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DEMONBANE-SEED_種死逆十字_第10話3

Last-modified: 2007-12-30 (日) 06:05:20

 突然のカガリの発言に、最初に反応したのは艦を預かるタリアだ。
「ア、アスハ代表……ご自分が何を仰っているのかお分かりになっているのですか!?」
「……ええ、分かっていますグラディス艦長。私の言っていることは無茶苦茶だ。他国の、それも最新鋭の戦艦に完全な部外者を載せ、あまつさえ装備に手を加えるように依頼する……普通ならまかり通るはずがない。しかし、私にはそれをしなければならない理由がある。だからこそこのように最高評議会議長に直接、頼んでいるのです」
 タリアの叫びに冷静に対応しながら、デュランダルを見据えるカガリ。その姿には少し前まで抜け切れていなかった少女の甘えも、議長と言う大きな相手への怯えも見出す事は出来ない。
 そこに居るのはまごう事なき、一国の最高責任者。それを認めたか、デュランダルもまた一人の趣味人ではなく、最高評議会議長としての貌で彼女と相対する。
『一つずつ、詳しくお聞きいたしましょう。まず、ティトゥス達をミネルバに乗せる意図は?』
「先ほど言ったとおりオーブからの戦力補給、という意味も勿論あるのですが……実際は、彼等とそちらの利害の一致があるからです」
『ほう……利害の一致とは?』
「彼等の現在の目的はアンチクロスの速やかな排除……そして現在、ティトゥスを除くアンチクロスの内4名が、連合に協力している可能性が高いのです」
 事情を知らぬ人間達から動揺のざわめきが起こる。しかし二人の国家代表者は表情を変えず、目も逸らさずに会話を続ける。
『その根拠は?』
「アーモリーワンで私とアレックスを襲った人間、いえ兵器は、ティトゥスの証言から『人造魔導兵器』と呼ばれる、魔術を用いた戦闘機械と見られています。その兵器を開発したと思わしき人物の名はウェスパシアヌス……アンチクロスの一人です」
『っ……そのような話は始めて聞いたな、ティトゥス』
「あの時は虚言と取られると思っておりました。気分を害されたならお詫び致そう」
『いや、そうだな……私個人はともかく、議長としてはそう判断せざるを得なかったろう……失礼しました代表、話の腰を折ってしまった』
 ウェスパシアヌスの名を出した時、デュランダルの顔が一瞬強張る。カガリはそれを見逃さなかったが、ティトゥスにそれを知らされなかったことに対する、かすかな戸惑いや不審から出たものだと判断した。
「では続けます。こちらのロンド・ミナ・サハクが調べたところ、この男と思わしき人物がウィテリウス・ウェスパシアヌスと名乗り、世界の数多くの企業を数々の偽名や代理人を使って買収、経営権を入手していることが分かりました。表向きは、世界有数の富豪ということになっていて事実は隠蔽されていますが……一度裏に回れば、経済界の大物です」
 ディスプレイの端に写真の映像が現れ、クローズアップされる。髭を生やした老紳士が色々な人物と握手や談笑している。相手もまた知る人ぞ知る、経済界の大物達だ。
「他のアンチクロスが起こしたと犯罪事件を、彼がもみ消した可能性も高いと見ています。とはいえ情報源自体は信用できても、法的な証拠や裏付けはまったく取れないのが現状ですが……
 そして先日、ロンド・ミナが管理するアメノミハシラが、連合製MSと人造魔導兵器、そして我が国を襲ったアンチクロスの一人、ティベリウスに襲撃されていたことが判明致しました」
『なんですと……アメノミハシラは無事だったのですか?』
「お気遣い感謝します。幸いにもジャンク屋に保護されていたティトゥス達が居合わせ、ロンド・ミナの計らいでドクターウェストにより、彼専用のMMが製造されていたのが救いでした。そのお陰でアンチクロスの存在を知り、ウェスパシアヌスの捜査を始めたそうなのですが……」
「当然であ〜る! まがりなりにも我輩が手にかけた機体が、我が愛しきエェェェルザァァァァァ! が! あのようなセンスのない機体や魔導兵器なんぞに遅れを取るわけがっ!」
「うっせえロボと何度言わせるロボ。頚動脈を止めて落とすロボよ?」
 もう落ちてます、というか頚動脈どころか首グシャっと潰しましたよねアンタ。しかもそれでなんで生きてんだコイツ……唐突に復活し即倒れたドクターウェストと無表情なエルザを、死んだ魚の目で見るしかない一同。
 とりあえずコントは黙殺して、カガリとデュランダルはそのまま話を続ける。
「とにかく、ここまで言えばもう議長もお分かりでしょう?」
『……このウェスパシアヌスと言う男を含め、アンチクロス達は連合に与している可能性は高い、というわけですか。しかしその理由は一体? それに何故、同盟直前のオーブを襲うような真似を?』
「それは我々にもまだ詳しくは。しかし今問うべき問題はそこではありません……ザフト、ひいてはミネルバが連中と交戦する可能性が、十分に有り得るという点です」
 アンチクロスとそのMMの姿は結婚式を撮るはずだったメディアや現場に居合わせたジャーナリスト達の手によって、既に世間へ広まっている。デュランダルだけでなく、シン以外の現場を見ていないミネルバクルーも知るところだ。
 たった三機でオーブ艦隊を翻弄し、インパルスやセイバー、フリーダムを圧倒したその力。奴等とミネルバがもし真正面からぶつかれば──あまりいい予測は出来ない。
『──対アンチクロス戦力として、ティトゥス達を使えというのですか?』
「そうです、それが彼等自身の希望でもある。そしてドクターウェストの知識と科学力もザフトにとって有益でしょう……性格はまあアレですが。それに仮にMMを始めとする彼のノウハウをプラントが応用できるなら、独自での対魔術対策も立てられるかもしれません」
『おお! それは私は興味深……失礼、プラントにとって大きな利益となるでしょう。しかしオーブとしては、表向きとはいえ敵対するプラントに彼の技術が流出して構わないのですか?』
「その辺りは彼等の意思次第です。我が国に所属する科学者ならばともかく、フリーランスの人間が何処でどのように行動しようと、我々にそれを制限する権利はありません。それに、ノウハウを利用するのが貴国だけどは限らないでしょう?」
 暗に『既にこちらはノウハウを得ている』という意の発言である。挑発や脅しにも取れるこの発言は、実際は大嘘だ。確かに破壊ロボやオーガアストレイのデータはアメノミハシラに保存されているが、どちらも特殊すぎて実用には程遠い。ただ相手に魔導技術が伝わる可能性がある以上、こちらにも強みがあるという認識は持たせておかなければならなかった──少々敵意を買う危険があっても。
『なるほど……とりあえずこの件については十分に理解いたしました。結論はまだ出せませんが……』
 表面上は特に気分を害した様子のないデュランダルに、カガリ他オーブ関係者は小さく安堵の溜息を付き──次に告げられた言葉で、再び背筋に緊張を走らせた。
『では彼等の件はそれで良しとして、アスラン──いえアレックス君を、特使としてミネルバに同乗させ、更に通信回線を増設させる件についてお聞きしましょう』
 来たな、とカガリは気を引き締める。この件が今回の話し合いにおいて一番重要で、一番ややこしい話なのだ。アスランがミネルバに駐留できるかどうか、回線を繋げることが出来るかどうかで、オーブへの益は大きく左右される。
 今の自分の技量で出来るかは分からないが、やるしかない──決意を新たに、カガリは切り出した。
「はい。オーブとしてもプラントとしても、かなり際どい行為であるとは理解していますが、是非」
『ふむ……まず私が疑問に思ったことを挙げましょう。何故、オーブとザフトを行き来するのではなく駐留という形を取られるのか。何故、その駐留先がミネルバであるのか。そして何故、わざわざアスラン・ザラではなくアレックス・ディノが送られてくるのか……私にはそこが気になります』
 デュランダルが投げ掛けた疑問は、カガリの意図を測りかねる者全ての代弁であり……彼女が予想していたものと寸分たがわぬ問いだった。
 三点立て続けに疑問点を指摘されてもカガリは慌てる素振り一つ見せず、数週間前の彼女からは想像出来ない落ち着き払った声で、疑問に対し返答した。
「駐留と言う形を取るのは時間ロスを少なくするためと、我々の繋がりを隠すためです。連絡事項が出来る度特使を行き来させるなど非効率極まるし、更に接触の度に周囲の目を気にしなければならない。
 ならばいっそこちらの大使を駐留させ、彼を通じて情報を交換した方が都合がいいと考えます。通信では秘匿性の問題が残りますが、そこはオーブの技術を信じて頂きたい。暗号化やスクランブル用ソフトにはモルゲンレーテだけでなくアメノミハシラの技術陣、それにドクターウェストにも協力をお願いしています」
『なるほど。それもノウハウの一環、というわけですか』
「さて、どうでしょうね?」
 まだ復活していない■■■■を一瞥し、デュランダルがニヤリと笑う。カガリもまた薄い笑みで応じ、一歩も引かない。
『では次に、何故ミネルバなのですか? わざわざ最前線で闘う船に特使を駐留させるのは危険なのでは?』
「問題は我々の関係が公に出来るものではない、と言う点です。ザフト内でも極力知る者は少ない方がいい……FAITHの艦長が指揮を務め、議長の直轄に近いミネルバなら機密性は十分。議長自身が直接接触する機会を多いでしょうし、最前線で手に入る情報もまた貴重だ。何より、そう簡単に落ちる船ではないでしょう?」
『……そう言われてしまうとこちらは何も言い返せませんな。なあグラディス艦長?』
「え、ええ。代表の評価はありがたいですが、少々過大評価を受けている気がしますわ」
「謙遜しないでくれグラディス艦長。私もミネルバに乗っていたんだ、船やクルーの能力は信用に足ると確信している」
 突然話を振られ苦笑するタリアに、カガリは少しの気恥ずかしさも見せず言い切ってしまう。久方ぶりに表へ出た彼女本来の真っ直ぐな気質に、場の雰囲気がわずかに和む──が、次に発せられた声と共にその空気は霧散した。
「では、最後の疑問ですが……何故先日プラントに訪れたアスラン・ザラではなく、アレックス・ディノ氏を新たな特使として派遣なさる必要があるのですか?』
 モニターの向こう側にいる男から問われ、数秒カガリは答えぬまま沈黙を保った。部屋に居る全ての人間が固唾を呑んで見守る中、少女はゆっくりと口を開き、
「……アスラン・ザラという人物は、オーブに存在しないからです」
 ハッキリと、そう告げた。

 
 
 

「……なんですと?」
『言葉通りの意味です。オーブ国籍にアスラン・ザラなる人物は存在しない……先ほどは少し言い方を間違えました。アレックス・ディノを新たな特使にするのではなく、『元から彼が特使だった』ということです。議長』
 モニターの向こう側にいる少女の言葉を、デュランダルは理解出来なかった。
「何を仰られるのですか。現に先日、アスランはプラントへ訪れ、私と面会を……」
『こちらの記録では、プラントへ向かったのはアレックス・ディノとなっています。行政府発効の書類からシャトルの名簿に至るまで全て。そちらの記録もそうではないですか?』
「……確かに、こちらの入国名簿や面会記録でもアレックス・ディノとして処理されてはいますが……」
『確かに私はアスラン・ザラとは親しくさせてもらっていますし、先日は彼の名を使い議長にコンタクトを取ろうとしましたが、それは急を要したためです』
 この話題に入ってから完全な無表情となった少女は、深々とデュランダルに頭を下げた。
『そのせいで彼を含め、議長他関係者各位に多くの誤解や混乱を与えてしまったことについては、謝罪いたします。更にここで明言させて頂きたい。アスラン・ザラはプラントに籍を持つ人間であり、私個人はともかく、オーブ政府とは何の関わりもありません』
 デュランダルは、少女の言葉の意味を測りかねていた。ここまで強情に、アスランとオーブの関係性を否定する理由が分からない。素直にアスランを特使として駐留させるならある程度の問題はあれ、滞りなく話は進む。これではこちらに不快感を与えるだけではないか。
『……更に補足するのであれば』
 語り終えたはずの少女が、再び口を開く。その内容を聞き、
『アスラン・ザラはプラント国籍の人間です。よって、プラント政府が今後彼に対し、どのような行動を起こしたとしても、我が国が関与する権利はありません』
 全てを理解したデュランダルは、始めて驚愕らしい驚愕をその貌に映した。
「……それは、軍への復帰を要請したとしても、ですか?」
『無論です』
 そういうことかと、デュランダルはこちらを真っ直ぐ見つめる少女を改めて見据えた。
 彼女は『アレックス・ディノ』と『アスラン・ザラ』の二面性を利用したのだ。ミネルバにアレックスが駐留することは外部に知られてはならない……が、アスランが復帰し、ミネルバに派遣されただけというなら話題にはなるかもしれないが、誰も疑問は挟まない。そして必要な場面──オーブとの関わりがある時だけ、アレックスに戻ればいい。
 そしてこれにより、アスランという貴重な戦力をミネルバに組み込める。恐らく己の復帰が期待されているのを、アスランがカガリに話したのだろう。駐留先にミネルバを推したのもそれを見据えてのことか。
「……アレックス君は、それで構わないと?」
『それがオーブの望みであるならば。覚悟は出来ています」
 なんということだ。アスランもそうだったが、自分は目の前の少女までも見誤っていた。
 否、もはや少女ではない。ここまで語ってきたきわどい政治的判断の数々に、感情を抑え理論的に対話を行える交渉力。最高評議会議長である自分に一歩も引かない度胸に、何より相手を引きこむそのカリスマ。
 ──彼女こそ間違いなく、ウズミ・ナラ・アスハの娘──オーブの獅子の子だった。
(やれやれ、本当に私は人を見る目がないようだ)
 確固たる意思をまざまざと見せ付けられ、デュランダルは自嘲げに笑った。

 
 
 

(上出来だ、カガリよ)
 デュランダルと互角の対談を続けるカガリを見て、ミナは満足そうに笑った。端々にまだ未熟な面も見えるが、今の彼女に直情で突き進むだけの子供の姿は全くない──少なくとも、表面上は。
 横目で見るとユウナやトダカが彼女の立派な姿に感動しており、トダカに至っては今にも涙しそうな勢いだ。分からないでもないがと苦笑しつつ、ミナはホゥ、と優雅に安堵の息を吐き出し……すぐ顔を引き締めなおした。
(これで大方問題は片付いた、後はこちらでフォローすれば……いや、まだ一つあったな)
 彼女の予想は、すぐに現実のものとなりデュランダルの口から飛び出した。
『アスハ代表、もう少し聞きたいことがあります。あのアークエンジェルとフリーダムについてです』
 その二つ、特に核動力搭載のフリーダムが、オーブにとって最大の泣き所だ。完全にユニウス条約違反の機体であり、それをオーブが──それもカガリが独断で修理を命じたとあっては、大問題である。
 故にカガリやユウナ、ミナは協議の末、真実に大幅な嘘を練り込むことを決断した。
「……それが、私にも分からない所なのです。白状しますと、オーブは全大戦終結後、連合の脱走艦であるアークエンジェルクルーの亡命を許可したのです。そして接収したアークエンジェルとフリーダムは、即刻解体、廃棄した……その筈でした」
 陰のある表情で俯くカガリ。それが演技ではなく、自分のために弟や仲間を貶めていることから来る罪悪感によるものとは、知る者しか分からないだろう。
「アークエンジェルが出現した地域を捜索したところ、オーブ辺境の無人島の地下に、戦艦用のドックが発見されました。既に放棄されていましたが、どうやらここでアークエンジェルとフリーダムの修復が行われていたようです……同時に亡命していたアークエンジェルクルーの何人かが、行方を眩ましているのも分かりました。おそらく……彼等がアークエンジェルを使い、私を誘拐しようとしたのだと……思います」
 悲痛に歪めた顔を顔で隠す。傍目には完全に、仲間に裏切られた哀れな姫気味にしか見えないだろう。実際攫われかけた時点で裏切られたも同然ではあるが、それを利用しているなどとは誰も気付かない。
『オーブは一切関与していないと仰るのですか? 単なる市民に戦艦やMSを修理し、秘密裏にドックの建造など出来るものでしょうか?』
「……ある人物の力があれば、おそらく可能だと思います。彼女を支援する人々は数多い……この場で名を明かすことは出来ませんが、それは議長もお分かりの筈です」
 そう言われてデュランダルは押し黙る。彼女とは言わずもがな、ラクス・クラインのことだ。未だプラントのクライン派や各組織に所属する多くの人間が彼女を支持し、それが『ファクトリー』や『ターミナル』という未だ謎の多い組織となっているのは事実なのだ。実際あのドックの建造には、彼等も一枚噛んでいる。
 だがプラントで影武者を立てた手前、デュランダルはそれをここで追求する事が出来ないのである。
『……では、何故彼等は代表を攫おうと考えたのでしょう? そしてオーブは今後、彼等に対しどのように対応なさるおつもりですか?』
「おそらく連合との同盟に反対だったのでしょう、彼等は連合に裏切られた末脱走した人間ですから……しかし私を攫っただけでは何の解決にもならないし、そもそも彼等の行いは犯罪であり、決して許されるものではない。今までうやむやになっていましたが、オーブはアークエンジェル、そしてフリーダムを全世界に指名手配するつもりです」
 これが、オーブの決定。戦力としては十分危険な存在で、何より同乗しているラクスの影響力は規格外だ。何か行動を起こす前に確保──もしくは文字通り『切り捨てなくては』ならない。
 カガリは一度アスランの方向を向き、告げた。
「それと……アレックス・ディノに命ずる。もしミネルバ駐留時にアークエンジェルを発見した場合、投降するように説得を行え。もし従わない場合は武力をもってしての逮捕を……場合に、よっては……」
「……心得ております、代表」
 恭しく一礼するアスランに、カガリは暗い表情のまま、小さく頷いた。
「この件はプラントにも協力をお願いしたい。アークエンジェルを見つけたら投降を呼び掛け対応するか、もしくはオーブに連絡を。万一ミネルバと接触した場合は、アレックスの行動に便宜を図って欲しい」
『勿論です、彼等を野放しにしてはおけませんしな……しかし、オーブ軍は動かないのですか?』
「……正直、動けないというのが現状です。先の襲撃での被害状況はかなり大きいですし、何より──」
 カガリの表情が悔しげに歪む。これは演技ではなく、本心からの表情だった。
「──じきに連合から兵力を派遣するよう催促が来るでしょう。それを引き伸ばす為にも、極力兵力は隠しておきたい」
 重苦しい沈黙が降りる。デュランダルが、少しトーンを落として聞いてきた。
『……分かってはいました、もはや避けられぬと。しかしやはり、オーブは連合と結ばざるを得ないのですね』
「ええ、あの襲撃で結婚式こそ白紙になりましたが、それだけのこと……現状は何一つ、変わっていない。我が国には圧力も、軍事力もはね退ける力はない。プラントと結ぼうとも、我が国を守ってくれるほどの戦力はない……そうでしょう?」
 無言は、肯定の意。例え裏でどれだけ親睦を深めようとも、いつか戦うかもしれない……それが、運命。
「……もし、オーブと闘うことになっても、躊躇の必要はありません。我等が敵対するのです、ザフトが我々に手心を加える必要はない。兵達もそれは覚悟して──」

 

「──ふざけるな!」

 

 怒号が、部屋に響き渡る。視線が一気に一人の少年に集中する。
(やはりこうなるか……カガリの予想通りだな)
 憤怒の表情でカガリを睨みつける赤い目の少年……かつてのオーブの決断、その負の面を一身に受けた、オーブの民。カガリが彼にどのような対応をするか見極めるため、ミナはしっかりと状況の推移を見定めていた。

 
 
 

「勝手なことばかり言いやがって! アンタが不甲斐ないからこうなったんだろうが!そっちの都合だけプラントに押し付けて、闘う時は手加減はいらないだって? 舐めてるのか!」
「ちょっとシン、何言い出すのよ!」
「よせシン、ここが何処だか分かっているのか!?」
 シンは我慢がならなかった。やはりアスハは何の力もない、自分達のことしか考えてないヤツなんだと、憎しみに汚染され、歪んだ思考はそう結論した。身体はルナとレイに抑えられたが、口を付いて出る憎悪は止まらない。
「結局アンタは自分以外がどうなろうと知ったこっちゃないんだ! あの時オーブを攻めた地球軍と同盟なんてして、そのせいで誰が苦しむと思う!? 俺達ザフトやオーブ軍の兵が死ぬんだぞ! アンタの身勝手のせいで! 今までだってアンタ達アスハの身勝手で、どれだけの人が犠牲になったのか分かってるのか!?」
「アワワワワ、シンちょ、おま、なんてことをおぉ!?」
「シン、よしなさいっ! ルナマリア、レイ! この馬鹿をどうにかなさい!」
「構わない、グラディス艦長」
 アーサーは顔を青くし、激怒したタリアが叩き出すよう指示を出す。しかしそれを留めたのは、暴言を受けているカガリその人だった。
 そんな周りの声すら耳に届かぬまま、シンの怒りは留まることなく燃え続ける。
 理念の為に国を焼いた。理念のせいで家族は死んだ。それなのに、コイツは──!
「散々言ってたオーブの理念はどうした! 理念理念って、ずっと奇麗事ほざき続けて! いざ都合が悪くなったら簡単に捨てるのか! なら最初から理念なんて語るな!
 何処までいい加減で身勝手なんだ、アンタ達は! こんな国、敵に回るって言うんなら今度は俺が滅ぼして……!」
 ドンッ! と大きな音が響き渡り、シンは身をすくませ口を止めた。視線が集中する中、デスクに手を叩きつけたカガリが、シンの目の前へつかつかと歩いていった。
 目の前のアスハを睨みつけ今にも飛び掛りそうなシンをレイとルナは更に力を込めて拘束するが、カガリがそれを解くよう指示した。レイは簡単に、ルナは不安気に渋々と拘束を解く。
「……憎いか?」
 たったの一言。カガリの発した言葉に、シンは一瞬ポカンとした。
「お前の家族を守れなかったオーブ、理念を優先し奇麗事ばかりを言うオーブ、国を焼いた連合と同盟してザフトの敵に回るオーブ──オーブが、アスハが憎いか?」
「……ああ、憎いさ! 俺達を見捨てたアンタ達アスハが、そんな連中がのうのうと生きてるオーブが、俺は憎い!」
 だろうな、とアスハは神妙な頷く。その悟りきったような顔が、シンの感に触った。
「お前の憎しみは当然だ、信じていた国に家族を殺されたも同然なんだからな……それは父ウズミの過ちであり、後を継いだ私が負うべき責任だ。いくら頭を下げようとも償いきれない。お前も許してはくれないだろう」
「あ、当たり前だ!」
「だが、それを全て承知した上で、ハッキリ言わせてもらうぞ」
 カガリの眼が、真っ直ぐシンの顔を見据える。そこに宿っている強い意志の光に、シンはたじろいだ。
「……二度と、同じ事は起こさない」
「な……」
「もう絶対に、一人たりともオーブで平和に暮らす民を殺させはしない。誰にも、相手が連合だろうとザフトだろうと……例えお前でもだ。そのためなら私は何でもやる。土下座し、泥を被り、他人を偽り……命を奪う。兵を使い捨て、他国の兵や民を殺し、友人知人を利用し──そして、私の血も流そう。いくらでも」
 口が開かない。さっきまで流れ出るままに罵声を吐いていた口は痺れ、言葉を紡ぐことが出来ない。
「理念も国の威信も、国民を守ることが何よりの大前提──それが私の考えだ。今の理念の全てを否定はしない。だがそれを理念が阻むなら、私はそれを捨てる……いや、より良く変えてみせる!
 それが守れなかった者達への償いであり、私が背負うべき責任であり、罪だ──全てを背負う覚悟は出来ている。私は、闘う」
 シンはもう、何も言えない。自分が圧倒されていることを必死で否定するが、身体は動いてくれない。
「既に失ってしまったお前は、納得はいかないだろう。どうしても許せないというなら……私を殺せ」
 突然の言葉に、驚愕がシンを含む全員に広がった。それはたった今まで平静を保っていた、ユウナ達オーブの人間も同様で。
「罪には問わせない、オーブの代表として誓う。だが、お前には責任を負ってもらうぞ……オーブに、私の言った考え以上の結果を出してもらう。それが残った者の背負うべき使命だ──覚悟があるなら、やれ。出来るなら私は喜んで命を差し出そう」
 胸に手をやり目を瞑るアスハを見て、激しく動揺するシン。体中がガタガタ震える。

 

 ──そんな、俺はオーブの事なんて……どうすればいいかなんて、俺には──

 

 撃てるわけがないと、頭は最初から分かっている。自分の手で殺すなんて許されない、出来る筈がない。
 しかし、シンの心の奥底で、暗く甘い毒が蠢き、噴き出る瞬間を待っているのもまた、事実。

 

 ──何を躊躇してる? 憎いんだろう? オーブが、目の前のアスハが憎かったんだろう、お前は!

 

「俺は、俺は……クソ、クソッ、クソッッ! クッソォォォォォッッッ!」
 シンの手が震えを無理矢理押さえつけ、護身用ナイフを取り出そうと懐に入れられ──
「……やめておけ」
 その手を、何時の間にか詰め寄った男の手が止めた。
「ティトゥス、さん……」
「敗れた者の足掻きは、惨めだぞ」
「……っ」
 ティトゥスの深い諭すような声に、シンはただ俯き……カガリから逃げるように、後ろへと下がった。
「……ま、まあその流れる血を少なくすることが、ボクらの使命でもあるんだけどね」
 額に浮かんだ大量の冷汗を拭いながら、しどろもどろにユウナがフォローを入れた。
「そっちにはアレックスが行くわけだし、事前に連絡さえ取れれば戦場でもうまく立ち回れるでしょ。それにこっちも早々連合に従ったりはしないさ、せいぜい焦らしてあげるよ」
『そうは仰られますがユウナ氏。下手なことをすれば同盟自体が危ぶまれるのでは?』
「心配は無用だ」
 デュランダルの問いへの答えを、ミナが引き継ぐ。
「我がオーブ軍最高司令官として本国に復帰する。それだけでも連合への牽制にはなるだろう。アメノミハシラの力は連合もよく知っているからな……議長も存じていよう?」
 ザフトも散々手こずったのだからなと言外に込められ、デュランダルは苦笑する。
 シンから離れ、再びデュランダルと向き合ったカガリが、告げた。
「そして最も流れる血を少なくする手段は、終戦。議長、オーブは今後連合の内部で同じく同盟を受諾せざるを得なかった各国家、及び大西洋連邦の非主流勢力と接触し、連合全体の流れを終戦の方向へ持って行くよう動きます。連合に反発を持つ国家は少なくない、有効な手段となる筈です」
『……連合を内部から変えていくと仰られるのですな』
「そうです。そして敗戦色が濃厚となれば必ず、ザフトと接触し停戦に持ち込もうとする国家が現れ、増えていくでしょう……それらの国家との交渉の機会は、オーブが取り付けましょう。だがそのためには、ザフトには勝ってもらわなければならない」
 カガリは深々と、その頭をデュランダルに大して下げた。
「議長、一刻も早い終戦のため、平和のために……我々に力を貸して頂きたい」
『……顔をお上げください、アスハ代表。オーブの覚悟、しかと見させて頂きました。こちらからお願いしたい。表沙汰には出来ぬとも、共に戦いましょう。平和のために』
 今度はデュランダルが頭を下げる。それと同時に、誰かが拍手を上げた。拍手は伝播し、やがて大きなものへと変わっていく……一瞬ギターのやかましい音がしたが、鈍い音と共に止まった。
 ──オーブとプラントの今後の未来を大きく左右することとなる協力関係はこの時、結ばれた。

 
 
 

「なんか、とんでもないことになったわね」
 トダカの車に送られミネルバの前まで戻ってきたルナマリアは、呆然とそう呟いた。未だに先ほどの話のスケールの大きさに、理解が追いついていない。
「魔術とか裏取引とか議長がオカルトマニアとか、正直ワケ分かんないわ……あ、でもアスランさんがミネルバに来るのはちょっと嬉しいかも。メイリンにも教えてあげよ♪」
「ミネルバの中ならいいが、あまり外でその手の話をするなよルナマリア。俺達は……いや、ミネルバはかなり危ない機密を背負うことになったんだからな」
 淡々と釘を刺すレイに、はいはいと不真面目に答えるルナ。しかしその気の抜けた顔も、後ろからトボトボ歩いてくるシンを見ると複雑になってくる。
 細かい打ち合わせは、まだ行政府で行われている。しかし彼等三人は見事に追い返されることになった。シンを呼んだ目的は果たされたということと、これ以上は本気でヤバイ最高機密に関わるためという理由からだ。
 帰り道の間、シンはずっと悔しげに顔を歪めていた。憎きアスハにあそこまで言われて、自分は何も言い返せはしなかったのだ、当然だろう。時折震えていたのはあの暴言のせいで、タリアの説教確実だからか。
「ねえシン、元気出しなさいよ」
「別に、元気がないわけじゃないさ……悔しいんだ」
 それを元気がないって言うんじゃ──そう言おうとしたルナの言葉は、シンが続けた言葉で止まった。
「ユニウスセブンが落ちてから、俺は全然成長してないってずっとイジイジしてたのに……何時に間にかアスハのヤツがあんなに色々考えてて、色々やって。イジけてた俺が、すごく情けなくて、悔しい」
 ルナは信じられなかった。始めてシンの口から、カガリへの『否定的でない』発言が出たことが。
「シン、あんたアスハ代表が嫌いだったんじゃ……」
「今でも嫌いだよあんな女! 我侭で偉そうで、好き放題言いやがって……けど、アイツが言ったこと、全部が全部間違ってたわけじゃないだろ」
 そう言ったシンの顔には、少し赤味が差していて。すぐさま慌てて、しどろもどろに言葉を続けた。
「べ、別に認めたわけじゃないぞ! 何時裏切るかも分からないんだ! その時は本当に俺があいつをぶっ殺してやる! そして俺があいつの代わりに平和に暮らしてる人を……この国の人達も、全員守ってやる! そのくらい強くなってやる! 見てろよ、アスハ!」
 勝手に一人で自爆した挙句自己完結し、シンはミネルバへと走っていった。それをポカーンと呆けた顔で見ていたルナマリアは、
「レイ、あれ……」
「ルナ、俺は前に言ったな。例えオーブが変わっても意味がない、シン自身がオーブを許せるほどに強くなるのか、憎しみの対象が消え去らなければ固定化されたシンの憎しみは消えないと」
 コクリと頷く。レイはシンの走っていった方向を見ながら、滅多に見せない優しい笑みを見せた。
「どうやらもう一つ手があったようだ。アスハが、オーブが新たな道を進んでいるという事実を無理矢理、強制的に認めさせるという荒業がな……とんだショック療法だが」
「……そっか」
 ルナは笑った。シンの憎しみが少しだけ、ほんの少しだけ小さくなったのが、ただ嬉しかった。

 
 
 

「し、死ぬかと思った……」
 所変わってオーブ行政府。休憩としてタリアとアーサーを一度退室させ、デュランダルとの通信を一時切った首長室で、カガリはチェアにどっと座り込み、背もたれに身体を倒して脱力した。
 ちなみにシン達赤服だけでなく、ティトゥス達にも一度帰ってもらった。今頃モルゲンレーテでオーガアストレイの調整中だろう……頭から何か垂れ流しながらエルザに引きずられていったドクターウェストが少し気になったが、気にしないことにした。
「カガリキミってコはバカァ! バっカじゃないのほんとにもう! これは策か!? ボクを心臓発作に陥れる為の罠か馬鹿!」
「う、うるさいユウナ! バカっていうほうがバカなんだぞ!」
「ユウナは少しハジケ過ぎだが、カガリ。本気で心配したぞ、あのアドリブは……ティトゥスがいなかったらどうなっていたか」
 アスランにも言われふくれっ面になるカガリからは、先程までの首長然とした態度は消えていた。いつもの直情で真っ直ぐなカガリ・ユラ・アスハその人だ。
 先程までの会話の三分の二くらいは、ユウナやミナが必死こいて仕込んだものだった。流石に首長としての自覚が付いてきたとはいえ、一日二日でそう人は変われるものはないのだ。だが度胸やカリスマはカガリ本人の持ち味であり、仕込んでいたとはいえあれだけ語れた以上、素質はある。
 それに、三分の一はカガリ自身の言葉なのだ。特にシンへ語った覚悟は、アスラン達の胸すら打つほど素晴らしいものだった──ただし、後半は本当に余計だとこの場の全員が思っていた。
「悪かったよ……最後の方は謝る。ただ、シンにはハッキリと、私の考えを伝えておきたかったんだ。
 それが私の責任だと思ったから……だからわざわざ適当に理由をつけてここに呼んだんだからな」
 カガリは本当に、真っ直ぐで直情で、単純だ。だがだからこそ、本当にやるべき事の本質が見えている。今まではただ目標だけに目が眩み、一人で先走って手段を取り違えていたけれど。
 なら、フォローしてやればいい。その為にユウナが、ミナが、そしてアスランがいるのだから。
「ミナ、これからよろしく頼むぞ。お前の力を貸してくれ」
「ああ、今の貴様には我が従うだけの価値がある。しばらくは我が手を貸そう……だが肝に銘じておけ。我等の敵は強大だ──連合、魔術師。そして最悪、神とも闘わなければならん」
「ああ、分かっている……さて、休憩ももう終わりだな」
 カガリがデスクに座り、両手を組む。アスラン、ユウナ、そしてミナ。信頼できる仲間が、彼女の傍らに立つ。
「もう、私は迷わない……オーブの民を守るためなら、例え神が相手でも戦い抜く。そのために……まずは戦争を終わらせる!」
 そして、世界を一つに──芽吹いた種と覚悟を胸に、彼女の戦いは幕を上げた。

 
 
 

to be continued──

 

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