Top > DEMONBANE-SEED_種死逆十字_第16話2
HTML convert time to 0.009 sec.


DEMONBANE-SEED_種死逆十字_第16話2

Last-modified: 2009-05-09 (土) 07:01:15

「ステラ……」
 ミネルバの医務室でベッドに眠るステラを、シンは痛ましげな顔で見つめていた。
 少女の手足はしばらくは拘束されていたが、今はもうそれらは取り払われている。だがそれは敵対心がなくなったというわけではなく、エクステンデッドとしての調整を受けられなくなったステラが衰弱しているためだ。
 ステラの身体は少しずつではあるが細胞の崩壊が始まっている。最初の頃は目を覚ますたびに暴れていたが、肉体を蝕む苦痛と疲労にその気力は徐々に失われ、数日たった今ではそんな余力もない。
 点滴や医療器具のチューブを体中につながれ、口元にマスクを付けられた姿は、重病人以外の何者でもない。医師達が出来うる限りの処置を施すも焼け石に水。心なしか眠っているこの時ですら、その表情は苦しみに歪んでいるように見える。
 そして彼女に、もはや自分や友人たちの記憶はない。
「ステラ……」
 シンは赤服の懐から取り出したものを、静かにステラの枕元に置いた。
 小瓶の中に収められた、小さな貝殻──ディオキアでステラがシンに送ったものだ。
「ごめんな……俺、君を守るって約束したのに」
 守ると誓った相手と、今まで自分は戦っていた。挙句彼女をその手にかけそうになり、今もまた危険な状況に巻き込んでいる。
「しかも俺、スティングやアウルとも戦わなきゃいけない……」
 現在ミネルバは増援艦隊と合流し、クレタ沖へと進路を取っている。その目的は、再度進軍してきた連合及びオーブ艦隊の撃破。前回の用にエスコート途中の遭遇戦ではなく、双方準備万端、真正面からの艦隊戦だ。
 その中にはおそらく、カオスとアビス──彼女の兄弟同然の存在であり、自分達の友人であるスティングとアウルもいるだろうことに、シンは暗鬱とした苦悩を感じずにはいられない。
 戦わずにすむなどという選択肢はない。自分はザフトの兵士で、そして彼らは連合の兵士なのだから。
 互いに、敵なのだから。スティングもアウルも──そしてもちろん、ステラも。
「くっ……!」
 目覚めないステラの寝顔から目を逸らし、シンは医務室から退出した。

 
 
 

「なあスティング、ここって前に何かいなかったっけ?」
 アビスとカオスが格納されたドック。そこに不自然に空いた一機分ほどの余剰スペースに目を向け、機体に乗り込もうとしたアウルはスティングに問いかけた。
「……なんでいきなりんなこと訊くんだ?」
「いや、なんかあそこにあったような気がして……それでまたいつもの落ち着かないっていうか、
 頭ん中がザラザラするみたいな感じがしてさ……イライラすんだよ」
 前回の調整から目覚めてから、アウルは頭の中でノイズが走るような感覚を頻繁に感じていた。鬱陶しい上に不快感があり、原因がわからないのもあり苛立ちばかりが募る。
「科学者連中、なにか調整しくじってんじゃねえかな?」
「気のせいだろ。俺も調整受けてるが、なんともないぜ」
 言葉どおり平然としているスティングに、アウルは憮然とした顔を向ける。
「なんなんだろ、ヤな感じだな……まあいいや。思いっきり暴れて気晴らししてやる」
「はしゃぐのはいいが、言ったとおり……」
「分かってるよ、ミネルバに手を出さなきゃいいんだろ? ちゃんと守るよ」
 時と場合によるけど──と内心でぼやきつつ、アウルはアビスに乗り込んだ。
「あの艦には散々な目に合わされてるんだ。このまま泣き寝入りなんでゴメン──!」
 再び走ったノイズ。今回はやけに強く感じた。不快感にアウルの表情が歪む。
「ウッゼェなぁ……! なんなんだよ、チクショウ……ッ!」
 吐き捨てながら、アビスを起動させて出撃するアウル。
 アウルは気づかない。記憶を描くキャンパスに塗り固められた白い絵具の下に、友と呼べる者達と遊ぶ自身の絵があることを。
 ──そして苛立ちによる心の揺れが、そのキャンパスにも伝わっていることに。

 
 
 

「来たか、シン」
 パイロット控え室に入ってきたシンへ、彼を待っていったアスランは声をかけた。
「アスランさんだけですか?」
「他の皆はもうMSで待機している。あとは俺とお前だけだ……少し、お前と話しておきたいことがあってな」
 少しだけ表情を引き締め、アスランはシンに告げる。
「あのエクステンデッド──お前の友人と、フリーダムについてだ」
 シンの顔が強張る。予想通りの反応。
「今回の戦いもオーブ艦隊がいる以上、またフリーダム達が介入してくる可能性は大きいだろう。
 そして連合からは、ほぼ確実にカオスとアビスが出てくる……その時、お前はどうするつもりだ?」
「どうする、って……」
「倒せるのか? 今のお前に彼らとフリーダムを」
 遠慮のない言葉で、率直に告げる。シンは顔を強張らせ、次いで睨みつけるような目をこちらに向ける。しかしそこから口を開こうとして、言葉を発することが出来ずそのまま押し黙ってしまう。
 アスランには確信があった──今の今のシンではフリーダム相手に仇を討つことも、そしてエクステンデッドを討つ事もできないだろう、と。
 今のシンではフリーダム相手に全力を出せないだろう。戦いによって生まれる奪う者と奪われる者の確執。それが更なる戦いを生み出し、人の心を憎悪に染めていく争いと憎しみの連鎖、その末路──それを知ってしまったシンは仇討ち、そして戦いという行動そのものに対し悩み、迷っている。
 そこに追い討ちをかけるかのように、友人との戦場での再開。ただでさえ迷っているというのに、知らぬとはいえ友人と殺しあっていた──これからも殺し合わねばならないという事実は、重すぎる。
 今のシンはメンタル的に全力を発揮できないどころか、能力を大きく低下させるほど不安定になっている。この迷いを乗り越えられさえすれば、人間としても兵士としても成長が期待できるが──
(一朝一夕で乗り越えられるものじゃない)
 自身もまたそうだった──故にアスランは、シンの苦悩を理解できる。
 だが、だからこそ──
「……シン、お前に教えておくことがある。フリーダムのパイロット──キラ・ヤマトは、俺の親友だ」
「なっ!?」
 驚愕するシンに、アスランは当然だろうなと思う。
 事情を知らない者にキラのことや自分との関係を明かすのは、これが初めてだ。主な理由は戦いから離れたがっていた当時のキラを、もう戦いと関わらせないためだった。
 しかしそれだけではなく、シンのようなフリーダムを憎む人間から親友である自分も恨まれるのではないかという恐怖もあったのではないか──自覚はなかったが、アスランは当時の自分を思い返して思う。
 だがそれでも、だからこそ自分は今シンに伝えなければ鳴らない──シンは知っておくべきだと、アスランは確信していた。
「月の幼年学校の頃からの友人だった。だが俺達は奇しくも前大戦の戦場で敵味方に分かれて再開し、殺しあった。最終的には同じ側について肩を並べることが出来たが……もしかしたら、どちらかがどちらかを殺していたかもしれない」
 実際一度は殺したと思ったんだがなと、自嘲気味に笑う。シンは困惑の表情で、言いたいことがあるのに言えないといった様子だ。
「どうして今になってそんなことを……っていう顔だな」
 表情から言いたいことを読み取り、アスランはその顔から感情を消した。
「シン。キラは、俺が倒す」
「っ!?」
「オーブに剣を向けたアークエンジェル、そしてキラ・ヤマトが駆るフリーダムの抹殺。それが俺に……アレックス・ディノに与えられた任務だ」
 シンは驚愕に次ぐ驚愕に目を見開き、震える口元からなんとか言葉を紡ぐ。
「どうして……どうして、あなたは……」
「どうして親友に迷わず剣を向けられるのか、か?」
 シンの視線を、アスランは真っ向から受け止める。
 友に剣を向ける──それは今シンの最も重い苦悩の一つだ。だから今それを成そうとするアスランを、シンは理解できないのだろう。
「簡単なことだ。俺には、それ以上に大事なものが──守るべき人がいる」
「守るべき人……カガリ・ユラ・アスハ……?」
「そうだ。俺は、彼女のために戦うと決めた。彼女と同じ道を歩み、彼女が道に迷うなら導き……そして彼女の道を阻もうとする存在があるなら、全て叩き潰す。たとえそれが、かつての親友であろうともだ」
 全てはカガリのために──それが根本にあるからこそ、自分は戦える。どんなことがあろうとも、他人には身勝手なエゴと見られようとも、それだけは絶対に変わらない。譲らない。
 まったく迷わないとは言えない。だがたった一つの信じるものために、迷いを振り払う事は出来る。
「……シン。お前にとって一番大切なものはなんだ?」
「え……」
「今のお前が何よりも、一番成し遂げたいと思うことだ。フリーダムを倒して仇を討つ事か? それともあのステラという娘や、連合にいる友人たちを助ける事か? ──今のお前に、絶対に譲れない何かはあるか?」
 アスランの問いに、シンは答えない。答えようとして、何も口から出てこない。それがもどかしいのか、握った拳や身体をかすかに震わせている。
 答えられないだろうな──と、アスランは苦笑した。
「……やっぱり、お前はよく似ている」
「え?」
 顔を上げるシンを、懐かしさと悲しみが入り混じったような笑みでアスランは見た。
「キラと戦っていた頃……友と戦うことや、何のために戦うのか迷っていた俺に」
 いつからだろう。シンの姿に、かつての自分を重ねるようになったのは。
 容姿はもちろん、生まれも性格も考え方もまるで違うのに、何故かその一挙一動が気がかりだった。
 今なら分かる──シンの姿は、本当に自分によく似ている。見た目や性格ではなく、その境遇や気持ちが。
 家族を失い、憎しみに駆られ、戦いを選び──生まれるのは後悔と迷いばかり。自分が何を望み、何のために戦うのかを見失い、その思いが更に自身を追いつめていく。
 そしてその果てに、かけがえのないものを失ってしまう──
「だからシン、お前は──」
『間もなく連合及びオーブ艦隊と接触する! 総員第一種戦闘配備に移行、パイロットはいつでも出られるように!』
 警報と艦長の声に言葉を遮られ、仕方ないとヘルメットを手に取るアスラン。
「話はあとだな……行くぞ!」
 シンの返事を待たず、アスランは控え室から出てセイバーへと走った。

 
 
 

 クレタ沖に展開した艦隊から、次々とMSが発信していく。
 連合の艦からはダガーLとウィンダム、オーブの艦からはM1アストレイ、ムラサメが飛び立つ。また一部の連合艦からは水中戦用のディープフォビドゥンや、改良型のフォビドゥンヴォーテクスが海中へと跳び込んで行く。
 対してザフトは海中の潜水艦からグーンやゾノ、アッシュが出撃、また浮上した艦からはザクやグゥル、新型空戦MSバビが空へと射出、展開していく。また海上艦の開発をほとんど行なっていないザフトは親ザフト国家から艦を買い付けており、それらを編成した艦隊からMSを出撃させていく。
「壮観という言葉が相応しい戦場よな……」
 この戦争が始まってから一、二を争う規模となるだろう海戦。空と海に展開する無数のMSを睥睨し、激しい戦の気配を感じながらティトゥスはコクピットで呟く。
 ティトゥスが駆るのは言わずもがな、オーガアストレイ。しかしその機体は今空を飛んでおらず、同時に海の中に潜水もしていない。
 オーガアストレイは海面に機体を【立たせ】、スラスターの推力で海上を前方へ疾駆していた。
 装備しているのはフォビドゥンストライカー。だがゲシュマイディッヒ・パンツァーを支えるアームは機体の左右ではなく下、脚部の方向へと伸びていた。ゲシュマイディッヒ・パンツァーも曲面ではなく平面──ディープフォビドンの原型機であるフォビドゥンのものに近い形状に変わっている。裏面を足底にピッタリと密着させた状態は、あたかも靴か下駄を履いているように見える。
 ウォーターストライダーモード──ゲシュマイディッヒ・パンツァーの出力を浮力へと転化し、形状に改良を加えて海上移動を可能にしたフォビドゥンストライカーの新システムだ。これによりオーガアストレイは海上でも地上戦に近い感覚で戦うことが出来、海中の敵にもストライカーを通常モードにすれば対応できる。空の敵相手は少々やりづらいが、空と海でストライカーを付け替える手間を考えれば些細な事だ。
「ウェストとユンに感謝せねばな……しかし」
 呟くティトゥス。有効な装備を獲ながら、その胸中にわだかまっているのは、不満。
 装備が変わり機体の力を引き出せるようになろうとも、自身の力そのものは何ら変わるわけではない。結局は己の腕が全てを左右するのだ。
「──雑念は捨てねばな」
 小さな、しかしどこか重苦しさがある、昏い呟き。
 両軍どちらからともつかぬ砲撃の音に、戦端が開かれた。大きく前進を始めたMS郡に呼応するように、ティトゥスは操縦桿を大きく前に倒す。
 オーガアストレイは全てのスラスターを噴かせ、海面に波を立てながら敵陣へと切り込んだ。

 
 
 

『ねえレイ、もしカオスやアビス……スティングやアウルが来たら──』
「ルナマリア、今はその話をするな。……前方に敵MSの編隊を確認した。援護してくれ」
 不安げなルナの声を遮るように、レイはエールカスタムのスラスターを噴かして多数のウィンダムへ接近する。
 その他のザクがグゥルに乗って飛行する中、単体で飛びかつ高い機動性を持つエールカスタムを見て戸惑いを見せるウィンダム。その隙を見逃すレイではない。
「戦場で動きを止めるなど、命取り以外の何者でもない!」
 ライフルの三連射が二機のウィンダムを撃ち抜いた。爆発に態勢を崩した一機が、バラージカスタムのスマートライフルに貫かれて撃墜される。別方向から迫る敵達へ、ブレイズウィザードからミサイルの弾幕が放たれる。編隊は散開するも数機が直撃を受け海上に堕ち、そうでなくとも四肢や武装を破壊され大きなダメージを受ける。
 追撃をかけようとしたところで、幾条ものビームが残った敵機を次々と貫いた。自機の後方から放たれたそれらにレイが振り向くと、そこにはグゥルに乗ったザクやバビ数機が陣形を組んで展開している。
「他の艦の部隊か……」
 単に援護しようとしたのか、手柄を掠め取ったのか。どちらにせよレイは気にしないが、少々気勢を削がれた感は否めない。彼らはMSの身振りで軽い礼を示し、そのままエールカスタムを追い抜いて向かってきた新たな敵隊と交戦に入ろうとする。
 だがその刹那、敵部隊の隙間を縫うように放たれたビームが部隊とエールカスタムを襲った。
「なっ……!?」
 レイは咄嗟に回避するものの、数機のザクやバビが撃墜、または飛行ユニットを破壊されて墜落していく。
 攻撃を仕掛けた張本人は、敵編隊の奥から飛び出した深緑の魔鳥。背中に積んだ二基のポッドから炎を噴き、高速で駆け抜ける機体が瞬く間に陣形を切り崩す。
「スティング……!」
 魔鳥──カオスはMS形態に姿を変え、スピードを落とさぬままサーベルを構えてエールカスタムに迫る。
 エールカスタムにビームトマホークを抜かせて、レイは迫り来る友の機体を迎え撃った。

 
 
 

「レイ! ……スティング!」
 エールカスタムとカオスの戦闘が始まったのを、ミネルバの甲板からルナも確認した。
 反射的に彼女はスマートライフルの銃口を掲げ、
(落とすの? あたしが、スティングを?)
 一瞬ルナが躊躇した直後、振動がミネルバを襲いバラージカスタムがよろめく。
『至近距離での魚雷の爆発を確認! 損害は軽微!』
『か、艦長! 敵機接近、浮上してきます!』
『ルナマリア、迎撃を!』
 タリアの言葉が早いか海面が大きく盛り上がり、水飛沫が甲板に飛び散る。その中から跳び出した水色のMSに、ルナは一瞬アビスの姿を幻視する。
「アウル!? ……違う!」
 現れたのはアビスではなく、連合のフォビドゥンヴォーテクス。水色の機体色と曲面構造のゲシュマイディッヒ・パンツァーはアビスに似ているが、バックパックを被った頭部はアビスと似ても似つかない。
「紛らわしいのよ、こいつ!」
 トライデントを構えて迫る敵機へ、ビームガトリング二門を向けるバラージカスタム。高速連射されるビームの飛礫は、前面に向けたゲシュマイディッヒ・パンツァーによって明後日の方向へと逸れていく。
 トライデントを左肩のシールドで受け止めながら、咄嗟にルナはスマートライフルを大きく前へと突き出した。フォビドゥンヴォーテクスが前方に展開した二枚の偏向装甲の隙間へ、銃口が入り込み、
「これだけ近ければー!」
 ルナがトリガーを引くと同時に、偏向フィールドの内側で放たれたビームがフォビドゥンヴォーテクスを貫いた。勢いを失った敵機はそのまま海へと落下、沈んでいく。
 直後新たな水柱が、バラージカスタムの後ろで上がった。また敵かとルナは身構えるが、水柱は壊れた機械や装甲の破片が混じる、MSが爆発して起きたものだった。それに気づくと同時に、グレーに塗られた球形のボディを持つMSが浮上してきた。海中の潜水艦から出撃したであろうアッシュだ。
「手伝ってもらっちゃったみたいね」
 バラージカスタムが軽く左手を振ると、答えるようにアッシュが長い爪を持つ腕を掲げ……その機体が、高速で飛来した実体弾によって貫かれた。一瞬頭を真っ白にしたルナを尻目に、連続する砲撃がミネルバの装甲を撃つ。
 すぐさま己を取り戻して砲撃が飛んでくる方向を振り向いたルナの眼が、海から覗く二門のレール砲を捉える。そして海面の向こう側にレール砲を背から生やす、水色の鯨に似たシルエットを視た。
 味方を屠ったその機体──アビスを見たルナは、様々な感情を綯い交ぜにした状態で叫んだ。
「ア、アウル……あんたぁ!」
 アビスと同じ左肩シールドの連装砲を乱射するバラージカスタム。炸裂弾の爆発の中、海から跳び出したアビスはMS形態に変形し、武装をバラージカスタムとミネルバへ向けた。

 
 
 

 襲い掛かるムラサメに、ライフルを向けるフォースインパルス。しかしビームは旋回するムラサメの側面を通り過ぎ、逆に放たれたミサイルが直撃しインパルスを揺らす。
 空中で素早く変形、サーベルを抜くムラサメにインパルスも剣を抜く。互いに刃を盾にぶつけ合った最中、後ろに回りこんだ別のムラサメのミサイルが背中に直撃する。
 衝撃に揺れるシンの視界の先でムラサメが再度変形し急上昇、その直後降下を始めたと思えば頭上から何発ものビームが降り注ぐ。咄嗟にシールドを掲げるが、フォースシルエットの翼一枚をかすめ揚力が僅かに低下する。更に後方から迫るもう一機。
「くそ……っ!」
 シンは歯噛みした。何とかしようにも思考が空回り、どう動くか考えるばかりで当の身体はまったく動かない。こんなに自分は弱かったのかと、自身の不甲斐なさを罵倒する。
 今のシンは敵に対して強く戦意を意識することが出来ない。戦わなければならないとは分かっている。争いを起こす者達への憤りも、決して消えたわけではない。
 しかしオーブに対しての煮え切らぬ思いと、今も仲間と戦っている二機のガンダムの姿が、シンに一歩を踏み出すことを躊躇させる。
 オーブのように信念を抱えて戦っている人達、そしてまた己の欲望のみを考えて争いを起こす愚かな人間に利用され、身体を改造された友人達。
 ──仕方ないから。敵だから。それだけの理由で、俺は彼らを殺さなければいけないのか。そして残された人間から──ステラから、ガルナハンの人達と同じ憎しみを受けるのか。
 そんな事のために、俺は戦ってきたわけじゃない。
「でも、じゃあ……!」
 ──じゃあ、俺はなんのために戦ってきた──?
 苦悩するその間にも、二機のムラサメはインパルスへと向かってくる。
 万事休すかと思われた中、どこからともなく放たれたビームがムラサメ二機の翼を撃ちぬいた。
 唖然とするシンの目の前を、青い翼を持ったMSが横切る。
「……っ! あ、あいつ……!」
 思考の内に、憎悪という名の劇薬が投じられる。
 自由の名を持つ暴威が再び翼を広げ、大天使を引き連れて戦場へと現れたのだ。

 
 
 

『キラくん戻って! ラクスさんもバルトフェルド隊長もいない今、迂闊な行動は──』
 機体へ迫る苛烈な攻撃の中、わずかな集中の乱れも命取りとキラはアークエンジェルとの通信を切った。
 ライフルを連射しグゥルを二機連続で破壊。レール砲がウィンダムの四肢を砕く。ビーム砲がバビの翼を抉り取る。
 ハイマット・フルバーストによる攻撃が、次々に陣営を問わずMSを無力化していく。
「オーブは、こんな戦いを続けてちゃいけない……!」
 悲痛な表情を浮かべながら、キラは敵機を撃ち落すためトリガーを引き続ける。
 先の戦いで連合と合流したオーブ艦隊が、戦力を整えてザフト領域に再侵攻を開始したことを知ったキラは、ラクスがいない今下手に動くべきでないというマリューたちの意見を退け、フリーダムで出撃した。
 強引に出て来た自分に、なし崩し的について来てくれたマリュー達には悪いと思う。だが、それでも自分はこの戦いを止めねばならない。
「僕達は、誰にも死んで欲しくないだけなんだ!」
 無駄な戦いで人が死ぬ。オーブが望まれぬ戦いに巻き込まれれば、カガリが悲しむ。
 ──ラクスはそんなこと望まない。だから、僕が止めてみせる。
 攻撃を続けながら、ラクスを思うキラ。その時視界の隅に、フルバーストを必死に回避し続ける機体を見つける。
 見覚えがある機体。前の戦闘やオーブで自分に迫ったザフトのガンダム──たしか、インパルス。
「おかしいな……?」
 そちらに意識を傾けたキラは、インパルスの動きに首を傾げた。
 これまでと違って、インパルスにはあまりにも覇気がない。無茶とも取れる迷いのない動きはまるで見られず、ただこちらの攻撃を必死で回避するだけ。それだけでも大した力量だが、危機感すら覚えたあの獣じみた印象は感じられない。
「けど、戦うっていうなら!」
 翼から展開したビーム砲を発射。大きく回避行動を取ったインパルスに、狙い済ませてレール砲を撃ち込む。
 手元を掠めた高速弾に弾かれ、インパルスがシールドを落とす。防御を失ったインパルスにフリーダムがライフルを向ける。
 連射して四肢を破壊しようとしたその時、不意に感じた悪寒にキラが視線を上げた。上方から迫る高出力ビームを、急速で回避。フリーダムの後方にいたウィンダムが、奔流に巻き込まれて爆発する。
 攻撃してきたのは長いニ門の砲身を掲げた、流線型の赤い機体──ザフトのセイバー。
「あれは……アスランなのか!?」
 砲身を背に戻して向かってくるセイバーを前に、キラは悲痛な叫びを上げた。

 
 
 

 ライフルを連射しながら、セイバーがフリーダムに肉薄する。ビームを素早く避け、ビームサーベルを引き抜くフリーダム。
「今のキラはコクピットは狙わない……攻撃手段を奪いにくる!」
 そう確信していたアスランはライフルを突き出すような形で、更にフリーダムへと迫る。フリーダムの振るったサーベルがライフルの銃身を切り裂いた刹那、セイバーは素早くフリーダムの懐に入り正面から掴みかかった。
「キラ、もう止めろ!」
 通信が接触回線でフリーダムと繋がった直後、アスランは激情のままに叫びを上げた。セイバーのスラスターが火を噴き、二機は態勢を崩しながら落下を始める。
『やっぱりアスラン! どうして君がザフトに戻って、こんなところに!』
「それはこちらの台詞だ! お前は、自分が何をしているのか分かっているのか!?」
 フリーダムがセイバーを無理矢理引き離し、態勢を立て直して上昇する。セイバーもまたフリーダムを追いかける。
 先ほど接触した間になんとか解析した通信コードをあわせ、アスランはキラへ叫ぶ。
「何故お前たちだけで勝手なことをした!? 何故カガリに手を貸してやらない! でなければ、ザフトにだって!」
『だってカガリは、オーブは連合と手を結んでしまったじゃないか! ザフトだって偽者のラクスを使って皆を騙して……今のカガリに協力は出来ないし、あのデュランダル議長って人は信用できない!』
「だからといってラクスを担ぎ出して、戦場に乱入していい理由にはならない! お前達の行動でどれだけの被害が出ていると思っている!? 俺の乗っている船……ミネルバだって、お前の攻撃で何人もの犠牲が出た!」
 セイバーが両手でサーベルを抜き放ち、フリーダムへと駆ける。フリーダムも二本のサーベルを連結し、二機のMSが空中で剣戟を交わす。
『僕達だって撃ちたいわけじゃじゃない! けどオーブは連合と組んで戦いに出て、それをザフトは討とうとしてる! 僕達は、オーブを討たせたくなんかない!』
「そのためなら、邪魔するものは全て討っても構わないとでもいうつもりか!」
 片や双剣を、片や両剣を振るう二機のMS。鋭い斬撃の応酬と、盾による防御をまじえたギリギリの回避を幾度となく繰り返す。その様はまるで、非常に高い完成度を誇る複雑な殺陣のようだ。
「今すべき事は、一刻も早くこの戦争そのものを終わらせることだ! 確かにそこに至るまでの戦いで犠牲は避けられないだろう! だが戦争自体が終わらなければ戦場の数も、戦いの犠牲になる人間の数も減りはしない! 仮にこの場での犠牲を少なく出来たとしても、戦争が終わらない限りオーブは戦いを止められない……お前達の行動が戦争を長引かせ、結局はオーブに害をなすことだとどうして分からない!?」
 全身全霊で叫ぶアスラン。だが、そのアスランの叫びに、
『……分かるけど……君の言うことも分かるけど……!』
 キラはまるで懇願するような、泣きそうな声色で叫び返した。

 

『それでも、それでもラクスはそれじゃダメなんだって……それでも僕達は、オーブを討たせたくないんだ!
 君だって、きっとカガリだって、本当はそう思ってるだろう!
 なのになんで、君もカガリも分かってくれないんだ!』

 

 アスランの思考はその時、一瞬だけ完全に止まった。
「……お前が、それを言うのか」
 失望の空虚さが、アスランの心の内を支配し──直後、憤怒の炎が一瞬にして大きく燃え上がる。
「お前が……今のお前が、カガリのことを分かった風に語るなぁぁぁ!」

 

 ──アスランの中にあった翠玉色の『種』が、轟々と燃える炎に炙られて弾けた。

 

 振り上げられた両剣の柄を、高速で振るわれたセイバーの横一閃が捉えた。連結した柄の片方が爆発を起こし、フリーダムがよろめく。
『えっ!?』
 キラの驚愕の声が通信機から聞こえる最中も、アスランの動きと思考は止まらない。虚ろな目で捉えたフリーダムへとサーベルを薙ぎ払う。
 均衡を破られたフリーダムは後退してサーベルを回避、ライフルを抜いて連射する。ビームをジグザグの軌道でかわしながら、セイバーは凄まじい速さで再びフリーダムとの間合いを詰めた。
「カガリが何をしているか、お前がどれだけ知っている! お前に……好き勝手しているお前に、オーブを守るために連合やザフト相手に苦心する彼女の苦しみが、少しでも分かるというのか!」
 連合と同盟を組みながら、ザフトとのパイプを保つ行為がどれほどのプレッシャーか。自国の戦力を侵略や弾圧に使われないため、連日の会議や厳しい交渉をどれだけ重ねているか。連合の内部でそのやり方を批判し、同志を募る事がどれだけ危険か──カガリのつらさや苦しみを、アスランは理解している。
 ──そのアスランにとってキラの発言は、決して許せるものではなかった。
 放った斬撃を、フリーダムがシールドで受け止めた。咄嗟にこちらに向けてきたライフルを、返す刀で破壊する。
「分かってくれないだと!? それはこっちの台詞だ! お前の行動が、カガリにとってどれだけ負担になっているか考えたことがあるのか!?」
 アークエンジェルとフリーダム──オーブから出現した彼等の行動は、少なからずオーブへと影響を
与えている。
 何故オーブにあんなものがある。どうして存在に気づかなかった。好き勝手されてオーブはただ指をくわえているだけか。実際はオーブが秘匿していたのではないか──真偽はともかく、そんな誹謗中傷の類は少なからず各国からオーブに、引いては代表であるカガリへと送られていた。悪意は悪評となり、各国やロゴスメンバーとの交渉にも影を落とす結果へと繋がる。
 その風当たりはダーダネルスでの戦いの後更に強くなったと、アスランは聞いていた。
「お前の行動がカガリを、お前の姉を苦しめている! なのにお前は、その責任すら全て彼女に押し付けるのか!  それが弟のやることか! どこまで……どこまで傲慢なんだ、お前は!」
『違う! 僕は、僕達は……!』
 あとずさるフリーダムに剣を振るうセイバー。右翼の一つを切り裂かれ態勢を崩しつつ、フリーダムは、セイバーへ残ったサーベルを抜いて切りかかる。
 向かってくるビーム刃にまったく引かぬまま、セイバーが凄まじい速さで剣を振りぬいた。フリーダムの手首が、サーベルごと眼下の海へと落下する。
「カガリを追いつめているのはお前だ! お前が……お前が今彼女に涙を流させているんだ! なのにお前は、それを知りもしないでっ!」
『……っ! アスラン僕は、僕はそんな……!』
「黙れっっ!」
 双剣を同時に振り下ろす。二本の光刃はフリーダムのシールドで受け止められ──限界を超えたシールドごと、左腕部を叩き切った。
「カガリを苦しめ続けるというなら……キラ! お前は、俺が──っっ!」
 両腕を失ったフリーダムのコクピット。そこを目掛け、セイバーは双剣の先端を突き出し──

 
 
 

「それはいけない、いけないなあ。今死んでもらっては困る、非常に困るのだよ」

 
 
 

「──っ!?」
 背に走った悪寒に、アスランは咄嗟に機体を後退させた。
 その直後セイバーとフリーダムの合間に、四方八方から放たれた何本ものビームの軌跡が通り過ぎる。
 アスランが周りを見渡し、そこにあったものに虚ろな目を見開く。
「こいつらは……!?」
 フリーダムとセイバーを囲むように、ダーダネルスで暴れまわった三基のドラグーンが宙を旋回していた。
 ドラグーンが一点へ集ま。何もない宙、その景色が歪んだかと思うと、
「あの機体は……例の魔術師の!」
 四本の足と逆さの上半身を持つ異形の機体──リジェネレイト・サイクラノーシュが、風景から浮かび上がるようにその姿を表した。

 
 
 

 空に滞空したウィンダムを、海面からフルブーストで跳んだオーガアストレイが一刀両断する。他の敵機が照準をこちらに向ける間に着水。海面を滑るようにビームの雨をかわしつつ、鎌居太刀・空を放って有象無象を斬り堕とす。
 オーガアストレイの周囲で海面が弾け、機体が浮き上がる。続けて立ち上った水柱から、オーガアストレイへ魚雷を放ったフォビドゥンヴォーテクスが跳び出した。
 トライデントを構えるフォビドゥンヴォーテクスへ、オーガアストレイは両手を刀ごと前に出し、
「──斬」
 オーガアストレイと擦れ違うフォビドゥンヴォーテクス──その全身に仄かに赤い無数の切れ目が走り、エンジンの爆発と同時に細切れとなって藻屑と消える。
 ウェスパシアヌスとの戦いで繰り出した魔剣紅桜。しかしあれから同等の威力を片腕で引き出すことは叶わず、両腕での連撃を繰り出す事で威力を近づけた不完全な魔剣、紅桜・重による攻撃だ。しかし両手で放ってなお、その威力はまだ完全な紅桜に及ばない。
「足りぬ……まだ、拙者は──!?」
 不意に感じる、かすかな魔術の臭い。それが急速に大きくなり、戦場へと蔓延していく。
 ザフト軍の方向で、落雷のような轟音が響き渡った。
 海中に潜行していた潜水艦が突然海面から飛び出す。直後その船体が真っ二つに裂け、二度と浮上できぬ海の底へと再び沈んでいく。
 潜水艦を貫いたのは、海中から生えた巨大な氷の山だった。登頂や表面に鋭く尖った棘を幾つも生やした氷山、その中腹に生えた一際大きな棘の上に立つ、重装甲の黒い機体。 
 怪異はザフトだけでなく、連合側にも起こっていた。艦隊からやや突出していた駆逐艦の両側面に二つの巨大竜巻が突然発生。合流し更に大きくなった竜巻の中心に巻きこまれた艦は艦首を九十度上へ持ち上げ、高速回転しながら風圧と真空波に蹂躙され、引き裂かれていく。
 艦の完全崩壊と同時に竜巻は消え、代わりに装甲を極限まで削ぎ落とした緑色の機体が浮遊していた。
 カラミティ・クラーケンとレイダー・ビヤーキー──現れた二機のMMは、魔術の輝きを発する両腕を大きく開く。
 水と風を司る外法が、この場に存在する全ての勢力へと無差別にその牙を向けた。

 
 
 

】【戻る】【