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CCA-Seed_98 ◆TSElPlu4zM氏_第31話

Last-modified: 2008-03-02 (日) 21:37:29

 演習後の宴から一夜が明け、太陽は頂点を目指し昇っている最中だ。
 見渡す限り、砂とアークエンジェルの船体以外は見当たらない。
 言わずと知れた事だが、バルトフェルド隊は本国帰還準備の為に本拠地へと戻っている為に、砂漠からはレセップスが姿を消していた。
 ラクスとフレイの身柄交換日時もほぼ決まった事で、アークエンジェル出立の目途も着いた。今はその為の準備が着々と進められている。それに当たり、足らない生活物資を補充する為に、マリューの指示で必要な物を街に乗組員十数名が買いに行く事が決まった。
 見事、買出し部隊に選ばれたキラは、出発前にラクスの部屋へとやって来ていたのだった。

 

「……ラクス、大丈夫?」
「はい……大丈夫です」
「えっと……。僕は町まで買いだしに行かなくちゃ行けないから、無理をしないで寝ててね」

 

 ベッドの上で背を丸めて横になっているラクスは、赤く染めた顔を毛布で半分ほど隠しながら頷くと、キラは照れを誤魔化す様に頭を掻きながら答えた。
 ほんの少しの沈黙が支配するがそれは重たい物では無く、見つめ合う二人にとっては、むしろ心地良い空気が流れる。
 ラクスは上半身をゆっくりと起こしてはにかむ。

 

「……でも、あと数日しかいられませんから、せめてキラと一緒にいられない時間は、皆さんのお手伝いをしたいんです」
「でも……歩くの少しおぼつかないみたいだし、それにまだ……。とにかく今日は、無理をしない方が良いよ」
「はぁい。今日は無理みたいですから……明日にします」

 

 顔を赤くしながら言うキラと同様に、ラクスも恥ずかしそうに頷いた。

 

「何か買ってくるよ。欲しい物ある?」
「いいえ。早く帰って来てくださいね」

 

 顔を覗き込むキラに、ラクスは首を振って答えると微笑む。
 その後、二人は少しの会話を交わすと最後に軽くキスをした。キラは名残惜しそうに部屋を後にすると、格納庫へと向かって行った。
 格納庫へと着いたキラは周りを見回すと、私服のミリアリアがイキイキした表情で手を振った。

 

「キラー! こっちこっち!」
「みんな、遅れてゴメン! もう出発?」
「まだ来てない人もいるから、出発はまだだよ」

 

 駆け寄るキラが待っている面子を見渡しながら聞くと、車に寄り掛かっていたサイが答えた。
 買い出しに出る者達は全員が地球軍と分からない様に、それなりに私服に近い格好をしていた。勿論、服の下には護身用の銃が隠されている。
 知らぬ場所に行くのだから当たり前の事と言えるだろうが、久しぶりの外出と言う事もあってか、誰もが明るい表情を見せていた。
 その彼等が集まる同じ格納庫内では、アムロがインカムを片手にνガンダムを見上げながら、何か指示を出している姿があった。

 

「ムウ、基本動作は理解出来たか?」
『……ああ。ストライクと比べると思ったより簡単なんだな』
「ストライクと比べれば、オートが利いているからな。それよりもムウ、疲れが出たか?」

 

 νガンダムのコックピットで訓練に勤しんでいるムウの声は予想以上に歯切れが悪い。アムロは神妙な面持ちで聞き返すと、インカムのスピーカーからは、溜息混じりの声が返って来る。

 

『……スマン。そうらしい』
「分かった。一息入れてからもう一度、基本動作をやる事にしよう」
『教官殿。了解であります!』

 

 アムロが告げると気を取り直した様子の声が聞こえ、それから二十秒ほどしてνガンダムのハッチが開くと、ムウが頭に手を添え苦々しい表情を浮かべて下に降りて来た。

 

「頭痛か?」
「……ん? いや。頭痛って物でもないさ。昨日の酒でも残ってるのかもな」

 

 眉間に皺を寄せたアムロに、ムウは苦笑いを浮かべた。
 昨日の酒とは言ってはいるが、それは事実ではなかった。ムウはνガンダムのコックピットでは妙な感覚に戸惑っていたのだ。だが、モビルスーツの訓練を始めたばかりで、しかも、この機体は言わば、借り物。こう言う物だと自分を納得させた。
 この世界では、νガンダムはブラックボックスの固まりであり、サイコミュを搭載する異質な機体と言える。それだけに、ムウがその本質をまだ理解しきれていないのは仕方がない事なのだ。
 休憩の合間にやりとりを交わす二人の元へ、キラがやって来た。

 

「お疲れ様です! νガンダム使ったんですか?」
「ああ、早速な。こいつは動かし易いぜ。ストライクが全然ダメだった俺が動かせたくらいだからな」
「そんなに違うんだ……」

 

 ムウが頷くと、キラはハンガーに佇むνガンダムを見上げた。するとアムロがムウを見て口を開いた。

 

「まだ基礎の基礎だからな。どんどん厳しくなっていくぞ。だが、ムウはパイロットだけあって、流石に理解が早いな」
「まあ、そりゃそうだろう。モビルアーマーとは言え、俺だって現役のパイロットだからな。この基本動作の後はどうするんだ?」
「そうだな……。オート制御を徐々に制限して、慣らしていくのが良いだろうな。最終目標はナチュラル用OSで完璧に動かせるようになるのが目的なんだろう?」
「ああ。でも同じ事ばっかりじゃ飽きるし、たまにはシミュレーター戦闘も構わないだろう?」
「一応、基礎を終えてからな。午後に一度、外で動かしてみるか?」

 

 自分の性格を熟知している所為か、ムウは苦笑いを浮かべて言うと、アムロは肩を竦めて答えた。

 

「ああ。シミュレーターだけだと、いまいち実感が少ないからな。その方が助かる。だけど、この分なら基礎くらいはなんとかなりそうだな」

 

 手を頭の後ろで組んで、再びνガンダムを見上げたムウは、思い出した様にキラに顔を向けた。

 

「キラ。ストライクも古いバージョンのOSでなら俺でも動かせるんだよな?」
「ヘリオポリスでラミアス艦長も動かしてましたから、多分、大丈夫だと思います。ただ、あのOSは動きが良くないですよ?」
「νガンダムを動かす事が目的じゃないからな。完璧になったらストライクでも訓練をしたいんだ。その時は面倒だろうがOSの方、よろしく頼むわ」
「はい」

 

 口の端を吊り上げてムウは言うと、キラは納得した様に頷いた。
 そうして三人でやりとりをしていると、買い出し組が全員集まったのか、サイが声を掛けて来た。キラはそれに答えると、アムロとムウに顔を向けた。

 

「もう出るみたいなんで行きます」
「買い出し、しっかり頼むぜ。俺への土産はいらないからな」
「知らない場所に行くんだ。一応、用心だけはしておけ」
「分かりました。それじゃ、行ってきます!」

 

 ムウとアムロが送り出す声を掛けると、キラは頷いて車の方へと駆けて行った。

 
 
 

 突き刺す様な陽射しが肌を刺す。日陰に身を隠さなければ堪った物ではないほどで、車両を建物の影に入れたのは正解だった様だ。
 段ボールに入った物資を車に載せ、キラは汗を拭う。

 

「暑いな……」

 

 周りを見渡すと、光りと影がコントラストで作っていた。やはり日向では人が少なく、この日光の強さが如何に強いのかを実感する。
 そうしていると厨房の女性スタッフ――以前、ラクスに銃を突き付けた彼女が、小さな段ボールの上に紙袋を載せてやって来た。

 

「何ですか、その包み?」
「これ? フライパンよ、フライパン。それよりも買い物は済んだの?」
「いいえ、まだです。えっと、あとは下着類となんか項目が細かいですけど、あと他にも……」

 

 キラはリストに目を通すと、その品名に思わず言葉が詰まった。

 

「どうしたの?」
「……えっ!? あー。……こ、これ……です……」

 

 彼女が不思議そうに顔を覗き込むと、キラはいささか恥ずかしそうにリストを差し出した。
 リストには女性の月の物に関わる品など、男が買いに行くには勇気のいる物が書いてあり、彼女は納得した様子で苦笑いを浮かべた。

 

「これはあなたじゃ無理ね。でも私はまだ買う物があるのよ。……いた。彼女を連れて行きなさい」
「分かりました」

 

 彼女は回りを見回し、ミリアリアを指して指示をすると、キラは頷いてその場を離れた。
 ミリアリアは運転席に座るトノムラとドア越しに会話をしている。そこへキラは駆け寄って声を掛けた。

 

「ミリアリア。済まないけれど、買い物付き合ってよ」
「良いわよ。後は何を買うの?」
「うん。とりあえず今はこれだけ。僕には分からないからさ、ミリアリアに聞けって言われたんだ」
「確かにこれはキラには分からないわね……。うん、良いわよ」

 

 メモを受け取ったミリアリアはキラを見ながら苦笑する。そして、すぐにトノムラに顔を向けて言った。

 

「トノムラさん、買い物行って来ます」
「もう昼過ぎてるんだな。俺達はここで待機しているから、お前達、先にメシ食ってこいよ」
「はーい! じゃあ、行ってきまーす!」

 

 車中のトノムラは時間を確認して告げると、ミリアリアは開放感からか嬉しそうに声を上げて、キラとともに車から離れ歩き始めた。
 その途中、下っ端の整備兵と雑談に興じているトールをキラが見つける。サイとカズイはまだ戻って来ていない様だ。
 地球に降りてからと言う物、トールとミリアリアの仲が上手くいってないのは、キラも薄々気付いていた。そんな事もあって、キラがトールに声を掛ける事にした。

 

「トール! 一緒に行ける?」
「分かった! それじゃ俺、行ってきますんで!」

 

 トールは整備兵に告げると、二人の元へと足を向ける。
 そのトールを見ながら、ミリアリアは少し気まずそうな表情を見せた。だが、ミリアリアとてトールを嫌いになった訳ではない。すぐに気を取り直して笑顔を浮かべた。

 

「それじゃ行きましょう」
「うん」

 

 安心したキラは頷くと、ミリアリアを真ん中にして三人で歩き始めた。
 広めの通りに出て目当ての店を探していると、ミリアリアがキラに問い掛けて来た。

 

「キラはラクスに何かあげないの?」
「あげるって、プレゼント?」
「うん。喜ぶと思うよ。せっかくお給料もらったんだから買ってあげたら?」
「でも、何あげれば良いのか、分からないないし……」
「それじゃ、探すの手伝ってあげるから」

 

 少し困った様子で答えるキラに、ミリアリアはそう言って背中を押す。
 キラが二人を見ていて、この通りに来るまでの間に会話があまり多くなかった事が気に掛かった。やはりどこかギクシャクした感じがした。
 そんな事もあり、素直にミリアリアの好意を受ける事を決めると、トールに顔を向けた。

 

「……うん。ありがとう。助かるよ。……トールは何かあげないの?」
「ミリアリアに? キラとラクスみたいに遠距離になるって訳じゃないからなぁ。……何か欲しい物ある?」
「……私、何もいらない」

 

 周囲に対して警戒をしながらの買い物と言う事もあって、その手の事に頭が行ってなかったトールは素っ頓狂に彼女に聞き返す。当のミリアリアはその言い様が気にいらないのか、拗ねたそっぽを向いて口を尖らせた。
 流石にこうなってしまうと恋愛経験の少ないキラは対処のしようも無く、お茶を濁しつつ二人の仲を取り持ちながら、遅い昼食と買い物を進めて行く他なかった。
 そうして多少重苦しい雰囲気ながらも、三人はどうにかこうにか目的の買い物を終える。残りはラクスへのプレゼントを買うだけだった。
 キラとトールがそれぞれ大きなダンボールを。ミリアリアは軽めの荷物を両手に抱えて歩く。やはりコーディネイターと言う事もあって、キラの積載量が一番多かった。
 その三人はそう多くもない通行人達を避けつつ歩を進めていると、曲がり角でトールと通行人が軽く接触した。

 

「うわっ!? わ、悪い! 大丈夫か!?」
「いや。こっちこそ悪かった!」

 

 荷物を落とし掛けたトールが慌てて体勢を直そうとすると、その通行人――金髪の少女が反対側から助けに入り、二人が中腰の状態で荷物を支え合う体勢となった。体勢が体勢だけに、互いの顔がかなり接近している状況だ。
 その少女がトールの顔を見て呟いた。

 

「お前どこかで……」
「俺もどこかで見た事ある気が……」
「ぶ、ぶつかっておいて! ……そ、そんなに人の顔を見るなよ!」

 

 トールも同じ様に整った顔をマジマジと見詰めると、少女は頬を染めてやけくそ気味に顔を背けた。どうやら二人とも、互いをどこの誰だか思い出せない様だ。
 その様子に呆気に取られていたキラだが、少女の顔を見て思わず声を上げた。

 

「君は!」
「えっ!? ……お前は!」

 

 少女――カガリがキラの顔を見詰めると、驚いた様子で睨み付けた。両者とも、ここで顔を会わせるとは流石に思ってなかった。
 カガリとキラが睨み合いを続ける中、流石にトールも思い出した様で、思い切り声を張り上げる。

 

「お、お前は確か、レジスタンスの!」
「うわっ!? お前、いきなり大声を出すなっ! ……唾を飛ばして汚いじゃないかっ!」

 

 耳の傍で大声を出されたカガリは、支えていた段ボールを突き飛ばすと手で顔を拭った。
 いきなり突き飛ばされたトールは二、三歩後ずさって荷物を抱え直すと、両者の睨み合いが始まる。

 

「……ぶねぇな! なんでこんな所にいるんだよ、お前!」
「うるさいっ! お前達の所為でっ――」
「――やめないか、カガリ!」

 

 吠えるトールにカガリが殴り掛かる勢いで足を踏み出そうとすると、大男――キサカが彼女の肩を掴んだ。

 

「キサカ!? 止めるな! こいつらの所為でみんなが!」
「何を喚いてんだか。少しは落ち着け。よう、久しぶりだな」

 

 カガリがキサカを一睨みすると、もう一人の男性――サイーブが間に入るように現れた。
 キラは荷物をゆっくりと下ろすと、シャツの下に隠した拳銃に手を伸ばし、いつでも抜ける体勢を取った。それを見たトールも同様に腰の獲物に手を伸ばし、ミリアリアを後ろに下がらせる。
 二人とも拳銃など撃ったことなどない。出来る事ならば、生身の殺し合いなどは経験したくはないのだ。額に脂汗が滲んだ。

 

「僕達に何の用ですか?」
「こっちはたまたま通り掛っただけだ。そう脅えんな。まずは腰の物から手を外せ。今は何もしねえよ」

 

 険しい表情のキラに、サイーブは両手を軽く上げて答えた。その表情からは余裕さえ感じられる。少なくとも、サイーブとキサカからは攻撃の意志は感じられないが、だが、カガリだけは別だった。
 敵意を見せる少女を一瞥したトールは、サイーブを威嚇する。

 

「それなら下がれよ! とっとと行こうぜ、キラ!」
「ちょっと待てよ。こっちは少し聞きたい事があるんだがな」
「何ですか? 僕達には無いですよ」

 

 一歩だけ後ろに下がる事で、交戦する意志が無い事を更に強調したサイーブが呼び止める。キラが銃のグリップから手を外して荷物を抱え込んだ。

 

「……気持ちは分からんでもないが、少しで良いから我々の聞いてくれないか?」
「サイーブもキサカも、どっちの味方なんだ!?」

 

 立ち去ろうとするキラ達にキサカが静かに声を掛けると、肩を掴まれていたカガリが大人二人を怒鳴りつけた。
 だが、レジスタンスとは言え組織のリーダーであるサイーブは、その目的がぶれる事などない様子で飄々とした顔で切り返した。

 

「敵はザフトだろう?」
「だけど、こいつらは!」
「……少し黙らせておいてくれ」

 

 いつまでもいきり立つカガリに呆れたのか、サイーブは一言告げると、キサカは「済まん、カガリ」と言って、少女の口を大きな手で塞ぎ、動きが取れない様に抱え込んで拘束した。
 まさかキサカに拘束されるとは思わなかった様で、カガリは「ンフー、ンフー!」と鼻息荒く足をバタつかせた。だが、それも無駄な抵抗と言う物だ。
 ようやくお膳立てが出来た事で、溜息を吐いてからサイーブがキラ達の方へと歩出た。

 

「足を止めさせて悪いな。この前の事で聞きたい事がある。お前達、どう言うつもりで俺達を攻撃したんだ?」
「何言ってんだよっ! あんた達がもっと早く逃げてくれれば、あんなに被害が出ずに済んだんだぞ! こっちがあんた達を逃がすのに、どれだけ苦労したと思ってんだよっ!」
「トール、落ち着いて!」

 

 ふてぶてしいサイーブの言い様にトールは怒りをあらわにすると、キラがなだめに入る。
 抱いていた疑念が確実な物となり、サイーブは苦々しい表情を浮かべつつ呟いた。

 

「……やっぱりそうだったか」
「どう言う意味ですか?」
「あれはうちの若い連中が勝手に先走っただけの事だ。だがな、お前達を恨んでねぇ訳じゃねえ。なんせこっちは、あれだけやられてるんだ。……お前達もここから脱出しなけりゃならないんだろう? もし、俺達と手を組みたいのなら、誠意を見せて欲しいもんだ」
「助けてもらっといて、今更ふざけんなよっ!」

 

 キラの問いに対して、サイーブはまるで地球軍側が悪いとでも言う様に切り返すと、トールは憤慨した。
 サイーブとてどちらに非があるかは分かっている。だが、どう言う理由であれ損害を受けている以上、簡単に頭を下げる事など許されない。レジスタンスとは言え、面子があるのだ。

 

「……僕じゃ判断出来ませんから」
「分かった。ちょっと待ってろ」

 

 当たり前の様にキラが不快感を滲ませて答えると、サイーブは近くにあった店先に足を運び、紙とペンを借りて何かを書き始めた。
 二分ほど過ぎ、サイーブが戻って来ると、一番近くにいたトールに便箋を突き出した。

 

「待たせたな。これをお前達の艦長に渡してくれ。何なら駄賃代わりが欲しい物を奢ってやるぞ」
「俺達はガキの使いかよ!」
「お前、ガキだろうが」

 

 文句を言いつつもトールは、引っ手繰る様にして便箋を受け取る。サイーブは皮肉り鼻で笑って見せた。
 そうして一段落着いたその頃、サイーブからの厚意を受けるべく、ミリアリアがおずおずと申し出て来た。

 

「それじゃ、あの……良いですか? お店を探してるんですけれど……場所、教えてくれませんか?」
「ミリアリア!? なに考えてんだよ!?」
「良いじゃない、奢ってもらう訳じゃないんだし。場所を聞くくらい罰は当たらないわよ」

 

 突然の事にトールは怒りながら顔を向けると、ミリアリアは頬を膨らませて歩み出て来た。
 ミリアリアの聞きたい事とは、勿論、ラクスのプレゼント絡みでの事だった。その為、キラは複雑そうな表情で佇み、一方のトールはかなり不機嫌な様子だった。
 ちなみにカガリは未だキサカに拘束されてはいたが、流石に疲れたのか借りてきた猫の様に大人しくなっていた。
 その彼等が待っている間、サイーブはミリアリアの要望に答えるべく、目的の場所を教えていた。

 

「ああ。それなら、この先を真っ直ぐ行って、三つ目の路地を右に曲がりな。看板が出ているからすぐに分かる。嬢ちゃん、俺の名前を言って安くしてもらえ」
「良いんですか?」
「ああ。ガキが気を使うんじゃねえよ。駄賃代わりだ。じゃあな」

 

 トールなどと比べ、あまりにも素直なミリアリアが気に入ったのか、サイーブは上機嫌な様子で引き上げて行く。それを追う様にキサカとカガリが続くが、彼女は何度も後ろを振り返り、キラとトールを睨みつけるのだった。
 去って行く三人を見送りながら、ミリアリアが荷物を持ち直して言った。

 

「……あの人、話せば良い人じゃない」
「そう言う事じゃないだろう……」
「はぁ……」

 

 彼女の言い様にトールは不機嫌に吐き捨てると、キラは緊張からか壮大に息を吐いて地面に腰を下ろした。
 兎にも角にもこの後、三人は目的の買い物を果たし、仲間達の元へと帰還する事となった。

 
 
 

 プラント本国の某コロニーに住むホーク家――。
 極々一般的な家庭で、主の収入も中の上と言った所か。特に問題も見当たらないこの家庭で、姉妹は健やかに育った。
 姉、ルナマリアは十五歳。妹はメイリンは十四歳。髪は二人とも同じ赤毛で友達からは、お洒落に気を使う姉妹であると良く言われている。
 その姉であるルナマリアは、妹メイリンがお風呂に入っている隙に妹の部屋へと勝手に侵入。挙句、ベッドの上でゴロゴロしながらファッション誌に目を通していた。
 風呂上りのメイリンはドアを開けると、寝転がる姉に目を向けて諦め顔で言う。どうやらこんな事は日常茶飯事な様だ。

 

「ねえ、お姉ちゃん」
「なにー?」
「私のお菓子、全部食べないでね。それから、お母さんが早くお風呂入れだって」
「……はいはい。私、後で良いから、お母さんに先に入ってって言っといて。それからこれ、受け取りなさい」

 

 ルナマリアは雑誌に目を通しつつ面倒臭そうに答えると、チョコ菓子の蓋を閉じて後ろ手に放り投げた。

 

「……えっ? あーっ!?」

 

 慌てたメイリンはそれを何とかキャッチすると、姉の行為に頬を膨らませた。どうやら妹はお菓子がよほど大事らしい。

 

「もう! 放り投げないでよ! って……お姉ちゃん、またパンツ見えてる」
「……家なんだし、お父さんが見てる訳じゃ無いんだから別にいいじゃない。メイリンが……もしかして欲情って事は無いわよねえ?」

 

 ミニスカートから見える下着にメイリンは白い目を向けると、ルナマリアはニヤニヤといやらしい表情を見せた。明らかに小馬鹿にしている。
 勿論ではあるが、妹にその気は全く無かった。

 

「私は同性愛者でもないし、お姉ちゃんに欲情もしないもん!」
「なら問題無いでしょー」
「むぅー! もう……」

 

 尖らせた口にチョコ菓子を一粒放り込んだメイリンは、PC端末を立ち上げると姉に背を向けて、椅子に腰を下ろした。
 姉は元気印とスレンダーな体型が売りで、食べても体質的に太り難く、運動神経も良いときている。妹からすればうらやましい限りだった。
 その辺りがコンプレックスではあったが、スレンダーな姉と比べると、ややポッチャリとした印象こそあれ、女性としては十分魅力的と言える。
 それにりに自信はあるのだが、どうなるかはその後の成長具合と自身の努力に期待する意外に無い。
 唯一つ、姉に勝てるとしたら情報処理能力。それに関しては絶対に負ける気がしなかった。
 メイリンは端末が立ち上がるとモニターに目を向けて、とある画面を呼び出した。それはプラントの某掲示板と言っても良い。そこで彼女は面白そうなタイトルを探し始めた。
 そうして十分ほど経つとメイリンの手が止まる。眉を寄せながら画面を凝視し、思い立った様に指を動かした。

 

「……なにこれ?」

 

 その内容を読み込んだメイリンは、すぐにテレビのスイッチを入れた。何回かチャンネルを切り替えるとピタリと指が止まる。

 

『――プラント最高評議会議長の御息女、ラクス・クライン嬢の生存が確認されたと発表がありました。詳しい情報は不明ですが、地球軍艦に拘束されていた模様です。ザフト軍担当官が交渉を行い、本日、身柄の引渡しが行われるとの事です。繰り返し――』

 

 絶望視されていたラクス・クラインの生還とあって、画面の向こう側のニュースキャスターも興奮している様子なのが見て取れた。
 テレビを見詰める二人はこの奇跡に呆然としていたが、現実なんだと分かると開いた口が自然と動き出した。

 

「本当だったんだ……」
「……ラクス・クラインって生きてたの!?」
「凄い凄い! ラクス様、生きてたんだー!」
「もう、とっくに死んでたと思ってたのに凄く運が良いわね。とにかく生きてて良かったじゃない」

 

 両手を挙げ生還を素直に喜ぶメイリンと、わりと淡泊に受け止めるルナマリア。その辺りも小さな個性と言った所だ。
 再びメイリンは端末に向かうと、絵文字付きのメッセージで喜びを書き込んだ。
 そうして画面が様々なメッセージで埋められて行く中、思いがけない書き込みを見つけた。

 

「……えっ? あっ、嘘!? お姉ちゃん、お姉ちゃん! アスラン・ザラが前に、赤毛の長い髪の女性と買い物してたって書き込みがあるよ」
「ん……? もしかしてアスラン・ザラって恋人いるの?」
「分かんない。でもモテるだろうし、本当だったらラクス様、可哀想……」

 

 ベッドを降りて画面を覗き込むルナマリアに、メイリンは首を振って答えると、生還を果たすラクスの心中を――いや、自分自身を彼女に重ね合わせて肩を落とした。
 机から離れたルナマリアはベッドに腰を下ろすと、ショートカットの前髪を掻き上げて言った。

 

「まあ、親が決めた婚約者同士ってだけだろうし、別に恋人がいてもおかしくないわよね。それにラクス・クラインってポヤポヤした感じだし、気付かないって気もするわ。でも裏では、お互い愛人とか恋人とかいても、おかしくない訳だしね」
「そうかな? 二人ともそう言う風には見えないけど……」
「人は見かけによらないって言うでしょう」

 

 夢も希望も無い言葉にメイリンは何故かしょげながら二人を擁護するが、ルナマリアはさも平然とした表情で切り返して言葉を続ける。

 

「……だけどさ、アスラン・ザラは大変よね」
「なんで?」
「だって、ラクス・クラインは地球軍に拘束されてたって言ってるし、それで何もされてないのはおかしくない? だって評議会議長の娘よ。傷物にされてても、おかしくないでしょう」
「でもでも、ラクス様は民間人だよ」
「んな訳ないでしょ。ブルーコスモスなんて民間人だろうと殺してるじゃない。それにラクス・クラインが乗ってた船を沈めたのも地球軍なのよ。何かされてても、おかしくないわ。 だから本当に結婚するなら、アスラン・ザラはラクス・クラインの心のケアまでしなくちゃいけないのよ。しかも、一生ね。……本当、彼にも同情するわ」

 

 テレビに目を向けたルナマリアが本当に同情する様な表情を見せた。だが、それも憶測でしかないのだが……。
 オートリロードされる端末画面を見ながら、メイリンは少し泣きそうな顔になった。

 

「確かにそう言う書き込み流れてるけど……。可哀想だよ……」
「勿論、私も同じ女として同情するわよ。……って、当事者の問題で、私達には関係無いのよね。気にしても仕方ないわ」
「……お姉ちゃん、人として薄情だよぉ」

 

 確かにそうであれば、姉の言う事は間違ってはいない。だが、そんな言い方はないとメイリンは白い目を向けた。

 

「……なによ。たった一人の姉に向かって、薄情って酷いわね。……あんた、そんなの見てないで本でも読みなさい」

 

 妹の言い様が気に食わないルナマリアは立ち上がると、妹の脳天めがけて丸めた雑誌を武器に一撃を叩き込んだ。

 

「いったぁーい! 何するのよ!」

 

 パコーンと実に良い音が響くと、涙目のメイリンが頭を抑えて抗議して来た。その間にも、どんどん涙が溜まっていく。

 

「ううっ……。何よ、こんな時だけお姉ちゃんぶって……何も叩く事無いじゃないぃぃ! 本読めって、それファッション誌でしょう! それにその本、私のなんだけど! もう、返してよー!」

 

 流石のメイリンもこれには怒りが修まらない様で、勝ち目の無い戦いと分かりながら姉に飛び掛かった。

 

「あんたねー!」
「お姉ちゃんなんかー!」

 

 赤毛の仲良し姉妹による取っ組み合いの喧嘩がベッドの上で始まった。しかし、この数分後、二人は鬼より恐い赤毛の母に因って撃沈される事となるのだが……。
 まあ、そんな運命などいざ知らず、今日もホーク家は安泰な様だ。

 
 
 

 買い出しから五日が経ち、砂漠は朝を迎えていた。
 既にアークエンジェルは出立の準備を済ませ、後はラクスとフレイの身柄の交換のみを残す状況となっている。
 その身柄交換場所が、目と鼻の先で行われると言う事もあって、この日ばかりは格納庫への出入りを禁止されていたラクスの姿があった。

 

「お嬢ちゃん、これは餞別だ。持っていきな」
「……良いんですか?」

 

 厨房スタッフの一番上に立つ男性が、ラクスに向かって片手で紙袋を差し出すと、きょとんとした表情でラクスが聞き返した。
 すると、以前、ラクスに銃を向けた女性が、笑顔を見せて告げる。

 

「ただのフライパンよ。それに私達、ここじゃお金の使い道無いからね。あなたは良く働いてくれたわ。お給料代わりだと思って受け取って」
「はい! 皆さん、ありがとうございます!」

 

 ラクスは素直に、給料代わりのフライパンを受け取ると胸に抱いた。
 そうしてスタッフ達に別れの挨拶を済ますと、ラクスは少年達の元へと向かい挨拶をして行くが、その輪の中にキラとトールはいない。
 理由は至極簡単な事で、パイロット達は出立後に必ず現れるであろう、敵に対してのミーティングを格納庫の片隅で行っているからだった。
 別れの挨拶で、一番最後となったミリアリアはラクスに笑顔を見せた。

 

「ラクス、元気でね。また会ったら買い物とか一緒に行きましょう」
「はい! ミリアリアもお元気で! また会えるのを楽しみにしています!」
「キラとはいいの?」

 

 パイロット達の方に目を向けたミリアリアは問い掛けると、ラクスは軽く首を横に振って笑みを零して答える。

 

「はい。さっき、お別れを済ませました」
「あっ……。ちゃんとキラ、渡せたんだ。ラクス、良かったね」
「はい」

 

 指に光る物を見つけたミリアリアは心から祝福すると、ラクスは少し頬を染めて嬉しそうに頷いた。
 そしてやり取りをしていると、いよいよラクスがこの船を離れる時間がやって来る。それを知らせる様にマリューが声を掛けた。

 

「ラクスさん、そろそろ時間だけど良いかしら?」
「はい。……ラミアス艦長、お世話になりました。この船での事は一生忘れません」
「あなたのおかげで私も良い経験が出来たわ。元気でね」
「はい。ラミアス艦長、そして皆さんもお元気で」

 

 ラクスがその場にいた全員に別れを告げると、マリューは部下を引き連れてカタパルトデッキへと進んで行った。アークエンジェルのハッチが上がり、砂の上に陰影を作る。
 アークエンジェルの五〇メートルほど先には、一機の大型ヘリと護衛の戦闘ヘリ四機。
 マリュー達はハッチが作った影の下に降り立ち、バルトフェルド達が出て来るのを待った。
 やがて大型ヘリの扉が開くと、バルトフェルドにアイシャ、髪の長い赤毛の少女とザフト軍の赤い制服に身を包んだ少年二人が姿を現し、一団がこちらへと向かって来る。
 その中の赤服の少年の一人――アスラン・ザラの姿を見て、キラは顔を強張らせる。まさか一番会いたくない相手が、この場所に現れるとは思ってもいなかったからだ。
 ラクスにもキラの気持ちが分かるのか、緊張気味の表情で恋人を心配している。
 そして間もなくザフト軍の一団が彼らの前に到着する。七、八メートルほど空けて対峙し、代表であるバルトフェルドが口を開いた。

 
 

「お待たせした。それではラミアス艦長。これからラクス・クライン嬢とフレイ・アルスター嬢の交換を行うが、同時にと言う事で良いかね?」
「ええ。それで構いません」
「それでは始めよう」

 

 マリューの同意を得ると、バルトフェルドは頷いて少女二人を促した。
 ラクスとフレイは自分の荷物を手に、本来いるべき陣営へと歩き始める。二人の距離が近付くと、フレイがラクスに声を掛けた。

 

「……ラクスさん、良かったわね」
「私は……もう少し、この船にいたかったですわ」
「えっ!?」

 

 擦れ違いざまにラクスが寂しそうな声で返すと、フレイは思わず振り返った。だが、ラクスは振り返る事無く歩みを進めて行った。
 それぞれの陣営に少女達がたどり着くと、バルトフェルドがラクスに聞く。

 

「さて、これで終了だ。歌姫は別れを済ませたのか?」
「はい! 皆さんからプレゼントも頂きましたわ」
「そうか。そこの二人。彼女を連れて先にヘリに戻れ。俺は彼等に別れの挨拶をしてから戻る」

 

 微笑みながらラクスが返すと、バルトフェルドは赤服の二人に指示を出した。
 頷いたアスランとディアッカは、ラクスの荷物を手に歩き出そうとした、その時――。

 

「待って、アスラン!」

 

 アークエンジェル側から、アスランを呼び止める少女の声が響いた。

 

「……フレイ?」

 

 全員が何事かと注目が集まる中、アスランは振り返ってフレイを見詰め返した。
 砂漠を支配する沈黙を破り、バルトフェルドがフレイに問い掛ける。

 

「……フレイ・アルスター。彼に何の用だ?」
「あの、ごめんなさい……。少しだけで良いです。時間を……」
「分かった。手短に頼む」

 

 恐縮する少女にバルトフェルドが静かに頷くと、向き直ったフレイはアスランを見詰めて口を開いた。

 

「……ねえ、アスラン。言いたい事あるんでしょう。伝えたい事があるんでしょう」
「俺は……」
「友達なんでしょう! キラと戦いたくないんでしょう! ちゃんと言わなきゃ伝わらないわよっ!」

 

 葛藤するアスランを叱咤する様に、フレイは思い切り叫んだ。
 彼女の言葉に全員が息を飲み、キラとアスランを見詰めた。この事実はごく少数の人間しか知らないのだから仕方が無い。

 

「アスラン、お前……。あの中に友達がいるって本当かっ!?」
「……今まで黙っていて……本当に済まない」

 

 絶句したディアッカが顔を向けると、アスランは顔を伏せて答えた。
 勿論、この状況はアスランばかりではなく、キラにも向けられていた。

 

「キラ君……」
「ラミアス艦長……。黙っていて済みませんでした……」

 

 元々、この戦争に巻き込んでしまった負い目もあるのか、マリューが曇った顔で問い掛けると、キラは俯きがちに謝罪した。
 友人である少年達は戸惑いながらも、キラを心配している様だ。
 この事でキラの立場が危うくなると感じたムウは、マリューに向かって言った。

 

「……この事、俺とアムロは知ってたんだ。……黙っていて悪かった」
「まさか、この場所にアスラン・ザラが現れるとは思わなかったからな……。マリュー、これは俺達の落ち度だ。キラに責任は無い。キラの事を信じてやってくれ」
「……ええ。分かっています」

 

 ムウに続いてアムロが口を開くと、マリューは頷いてキラを見詰める。

 

「キラ君。私はあなたに……本当に悪い事をしてしまったわ。謝って済む事じゃないのは分かってるの。本当にごめんなさい……」
「……謝らないでください。僕はもう気にしていませんから」
「ヤマト少尉……」
「……僕は大丈夫です」

 

 マリューの隣にいたナタルが何とも言いがたい表情をすると、キラは静かに頷いて、再度アスランに目をやった。
 熱気を帯びた砂漠の風が頬を撫でた。

 

「まさか、ヤマト少尉と友達だったとはな。皮肉な物だ……。アスラン・ザラ、どうする? 心置きなくやる為にも、悔いを残さない方が良いと思うがな」

 

 予想外の展開にバルトフェルドは多少驚きながらも、アスランに戦う者としてのけじめを促した。
 もし、フレイが呼び止めなければ、アスランが直接、キラに声を掛ける機会など未来永劫無いかもしれない。
 アスランはフレイに感謝をしつつ、これが最後の説得だと心に決め、キラと対峙した。

 

「……キラ。俺はまだ、お前を友達だと信じている。今なら、まだラクスを助けた事で罪も軽く出来る。俺も出来るだけの手助けをするから、俺を信じて一緒にプラントに来い!」

 

 真剣な眼差しとともに熱のこもった言葉がキラに向けられる。キラ自身もアスランの気持ちは良く分かっているつもりだ。
 周りの者達は、余りにも哀れ過ぎる彼ら二人に同情の視線を送る。しかし、キラが抜ければ今のアークエンジェルは危機に陥る。誰もがキラがこの船に残る事を願った。
 ――アスラン。……僕の心は、もう決まっているんだ。
 キラは一度、目を閉じて息を吐いた。そして再び目を見開くと、かつて友人だった人物に力強い口調でに告げた。

 

「アスラン。今も友達と思いたいけど、それは出来ない。前にも言ったけれど、この船には友達も仲間も乗っているから……。だから、君達が襲って来るなら、僕に取って君は……敵、なんだよ」
 誰もがその答えに息を飲んだ。
 次の瞬間、フレイの体が動き、キラの頬を叩く音が響いた。

 

「――っ!?」
「――あんたって最低よっ! アスランは友達なのに……。手を差し伸べてくれてるのに……酷いよ! なんで友達を裏切るのよっ! アスランがあんたの事、どんなに心配してたのか知ってるのっ? それなのに……!」

 
 

 かつての友人を裏切ったキラに、フレイは涙を溜めて憎しみの目を向ける。そして、握った両手を彼の胸に何度も打ち付けた。
 目の前の言いたい事はキラにも分かっている。だからこそフレイの拳を受け続けた。しかし、自分の考えを、想いをねじ曲げるつもりは無い。

 

「……ごめん。それでも僕は、このアークエンジェルのみんなが大切なんだ。だから僕は、アスランと……敵と戦うって決めたんだ」
「敵って……! 友達を、アスランを、何で敵って言うのよ!」
「今は、敵なんだよ」

 

 敵と言い切るキラを、フレイは怒りを込めて睨んだ。そして、再びその右手を振り上げた瞬間――。

 

「――フレイ、やめてくれ!」

 

 アスランの声が響いた。
 振り返ったフレイの瞳に、涙を堪えて顔を歪めるアスランが写った。

 

「アスラン!? でもっ……」
「もう、良い……。もう、良いんだ! フレイ、俺の為に……本当にありがとう」

 

 自分の為にフレイは必死になってくれた事が、ただアスランには嬉しかった。心からの感謝と泣きそうな笑みがフレイに注がれる。

 

「アス……ラン……。私……ごめ……んなさい……」

 

 フレイはかつての友人達が二度と交わらない事を悟り、自分の無力さに膝を着くと砂に涙を落とした。
 すぐに慌てて一人の少年――サイが駆け寄り、フレイの介抱を始めた。
 その様子を見て、アスランは少しだけ驚きつつも、やはりフレイを支える人がいたのだと納得してしまった。嫉妬が無い訳では無い。だが、彼女が幸せになる事が一番なのだ。
 ニコルとの約束を守る為にも、自分のやるべき事に専念しようとアスランは顔を上げた。そして、敵であるキラ・ヤマトを睨み付ける。

 

「……キラ・ヤマト。次に戦場で会った時には、容赦はしない! 首を洗って待っていろ!」
「僕だって、絶対に負けられないんだ! 必ず君を倒して見せる!」

 

 キラとアスラン、二人は敵意を剥き出しに睨み合う。
 それを見ていたバルトフェルドは、この二人は強くなると感じ満足そうに笑みを湛えた。

 

「……どうやら決まった様だな。アスラン・ザラ、もう良いか?」
「少しだけ良いでしょうか?」

 

 バルトフェルドは肩を竦めると、アスランはマリューへと顔を向けた。

 

「アークエンジェル艦長にお願いがあります」
「何かしら?」
「民間人であるフレイ・アルスターを出来るだけ早く降ろしていただきたい。我々としても民間人を巻き添えにするのは本意ではありません」
「……分かりました。それはこちらも同じです。我々も早く彼女を降ろせる様、最善をつくします」
「ありがとうございます。それでは失礼します」

 

 真摯な対応を見せるマリューに、アスランは敬礼をすると踵を返した。その途中、一度だけ振り返ってフレイに目を向けるが、すぐにディアッカとラクスを促して大型ヘリへと向かって行った。
 赤服二人の後を歩くラクスは、何度も振り返る。そして意を決し、手に乗っていたハロに願いを託した。

 

「ピンクちゃん、少しの間お別れです。キラを励ましてあげてください。お願いしますね」

 

 ラクスの手の上でハロは縦に一回転すると、跳ねる様にしてキラの元へ向かって行く。

 

「えっ!? ……ハロ?」
「ゲンキダセー!」

 

 目を丸くしたキラは、自分に向かって来る球体をキャッチすると、ハロは手の中でうるさく声をあげた。すぐにラクスを目で追うと、彼女は振り返りながら小さく手を振っていた。
 すぐにキラは辺りを見回してトリィを捜した。ミリアリアの肩に乗っている所を見つけると、駆け寄ってトリィに告げた。

 

「ミリアリア、ゴメン! ……トリィ。ラクスの所に行ってあげて」

 

 少し小首を傾げたトリィは、一度だけ鳴いて翼を羽ばたかせる。そして、ラクスの上空で弧を描いてから肩へと降り立った。

 

「……トリィが?」

 

 アスランは振り返り、ラクスの手の上でさえずるトリィを見詰め、ラクスとキラの間に何かあったのだと感じ取った。

 

「アスラン、行くぞ」
「ああ」

 

 ディアッカに声を掛けられ、アスランは再び歩き出した。
 歩き続けるアスランの心の中では、無事だったラクスよりも、否が応にもアークエンジェルに乗らなければならない、フレイの事が気に掛かっていた。
 理由はバルトフェルドの代わりとした着任した指揮官が、クルーゼ隊所属の二人を参戦させる事を拒んだ為だった。
 ディアッカ曰く『着任早々、手柄を奪われたくねえのが見え見えだぜ』と言う事らしい。
 せめてアスラン自身が出撃出来るのならば、ブリッジだけを叩き潰すと言う方法も取れたのだろうが、大陸を抜けるまではそれすらも叶わない。
 今は唯、フレイの無事だけを願ってアスランは歩いて行く。
 一方、アークエンジェルの面々に別れを告げるべく、この場に残ったバルトフェルドとアイシャは、各人と別れを惜しんでいる最中だった。
 バルトフェルドは既にトール、キラ、ムウと握手を交わし、最後のパイロットであるアムロの前に立つと手を差し出した。

 

「アムロ・レイ大尉。君にはやられっ放しだったからな。次は必ず勝たせてもらう」
「出来る事なら遠慮したい所だな」
「フフッ。何はともあれ、これでお別れだ。宇宙で待っている」
「期待はしないで欲しいが、また会う事があれば容赦はしない」
「ああ、勿論だ。俺も全力でやらせてもらうさ」

 

 アムロと握手を交わし終え、バルトフェルドは副長であるナタルと握手を交わす。そして、一度、ポケットに手を入れてから、最後にマリューへと手を差し出した。

 

「……これは?」

 

 マリューがその手を取ると、彼の指が硬い何かを挟み込んでいるのが分かった。恐らく何かのチップの様な物だろう。

 

「素敵なマリュー・ラミアス艦長にラブレターさ。ブリッジに戻ったら見てくれ」
「……ええ。ブリッジで見させていただきます」

 

 片目を閉じ冗談めかしてバルトフェルドがおどけると、マリューはこれが演習の見返りのなのだと理解し、微笑を浮かべ頷いた。
 その隣ではナタルの前にアイシャが立ち、二人は握手を交わしている。ただ少し、周りとは様子が違い、何故かアイシャはナタルの耳元で囁いていた。

 

「……あなた、アムロ大尉の事、好きなんでしょう?」
「えっ!? わ、私は……」
「フフッ」

 

 慌てるナタルを尻目に、アイシャは小悪魔的な笑みを見せるとアムロの方へと近付いた。

 

「アムロ大尉、お耳を貸していただけます?」
「ん!? ああ。別に構わないが。……何か?」

 

 隣に立つムウと会話をしていたアムロは、少し屈む様にして耳を近づけた。それを見ているナタルは、何か言われるのではないかと、気が気ではない様子だ。
 アイシャの唇がアムロの耳に近付くと、その軌道が変わり、唇は頬へと当てられた。

 

「――!?」

 

 突然の事にナタルは息を飲んだ。彼女には気軽に出来ない行為を見せ付けられた。
 アムロも多少戸惑った顔を見せたが、挨拶程度だと理解している様子で、アイシャとにこやかに会話を交わしている。その頬にはバッチリと口紅の後が着いていた。
 何故か、その後、ムウを始め、キラとトールもアイシャのキスを受ける事となり、特に少年二人は恥ずかしそうな表情を浮かべていたのだった。
 ちなみにではあるが、それを見ていたミリアリアは更に不機嫌に。大型ヘリの中からはトリィの鳴き声が聞こえたとか……。

 

「あなたはもっと積極的になった方がいいわ。頑張ってね」

 

 アイシャは去り際にナタルへ、そう告げるとバルトフェルドの隣に立った。
 一気に機嫌が悪くなったナタルはアムロに歩み寄る。

 

「アムロ大尉、いつまでもそんな跡を残して置くのは士気に影響します! 不謹慎です!」
「……いや。済まない」
「動かないでください」

 

 気迫に圧されたアムロは半歩後退すると、ナタルはそれを制し、頬に着いた口紅をハンカチで拭き取った。
 それを見ていたムウを除く残り二人は、雷が落ちる前にと慌てて袖で頬を拭う。その中で唯一、ムウだけが笑いを噛み殺していたのだった。

 

「諸君、また会おう!」
「またいつか、会いましょう」

 

 バルトフェルドとアイシャは、そういって彼らの元を後にした。
 二人の背中が小さくなって行く中、誰よりも早くキラが踵を返してアークエンジェルへと歩き出した。

 
 

「キラ、待ちなさいよ!」

 

 少し離れた所で介抱されていたフレイが、憎しみを込めた目付きでキラを呼び止めると、再び、その場に緊張が走った。

 

「フレイ、やめなよ!」
「離してよっ!」

 

 サイがなだめ様とするが、フレイはそれを無理矢理振り解こうとする。
 足を止めたキラはフレイに向き直ると、わずかだが穏やかな表情を見せた。

 

「……フレイ。君はアスランと友達なんだよね。でもね、君の友達は僕達の敵なんだ。多分、戦争が終わるまで、これは変わらないんだ。だから今は、フレイに理解してもらえるとは思ってないよ。
 それでも僕には、守る物も、守らなきゃいけない人達も、それに約束もあるから……。だからもう、この事で僕は謝るつもりはないよ」

 

 独白を終えたキラは周りの仲間達を見回し、最後にマリューへと顔を向け、

 

「時間がありません。早く出発をしましょう。僕はストライクで待機します」

 

と告げて、再びアークエンジェルへと歩き始めた。

 

「……キラはあいつよりも俺達を選んだんだ。やっぱ、それには応えなけりゃな」

 

 キラの背中を見詰めながらトールは嬉しそうに呟くと、キラの後を追って肩を並べた。
 それ以外の者達も、キラの事で気合が乗ったのか続々と後を追い始めた。

 

「出発前に気合が乗って良い感じだぜ。いつまでもガキだと思ってたが、やっぱり成長してるんだな」

 

 弟子達の結束力と精神的成長に、ムウはまるで親にでもなった様な口ぶりだ。
 満足そうにアムロは頷き、みんなの顔を見渡した。

 

「ああ、そうだな。俺達も急ごう」
「行こうぜ、アムロ」
「艦長。我々が子供達に後れを取る訳にはいきません」
「ええ、そうね。子供達があんなにやる気になってるんですもの。大人が頑張らない訳には行かないわ」

 

 アムロに続き、大人達は子供達に負けじと力強く歩き始める。
 ザフト軍から与えられた猶予はおよそ二時間。ラクス・クラインがこの土地を離れるまで、攻撃を受ける事は無い。その間にどこまで逃げる事が出来るのか――。
 アフリカ大陸脱出を掛けたアークエンジェルの戦いが始まる。