離して、自ら後方に飛んで距離を取る。
 すかさず追撃を、と意気込もうとして、舞人達は踏み出す足を地面に縫いつけられたように止めたまま。
 打たれたのだ。
 ダイノガイストから吹き付けるそれまでの闘気よりさらに激しく、冷たく、鋭く研ぎ荒まれた武の神か鬼神を目の前にしたかと錯覚させられるほど圧倒的な闘争の風に。

 

『いままでの貴様らは、この世界でまみえた連中の中では確かに強敵ではあったが……』

 

 ダイノガイストはそれまで徒手空拳を貫き、けして背に交差させた白銀の刃には伸ばさなかった手を、悠然とした動作で伸ばし始める。それはどこか優雅とさえいえる所作であった。

 

『所詮、楽しめる程度の力し持ってはいなかった。その程度の、真の敵と呼ぶには物足りぬ手合いよ』

 

 しゃりん、と涼やかな刃鳴りの音を立ててダイノブレードが主の手に渡り、白銀の孤月を描く刃は陽光の珠を幾万粒も纏いながら死告鳥の翼のごとく左右に構えられた。

 

「これからが……」
『ああ、ダイノガイストの本気だな』

 

 マイトガイン――舞人とガインは遂に対峙した。持てる力を余すことなく振るうと決めた全力のダイノガイストと。
 ダイノガイストはようやくまみえた。敵とは到底呼べぬ無力な有象無象とは一線を画す、真の敵と。
 事前に言いかわしていたかのように、両者の始動のタイミングは千分の一秒の狂いもなく一致した。動輪剣の柄に埋め込まれている二つの車輪が高速回転を始め、生み出されたエネルギーが刀身を黄金に染め上げる。
 八の字に開いたダイノブレード二刀流で風を斬りながら、右八双の構えで突撃してくるマイトガインへと大きく踏み出してゆく。

 

「はああああ! 動輪剣……」
『縦一文字斬りぃっ!!』

 

 振り上げられ、一文字の光となって振り下ろされる動輪剣を交差したダイノブレードが受け止める。受けたダイノガイストの踏みしめる大地が一挙に陥没し、受けた一撃に込められた力の凄まじさを、足元の惨状が雄弁に語る。
 いや、完全には受けきれなかったのか、ダイノブレードの刀身を押し込んだ動輪剣の刃がダイノガイストの左鎖骨に食い込み、刃を深く斬り込ませている。

 

『なるほど、キングエクスカイザーにも勝るとも劣らぬ一撃だ。だがな、あやつと同等ではこのおれには到底届かぬ!』

 

 動輪剣を受けた体勢のダイノブレード二刀の刀身から、漆黒の雷が奔流のごとく溢れ出して、動輪剣を通じてマイトガインの総身を焦がす。

 

「この体勢から打てるのか!?」
『エネルギー量が、どんどん上がって……!!』
『貴様は果たして耐えきれるかな? 耐えられねば、この世から一辺残さず消滅するぞ! 受けよ、我が必殺の剣!!』

 

 ぐおう、と勢いを増す漆黒の雷は、X字の斬閃を描いてマイトガインを容赦なく飲み込む!

 

『ダークサンダーストームッ!!!』

 

 太陽が輝く事を忘れたのかと錯覚するほど、ダイノブレードから放たれた漆黒の雷を伴う破滅の嵐が世界を黒々と染め上げて、マイトガインの胸部にX時の斬痕を刻むに留まらずエネルギーの奔流がさらにその全身を破壊しにかかる。

 

『ぐうあああああああああ!!!!!!!』

 

 全身の装甲に罅が走り、砕けた装甲が剥離し、露出した内部構造にさらにダークサンダーストームのエネルギーが牙を立てて、爪で抉り、マイトガインを内外から破壊せんと荒れ狂う。
 廃墟の大地の一角を黒く染め上げて周囲の屑鉄の山を消滅させた黒雷の嵐が終息した時、そこに残っていたのは大きく抉られてすっかり変わった光景と、かつてのダイノガイストのごとく全身にダメージを負い、倒れ伏したマイトガインのみ。

 

『形は保てたか。なかなか頑丈なようだな』

 

 腹部への一刺しと人間で言うところの左鎖骨部分に刻まれた斬痕。その手傷を負った事に対する苛立ちや不快感よりも、むしろそれを喜ぶかのような雰囲気だ。
 倒れ伏し指一本動かす余力も失われたマイトガインを前に、ダイノガイストは一歩、また一歩と勝者の余裕と威厳を持って近づいてゆく。

 

『ふむ。人が乗るタイプのMSの亜種とは分かっていたが、さて止めと行くか』

 

 とは口にしたが、ダイノガイストはこの敗北を糧にマイトガインがさらに強大になる事を望んでいる。となればパイロットの方は生かしておくべきであろう。圧倒的な力の差に心折れるかもしれないが。
 機体の方を制御している超AIの方も――既にダークサンダーストームの一撃で機能停止をしている可能性もあるが――必殺剣の一撃を耐えた以上、ここでむざむざ倒してしまうのも惜しい。
 首の一つでも刎ねるか、と右のダイノブレードを振り上げるダイノガイストを、止める者は……いた。

 
 

「やめてーーーーー!!!」

 
 

 絹を裂くような少女の悲鳴が、二機と一人の戦場の時の流れを止めた。声の出所を探るダイノガイストは、必死の様相で自転車を漕ぎ、風にクリーム色の髪を乱す少女の姿をとらえていた。
 たった一人の、あまりにも脆弱でちっぽけな少女が、はたしてダイノガイストを止め、マイトガインを救う事が出来るのか?

 
 

 (つづく)

 
 

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