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DEMONBANE-SEED_種死逆十字_第19話2

Last-modified: 2010-02-16 (火) 00:08:29

 SEED──Superior Evolutionary Element Destined-factor(優れた種への進化の要素であることを運命付けられた因子)。遺伝子情報内にこの因子を持つ人物は、ほぼ全員がある特性を発現させている。
 思考および知覚、認識力の鋭敏化。それに伴なう反応、動作速度の向上。MS戦闘においては、能力発現が戦況を覆すようなことすら起こり得る。一対多数の圧倒的不利からの逆転劇、一機で数十の敵機と艦船を屠る等々、SEEDを持つ者による戦果は信じられないものばかり。次々と立ちはだかる者を討ち果たしていく姿を、『バーサーカー』と呼ぶものもいる。
 明確な発現条件は不明だが、感情の昂りが能力発現のトリガーになる場合が多いことが分かっている。自身の生命の危機、近しい者の死、激しい敵意──強い悲しみや怒りによって種[SEED]は割れ、発現者に力を与えるのである。
 かつて学会に発表はされたもののまるで相手にされず埋もれていた研究に、デュランダルは一遺伝子工学者として独自に着手していた。現在はまだSEED因子そのものの特定はできないものの、SEEDに関連して形成されると思わしき特殊な遺伝子配列パターンを不完全ながら特定するに至ったという。
 何年もかけてナチュラル、コーディネイター問わず膨大な人数の遺伝子データを解析した結果、現時点でSEEDの因子を持つ可能性を見いだせたのはわずか数名。
 その中にはアスラン・ザラやキラ・ヤマトも含まれ──
「俺もその『SEEDを持つ者』の一人だ、なんて言われてもな……いまいちピンと来ない」
「よく分かりませんけど、議長さんにシンさんはすごいって褒められたんですよね? でもシンさん、あんまり嬉しそうじゃありませんね」
 己の掌を握ったり開いたりしながら呟くシンに、セトナが不思議そうに首を傾げる。ちょっと違うけどなと笑いながら、シンは考える。
 頭の中で何かが弾けると共に思考がクリアになり、機体を普段よりずっと早く、思い通りに動かすことが出来るようになる不可解な現象──あれが議長のいうSEEDの力なのだろう。たしかにあの力のおかげで、これまで何度も危機を乗り越えてこられたのは認めざるを得ない。
「……だけど、俺はあの力に頼って生き延びてきたわけじゃない」
 SEEDがあったからこそ最新鋭機のパイロットに選ばれ、強敵に勝利することを期待される──デュランダルの態度はともすれば、『SEED以外に価値はない』と言われているように思えた。無論自分の想像、錯覚にしか過ぎないが、どうしても素直に喜ぶことが出来ない。
「それに、いくらなんでもキラに匹敵するってのは言い過ぎだろ」
 幾度かフリーダムと刃を交えてきたが手応えらしき手応えはほとんどなし、一瞬にしてダルマにされたこともある。SEEDが発現していなかったと考えるとしても、そういうなら向こうも発現していたかどうか分からない。
 結局のところSEEDがあろうがなかろうが、力量の差は歴然。デスティニーがあるといっても、シンには今の自分がキラより上だとは思えない。
「……それでも、戦われるんですよね?」
「え?」
「聞きましたよ。シンさんは、お一人で戦われるおつもりだって」
 そう。シンは議長の要請……フリーダムとの一騎打ちを了承していた。
 エンジェルダウン作戦はシンとデスティニーを軸とした内容に修正されており、ミネルバ及びデスティニー以外の機体は横槍を入れさせないよう、アークエンジェルやフリーダム以外の敵勢力を抑える役割を担う。
 この作戦には各所から異議も多い。艦内からも無謀ではないか、シンを殺す気かという意見が出ているほどだ。ミネルバクルーの中にシンの力を疑う者はいないが、それ以上に大戦の英雄と呼ばれ、ミネルバの前に立ち塞がり力を知らしめてきたフリーダムに対しての畏怖が強いのだ。
「議長は別に、絶対にお一人で戦うよう言われたわけではなかったんでしょう? ティトゥス様や
 ルナマリアさんもいらっしゃるのに、どうして」
 セトナの言っていることはおそらく……いや、間違いなく正論だ。借りれる味方の力を借りず、力量が上の相手と一人で戦う。客観的に見れば身の程知らずか英雄狂いか、さもなければ自殺志願者だ。
 それでもシンが一人で戦いに望むのは──
「……戦わなきゃいけないからだよ。議長もSEEDも関係なしで、俺自身が戦わなきゃいけないと思っていたから」
 心配げに見つめるセトナにシンは答えた。
 決して投げやりになったわけでも、負けてもいいと思っているわけでもない。少しでも相手との差を縮めるため、ティトゥスだけでなくルナにも協力を仰ぎ特訓を続けている。
 レイやハイネにも手伝ってもらいたかったが、ハイネはミーアと合流するためすぐさまカーペンタリアに。ステラやスティングを連れて同行していたレイはそこからシャトルでプラントへ上がってしまった。
 議長が新型MSの最終調整と受領を行うということでレイを呼びつけ、一緒にステラ達も送ることになったのだ。こんな時にミネルバを離れるのはいかがなものかと議長に珍しく難色を示したレイだったが、議長の強い希望もあり結局折れたのである。
 その代わりレイは出立する前フリーダムの戦闘データと、個人的に練っていたというフリーダムとの戦闘対策を記したレポートをシンに預けていた。未完成ながらフリーダムの戦い方からクセにまで着眼した考察や対策案は、シンの大きな助けとなっている。
 ちなみに大破したガイアやカオスのパーツとともに、小破状態のアビスも予備パーツが少なく、研究用に使うということで一緒にプラントに運ばれてしまった。そのためルナは現在インパルスに──と思われたのだが、なんとルナ本人が相性がよくないという理由で拒否。修理の終わったバラージカスタムに戻ってしまった。やっぱこっちの方が撃ちまくれるから気持ちいいわなどと言いながらご満悦だったルナに、最近ちょっとトリガーハッピー入ってないかとシンは心配になったが──閑話休題。
「戦う理由があるんだ。一つだけじゃない、いくつも。だからこの戦いからは……逃げちゃいけないって、思うんだ。例え俺の力がキラに届いていないとしても……」
「シンさん……」
「シーン! ティトゥスさんがそろそろ訓練再開するって! 早く来なさーい!」
 甲板入り口から呼ぶルナの声に振り返る二人。わかったよと、シンはそちらへと歩いていこうとする。
「ごめん、もう戻るよ。セトナはどうする?」
「わたしはもう少しここに。少し歌っていこうかなって」
 そうか、とシンはセトナに背を向けて、
「シンさん」
「ん?」
「わたしは深い事情はよく分かりませんけど……頑張ってくださいね!」
「ああ、ありがとう」
 今度こそ踵を返して歩いていくシン。セトナはシンが甲板から消えても、ずっと笑顔を浮かべ、
「……頑張ってください」
 声色を変えぬまま、言った。

 
 
 

「始まってもいないのに折れたりしたら、問題外ですから」

 
 
 

 雪原の上を通常速度で進むアークエンジェル。一見穏やかな航行に見えて、その内は慌ただしさに満ちていた。
「チッ、しつこい! 振り切れないか!?」
 ザフトの空戦MS、AWACSディン。巨大なレドームなどの哨戒偵察仕様を施された機体は、後方にしっかり張り付くようにアークエンジェルを追尾し続けている。
「完全に補足された上陸上艦に囲まれちゃ、離脱はほぼ無理ね」
 三隻の陸上艦が、アークエンジェルの左右と後方をを塞ぐように進む。後手後手に周り追いつめられたことに唇を噛むマリューの顔は、厚い化粧でも隠しきれないほど黒い隈を刻んでいた。バルトフェルドだけでなく、クルーもちょくちょく心配気な視線を向けている。
 原因はベルリンで収容したネオ・ロアノークと名乗る男だ。彼の姿はかつての大戦で死んだマリューの恋人、ムウ・ラ・フラガそのもの。外見だけではなく、DNAデータ照合の結果も彼がムウであると裏付けていた。
 だが意識の戻ったネオのマリューへの反応は拒絶だった。ネオは自身をファントムペイン大佐であると譲らず、マリューを含めたアークエンジェルの仲間たちのことを一切知らないと言い張っていた。マリューの落胆振りは凄まじく、誰一人慰めの言葉をかけることが出来なかった。最近はブリッジにもあまり上がらず、部屋に篭もっていることが多くなっていたのだが……
(多少は吹っ切れたか、それとも……いや、どっちみち今は頑張ってもらわないとな)
 ラクス不在に、未だ引き篭っているキラ、加えてマリューの仕事の肩代わりと多忙に追われ十分なフォローを入れることが出来なかったバルトフェルドは一抹の不安を覚えたものの、目の前の問題の対処が優先と頭を切り替える。
「しかし、連中まったく仕掛けてくる気配がないな。何を考えてるんだ?」
「私もおかしいと思っていたところです。MSを発進させる様子もありませんし、一体……」
「ぜ、前方に戦艦クラスの熱源感知! 照合……ミネルバです!」
 マリューの言葉を遮ったチャンドラの切迫した叫びが、ブリッジの緊張感を一気に高めた。白く染まった陸と青い海との境界線に悠然と浮かぶミネルバの姿がモニターに映し出される。
「後方の偵察機後退! 周囲の陸上艦も動きを止めました!」
「くそ、慎重になりすぎて単純な誘導に引っかかった! ミネルバの前まで引きずりだすつもりだったんだ!」
「け、けどどうしてそんな回りくどい真似を? と、ともかく……」
 疑問に思いながらも、反射的にマリューは迎撃を指示しようとする。ミネルバに対してアークエンジェルは度重なる戦闘行動を取ってきた。すぐさま攻撃がくるかもとという思いからだったが、
『……こちらはザフト所属ミネルバ。アークエンジェル、応答せよ』

 
 
 

「え!? これって……艦長、国際救助チャンネルから通信です!」
 放たれたのは攻撃ではなく、凛とした女性の声。モニターにザフトの白服を来た女軍人が現れる。
『ミネルバ艦長、タリア・グラディスです。我々は現在貴艦、アークエンジェル討伐の任を受けて行動しています。理由は、そちらも既に十分ご承知であると存じます』
 無論分かっている。オーブ代表を攫おうとし、連合とザフトの戦いにも幾度となく介入してきたアークエンジェルは世界のお尋ね者だ。自分たちの行動が間違っているとは思っていない──思いたくないところではあるが、追われるには十分過ぎる事をしたという自覚はある。
『ですが、討伐はそちらが抵抗する場合に取る処置です。貴艦が即時武装解除し投降するならば一切の戦闘行動は取らず、クルーの生命の安全は保証いたします』
 ブリッジにざわめきが生まれる。問答無用で攻撃される覚悟すらあったのに、まさかここで投降を勧めてくるとは予想外だった。
『これはプラント、およびザフトの総意です。貴艦を包囲しているウィラード隊が一切の攻撃を行っていないことからもお分かり頂けると思います……無論、抵抗するというなら我々は全力で戦います』
 最後の部分に込められた凄みに何人かが身を震わせた。実際今戦ったところで、まともな戦いが出来るかどうかは難しいと言わざるを得ない。キラを除けばMSで戦えるのはバルトフェルドくらいしかいないのだ。
『……投降してください。これ以上我々が戦っても無意味でしょう。あなた方が戦う理由を私は理解出来ませんが、無益な戦いや犠牲を望んでの行動ではなかったと信じます』
「やれやれ、これは参ったな。どうするかね、艦長……僕は正直、潮時じゃないかという気もする」
 バルトフェルドに驚きの視線が集まる。肩をすくめたバルトフェルドは諭すように言った。
「この状況じゃ勝つことも逃げることも難しいだろう。下手なことをして討たれるくらいなら、この場は捕縛されることを甘んじて受け入れて後の再起を図るべきじゃないかな。敵の懐に入って得られることもあるかもしれんし、宇宙にいるラクスやダコスタくんが何とかしてくれる可能性もある。少なくとも武装解除した途端にズドンッ! ってことはないだろう。ミネルバの艦長は嘘は言っていない……と、僕は判断したんだが、どうだろう?」
「……そう、かもしれませんね」
 バルトフェルドの意見に、マリューは傾いていた。彼に言われる前から彼女はグラディス艦長の言葉を嘘とは思えず、むしろ真摯な対応に小さな感銘すら覚えていた。更にこのまま戦えばクルーたち、そして捕虜となったネオの命を危険に晒す事となる。艦長として、そして女としてマリューに戦いを決断することは出来なかった。
 ふとマリュー、そしてバルトフェルドは思った。この場にラクスがいたらどうしただろうと。信念の元に戦おうとするか、もしくは命を無駄には出来ないと投降を受け入れるか。どちらも選びそうでどちらも選ばないような気もして、結局のところ分からない。
 そこまで考えて自分たちがラクスにどれだけ依存していたかに改めて気づき、二人は揃って苦笑した。クルーたちが不思議そうな顔をする中、少しだけすっきりしたような顔でマリューは告げる。
「ミリアリアさん、こちらも回線を開いて頂戴」
「は、はい!」
 ミリアリアが回線を繋ぎこちらの姿を認めると、タリアが少しの驚きと納得を表情に浮かべる。ミネルバがオーブに停泊していた頃、身元を偽り技術者として働いていたマリューはミネルバの整備に立会い、その時にタリアと顔を合わせていた。
「アークエンジェルの艦長、マリュー・ラミアスです。……お久しぶりです、グラディス艦長」
『やはり、貴方だったのね。なんとなくだけど、そうじゃないかと思っていたわ』
 同じ女艦長として通じる部分があったのか、あの時からタリアは何かに感づいていたのだろう。落ち着いたタリアとは裏腹に、同じく顔を合わせていた若い副長が狼狽している様子がモニター隅に映り、その様子がおかしくてマリューは少し頬を緩ませた。
「これまで我々はザフト、特にミネルバには幾度となく攻撃を行ってきました。その我々に対してこの度のような誠実な対応をしていただいたこと、ありがたく思います」
 一度言葉を切り、残った空気を吐き出したあと大きく吸う。心の中で今この場にいないラクスにごめんなさい、と呟く。あとは言葉を紡ぐだけ。
 そしてマリューが口を開いた、その直後。
「アークエンジェルはこれより武装を解……!?」
 突然アークエンジェルが大きく揺れ、轟音がマリューの言葉をかき消した。クルーたちが揺さぶられる中、誰かが叫ぶ。
「お、おいあれ! ミネルバが!」
 ミネルバの艦首先端から黒煙が上がっている。大したダメージには見えないが、明らかに攻撃を受けたと思われる損傷。
 一体どこから、とブリッジが騒がしくなろうとしたとき、
『……投降なんて、していいわけないじゃないか……』
 声が響く。聞き慣れた、しかしこれまで聞いたことがない色の声。おおよそその人物には似つかわしくない声。
『そんなこと、ラクスは望まない……!』
 まさか、とマリューの脳裏に最悪の想像が浮かぶ。想像が現状とぴったり符号することに気づいて、彼女の表情は蒼白になった。

 
 
 

「すぐに離脱してください。ザフトは僕が排除します」
 フルバーストでアークエンジェルのカタパルトゲートを貫き、そのままミネルバにもダメージを与えたキラはフリーダムを飛び立たせる。突き放すような声色に周囲を射殺すように俯瞰する目……苛立ちを隠しもしないキラに、マリューたちが戸惑いを見せる。彼女たちの様子は、今のキラには煩わしいものとしか感じられなかった。
『でも、キラ君……!』
『いいから行ってください、早く!』
『バカをいうな! 先に手を出してしまった以上、ザフトは本気でかかってくる! 逃げ切れると思ってるのか!?』
「敵を全部始末すればいいんでしょう! 大した相手じゃない、僕一人でやれます!」
 キラはすぐさま叫び返す。マリューの躊躇もバルトフェルドの反論も、そしてキラの言葉に反応するかのように開始された陸上艦の砲撃も、全てが全て鬱陶しい。
『チィッ! ……もうそうするしかないか! 艦長!』
『くっ……アークエンジェルはこの戦域から離脱します! ……グラディス艦長、申し訳ありません! ですがこの場は、どうか見逃してくれんことを!』
『ラミアス艦長……!』
 ミネルバはまだ攻撃態勢に映っていないようだが、陸上艦からはディンやバビ、バクゥといったMSが次々と飛び出してくる。陸上艦からの砲撃をフリーダムがかわす中、空と陸に展開したMSの武装が一斉にフリーダムを捉える。
「本当、しつこいな……」
 連続して轟く銃声。放たれたビームと実弾の軌跡が、フリーダムとザフトMSを繋ぐ。
 ──ものの数秒で、銃声は止んだ。
「やめてよね……何度やったら、勝てないって分かってくれる?」
 全武装を展開した状態のフリーダムは、無傷。逆にザフトのMSは空も陸も戦闘不能に陥っていた。ディンやバビはスラスターや翼を破壊され地に落ち、足を破壊されたバクゥは雪の上に蹲る。
 キラは全ての攻撃を紙一重でかわしながら、逆に全てのMSに反撃を加えたのである。
 MSが一瞬で屠られても……いや屠られたからこそか、陸上艦は半ばでたらめに艦砲を乱射しフリーダムを落とそうとするが、
「……やめてよねって、言ってるんだ!」
 艦砲をさけるなどキラには容易い。陸上艦の武装は、フリーダムによって瞬く間に破壊されていく
 分かったろ? もう手出ししないでくれる? ──口にはせず、心中でそう思うキラ。
『ウィラード提督、MSを回収して撤退を! ここは我々が……』
 未だ国際救難チャンネルから漏れているグラディス艦長の声に、キラは意識をミネルバに向ける。雑魚にかまって、本命をおろそかにするわけにはいかない。
 ミネルバ。幾度となく自分たちの前に立ちはだかってきた艦。ここで逃せば、いずれまた現れるかもしれない。
「これ以上僕達の道を阻まれるわけにはいかない……ラクスの想いを、邪魔されるわけにはいかない」
 だから、ここで沈める。
 退艦する時間くらいは作ろう。動力部を直接狙わず船体にダメージを与えれば、いきなり大爆発ということはないはずだ。
 無駄に命を奪ってはいけない。ラクスが悲しむから。
 ──けど、多少は仕方ないこともあるよね。
 キラの口元がかすかに、引きつるように歪む──狂気の笑み。
 フリーダムにフルバーストモードを取らせ、キラがトリガーにかけた指を押し込んだ。その瞬間。
『させる、かぁぁぁ!』
 ミネルバのカタパルトからMSが飛び出すのと、トリガーが押し込まれたのは同時。MSはフルバーストを受け止め、そのまままっすぐフリーダムへと向かってくる。
「速い……っ!?」
 彼我の距離が一気に縮まる。背筋に悪寒が走り、キラは反射的に攻撃を止めて回避に移った。全速後退するフリーダムの鼻先を、実体剣の切っ先が上から下に通り過ぎる。キラの心臓が跳ね上がった一拍の間に、敵との距離が大きく開く。
 ──そう、敵だ。
「また、君か……」
 右手に携えた大剣。左手に輝く光の盾。背中に真紅の羽を広げ、悪魔の形相は睨むように見つめてくる。
 ──ベルリンで自分の邪魔をし、敵を助けていたあのパイロットの駆る機体。
「また僕の目の前に立つのか、君は!」
 名も知らないパイロットへ、キラは最大まで昂った苛立ちを吐き出した。

 
 
 

『シン、本当に一人で大丈夫なのね?』
「大丈夫、やれるさ。自分の教え子を信用しろよ、ルナ教官」
『ふん、生意気! けどそうね、アタシが付き合ってあげたんだから、絶対に勝ちなさい!』
「ああ! ミネルバは任せたからな!」
 冗談めかすシンにルナの顔から不安が消え、まっすぐな激励の声が飛ぶ。通信モニターが切り替わり、ティトゥスを映す。
『シンよ』
 表情を変えぬまま、突き放すような……否、背中を叩いて送り出すかのような、力の篭った声でティトゥスが告げる。
『やってみせろ。お主自身の力で』
「……はい!」
 デスティニーがアロンダイトを一旦ラックに戻し、ビームシールドを消す。いつ攻撃されても再展開出来るよう左腕を胸の前に上げながら、右手が腰にマウントしたライフルを掴む。さっきは不意をついて懐に入れたが、次からはもう簡単にはいかないだろう。
 それに今のはあくまで挨拶がわり──予想外にも先制攻撃を仕掛けてきた相手をミネルバから遠ざけ、こちらに注意を向けさせるため。本当の勝負はここからだ。
「フリーダム──キラ・ヤマト」
 最初は名前も知らなかった。ただ仇というだけ、憎むべき存在でしかなかった。
 だがアスランの親友であり、彼もまた一人の人間であると知った。
 カガリの弟──家族だということを知った。
 そしてシン自身が憎むべき彼と似通った過ちを犯し、自身を見失い、考える切欠となった。
「アンタが憎かった……今だって、そうだ。でも、今はそれだけじゃない」
 これまでの戦い、これまでの体験、これまでの出会い、これまでの別れ。
 突きつけられた現実。容赦ない事実──悩み苦しんで、探し続けた己の真実。
 その真実にたどり着くための道……その道に立ち塞がるのがおそらく、この戦いなのだ。
「俺は、アンタを倒す! アンタを倒して……今日、ここで止めてやる!」
 守るために。
 約束を果たすために。
 そして、自分自身へのけじめと、決着をつけるために。

 

 デスティニーが翼から光を吹き上げると同時に、フリーダムが砲火を上げた。

 

 シンとキラ。運命と自由。戦う宿業を背負った二人と二機による最初の死合が始まった。

 
 
 

「ふむ、実に、実に興味深い。ここは一つ、一つ漁夫の利を狙って高見の見物と洒落込むとしよう」
 戦場から少し離れた上空に浮かぶ鬼械人形──リジェネレイト・サイクラノーシュ。隠蔽魔術を展開し景色に溶け込んでいる円盤にも似た機体の上に立ち、老紳士がほくそ笑む。
「確かに面白い見世物ではあるが、万一にもキラ・ヤマトが死ぬことだけは避けなければならない。万全だろうな、ウェスパシアヌス」
「ハハハ、そう心配しなさんな兄弟。配置は完了、機となればすぐ介入出来る。ついでにやろうと思えば、アークエンジェルも確保できるとも……ただキラ君はできるだけ、できるだけ疲れた状態で手に入れたいことも事実。ここはやはり相手にも頑張ってもらいたいところなのだがね」
「シン・アスカといったか……デュランダルの肝入りと聞くが、何者だ? ターミナルが集めた情報ではコーディネイト内容にもライフデータにも特筆するものはないらしいが」
「はてさて、私に聞かれても分からぬとも。……ただ、デュランダルの思想やシン・アスカの戦果を考えれば想像がつかない訳でもない。おそらく手に入れたデータとやらは彼奴の偽装だろうて」
「兵士一人の情報をわざわざ偽装してまで隠さねばならないもの、と? まさか……」
「そうだとしても今は必要も、問題もない、ないとも、そうだろう? むしろ、ならばこそより楽しみ、より奮闘が期待出来るというもの。キラ・ヤマト相手にデュランダルの飼い犬がどこまで、どれほどやれるのか見せてもらおうじゃあないか。上手く『死にかけ』にしてくれれば僥倖、重畳というもの」
「死なれては元も子もない、と言っているのだがな。まったく物好きめ」
 黒衣の神父は頭を振り、一瞬侮蔑の目を横に立つ老紳士に向けた。すぐさま目を瞑り、葉巻から吸い込んだ紫煙を眼前に吐き出す神父に、老紳士もまた笑顔の奥で一瞬侮蔑の目を向ける。
「しかしアウグストゥス、物好きと言えばお主も相当、随分なものだと思うが。キラの回収が済めばそう時もなく動かねばならないというのに、持ち場を離れて見物なぞしていて良いのかね」
「それこそ杞憂だとも、兄弟。既に信徒たちはいつでも行動を起こせる。ラクス・クラインの監視も十分……虎の片腕が少々鬱陶しいが、問題にはなるまい。だがそれらもキラなしでは大した意味を為さなくなる。星々が収まる日は近い、今度こそキラを確保しなければならないのだ……貴様は何度かチャンスを逃している。万一のため後詰めに回るのは当然だろう」
「いやはや耳が痛い、痛いなあ。まあ確かに、確かにお主がいればより確実になるというものか」
 気にした風もなくウェスパシアヌスが浮かべる笑み……朗らかだった顔に、狂気が混じりだす。
「ともあれようやく、キラ君を迎え入れてようやくか。長かった、いや実に長かった」
「そうだな。長き雌伏の時もようやく終わりを告げる」
 口元に凄惨な笑みを浮かべ、アウグストゥスは葉巻を宙へ放り投げた。

 
 
 

「今度こそ我ら逆十字が……否、【黒き聖域】が世界を手中に収めるのだ」

 
 
 

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