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DEMONBANE-SEED_種死逆十字_第19話1

Last-modified: 2009-12-04 (金) 23:10:43

 地面以外何もない──本当に何もない平原に足を付け、二体の巨人が刃を交えていた。
 アロンダイトを掲げたデスティニーの薙ぎ払いが、一歩下がったオーガアストレイの胸先をかすめる。返礼とばかりにオーガアストレイが振るった横薙ぎの一閃を、デスティニーはすぐさま間合いから飛び去ってかわす。
 間合いを取り合い、探り合いながら、デスティニーとオーガアストレイは向かい合う。デスティニーが攻め、オーガアストレイが捌き、再び離れる。既に数十分、そんなやり取りが幾度となく繰り返されてきた。
 アロンダイトを両手で正眼に構えたデスティニーの眼前で、双刀を大きく広げるオーガアストレイ。威圧されるようにデスティニーがかすかに下がった瞬間、オーガアストレイが踏み出す。交差した刀の切っ先。一瞬で間合いを詰めて迫る。
 デスティニーは構えたアロンダイトを振り下ろさない。更に一歩引きながら、アロンダイトを『手放す』。
 突き出された刀にアロンダイトが弾かれる。同時にデスティニーは両手を肩に伸ばし、突き出た突起を引き抜いた。突起の反対から短めのビーム刃が伸び、くの字を作る。デスティニーに装備されたビームブーメラン──手に持ってビームサーベルの代用とすることも出来る武装。
 アロンダイトは威力こそあるが、間近まで詰め寄られては使い勝手が悪い──ならばアロンダイトに気を引かせておいて、取り回しの利くブーメランを使うべき。デスティニーは引き抜いた勢いをそのまま乗せてオーガアストレイに切りかかる。
 右手の繰り出した横一文字を、オーガアストレイはかがんでかわした。流石の瞬発力だが、ビームの刃が左手の刀を捉えた。コーティングされた刃は一瞬だけ耐えるが、すぐさま赤熱して焼き切られる。
 デスティニーは間髪いれず、頭上から左手を振り下ろす。回避は不可能、確実に仕留めた!
 ──確信は、直後に武器ごと破壊された。オーガアストレイは右の刀を上へ放り投げ、手首から飛び出したアーマーシュナイダーを逆手に掴んだ。短刀がブーメランの柄を打ち砕き、ビームの刃が霧散する。
 唖然とする間にも、ナイフの切っ先がデスティニーに向けられる。即座に頭部バルカンを連射。低威力だが非PS装甲のオーガアストレイには効果があり、わずかながら間合いが開く。踏み込めば零になる程度のわずかな間。
 今度こそ確実に決めなければ──デスティニーは壊れたブーメランを投げ捨て、掌を広げる。必殺の一撃、パルマ・フィオキーナの構え。
 ジェネレーターにエネルギーが集まっていく──わずかな時間が、勝負を決めた。
「……っ!」
 オーガアストレイが、跳んだ。顔を上げるデスティニーの視界に、落ちていくアーマーシュナイダー……そして先ほど上に放り投げた刀を掴むオーガアストレイが映る。
 驚きに動きを止めたデスティニーに自由落下してくるオーガアストレイ。下に向けられた刀の切っ先がデスティニーの装甲の隙間を捉えた。掌を向けた腕を斬り落とし、返す刀でコクピットに入り込む。
『一撃で仕留めることに拘り過ぎたな。右手に残ったブーメランでも十分に深手を狙えた。いかに隙を少なく、かつ決め手を打ち込めるか……この判断は経験を積み覚えてゆくしかない。精進せよ』
 その声とともに、世界がブラックアウトした。

 
 
 

第十九話 残夢の終わり

 
 
 

「……っはあ!」
 デスティニーのコクピットから降り、シンがヘルメットを脱ぐ。髪の毛から汗が滴り、口は荒い息を吐く。パイロットスーツの胸元を空けても暑苦しさはまるで消えない。意識にかかったもやを、頭を振って振り払う。
「シン、大丈夫?」
 ルナが駆け寄り、シンを支える。礼を言いながら、シンはゆっくり呼吸を整える。
「荒削りではあるが、立ち回りに幅と柔軟さが出てきた。確実に腕は上がっている」
 デスティニーの隣、オーガアストレイのコクピットから出てきたティトゥスが歩いてくる。
「だが、その程度で疲れ果てているようではまだまだ。体力の配分を考えるのも戦士の仕事だ」
「は、はい……」
「でもティトゥスさん、さすがに一時間ぶっ通しであんなことしてたらへばりもしますよ。その前に一度あたしともやってますし……休憩も必要だと思います」
 ルナのやや批判の篭った言葉にティトゥスは表情を緩め、考える素振りを見せる。
「確かに、根を詰めすぎた感は否定できぬか。少し休むとしよう」
「分かりました……暑……」
「シン、どこ行くの?」
「ちょっと甲板に出て涼んでくる……」
 ふらつきながら格納庫を出て行くシンを、ルナはため息をつきながら見送った。
「元気になったのはいいけど、張り切りすぎよ。あんなになるまで……」
「ふ、そういうお主も手加減無用という勢いでいたではないか。弾幕にさらされていたシンは必死だったぞ」
「そ、それは……」
 自分とシンの模擬戦内容を楽しげに言うティトゥスに、ルナは苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。
「だって……シンが本気なのが、分かりますから。レイもいないんだから、あたしが全力で応えてあげないと。
 そうじゃないと特訓になりませんからね」
 ルナが照れくさげに笑う。ティトゥスが口元に薄く笑みを浮かべ、
「えええええいイッカアアアーーーーーーン! 納得いかん! のである! 我輩は大天才ドクタァァァァァ! ウェェェェェストっ! である!」
「博士、久々の出番だからってはりきらないで欲しいロボ」
 ■■■■の叫びが全ての雰囲気をかき消した。

 
 
 

「うっせえぞ! せっかくの新型なんだ、毎度毎度文句ばっか言ってるんじゃねえ!」
「フン! 確かに機体パフォーマンスに文句はないのである。出力、反応速度、パワー、どれをとっても申し分ない……しかし! だがしかしである!」
 額に青筋を浮かべて怒鳴るエイブスに、デスティニーの前に仁王立ちしたウェストは当然とばかりに怒鳴り返した。
「なんであるかこのデタラメに詰め込んだ武装は! 機体バランスをまったく考えてない装備位置! 適正距離も取り回しもへったくれもなく、威力しか見るべきのない大剣と大型砲! ビームシールドとやらも発生器は丸見えの無防備ではないか!」
「そうですね〜、どの武装も最大出力は高いですけど、それ以外の部分がおざなりな感じがしますね〜。大は小を兼ねると言いますか……強ければ良かろうというか」
「……確かにな」
 ユンにも言われ、エイブスは腕を組み難しい顔で押し黙った。二人の指摘はエイブスにも理解できる。デスティニーは高い能力を持つが、それを無駄なく使いこなしているとは言い難い。とにかく近距離、遠距離、そして防御に特化した武器を載せて、無理やり万能機に仕上げたような印象だ。個人的意見では能力の方向性をある程度絞ったほうが、もっといい機体に仕上がるのではとエイブスは思う。
「極めつけはあのパルマ・フィオキーナとかいうデバイスである! 腕部にビームジェネレーターを取り付けるという発想は面白いであるが、いかんせん出力方式に無駄が多すぎる! 今の用法では結局のところ、射程を削った分ちょびっと威力の大きいビームライフルでしかないのである! おまけに先ほどのようにわずかながらチャージのタイムラグが発生するのは避けられぬ! これではいかん! いかんのであーる!」
「マジうるせーロボ、博士。割れない壷でも投げてストレス過多でくたばれロボ」
「エェルザァァァァァァァ! あなた実は我輩のこと嫌い!?」
「けど、だからってどうするよ? 下手に武装を取り外しても余計にバランスが崩れるだけだし、規格に合った武装を造ろうにもそんな時間があるかは微妙だぞ?」
 お約束の漫才にうんざりしながらどうするのかと問うエイブスに、ウェストは腕を組んで唸った。
「分かっているのである。だがこのまま放置しておくのは我輩の科学者としてのプライドが許さぬ。せめてパルマ・フィオキーナだけでも……いっそのこと我輩のドリルにビーム出力を纏わせる方式で!」
「それはちょっと……でもエネルギー効率の最適化や、ジェネレーターの出力形式を調製するのはいいかもしれませんね〜。わたしもお手伝いしますから、頑張りましょ〜」
「まあ、そっちは任せる。こっちはプログラムの調製だけでもいっぱいいっぱいだからな」
 エイブスは思案する。この■■■■だけに任せておくと本当にドリルにされかねないが、ユンとエルザが側にいればそこまで酷いことにはならないだろう。無論目を光らせておく必要はあるが。
 やれやれとため息をつきながら、エイブスはデスティニーを見上げて難しい顔をした。
 シン・アスカ専用機として造られたデスティニーは、これまでのMS以上に整備、調整ともに手間がかかる。顕著なところでは運動性の向上に一役買っている分割装甲システムなどが上げられる。機体動作に応じて装甲版をスライドさせ間接稼動範囲や運動性を高めるこのシステムは場合によっては装甲の隙間を発生させるが、シンの戦闘データをフィードバックさせることで隙間の発生を最小限に抑えられる。このフィードバックは一度やればいいというものではなく常に最新の戦闘データを入力することが求められるため、多大な手間を必要とするのである。
「……だが、ヤンチャだからこそ可愛い、ってな」
 高性能な機体ほど繊細で扱いが難しいのはいつものこと、技術者にとっては手間のかかる子供のような扱いでしかない。
「ま、万全に仕上げてやるさ」
 エイブスはデスティニーと向かい合い、調製を施していく。いつ始まるとも知れない、決戦のために。

 
 
 

 甲板に出たシンは大きく体を広げて風を受けた。熱気を持った体には、やや寒さを感じさせる風も心地いい。
「……強くなれてるのかな、俺は」
 ポツリと呟く。ティトゥスやルナとの特訓のおかげで、確実に自分は鍛えられている。手応えもあれば、自信もある。
 だが、『あいつ』に勝てるほど強くなれているかと自問自答すると、疑問が残る。
「シンさん」
 掛けられた声に驚き、慌てて振り返る。
「休憩してるって聞いたので、お茶をお持ちしました♪」
「あ、ああ。ありがとうセトナ」
 セトナの姿に胸をなでおろしながら、シンは差し出されたコップを受け取って口をつけた。程よく冷やされた水分が喉を潤す。
「お疲れになってますね。無理をなさっているんじゃないですか?」
「いや、そんなことない……と、思ってるんだけどな」
 心配そうに見つめてくるセトナに笑いかける。だが彼女の顔を直視しきれず、シンは目を背けた。
「けど、これは俺がやらなきゃいけないこと……俺が、自分で決めたことだから」

 
 
 

 ベルリンでの戦闘後、通信室にはタリアとアーサー、そしてパイロットの面々がハイネに集められていた。眼前のモニターには、デュランダルの姿が映っている。
「では議長は、初めからシンにデスティニーを与えるつもりでインパルスを剥奪したと?」
『その通りだ。だが彼が現段階で折れているようなら、デスティニーはハイネに使わせるつもりでもあった。見極めはハイネに一任したが……どうやら、まだ折れてはいなかったようだね、シン。それでこそ私が見込んだだけのことはある。君のために造ったデスティニーも、十二分に力を発揮できることだろう』
 笑いかけるデュランダルにシンはどう反応すればいいのか分からなかった。様々な感情が入り混じり、うまい具合にまとまってくれない。混沌とした意識から疑問を掬い取り、それを言葉に変換して少しずつ口から出していく。
「だ、だけど……なんで俺なんかにあんな立派な機体を与えてくれるんですか? 俺はただの一兵士でしかないのに、どうして……失礼ですが、俺には議長が何をお考えなのか分かりません」
 シンの疑問は尤も。この場のほとんどの人間がそうであろうことは疑いない。デュランダルは苦笑し、
『まあ、確かに傍から見れば突拍子もないことにしか思えないだろうね。そうする理由はある。だがその話題は少し先送りにさせてもらうよ。その前に一つ、片付けておきたい事項がある……確保したエクステンデッド二名を、早急に本国へと送ってもらいたい』
 顔から笑みを消して、デュランダルはピシャリと告げた。タリアとレイがハッとデュランダルを見る横で、ルナがぎくりと身を震わせる。
 ティトゥスだけが静かに場の推移を見つめ──シンは顔には平静を貼り付けつつ、ぐっと拳を握った。
「……デュランダル議長。二つ、聞かせてもらいたいことがあります」
『何だね、シン』
「ステラとスティングを、どうする気ですか? そして、アウルはどうなったんですか?」
 はっきりと、物怖じのない声で問うシン。デュランダルのオレンジの瞳が、モニターの向こうからシンを厳しく見据える。
『答えるのはやぶさかではないが……それを聞いて、君はどうしようというのだね? 事と次第によっては、また友達を逃がそうとするのかな?』
「デュランダル議長、それは……」
 レイが口を開こうとするが、デュランダルに一瞥され動きを止める。議長はすぐにシンへ視線を戻し、冷たい言葉を投げつけた。
『分かっていると思うが、君の行動が現在のベルリンの惨状を作ったということは分かっているね? 君の助けようとしたステラ・ルーシェが街を破壊し、数多くの命を奪い去ったのだ。ステラがいなくとも別の誰かがやっていただろう、などという仮定は何の意味もない……そして仮に連合に返さないとなれば、もうエクステンデッドたちは生きてはいけない。調製を受けなければ長くはない身、このまま無為に朽ちていくくらいならせめて、未来のための礎となるべき……そうは思わないかね?』
「思いません」
『……ほう』
 驚いたようにデュランダルが片眉を上げる。シンは少しだけ深く息を吸うと、一歩前に出る。
「たとえ敵兵でも、捕虜としての最低限の待遇を受けるのは当然だと思います。それはエクステンデッドでも変わらないはずです……研究のサンプルに使われるなんて、間違ってる」
 甘い考えだと、シンにも分かっている。戦争のルールというものが実際は建前ほどにも機能していないことを自分の目で見、耳で聞いてきた。連合の闇を見るとともに、ザフトにも闇は少なからずある──ステラたちと関わらなければ違ったかもしれないが、シンは連合、そしてザフトの暗部をわずかであるが知り、それでもザフトを信じていた。
 だが、それとこれとは話が違う。ステラを利用なんて、絶対にさせられない。
『放っておけば彼らは死ぬ。それでも君は彼らに残り少ない命を生きろというのかね?』
「それはステラたちが決めること……いや、違う。俺は、俺はステラに、スティングに……友達に、生きて欲しい。残り少ない命だっていうのなら、その少ない時を少しでも幸せに過ごして欲しい。
 そのために、俺は力を惜しむつもりはありません」
 シンは悩みに悩んで、そう結論した。友の残り少ない時間が尽きるまで、彼らを助け続けると。
 もし、それを阻むものがいるというのなら──
『……私はプラントの全責任を預かり、国民の生活と平和を守るために出来得る全てをせねばならない立場にある。その私が、そんな感情丸出しの言を聞き入れると思うかね?』
「聞き入れられないなら……俺は……」
 引く様子を見せないデュランダルに、シンはうつむく。澱みのなかった声が、かすかな迷いと大きな重圧に震える。
「俺は……!」
 通信室は、異様なまでの緊張に包まれていた。タリアはシンとデュランダルを交互に見やり、レイは頬に一筋の汗を流し、ルナはゴクリと唾を呑む。ティトゥスは落ち着き払いながら、シンの発言を聞き逃すまいと耳を立てていた──その刹那、
「「「「……っ!?」」」」
「……はっは!」
 沈黙の中で緊張が一瞬で吹き飛ぶと同時に、ハイネが笑った。ハイネとシンを除く全員が──ティトゥスまでもが目を丸くし、ぽかんとモニターに視線を止める。ルナは大きく口を開きながら、声がでない。
 数秒の後、シンもようやく雰囲気の変化に気がついた。なんとも言えぬ空気に疑問符を浮かべながら顔を上げると、他の皆と同じ顔になった。
 彼らの目に映ったのは
『よっ。元気?』
 デュランダルの横に立つ、ニヤニヤ顔でサムズアップした水色の髪の少年だった。
「ア、アウル!?」
「ギャ! ででででで出たーーーーーー! ゆ、幽霊!?」
「うわぁぁぁぁぁぁ! 南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏迷わず成仏してくださいぃぃぃぃぃぃぃ!」
『勝手に殺すな! ルナとそこのおっさんマジ空気読め!』
「いや、むしろお前が空気を読むべきだろう」
 シンの驚きの声が引き金となり、ルナが叫び、アーサーがお経を唱えだす。アウルの抗議に、レイがどこかズレたツッコミを返した。
「アウルお前、生きてるのか!? 本当に!?」
『なんだよシンまで。この通りピンピンしてるっての! ま、デュランダルのおっさんのおかげだけどな』
『おっさんとは、それが命の恩人に対する言葉かね。まだ若いつもりなんだが』
 そう言いながら、デュランダルは笑っていた。収集の付かなくなった現状を落ち着けようと、タリアがコホンと咳払いする。
「事情は聞かせて頂けるのですよね、議長? それに、その様子ではハイネも知っていたのね?」
「もちろん。まあ主犯はデュランダル議長ですがね、俺は黙ってるよう言われただけで」
『私は頼みはしたが、黙っていなければならないと命令したつもりはないよ。君も十分に共犯だ』
 ジト目で見据えてくるタリアに肩をすくめながら、デュランダルとハイネは責任を押し付けあう。悪戯を成功させた子供にしかみえないやり取りにげんなりしつつ、シンは混乱しながらも、
「……良かった、アウル……」
『お、おいシン!?』
「良かった……!」
 半ば見捨てたも同然だったアウルが生きていてくれた──シンは堪え切れず、歓喜の涙を流した。

 
 
 

『私は確かにエクステンデッドをサンプルとして利用しようとした。だが卑劣な実験に供したり、命を奪うつもりであるとは一言も言った覚えはないよ』
 そう前置きして、デュランダルは事の経緯を語った。
 ある日、政府直轄の医療機関からの報告がデュランダルに届いた。遺伝子調製技術を医療に深く取り入れた、ある理論のレポートだ。元は遺伝子工学者であるデュランダルの意見を聞きたいと、機関の人間が送ってきたらしい。
『詳しい内容は専門的になるので説明は省くが、簡単に言えば病気などで劣化、異常を起こした細胞を被験者から摘出し、そ遺伝子に直接働きかけることで健康な状態に戻す。その細胞を被験者に再移植し増殖を促すことで、異常を治療するというものだ。こう言うと簡単だが実際は非常に高度で、また実用化すれば医療の革新を引き起こすだろう画期的な技術だ』
 とはいえ、その理論はまだ非常に不完全なものだった。拒絶反応などを考慮すると細胞は個人個人のものを使わなければならないが、遺伝子操作を施した細胞が本当に本人のものであると体が受け入れるのか? 損傷や劣化が酷い細胞の場合、を既存技術でどこまで治療できるのか? ──その他にも数々の問題点や、基礎段階での不備、不確実性が残っていたのだ。また遺伝子の調整が一般化しているプラントでも遺伝子操作に対し倫理的な問題がないわけではない。合法か違法かという面でこの理論はかなり判断が難しく、実験による立証がまともに行えずデータ不足は否めなかった。
 だがデュランダルはレポートを呼んだ時、理論の技術的問題を魔術を転用して補えないかと閃いた。だが魔術理論を使った治療など一般化できるはずもなく、また個人的趣向として研究してみようにも今は戦時中、そのような暇はない。想像は想像のまま、デュランダルの脳内で霧散していくかと思われた時、折りしもエクステンデッド捕獲の報が届き──彼らがシンたちの友人であるという情報を知るに至って、デュランダルは信頼できるスタッフと共に、実験を決意した。
『僕は眠ってたから痛くもなんともなかったし、あんまりピンと来ないんだけど……上手く言ったらしいよ。この通りピンピンしてるし』
 アウルの細胞崩壊を含む副作用は完全とはいかないが抑えられた。まだ今後の経過がどうなるかは分からないが、現状が続くなら年に数度、通常の医療機関で可能な検査と処置を受ければ人並みの生活が送れるという。
『魔術の実験体に使うと声高に言えるわけもなく、あくまで研究のため護送せよという命令しか出せなかった。君達に誤解を招いたことは謝らなければならない』
「そんな! むしろお礼を申し上げないといけないのは俺たちです! アウルが助かったなら……」
「そうよ、ステラも、スティングも、皆助かるってことじゃない!」
 降って沸いた幸運に、ルナが声を上げた。レイも口にこそ出さないが、顔には喜びが見て取れた。
「随分と太っ腹ですね、議長。貴重なサンプルを研究所に引渡しもせず、私情で人体実験にかけるなんて……問題になるのではないですか?」
『手厳しいな。だがこれもプラントの発展に繋がる貴重な実験だ。それに君たちにはいつも無茶を押し付けているからね、ささやかなお礼だよ』
「ものは言い様、ってことですよ艦長」
 苦言を呈しながらも表情の柔らかいタリアにデュランダルが笑いかけ、ハイネが冗談めかして言う。
 ──直後、デュランダルは不意にその表情を引き締めた。
『それに、わざわざ捕虜を解剖し解析するなどという行為をしなくとも……戦争は終わる。ようやくその目処がたった』
「え?」
『先のベルリンで起きた大虐殺……あれを契機に連合に対する各国の不満は一気に膨れ上がった。それによりオーブのアスハ代表による同盟、連合、そしてロゴスの内部に対する勢力取り込みの工作が飛躍的に進んでいる。近々プラントは大々的にロゴスの存在とそのメンバー暴露、および停戦の呼びかけを行う。同時にアスハ代表を初めとし、我々に協調する各国代表がプラントと協調する旨の声明を発表する段取りの調製が進んでいる。これが実行されれば、連合に十分な戦力を維持することは不可能となるだろう』
「ロゴスメンバーの暴露、ですか。思い切られましたね」
『暴動などが起きないよう、発表の内容と説明は慎重に議論しているよ、その後の対応もね』
 決してロゴスが悪の組織である、などという発表の仕方はしない。ブレイク・ザ・ワールドでの被害回復などで世界に貢献していた部分があることも伝えつつ、その中に戦争を煽る者があるということを伝えるのだ。悪の組織を倒して一件落着ではなく、組織の中の悪を倒すのだということを世界にアピールし、戦争を進めるものや非協力的なメンバーを発表、返答を待つというスタンスを取る。表向きロゴスは解体したとしつつ実際は残ったメンバーで新たなロゴスを構成し、各国と連携を取る形となるだろう。
『発表したメンバーも少なからず諦め恭順の姿勢を見せるだろうが、一部は戦力を持って抵抗するだろう。それを各国が協力し合い、討ち果たす……少々陳腐でうそ臭いかもしれないがね』
 そうだとしても、シンにとってこれ以上の朗報はなかった。戦って戦って戦い抜いて、何度も間違いと後悔を重ね、仲間と共に乗り越えてきた戦いの日々──ようやく、終わりが見えてきたのだ。
『なんか複雑だけど、ま、いいか。戦争が終わったら僕らは用無し、つまんなくなるんだろうなって思ってた……けど、今は戦争なんて面倒くさいや。フツーの生活ってのも、それはそれで面白そうだし』
「アウル……」
「何言ってるのよ……面白くしてあげるわよ、あたしたちが。ああもう、早くメイリンにあんたのこと教えてあげないと! 喜ぶわよあの子……まあ、シンなんて目じゃないくらいワンワン泣いちゃうと思うけど」
『ちょ、勘弁してくれよ!』
 もう友達同士で殺しあうことも、死の恐怖におびえることもない。多くのものを奪い、多くのものを失って、ようやく見つけた平穏。言い合いながら、ルナもアウルも笑いながら目元に涙を浮かべていた。貰い泣きしたのか、何故かアーサーもハンカチで顔を拭きながら鼻を啜っていた。
『だが、その前にイレギュラー要素をできるだけ排除しておきたい』
 デュランダルのトーンを落とした一声。穏やかな空気が霧散し、緊張感が復活する。
「……アークエンジェルと、フリーダムですね」
 レイの言葉にデュランダルが頷く。争いに幾度も介入し、混乱を撒き散らすイレギュラー──本物のラクス・クラインを旗印とするアークエンジェル。そしてフリーダムを駆る、
「キラ・ヤマト……」
 シンがその名を呟くと、デュランダルは少し驚きを顔に出した。アスハ代表もこんな反応だったなとシンが思っていると、デュランダルはある作戦を告げた。
 エンジェルダウン作戦──アークエンジェルを発見次第、ザフト軍による包囲網を敷く。そして作戦の中核、アークエンジェル討伐の任をミネルバに任せるというのだ。
『よもやアークエンジェルを野放しにしておくわけにはいかない。声明の発表の前になんとしても彼らを討っておきたいのだ。既にアスハ代表からも承認を受けている……実に気丈な方だ、一番お辛いのは彼女だろうに』
 前にカガリと通信で会話した時のことを思い出すシン。妹を持っていた身として、弟を討つことになった彼女がどれだけ苦しいことか……シンには理解するはできないが、想像はできる。
『無論、アークエンジェルを討つとなればフリーダムが出てくるだろう……その際にシン、君に頼みたい事がある』
「俺に、ですか?」
『君にはデスティニーで、フリーダムを討ってもらいたいのだ』
 突然の名指しと突拍子のない頼み。意味を理解しきれず呆然とするシンの周囲が騒然とする。
「それはシンに、単騎でフリーダムを討てと仰られていると解釈してよろしいか、議長?」
 場を鎮めたのは、これまで硬く沈黙を守っていたティトゥスだった。
『最優先すべきは彼らの撃破だ、無理にとは言わないがね。だが、彼になら可能なはずだ。そのためにデスティニーを彼に与えた。彼の力にデスティニーのスペックが合わされば、理論上はフリーダムとキラ・ヤマトを上回るはず……私は、それを証明したいのだよ』
「機体性能ではなく、あくまでシンの力を重視なさるか。その根拠は何処に?」
「そ、そうです! さっきも聞きましたけど、なんで議長は俺なんかにそこまでしてくれるんですか!? 教えてください!」
 ティトゥスに便乗し、シンもまたデュランダルに追求する。
 思えば、デュランダルはずっと以前からシンに目を掛けていた。そもそもシンをインパルスのパイロットに選んだのもデュランダルなのだ。当時は赤服である自分の能力が認められていたと思っていたが、自分だけあまりに早く正パイロットに任命されるなど、今思えば奇妙な部分があった。
「議長!」
「シン、少し落ち着きなさい! 議長に対して……」
『いや、構わないよタリア。確かに彼……いや、君たちには知っておいてもらってもいいだろう』
 タリアを制し、デュランダルはシンを見る。これまでにない厳しい表情で、デュランダルが言葉を紡いだ。
『シン、君は『SEED』を持つ者……遺伝子の奥底に、ある資質を持つ存在なのだ。フリーダムを駆る、キラ・ヤマトと同じようにね』

 
 
 

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