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CCA-Seed_98 ◆TSElPlu4zM氏_第36話

Last-modified: 2008-11-08 (土) 23:54:28

 巨大な船体を宙に浮かせ、アークエンジェルは灼熱の砂漠を航行している。
戦闘で負った傷はそのままではあるが消火作業も完全に終了し、白い船体からは黒煙が完全に消え失せていた。
目指す先は南アフリカ、トゥルカナ湖――。
そこにたどり着く為には現在いるザフト軍北アフリカ方面隊支配下地域を脱出し、南アフリカ戦線を突破しなければならなかった。
だが、その前に問題が一つ持ち上がる。
それはアンドリュー・バルトフェルドからもたらされたデータから、予定針路上にザフト軍基地がある事が判明。
現在、サイーブ達レジスタンスを使い、本当に基地が存在するのかを確かめている所だった。

 

「報告が来るまでは予定通り、進路はなるべく高地側に設定して。
最終的にあのデータの航路に合うようになれば良いわ」
「了解」

 

 ブリッジではノイマンに指示を出したマリューは、ドリンクに口を付けるとモニターパネルに目を向けてシートに全体重を預けた。
先ほどの戦闘を切り抜けたとは言え、まだ先が見えず不安が付きまとう。
だが、ただでさえ敗走したのだから、これ以上士気を落とすわけにも行かず、指揮官と立場もあり彼女は余分な弱音を言う事が出来なかった。

 

「少し休むか?」

 

 疲れを察したムウがマリューに声をかけるが、彼女は肩をすくめてから首を横に振って応えた。
この艦で疲れているのはマリューだけではない。誰もが疲れている状況だ。
少なくとも苦楽を共にする者達の頂点に立つ立場が彼女を支えていた。
マリューは一度背を伸ばすと、キサカへと顔を向けた。

 

「連絡、まだかしら?」
「サイーブ達も消耗している。もう少し待ってくれ。
それからだが、サイーブ達を南アフリカ戦線まで付き合わす事は流石に無理だ。
……そのあたりは考慮してもらいたい」
「……分かってます。
アフリカ大陸を抜ければ無償で修理と補給をしていただけるのでしょう?」
「約束は承知している」

 

 モニターを見詰めていたキサカは、マリューの確認の意味を込めた問いに頷いた。
先の戦闘での損害は当たり前ではあるがアークエンジェルばかりが被ったわけではない。
レジスタンスも然りで、失った人員と車両は多く惨憺たるものだった。
だが、そんな事はムウにとって関係の無い話だ。
やはりカガリの件もあって、ムウはキサカに厳しい目を向ける。

 

「おい。お前達、一体何者なんだ?」
「申し訳ないが答える事は出来ない。だが、カガリの事を見逃してもらった以上、約束は必ず守る」
「約束約束って、本当に守れるのかだって怪しいんだよ。拘束して吐かす事だって出来るんだぜ」

 

 キサカが凛とした声で答えると、ムウは目を細めて睨みながら言い返した。
 するとキサカは、

 

「だとしても今は答える事は出来ない。
ラミアス少佐にも伝えたが、拘束されれば我々も連合と事を構えなければならなくなる。
……恐らく君達が思う以上に大事となるだろう。
事を起こしながら言える義理では無いのは承知の上で頼む。時が来るまで待ってくれ」

 

 と、言って悩ましげな顔を見せた。
 それだけの事を口にするのだから、ムウにも彼らなりの事情があるのは察する事は容易に出来たが、
あれだけの迷惑をかけられ信用するほどお人好しでは無かった。

 

「なら、あのガキを何とかしろって。お前、保護者なんだろう」
「承知している。カガリには私から言い聞かせておく」
「保護者なら保護者らしく、殴るなりしろってんだよ」

 

 深く頷くキサカに向かって、ムウは吐き捨てて広がる砂の大地へと目を向けた。
そうして二十分ほどした頃――。

 

「レジスタンスよりの連絡、来ました」

 

 チャンドラが報告の声を上げた。
それとともに偵察に出ていたサイーブ達からの送られて来たデーターがモニターに映し出されて行く。

 

「そんな……」
「……ザフト軍基地。アンドリュー・バルトフェルドの情報は正しかったか」

 

 マリューとナタルは思わず絶望と絶句の言葉を漏らした。
モニターには砂漠に点在する岩山に大きく口を開いたようにあるハッチへと向かうジン・オーカーの姿。
この時点で既に連合軍側の施設ではない事は明らかだ。
一難去ってまた一難――。

 

「情報がそろったわけでは無いからなんとも言えないが、敵基地を迂回するか叩くかのどちらかしか選択肢は無いだろうな」

 

 誰もが顔を顰めていると、アムロがその場にいた者達の顔を見渡しながら言った。
 その間、マリューとナタルは眉間に皺を寄せたままでモニターを睨み続ける。

 

「極力戦闘は避ける方が良いんでしょうけど……。どっちにしてもストライクの準備をした方が良いですね」
「そんな慌てるな。のんびりってほどじゃないが、それなりに距離も時間がある。
だけど、下手に迂回してると見つかって応援を呼ばれた上で追撃なんて危険性もあるな……。
いっその事叩いて、とっとと突破しちまうのが一番良いと思うんだが」

 

 アムロの側にいたキラが格納庫に向かおうとすると、ムウはそれを制して自分の意見を言った。
どちらにしてもこれでアンドリュー・バルトフェルドのデータが正確な物だった事が完全に証明されたのだ。

 

「ザフト軍基地の規模が分かりません。今の状態で下手に手出しをするのは危険です」
「そろそろサイーブ達から、どの適度の規模なのかは連絡が来るはずだ。
それからでも判断するのは遅くはあるまい」

 

 ナタルの慎重な口ぶりにキサカが頷き、新たな情報が来るのを待った。
それから約十五分後――。

 

「基地の詳細来ました」

 

 チャンドラの声とともに、再びモニターに情報が表示された。

 

「とりあえずハッチは一つ……。それから、あれは迎撃兵器とレーダーですかね?」
「多分な。やっぱり岩山をくり抜いて造った基地って事は、かなり頑丈なんだろうな。厄介な物造りやがって」

 

 キラが確かめるように問いかけると、ムウは頷いて髪を掻き毟った。
少なくとも情報を見る限りこのザフト軍基地は規模こそ大きくはなさそうだが、岩山を上手く利用して外敵に対して強固な守りを誇示しているように見受ける事が出来た。
情報を一通り目を通したアムロは、一度、口元に手を当てると振り返ってチャンドラに声をかけた。

 

「モビルスーツの配備数までは分からないか?」
「流石にそこまでは」
「この辺りは戦線から比較的後方に位置している。ましてや規模的にそこまで多くは無いのではないか?」

 

 アムロの問いにチャンドラが首を振ると、キサカが自分の意見を述べた。

 

「基地である以上、迎撃兵器は見えている以上にあるはず。しかも岩山の中にある基地。
となれば、落とすのは至難の業だ」

 

 だが、その言葉はナタルにはそれが楽観的意見にしか聞こえず、先ほどの戦闘の件もあって自然と口調が強くなった。
溜め息を吐いたムウは、彼女が怒る理由が手に取るように理解出来るのだろう。なだめるような声で言った。

 

「バジルール。何も基地を落とす必要は無いだろう。あくまでも突破、もしくは追撃を振り切る。
それで充分だ。なあ、アムロ。何ならスカイグラスパーで空爆でもしてレーダーと対空兵器潰しとくか?」
「それも一つの手ではあるな。どちらにしてもアークエンジェルが素通り出来る状況が理想だ」
「アムロならどうする?」
「……正面から火力で圧す手もあるが、アークエンジェルが敵のレーダーに引っかかった段階で警戒される事は間違いない。
だが、それでは時間が掛かり過ぎる」

 

 問われたアムロは、ザフト軍基地の情報と進路図を再度見渡しながら言葉を区切った。

 

「時間をかければ、敵の増援要請と追撃の危険がありますね」
「なるべくなら時間をかけずに突破したいわ」

 

 頷いたナタルに続き、マリューが渋い顔を見せて言った。
彼女の言う通り時間をかければ、敵に囲まれアークエンジェルは瞬く間に逃げ場を失いかねない。
出来る事なら点在するいくつもの敵基地を迂回して行くのが理想だった。
だが、ここを通れば最短距離で南アフリカに到達出来ると言うメリットはかなり大きい。
誰もが頭を悩ませ、しばしの沈黙がブリッジを支配したが、アムロがそれを突き破る。

 

「例えばだが、奇襲をかけ攪乱。アークエンジェルはその隙に突破……と言う手はどうだ?」
「……奇襲……ですか? でも、どうやって?」
「強襲で敵機を基地内に封じ込め、出て来ようとする機体を無差別に撃破……と言った所か」
「強襲って……!?」
「あくまでも考えの一つだ。俺もそれが最善だとは思っていない」

 

 目を丸くしたキラに、アムロは心から苦肉の策でしかないと言う顔を見せた。
今まで以上の苦境に立ち、ブリッジにいる者達は一応に迷っているようだった。
敗走したばかりですぐにこの状況。誰もが頭を悩ますのは仕方がない。
だがそんな中、ムウは少しだけ思案した後に顔を上げて言った。

 

「でも、それ有りなんじゃないか? 基地の砲台とモビルスーツを潰してとっとと逃げる。
他の基地に連絡が行ったとしても、こっちが逃げ切れれば良いだけの話だからな。
思ったより大きい基地ってわけじゃないし、さっきよりは戦いやすいだろう」
「問題はあるが、上手く隙を突く事が出来れば敵機が無人の可能性もある。
場合に因っては基地内への突入も考慮しなければならないか……」

 

 その場にいた全員にアムロが意見を求めるように目を向けると、真っ先に反論したのはナタルだった。

 

「アムロ大尉。それはあまりにもリスクが大き過ぎます」
「確かにこちらもそれなりの覚悟は必要になるが、その反面、基地内に入ってしまえば、恐らく相手は火力の大きい兵器は使って来れない」
「反撃があるにしても、こっらは撃ち放題ってわけか」
「しかし、それでは囲まれたり隔壁を閉じられてしまえば逃げ道を失う事になります」

 

 アムロの言葉にムウは口の端をつり上げるが、ナタルは憮然とした表情を見せた。
確かにナタルの言う通り下手に突入して退路を断たれれば死は免れないのは事実だが、アムロも闇雲に突入しろと言っているわけでは無い。
そして反対するナタルもまた然りで、彼女は強襲そのものには反対はしてはいない。
突入する事に反対しているのだ。
その中、前提としての『状況に応じて』と言う言葉が、話の流れからか忘れさられているのにアムロは注意を促して話を進めた。

 

「あくまでも突入を前提とするなら、その対策を講じなければならないのは事実だ。
だが、少なくともザフト軍側は状況把握に数分を要する。
それに基地内での撃墜による誘爆を避けるなら、すぐに閉じる事は無いだろう」
「突入するならな。まあ、基地内で爆発させちまったら復旧に時間取られるだろうし、奴等も嫌がるか。
もしもの場合は突入後に俺が空爆で片っ端から外の兵器を潰して、迎撃の為に開けさせるってのはどうだ?」
「上手く行くかは分からないが、これで行くならその対応が良いだろうな。
だがこの案で行くと決まったわけじゃない」

 

 決定的な案が無い以上、ムウはこの作戦を推し進めるつもりでいるようだが、アムロは再び念押しするように言ってから再び口を開いた。

 

「今、案としてあるのは、迂回するか。正面から撃ち合うか。
それから強襲をかけ、基地ゲート付近からの迎撃または突入。他に誰か良い案はあるか?」
「強襲には反対はしません。しかし、突入には反対です」

 

 アムロは全員の顔を見回したが、ナタルを除いてブリッジにいる者達は沈黙したままだった。
沈黙の後にムウは肩を竦めてからアムロへと顔を向けた。

 

「んじゃ、強襲で決まりだな。……それで誰がやる?」
「……俺がやろう。機体はストライクを使わせてもらう」

 

 言い出しと言う事もあってアムロは自ら名乗り出た。勿論、英雄志願と言うわけではない。
今の所、出来る人材がいないと言う事で名乗り出ただけだ。

 

「PS装甲か」
「それ意外にも理由はあるが、さっき言ったように相手の火器が限定される事を想定している以上、そう思ってくれていい。
そうでなくとも今のストライクは反応速度が格段に上がっている。状況には適した機体だ」

 

 見透かしたように言うムウに、ただでさえ先の戦闘で不調を負ったνガンダムでは無理だと言う意味も込めてアムロは頷いて見せると――、

 

「アムロ大尉。それは突入前提で話を進めているように聞こえます。いくら何でも危険過ぎます」

 

 ナタルがらしくない声を上げて異論を吐いた。
彼女も軍人であり、なんとかしなければならない状況なのは分かっていたが、下手をすればストライクと同時にアムロさえ失う事になる。
それは現状のアークエンジェル、そして彼女自身にとっても大きな痛手だ。
そんなナタルを他所に、ムウは頭を掻き毟ってうんざりした顔を向けた。

 

「なあ、バジルール。俺達はさっき敗走したばかりで、正面から撃ち合うにはハッキリ言ってかなりキツい。
悪く言えば後が無い。しかも、まだザフトの制圧下にいる。その意味が分かるよな。
アムロは全ての前提を踏まえて話しているだけだ。
それに虎や俺相手に、アムロがあれだけの事をやってのけた事を憶えているだろう」
「し、しかし、だからと言って生きて帰れる保証があるわけではありません。
ましてや突破するだけなら、突入の必要は全くな――」
「――二人ともそこまでにして。今は言い争いをしている時じゃないわ」

 

 ナタルは語気を強めて反論しようとしたが、それをマリューが制した。
事実、今のアークエンジェルにはあまり時間が無い。
このまま進めばいずれはレーダーに引っかかり、攻撃を受けるのは目に見えている。
かと言って迂回しても、これだけ巨大な船体を晒しているのだから、いずれは必ず見つかり良いように待ち構えられれば手の打ちようが無くなるのは明白だった。
溜息を吐いたマリューは案が出て来ない以上、仕方ないと言った感じで言った。

 

「ナタル。アムロ大尉の強さは良く知っているでしょう。……アムロ大尉、自信はおありですか?」
「状況次第と言う事もあるから絶対とは言えないが……落ちなければ良いのだろう。
基本的には出撃用ゲートの狭さを利用して、外で待ちかまえライフルで各個撃破。
突入を考慮するなら、出来ればその前に頭数は減らしておきたい」
「突入うんぬんは置いといて、囮を使ってモビルスーツを基地から引っ張り出す手はあるな。
その間に突入して潰せるだけ潰したら、とっとと離脱して俺が空爆をかける。
アムロがストライクで、俺が一号機。この場合、囮はキラしかいないな。……二号機を使わせるか?」

 

 マリューの問いにアムロが答えると、ムウは作戦を完璧なものにする為の手立てを提案した。
現状使えるパイロットは四人ではあるが、アムロがストライクに搭乗するとなれば、νガンダムを戦闘に投入するのは不可能。
自動的に外されるのはトールしかいない。だが人員、機体ともに遊ばせておくだけの余裕は無い。

 

「ならばその間、この傷ついたアークエンジェルを誰が守るんですか? 作戦行動中に残ったνガンダムをまともに扱えるのはアムロ大尉だけです」
「……ストライクが基地に接近するにしてもそれなりに時間がかかるはずだし、出払ってしまったら確かに小回りの利かないアークエンジェルでは圧倒的に不利ね」

 

 ムウの言葉にナタルが再び噛み付くと、マリューが納得したように眉間に皺を寄せた。
先の戦闘で消費した弾薬は生半可な量ではなく、補給を受けられると言うキサカとの口約束はあったとしても、先の事を考慮すれば節約はしたい所だ。
ましてや、マリューの言うようにパイロット達が出払った所を襲われれば、今のアークエンジェルでは長く保つのは不可能。
再び沈黙が訪れ、全員が表情を曇らせていると、おもむろに顔を上げたキラがアムロに声をかけた。

 

「アムロさん。基本的には接近戦になるんですよね?」
「言ったようにゲート付近でのライフルでの各個撃破が基本戦術になるが、距離からして恐らくはそうなる」
「接近戦……。格闘……」

 

 問いにアムロが頷き返すと、キラは呟いてバルトフェルド隊との演習終了時にアムロと交わした会話を思い返していた。

 

『モビルスーツは所詮、機械だからな。それに戦い方にしても、あれくらいの動きはキラにも出来るはずだぞ』
『え!? 僕が……ですか!?』
『要は集中力と相手の動きを予測する力だ』
『最初のは分かりますけど、相手の動きを予測する力って……』
『飽くまでも経験の事だ。集中力は注意すれば良いが、経験だけはどうにもならないからな。
あとは間合いの取り方を覚えろ。キラは特に接近戦で力を発揮する傾向がある。間合いを上手く使え。
そうすれば、いずれは僕を追い越して行くさ』
『接近戦に間合い……。僕に出来ますか?』
『出来る。自信を持て』

 

 少しだけ肩の力を抜いたキラは、小さく息を吐いて顔を上げた。

 

「あの、良いですか?」

 

 はっきりとした口調で口を開いたキラへと、全員の目が向けられた。

 

「その作戦。……僕にやらせてくれませんか?」

 

 キラはその瞳に強い意志を見せながら自ら出撃を志願した。
その直後、アークエンジェル艦内はアフリカ大陸脱出を賭け、再び慌ただしく動き始める。

 

 ――ザフト軍ジブラルタル基地、格納庫。
 外は陽が燦々と降り注ぎ、影を色濃くしている。
格納庫内ではイージス、バスターがハンガーに納まり、パイロットであるディアッカは、いつまでも下りない追撃命令をコンテナに腰を下ろしてながら、外を眺めながら待っていた。
そのディアッカは背後に軽いエンジン音とともに車が止まるのを感じ取った。

 

「ご苦労なこったな」

 

 ディアッカは背後に近付く人物が誰なのかを初めから分かっていて口調を尖らせた。
背後から近付く人物――アスランは、

 

「許可はまだ出ないのか?」

 

 と言って、輸送機への搬入が行われていないモビルスーツを見上げてディアッカに尋ねた。
だが、ディアッカはその問いに応じる事はなく、ただ外を見詰めながら目を細めて厳しい口調で尋ね返す。

 

「おい。昨日の事でもう一度聞く。お前、あいつの為に手を抜いていた訳じゃないだろうな?」
「……昨日も言ったがそれは無い。だが、結果として迷惑をかけた事は事実だ」

 

 すぐにディアッカの言う『あいつ』がキラを指しているのを理解すると、アスランは苦い表情を浮かべて答えた。
ここ最近――。いや、それ以前。『血のヴァレンタイン』で母が死んで以降、周りも、そして自らも随分と変化したのだとアスランは実感する。
そうしているとディアッカが立ち上がり、鋭い目をアスランへと向けた。

 

「会見も終わって、テレビの前に出る事も無いよな?」
「ああ」
「……イザーク達が知ったら、どう言うか知らねえ。
だけどな、死んじまったミゲルは帰って来ないんだ。一発殴らせろ。今はこれで許してやる」

 

 ヘリオポリスではミゲル。第八艦隊との低軌道会戦では顔も知らない者達までも犠牲にしたのだ。
睨みをきかせたディアッカの言葉をアスランは飲んだ上で、自分の為に死んで行った者達の事を思い返して頷いた。
アスランが奥歯を噛み締めて下半身に力を込めると、ディアッカは問答無用に拳を振り上げた――。

 

「……てめぇの婚約者が怒るかもしれねえけど、お前はそれだけの事をしたんだからな。恨むなよ」

 

 派手に倒れ込んだアスランを見下ろしながら、ディアッカは吐き捨てた。

 

「婚約者……か……」

 

 アスランは口の端からにじむ血を拭って上半身を起こして呟くと、地面に座ったまま項垂れた。
昨日の今日。しかもラクスの相手は因りにもよってキラなのだ。

 

「ラクスとは……もう……婚約を解消……した……んだ」
「……はぁ!? お前……今、なんて言った!?」
「……だから、振られ……たんだ。これ以上は……言いたくは無い……」
「おっ、お前……マジか!?」

 

 余りの爆弾発言にディアッカは目を白黒させながら聞き返したが、アスランの表情は冴えないままだった。

 

「……事実だ。……この事は黙っておいてくれないか」
「ああ……。マジなのかよ……」

 

 いつものような覇気を感じさせないアスランの言いように、ディアッカは頷き納得したように僅かではあったが、同じ男として同情を寄せた。
だが、ようやく立ち上がったアスランは先ほどとは違い真剣な表情を見せていた。

 

「……ディアッカ。こんな事があったばかりで悪いが頼みがある」
「……な、なんだ?」
「俺はフレイを傷付けずに、ストライクとアークエンジェルを撃墜したい」
「……マジで言ってるのか?」

 

 アスランの変わりように戸惑いながらも、ディアッカはその言葉の意味に半ば呆れ返った。
婚約者に振られたと言うから少しは気の毒だと同情もしたが、次の瞬間には違う女の名前が出て来る。
しかもその女はナチュラル。自分達の敵側にいる存在だ。
そんなディアッカの気も知らずに、アスランは頷いてから口を開いた。

 

「ニコルとの約束もある。それに……俺個人としてもフレイを無事に家まで送り届けたい。
しかし任務がある。これにはディアッカの協力がどうしても必要なんだ」
「……そうなったら戦艦の方は、エンジンと居住区を除いて狙うしかねえじゃねえか。
やなこった。そんな面倒、誰が――」
「――頼む! もし、俺がアークエンジェルに取り付いたとして、邪魔なようなら俺ごと撃ってくれて構わない。
キラ・ヤマトは刺し違えてでも俺が落としてみせる。だから力を貸してくれ」

 

 不機嫌そうなディアッカが頼みを断ろうとすると、アスランは言葉を遮り彼の肩を掴んで頼み込んだ。
ニコルの事があるにしても、ディアッカにはアスランがそこまでフレイと言う少女に入れ込むのか理由が分からなかった。
だが、アスランにとってはそれほど重要なの事だと理解は出来た。

 

「お前……」
「……ディアッカの指示には従う。頼む。力を貸してくれ」

 

 困惑気味の顔を見せていたディアッカが呟くと、アスランは掴んでいた肩を放して再度、頭を下げた。
この事が原因になろうとディアッカは死ぬつもりなど元からない。
だが、理由を知らぬまま不条理にミゲルのように逝ってしまうよりは、対処のしようもあると言うものだ。
それにここで一つ貸しを作って、後々に生かす手もある。

 

「……分かった。ニコルに文句言われんのもなんだからな。貸し一つって事で協力してやる。
ただし、俺の指示を無視するなよ」
「勿論だ」

 

 わざとらしくディアッカが肩を竦めるとアスランは力強く頷いた。
どう言う形であれ利害が一致した二人は手を組む事となった。

 

 アークエンジェルの格納庫では次の出撃に備え、整備兵達が慌ただしく動いている。
先の戦いで敗走したばかりではあるが、彼らには落ち込む暇はわずかしか与えられなかった。
そんな中、一角に備え付けてあるコンソールパネルの前にはマードックが陣取り、モニターの向こうにいるアムロと何やら話し込んでいる。

 

「……マジですかい?」
『ああ』
「じゃあ、堅めの装備で……バッテリー多目って所ですかね?」
『敵基地内では主に格闘が目的になるだろうから、なるべくなら機動力を殺したくは無い。
エールかソードが理想的だ』
「分かりました。それで敵基地にどうやって近付くんです」

 

 Nジャマーが効いているとは言え限界はある。マードックはアムロの要望に頷くと疑問を口にした。
どんな高性能なモビルスーツでも所詮は金属の固まりであり、動かす為には熱を発するのだ。
範囲の狭いレーダーならまだしも、基地クラスとなればそれなりの物を使っているはずで簡単に見つかる可能性も否めなかった。

 

『勿論、歩いてだ。Nジャマーが上手い具合に目くらましになってくれるだろう』
「そりゃ、そうでしょうけど……。Nジャマーが効いてるって言っても、限度がありますよ。
見つかったらどうするんですか?」
『そうならない為に遮蔽物の多い経路を検討している最中だ。
だが、見つかったとして、一、二キロならモビルスーツを出される前に距離をつめる事は出来る』
「うーん。そうなったら迎撃兵器の対応も必要ですね」

 

 返答を聞いたマードックは首の裏をさすりながら苦い顔を浮かべた。
その様子にモニターの中のアムロは、一度、首を左右に振って口を開いた。

 

『いや、対モビルスーツ戦が最優先だ。外部の兵器は後続のムウに任せる事にしている』
「なるほど。こりゃ、見つからないように祈る以外はなしですね」
『こればかりはな』

 

 マードックの言葉に、アムロは頷いて見せた。
良くも悪くも運頼みの作戦である事には変わりはない。
だが、やらなければ時間を無駄に消費し、このままではアフリカ戦線突破もままならなくなるのは目に見えているのだ。
小さく溜息を吐いたマードックが、本来ならこのアークエンジェルに積み込まれるはずだった機体の事を思い出してぼやいた。

 

「ブリッツでもあれば、この作戦もかなり楽だったんでしょうけどねぇ」
『ブリッツ……。確かヘリオポリスで見た黒い機体か?』
「ええ。ミラージュコロイドって装備があって、姿が消せる機体なんですけどね。
まあ、スペアパーツはあっても、当の機体をザフトにもっていかれたんで、どうしようもないんですが……。
っん?」

 

 ヘリオポリスでの戦闘を思い出したアムロが聞き返すと、マードックは頷いて愚痴を言いながらもふとした事を思い出した。
その様子に、モニターの中のアムロが眉を寄せて聞き返した。

 

『どうしたマードック?』
「もしかしたら使えるかもしれねえな。……大尉さん。基地への接近、なんとかなるかもしれません。
今すぐ確かめたいんで後から連絡します」
『……ああ。よろしく頼む』

 

 顔を上げたマードックが捲し立てると、アムロは若干圧倒されたように答え回線を切った。
そして、マードックは慌ただしい格納庫を見渡し、近くにいた部下に向かって大声を張り上げた。

 

「おいっ! 第八艦隊からの補給品にブリッツのスペアパーツがあっただろう?
今すぐマニュアルと一緒に引っ張り出せ!」

 

 これが行為が無駄となる確率もあるわけだが、自分達やパイロット達の命がかかっているのだ。
今は最善を尽くすしかない。
マードックの声とともに格納庫の中が一段と慌ただしさを増したのだった。

 

 どこを見ても灰色の壁。
この部屋で色が違うのは、申し訳程度に格子付きの窓が付いた扉と、天井の灯されていない照明くらいしか見当たらない。
限りなく薄暗く狭い独居房――。息苦しさを感じながらトールは溜息を吐き、扉の外にいる少女に声をかけた。

 

「……おい。お前、いつまでそうしているつもりなんだよ」
「お前が出て来るまでだ」
「言っただろ。あれは俺の責任なんだ。お前がそこにいる理由は無いだろう」
「……そんな事は無い。元々は私がお前を巻き込んだ。私の責任だ。
だからお前が出て来るまで私はここにいる」

 

 トールがこの部屋に入る事になった原因を作った少女――カガリは扉を背に膝を抱えて俯きながら答えた。
出撃前、カガリは仲間の仇が討てるとそれだけで行動を起こしたが、終わってみれば必殺の一撃を繰り出す機会を潰し、アークエンジェルに乗る者達の生命すら脅かした。
それは結果的にはこの戦闘に参加したレジスタンス達にも多大な消耗を強いる事となり、戻ってみれば自分のわがままに巻き込んでしまったトールは、目の前で殴られ檻の中。
そんな事もありカガリは気を落としていたが、トールがカガリの事など気に留めるわけが無く、檻の中で盛大に溜め息を吐いた。

 

「はぁ……。好きにしろよ」
「済まない。私の所為で……」
「お前。変な所で義理堅いんだな」
「……悪いか」

 

 扉の向こうのトールが意外と言う顔を作ると、カガリは不満そうに呟いた。
そうしたたわいもないやり取りで一時間近くが過ぎた頃、この場所にパイロットスーツに身を包んだキラが姿を現した。

 

「……お前。また出撃するのか?」

 

 カガリは立ち上がって目の前の少年に問いかけると、一瞥したキラは頷いて扉の小窓へと目を向けた。
するとすぐにトールは格子の付きの小窓から食い付くように顔を覗かせた。

 

「キラか!?」
「うん。また出撃する事になったから様子を見に来たんだ。殴られた所、大丈夫?」
「平気。……キラ、やられるなよ。それから……さっきはごめんな」
「うん。分かってるから。それじゃ行ってくるよ。トール、また後でね」

 

 トールは自分の所為でこうなったと肩を落として謝ると、まるでキラは勇気づけるような笑顔を見せて背を向けた。

 

「キラ、絶対にやられるなよっ!」

 

 この場を離れるキラの背中に向かってトールが叫んだ。
そしてその場にいたもう一人。カガリが小走りにキラを追いかけて呼び止める。

 

「おい」
「……なに?」
「……さっきは悪かった。
……お前がやられたら、あいつ、敵討ちとか言って飛び出して行きそうだから絶対に死ぬんじゃないぞ」

 

 キラは振り返って一瞥すると再び歩き出そうとしたが、カガリの言葉がそれを停めさせた。

 

「うん。僕だって死ぬ気は無いし、それくらい分かってるよ」

 

 カガリが謝罪の言葉を口にした事に、キラは少し驚き気味の顔を見せてるが、すぐに表情を正して軽く頷いた。
すぐにキラは格納庫へと向かい、その背中を見送ったカガリはトールの元へと踵を返すと、二十分ほどしてからムウとキサカがやって来た。
ムウはカガリを一瞥。そのまま無視する形で独房の扉を開け中に入って行く。

 

「……フラガ少佐」
「任務だ。付いて来い」
「……は、はい」

 

 いきなり現れたムウに、トールは慌てて立ち上がり声を強張らせながら頷く。
ちょうどそれと時を同じくして、扉の外から頬を打つ音の後に、

 

「――へ迷惑を掛けた事が理解出来ないのか? そのままでは、いずれカガリ自身。
ひいてはウ……お前の父上が守る全てを壊す事になる。……考えて行動しろと言ったはずだ」

 

 と、少女を叱る低い声がトールの耳に届いた。
ムウに連れられ扉の外へと出たトールは、勝気な少女が頬を押さえ涙を溜めている様子に思わず息を飲んだ。
するとカガリに目を向けていたキサカが、トールへと向き直って言う。

 

「……ケーニヒ少尉。カガリが大変迷惑を掛けた。
本来なら謝って済む話では無いのは分かっているのだが……。本当に申し訳無い」
「……はい」

 

 苦い表情を見せながらのキサカの謝罪にトールが小さく頷いた。

 

「カガリ。ケーニヒ少尉に謝罪はしたのか?」
「……私は……」

 

 キサカが問い質すが、ショックからか肩をわずかに振るわすカガリの反応は鈍かった。
その様子から、良くも悪くもカガリは真っ直ぐ過ぎるのだと、わずかな時間を共にしただけではあったがトールはそう理解した。

 

「あの……俺、謝ってもらいましたから……」

 

 確かにカガリはそれだけの事をしたのは事実だが、彼女自身が迷惑をかけたのを自覚した上で、自分が出て来るのを待っていたと言う事実。
そう言う事もあり、トールは後味の悪い顔を見せながら答えた。
一応の収拾はこれで着いた事にはなるが、ムウにとって今大事な事はこれから行われる作戦のなのだ。
レジスタンス二人を一瞥して、置き去りにするように歩き出す。

 

「トール、行くぞ。歩きながらだが大雑把に作戦の概要を伝える。良く聞け」
「はい」
「キラがストライクでザフト軍基地に突入する」
「えっ!?」

 

 ムウから半歩遅れで続くトールはその内容に一瞬絶句した。
作戦内容を知るキサカは何も言いやしないが、それは後ろにいるカガリも同様だった。

 

「戦闘時間は五分と掛からない。俺はキラの支援。アムロはアークエンジェルの護衛。お前は陽動だ」
「ちょ、ちょっと待ってく――」
「――黙って聞け!」

 

 単独で敵基地に突入とは尋常な事ではなく、これではキラが死ぬのは目に見えている。
トールは慌てて口を開いたが、ムウは有無を言わさず一喝。そして説明を続けた。

 

「針路上にザフト軍の基地がある事が分かった。しかも岩山をくり抜いて造ってる為に攻撃するにも厄介でな。
さっきの戦闘で消耗している状態のアークエンジェルじゃ、正面からってのはきつい。
 だからキラが先行、突入してモビルスーツと航空戦力を叩き、約突入三分後に俺が空爆をする」
「だ、だからっていくらなんでも!」
「だから黙って聞けっ! ……本当ならアムロが行くはずだったんだがな、キラが自ら志願して来た。
キラの希望もあって、アムロには俺達がいない間、アークエンジェルを守ってもらう。
 トール、お前の役目はさっき言ったように陽動だ。突入予定三十分前に発進。
低空飛行で移動の後、十五分後に艦とは別針路で敵基地の西、約二〇キロに高度を上げて進入。
わざと敵のレーダーに引っかかってもらう」
「……はい」

 

 再び一喝され、説明を大人しく聞く事になったトールは、改めて自分が口をはさむ立場にない事を思い知った。
本来なら新米のトールを空爆に回すと言う手もあるが、敵基地施設を精密爆撃するには未だ未熟過ぎ、ムウが担当するしかあり得ない。
だが、今優先されるべきはザフト軍統治下からアークエンジェルを無事に脱出させる事だ。
ムウは顔を強張らせるトールを見て、小さく溜息を吐いて言う。

 

「……上手く行けば、敵は進入方向にアークエンジェルがいると思って、航空戦力かモビルスーツを差し向けるはずだ。
 トール。この作戦はな、どれだけ敵の戦力を基地から引き離すかでキラの生還率、アークエンジェルが逃げ切れるかが決まる。
お前の役目はかなり重要なんだ。それを理解しておいてくれ」

 

 先ほどと比べればムウの表情は柔らかいが、事の内容はかなり重い。トールは喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
ちなみにではあるが、当初ムウは自分を含め、アムロ、キラの三人で作戦を実行するつもりでいたが、更に万全を期するとの事でトールを投入する事となった。
それ故に未熟な部下を単独で使わなければならないと言う事では、ムウにとっても苦渋の決断だった。

 

「一人で出てもらうが無理に戦う必要は無い。俺が助けに行くまでとにかく逃げ切れ。
作戦中は援護が一切無い以上、さっきみたいなヘマはするな。即、死につながる」
「……了解……しました」

 

 表情を正したムウの言葉に、トールは死を覚悟しながら頷いた。
二人の後ろをキサカと共に歩いていたカガリは、それまで頬に添えていた手を下ろすとムウに向かって声をかけた。

 

「待ってくれ」
「ん? なんだ?」
「こいつは本当に一人で出撃するのか!?」

 

 この命令はカガリの耳には『死にに行け』と言っているように聞こえたようだ。
カガリは険しい表情をムウへと向けるが、当のムウはあっさりと受け流す。

 

「作戦だからな。話を聞いていたんなら分かるだろう」
「しかし……こいつは新米なんだろう? 死ねって言ってるようなものじゃないか!」
「こっちはそんな命令をした覚えも無ければ、死ねとも言っちゃいないんだがな。
……例えそうだとしても、それ以前にレジスタンスのお前に言われる筋合いは無いだろう」
「それは……そうだが……」
「分かっているなら黙ってろよ」

 

 有無を言わさない言葉を畳みかけるように投げられ、カガリは不服そうな表情を見せた。
特にトールに作った借りはカガリにとって大きかったようだ。

 

「俺の事は別に気にすんなよ」
「だけど……」

 

 借りの事など気にしていないトールが少しばかり呆れ気味に言うと、カガリは口をとがらす。
彼女の中では先の事もあって、トールの事を以前ほどの悪い目で見る事は薄れつつあった。
それだけに自分の事がきっかけで死なれては寝覚めが悪い。
せめて今はトールが生きて帰れるように手助けしたいと考えを巡らし、一つの答えを導き出す。

 

「それなら……」
「……カガリ?」

 

 四人が歩く中、カガリが呟くと隣で歩くキサカが怪訝な目を向けた。
キサカなりにこの少女の事はそれなりに理解はしているつもりではあるが、時として一度決めた事に対してはテコでも動かない所があるのだ。
それだけに、カガリが『――あいつが半人前なら、私がその半分を助ければ良い』と考えているとは思いもしない。
その次の瞬間、カガリが口を開き――、

 

「頼みがある。……私も、こいつと一緒に出撃させて欲しいんだ。指示には従う。頼む!」

 

 と言ってムウとトールの足を止めさせた。
あまりの申し出にムウとキサカは眉間に皺を寄せ、トールはただ唖然とした顔をさらしていた。

 

 アークエンジェル格納庫――。
ハンガーに収まっているストライクの周りでは整備兵達が総出で作業に追われていた。

 

「ワイヤーの固定、まだ終わらねえのか?」
「あと三分ほどで終わります」

 

 キャットウォークで作業指示をインカムを片手にマードックが叫ぶと、整備兵の一人が返して来た。
その最中もストライクの各部には剥き出しの噴霧器がワイヤーで次々と固定されて行く。
この噴霧器、実の所、ブリッツの各所に設置されているミラージュコロイド用のスペアパーツを流用した物だった。
だが、流石にストライクにそのまま取り付ける事は不可能な為、急遽ワイヤーで固定し、無理矢理使う事にしたのだ。
そのネタを考えたマードックは作業状況を確認し終えると、ストライクのコックピットで調整を行っているキラを覗き込むようにして言った。

 

「坊主、良く聞け。ミラージュコロイドは一度きりしか使えねえ。外すタイミング間違うなよ」
「これで見つからなくなるんですよね。助かります」
「ただな、高速移動が一切出来ない上に展開中はPS装甲も使えない。しかも使うにも時間限られてるからな。
敵のレーダー範囲に入る前に使え。気をつけろよ」
「ありがとうございます」

 

 マードックから軽くレクチャーされたキラは、軽く頷いて笑顔を見せた。
ザフト軍基地に接近するには、いくらNジャマーが効いているとは言え限界がある。
ましてやここは遮蔽物も少ない砂漠。
一定の距離までつめる事は出来たとしても、有視界では色の目立つストライクでは簡単に見つかってしまいかねない。
タイミング良くマードックが第八艦隊からの物資の事を思い出さなければ、ストライクはかなり厳しいルート選択をしなければならなかっただろう。
短時間の突貫作業とは言え、これで時間のロスを少なく出来るのだから、全船員からすれば御の字と言える。
慌ただしい中、作業を進めながら話をする二人の元にアムロとナタルがやって来た。

 

「マードック。良いか?」
「どうぞ」

 

 アムロが声をかけると、マードックは体を退かして場所をゆずりった。

 

「キラ。装備はバスターストライカーにビームライフルも装備させる。
キラ、脱出後の事も考えて戦え。機動が重いようなら装備は切り捨てろ」
「はい」
「それからだが万全を期して、やはりトールを囮として出撃させる事になった」
「やっぱりトールを出すんですか?だけど、さっきあんな事があったばかりだし……」

 

 キラはアムロの言葉に思わず顔を曇らせた。
正直言えば、実戦経験がほとんど無いトールにはかなりきつい任務になることには間違いない。
だが、何分にもνガンダムはアムロ以外は戦闘では扱えず、他の機体にしてもパイロットと同数。
作戦を成功させる為には仕方がない選択だった。

 

「戦闘は極力避けるように指示は出してあるが、作戦に変更は無い。頃合いを見てキラは戦闘を開始しろ。
突入するかの判断はキラに任せる。いいな」
「……分かりました。トールに無茶しないように伝えてください」
「分かった」

 

 指示に対して頷いたキラが伝言を頼むと、アムロは快諾してナタルに場をゆずった。
キラの前に立ったナタルの表情は苦渋に満ちているように見える。

 

「ヤマト少尉。これを」
「……はい。これは?」

 

 ナタルが二つ折りにされた一枚の紙切れを差し出すと、キラは手を伸ばして受け取り彼女に聞き返した。

 

「本当ならばこんな物は渡したくはないんだが……。ストライクの自爆コードだ」

 

 濁りがちに口を開いたナタルではあったが、軍人らしいはっきりした口調で伝えた。
最もキラが自ら志願した後も、最後まで突入前提の作戦に反対したのはナタルだった。
彼女からすれば自爆コードなど渡すのは不本意なのだ。
キラは『自爆』と言う言葉に驚いたようで、ただ呆然と手にした紙きれを見続けて呟く。

 

「自爆……コード……」
「最悪の事態になったらこれを打ち込んで脱出しろ。
……ヤマト少尉。ストライク共々、必ず生きて帰れ。いいな」
「……はい」

 

 勿論、死ぬつもりなど無い。だが、この自爆と言う行為は正しく戦いの中で起こりうる行為の一つでもある。キラは自分がそうはならないようにと、ナタルの言葉噛み締めながら首を縦に振った。
そしてナタルが離れると、次にストライクのコンソールから呼び出し音が鳴る。
キラはそれに応じて回線を開くとモニターにマリューの顔が映し出された。

 

『キラ君、良いかしら?』
「ええ……」
『……こんな役目を押しつけてしまって……ごめんなさいね』
「……自分で志願した事ですから」

 

 神妙な面持ちでマリューが謝ると自爆コードの事があってか、キラは少々冴えない表情で答えた。
事が事だけに仕方が無いが、軍人としてストライクをザフト軍に奪われてしまうわけにはいかず、マリューの判断で自爆コードを渡す事となった。
例えこれがアムロであろうと同じようにコードを渡したであろうが、元はキラ達ヘリオポリス組に関しては、マリューが戦争に巻き込んでしまった事もあって後ろめたさが彼女自身につきまとっていた。
だが、アークエンジェルを守る為にはやらなければならない。
マリューは表情を正し、軍人、そして艦長としての言葉をその口から伝える。

 

『……キラ・ヤマト少尉。必ず帰ってきなさい。死ぬ事は許さないわ。これは命令よ』
「了解しました」
『頼むわね』

 

 キラは真剣な表情で頷くと、マリューは軍人としての表情を崩さぬまま画面から消えた。
それから程なくして格納庫に整備兵の声が響く。

 

「ストライクの装備、完了しました!」

 

 作業終了の確認をしたマードックがアムロに向かって頷く。
するとアムロを始めとする大人三人はストライクの元を離れた。
コックピットが閉じられ、ストライクの目が光る。
アムロはマードックからインカムを受け取り、耳に押し付けるようにしてキラに語りかける。

 

『キラ。気負って戦おうとするな。今のストライクとキラなら接近戦で敵う相手は無い。自信を持って戦え』
「はい」
「……良い返事だ。ストライク、カタパルトへ。出撃と同時に作戦開始だ。キラ、時計を合わせろ」
「了解」

 

 頷いたキラはコンソールのスイッチを押して時計を合わせると、操縦桿を前に押しだしてストライクをカタパルトデッキに進ませる。
一歩一歩進んで行くストライク。
その場にいた者達全員が、エアロックの向こうに消えて行くストライクの、キラの背中を背を正して敬礼をして見送る。
エアロックが完全に閉じられ、ストライクの両足がカタパルトに乗ると、背にエールパック、両肩にバスターストライクの装備がほどこされて行く。
心臓が高鳴りを抑える為にキラは目を閉じた。
――もう後戻りは出来ない。必ず生きて帰るんだ。
そう心に誓い、キラは再びその眼を見開いた。

 

「――キラ・ヤマト。ストライク、行きます!」

 

 キラの声と共に灰色のストライクが膝を軽く曲げて前傾姿勢をとる。
次の瞬間、カタパルトが稼働すると同時にスラスターに火が点り、焼けつくような砂の海へとストライクは飛び出して行ったのだった。