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CCA-Seed_98 ◆TSElPlu4zM氏_第21話_後編

Last-modified: 2007-11-10 (土) 18:19:27

「さて、始めるぞ」
「はい、お願いします!……それで、今日は乗るんですか?」
「おいおい、俺の格好見りゃ分かるだろ。馬鹿な事言うなってぇの。スカイグラスパーは、まだ飛べる状態じゃないんだ。それに誰が乗せるなんて言ったよ?」

 トールの言葉にムウは呆れた様に応えた。
 パイロットスーツ姿のトールと違い、ムウは制服を着ていて、どう見ても今からモビルアーマーに乗る格好では無く、トールは頭を掻くとバツが悪そうに苦笑いを浮かべながら言った。

「……パイロットスーツ着ろって言われて、てっきり……」
「お前、シミュレーターもやって無い奴に乗せられる訳無いだろ?それに操縦する時はパイロットスーツ着てるのが殆どだからな。それを着せたのは、早く感覚に慣らす為だ。分かったか?」
「はい」

 呆れた表情で言うムウにトールは頷いた。
 これからトールは命の遣り取りをする事になるのだから、生半可な事をすれば、戦場では全てが死に繋がる。教えるムウにしても、教えられるトールにしても手を抜く事は許されないのだ。
 ムウは顔を引き締め、自分の教え子となったトールを見詰めながら口を開いた。

「時間が有れば、じっくりやる所だが、そんな余裕は無いからな。まずはシミュレーターを使って、基本操縦技術を教える。いいな?」
「はい。よろしくお願いします」

 トールは背筋を伸ばして返事をすると、格納庫の片隅に設置されたスカイグラスパーのシミュレーターの元へムウの後を追う様に歩いて行った。
 モビルアーマーなど無縁だったトールにとって、本当のパイロットに成る為の訓練が開始される。

 地球衛星軌道上での戦いを終えた地球連合宇宙軍第八艦隊の眼前には月が大きく輝いていた。
 第八艦隊はプトレマイオス基地出撃時に比べれば艦の数こそ少なくなってはいるが、過去、不利な戦いを強いてきた中では沈められた数と比べれば損害は少ないと言えた。
それも、プトレマイオス基地が強襲された事や、アークエンジェルのモビルスーツ隊の活躍が原因で彼らを奮い立たせた結果だったのかもしれない。
 兎にも角にも、第八艦隊を指揮するデュエイン・ハルバートンと、その副官であるホフマンは、帰るべきプトレマイオス基地ドックを破壊された事で、艦隊をどこに帰港させるかを決めていた。

「……ホフマン、プトレマイオス基地のドックが使えない以上、艦隊を月の各基地へと振り分けて帰港させる事としよう」
「承知しております。一応でありますが、既に各艦の振り分けも考えておきました。これでいかかでしょうか?」

 ホフマンはハルバートンの決定に頷くと、四つ折りにしたメモをポケットから取り出してハルバートンへと手渡した。
 ハルバートンはメモを受け取り、目を通すと満足そうな表情を見せ、口を開いた。

「ホフマン、ご苦労。……うむ、これで良いだろう」
「了解しました」

 ホフマンは頷くとオペレーターを呼び、各艦の艦長に伝えるように命令を伝えた。
 ハルバートンはその間、少し疲れ気味の表情で月を見詰めて呟く。

「……それにしても、地球に降りたアークエンジェルが無事であれば良いがな」
「敵勢力下に降下しましたからな……。アラスカには、アークエンジェルの救援要請をしておきましたので、すぐに動いてくれるでしょう」
「……だと良いのだがな」

 ホフマンの言葉にハルバートンは愚痴る様に呟いた。
 地球連合は決して一枚岩では無い。多数の地域の連合体が共に協力しあっているだけにしか過ぎない。
 ましてや、自分達が属する大西洋連邦でさえ、様々な派閥で構成されているのだから、宇宙軍のハルバートンを良く思わない地上軍の将官は多かった。
 それだけにアラスカで腰を落ち着けて居る者達が、敵地に降りてしまったアークエンジェルを見捨てる可能性も有るとハルバートンは思っていた。
 ホフマンは疲れた様なハルバートンの呟きを耳にすると、眉を顰める。

「……と、言いますと?」
「いや、何でもない。それよりもプトレマイオスからの報告は?」
「変わらず、復旧と戦死者の遺体処理を行っている様です」
「……そうか」

 ハルバートンはプトレマイオス基地の現状報告を聞き、更に疲れが増した様な顔を見せた。
 アラスカからの要請とは言え、自らの留守中に襲われたのだから、囮と分かっていれば出撃する事は無かっただろう。しかし、既に起きてしまった事で、今更、何を言っても仕方がない事だった。
 ホフマンは月に目を向け、背凭れに体重を預けて口を開いた。

「……しかし、プトレマイオスがあの様な事になるとは、想像も出来ませんでしたな……」
「……うむ。だが、被害が基地中枢まで及ばなかったのは救いではあるがな……。そこでだが、ホフマン、メネラオスはプトレマイオスへ向かわせようと思う」
「しかし閣下、帰港出来ないのであれば行った所で意味は……」
「ホフマン、艦くらいワイヤーで固定すればよい。メネラオスくらいならどうにでもなろう。私はプトレマイオスが気になる。済まんが付き合ってくれ」
「……分かりました。不測の事態に備えまして、損害の少ない艦を護衛として同行させましょう」
「うむ。宜しく頼む」

 さっきまで疲れた様子を見せていたハルバートンの表情は、強い物へと変わっていた。
 それを見たホフマンは、自らの上官の疲れた顔を見るのが嫌なのだろう。今度は満足そうな表情で命令を受けると、ハルバートンは頷いて月を見詰めた。
 その後、第八艦隊各艦は、振り分けられた各基地へ帰港して行った。

 ザフト軍本部を後にしたアスランは、パトリックの言いつけを守らず軍病院に来ていた。
 本来なら言いつけ通り、自分の部屋に戻り大人しくしているべきなのだろうが、どうしてもここに来なければならない理由があった。それは至極簡潔な理由で、自分の命令違反が原因で負傷したニコルを見舞う為だった。
 しかし、そのアスランはニコルの病室の前まで来て、扉を開く事が出来ずにいた。
 
「……くっ……」

 病室の前で立ちつくすアスランは扉を開こうとしたが、口から自然と苦しむ様な声が漏れた。
 扉の向こう側に居るニコルにどんな顔をして会わせれば良いのか分からず、それ以上、手を動かす事が出来なかった。
 そんなアスランに、突然、誰かから声が掛けられた。

「……アスラン?」
「――!……フ、フレイ……」

 アスランは体を一瞬、震わせると、ゆっくりと振り向いて、自分の名を呼んだフレイを強張った表情で見詰めた。
 しかし、フレイはアスランの心の中など知る由も無く、アスランが無事に帰って来た事を喜んで、その手を取って笑顔を見える。

「アスラン、無事だったのね!ニコルが喜ぶわ。病室、入りましょう」
「……お、俺は……ゴメン……」
「――ア、アスラン!?……ま、待って!」

 アスランは、まともにフレイの顔を見る事が出来ず、声を上擦らせながら後ずさる。そして、手を振り払うと、逃げる様に走り出した。
 突然の事に驚いたフレイは呆気に取られたが、思い出した様にアスランの後を追い始めた。
 建物の中をどれくらい走っただろうか、アスランは病院の屋上へと来ていた。

「――ハァハァ……くぅ……お、俺は……うっぅぅ……」

 アスランはフラフラと手摺りの所までやって来た。そして、手摺りに凭れ掛かると、両手で顔を覆う。その手の下からは、自然と涙が溢れて来ていた。
 ニコルの病室を目の前にして、尻込みしてしまう自分が情けなかった。顔を合わして謝るつもりだった。しかし、病室の前まで来て、その気持ちは恐怖へと変わった。自分の命令違反で何人も死人を出しているのだ。決して、謝って済む事では無い。
 そうしていると、息を切らしたフレイの声とゆっくりと歩いて来る足音がアスランの耳に届いた。

「――ハァハァ……ハァ……ア、アスラン……ハァ……な、泣いてる……の……?」
「うっうぅぅ……お、れは、……うっぅ……ニ……コルに……会わせる……顔が……無い……うっう……お……れは……どんな……顔をして……会えば……いい……んだ……」

 アスランは顔を上げる事が出来なかった。零れる涙が、コンクリートの床を濡らして行く。
 フレイは涙を流すアスランを見て、戸惑いながらも優しく声を掛ける。

「……アスラン……どうしてニコルと会えない……の?ねぇ、何があったの?」
「……ニコルは……うっ……俺を……止め、ようと……して、その所為で……そ、れで、キラが、ニコルを……うっぅ……傷つけて……」
「……キラが……ニコルを!?」

 アスランは途切れ途切れだが、涙を流しながらも話し始める。その姿は、まるで子供が許しを請うかの様だった。
 フレイはアスランの言葉に驚き、絶句する。

「ううっぅ……俺の……所為で……うっぅ……ニコルだけ……じゃなく……て、み……んなも……うっうっぅぅ……」
「……アスラン……キラを説得しようとしたんだよね!?」
「うっぅ……う……あぁ……でも……キラは……」

 フレイの問いに首を振りながら涙を流すアスランは呻くように顔を人工の空へと向けた。
 信じた友達に裏切られ、そして、その裏切った友達は、自分を信じてくれた仲間を傷つけたのだ。アスランの事だから、キラを懸命に説得したのだろうとフレイは思った。
 知り合って短いが、アスランの優しさをフレイなりに知っている。婚約者を失い、友達に裏切られたアスランが余りにも可哀想に思え、放っておく事が出来なくなった。そして、アスランを裏切ったキラを憎らしく思った。
 フレイはゆっくりと歩み寄ると、涙を流すアスランを抱きしめた。

「……アスランの所為じゃ無い……全部、キラがいけないのよ。……ね、だから……泣かないで……」
「……うっう……フ、レイ……」
「……私はアスランの味方だから……。ね、お願い、泣かないで……」

 アスランは、今、唯一自分を許してくれる年下の少女の胸の中で涙を流す。彼に取って、少女は自分が失った母の様に優しい存在に思えた。
 二人の心の内など知らぬ人工の空は、どこまでも青く晴れ渡っていた。

 もう帰る事の無い娘の部屋を閉めたシーゲル・クラインは、リビングのソファへと腰を下ろした。そのリビングへは光が降りそそぐ。
 娘のラクスが生きてここに居れば、ハロ達と共に戯れる姿が見られただろうと思った。しかし、そのラクスの捜索は既に打ち切られ、死は決定的と成り、受け入れる他無かった。
 時間が許すのならば、自ら捜索に向かいたい所だが、そんな事は自らの立場からが許される事は無い。もしも、自分が今の立場に居なければ、ラクスは死ぬ事は無かったのかもしれないと父は思った。
 そんな想いからか、目が自然と娘の写真へと向けられたが、その思考を中断させる様に電話が鳴り響いた。
 シーゲルは腰を上げると、TV電話のスイッチを入れた。画面には、良く知る同じ評議会、そして同じ派閥である女性の顔が映し出された。

「クライン議長、アイリーン・カナーバです。お休みの所、申し訳ありません」
「いや、構わんよ。一人で居ると、色々と思い出してな……」
「……あの、後からお掛け直ししましょうか?」
「いや、いい。話を続けてくれ」

 アイリーンはシーゲルの心中を察してか、申し訳無さそうに申し出たが、シーゲルは首を横に振った。
 シーゲルに取って、プラント最高評議会議長と言う立場がある以上、いつまでも父ばかりしている訳には行かないのだ。
 シーゲルの言葉を受けたアイリーンは、気を遣いながらも早速、仕事の話しに取り掛かった。

「……はい。議長、攻撃に出ていた艦隊が帰還した様です」
「そうか。……しかし、このままではいずれ……パトリックの行動はプラントを死へと追い遣る事になる。……君はどう思う?」
「……今の段階では何とも申しかねます。しかし、確実に民衆の支持はザラへと向くでしょう」
「……であろうな。ラクスの死を上手く使いおって。……例え、私が議長の職を失うとしても、この現状をどこかで止めねばならん」
「……ええ。ですが……」

 シーゲルは、娘の死を使い、民衆を焚きつけるパトリックのやり方に一抹の怒りを感じながらも、今のままでは確実に議長の座を追われ、民衆達はパトリックの誘導の元に後戻りの出来ない道を歩まなければ成らなくなると考えていた。
 アイリーンは、そんなシーゲルの悲壮な表情を見て言葉を躊躇った。
 少しの間が空き沈黙が流れると、徐にシーゲルが口を開いた。

「……地球側にコンタクトは取れるかね?」
「……ええ、マルキオ師ならば。……しかし、地球側がこの様な情勢で応じてくれるかどうか」
「地球側とて、立て直す時間は欲しがるだろう。この機を逃せば、我々……いや、人類は血で血を洗う戦いに明け暮れる事になる」
「とは言え、ザラが知れば、議長の行動を黙って容認するとは思いません。それに……申し訳にくいですが、ザラの支持層が増えている中で、議長自らその様な行動に出られると……水を差す形に成り、世論から非難の声が出て来るかと思いますが」

 民衆は民意を汲み取ってくれる者を指示するのは当たり前の事で、パトリックは地球軍への報復と言う形で民衆の望みを現実の物としたのだ。
 シルバーウインド事件公表の折に、パトリックが報復を仄めかすなり、ラクスの父として涙を見せ泣き崩れでもしていれば、また現状は違っていたかもしれない。
 アイリーンの言葉に、シーゲルは自分が如何に不利な状況にあるかを改めて思い知らされる。

「むぅ……。だが、誰かがやらなければ、プラントは破滅の道を歩む事になる。……出来れば、民衆に気付かせる為にも、公式の物として行いたい。私が直接出向く事で誠意を見せなければ、地球側は腰を上げてはくれんだろうからな。明日の議会で提案してみるつもりだ」
「情勢が情勢ですから……反対の者も出て来るかと思います。それに地球側が応じた所で、どの様な要求を出してきますか……」
「いつまでも続く戦いを誰も望んではおらんよ。それは地球側も同じはずだ。議会で過半数が採れれば望みは繋がる。例え、束の間の平和しか得られなくとも、私が行う事の真意を民衆は気付いてくれるはずだ。今は、何より間違った道を進む事を止めねばならんのだよ」

 静かに言うシーゲルの言葉には力が篭っていた。まるでそれが、亡くなった自分の娘の為でもあるかの様だった。
 アイリーンはシーゲルの気迫に圧されたのか様に頷いた。

「……分かりました。ザラに同調する兆しを見せる議員以外には根回しをしておきます」
「……済まない」

 シーゲルはアイリーンに礼を言うと、少々の遣り取りをしてTV電話のスイッチを切った。
 そして、再びソファに体を沈み込ませると背中を丸め、両手を顔の前で組むと、ラクスの写真に目を向けた。

「今は一時的な停戦でも構わん……。パトリックの勢いが潰えれば、民衆もラクスの想いに気付こう……」

 シーゲルの寂しげな声が、リビングに小さく響くのだった。
 軍病院内の廊下には、戦闘で傷付き、体を治す為に遣って来ている者や入院して居る者達が数多く行きかっていた。
 ある検査室の扉が開き、検査を終えたばかりのイザークが姿を見せた。

「……ふぅ。俺の言った通り、検査など必要無かったじゃないか。しかし、これで母上も安心するだろう」

 イザークは背後の扉が閉まると、検査に疲れたのか、愚痴を零すと歩き出した。
 窓の外は穏やかに晴れ、光が廊下に差し込んで来る。中庭には緑が溢れ、その光景を目にしたイザークは未だに戦時下である事を暫し忘れた。
 そして、人工の空へと目を向けた時、知っている人物を反対側の建物の屋上に捉えた。

「……ん?……あれは……アスラン!?……何故、あんな所に?まぁ、いい。あの噂……確かめてみるか」

 イザークは軍港で聞いた一部の噂を思い出し、アスランの居る建物の屋上へと向かって歩き出した。
 その途中、様々な者達を目にした。戦闘で傷付いた者を見舞う家族や恋人、そして、傷付いた兵士達を助けるべく治療に当たる者達の姿を目にした。
 改めて自分達が守っているプラントには多くの人達が居るのだと実感し、その守り手として働く自分の仕事を誇りに思いながら、イザークは屋上へと続く階段を上がって行った。
 階段を上がり切り、扉を開くと、そこには良く晴れた青空が広がっていた。
 イザークは歩みを進めて見回すと、そこには抱き締め合っているカップルしか居なかった。が、良く見れば、女の方はニコルの病室で見たナチュラルの女に似ている上、男の方は忘れもしない知っている顔だった。

「……ア……スラン!?」
「「……えっ!?」」

 絶句する声を聞いたアスランとフレイが、イザークの方へと顔を向けた。
 イザークは信じられない光景に固まって居たが、顔を鬼の様に赤くすると怒りを顕にアスランの方へと歩き始めた。

「――貴様、何をしている!」
「――えっ、な、なに!?」

 イザークの怒鳴り声に、フレイは脅えた様にアスランに寄り添う。
 それを見て、更にイザークの怒りは激しい物へとなって行く。

「アスラン、貴様と言う奴は!」
「――えっ!?イザークな――うっ!」

 イザークは左手でアスランの胸倉を掴むと睨み付けると、空いた右手の拳で顔を思い切り殴ると、掴んでいる左手で突き飛ばした。
 突然の事で、防御も取る事が出来なかったアスランは、拳をまともに喰らい体をふらつかせ、倒れる。
 
「――アスラン!何をするのよ、止めて!……アスラン、大丈夫?」

 フレイが声を上げ、理由も無く突然、アスランを殴ったイザークを睨み付けると、すぐにアスランの元へと駆け寄った。
 アスランは体を起こしながら口の端から流れる血を拭って、理由も無く殴って来たイザークを睨み付けた。

「……ああ、大丈夫だ。……っつ……イザーク、突然、何をするんだ!?」
「――ふざけるな!ラクス・クラインと言う婚約者が居ながら、彼女が死んだと分かれば他の女か!俺は貴様を見損なったぞ!」

 イザークは、まるでアスランの事を親の敵の様な目で睨みつけながら怒鳴りつけた。
 ラクスのファンでもあるイザークは、その婚約者であるアスランの行動は、敬愛する彼女への裏切り行為としか見る事が出来なかった。それ故にイザークの怒りは修まる事は無い。
 アスランはイザークの言葉を耳にし、ラクスの婚約者としての立場を思い出した。確かに知らない人間がこの状況を見れば、誰もが誤解をしても可笑しくは無い。

「そ、それは違う!俺は――」
「――それなら、何故、抱き合っていた!?言って見ろ!」
「……それは……」

 どう言い訳して良いのか分からないアスランは、口ごもる他無かった。
 イザークは怒りを隠そうとはせず、アスランを見下す様な態度で口を開いた。

「――フン!その様子だと、泣いて慰めて貰ってたか?情けない!貴様、それでもザフトの軍人か!?貴様がそんなだから、あんな噂が立つんだ!」
「……噂?」
「……知らんのか?なら、教えてやる。貴様が命令違反を犯し、味方に損害が出たと言う噂だ」
「……それは……」
「……まさか、本当なのか?」
「……ああ……それで、俺は……ニコルを巻き込んでしまって……」
「――貴様と言う奴は!」

 アスランは問いに辛そうな表情で頷くと事実を口にした。
 イザークは、アスランの採った命令無視と言う行動の結果、仲間であるニコルを巻き込み負傷させた事で、更に怒りを爆発させると再びアスランを殴りつけた。

「――うっ!……っ……イザーク……」
「――やめてよ!アスランは――」
「――フン、知るか!こんな奴が同じ仲間だと思うと反吐が出る。ナチュラルの女ごときに慰められて、良い様だな、アスラン」

 フレイは倒れ込んだアスランを介抱すると、アスランがどうして命令無視をしたのか理由を言おうとしたが、イザークがフレイが言いかけた所で一蹴した。
 ナチュラルの少女に庇われるアスランの無様な姿をイザークは嘲笑う様に吐き捨てた。
 イザークの言葉を聞き、頭に来たアスランは立ち上がって、怒りを顕わにする。

「……イザーク、俺なら何を言われても構わないが、フレイは関係無いだろ!」
「貴様の様に軟弱な奴が何を何をほざく!相手になってやる、掛かって来い!」
「――アスラン、止めて!」
「……フレイ」

 イザークの挑発に乗り、アスランが格闘戦の構えを取るが、そこにフレイが慌てて止めに入ると、アスランは渋々ながら構えを解いた。
 それを見たイザークが鼻で笑うと、アスランに向かって馬鹿にする様な態度で吐き捨てる。

「――フッ!アスラン、貴様は本当の腑抜けに成り下がった様だな。そのナチュラルの女を抱いて、骨抜きにでもされたか?」
「――イザーク!」
「貴様の攻撃など通用するかよ!」
「うぐっ……!……さっきの、さっきの言葉を取り消せ!」

 アスランは頭に血が上り殴り掛かるが、イザークはアスランの拳を叩き落とすと、膝をアスランの腹へと叩き込んだ。
 体をくの字にさせて、腹の奥からせり上がって来る吐き気をアスランは押さえ込むと、イザークの脇腹を狙って拳をねじり上げる。

「うっ!……腑抜けが……ほざくな!」
「つっ……!フ……レイを馬鹿にするな!」

 イザークは脇腹へのパンチに顔を顰めるが、すぐにアスランの体を押して間合いを取ると、右脚で中段への回し蹴りを出した。
 アスランは両腕を重ね合わせて防御に入ると、イザークの蹴りはアスランの両腕に当たり、筋肉同士がぶつかり合う音が屋上に響く。
 蹴りを防がれたイザークは蹴りを出した右脚を引き戻そうとせず、そのまま振り抜いた。蹴りを振り抜いたイザークはアスランに対して、一瞬、背を見る事になる。
 アスランはその隙は見逃さず、懐に飛び込む為にコンクリートの床を蹴った。

「甘い!」
「――ちっ!喰らえ!」
「――ちぃ!」

 イザークは舌打ちをすると、振り抜いた右脚へと体重を移動させて軸足を変える。そして、飛び込んで来るアスランへの迎撃の為に左脚を跳ね上げて後蹴りを出した。
 アスランは後蹴りが跳んで来るとは思わず、不用意に懐に飛び込んだ事を後悔する。体が浮いてしまっている以上、ベクトルは殺す事は出来ない。
 しかし、まともに喰らう訳にも行かず、体を浮かせながらも片膝と両肘を合わせる様にして体に引きつけて、後蹴りに対して防御に入る。
 イザークの後蹴りは、飛び込んだ状態のまま防御に入ったアスランへとぶつかる。
 アスランは弾き飛ばされ、背中からコンクリートの床に落ちて行く。
 が、コーディネイターの運動能力の成せる技なのか、両脚を振り上げて無理矢理宙返りの態勢に持ち込み、落ちる直前に片手で床を叩いて落下のダメージを打ち消し、片手と両膝を折り曲げた状態で床に着地した。

「――ア、アスラン!」
「――くたばれー!」

 格闘の素人であるフレイには、アスランが派手に蹴り飛ばされた様に見え、慌てて駆け寄る。
 そのフレイが動くのと同時にイザークが床を蹴り、アスランへと向かって行っていた。

「――危ない!」
「――ちっ!?女、避けろー!」

 アスランは自分とイザークとの間に体を割り込ませたフレイに向かって咄嗟に叫んだ。
 それはイザークも同じで、突然フレイが飛び出て来た為に勢いを殺す事が出来ず、避けるように怒鳴った。

「――えっ!?」

 二人からの声にフレイは驚いて、イザークの方へと瞬間的に顔を向けた。
 そこにはイザークの拳が近づいて来ているのが見え、フレイは動く事も出来ずに声に成らない悲鳴を上げ、恐怖から目を瞑った。
 アスランの脳裏にラクスやニコルの顔が過ぎる。

「――俺は――守って見せる!」

 アスランの中で何かが弾けた――。
 体が勝手に反応して両脚が信じられない様な瞬発力で床を蹴り、フレイの体を右手で抱きかかえるとアスランの目はイザークの拳へと向けた。
 今のアスランには、迫るイザークの拳がコマ送りの映像の様に見えた。しかし、頭が拳を避ける事が不可能だと判断すると、左手を咄嗟に出してイザークの拳をフレイに当たる寸前の所で受け止めた。
 イザークは自分の拳を受け止めたアスランの動きに驚き、目線をアスランへと向けた。

「……イザーク、止めろ!」
「――!……ああ」

 アスランの顔には感情が感じられず、信じられない程の冷たい目がイザークを睨み付けていた。
 イザークは背中に寒気が走り、一瞬、息を飲んだ。そして、絞り出すように声だしながらアスランに対して頷いた。
 アスランはイザークの拳を離すと、腕の中のフレイに優しく声を掛ける。

「……フレイ、大丈夫か?」
「……えっ?……う、うん……うっ……うっぅ……」
「……もう終わったから、泣かないでくれ」

 腕の中で体を竦ませていたフレイは恐る恐る目を見開くと、先程の恐怖を思い出し涙を零した。
 アスランは腕の力を緩めると、フレイの背中をあやすかの様に優しく叩く。
 それを見ていたイザークは、アスランの表情が先程とは全く違う事に気付き、あれは何だったのかと呆気に取られたが、アスランの腕の中で泣くフレイを見て、一瞬、バツが悪そうな表情をするが、すぐに語気を荒げながら口を開いた。

「……おい、女!男同士の戦いに邪魔に入るな!……こんな後味の悪いのは初めてだ!」
「イザーク!」
「うるさい!おい、女。俺は貴様を殴るつもりは無かった。それだけだ!」

 イザークはアスランに怒鳴ると、泣くフレイに言い訳がましく言うと顔を背けた。
 アスランは謝りもしないイザークを睨み付ける。

「……フレイを侮辱した事を取り消せ!」
「――フン!俺は謝らんぞ。元はと言えば、アスラン、貴様が原因なんだぞ!女に守られん位には、しっかりしろ!俺が認めん限りは頭を下げるつもりは無い!」
「……分かった。フレイ、俺の為に嫌な思いをさせて済まない……」
「……うっぅ……」

 イザークの言葉に、アスランは口ごもるが、自分が事の原因なのは事実でもある為、頷くとフレイに謝罪をした。
 すると、フレイは俯いたまま涙を流しながらも首を振って応えた。
 二人の遣り取りを目の端で捉えていたイザークは、怒りを隠す事無く吐き捨てる。

「……胸糞悪い!だが、ニコルとの約束もあるからな。アスラン、貴様が立ち直るまで、戦場では俺が貴様を守ってやる」
「……ニコルと……そんな約束を……?」
「あんな傷を負いながらもニコルは貴様を心配していたぞ。礼は言っておけ!俺は帰る。次の作戦までに少しはマシになっていろ、いいな!」
「……分かった。心配を掛けて済まない」
「――フン!貴様の事など知るか!」

 アスランはイザークの言葉に静かに頷いて、面倒を掛けてしまった事を謝るが、当のイザークは顔を背けると、一言文句を言って屋上から姿を消した。
 二人きりになった屋上には、フレイのすすり泣く声が小さく響く。

「……うっぅ……うっ……アスラ……ン……」
「……フレイ……俺の為に本当に済まない。……それから、ありがとう」

 アスランは抱えていた腕を離してフレイを開放すると、いざこざに巻き込んでしまった事への謝罪と、自分庇ってくれた事の礼を言った。
 少しの沈黙と共にアスランは、一度、空へと顔を向けて息を吐くと、少し言い難そうな表情をフレイに向けながら手を差し伸べる。

「……フレイ、俺は……ニコルに謝りに行きたいんだが、……一緒に……付いてきて来て貰えないか……?」
「……うっ……ぅん……」

 フレイは涙を手で拭うと小さく頷いてアスランの手を取った。
 人口の青空の下で、アスランはフレイと手を繋いだまま、彼女の涙が完全に止まるのを待って、二人で屋上を後にしたのだった。

 月明かりが砂の丘陵をどこまでも美しく描き出していた。それだけ見ていると無限に続いている様にも思える。
 その中、砂の丘に停まっている一台の車――軍事用の指揮車両と、砂地用の迷彩服を着た二人の男が居た。一人は赤外線スコープを覗き、もう一人は、その手にカップを持ちコーヒーを飲んでいた。
 カップを持った男、アンドリュー・バルドフェルドが、スコープを覗く男に声を掛ける。

「どうかなぁ?噂の大天使の様子は?」
「――は!依然なんの動きもありません」

 スコープを覗いていたマーチン・ダコスタは、上官であるバルドフェルドに顔を上げて答えた。

「地上はNジャマーの影響で、電波状況が滅茶苦茶だからなぁ。彼女は未だスヤスヤとおやすみか……。――んっ!?」
「――うっ!何か?」

 アンドリューはダコスタが見ていた先を眺めながら、手に持ったカップを口へと運ぶと、突然、表情を変えた。
 驚いたダコスタが慌てた様にバルドフェルドに顔を向けた。

「……いや、今回はモカマタリを五パーセント減らしてみたんだがね……こりゃぁ良いな!」
「ぁ……」

 ダコスタが緊張の面持ちで見詰める中、バルドフェルドの口から出て来た言葉は、カップの中に有る黒い液体――コーヒーの感想だった。
 コーヒーの味一つで、嬉しそうな表情を浮かべるバルドフェルドに、コーヒーが好きでは無いダコスタは呆れ返った。
 そんな上官ではあるが、一度、戦闘が始まれば『砂漠の虎』と呼ばれ、ザフト地上部隊屈指の名将、そして名パイロットとして、その名を轟かせていた。
 バルドフェルドは指揮車を降りると、コーヒーを飲みながら丘を下って行く。その途中、空になったカップを放り投げた。

「――あ!あぁっ……」

 後を歩いていたダコスタは慌ててカップをキャッチする。
 バルドフェルドが足を止めると、そこには月明かりに照らされた虎とも狼とも採れる巨大なモビルアーマーとヘリコプターやバギー、そして今や遅しと出撃を待つ部下達の姿があった。
 自分達の隊長の姿を見た彼らは、素早く整列するとバルドフェルドが口を開く。

「ではこれより、地球軍新造艦、アークエンジェルに対する作戦を開始する。目的は、敵艦、及び搭載モビルスーツの、戦力評価である」
「倒してはいけないのでありますか?」

 兵士の一人がバルドフェルドに言うと、隊の全員が笑い声を上げた。

「んー、その時はその時だが……あれはクルーゼ隊とFAITHのユウキが仕留めらなかった艦だぞ?それを忘れるな。……一応な」

 バルドフェルドは少し考えると、そう言ってニヤリと笑みを湛えた。
 兵士達の顔にも自信に満ち溢れた笑みを浮かぶ。

「では、諸君の無事と、健闘を祈る!」

 満足そうな表情でバルドフェルドが言うと、まるで、それが合図であるかの様に全員が揃って敬礼をした。
 彼らの隊長も敬礼で応えると、ダコスタが号令を掛ける。

「――総員、搭乗!」

 兵士達は散ると、各々、自分の機体に乗り込んで行く。
 ダコスタが指揮車を運んで来ると、バルドフェルドは素早く乗り込んだ。

「んー、コーヒーが旨いと気分がいい。さあ、戦争をしに行くぞ!」

 呑気そうに言うバルドフェルドの目が途端に獲物を狩る者の目へと変化した。
 彼らの獲物――大天使と言う名を持つ、白い船を狩る為に動き出した。