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DEMONBANE-SEED_種死逆十字_第17話1

Last-modified: 2009-06-17 (水) 21:33:33

「アスラン……なんで……なんで……」
 キラはアークエンジェルの自室に閉じこもり、キラは頭を抱えながらガタガタと身を震わせていた。
 アスランが自分を殺そうとした。だが最後には、自分を庇って殺された。
「どうして……どうしてなんだ……」
 前大戦でもアスランと殺しあったことはある。あの時は状況に流され続けた末、互いに友人を殺してしまった故の悲しいすれ違いだった。
 だが、今回は違う。アスランは確固たる意志をもってキラの命を奪おうとした。
「僕たちはカガリのために……オーブが争いに巻き込まれるのが、争いばかりの世界が間違ってると思ったから……」
 自分達の行動はカガリの害悪でしかないと、その剣を向けてきたアスラン。ウェスパシアヌスの介入がなければ、アスランの刃は確実にキラの命を奪っていただろう。
 にもかかわらず最後には、アスランは自分を庇ってその命を散らしてしまった。
 何故、こんなことになった? 何故アスランは僕を殺そうとした? なのになんで僕を助けた?
 分からない、何も分からない──
「……でも」
 たった一つ、キラの胸には確信に近い考えがあった。
 アスランは、僕を庇って死んだ。自分の行動が、自分の弱さが彼を死に至らしめた。
 ──アスランが死んだのは、僕のせいじゃないのか?
「あ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──!」
 嗚咽を漏らすキラ。悲嘆と涙で嫌な考えを押し流そうとしても、既に心に深く刻まれてしまった認識は消えない。
 どうして? なんでこうなる? 僕たちはただ争いを、悲しい現実を止めたいと願っただけなのに!
「助けて……ラクス……」
 今は傍にいない愛しき人へ、キラは救いを求める声を小さく呟いた。

 
 
 

「被害は総戦力の40%超、結果はうやむや……後味が悪いわね」
 他の指揮官クラスと協議を終えて、タリアは重たくなった身体を艦長席に沈ませた。
 戦闘を終えた艦隊は現在ジブラルタルへの帰路を取っており、ミネルバも艦隊と共に航行していた。平行して、戦闘で受けた破損の応急修理も行なわれている。
「ミネルバの損害が比較的軽微だったのが不幸中の幸い……とは言えませんね。優秀なパイロットと、友好国の特使を失ってしまいました」
 タリアの横でアーサーが陰りのある顔で言った。彼が指すのは当然、アスランのことだ。
 パイロットとして優秀なだけでなく面倒見の良い性格と公正な人格を持ち、秘密裏にオーブの特使という重圧の伴う仕事を毅然とこなしてきたアスラン。彼はクルーの多くから敬意と人望を集めており、その死はミネルバ全体に暗い影を落としていた。タリアにとってもアスランは信頼に足る有能極まる人物であり、彼を失ったのは艦長として、また一人の人間としても痛恨の出来事であった。
 そして彼がオーブの特使ということも、タリアの心労をより重いものにしていた。預けていた特使を失った当のオーブからは当然説明を求められ、現在クルーの一人がアスハ代表と通信を行なっている。
 アスハ代表が指定し、また自身もアスハ代表との会見を望んだ人物だ。内容いかんではザフトとオーブの関係に多くの変化が起こるかもしれないが……彼のこれまでの素行を省みて、タリアは大きな不安を禁じえない。
 深く考えても詮無きことと、タリアは手元に置かれたMSの修理状況が記された報告書に目を落とす。
 インパルスは予備パーツが充実しているので修理は問題なし。オーガアストレイは中破、エールカスタムは
小破ということで修理にさほど時間はかからないらしい。残念ながら大破以上の被害を受けたバラージカスタムとガイア、そしてセイバーはしばらく修復出来そうにない。
 そして報告書の最後に記された記述に、タリアは眉を寄せざるを得なかった。
「インパルスによる戦闘中の合体・換装シークエンスは機体損傷の早期回復手段としては魅力的ではあるが、その際に生じる無防備状態は撃墜のリスクを強く伴う。有効性は疑問視せざるを得ない……」
 エイブスによって書かれた警告とも取れるこの記述は、タリアにもよく理解できていた。先の戦闘で同行動を行なったインパルスは一度目こそ敵の不意を突いて再合体を成功させたが、二度目は合体時を狙い撃ちされレッグを失った。もしかしたらコアスプレンダーが落とされていた可能性も否定できない。
「非常時、もしくは安全が確保された時以外の戦闘中再合体は禁じたほうがいいわね……インパルスはあくまで実験要素の強い試作機だっていうことをすっかり忘れてたわ。利点と欠点は紙一重ってところかしら」
 タリアがぼやいたその時、小休止に入っていたメイリンに変わり通信を受け持っていたクルーが、艦長席へ振り返った。
「艦長、司令本部からの通達がデータで届いています」
「こんな時に何かしら? こっちに回して」
 艦長席のコンソールにデータが転送され、表示された文面をタリアの目が追う。
 文を読み進めていくほどに、タリアの目が徐々に釣りあがっていき……全文を読み終えた直後、コンソールに両手を叩きつけながら立ち上がった。
「……司令本部と通信を繋ぎなさい。早急によ!」
 怒気を多分に含んだ命令に、通信席のクルーだけでなくブリッジの全員が復唱する。
 多分に緊張を強いられた彼らの耳には、タリアの困惑した呟きは聞きとれなかった。
「どういうことなの、ギル……!」

 
 
 

第十七話 救いの代価

 
 
 

 ミネルバの通信室は、静寂に包まれていた。
 モニターで腕を組むのはカガリ・ユラ・アスハ。そして彼女と向かい合うのは、シン・アスカだ。
 二人は向かい合いながら、どちらも視線を合わしていない。カガリは俯きがちで、シンはそんな彼女から目を逸らしている。
 シンはたった今、アスランの死とその詳細をカガリに報告し終えたところだった。
『……謝っておいてくれ、か……本当にバカだ。あいつは昔から……』
 嘲るように口元を歪め、呟くカガリ。だがその言葉はアスランを貶めるものではないと、シンにはすぐ分かった。
 その身は震え、目には今にも涙が零れそうに潤んでいる──あの笑みは、自嘲の笑みだ。
『……シン。お前を呼び出したのは他でもない。アスランのことを聞きたかったのも確かだが……なによりもフリーダムのパイロットのこと、お前に教えておくべきだと思ったからだ』
「……キラ・ヤマト」
『知っているのか?』
 驚きを見せるカガリ。シンはアスランからその名を聞いたこと、キラがアスランの親友だったことや、戦いに関わる事になった経緯などを聞いていることを伝える。
『そうか、アスランから……だが、肝心なことはアスランも言っていなかったか』
「え?」
『キラ・ヤマトは……私の弟だ』
 シンは絶句する。それほどカガリの言葉は想像の範疇の外にある言葉だった。
 またお前に恨まれるな、と複雑な顔をしながら、カガリはシンに語り始めた。
 コーディネイター研究の権威ユーレン・ヒビキの実子。ナチュラルの姉とコーディネイターの弟という特異な双子。生まれてすぐ互いに別の親御に引き取られ、その事実を知らぬまま成長し前大戦の戦火の中で偶然再開。やがて自分達の血縁の真実を知った──全てを語り終えたカガリの表情は、疲れきっていた。
 なんとか最後まで聞き取りながら、シンは話の途中から混乱しかけた思考で必死で情報を整理していた。
(アスハとキラ・ヤマトが、兄弟? でもキラはアスハじゃなくて……それじゃカガリ・ユラ・アスハはウズミ・ナラ・アスハの本当の娘じゃ……血縁じゃない? でもアスハ代表はアスハとして責任を果たそうと……)
 脳内の人間関係相関図が音を立てて崩れ、再度組み立て、また崩れ──シンの思考が混乱のどつぼにはまり込む。彼を現実に引き戻したのは、カガリの一言だった。
『……すまない』
 え、とシンはモニターへ視線を向け、直後目に入った光景に度肝を抜かれた。
 カガリがデスクに両手を付き、頭もデスクに押し付けんばかりに深く下げていたのだ。
『私の血縁が、お前の仲間を傷付け、殺し……結果としてアスランの死を招いてしまった。いやそれだけじゃない、ザフトだけでなく連合や世界に刃を向けるテロリストが、私の弟なんだ……! どう詫びても許される話ではないのは分かっている、だがそれでも、私に出来るのは謝る事しか出来ない……すまない、シン……!』
「や……やめてくださいよ!」
 シンは狼狽しながら、反射的にカガリへと叫んでいた。
「謝られたって困りますよ! あんたに……あなたに謝られたって仕方ありません! 悪いのはキラであって、あなたじゃないんだ!」
 驚きと戸惑いに見開かれたカガリの潤んだ瞳が、シンに向けられる。シンは彼女を真っ向から見返し、頭の中の情報整理に努めながら、浮かんでくる言葉をそのまま口から紡ぎ続ける。
「そりゃ正直、全部が全部納得できてるわけじゃありません! でもあなたが……アスハ代表がキラと違って、本当にオーブの為に努力してきたことを、アスランさんを通して俺達を助けてくれたことを俺は、俺達は知ってます!」
 言いながら、シンは自分の言葉に驚いていた。あれだけ憎いと、許さないと思っていた女。家族をみすみす死なせたアスハの後継者。
 だが一昔前なら八つ当たりに近い罵倒をしているであろう自分は今、敬語まで使ってカガリを擁護している。彼女がオーブを守ろうとする決意を持ち、その決意を行動にうつし続けていることを、シンは知っているからだ。
 認めざるを得ない。目の前にいる人物を自分はもはや憎い仇ではなく、一人の敬意に値する存在として認識しているという事実を。
『けど、お前はそれでいいのか!? お前の目の前にいるのはお前の家族や、アスランを殺した男の姉だぞ!? それにアスランのことだって……こんな言い方はしたくないけど……あいつは結局フリーダムを庇った、ザフトを裏切ったも同様なんだぞ! そんな奴を派遣した女を信用できるのか!?』
 シン以上に、カガリはシンの態度に驚いていたのだろう。口調は崩れ、歳相応の幼さと脆さが浮き出ている。
 その慌てぶりを見て逆に冷静さを取り戻したシンは数秒沈黙し……そして、首を横に振った。
 目を伏せたシンの脳裏に、優しさを雄々しさを併せ持ったアスランの姿が蘇る。
「アスランさんを恨むなんてそれこそありませんよ。ショックはショックですけど、最後までアスランさんは俺達のことを思ってくれたことは確かですから……だからこそアスランさんが信じていたアスハ代表を、八つ当たりで恨むなんてこと、出来ません」
 嘘のない真摯な表情で、シンはカガリへと頷いて見せた。
 憎しみの全てが消えたとはいえない。でも俺は今、オーブを許すことが出来る。
 自分を支えてくれたアスランの存在と、オーブの代表として相応しい姿を見せてくれたアスハ代表のおかげだ──シンはそう確信し、感謝した。
 感極まったカガリの瞳から涙が溢れ、表情が歪んでいく。それを隠そうと顔を俯かせ、彼女は漏れそうになった嗚咽を呑み込んだ。
『……ありがとう』
 顔を挙げ、カガリは涙を流しながらシンへと笑いかけた。泣き笑いに近い引きつった、悲しみの陰りも消えていない不恰好な笑みだったが……それでもそこには、救われたものが見せるかすかな安堵が見て取れた。
『本当にありがとう、シン……!』

 
 
 

 通信を終えたカガリは、デスクに両肘をつけて顔を俯かせていた。通信を邪魔しないようデスクの脇に控えていたユウナがカガリに近づこうとしたが、一歩進んだところですぐ身を留めた。
「カガリ、まだ仕事は山積みなわけだけど……」
「ああ、分かってる。ロゴスのかなり上位の連中と話す機会が出来たんだろ? やるべきことはしっかり……」
「ちょっと前もって根回ししておきたい事があるんだ。そうだね……一時間ぐらい時間をもらえるかな」
 俯いた顔を上げ、驚きの表情でユウナを見つめるカガリ。ユウナはいつも以上に明るい笑みでカガリに言った。
「終わったら連絡するから、カガリはちょっとゆっくりしてて。ああ、身だしなみとか下準備はちゃんとしてよ」
 言ってすぐさま背を向け、退出しようとするユウナ。その背にカガリの声が掛かる。
「……すまない、ユウナ」
「何のことかな? ま、後でねカガリ♪」
 振り返らずに扉を開け、退出する。扉を閉めた瞬間、貼り付けた笑みを取り払ったユウナの顔に残ったのは、無表情。
 ──閉じられた扉の向こうから、カガリのすすり泣く声が聞こえる。
 シンに許されて、確かにカガリは救われた。だがそれでも、最も大切なものを失った空白は埋まりはしない。悲しみは、消えたりはしない。
 その悲しみの原因は──ユウナの顔が、怒りとも悲しみともつかないものに酷く歪んだ。
「アスランの馬鹿野郎……」
 何カガリを泣かせてるのさ。取られそうになったら奪い返すって偉そうに言ってたくせに。フリーダムを抹殺するんじゃなかったのか。ちゃんと仕事しろよ──浮かんでくるのは悪態ばかり。
 それなのに瞳から流れ出る熱い液体に、ユウナは手を顔に添えた。
「……友よ……!」
 数秒そのまま硬直した後、涙を強く拭って腕を振り払うとユウナは毅然とした顔で歩みを進めた。顔にはもう涙の後しか残っておらず、表情は政治家のそれに戻っている。
 今自分がやるべきことはカガリを全力でサポートすることだ。アスランの死を悲しむことでも、傷心のカガリを慰めることでもない。
 今ならカガリに自分を強く刻み付ける事も出来るだろうが、絶対にそんなことはしない。そんな弱みに付け込むような真似が出来るわけがない──彼女を手に入れるのは、全ての決着がついてからだ。
 それがアスランに対する敬意であるとともに、男としてのユウナの意地だった。
「絶対悔しがらせてやるからね……!」
 もう居ない友にそう宣言し、ユウナは自身の戦いの場へとその身を進めて行った。

 
 
 

「ほら、ちゃんと食べてよね!」
「うっさいな! なんでお前に世話されないといけないんだよ!」
 医務室にそぐわない騒がしい声に、入室したレイは眉を潜める。見ればメイリンが病人食を手に、ベッドに拘束された状態のアウルと言い争っていた。
「ほんと仲いいわよねえ。昨日は再開した途端片や大泣き、かたやオロオロするしか出来なかった二人とは思えないわ」
「「お姉ちゃん(ルナ)っ!」」
「……つかね、あたしも怪我人なんだけど。少しは静かにしてよね」
 すぐ横のベッドに横たわるルナにジト目を向けられ、メイリンとアウルは揃って身を縮こまらせる。特にアウルはルナを怪我させた張本人の為、かなり引け目があるのだろう。
「元気そうでなによりだ」
「あら、レイ」
「いよう」
 声をかけられて、ようやく三人はレイに気づいた。苦笑しながら三人に近づく。
「流石に窮屈そうだな。捕虜なのだから当然だが」
「そうなんだよ〜、これじゃゲームもできやしないっての」
「捕虜の立場考えればこれでもマシなほうよ。しばらくは大人しくしてんのね」
「そうそう。だからはい、あーん」
「だから、できるかそんなこと!」
 冗談めかしたやり取りの中に流れる、穏やかな空気。だがそれも、真剣な顔を作ったレイの言葉で霧散した。
「……ステラは、どうだ?」
 和やかな声色は一瞬で消え去り、重苦しい沈黙が医務室に降りる。
 無意識に、誰もが彼女の話題に触れることを恐れていた。
「やはり、芳しくないか」
「うん……先生たちも本国の医療データとかいっぱい調べてくれてるみたいなんだけど、
 どうにもならないって……」
 ステラは医療室の更に奥、簡易ECUに入っている。彼女の容態は非常に深刻な状態に陥っており、未だ意識すら戻っていない。医者達は掛かりきりになっているが、それでも状況は好転する兆しを見せていなかった。
「……仕方ないよ」
 苦々しく呟くアウルに、全員の視線が集中する。
「僕たちエクステンデッドは、定期的に調整を受けなきゃ生きてけない。ある程度の期間調整を受けないと細胞が崩壊を起こし始めて、そのままポックリってオチだ。脱走防止と、万一敵にとっ捕まった時データを解析されることのないようにする保険なんだとさ」
「酷い……」
「ホント、ヒドイ話だよ……僕も、いつまでマトモに動いてられるんだか」
 自嘲気に笑うアウルだが、その身体がかすかに震えているのが分かる。
「……どうせ死ぬんなら、戦ってるときに何も考えず死んでたほうが……」
「やめてっ!」
 アウルの言葉を叫び声が遮る。
「死んでたほうがいいなんて言わないで……もう、知ってる人が死んじゃうのは、イヤ……!」
 顔を俯かせふるふると身を震わせながら、泣きそうな声で呟くメイリンからアウルは罰が悪そうに視線をはずす。
「……メイリンの言うとおりだ。死んではなにもならない。大事なのは死ぬときまで、最後まで諦めずに生きることだと、俺は思う」
 レイは自身が感じた事を、正直に口にした。ルナは驚いた表情を見せたが、やがて頷くとアウルへ笑いかける。
「そうよ、まだ直らないって決まった訳じゃないんだから! ザフト脅威の技術力ならきっと何とかなるわよ!」
「……だといいけどね。ま、期待はしないけど。どうせ捕虜は大人しくしてるしかできないんだしさ……いつまでも泣いてるなよ、恥ずかしいな」
「なっ、何よ! 泣いてない、泣いてないもん!」
 おちょくるようなアウルの口調に涙目でメイリンが反論する。その様子をルナと見つめながら、レイは自身が口にした言葉を心の内で反復していた。
(そう、大事なのはどう生きるか……生きている間に何を、それだけ出来るかどうかだ。それが分かれば人は……)
 己の意志を再確認しながら、レイは今この場に流れる仲間との心地よい空気に身を任せていた。
 ……数分後、横で騒がれて我慢の限界に達したECUの医療スタッフから、四人は強く釘を刺されることになった。

 
 
 

「どういうことか説明してもらおうか、ウェスト」
 ティトゥスの静かな声に、オーガアストレイと繋がったコンソールを見ていたウェストが振り返る。
「ふん、そろそろ来る頃だろうとは思っていたのである」
 どこか不機嫌な顔でボリボリ頭を掻きながら、ウェストは射殺すような目を向けてくるティトゥスを見返した。
「ストライカーにあのような機構を施したなど、拙者は聞いておらん。何のつもりだ、あのような……」
 ティトゥスが言っているのは、緊急時に起動したフォビドゥンストライカーのアタックモードについてだ。
 本来自動制御のアームの手動切り替えと、偏向フィールドが停止している場合に使用可能な基部ビームサーベルの存在。ティトゥスはこれらの存在を全く知らされていなかった。
「別段たいした問題でもあるまい? 貴様が使いこなせぬようだったから言わなかった、ただそれだけの話である」
「何?」
「少し前にドリルストライカーのデータを取った際、言っていたであるな。『両手を使っているときにドリルの操作まで手が回るか』と」
 指摘されティトゥスは当時を回想する。思い返してみれば、確かに言は違えど似たようなことは口にした。
「本来アタックモードは腕部と連動して駆動するのが本来予定した構図だったのである。しかし貴様が文字通り手が回らぬと言うから、一応通常腕部との切り替え式と言う形で残すだけ残していたのである。どうせ教えたところで、貴様は使わなかったであろう?」
 ティトゥスは言葉に詰まる。確かに腕部が使える状態ならば、自分はわざわざ副腕を使いはしないだろう。
「ただ我輩にも不可解な点がある。オーガアストレイのプログラムに自動でアタックモードを起動するようなシステムを組み込んだ覚えはないのである。何故あの緊急時にシステムが起動したのか調べているのであるが……ええい我輩の作品について分からんことがあるなど我慢できぬのであーる!」
 ティトゥスのことを忘れたように背を向け、コンソールをやたらめっちゃら操作するウェスト。納得こそ出来ぬが一応筋の通った説明を聞き、苦虫を噛み潰したような顔でティトゥスはその場を去ろうとし、
「ティトゥスよ。貴様少々過去に拘り過ぎているのではないか?」
 背中から投げられた言葉に、足が止まる。互いに振り返った剣士と科学者の視線が交差する。
「貴様が何を考えているか我輩が分からぬと思っているのではあるまいな? 貴様が気に入らぬのはシステム云々ではなく、アタックモードがかつての貴様を思い起こすからであろう?」
 数秒の沈黙の後、ティトゥスが振り向く。その顔は様々な感情が交じり合い、不快とも哀愁とも取れぬ複雑な貌を作っていた。
 ウェストの指摘は的を獲ていた。ティトゥスがここまで感情を波立たせているのは、アームを操るオーガアストレイがかつての自分と愛馬──四本腕の剣鬼であった己と皇餓を思い出させたためだ。
 己の未熟を限界と履き違え、至らなさを人のみの限界と誤魔化し、弱さを捨てると偽って人から逃げた無様な過去。かつての自分を忌避しているにもかかわらず、人として未だ道を見出せぬ苛立ちに自分は同じ愚を繰り返している──そんな感覚に苛まれ、苛立ちを吐き出さずにはいられなくなったのだ。
「まったくくだらんであるな。貴様が忌避するのは人を止め、安易な道に走ったかつての己の無様さであろうに。オーガアストレイがどのような姿になろうがどのような武器を持とうが、それを操るのは貴様でありその貴様は人間であることは変わるまい。むしろ特性の選り好みはまだしも、機体に文句を言って性能を引き出せぬまま放置する事こそ貴様の言う『人間としての強さ』を否定しているのではないか?」
 言い返すことすら出来ぬまま、ティトゥスは愕然とする。
 自分の苛立ちは己の弱さに対するものだった筈。にもかかわらず今の自分は鬱憤をオーガアストレイに向けている──自身の弱さを棚上げし、感情のままに機体に苛立ちをぶつける──なんと無様な!
 フンと鼻を鳴らしてウェストは再びオーガアストレイへ向き直る。つられる様に、ティトゥスは己の軍馬を見上げた。
 黒鉄の侍は向けられた感情に反応することなく、悠然とその場に佇んでいた。仮面の顔に埋め込まれた瞳がただ前を見つめる様に、進むべき道を見失っている盲目な自身をティトゥスに連想させた。

 
 
 

「どういうことですか、これは?」
 タリアにカガリとの通信を報告しようとブリッジに入ったシンは、絶対零度の響きを持つ声にトラウマを刺激され硬直した。
 見ればモニターの向こうに立つ司令本部所属の白服を前に、タリアが無表情を向けていた。
『その台詞、そっくりそのままそちらに返させてもらいましょう。そちらの行動にはかなり問題があるとお分かりではないのですかな?』
 タリアの冷気を感じないのかそれとも意に介していないのか、モニターに映る司令本部勤めの白服は正しく慇懃無礼といった口調で告げた。
『アビスを鹵獲したのは先の戦闘ですので、十歩譲って報告されていないのはまだ分かります。ですがそれより以前にガイアを捕らえておいて、何故報告しなかったのですか?』
「ガイアを捉えたのも作戦の直前です。無為な混乱を呼ぶだけと考え、報告を控えていただけです」
『ふん、ならばしっかりと管理しておいて欲しいものですな。ガイアが戦場に出たのは確認できているのですよ?』
「捕虜として捉えたパイロットはしっかりと拘束しています。ガイアに乗っていたのはあくまでわが艦のクルーです。非常時とはいえ無断でガイアを使用したことについてはお咎めを受けても仕方ありませんが」
 このような事態は想定していたのだろう、タリアはのらりくらりと追及の手をかわす。だがそれでも、圧倒的に不利な状況は変わらなかった。
『……ともかく、ジブラルタルに着き次第捕虜の身柄は引き渡していただきます。貴重なエクステンデッドのサンプル、せいぜい死なないように管理していてください』
 シンは自身の顔が強張るのが分かった。これまでの話の経緯から言っても、捕虜の身柄という言葉が指すのは当然、ステラとアウルしかいない。
「くっ……」
『当然ですが、拒否することは出来ませんよ。FAITHとはいえあなたにそこまでの権限はありませんし、何より──』
 歯噛みするタリアに、勝ち誇ったように白服は告げる。その言葉に、シンは崖から突き落とされたかのような錯覚を感じた。
『通達の最後に示してあった通り、これはデュランダル議長直接の命令なのですから』

 
 
 

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